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古朝鮮の歴史 - 檀君朝鮮^^

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/03 22:47 投稿番号: [48631 / 73791]
投稿者:直子

韓国の教科書ではこのように教えているそうです:


檀君朝鮮

  古代、檀君(だんくん)朝鮮・箕子朝鮮・衛氏朝鮮という三つの朝鮮があったとされる。

  衛氏朝鮮以外は神話上の国家だと解されているが、韓国の歴史教科書では歴史上の史実として扱っており、神話だと断じるのは、朝鮮半島の歴史を歪める陰謀だと言われそうだ。一般には、前漢時代に朝鮮四郡を設置されるまでの時代を『古朝鮮』という。


『大朝鮮帝国史』(1994年出版)

  我が民族が住む全世界を朝鮮(チュシン)という。我が民族はパミール高原に源を発して、バイカル湖を経て、不咸山に移動した。不咸山に到着した我々の先祖は、そこを中心に集団で定着し、文化を発達させていった。紀元前六千年頃には紅山文明、続いて黄河文明を興した。我々の先祖は既に紀元前3898年に倍達国を建て、農耕民族の中華族を制圧し、大帝国を建設した。倍達国は十八代、1565年で終わり、その後に檀君朝鮮が建てられた。

  箕子朝鮮や衛満朝鮮は朝鮮帝国の地方諸侯国にすぎなかった。従って、漢の武帝の衛満朝鮮征伐は中華族と地方政権との闘争であり、中国の史書が固執している漢四郡は、漢の武帝退治に功労が大きかった将軍たちに分封した領地だった。

  檀君朝鮮が脆弱になると、解慕漱の扶餘と東明王の高句麗を共に継承した高豆莫が諸国を合わせて卒本扶餘を興した。扶餘が興るとともに帝国の権威は落ち、地方勢力が成長した。

  紀元前三世紀頃には黄河上流に暮らしていた東胡族の一分岐が匈奴に押されて南下、紀元前57年にソウルに定着して国を建てたのだが、これが新羅である。新羅は以後、馬韓,百済との闘争過程で小白山脈を越えて徐羅伐に移る。

  紀元前37年、卒本扶餘で育った高朱蒙が扶餘を脱出、卒本地方に至って高句麗を建て、続いて北満州一帯を統一した。この時、高句麗建国の功臣である陜父が日本地域に逃げ、最初の国、多婆羅国を日本地域に建てた。
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