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>文革についての考証 1--わたしの場合

投稿者: flwsemi 投稿日時: 2005/02/05 12:59 投稿番号: [23480 / 66577]
わたしは直接この目で文革を見たわけではありません。

あるいは、文革を探しに中国へ行ったわけでもない。

もともと漢と唐の区別もつかないような理系学徒でしたから、どちらかといえば、政治には無関心でした。

しかし、そんな学生でも文革の後遺症は、はっきりわかった。

わたしの中国語クラスの先生は、父親が吉林大学の日本語教授で、
「そのために死んだ」といっていました。彼女自身も内蒙古で労働しています。

あるいは、街で偶然しりあった友人が、一番初めに見せてくれたのが少数民族の小刀でした。彼の父親は解放軍の幹部で、やはり青海に流されている。

武漢の友人は青山での抗争時、外の騒ぎが怖くて家の中で耳をふさいでいたそうです。
工員が二、三人死んだ、といっていました。

この三件、いずれも話は、単なる事実として語られ、誰を恨むでも、憎むでもない、
という調子でした。

「北京三十五年」を書かれた山本市郎氏は、当時収容所の中でしたが、彼も実に淡々と文革を語っておられます。

そのことが、むしろわたしには深い印象がある。


当時はたとえば、有吉佐和子氏が老舎の死を知ったときのこと。
あるいは、湖北の学生がアメリカ人留学生と結婚して書いた紅衛兵の手記。

こういうものがよく知られていましたから、この冷静さは本当に以外でした。

わたしがはじめて買ってもらったラジオできいたのは、北京放送です。
短波では他のどの局より大出力で、毎日反米、反日、反ソ連を繰り返していた。
子供ながら、ああ、中国行ったら殺されちまうんだろうな、と思っていました。

それが実際、成都の紅衛兵にあってみると、いきなり、餃子と上手は何が違う?
などと聞いてくる。文革時には、日本の一般大衆は資本家に搾取されているので、
きわめて貧しいと習ったんだが、NHKの日本語放送をみたら、自分たちより良い家
にすんでいる。ショックをうけて、日本語を習い始めた、といっていました。

西単にはあいかわらず壁新聞があって、人が群がっている。
しかし、熱心に読む人はいない。


わたしがあの留学生の書き込みに目がとまったのは、二十年前
北京に行ったときの驚きと同じものがあったからです。

書店には確かに「文化大革命の徹底的批判」という本があって、
国がそれを認めていることに間違いは無い。
しかし、これは100ページにも満たない小冊子で、もちろん、
実証的な記録は何も無いのです。


文革が風化していくのは、どうも、恣意的、
つまり政治の思惑ではないように思います。

軍紀を乱す 殺害命令

投稿者: sibata_jyun2000 投稿日時: 2005/02/05 12:47 投稿番号: [23479 / 66577]
「悪戦苦闘」という事情であるが、これは上海戦いらい南京攻略までの上海派遣軍の戦況を見れば一目りょう然であろう、意外に強硬なシナ軍の抵抗で上海派遣軍は各所で苦闘を強いられた。その苦い体験から敵性国人にたいし異状なまでの憎悪をもやしたことは想像できる。この点について次のような話がある。第六師団が抗洲湾に上陸、崑山に直進中、第六師団司令部に「女、こどもにかかわらずシナ人はみな殺せ。家は全部焼け」という無茶苦茶な命令が届いた。

  当時第六師団高級副官であった中佐平岡力(のち少将、鹿児島県護国神社奉賛会常務理事)は「こんなバカな命令があるか」の一言のもとにケ飛ばしてこの命令は宙に消えたままだったが、このデタラメな命令に出所について平岡氏は「柳川兵団からそんなバカな命令が出るはずはない。出所について確認はしていないが、おそらく上海戦で苦戦中の軍司令部あたりが血迷って出した命令だろう」といっている。いまになってこの命令の出所を追及することは困難だが、日本軍の一部には苦戦に血迷い非人道的な殺りく(戮)行為に走ったものがあったことは事実であろう。一個師団二万人の将士の中には教育ていどの低いものもあり、またシナ軍の意外に頑強な抵抗にあい甚大な衝撃を受けたものもあった。ただ軍としてはあくまで「犯さず、殺さず」の大原則を持ちつづけたことは事実である。

aqualineさん

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2005/02/05 12:43 投稿番号: [23478 / 66577]
  昨日の補足として

  昨日は、厳しい言い方をしましたが、基本的に同じ考えです。

  結論の有無に関して、私は恐れていません。私自身が明確な結論を避けているのは、私なりに勉強していないからです。つまり有無両方の言い分をそう簡単に信じるのではなく、私なりにいろいろ調べ自分が納得する結論を得たい。

  その場合、それなりの資料や文献を読まなければならないし、しかも出来るだけ信用できる資料を見て見たい。

  日本語の資料はどこまで分るか、自信たりないが、中国の資料なら有る程度読めます。


  先学の研究もありますから、中日双方にが。


  気取っていませんが、それなりに誠実性がないと、何を語っても無駄。この意味で手続きのようなもの、裏づけのある言い方と、貴方のいう「盲信」したものとは大分違います。


  貴方は日本語の本主なのに、感触からいえばすごくショックというほどに手続き上の「貧困」が見えます。

  貴方は切り取りしたよ、と言った場合、どのページ、どのように切り取ったか。原義はこうなのに貴方はそのどこどこの部分を都合のいいように切り取ったのか、明示してくれないと、ただの誹謗と認識しますよ。

  これは足取りでもなんでもない。要は誠実に議論しているかどうかの大問題ですよ。


  幾つかの場面では貴方がちょっと・・・と言いたい。「新論点」の提示という所、すごくショックでした。一体こんな人間とは何を話そうかと思った。はっきり言ってあれだけで急に「新論点」なんて迎合しか見えないよ。

  もしもですよ、否定派はあんなやり方なら、もう日本人は救えないというイメージを作るのと同じ。

  そうではないことを祈る。

 南京    捕虜殺害

投稿者: sibata_jyun2000 投稿日時: 2005/02/05 12:36 投稿番号: [23477 / 66577]
―南京陥落後の捕虜殺害―

  その時「陸軍からの問い合わせの電報があって、捕虜の処分はどうなっているか?」と第三艦隊司令部から、問い合わせがかかってきた。福岡参謀は「未だ判りません。すぐ調べて報告します」と返電して部屋の外へ出て行かれた。私は直ちに福岡参謀の後に従って、士官室に戻った。

  士官室ではこの問題を知っていて、若い中尉(名前は忘れた)が、家宝の銘刀を軍刀に仕込んだのを握って「今晩一つ試してみたいのです。未だ一度も使っていないから」と力んで士官室を出て行かれた。夕食がすんで大分たってからである。

  私も中尉に従って士官室を出て校門を降り、下関埠頭を左の方に行って、紅岸の鉄の垣根(手すりの低い棚)のところへ行った。道路の右側に捕虜が五人ずつ縛られて、ずっと遠くまで並んでいたようだが、夜の暗がりでよく見極められない。

  陸軍の兵士が、その五人を鉄の垣根のところへ連れ出し、江へ面して手すりに向こうむきに並ばせては、後ろから銃剣で突き刺すのである。その様子は、とてもまともに見ていられない。海軍中尉も、この様子を見て「とても後ろから斬りとばすことはできない」とやめてしまった。私が懐中電灯で照らすので「その電灯は離れないと返り血を浴びる」と陸軍に言われたので、これを潮時に中尉と二人で安宅に帰った

>>よこぉ:おい…

投稿者: dream_dianthus 投稿日時: 2005/02/05 12:35 投稿番号: [23476 / 66577]
>それは、中国が豊かになった象徴だ。<

そんなの当然じゃん。

>農業産品を輸入に頼れると言う事は、外貨が無ければ、借金まみれになる。<

これも当然じゃん!


>食品物価上昇が追い討ちをかけられることになる。<

チミチミ   チミは日本のことしか考えないのかネ
世界には貧しい人たちがたくさんいるのだよ。
その人たちへの影響を考慮したまへ。

第一、農村が崩壊したらどーするの?
食品加工品どころぢゃないでしょー
農産物は工業製品ではないのだよ。


そーゆーことにゃ!
wmbyq010オジサン。

ドチビの芋!

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 12:34 投稿番号: [23475 / 66577]
我々華僑こそ、自由人なんよ。
住であるが故に、外国で迫害を受け、それでも、力強く生きているんやんけ!

>ある意味では世界で最も自由がある国かもしれない(たとえば宗教の束縛が少ない)日本にいるんだから

自由とは宗教を弄んだり、蔑視する事ではないぞ!

自由とは何でもアリと言う事ではない。

自由の本質は奴隷解放という、宗教的要素が始まりだ。

このボケ、イスラムも仏教も意味合いは違うが、儒教などは正反対の性格を持っとる。

ドチビは初詣に行くくせに、クリスマスや仏壇にお祈りしてんじゃねえんだろうな。

バレンタインはどうしてんだ?

もらえるわけねえか?

宗教の自由とは信仰の自由の事だ。

言葉を確かめて書き込みしろ!

知能の低すぎるヤッチャな!

いまから、ランチだ。

馬券も当てたし、贅沢するぜ。

しばらく、席をたつ。

 日本軍人発言 、「軍紀の乱れ」

投稿者: sibata_jyun2000 投稿日時: 2005/02/05 12:27 投稿番号: [23474 / 66577]
「第四編   武漢攻略前後」

  三   戦場軍、風紀今昔の感と私の覚悟

  私は、従来書物によって日清戦争、北清事変、日露戦争当時における我軍将兵の軍、風紀森厳で神兵であったことを知らされ、日露戦争の末期には自ら小隊長として樺太の戦線に加わり、大尉のときには青島戦に従軍し、関東軍参謀副長および第二師団長として満州に出動したが、至るところ戦場における軍、風紀は昔時と大差なく良好であったことを憶えている。それなのにこのたび東京で、南京攻略戦では大暴行が行われたとの噂を聞き、それら前科のある部隊を率いて武漢攻略に任ずるのであるから大に軍、風紀の維持に努力しなければならないと覚悟し、差し当り「討蒋愛民」の訓示標語を掲げることにした、それはわれらの目的は蒋介石の軍隊を倒滅することであって無辜の人民には仁愛を以て接すべしというに在った。

  上海に上陸して、一、二日の間に、このことに関して先遣の宮崎周一参謀、中支派遣軍特務部長原田少将、抗州特務機関長萩原中佐等から聴取したところを総合すれば次のとおりであった。

一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行があったことは事実である。

一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある。

  註   後には荷物運搬のため俘虜を同行せしめる弊も生じた。

一、上海には相当多数の俘虜を収容しているがその待遇は不良である。

一、最近捕虜となったある敵将校は、われらは日本軍に捕らえられれば殺され、退却すれば督戦者に殺されるから、ただ頑強に抵抗するだけであると云ったという。

 

  七月十五日正午、私は南京においてこの日から第十一軍司令官として指揮を執ることとなり、同十七日から第一線部隊巡視の途に上り、十八日潜山に在る第六師団司令部を訪れた。着任日浅いが公正の士である同師団長稲葉中将は云う。わが師団将兵は戦闘第一主義に徹し豪勇絶倫なるも掠奪強姦などの非行を軽視する、団結心強いが排他心も強く、配営部隊に対し配慮が薄いと云う。

  以上の諸報告により、私はますます厳格に愛民の方針を実行しようと覚悟を決めたことであった。

>dream_dianthus さんの代りに

投稿者: dream_dianthus 投稿日時: 2005/02/05 12:25 投稿番号: [23473 / 66577]
イチゴさん   ありがとう♪(#^ー゜)v

>ひょっとして彼女もう眠ったかもしれないので<

うん、爆睡してた。

ログはねぇ
私   ID   いろいろ変えてるから。。。

>「知識が欠如している」と断じられる程無知<   でーす!

歴史は政治と無縁で存在できないのよ。
そーゆーことネ☆

>よこぉ:おい、不自由人ドチビ助兵よ!

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 12:19 投稿番号: [23472 / 66577]
>中国農業衰退、輸入国に転落   開発進み離農続出   世界の食糧に影響

それは、中国が豊かになった象徴だ。
農業産品を輸入に頼れると言う事は、外貨が無ければ、借金まみれになる。
しかも、中国が農産物市場に参入する事は、中国がその市場に影響力を持ち始めるということだ。
分かりやすく言えば、中国が国際農産物市場の上得意様になるという訳やんけ!

日本は農産物小国が故に関係ない話だが。
逆に日本の消費者は、賃金下落に加えて食品物価上昇が追い討ちをかけられることになる。

それでも、中国は食品加工品で世界中で外貨を稼ぐ事になる。

そういう事だっぺさ!
お夢ネエチャン。

wmbyq010よ、哀れ!

投稿者: chives23 投稿日時: 2005/02/05 12:09 投稿番号: [23471 / 66577]
やはり君には、自由の意味が理解できていない。

ここの掲示板に書込みをしてくるほとんどの中国の留学生(?)にいえることだが、教条主義の中で育って自由を味わったことがない者が、自律を基本に置く日本の自由主義の社会に放り込まれると、君のような妙なドグマを実践し始める。

ある意味では世界で最も自由がある国かもしれない(たとえば宗教の束縛が少ない)日本にいるんだから、せっかくのチャンスを無駄にしないように、ぜひ自由のなんたるかを目をそらさないで勉強してほしいもんだ。

真摯に取り組むことをせず、勝敗にこだわり、文言で威圧し、論旨をすり替える君の日頃の言動からすると馬の耳に念仏だろうが!

よこぉ:おい、不自由人ドチビ助兵よ!

投稿者: dream_dianthus 投稿日時: 2005/02/05 11:48 投稿番号: [23470 / 66577]
日中友好のために、いつも夢あるフィクションをドモ~♪ヽ(^-^ )


>中国産の品質の良い、安い農作物を自由に輸入して、日本産の高価な農作物と競争させる事だ。<


中国農業衰退、輸入国に転落   開発進み離農続出   世界の食糧に影響
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050201-00000000-san-int

フィクションも過ぎると有害です。
温首相に怒られちゃうよぉ
彼は農村経済の権威なんだからぁ

おい、不自由人ドチビ助兵よ!

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 11:35 投稿番号: [23469 / 66577]
>これが自由というものだ。

自由の反対言葉が何であるか知っとるけ?

それは保護と言う言葉だ。

チミは確か農家だったな、
農業の自由化が日本の農業にどういう影響を与えるか考えろ!

自由とは保護されない事だ。
中国産の品質の良い、安い農作物を自由に輸入して、日本産の高価な農作物と競争させる事だ。

分かりやすく言うと、競争力の無い日本の農家を自由の下に崩壊させる事だぜ。
但し、当然、中国と提携した実力ある日本商社の農産物事業部は大笑いだ。

中国は日本にあらゆる産業物で自由化を求めてはいない。
なぜか、それは日本の事情を良くしり、日本の労働者を労わり保護しているのだよ。

>それを理解して、君はこの掲示板に持ち出したのか?

・・・んなことは立命館大学に言え!

>>テーマ1;十五年戦争の実態

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 11:17 投稿番号: [23468 / 66577]
>例えば戦争なら日露戦争とか、生活なら昭和の初めのころの普通の小説とか、しばらくそういうものを読んでみることをすすめます。

わからんやっちゃな、
十五年戦争の実態とは、日本の侵略戦争のことを言うのだよ。

日本国内を戦争に巻き込まないことを言うのだよ。

植民地待遇であった琉球の人々が犠牲にはなったがね。

日露戦争は中国大陸であったと言うのを知らんのか?

因みに、乃木希典は靖国に祀られていない。

デアルカラして、乃木神社があるように、
A級戦犯神社を作ればよい。
そして、チミに根性があるなら彼らをお参りに行けばよい。

南京陥落後に撮影された風景

投稿者: odennzuki77777 投稿日時: 2005/02/05 11:11 投稿番号: [23467 / 66577]
>昭和12(1937)年12月13日、南京事件が起きたとされる時期である陥落以降に撮影された写真ばかりを集めました。
  陥落当時には120名をこえる報道陣が南京に滞在していました。(外国人記者達を含めて)
  彼らの多くは戦争が終わり、南京が平和に復興する様子を写真などによって撮影、記録しています。
  日本兵と中国人との心温まる交流も多数記録されているのです。

  ところが戦後、これらの写真を「朝日新聞」、「毎日新聞」「岩波書店」、「日教組」、「NHK」などのサヨク系団体や組織によって封印されたのです。
  戦争ですから戦死体があるのは当然ですが、虐殺とは全く無関係の写真を大虐殺の証拠として(特に)朝日、毎日、岩波書店、日教組、(サヨク)系マスコミなどが大宣伝を行い、現在でも日本国民を洗脳しています。
 
  ホームページ作者はこれら写真を集めるうちに、事実とは大きく異なるウソ宣伝を行う報道(マスコミ)に対して信じられなくなりました。
  南京の真実を報道しているのは唯一、産経新聞だけなのです・・・朝日、毎日、日教組、TV朝日(朝日新聞系)、TBS(毎日新聞系)許すまじ・・・。

http://www.history.gr.jp/nanking/fukei.html

> : >>「戦争裁判」ってなんなの?

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 10:55 投稿番号: [23466 / 66577]
>『戦争を推進し、平和を破壊した責任』ってどういうことかな、罪なんですか。

いくつかの事柄の関係において、一方が原因で他方が結果であるというつながりのあること。

つまり、因果関係ですな。

・戦争中に捕虜(ほりょ)を殺したり、毒ガスや細菌(さいきん)を兵器として使ったことは、戦争前から国際条約で決められていたルールをやぶった罪
・兵隊でない一般の人びとを大量に殺したのは、たとえ戦争中であっても「人道」にそむいた罪。

など等の罪の関係において、戦争を推進し、平和を破壊した結果の罪であるということでんがな。

チミは日本語に対する語学力が不足しているみたいね。

チミは責任と言う任務の重さが理解できないのか?

昭和天皇は、A級戦犯たちへ戦争に反対し平和を求めたにもかかわらず、日本の敗戦直後に自ら責任をとり処罰を受けることを申し出て、日本国民には罪が無い事を嘆願された経緯がある。

それは天皇が日本を代表していると言う責任からなのだよ。

いくらなんでも、反戦派の天皇を刑罰に処する勇気は連合国には無いだろう。
もし、そんな事にでも成ったら、中国は他の連合国と一戦を交える覚悟で反対する。
と言うよりは、実際に蒋介石の言動は当にそのものだった。

南京大虐殺・・・。

投稿者: kirakira_tori 投稿日時: 2005/02/05 09:25 投稿番号: [23465 / 66577]
どうして日本軍が中国の首都の南京を攻めたのですか?。

中国軍が上海で戦争をしかけて、日本と戦争になったからです。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A06.html

>戦争裁判

投稿者: kurobiyouxi 投稿日時: 2005/02/05 06:21 投稿番号: [23464 / 66577]
dream dianthusさんの「切れアジ」鋭く
「戦争裁判」と称する世界人類大量虐殺(=戦争犯罪人)勝ち組から〜負け組みに「おとしまえ」をつける場所・装置
という意味するメッセージに感心しました。
  世界中、諸(異)民属が互いに殺し合い、結局勝った側=相手側民族人間を大量に殺した方   が都合よい裁判の仕組み
でありますまいか。
  表向き国際刑事司法裁判所(いわゆる国連安保理決議を経て設置という段取りだが)で戦争犯罪人に対し白黒つける
が(現在元ユーゴのミロセビッチ大統領
への民族大量虐殺戦争犯罪下手人として
身柄拘束(釈放機会もあるが)の上裁判中だし、イラクのフセイン元大統領への
同様裁判も予定)勝てば官軍裁判でしょう。
  仮に日本帝国がアメリカ国へ原爆投下
して同国市民の大量殺戮ケース想定した
とき、戦争裁判被告席は戦争犯罪人アメリカ(トルーマンやマッカーサーと称した当時のアメリカ側中枢)が占め断罪されたかも知れませんが。
  続けて申し述べますと、目下アメリカ
イラク間の戦争結果で、仮にイラク側が
勝つならば、アメリカ大統領ブッシュが
当然国際刑事司法裁判所でイラク人大量殺戮戦争犯罪下手人として引っくくられ
た可能性もありえたかも知れません。
  終わりの方が仮定の、愚見のられつで
しめくくることになって失礼します。

wmbyq010さんへ

投稿者: patoriot_kura 投稿日時: 2005/02/05 06:07 投稿番号: [23463 / 66577]
詳しいご返答有難うございました。

「昨夜は寝ちゃいましたので・・・。」

浙江財閥宋一族の件
一応自身も知っていましたので。

もっと奥深い新たなる戦略の資料でも出たのかと、思ったしだいで・・・・・。

でも、ありがとう!

これからも、よろしく。

また、頑張って下さい。

>文革についての考証 1 訂正

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/02/05 01:48 投稿番号: [23462 / 66577]
元来親日的であった日本人一般を>元来親中的であった日本人一般を

文革についての考証 1

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/02/05 01:42 投稿番号: [23461 / 66577]
ここにあげられた書き込みが何処でいつ為されたものかわたしは読んでいませんが、最近のものでしょう。とすればこの書き込みをしたという学生は当時の紅衛兵達の子息の世代でしょうか。

文革が大批判され、当時荒れ狂った紅衛兵たちはすべて自分たちの行為に対し口をつぐんでいると聞きました。

自分たちの次の世代にありのままを伝えるはずはなく、無かったことにしているのではないでしょうか。

中国の正式な見解でも文革の失敗は認めてもそれを反省材料にして次世代を教育している様子は見られません。

折からヘンリー王子の件からヨーロッパでも若者がナチスについての知識を持っていないことが取り上げられています。

日本でも、大学生が日米で戦争をしたことを知らない者がいて我が耳を疑った事があります。

やはり過去の悲惨な事件は忘れたいという意識が何処にでもあるようです。

しかし、過去の悲劇を反省したからこそ今の世界は100年前よりも進歩したのだと思います。100年前は白色人種の猛威がアジアアフリカに及び、有色人種は人間扱いされていなかったのが、今は形だけでも改善されている事実があります。

今の中国で自分たちの行為を全て正当化し教育をしているとしか思えない現状(批判勢力が存在出来ないのですから)では文革が存在しないことになったとしても不思議ではありません。

これは中国にとっても非常に不幸なことだとおもいます。

また内容はおくとして、と言われていますが、先の学生が:

”子供をおいて日本に帰った鬼のような日本人という意識”は彼が独自に持ったものでしょうか。日本人=鬼子という中国政府のすりこみの結果ではないでしょうか。

当時の中国から脱出することは命がけであり、赤ん坊を連れて逃げようとすると他の子供も生きてはゆけない、それなら中国人に育ててもらった方が生きてゆけるとの判断があったはずです。

むろん様々な困難を押して日本人の子供を育ててくれた中国人に対する感謝の気持ちは普通の日本人であれば持っているでしょう。

この学生は日本人が感謝をしているなど夢にも思っていないようです。

この学生にはそれらの可能性を想像する能力が欠けていますが、もし次世代の中国人の意識が一般的にそうであれば、とてもアジアのリーダーどころではありません。かりに中国がそうなろうとすればそれに比例した反発がおきるでしょう。

元来親日的であった日本人一般を敵にしつつある中国政府の方針が優れているとはとてもおもえず、むしろ事実はどうあれ日本を懐柔する方策を取った方がよほど簡単にアジアでのリーダーシップを取る近道だとおもいます。日本の協力を得るのと反発を得るのとでは大違いでしょう。損得の問題なのですが。

まあ、この点は中国の戦略としての政策があったので簡単に言えることではありませんが。

文革の反省もきちんとしてそれを内外に示した方が結果として中国に対するイメージは向上するでしょう。

つまり、同じような意味で中国では文革はわすれさせられ無いことにされつつあるのではないでしょうか。心ある中国人はそれを嘆くはずなのですがどうなのでしょう。

wmbyq010よ、自由への代価を考えろ

投稿者: chives23 投稿日時: 2005/02/05 01:37 投稿番号: [23460 / 66577]
こんな施設は、逆立ちしたって中国にはないだろ。

たとえ煙たがられても、白眼視されても、石をぶっつけられても、国の大勢に抗しても、日本ではできる。

これが自由というものだ。

しかし当事者に、当然、リスクはある。

賛否両論の嵐の中に信念を貫く勇気は、反対の立場にあるものも敬意を払わざるをえない。

それを理解して、君はこの掲示板に持ち出したのか?

中国の言い分を、あるいは揶揄まがいの自説を補強するためではないのか。

多分、後者だろう。

その心根の卑しさ、したり顔、虫唾が走る。

君のようなものが、信念からつくりあげたものを、このような形で利用することは絶対許されない。

君は、中国でこのようなものをつくる勇気を持ち合わせているかな。

今回のような利用が許されるのは、その勇気があるものだけなんだ。

肝に銘じよ。

>>「戦争裁判」ってなんなの?

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 01:30 投稿番号: [23459 / 66577]
これで失礼しますけど。

『A級戦犯は理由はどうであれ、戦争を推進し、平和を破壊した責任もある。』

いったいどういうことを言っているのかな?

イラク戦争のブッシュ大統領や、明治維新の薩摩や長州の指導者も罪でありA級戦犯なのかな。

それともA級戦犯とは、勝敗によるものなのかな。

>ありがとうございます。

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 01:12 投稿番号: [23458 / 66577]
『>戦争終わって子供置いて日本に帰った鬼のような日本人たちの
>かわりに現地の中国人が石を投げられようが、一生懸命置き去りに
>された子供を育てたのに。。。。
>戦争直後、日本人を育てるのがどれほど危険か知りもしない糞日本人
>は豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!』

文革の頃にはそういう意味合いが全くなかったとは断言できませんが、当時の中国の風習や社会に全く無知な発言だと思いますね。

>ariduhsesnomiyasagioさま

投稿者: japancockroach 投稿日時: 2005/02/05 01:12 投稿番号: [23457 / 66577]
>60年前の話はもう過去のことです。<

日本国内でAVの風俗産業に関するビデオと雑誌を製造する日本産業の社長と会長達はアジアの他国の男に貴国の女体を観賞させられます。確かに日本の大和民族は男女の性愛に対して恥かしい気持ちを感じることが有りません。いわゆる「童貞」または「貞操」と言う観念が分からない女性は性愛の羞恥心を持っていません。援助交際の女性中学生はおじさんのお金を得る為に、体の商売を正常化し進めている。他の外国人の視点から以前の羞恥さを忘れられる民族は永久に昔の犯した間違えに反省しません。その特質はアジアの国民に信任されない主要原因に成ることです。

ありがとうございます。

投稿者: flwsemi 投稿日時: 2005/02/05 01:01 投稿番号: [23456 / 66577]
>中国人側から文革をどうとらえているのかも知りたいと思っています。

そうです。わたしの知りたいのもそのことです。

いったい、あの動乱はなんだったのか。
今頃になって、つくづくそれを思います。

きっかけは、つぎの書き込みです。

>戦争終わって子供置いて日本に帰った鬼のような日本人たちの
>かわりに現地の中国人が石を投げられようが、一生懸命置き去りに
>された子供を育てたのに。。。。
>戦争直後、日本人を育てるのがどれほど危険か知りもしない糞日本人
>は豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ!


内容は、置くとしましょう。

おどろいたのは、この学生には文革があった、という意識すらないことです。

いや、わたしはだから、中国の教育がどうの、こうの、いうつもりは全く無い。

そうではなくて、もし、あの動乱が全国規模でおこり、いわれる惨事がどこでも、発生していたのなら、おそらく伝承の形でも記憶に残るはずだ。

それが痕跡すらない、というのは、どう解釈すればいいのだろう。

すくなくとも、わたしの北京時代、自分が勝手に想像していた文革とは、様子が違うのです。

わたしは、台湾の論壇でも尋ねてみました。

回答はわずか5件でした。

忘れられたのか、あるいは発言しないのか、さらには文革はなかったのか、
実証がつかめないまま、現在に至っています。

: >>「戦争裁判」ってなんなの?

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 00:57 投稿番号: [23455 / 66577]
『A級戦犯は理由はどうであれ、戦争を推進し、平和を破壊した責任もある。』

『戦争を推進し、平和を破壊した責任』ってどういうことかな、罪なんですか。

>テーマ1;十五年戦争の実態

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 00:54 投稿番号: [23454 / 66577]
ほとんど、日教組の宣伝パンフレットみたいなものですね。昭和16年から20年の4年間に興味があるようですね。

いったん、宣伝やイデオロギーから離れて、例えば戦争なら日露戦争とか、生活なら昭和の初めのころの普通の小説とか、しばらくそういうものを読んでみることをすすめます。それから、昭和16年から20年の4年間に戻ればいいと思いますよ。

>>「戦争裁判」ってなんなの?

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 00:53 投稿番号: [23453 / 66577]
>A級戦犯は、罪がでなくて敗戦の責任であると言っているのですね。

A級戦犯は理由はどうであれ、戦争を推進し、平和を破壊した責任もある。

連合国は、特に中国はその戦争を敗戦することなく戦略を企てて終結に方向付けさせた。と言う事ですな。

dream_dianthus さんの代りに

投稿者: ichigotarutojp 投稿日時: 2005/02/05 00:44 投稿番号: [23452 / 66577]
  う〜ん、ひょっとして彼女もう眠ったかもしれないので、
(睡眠不足が重なっていたので…)
私からお返事のさわりだけ先に差し上げておきます。

  南京事件の事は、
ご指摘の範囲の事なら彼女も良く承知しておりますし、
その件についても過去ログで相当議論しておりました。

  で、今回の発言の下りは、
過去ログとの関係で読み取れますので、
お手数ですが過去ログを確認して頂ければお分かり頂けると思います。

  あの発言は、その遣り取りの後の嘆きというか、ぼやきと言うか・・・

  詳しい事は、本人から説明があるでしょうが、
「知識が欠如している」と断じられる程無知ではなく、
様々な研究と思慮の結果である事だけお伝えいたします。

  横から失礼致しました。

>*>面子

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 00:41 投稿番号: [23451 / 66577]
『偽軍、漢奸と言われたものが、しばしば登場し、個人的には日本軍より憎たらしい存在だった。』

負けたから後世で、悪口を言われていますが、立派な方々が多かったのですよ。文人系統にね。蒋介石も毛沢東も軍人が主流ですが、南京政府は立派な文人が多かったのです。最後の処刑のときも立派でした。

日本が国民政府と戦わなかったら、共産党は勝利しなかったでしょう。もしそうだったら、共産党の歴史上の偉人たちは、夜盗や盗賊のように悪口を言われているでしょうね。今の偽軍、漢奸のようにね。

蒋介石が中国を統一していたら、もっと早く中国は経済発展をしていたかもしれませんね。その意味では日本に罪があるかもしれません。

asian_falcon2005 様

投稿者: ichigotarutojp 投稿日時: 2005/02/05 00:27 投稿番号: [23450 / 66577]
丁寧なレスありがとうございます。


>仰るとおりですね。
>ここにいらっしゃる中国の皆さんは、
>日本語が上手なのでつい手を抜いてしまいました。
>ご指摘に感謝します。

すみません、コレは私の言葉が足りなかったですね。
あのホームページはとても助かりました。
法律は条文抜きに説明する事は難しく、
さりとて条文を書き込むと「日本人でも読むのが嫌になる」
ではありませんか。
リンクを貼って頂いたお陰で、
簡単に纏めた文章だけに出来たので、
感謝しております。

あの括弧書きの中身のぼやきは、
中国の皆さんが分かりにくくて嫌になるかもしれないと思って、
「日本人でもそうなのよ〜」って書いたつもりだったんです。
考えてみれば貴方様に失礼でした。
申し訳ございません。

皇室の離婚の件は、
ワザと省きました(苦笑)
やはり今の皇室を取り巻く環境では
離婚は現実的でないと考えたためです。

手を抜いて申し訳ありませんでした。
補足感謝致します。
また、お気づきの点ございましたら、
ご指摘・補足よろしくお願い致します。

テーマ1;十五年戦争の実態

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 00:24 投稿番号: [23449 / 66577]
http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/kodomo/mokuji.html

〜軍隊と兵士〜
兵隊ってどんなかっこうしてたの?
「赤紙」ってなんなの?
〜国民総動員(こくみんそうどういん)体制〜
戦争中はどんなくらしをしてたの?
国民学校ってどんな学校?
〜日本人の反戦活動〜
戦争に反対した人びとはいなかったの?
〜植民地・占領地〜
アジアの人びとに日本軍はなにをしたの?
〜空襲・沖縄戦・原爆;現代戦争の起点〜
原爆投下
沖縄戦ってなんなの?

テーマ2;第二次世界大戦と戦争責任
〜第二次世界大戦〜
ナチスの強制収容所(きょうせいしゅうようじょ)ってどんなところ?
〜戦争責任〜
「戦争裁判」ってなんなの?

テーマ3;現代における戦争と平和
〜現代の戦争〜
これみんな爆弾なの?
ベトちゃんとドクちゃん
〜核(かく)軍備競争〜
核兵器ってどんなもの?
平和をもとめて

>「戦争裁判」ってなんなの?

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 00:23 投稿番号: [23448 / 66577]
wmbyq010さんは、

A級戦犯は、罪がでなくて敗戦の責任であると言っているのですね。

つまり、善悪ではなく勝敗によるものなんですね。

onlyabirdは

投稿者: arisugawanomiyasagio 投稿日時: 2005/02/05 00:19 投稿番号: [23447 / 66577]
心貧しき中国人です。

アルバイトのし過ぎで、こころのゆとりを喪失し、バイト先ではぬれ雑巾のようにコキ使われ、日本社会に反感を抱いているのでしょう。

しかし、言葉も表現も不自然な外国人を時給8米ドルで雇用してくれる社会は世界中探しても日本以外にはありません。

ロンドンやベルリンでは黄色人種というだけで、バイトを探すのはけっこう大変です。

温州人が経営する中華料理屋で、格安に使われるのがオチな訳です。

それを分かっているので、こいつは帰国して月給1500元で働かず、日本でアルバイトに精を出し、腹いせにこの掲示板に下手糞な日本語で投稿しているのでしょう。

不法就労者かもしれないので、法務省に調査以来のメールを発送したほうが良いかもしれません。

日本で不法に就労したアルバイト代金で
祖国のボロマンションでも買う予定かもしれないですね。(笑)

>南京事件

投稿者: qa19582000 投稿日時: 2005/02/05 00:19 投稿番号: [23446 / 66577]
dream_dianthusさんの論考にはするどいところと知識の欠如したところと二つあります。

するどいところは

『日本が中国に来なければ、こんなことにはならなかったと
仰る方もいらっしゃるかもしれません。
ちょっと待ってください。
日本が中国にいかなければ、軍閥同士は仲良くできました?
国民党と共産党も仲良く手を携えて国家の再建に努力しました?
蒋介石と毛沢東が同じ政府に入りました?』

これはそのとおりなんです。日本軍が蒋介石軍と戦ったために、毛沢東が中国を統一できました。

知識不足のところ

『しかし、日本は負けました。
ですから、南京虐殺も背負わされることになりました。
本当でも、嘘でも。

今は検証しようがありません。』

南京事件の研究はかなり進歩して、もうほとんど検証は終っているのです。南京大虐殺というのは、虚構だということが日本の専門家の間ではほぼ確定しています。今では、便衣兵や捕虜の処刑の問題が、南京事件として論じられる程度です。

『日中の研究者が検証しようとしても無駄でしょう。
それぞれの立場を離れることは難しいのではないかと思います。』

中国では、南京大虐殺は事実や歴史の問題ではなく、政治や思想の問題です。以前にここで、南京大虐殺の証拠を出しても「捏造とかでっちあげといわれてしまうから、平行線だ」というような発言が中国の方からありました。

これを私は変な言い方をするなと思いました。真偽は事実問題だから、嘘は指摘されて当然だからです。事実であるなら、有名な学者が唱えても、中学生が匿名でHPで出しても変わりありません。

もし、本当の南京大虐殺の証拠が、HPの片隅で一つでも提示されれば、だんだんとそれは広まり日本を席捲してしまいます。そして定説をくつがえしてしまいます。しかし、中国では政治や思想の基準で、でっちあげや捏造とされてしまうらしいのです。それで先のような発言が出たのだと思います。

>「戦争裁判」ってなんなの?

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2005/02/05 00:15 投稿番号: [23445 / 66577]
http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/kodomo/saiban.html

抜粋

戦争は、世界中にはかり知れない損害をもたらしました。戦場の兵隊たちだけではなく、町も村も、おとしよりも子どもも、男も女も、みんな戦争のために大きな被害(ひがい)をうけました。二度とこんなことがあってはならない、国と国との争いを、戦争で解決するのはまちがいだと世界中の人びとがおもいました。そこで、まちがいをおかした人びとを裁判にかけました。これが戦争裁判です。つぐなわなければならない罪は、おもに三つありました。

・戦争を計画しおこしたことは「平和」をこわす罪
・戦争中に捕虜(ほりょ)を殺したり、毒ガスや細菌(さいきん)を兵器として使ったことは、戦争前から国際条約で決められていたルールをやぶった罪
・兵隊でない一般の人びとを大量に殺したのは、たとえ戦争中であっても「人道」にそむいた罪。この三つでした。

  侵略戦争(しんりゃくせんそう)をおこしたドイツと日本の指導者たちは、それぞれ、ドイツのニュルンベルクと日本の東京で開かれた法廷(ほうてい)でさばかれました。そのほかにもいくつかの所で裁判がおこなわれました。
  しかし、戦争に勝った連合国が、敗れたドイツや日本をさばいたことから、勝った側のおかした罪は、とりあげられませんでした。また、むりやり日本兵にされた朝鮮(ちょうせん)や台湾(たいわん)の人たちまでが犯罪者として罰(ばつ)をうけるというようなこともおこりました。

補足します、

A級戦犯は、戦争を計画しおこしたことは「平和」をこわす罪。
B級戦犯は、戦争中に捕虜(ほりょ)を殺したり、毒ガスや細菌(さいきん)を兵器として使ったことは、戦争前から国際条約で決められていたルールをやぶった罪。
C級戦犯は、兵隊でない一般の人びとを大量に殺したのは、たとえ戦争中であっても「人道」にそむいた罪。
この三つでした。

というルールに基づいて検証した裁判なのであり、現実の証拠と証言を下に裁かれたのです。
A級戦犯が極悪人という判断で極刑に処されたのではなく、責任者であるが故に、極刑に処されたのですぞ。

別の見方をすれば、A級の高貴な大東亜共栄圏の理想を踏みにじる行為をしたB,C級戦犯のほうが人道的に許されない面がある。
しかし、戦争と言う異常な状況下であったが故に、相当に軽い罰に処されたと言える。

戦争裁判と言うのは、軍事裁判なので責任者が処刑されるのは軍人として当然の事であり、処刑されない事のほうが、軍事の責任者に対して失礼で酷い仕打ちであると理解すべきですな。

もし、東條さんが誇りを持って罰を受けることを拒否していたのなら、軍事の最高責任者としては失格となる。

当然、彼を靖国に祭るのは軍人としての誇りに泥をかぶせる事になる。

靖国神社は天皇に忠誠を誓い殉死された兵士を祀る神聖な場所で、軍事の罪で処刑された兵士を祀る場所ではないのです。

と言うのが、軍人(侍)の誇りなのですわ。

勉強になったか?
理解できたかな?

ichigotarutojp様

投稿者: asian_falcon2005 投稿日時: 2005/02/05 00:10 投稿番号: [23444 / 66577]
はじめまして。
そして超遅レスで失礼します。

>(しかし、法律の文章って日本人でも素人は理解しにくいのに、
>いくら中国の皆さんが優秀とはいえ、ちょっと難しくはないかしら…)
仰るとおりですね。ここにいらっしゃる中国の皆さんは、日本語が上手なのでつい手を抜いてしまいました。
ご指摘に感謝します。

皇室典範には皇位継承の規定はありますが、退位についての規定はありません。
従って、天皇は即位した後その生涯を終えられるまで、
その地位にあり続けなければならないと解釈できます。
それで「実質的に不可能」とお書きになったんですよね?
すごく上手にまとめられたと思います。私には無理でしょう(^^;。(だったら最初から手抜き投稿するなと突っ込まれそうですが)

ちょっと補足をさせて下さい。
>また、親王妃や王妃が、その夫と死別した場合なども
>離脱できます。(しかし、通常は離脱しません)

皇室典範第14条3項に
第1項の者は、離婚したときは、皇族の身分を離れる。

と言う規定があります。ちなみに第1項には
皇族以外の女子で親王妃又は王妃となった者が、その夫を失ったときは、その意思により、皇族の身分を離れることができる。

とありますので、1947年の段階で離婚した場合を想定していたことになります。
条文を調べていてちょっと驚きました。

酔っぱらって書いているのでまとまりがありませんが、
英国王室のエドワード8世のようなことは皇室ではできないと言うことを
申し上げたかったんです。
ある意味とてもお気の毒だと思います。(不敬かも知れませんが)

「投稿前に確認」で読み返していますが、本当にまとまりが無くてすみません。

お〜い、ゆめのさん

投稿者: ichigotarutojp 投稿日時: 2005/02/05 00:02 投稿番号: [23443 / 66577]
こんばんは〜
風邪?体調大丈夫?

ご活躍目覚しいねえ!
うんうん!   それでこそ   ゆめのさん!
のびのびと頑張ってね!
応援してるわ

まだ寒いから
書き込みも暖かい格好して、
暖かい飲み物でも飲みながらやった方がいいよ。

>*>面子

投稿者: qoraboy 投稿日時: 2005/02/05 00:02 投稿番号: [23442 / 66577]
明日、消えるつもりでいるので、
これを最後のレスにさせていただきますね!

大筋を認めます。

>それだけの、人民を統制できるわけでもない

そうです。
偽軍、漢奸と言われたものが、しばしば登場し、個人的には日本軍より憎たらしい存在だった。

>韓国人、本人達や、日本人両方とも、これに関しては、捏造だという歴史経緯があります

労工として連行された、家族を知っていました。日本で探してくれと頼まれたこともある。
決して捏造ではない。


では、お元気で。
消えます。

dream_dianthusさんへ

投稿者: sin1945jp 投稿日時: 2005/02/05 00:01 投稿番号: [23441 / 66577]
個人的には、メールがこなくてさびしく思っております><

今日は私はこれまでにしたいと思います
それでは^^
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