>文革についての考証 1--わたしの場合
投稿者: flwsemi 投稿日時: 2005/02/05 12:59 投稿番号: [23480 / 66577]
わたしは直接この目で文革を見たわけではありません。
あるいは、文革を探しに中国へ行ったわけでもない。
もともと漢と唐の区別もつかないような理系学徒でしたから、どちらかといえば、政治には無関心でした。
しかし、そんな学生でも文革の後遺症は、はっきりわかった。
わたしの中国語クラスの先生は、父親が吉林大学の日本語教授で、
「そのために死んだ」といっていました。彼女自身も内蒙古で労働しています。
あるいは、街で偶然しりあった友人が、一番初めに見せてくれたのが少数民族の小刀でした。彼の父親は解放軍の幹部で、やはり青海に流されている。
武漢の友人は青山での抗争時、外の騒ぎが怖くて家の中で耳をふさいでいたそうです。
工員が二、三人死んだ、といっていました。
この三件、いずれも話は、単なる事実として語られ、誰を恨むでも、憎むでもない、
という調子でした。
「北京三十五年」を書かれた山本市郎氏は、当時収容所の中でしたが、彼も実に淡々と文革を語っておられます。
そのことが、むしろわたしには深い印象がある。
当時はたとえば、有吉佐和子氏が老舎の死を知ったときのこと。
あるいは、湖北の学生がアメリカ人留学生と結婚して書いた紅衛兵の手記。
こういうものがよく知られていましたから、この冷静さは本当に以外でした。
わたしがはじめて買ってもらったラジオできいたのは、北京放送です。
短波では他のどの局より大出力で、毎日反米、反日、反ソ連を繰り返していた。
子供ながら、ああ、中国行ったら殺されちまうんだろうな、と思っていました。
それが実際、成都の紅衛兵にあってみると、いきなり、餃子と上手は何が違う?
などと聞いてくる。文革時には、日本の一般大衆は資本家に搾取されているので、
きわめて貧しいと習ったんだが、NHKの日本語放送をみたら、自分たちより良い家
にすんでいる。ショックをうけて、日本語を習い始めた、といっていました。
西単にはあいかわらず壁新聞があって、人が群がっている。
しかし、熱心に読む人はいない。
わたしがあの留学生の書き込みに目がとまったのは、二十年前
北京に行ったときの驚きと同じものがあったからです。
書店には確かに「文化大革命の徹底的批判」という本があって、
国がそれを認めていることに間違いは無い。
しかし、これは100ページにも満たない小冊子で、もちろん、
実証的な記録は何も無いのです。
文革が風化していくのは、どうも、恣意的、
つまり政治の思惑ではないように思います。
あるいは、文革を探しに中国へ行ったわけでもない。
もともと漢と唐の区別もつかないような理系学徒でしたから、どちらかといえば、政治には無関心でした。
しかし、そんな学生でも文革の後遺症は、はっきりわかった。
わたしの中国語クラスの先生は、父親が吉林大学の日本語教授で、
「そのために死んだ」といっていました。彼女自身も内蒙古で労働しています。
あるいは、街で偶然しりあった友人が、一番初めに見せてくれたのが少数民族の小刀でした。彼の父親は解放軍の幹部で、やはり青海に流されている。
武漢の友人は青山での抗争時、外の騒ぎが怖くて家の中で耳をふさいでいたそうです。
工員が二、三人死んだ、といっていました。
この三件、いずれも話は、単なる事実として語られ、誰を恨むでも、憎むでもない、
という調子でした。
「北京三十五年」を書かれた山本市郎氏は、当時収容所の中でしたが、彼も実に淡々と文革を語っておられます。
そのことが、むしろわたしには深い印象がある。
当時はたとえば、有吉佐和子氏が老舎の死を知ったときのこと。
あるいは、湖北の学生がアメリカ人留学生と結婚して書いた紅衛兵の手記。
こういうものがよく知られていましたから、この冷静さは本当に以外でした。
わたしがはじめて買ってもらったラジオできいたのは、北京放送です。
短波では他のどの局より大出力で、毎日反米、反日、反ソ連を繰り返していた。
子供ながら、ああ、中国行ったら殺されちまうんだろうな、と思っていました。
それが実際、成都の紅衛兵にあってみると、いきなり、餃子と上手は何が違う?
などと聞いてくる。文革時には、日本の一般大衆は資本家に搾取されているので、
きわめて貧しいと習ったんだが、NHKの日本語放送をみたら、自分たちより良い家
にすんでいる。ショックをうけて、日本語を習い始めた、といっていました。
西単にはあいかわらず壁新聞があって、人が群がっている。
しかし、熱心に読む人はいない。
わたしがあの留学生の書き込みに目がとまったのは、二十年前
北京に行ったときの驚きと同じものがあったからです。
書店には確かに「文化大革命の徹底的批判」という本があって、
国がそれを認めていることに間違いは無い。
しかし、これは100ページにも満たない小冊子で、もちろん、
実証的な記録は何も無いのです。
文革が風化していくのは、どうも、恣意的、
つまり政治の思惑ではないように思います。
これは メッセージ 23461 (tokagenoheso さん)への返信です.
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