ビックリ台湾!?

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本当の天才

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/22 03:15 投稿番号: [1627 / 3149]
「本当の天才は自分が天才であることを知らない」という説がある。何傳氏は本当の天才だから、凡人にはないカンを具えていて、進むべき道をすぐに見抜く能力があったのであろう。苦心して思案を練ることなしに成功したから、自分のことを当たり前のことをやっただけだと思っているのであろう。

凡人が成功した場合は「俺は苦心惨憺、努力を積み重ねて、ついに成功した」と鼻高々となる。それでもよい。世の中には凡人が圧倒的に多いのだから、努力して成功した人は褒めてよい。

晩年の何傳氏はまた新聞記者に「自分は一生涯汚い方法で金を儲けたことがない」と断言しました。

もう一人の経営の神様

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/19 00:53 投稿番号: [1626 / 3149]
tokyo_cachito3 様

>幸之助は「仕事というのは、やったらやっただけのことがなくてはならない。首を取ったり取られたりではダメだ」と言ったそうだ。それはその通りそれはその通りだろうが、凡人にはなかなかそれができない。だろうが、凡人にはなかなかそれができない。
____________________

台湾にはもう一人の経営の神様、何傳氏(1897−1989)がありました。現在台湾に永豊餘造紙という製紙会社がありますが、その会社の創立者です。彼は生涯にいろいろな事業を興して、どれも皆成功したので、事業の天才と言われていました。

何傳氏は晩年新聞記者から「あなたは何をやっても皆成功しましたが、何か秘訣があるのですか」と聞かれて、次のように答えました。

「雨が降ったら、雨が室内へ吹き込まないように窓を閉めるのが当たり前だろう。事業というものは、そのように当たり前のことをやれば成功するのだ。当たり前でないことをやると失敗するよ」

何傳氏の言うことは、ちょうどtokyo_cachitoさんのおっしゃるとおり、「それはその通りだろうが、凡人にはなかなかそれができない」のですね。つまり凡人は、いざとなると、どう処置するのが当たり前なのだか、見当がつかなくなるらしいのです。

何氏三兄弟(何傳氏が惣領)はみな商才があって、戦後台湾でいち早くプラスチック事業の将来性を見抜いたのは末弟の何義氏であって、王永慶氏は何義氏の会社の社員でした。その会社がスタートしたばかりのときに、何義氏が52歳で急逝し、何義氏の事業を王永慶氏が受け継いだのだそうです。

何傳氏は晩年に、何義氏の事業を王永慶氏が受け継いで大発展したことについて、感想を聞かれたとき、「あれを継いだのが王永慶氏だからこそ、それほどに発展したのです」と答えました。

Re: 合掌。。。

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2008/10/18 21:22 投稿番号: [1625 / 3149]
王永慶さんは、16歳の時、200元で嘉義で米屋から身を起こしたとされています。
3人の奥方(太太)を得て、今では、子供ら7人の集団経営で「跡」を継承しょうとしています。

Re: 合掌。。。

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/10/18 20:27 投稿番号: [1624 / 3149]
  わたしは松下グループの会社と関係があったので松下幸之助の著書などは随分読みました。大正六年、幸之助が妻と二人で「ポンス」という手押しプレスを使い、六畳一間の長屋でソケットなどの型押し成型を始めたのが今日のパナソニックの基である。このとき、近くに越して来た人が幸之助と同じ器具を運び込んで同じような仕事をはじめたという。数年後、幸之助の事業は順調に進展し、新築の工場に多くの従業員を抱える「松下電器器具製作所」になった。ある日、その同業者が尋ねてきて「君と私は同じ仕事を同じ時に始めたわけだが、君はこれほど立派な会社の社主となったのに、自分はまったくうだつが上がらない。どうして、これほどの差ができたのか、君になにか経営の秘訣でもあるのか、今日はぜひともそれを伺おうと思ってやって来た」と言う。幸之助は「仕事というのは、やったらやっただけのことがなくてはならない。首を取ったり取られたりではダメだ」と言ったそうだ。それはその通りだろうが、凡人にはなかなかそれができない。王永慶氏も「やっただけのことがある」人物だったのだろう。

  今年になって「松下電器製作所」は「パナソニック」と社名を変え、グループ各社も一斉に「松下」の名を取り捨ててしまった。

Re: 合掌。。。

投稿者: ksyjw934 投稿日時: 2008/10/16 20:56 投稿番号: [1623 / 3149]
F.P.C   フォルモサ   プラスチックカンパニー   のオーナー

  ですね。大陸に工場を建設する積りでしたが、李登輝総統が

  土地を、提供しますとの話で雲林県に恐らく台湾一のコンビナート

  を建設しました。発電所の建設に従事したことは、忘れません。

  世界有数の資産家ですね。間違っていましたらご容赦を。

合掌。。。

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2008/10/16 13:02 投稿番号: [1622 / 3149]
台灣の経営の神様「王永慶」さんがニューヨークで92歳でお亡くなりました。・・・合掌。

台灣之松下幸之助とも云われていました。
なぜ、また、美國ニューヨークで・・・。
牛排(ステーキ)の王塑集團「王品」も傘下です。

Re: 三民主義

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/10/09 18:30 投稿番号: [1621 / 3149]
  先生からまことに丁寧、かつ真剣なご返答とお教えをいただきました。

  わたしは日本の公立校の式典などの際に起立せず、斉唱も拒否する教師や生徒がいても、それは日本国憲法によって保証された「思想・信条の自由」に基づくもので、国民の基本的人権の範疇だと思っています。
にもかかわらず、それだけを以って、かれらを不当にも「反日左翼」「国賊」などと犯罪者扱いで退職、休職、減給、諭旨などの問答無用の懲罰を加えることは国家官僚による戦前志向の教育のファッショ支配であって、民主国家には許されざることだと思い、民主台湾の教育現場ではどうなのだろうかと、強靭な反国民党人士である先生にお尋ねを致しました。

  また、ヨーロッパでは法律で禁止されている鉤十字やナチ式敬礼、大相撲千秋楽の表彰式での君が代斉唱時の観客の様子、祝祭日の各家庭の国旗掲揚の状況、2004年の春の園遊会での今上天皇のご発言も私の主旨を補うものとして紹介、記述いたしました。

先生のご返事のなかの「三民主義の歌や、晴天白日満地紅旗は、実はさほど大切でなく、真に大切なのは政権」とのお教えは、その通りであり、権力の本質を正確に衝いたご説明でした。また、「三民主義への敬意のためでなく、歌っている人たちへの礼儀上、起立すべき」という点については、まじめな社会生活のなかでの普通の所為であり、まったく異論はありません。昔、忠孝東路の映画館に入ったとき、初めての経験でしたが、開幕前にスクリーンに向かって起立した覚えがあります。外国の国旗、国歌に敬意を払うのは当然のことであります。

私の言いたいのはただ一点、「国家官僚は、国旗、国歌を国民に強制すべきではない」ということであり、それ以上のものではありません。

Re: 三民主義

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/09 16:20 投稿番号: [1620 / 3149]
>台湾にも国歌「三民主義」があり、蒋介石親子の戒厳令の時代には式典などでこれを歌わないと投獄の危険さえあったと聞いておりますが、これは事実として認識してよろしいでしょうか。

↑上記問題は、わしの知識の限界を越えています。蒋介石時代に作られた法律に、「国歌を斉唱すべきときに歌わず、『注意されてもなお従わない者』は、これこれの罰に処す」というのがあることを、わしは知っています。その法律は今も残っているはずだから、YAHOO奇摩で探したが、今ちょっと見つからない。記憶によれば、その罰はたいしたものでないようです。しかし、わしの考えでは、注意されてもなお従わない依怙地な者は、当時の台湾には一人もいなかっただろうと思います。

国旗に敬礼しない者、国歌を歌わない者を、当時の蒋政権はさほど敵視しなかったと、わしは見ています。蒋政権が敵視したのは台湾独立主義者と、「毛匪沢東に匪化された者」とです。蒋介石や蒋経国をけなす言論を発表する者は、台湾独立主義者または毛匪沢東に匪化された者として逮捕されて、長期投獄或いは銃殺されました。蒋政権にとっては、三民主義の歌や、晴天白日満地紅旗は、実はさほど大切でなく、真に大切なのは政権です。


>現在の台湾では、国民党の党是である三民主義は、実際は、「均冨」などとともに人民を欺瞞する空虚なスローガンに過ぎないとして尊重せず、党歌に等しいこの国歌斉唱を拒否する人々が「台独人士」のなかに多いと聞きましたが事実でしょうか。

↑そうだと思います。


>現在、そうした人々のなかで、とくに政治家、公務員が「三民主義」を公式の場で歌わなかった場合、規律違反、法令違反などで罰則を与えられることがあるでしょうか。

↑歌わない者はあるだろうと思いますが、多くの人が立ち上がって歌っているとき、自分は三民主義の信者でないからと座っていては、あまりに傲慢です。三民主義への敬意のためでなく、歌っている人たちへの礼儀上、起立すべきだと思います。たとえばキリスト教徒でない人でも、何かの理由で教会に立ち入ったら、信者たちへの礼儀として、帽子を脱いで、靜かに行動すべきです。そうしない人は無教養です。台湾には多くの廟(寺院)があって、信者でない人でも立ち入りが許されています。信心のためでなく、観光のために立ち入った場合は、礼拝しなくてもよいが、信者への礼儀として服装を正し、静粛に参観すべきです。


以上、二日間考えてまとめた回答です。

九分のブログを作りました!

投稿者: yuchiajungrio 投稿日時: 2008/10/07 16:48 投稿番号: [1619 / 3149]
みなさんこんにちは。

私は台湾人で、九分が大すきです。
最近、日本人と台湾人が交流できるサイトが作りたいため、
九分の日本ブログを作ってみました。

http://www.jioufen.jp/

誰でもログインできるので十分便利です^^
もし、九分に行った人(或いは行きたい人)がいるなら、
自分の感想、質問をブログに書いて、交流できます。

もし、よろしければ、ブログを見ていだたけませんか?
ブログについての意見をありがとうございますm(__)m

三民主義

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/10/07 15:59 投稿番号: [1618 / 3149]
  unhoo先生

  わたしの綴った主題が「このトピの論題」ではなく、また「愉快」なものでもないことは理解していますが、これまでの流れで政治的な議論となりました。先生のご不興を承知で無礼も顧みず以下の点についてお教えを願います。

台湾にも国歌「三民主義」があり、蒋介石親子の戒厳令の時代には式典などでこれを歌わないと投獄の危険さえあったと聞いておりますが、これは事実として認識してよろしいでしょうか。
そして、世界でも稀有のスピードで民主化、自由化が進んだ現在の台湾では、国民党の党是である三民主義は、実際は、「均冨」などとともに人民を欺瞞する空虚なスローガンに過ぎないとして尊重せず、党歌に等しいこの国歌斉唱を拒否する人々が「台独人士」のなかに多いと聞きましたが事実でしょうか。
現在、そうした人々のなかで、とくに政治家、公務員が「三民主義」を公式の場で歌わなかった場合、規律違反、法令違反などで罰則を与えられることがあるでしょうか。もし、あるとすれば、それについての先生のご見解を切に求めるものであります。

Re: 君が代

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/07 11:36 投稿番号: [1617 / 3149]
>戦後、一面の焼け野原と飢餓のなかで、「教え子を再び戦場に送らない」という多くの教師の悲痛な悔悟と自責の念、叫び声があがりました。
____________________

戦前の小学、中学の教師は、忠君愛国と天皇陛下崇拝の念を生徒に植え付けることを自分の天職と信じてていたようですね。その天職に忠実な純真な教師ほど敗戦ショックが大きかったらしい。

しかしそんなことはこのトピの論題ではありません。このトピのはじめごろの書込みは愉快なものばかりでしたよ。

わしの「君が代」に関する投稿は、文学としての鑑賞が限界です。今までにほかのカテに書いたものもすべて文学としての鑑賞にとどまっています。

ほかのカテに「君が代」は挽歌として作られたのだと主張するトピがありました。そのトピへわしは「詩は発表されると、作者から離れて一人歩きするもので、作者が挽歌として作ったとしても、めでたい感じを強く漂わしてしているために、作者から離れて祝いの歌として歩き出して、ついに定着した。挽歌としては失敗作だった」と書き込んでおきました。そのトピはもう消滅したようです。

Re: 君が代

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/10/06 19:24 投稿番号: [1616 / 3149]
  戦後、一面の焼け野原と飢餓のなかで、「教え子を再び戦場に送らない」という多くの教師の悲痛な悔悟と自責の念、叫び声があがりました。それもつかの間、戦後になって極端に反動化した米政府の反共政策に便乗した日本の保守層はなに一つの反省もなく、公立校の入学式、卒業式の「君が代」斉唱を強行しました。最近では、これに従わない教師は校長やその取り巻きの右翼教師にチェックされて教育委員会に報告され、すぐに過酷な報復を受けるまでになっています。これは戦前の天皇制特高支配と軌を一にするもので、世界の先進国、民主国家には絶対に見られない教育のファッショ支配であり、日本の官僚体制の驚くべき後進性をあらわしています。保守政権は彼らの支配体制を維持するために権力に従順で「自分でモノを考えない」人間をつくろうと躍起になっています。愛国心とは特定政党のイデオロギーに屈服、洗脳された排他的な国家主義とは無縁であります。

と、まぁ、私は思うのですが、もちろん、これは他からコピペした文言ではありません。unhoo先生の反論を期待し、さらに誠実な回答をしたく思いますがいかがでしょうか。

どういうわけか、間違えて「中国」のほうに投稿してしまったので、コピーのうえ、改めてここに入れ直しました。

Re: 日の丸

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/10/06 14:14 投稿番号: [1615 / 3149]
  天皇陛下は(2004年10月)28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。
  米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えた。
  http://www.kit.hi-ho.ne.jp/msatou/04-10/041029katayama-kkikokka.htm

  将棋の米永さんは予期せぬ陛下のご返答にたじろぎ、しどろもどろになったが、まさか日本国民の象徴である天皇に議論を吹き掛けるなどは思いもよらぬことである。
今上天皇は同じころに「みなさんと共に日本国憲法を守り…」と発言して保守改憲派を驚愕させ、狼狽させた。

>>まさに漢文で言う「自取其辱」です。自ら辱めを取るようなバカなことをするなと漢文では教えているのだが、日本語にはそれに相当する言葉がないから…。

  その代わりともいえる言葉が、「自虐」「自虐史観」というもので、戦前の日本ファシズム、軍国主義を批判するものに対して「反日左翼」などという言葉とともに右派・国家主義者から盛んに浴びせられています。現首相の麻生氏も首相になる前はこれをよく口にしていましたが、彼も立場をわきまえ、一定の良識があれば任期中には禁句として封印するはずです。

君が代

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/06 03:48 投稿番号: [1614 / 3149]
「君が代」の論争点の一つに「さざれ石の巌となりて」が非科学的だというのがあります。これについて、わしは別のトピに意見を書いたことがあります。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835368&tid=n9bfmlzffc5ada4dea4bfa4oa5ya5bba 59a5c0a4n2sadb&sid=1835368&mid=5568

そのトピのトピ主殿から次のレスがありました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835368&tid=n9bfmlzffc5ada4dea4bfa4oa5ya5bba 59a5c0a4n2sadb&sid=1835368&mid=5571

日の丸

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/10/06 00:34 投稿番号: [1613 / 3149]
>外国の一流ホテルには、玄関の外に何本かのポールがあって、これに各国旗が掲揚されていますが、日本人が何人泊まっていようと、その国が日本からどれだけ巨額の援助を受けていようと「日の丸」だけは金輪際出さないというホテルが相当数あって、これは私自身が何度も見て確認した事実です。
____________________

日本人が自国の国旗を嫌うから、外国のホテルは日本人のお客のご機嫌を損なわないように日の丸を掲げないことにしたのかも知れません。論語に「人は自らを重んじなければ、人に重んじられない」という意味の言葉があるはずです(わざわざ論語をチェックして原文を探し出す根気はありませんが)。

東南亜へ旅行した日本人の観光客の中には、その国のガイドが「日本軍はここでこんな善いことをしました」と言うと非常に嫌がり、「日本軍はここでこんな酷いことをした」と言うと大喜びする者があるのだそうです。これではその国の旅行社は、ガイドの訓練に「日本人のお客様にはできるだけ日本の悪口を言って喜ばしてやれ」と教えることになる。そういう訓練を受けた新米ガイドが、びくびくしながら日本の悪口を言うと、果たして日本人のお客様は大喜び。うっかり口をすべらして日本軍のよい点を挙げるとお客が不機嫌になる。まさに漢文で言う「自取其辱」です。自ら辱めを取るようなバカなことをするなと漢文では教えているのだが、日本語にはそれに相当する言葉がないから、敗戦ショックで頭のいかれた戦中派教師に教育された戦後生まれの日本人は、さかんに自ら辱めを取って悦に入っている。

ところが戦後派の日本人は、台湾へ来たときだけは父祖の代の功績を聞かされて喜ぶようです。

国旗は西洋人の発明であって、アジア、アフリカには国旗がなかった。それでもアジア州の国々は、国交、通商、戦争をするに支障はなかった。よって、国旗はなくてもよいことがわかります。しかるに日本は西洋以外の国で率先して国旗を持ち、やがて西洋諸国に肩を並べられる国になったから、アジア諸国も日本に倣って国旗を制定しました。今や日本人が自国の国旗を嫌いだした。おそらくは国旗のパターンを変更しても国旗嫌いは治らないでしょう。この際国旗を廃止してして、「日本は国旗のない国になりました」と宣言したほうがいいんじゃないか。

13号、15号

投稿者: ksyjw934 投稿日時: 2008/09/30 21:52 投稿番号: [1612 / 3149]

   同じコースで台風が来ますが何故其のまま北上

   しないのでしょうか?

   台風にも、敬遠されている国では、トップの人が

   私の力で日本へ向かわしているんだと思って

   おられるのでしょうか!

   前後致しましたが台風のお見舞い申し上げます。

Re: ナチス式敬礼

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/30 18:06 投稿番号: [1611 / 3149]
  ナチ式敬礼の由来はunhoo先生ご指摘の通りてす。「優れた敬礼方式」とのことですが、現在のドイツでは右手を斜め前方に高く掲げる敬礼は鉤十字の所持とともに刑法犯として処罰されます。日本のプラモデルは世界中に輸出されていますが、ヨーロッパ向けの「ナチス・ドイツ」のミリタリー・モデルは鉤十字のデカール(貼り付けマーク)は法令違反になるため除かれています。アメリカの戦争映画には第三帝国の国旗が当たり前のように出てきますが、ドイツのそれには絶対に出てきません。ドイツの長編映画「スターリングラード」にはありませんでした。同じく「Uボート」には港内を走る潜水艦の後尾のポールにはそれらしき旗がありました。軍艦に国旗がないのも変だし、まさか潮風にへんぽんと翻えすわけにもいかない。そこで、風の具合でポールに絡んだ旗という演出で赤と黒に染めた布がちらっと映っただけです。わかってはいても「あれはハーケンクロイツではないか」と言ってはこないだろうと映画制作者も考えたわけです。

  一方、日の丸や旭日旗はどうか。ちょっと重苦しい話題にはなりますが、これがすんなりと世界に、特にアジア各国に受け入れられているかと言えば答えは「ノー」です。外国の一流ホテルには、玄関の外に何本かのポールがあって、これに各国旗が掲揚されていますが、日本人が何人泊まっていようと、その国が日本からどれだけ巨額の援助を受けていようと「日の丸」だけは金輪際出さないというホテルが相当数あって、これは私自身が何度も見て確認した事実です。華僑の資本が入ったホテルにその傾向が強いだろうと推測しますが、理由は明白で諍(あらが)いようもありません。台湾神社の跡地に建てられた円山大飯店はどうでしょうか。もっとも、建国記念日だろうが天皇誕生日だろうが、日の丸を出す家が百軒に一軒あるかないかという国ですからホテルにクレームをつける日本人はほとんどいないだろうと推察します。

  今月、28日に大相撲が終わり、白鵬が優勝しました。多くの外国人力士をなんの違和感もなく受け入れる角界と多くのファンの「国際化」はすっかり成熟度を増し、定着してきました。千秋楽の取り組みが終わると、「表彰式に先立ちまして、国歌・君が代の斉唱です。皆様、ご起立を願います。前唱に続いてご唱和ください」というアナウンスが流れます。今のわが家のテレビは大画面の「デジタル・ハイビジョン」で、観客の様子が一人一人、手に取るようにハッキリわかります。どのくらいの人が歌っているかと、眼を皿のようにして観察しましたが、われ関せずとまったく口を動かさない人が半数以上であり、あとは唇だけをモソモソと動かす人ばかりで、自国の誇らしい国歌として高らかに胸を張って歌う人は、いたとしても僅かなものです。良くも悪くもこれが客観的な現実であります。

ナチス式敬礼

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/09/30 15:30 投稿番号: [1610 / 3149]
ナチス式敬礼と言うが、実際はローマ帝国軍隊の敬礼であって、ムッソリーニがイタリヤの政権を握ったときに、ファシスト党の敬礼として採用し、ヒットラーがドイツの政権を取ったのちにイタリヤを見習って、ナチスの敬礼としたのだそうです。

この敬礼方式は荘重明瞭、しかも卑下せずにすむので、世の中でいちばん優れた敬礼方式だと思うのですが、ナチス式と誤解されて、禁圧されているのは残念です。

敬礼のやりかたのうちで、清朝皇帝が漢族官吏に要求した三跪九叩頭の礼は、徹底的に漢族官吏を侮辱した方式であって、人類が発明した敬礼方式のうちの最下等なものだと思います。

Re: 国体

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/09/30 03:53 投稿番号: [1609 / 3149]
わかりました。そんな敬礼をした時期もありましたか?

たまにおもうのですが、偶然ナチスのクロスの形をした飾りが

展示されていることもあり、悪意ではなくて、それでいいではないかと

思うときがありますね。船のいかりの格好がナチスのクロスに似ている

ときもあります。海上自衛隊の軍艦旗なども戦前の旗そのもでうsね。

米国の潜水艦内の敬礼は日本式でありまして、理由を聞くと、日本であろうと狭い艦内では合理的であるともうしていました。

自然に生きたいですね。デモ特徴がありすぎるナチスの敬礼はちょっとひどいですね。

Re: 国体

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/29 12:26 投稿番号: [1608 / 3149]
  国民体育大会(略して国体)では、開会式における出場選手の分列行進の際に、その選手団が天皇に向かって「ナチ式敬礼」をしていた時期があります。いつからいつまでかは知りませんが、それが数年間続いたことは確かです。それに対する批判と抗議が国内ではなく外国のメディアから発せられて中止になりました。

「国民体育大会」は戦後すぐにスタートしましたが当初の理念から離れて各県のスポーツ競争となり、選手のスカウトなどが行われて開催県が優勝するのが「暗黙裡」の慣習となり批判されています。

Re: 自己レスです

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2008/09/28 19:59 投稿番号: [1607 / 3149]
薔蜜台風(台風15号)の関連で、明日(9/29)、台灣中部以北に「不上班」「不上課」になりました。

小心小心。

Re: 国体

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/09/28 03:16 投稿番号: [1606 / 3149]
tokyo_cachito3様:
今上陛下がナチスの軍敬礼をしたのはみたことがありません。軍国少年時代の世代である私の思い違いかもしれませんが?Adolf Hitlerの敬礼は肩とほぼ同じ高さに腕をのばしているのがいんしょうてきです。陛下のhatを片手に
もって高く掲げて国民に挨拶をする光景を思い出します。「国民体育大会」は方々の県で陛下臨席の下で開催されていましたが、その場合いの「国体」は「国民体育大会」の略称だとおもいましたが?1945年の7月−8月に
陸軍の反抗で(陸軍大臣阿南中将の押しで)ポツダム宣言受託の中に「国体
護持」を歌うかどうかで決定が遅れて二発目の原爆を受ける結果となりました。「この国体は天皇制護持」の意味ではないでしょうか。その1週間後
にはテニヤン島で3発目の原爆投下を東京の皇居に目標を設定していた名
パイロットが待機していたのです。この名パイロットは戦後銀鉱強盗をして、新聞をにぎわしましたが、盗むはずの現金は全部現場に置いて逃げた
PSTD病で自分も被害者になり短命でおわりました。
間違いもあるかもしれません。あれば指摘ください。

国体

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/27 15:17 投稿番号: [1605 / 3149]
  いま、両陛下ご臨席のもとでの「国民体育大会」の開会式を放映している。これは戦後始まった国民的行事で、略して「国体」と呼ばれている。こうした「国内オリンピック」はおそらく日本独特のものだと思うが、外国にもその例はあるのだろうか。

  出場の各県の選手団が小旗を振りながら入場している。昭和天皇御在位の一時期、誰が決めたのか知らないが、ご臨席の天皇に右手を高く上げるナチ式敬礼をしていて外国のメディアに叩かれたことがある。当時、なぜか国民からもマスコミからもそのナチ式敬礼に対しての批判はなかった。昭和天皇もなぜ「あの敬礼はよくない」とおっしゃらなかったのだろうか。

「国体」と言う言葉は戦前にもあった。それは略語ではなく、日本人にはあまりにも重々しい言葉であった。終戦の詔勅のなかに「ここに国体を護持しえて…」という文言がみえるが、昭和天皇が国民体育大会で「お言葉」を述べられたおり、そのなかに、その略語である、「国体」という言葉があったのを記憶している。これには陛下ご自身の胸中に、そしてそれを聞く年配者のなかには奇妙で複雑な、そして感慨深い思いが去来したかも知れない。もちろん、ふざけた話をしているのではない。

●ありがとうございます。

投稿者: taiwanaruki 投稿日時: 2008/09/27 13:24 投稿番号: [1604 / 3149]
プーアル茶====効用

脂肪分解作用があるので、脂っこい中華料理を食べた後に飲むのがよいとされる。
天然サポニンとミネラル類を豊富に含み、肥満、脂肪の溶解、ダイエット効果、消化促進、整腸作用、二日酔い、胃のむかつき改善、血糖値の上昇を抑制、血行促進に効果があるとされる。さらに、増強免疫力(免疫力を強める効果)、抗老化(老化予防)、癌予防、歯を強くする効果もあるとされる。

●脂肪分解作用は台湾で聞きました。メタボ対策で(笑)、購入し、いま飲んでいますが、

独特の臭いがありますね。あの原因は、天然サポニンですか。

●化粧品のような癖のある飲料には適さない臭いというと、オーバーですか。

あの臭いが、ウーロン茶のように流行しない原因かと。

●しかし、脂肪分解効果という点で、臭いを多少我慢すれば売れますよ。

実は、台湾旅行で、高いなあと思いながら、2500元のパックを購入し、

いま飲んでいます。

●これもメタボ対策(笑)でして、いったい効果があるのか、じっくり

確かめています。

もし効果があれば、売れるはず。日本では、厚労省の健診でメタボ基準が

できてから、注目されており、効果があれば人気が出るんでは。

Re: ●初めまして、先日台北を訪ねて

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/27 11:06 投稿番号: [1603 / 3149]
  以下はウィキペディアのプーアル茶についての解説です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%8C%B6

  日本には30年ほど前に「ウーロン茶」が入ってきましたが、これはペットボトルの冷茶としてスーパーやコンビニに置いてあるだけで、茶葉を煎れて飲む習慣はついに定着しなかったようです。プーアル茶はまったく受け付けられませんでした。文化と習慣の違いとは牢固なもので、台湾や中国のものがそのままストレートに日本に迎えられるということはありません。もちろん「逆も真」であります。「書」も江戸時代は「お家流」という中国人には思いもつかぬ書体が「日本の漢字」として完成しました。

また、週末に台風ですね・・・

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2008/09/27 10:19 投稿番号: [1602 / 3149]
台風15號が明日の朝、台灣南東部に暴風圏が掛かり、恒春半島をかすめて行く勢いです。昨日、台風海上警報が発令されています。

皆様、お気を付けください。
一路平安。

●初めまして、先日台北を訪ねて

投稿者: taiwanaruki 投稿日時: 2008/09/27 04:32 投稿番号: [1601 / 3149]
あちこち回りましたが、

お茶についてお聞きしますが、台湾おお茶は、

包種茶・・台湾ウーロン茶・・台湾凍頂ウーロン茶・・台湾高山ウーロン茶・・鉄観音・・ジャスミン茶
などがありますね。

プーアール茶というのは、どういう種類の茶になるんですか。

ウーロン茶ではないですよね。

元総統

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/25 16:17 投稿番号: [1600 / 3149]
  李登輝元総統が改めて「尖閣は日本領」と言明された。ありがたいことである。台湾の政府筋は「個人の感想」として無視してはいるが、へたをすると御自身に害も及ぼしかねない大変に勇気のある発言だと思う。ただ、同時に、こうした問題は政治的に未熟な両国(中国を含めて)の若い者を刺激して無用の摩擦を引き起こす要因にもなっている。中国のニュースサイトであるhttp://www.163.com/
でも早速、前総統の発言が取り上げられ、凄まじい反響が巻き起こっている。さすがに中国は大国で、これを書いている時点で6000を越す「意見」が寄せられており、「漢奸」だの「小日本」だのと中国人の興奮した罵倒の嵐だ。何ヶ月か前、偶然、このサイトは日本語でも書き込みができると「発見」したので余計なことだとは思ったが、わたしも日本語で少しばかりの意見を投稿したら、これまた猛烈な反論と攻撃にさらされてしまった。わが国ネットにも日本型ファシズムの回帰をわめく「ネット右翼」という連中が跋扈しているが、中国のネットまで出掛けてこのサイトを見つけ、しかもそこに日本語で投稿できると知っている者はいないらしく、今のところは両国のバカ者の下劣な罵り合いの場にはなっていない。

中国のミルク

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/25 13:24 投稿番号: [1599 / 3149]
  母の家は郵便局のすぐ近くなので何かと便利だ。今日の昼前、その郵便局に若い中国人女性が「明治ソフトミルク」の大箱を二箱も持ち込んで来たのに出くわした。もちろん、例の事件で親族に頼まれたものに違いない。わたしにはまるっきりの他人事ではあるけれども、数日後、日本から届いた粉ミルクの缶を手にして安堵と喜色の表情を浮かべる若い夫婦の様子が想像できる。食品添加物とは無縁の工業材料を乳幼児用ミルクに混入されてはたまったものではないが、一説では中国のミルク出荷量の半分にメラニンが入っているという。日本にも戦後、「森永ドライミルク事件」があって130人以上の乳児が死亡したから外国の事件を笑うわけにはいかない。中国の食品事件は毎年のように出てくるが、いくら立派なオリンピックをやって大量の金メダルを取っても、これでは世界の中国を見る目はガタ落ちである。

お茶

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/21 23:50 投稿番号: [1598 / 3149]
  ジャスミン茶を誤解していた。偏見と言ってもいい。昔、「それは粗悪な緑茶なので、そのままでは不味くて飲めない。だからジャスミンの花の香りで誤魔化しているのだ」と香港人に聞かされ、「さもありなん」と長い間、信じていたのである。以前、横浜中華街で四角い黄色の缶に入ったジャスミン茶は酷い味で、一口のんで腹が立つほどの不味さだった。ただ、銘柄は覚えていないが、もう何十年も前、非常においしいジャスミン茶を飲んだ記憶もある。つい最近、ペットボトルのジャスミン茶をスーパーで買って飲んだが、メーカーが伊藤園だけにこれは良品と言っていい味だ。ウィキペディアを見ると、相当の高級品もあるらしいのでいずれは手に入れたいと思う。

日本茶もピンからキリまでだが、これもなかなか味と値段が比例するとは限らない。

Re: 風呂

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/09/18 03:27 投稿番号: [1597 / 3149]
tokyo_cachito3様:
エリート技術者を80年代に北米で同行したときは、珍談や失敗が多々ありました。バスタッブに湯を入れ始めて居眠りするか、手紙を書き出す。湯は外に流れ出しタイルの合間を伝い階下の部屋にこぼれる。水道栓の動かし方がわからずに力いっぱい押したら栓が折れて水が止まらないなんて序の口でありました。ガイドが帰ったら同宿する技術通訳の私がどうしてこんなことを見ないといけないのか、悲観するときもありました。
台湾では私が泊まった飯店のベッドが固いのがドンと座ったらお尻を思い切りうちましたり、愛川(高雄)の水の臭いが窓から入り、困ったものです。
いくのがいやなニューヨークでしたが、仕事でとうとう110回も行く羽目になりました。あそこの街の臭いは独特でしたから。本質的に日本人が泊まると汚さないのですが欧米人が泊まると部屋は足の踏み場もないときがあります。新聞、雑誌、ズボン、靴下、靴、寝巻きまで床に転がっているときがあります。驚くことばかりでありました。

風呂

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/16 00:52 投稿番号: [1596 / 3149]
  近年になって多少は改善されたかも知れないが、日本人は「おばかな金持ち」というのが世界の通り相場である。おとなしくてカネ離れが良いから海外の観光地での評判はすこぶる高い。バスタブの外にお湯を溢し、通路の絨毯まで水浸しにするのは決まって日本人だが、それで日本人は風呂は知らないと軽蔑されるのはいささか残念である。風呂の湯を汚さないのは日本の生活文化であり、風呂桶の中で石鹸を使うのは日本人の意識にはない。

Re: 台湾の夜

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/09/15 03:46 投稿番号: [1595 / 3149]
[蟹工船」の著者は「小林多喜二」であります。間違いを修正します。

Re: 四分板

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/09/15 02:26 投稿番号: [1594 / 3149]
テレビで見たアメリカの住宅にも、四分板構造のものがありました。白ペンキ塗りでした。

台湾にあった日本式住宅の四分板構造では、塗料なしのものや、コールタール塗りのものがあります。

Re: 台湾の夜

投稿者: nachitakao 投稿日時: 2008/09/12 01:35 投稿番号: [1593 / 3149]
unhooさま:
台湾のよーるよりは「支那」のよーるがたしかにはまっています。「しー
那」の場所を高い音で、伸ばすことで感情がでています。東京都知事の
石原慎太郎氏がよく「支那」を連発して非難されたが、中国の歴史に明白で使用されてしかも尊敬された表現であるともうしています。私の世代は
「日支事変」、「支那事変」、「支那大陸」と毎日学校で教えられ、新聞でも読んだので、
本とは口にでやすい。その点英語は当時から[Chinese -China]で総称であった。今も欧米人は昔とおりに使っています。それに大して、反対は無い
様ですね。もうひとつ昭和の12−20年までの「支那戦線」は日本と中華民国との戦争であって大陸で中共軍と戦闘をしている感触がなかった。
言葉はともかく「支那の夜」のリズムはもの悲しい、ロマンがあり、いっぱい飲んで聞くとすぐ眠くなる歌です。世間を忘れさせる音感がな〜。

Re: 台湾の夜

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/05 15:44 投稿番号: [1592 / 3149]
  前の稿で「襟足」とか「うなじ」とすべきところを「女の後ろ首」と書いてしまった。間違いではないが身もフタもない表現だ。

台湾の夜は楽しい。台湾の「観光夜市」に匹敵するものに日本に「縁日」があるが、比べ物にもならない。だいいち、縁日は商店街の衰退とともにほとんど消滅してしまった。多分、台湾もそうなるのではないか。いや、すでにそうなっていると思う。

Re: 台湾の夜

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/05 12:25 投稿番号: [1591 / 3149]
  台湾のカラオケでは日本の歌謡曲に人気があるのは誰しも知るところだ。カラオケの画面に着物の台湾小姐が登場するのもご愛嬌というもの。柄もないピンク一色の化繊をミシンで縫いつけたのはいいが、仕立ての知識も技術もないから、なんとも形容のしようがない台湾製の珍妙、奇天烈な「着物」で登場とあいなる。
「衿を抜いた」衣服は日本の着物の特徴で、昔の日本人が女の後ろ首に色気があると気づいたからである。だが、是にも程度というものがあって、背中まで丸見えにすれば滑稽だ。立て膝で座る時に片方の内腿が剥き出しになるのもいただけない。そうは言っても、日本の和服仕立て職が写真だけで中国の「チーパオ」を作っても変なものが出来上がるだろうから「お互い様」ということになる。

中国のインターネットに「網易」という巨大なサイトがあって、日本語で書き込みもできる。http://www.163.com/
  先日、ここにも「着物」を着た中国娘が出て来た。その着物についての感想が続々と書き込まれていたが、当然、中国の愛国青年による嘲笑、痛罵のオンパレードである。だが、およそ、日本の着物、ゆかたとなれば、その「袖」がどうなっているのか、どこの国の人が見ても一目瞭然のはずである。ところが、あろうことか、あるまいことか、その中国製の着物は「筒袖」という奇怪なもので、裁断、仕立ても押して知るべしという代物だ。

京都に老舗の呉服屋があって、それが観光名所にもなっている。その和服ショーが台湾人観光客に大変な人気なのだという。台湾の人々が「着物」とは台北の日本料理屋で小姐が着ているようなペラペラなものとは違うぞと知ってもらえるだけでもありがたい。

Re: 台湾の夜

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/09/05 11:35 投稿番号: [1590 / 3149]
「支那の夜」という歌が昭和15年ごろにはやりました。その歌のはじめの部分のリズムを文字で書き表してみると、

♪し〜〜〜〜なのよ〜る〜〜

といったところ。ここで「支那」を「台湾」に置き換えて、同じメロデー、同じリズムで歌って見ると、

♪た〜いわ〜んのよ〜る〜〜

ですが、これでは魅力も何もありやしない。ここに於いて「支那」という言葉が意外にロマンチックなトーンを帯びていることに気がついて、びっくりします。

「支那」は差別語か?という議論がヤフー掲示板でいつまでも繰り返されています。わしは約十年前にその論争に加入したのが掲示板参加の始まりでした。そのときのトピはもうとうに消滅したが、その後同じ問題を討論するトピが出ては消え、出ては消えました。現在も「支那は支那でないですか」というトピがあって、執拗な論争がおこなわれています。

Re: 台湾の夜

投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2008/09/03 14:09 投稿番号: [1589 / 3149]
tokyo_cachito3様:
1986年に日本から美国に来た日本技術者たちの通訳で動向したら、から

歌を部屋で歌いだしておどろきました。1993年に台湾暗部の高雄でカラオケ館に入り日本の歌も盛況でありました。
だが、一台湾青年が歌った曲に全員が静かになった。雰囲気は国民党時代の

生活に反対する気分が出ていた曲でありました。直後に、同級の台湾人が申すには、この歌は、4−5年前までは歌えなかった歌だとささやき
ました。カラオケを歌うにも、高雄では相当度胸が必要な歌曲もあるのに、
驚きました。古い本も復古調であります。1947年に読んだ、伊藤多喜二
の「蟹工船」が当時の左翼に大いに受けました。今共産党員に登録した人が1万人でたそうです。
時代が変化する様に人間の思想も変化があるのが当然ですね。50年も変化
しない人もいます。少し涼しくなり、考える意欲が出てきました。

台湾の夜

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/09/02 17:55 投稿番号: [1588 / 3149]
  張さんが置いていった台湾の雑誌に面白い記事があった。台湾の夜がいかに豪華であり、それが質量ともに日本をはるかに凌駕しているという「自慢話」である。もちろん異存はない。日本のどこを探したって「酒家」もなければ「観光理髪庁」もないし、大理石とシャンデリアで飾った巨大な「カラオケ館」もない。わたしは一度も這入ったことはないが、台湾の豪華カラオケ・ボックスはチーパオの小姐が同室して伴唱までしていただけるとの話で、日本のチマチマしたそれとは雲泥の差とあいなる次第。
さて、そうなると、カラオケの発祥の地は日本に譲るとしても、カラオケボックスもそうだとされては、夜遊び台湾人の面目にかけても面白くないと思ったのか、その雑誌記事には、「カラオケボックスも日本人の発明だと思っている人が多い。錯誤!!   是台湾発明的!!」としてあった。だが、それがいつ、台湾の何処で産声をあげたかという肝心の証拠はなにも示されておらず、それでは説得力はゼロである。台湾のお兄さん方、大声を上げれば自説が通るというものではない。どうしてもそうだと言うのであれば、例えば、「19××年、台北の○○路○段、○○ビル○階、○○という店名でオーナーの○○氏がオープンしたのが世界最初であり、その証拠に×月×日付けの○○報の芸能欄にその紹介記事が載っている」とまでか書かなければならない。
カラオケボックスは岡山だか広島だかの空き地にコンテナを置いて開業したのが始まり、と記憶していたのでウィキペディアで検索してみた。

「最初のカラオケボックスと呼べるものが登場したのは1985年のことである。第一号店は貨物用のコンテナボックスを改造したものを岡山県内の郊外の幹線道路沿いに設置したものであった」

こうなると、台湾の雑誌社のお兄さんはそれ以前に台湾にカラオケボックスが存在したことを証明しなければならないがどうだろうか。

どうでもいいことを長々と書いてしまったが、台湾のすばらしい夜にケチをつける気はさらにない。
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