日韓歴史論争

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Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/06 17:07 投稿番号: [4353 / 6952]
>ネアンデルタールは禿げのモンゴロイドだったんですか。
寒冷地適応をした人類集団はその他の人類集団よりも、髭も体毛も薄いと指摘しております。
寒冷地適応以外の環境適応で髭も体毛も当然に変異することを否定はしていませんが、何か。
どんな異変でしょう、ネアンデルタールがモンゴロイドに突然変異したのでしょうか?
ニグロは多毛ではありません。
民族で答えて下さいとお願いしています。
アフリカの何族がモンゴロイド日本人より多毛だと思われますか?

「ネアンデルタール人は最終的には3万年前ごろに絶滅した。」と資料の中で明示しておきましたので、よく読んでください。

アイヌは西アジアから移動した根拠として、あなたはどちらも多毛であることを理由の1つにあげていた。
それに対して、人類は「猿」から進化していることから一般的に多毛だと指摘させていただいた。
その過程で、例外的に寒冷地適応した新モンゴロイドは多毛ではない点も付言しておいたにすぎない。
あなたは、アイヌが西アジアから移動した人類集団であることの説得力ある証拠を提示できていないだけではないですか。
以下の資料によれば、近年の遺伝子研究で、日本人の三つの民族集団(アイヌ民族、大和民族、琉球民族)のすべては、ほぼ同じで、北アジアを起源に持つことが明らかにされているとのことなので、先ずはこれを論破して下さい。
論破する過程で、アイヌだけではなく大和民族、琉球民族も紀元前3500年前に西アジアから移動してきたことも説明していただけますか。
併せて、それ以前に日本列島に住んでいた「縄文人」はどうなったのですか、説明してください。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アイヌの祖先は日本人の主体となっているいわゆる和人と同じように縄文人の一部を形成し、おおまかには続縄文文化、擦文時代を経てアイヌ文化の形成に至ったことが明らかになっている。しかし、その詳細な過程、縄文人集団から和人集団とアイヌ集団への分化過程については不明な点が多く、かろうじて各地の地名に残るアイヌ語の痕跡、文化(イタコなど)、言語の遺産(マタギ言葉、東北方言にアイヌ語由来の言葉が多い)などから、祖先または文化の母胎となった集団が東北地方にも住んでいた可能性が高いことが推定されている。特に擦文文化消滅後、文献に近世アイヌと確実に同定できる集団が出現するまでの経過は、考古学的遺物、文献記録ともに乏しい。
近年の遺伝子研究では、日本人の三つの民族集団(アイヌ民族、大和民族、琉球民族)のすべては、ほぼ同じで、北アジアを起源に持つことが明らかにされ、従来定説化されてきた縄文人(アイヌ含)を南方系・弥生人を北方系とする埴原和郎の「二重構造説」は否定されている。

[縄文人は、旧石器人を基調としつつ、旧石器時代末期に細石器文化を持って北方から日本列島に渡来した原モンゴロイドや南海から渡来したオーストロネシア語族、さらに中国の長江下流域から照葉樹林文化を携えて渡来した集団など幾派もの移住が重層して形成されたと考えられる。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/05 22:26 投稿番号: [4352 / 6952]
>ネアンデルタール人は独特の頭骨形態をしめし、寒冷地適応と考えられる、
>寒冷地適応はシベリアの極寒地で生じた人類集団の形質変化です。
>人類一般が程度の差こそあれ持っている文化的、肉体的共通点(体毛の薄さ、一重まぶたこそが北方モンゴロイドの特徴で
>寒冷地適応を経た人類集団は無毛傾向が著しくなり、


ネアンデルタールは禿げのモンゴロイドだったんですか。


寒冷地適応をした人類集団はその他の人類集団よりも、髭も体毛も薄いと指摘しております。
寒冷地適応以外の環境適応で髭も体毛も当然に変異することを否定はしていませんが、何か。

どんな異変でしょう、ネアンデルタールがモンゴロイドに突然変異したのでしょうか?

ニグロは多毛ではありません。
民族で答えて下さいとお願いしています。
アフリカの何族がモンゴロイド日本人より多毛だと思われますか?

Re: 日韓歴史論争

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/05 16:59 投稿番号: [4351 / 6952]
>いろんな歴史評価?嘘もほどほどにしろ!このサルセッキや。
右翼軍国主義に基礎した徹底的な歪曲に捏造したものを育つ子供たちの
教科書に平気に載せて嘘を教える倭畜ら。その歪曲を非難する一部
良心勢力を非国民ないし裏切り者だと罵倒する糞より汚い国。言論の自由?
わるいけど倭には歴史の歪曲、捏造を賛同する自由はあるが、それを
反対する自由は無い。右翼軍国政府や歴史歪曲を非難すると長崎市長
みたいに右翼ヤクザに背中を刺されるか射殺される。これを言論自由だと
いうの?倭式の自由だね。w
>未開野蛮倭を2千年間何から何まで一々教えて教化して来たことは事実で
あるだけで自尊心とは関係ない。むしろ歴史的な事実を自尊心問題と
繋げるお前ら倭の視角が問題なので歪曲捏造事態が切れなく起ってるのだ。
>倭畜はご飯を肛門で食うらしい。だから全てを正反対にいうのね。その
文章の「韓国」を「倭」へ直したら完璧な文章となる。
この非良心、泥棒、強盗、侵略右翼、軍国うんこや。

正月早々、自虐か、プッ!!!

Re: 日韓歴史論争

投稿者: ilkuji_life 投稿日時: 2008/01/05 14:04 投稿番号: [4350 / 6952]
>日本は言論や思想の自由があるので、いろいろな歴史評価が存在するのだ。

いろんな歴史評価?嘘もほどほどにしろ!このサルセッキや。
右翼軍国主義に基礎した徹底的な歪曲に捏造したものを育つ子供たちの
教科書に平気に載せて嘘を教える倭畜ら。その歪曲を非難する一部
良心勢力を非国民ないし裏切り者だと罵倒する糞より汚い国。言論の自由?
わるいけど倭には歴史の歪曲、捏造を賛同する自由はあるが、それを
反対する自由は無い。右翼軍国政府や歴史歪曲を非難すると長崎市長
みたいに右翼ヤクザに背中を刺されるか射殺される。これを言論自由だと
いうの?倭式の自由だね。w

>韓国にとって歴史は民族的自尊心を満たすよりどころとなっているので

未開野蛮倭を2千年間何から何まで一々教えて教化して来たことは事実で
あるだけで自尊心とは関係ない。むしろ歴史的な事実を自尊心問題と
繋げるお前ら倭の視角が問題なので歪曲捏造事態が切れなく起ってるのだ。

>韓国は歴史を正当に評価し、歴史の真実を見直すべきだ

倭畜はご飯を肛門で食うらしい。だから全てを正反対にいうのね。その
文章の「韓国」を「倭」へ直したら完璧な文章となる。
この非良心、泥棒、強盗、侵略右翼、軍国うんこや。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/05 13:09 投稿番号: [4349 / 6952]
>紀元前3千年に5mmほどの文字をぎっちり書き込んだ粘土板の本を3ヶ国語で出版するほどの文明を持っていても粘土板を持って民族移動は無理ですからね。
しかも文字を書けるのは一部の支配階級や貿易商人だったでしょう、書き留めておく必要があったからこそ文字文化が発達したのであって、何らかの理由で国を捨て追われた民族に文字を書く必要があったかどうか。
古代において文字が必要なのは支配階級であって非支配階級は必要なかったかもしれません。

アイヌは紀元前3千年に、何らかの理由で国を捨て追われて、民族移動を開始したとの意味ですか?

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/05 12:54 投稿番号: [4348 / 6952]
>氷河期は何千年も続きます。第4氷河期はヨーロッパ全土を覆うほど広範囲に寒さが襲いましたが、反対にシベリアや東アジアはさほどの寒さではありませんでした。寒冷地適応ならば全人類に対して適応でなくてはなりません。モンゴロイドのみ、はどうしてですか?
遺伝子に組み込まれようと形質だろうと表に表れているんですから。
この極寒を超えてきたヨーロッパに存在した人類が一重瞼にならなかったのはどうしてでしょう。なぜモンゴロイドだけに蒙古襞が生まれたのか、変ですね。

寒冷地域に適合した体質として、凹凸の少ない顔立ち、蒙古ひだ、体毛、特に男性のひげの少なさ、耳垢が湿ったあめ状ではなく乾燥した粉状となり、わきがの原因となるアポクリン汗腺が少ないこと等がある。例えば、凹凸の少ない顔面では、体温熱を放散する面積も少ないので寒冷適応の痕跡であり、蒙古ひだは極寒の環境から瞳を守る。ひげは、呼吸により凍傷の原因となるため、却って有害である。今日のモンゴロイドにおいても、出生児のほとんどに蒙古斑や、蒙古ひだが出るなどの特徴を持つ。ヨーロッパ最北部北極圏のコーカソイドであるラップランドの原住民族も、極寒での寒冷適応の結果、顔立ち等の風貌上はモンゴロイドと酷似している者が多い。一方、永くユーラシア大陸西部の乾燥地域で過ごしたコーカソイドは、乾燥した空気を呼吸の際に湿らす必要性から鼻腔が広くなり、その結果鼻が高くなった点で、乾燥適応したものといえる。

この他、寒冷地適応していたと考えられるのは以下のとおりネアンデルタール人。

ヨーロッパにいたホモ・ハイデルベルゲンシスの集団から、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)が進化した。ネアンデルタール人は独特の頭骨形態をしめし、寒冷地適応と考えられる、がっしりとした体と比較的短い四肢をそなえていた。ネアンデルタール人の分布は、ヨーロッパから西・中央アジアまでであるが、時代によって変化したかもしれない。寒いヨーロッパの氷河期を生きぬき、10万年前以降には、埋葬の習慣ももつようになった彼らだが、4万年前以降にアフリカからホモ・サピエンスの集団(クロマニョン人)がやってくると人口がへり、最終的には3万年前ごろに絶滅した。

>ニグロは多毛ではないと思いますが、腕にもスネにもあまり毛は生えていませんし髭も濃くないような、、、。
現在は混血が多いと思いますから小さな種族を見てください。
アラブ人と間違えていませんか?

寒冷地適応をした人類集団はその他の人類集団よりも、髭も体毛も薄いと指摘しております。
寒冷地適応以外の環境適応で髭も体毛も当然に変異することを否定はしていませんが、何か。
因みに、皮膚の色で目立ちませんが、ニグロは髭が濃いですよ。


>蒙古襞について調べたのですが、腫れぼったい一重のことかと思ったら違うのですね。目頭のすぐ上の皮のことなんですね。
一重の人も二重の人もいる。
だったら前回記述の「寒さに適応」は勘違いです。
寒い地方に住む人は目を守るために瞼に脂肪が付いて厚くなると聞きました。これとて皮下脂肪ほど早くはつかないと思いますがどうでしょう(でも痩せると目ぱっちりになるしなあ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
新モンゴロイド(しんモンゴロイド)とは、モンゴロイドの一派であると考えられている。
旧モンゴロイドに比べると一般に一重まぶた、彫りが浅く、体毛が少ない、唇が薄い、耳垢が乾いており、ずんぐりした体型などの特徴を持っている。
旧モンゴロイドと比較して、身体的特徴に寒冷適応が多く見られる。たとえば、一重まぶたは目を凍傷から守るため、乾いた耳垢も耳の凍結を守るため、ずんぐりした体型や凹凸の少ない顔などもなるべく体熱をのがさないための適応だと考えられる。体毛の少なさも身体に付着した水滴が凍結しないための適応に由来するとみられる。
新モンゴロイドは、おもにモンゴル・シベリア・朝鮮半島・華北地方に多く居住するとされる。日本には、紀元前10世紀(縄文時代晩期)頃から、稲作文化を携えて多数渡来したとみられる。縄文時代以前から日本列島に居住していたと考えられる旧モンゴロイドの住民は、渡来した新モンゴロイドと混血、長い年月をかけて同化していったと考えられ、多くの日本人は新旧の両モンゴロイドの要素を併せ持つのが一般的である。

又、蒙古皺襞は涙腺保護のための寒冷地適応です。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/05 11:21 投稿番号: [4347 / 6952]
>人類は「猿」から進化したことから、遺伝的に体毛は「濃い」のが普通で、「薄い」ことが特殊となります。

人類の最初と言われる人達の直系とも思われるニグロ達の毛が縮れているのはどうしてでしょう?
猿には縮れ毛がありません。なぜモンゴロイドはより猿に近い直毛でしょうか?
ちょっと不思議に思ったので、、、。

アイヌの言葉は依然として謎が多いようですね。
彼らがもしティグリス辺りから来た人達だとしたら、ウルやウンマから来たとしたら文字を継承するのは難しいですね。
紀元前3千年に5mmほどの文字をぎっちり書き込んだ粘土板の本を3ヶ国語で出版するほどの文明を持っていても粘土板を持って民族移動は無理ですからね。
しかも文字を書けるのは一部の支配階級や貿易商人だったでしょう、書き留めておく必要があったからこそ文字文化が発達したのであって、何らかの理由で国を捨て追われた民族に文字を書く必要があったかどうか。
古代において文字が必要なのは支配階級であって非支配階級は必要なかったかもしれません。

因みに文字の最初は税として取り立てた穀物がどのくらい納められたかを記した物だそうです。

私、源氏物語原書で読めませんものね、現代でも文字があっても読めない人もいるんですよね。現実って結構そんなもんかな。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/05 10:40 投稿番号: [4346 / 6952]
>勘違いしないでください。
寒冷地適応は、幾十という世代を通じて遺伝子に刻み込まれた形質のことです。
>メキシコ湾流の影響でヨーロッパは寒冷地適応が必要な程厳寒にはなりません。

氷河期は何千年も続きます。第4氷河期はヨーロッパ全土を覆うほど広範囲に寒さが襲いましたが、反対にシベリアや東アジアはさほどの寒さではありませんでした。寒冷地適応ならば全人類に対して適応でなくてはなりません。モンゴロイドのみ、はどうしてですか?
遺伝子に組み込まれようと形質だろうと表に表れているんですから。
この極寒を超えてきたヨーロッパに存在した人類が一重瞼にならなかったのはどうしてでしょう。なぜモンゴロイドだけに蒙古襞が生まれたのか、変ですね。

>ニグロは寒冷地適応を経た東アジアの新モンゴロイドよりは髭が濃く多毛です。
ニグロは多毛ではないと思いますが、腕にもスネにもあまり毛は生えていませんし髭も濃くないような、、、。
現在は混血が多いと思いますから小さな種族を見てください。
アラブ人と間違えていませんか?

>東アジアの新モンゴロイド以外の人類集団です。
もう一度お尋ねします。種族の名前を挙げてください。
ニグロの種族もお願いします。

蒙古襞について調べたのですが、腫れぼったい一重のことかと思ったら違うのですね。目頭のすぐ上の皮のことなんですね。
一重の人も二重の人もいる。
だったら前回記述の「寒さに適応」は勘違いです。
寒い地方に住む人は目を守るために瞼に脂肪が付いて厚くなると聞きました。これとて皮下脂肪ほど早くはつかないと思いますがどうでしょう(でも痩せると目ぱっちりになるしなあ)

アイヌ語

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/01/04 14:56 投稿番号: [4345 / 6952]
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E8%AA%9E

によると、
>元来アイヌ語は音声による口承をもってのみ語り継がれてきたものとされ、言語として特定の文字で表記する方法は定まってはいなかった。

だそうです。

>アイヌ語には書記言語がなかった
>統一国家をもったことのない民族の言語であるアイヌ語には多くの方言が存在しており、文章の規範となる標準語がなく困難が伴っている。

>アイヌ語と日本語は地理的に近い位置で話されてきたにもかかわらず、語彙の借用を除いて互いの間にはそれほど共通点が見いだせない。専門家の間では、アイヌ語を、日本語の基盤となったいくつかの言語の内の一つから発展した言語であるとする見方が一般的であるが、現段階ではアイヌ語は特定の語族に属することのない、言語分類上では「孤立した言語」とされている。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: non_dire_sciocchezze 投稿日時: 2008/01/04 13:16 投稿番号: [4344 / 6952]
保存食としてより、一度干す事で美味しくなるって事も関係あるかもしれませんね。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/04 11:46 投稿番号: [4343 / 6952]
>わたしのいう一重二重は遺伝的なものです

勘違いしないでください。
寒冷地適応は、幾十という世代を通じて遺伝子に刻み込まれた形質のことです。

>氷河期を経た人類は無毛化ですか?   氷河期に熱帯地方に住んでいた人類は多毛ですか?だったらヨーロッパ人は無毛で一重まぶた、ニグロは多毛で二重でなくてはなりません。全然違うのはどうしてでしょう?

寒冷地適応はシベリアの極寒地で生じた人類集団の形質変化です。
メキシコ湾流の影響でヨーロッパは寒冷地適応が必要な程厳寒にはなりません。
ニグロは寒冷地適応を経た東アジアの新モンゴロイドよりは髭が濃く多毛です。

>特殊ということは少ないということですよね。では濃い民族をあげて下さい。

東アジアの新モンゴロイド以外の人類集団です。

>文字は教える人がいなくなれば伝わりません。

アイヌは文字を忘れた民族なのですか、それとも最初から文字を持たなかった民族なのですか。
前者であれば、過去に文字を持っていた痕跡を示す必要があるのではないですか。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2008/01/04 11:44 投稿番号: [4342 / 6952]
>横からですが、タイ、マレーシアでは干し魚、干し烏賊を作っています。

ベトナムのホーチミン市(旧サイゴン)では烏賊を干してするめをつくり、

アフリカはモザンビークではふかひれを乾燥させていました。

初めて見たときは驚きでしたね。

熱帯といえども乾季には魚類の干物は出来るものだと思いました。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/04 11:10 投稿番号: [4341 / 6952]
すみません、言葉が足りませんでした。

確かに西アジアとアイヌのみの共通点を見出せればいいですね、見出せていればとっくの昔に証明されていますよね。

人類学的な言葉使いや学術的な認識方法を私は知りません。
モンゴロイドの一重まぶたは寒さに対応したものだと聞いたことはあります。わたしのいう一重二重は遺伝的なものです。寒冷地を知らなくても、一重と一重の親を持つ子供はやはり一重です。(親が一重でも二重の遺伝子を持っている場合を除きます)

>寒冷地適応を経た人類集団は無毛傾向が著しくなり、寒冷地適応を経ない人類集団は、経た集団と比べて髭・体毛が濃いということが共通認識となります。

氷河期を経た人類は無毛化ですか?   氷河期に熱帯地方に住んでいた人類は多毛ですか?だったらヨーロッパ人は無毛で一重まぶた、ニグロは多毛で二重でなくてはなりません。全然違うのはどうしてでしょう?

>因みに、人類は「猿」から進化したことから、遺伝的に体毛は「濃い」のが普通で、「薄い」ことが特殊となります。

特殊ということは少ないということですよね。では濃い民族をあげて下さい。

文字は教える人がいなくなれば伝わりません。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/04 10:45 投稿番号: [4340 / 6952]
熱帯でも干し魚(クサそ!)を作っているんですね。ということは、暑さは関係なくて乾燥しているかどうかだけって事ですね。

ニネヴェの粘土板に、魚が取れすぎるので乾燥魚にしたと書かれたものが出土して、魚の名前も分かっているのにその魚が現在の何の魚かわからない、と書いてありました。この文章かなり興味を持ちました。

魚が豊富で乾燥している土地、世界中にいっぱいありそうですね。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/04 09:46 投稿番号: [4339 / 6952]
>確かに西アジアとアイヌのみの共通点を見出せればいいですね、とっくの昔に証明されていますよね。

寡聞にして知りませんが、どの様に証明されたのでしょうか?

>エジプトやインカの人々は目は大きいですが一重が多いです。アフリカやインカの遺跡には目がつり上がった像や絵が多いですね。

人類学的には、一重まぶたは蒙古皺襞(ヒダ)のある眼を意味します。
これは「寒冷地適応」の一環です。

>アフリカの少数民族、インカの原住民、東南アジア、エジプト、皆薄いです胸毛すら生えてないです。

人類学的に体毛の濃薄を議論する場合、「寒冷地適応」を同時に論ずることが一般的で、寒冷地適応を経た人類集団は無毛傾向が著しくなり、寒冷地適応を経ない人類集団は、経た集団と比べて髭・体毛が濃いということが共通認識となります。
因みに、人類は「猿」から進化したことから、遺伝的に体毛は「濃い」のが普通で、「薄い」ことが特殊となります。

>アジアに文字が存在するようになったのはかなり後の時代ではないですか。ウルで楔文字が出来てから、漢字に発達する以前(または同時)に異動してきたと考えています。
実際に出土した土器土偶の年数から考えられると思います。

アイヌに楔文字が伝承されていない理由をお示しください。
文字社会から無文字社会への退化の事例は他にあるのでしょうか。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2008/01/04 03:20 投稿番号: [4338 / 6952]
>乾燥魚、(乾燥魚は湿度の高い熱帯では出来ない)

横からですが、タイ、マレーシアでは干し魚、干し烏賊を作っています。週末に近くの小川(ほとんどドブ川)で釣った小魚を下宿の裏のおばさんに差し上げたら腹を割いて籠に並べて干していました。道端ではするめも焼いて売ってました。これらが歴史的に何時からのものかは判りません。まさか帝国陸軍の兵隊さんがひろめたとは思えないのですが。
東南アジアの田植えはそれまでばら撒き植えだったのを、進駐した兵隊さんが「田植えでねえか!オラの在所ではこうやっているべ」ってなつがしがって勝手の手伝ったのが日本式の整然とした田植えの普及になったのです。別に帝国が食糧増産のため占領地に広めたとか各国政府が日本式の導入に努めたわけではありません。

熱帯の干し魚作りはアフリカのタンガニーカ湖かどっかの湖の漁民も盛んにやっているようです。ねったいだけあってすっごい臭いがしてるようですが。熱帯はジャングルの中でない限りいつもいつも高湿度ってことはなく雨のやんだあとの夜など快適です。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/03 20:24 投稿番号: [4337 / 6952]
>毛深い・二重の大きな目はその他
民族が略共有している)ではないでしょうか。

確かに西アジアとアイヌのみの共通点を見出せればいいですね、とっくの昔に証明されていますよね。
毛深い国ってどこでしょう?
アフリカの少数民族、インカの原住民、東南アジア、エジプト、皆薄いです胸毛すら生えてないです。
インドのある種族は濃いですね、アラブ人やアーリア人はかなり古くから接触があるようです。
アラブ人やペルシャ人などは髭を剃ってもそれこそイレズミしているように見えるほど濃いです。体毛も熊みたい先祖がえりが今でもいっぱいいますよ。
女性は剃っていてわかりませんが体毛を全て抜く文化までありますから。
エジプトやインカの人々は目は大きいですが一重が多いです。アフリカやインカの遺跡には目がつり上がった像や絵が多いですね。


>文字の有無は、西アジアと東北アジアとの中間地域に存在する各文化が文字を持ち、
至近に漢字文化圏が存在することを考えれば、文化面での大きな断絶点ではないでしょうか。

アジアに文字が存在するようになったのはかなり後の時代ではないですか。
ウルで楔文字が出来てから、漢字に発達する以前(または同時)に異動してきたと考えています。
実際に出土した土器土偶の年数から考えられると思います。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: non_dire_sciocchezze 投稿日時: 2008/01/03 15:35 投稿番号: [4336 / 6952]
> 両津勘吉は眼は大きいですけど、一重ですよ。
「文献」に何度も「記述」されています。

両さん惜しい!!




今、思いついたネタで……

   両さん型ザク

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/01/03 15:32 投稿番号: [4335 / 6952]
>>毛深い。
>>二重の大きな目。
>>繋がった眉(オリエントではローマ時代まで眉の繋がった男が美男子とされた)
>>高い甲の鼻

>わかりやすい例では両津勘吉ですね。


両津勘吉は眼は大きいですけど、一重ですよ。
「文献」に何度も「記述」されています。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: non_dire_sciocchezze 投稿日時: 2008/01/03 15:26 投稿番号: [4334 / 6952]
> 毛深い。
二重の大きな目。
繋がった眉(オリエントではローマ時代まで眉の繋がった男が美男子とされた)
高い甲の鼻

わかりやすい例では両津勘吉ですね。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2008/01/03 11:41 投稿番号: [4333 / 6952]
>主食が穀物。
副食が魚、乾燥魚、(乾燥魚は湿度の高い熱帯では出来ない)
余剰の穀物で酒を造る。
毛深い。
二重の大きな目。
繋がった眉(オリエントではローマ時代まで眉の繋がった男が美男子とされた)
高い甲の鼻
東釧路遺跡でいるかの頭骨が放射線状に並んで出土した。テル・エ・スルタンで頭骨を放射線状に並べた遺跡が発掘された。

これらが、西アジアとアイヌのみの共通点で、その他の民族には無い特徴であれば説得力がありますが、とてもそのようには思えません。
これらは、その他の民族を含めて人類一般が程度の差こそあれ持っている文化的、肉体的共通点(体毛の薄さ、一重まぶたこそが北方モンゴロイドの特徴で、毛深い・二重の大きな目はその他民族が略共有している)ではないでしょうか。
又、文字の有無は、西アジアと東北アジアとの中間地域に存在する各文化が文字を持ち、至近に漢字文化圏が存在することを考えれば、文化面での大きな断絶点ではないでしょうか。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/03 11:15 投稿番号: [4332 / 6952]
想定移動経路はモンゴルを抜ける北のルートだと思います。

続き、またあとで書きます

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/01/03 11:03 投稿番号: [4331 / 6952]
明けましておめでとうございます。皆様にとって良い年でありますように。

西アジアとアイヌの共通点と非共通点ですか。そうか、非共通点も考えなくちゃいけないんだ、ふ〜む。

似ていると思ったのは
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/dm2k-umdb/umdb/DG/
の上から1,3,4枚目の写真を見たときです。
どれと似ているのか写真を探し出すのに時間が掛かると思いますが見つけますので待って下さい。一応書きます。

1枚目の写真、秋田県麻生遺跡出土の土製仮面とギルガメッシュの顔とされている金の面。
3枚目の写真、青森県十面沢遺跡出土の動物型とイシュタル(?)の祈る兵士の像、、、4枚目の写真、記憶があいまいなので名前が出てきません。
グデアの像については似ているのではなく仏像のような印象です。着ている服が袈裟のようにも見えて直線が多くどっしりとした重厚感と静寂さが仏像を連想させました。(アイヌとは関係ないですね!)ただ、この像は鉢巻に見える帽子を被っていますこれがアイヌ達が頭に掛けている縛ったものに変化したのでは、、、ちょっと遠いですか。

主食が穀物。
副食が魚、乾燥魚、(乾燥魚は湿度の高い熱帯では出来ない)
余剰の穀物で酒を造る。

毛深い。
二重の大きな目。
繋がった眉(オリエントではローマ時代まで眉の繋がった男が美男子とされた)
高い甲の鼻

東釧路遺跡でいるかの頭骨が放射線状に並んで出土した。テル・エ・スルタンで頭骨を放射線状に並べた遺跡が発掘された。

非類似点

文字を持たない(文字国家であっても一般市民の生活の中に文字があったかどうか)
イレズミ、、、?

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/12/30 18:27 投稿番号: [4330 / 6952]
>韓国はまだまだ遺跡発掘は少ないし日本ほど古代オタクも少ないでしょうからスタートの地点が違うでしょ、なのに比べるのはちょっと気の毒だと思うんですよ、だったら高慢な態度取るな!って気持ちになるのはわかりますが、韓国の劣等感もわかってあげないと、、、。

愛好家同士の付き合いでなら賛成ですが、学者・専門家間での学術論争であれば話は違います。
学問の世界に甘えは許されません。
「真理の探究」は学者・専門家にとっては命がけの作業です。
仮説同士の正当性の争いが一方の敗退をもたらす場合、敗者のそれまでの永い研究生活の価値が一挙に失われてしまうからです。
そして、仮説の正当性は、広範な知識と、それに基づいて緻密に積み上げられた論理を武器に戦われます。

>西アジアとアイヌの文化の共通点を改めて確認しました。ギルガメッシュやイシュタル、グデアなどそのままの形を見つけましたがこれはどう理解すればいいのでしょう。アイヌの祖先はティグリスからやってきたのですね。

西アジアとアイヌ文化の共通点とは何を指しているのでしょうか?
共通点と非共通点のバランスを考慮されたのでしょうか?
また、アイヌの祖先がティグリスからやってきたのであれば、その想定移動経路および、その経路を想定した根拠(物証は考古学的作業が必要となりますのでこれは専門家に任せて、取り敢えず想定するに至った論理展開)をご教示下さい。
急ぎませんので宜しくお願いします。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2007/12/30 11:46 投稿番号: [4329 / 6952]
面白いサイトがあるものですねえ。参考になる記述がたくさんあって楽しめました。ありがとうございました。

韓国はまだまだ遺跡発掘は少ないし日本ほど古代オタクも少ないでしょうからスタートの地点が違うでしょ、なのに比べるのはちょっと気の毒だと思うんですよ、だったら高慢な態度取るな!って気持ちになるのはわかりますが、韓国の劣等感もわかってあげないと、、、。

農耕民族は定住しているし収穫までの時間があります。だから性格も落ち着いて辛抱強くなって余った時間で別の物を作ることが出来ます。半島は農耕には向かない土地で人々は狩猟民族です。その上騎馬民族の侵略に絶えず怯えていたから落ち着いて美しいものを作る条件にありません。わずかな高価なものは騎馬民族に持っていかれるのですから物質的な文化など育ちません。
銅文化も鉄文化も半島の方が早かったはずです、西から入ってきたんですから。遅れて入った日本の方が成熟した文化が興っても不思議ではないですね。
だから日本人が優秀だとか言うつもりは無く、だって現在の日本人と韓国人とどっちが優秀かなんて、どっちも同じじゃないですか。
ただ文化が育ちにくい条件にあった地に文化は育たない、豊かな地に文化が花開く、それだけのことです。自慢する事でも僻むことでもないですよ。

とは言うものの、
久しぶりに土偶や埴輪などを見てみましたが芸術性の高さも品格も素晴らしいです。年代はともかく西アジアとアイヌの文化の共通点を改めて確認しました。ギルガメッシュやイシュタル、グデアなどそのままの形を見つけましたがこれはどう理解すればいいのでしょう。アイヌの祖先はティグリスからやってきたのですね。
…あれ!??日本の土偶ちょっと古すぎませんか?


しかし、古代においてあれほどの美しい芸術を生み出せると言う事は生活が豊かで穏やかであった証拠ですね。
日本中くまなく掘り返したらもっと凄い物が見つかるのに。

なんか言いたい事言ってしまった。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2007/12/29 04:57 投稿番号: [4328 / 6952]
>300年頃日本がどんな政治文化を持っていたのか(調べます)?
半島に進軍し勝利するくらいだから相当な国力を持っていたと思います。
その軍隊ははたして日本人だったのか?
言葉は通じたのか?独身の若者だけだったのか?家族は居たのか?
半島からやってきた土着民以外の人達がどのくらいの割合でいたのか?
その半島からやって来たと思われる人達はいつ頃きたのか?
・・・・知りたい事がいっぱいです。

>今の資料はこれだけです。
こんな感じで書けばいいんですか?



考古学の資料も君にあげよう。
古代より日本が朝鮮に劣ったことなぞ一つもない、総合的に考えれば真実の歴史は見えてくる。



>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

考古学で見る朝鮮半島VS日本列島の古代対決は過去8回行われました。

第1回戦   古い勾玉          ○列島    ●半島
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=74526

第2回戦   新石器時代土偶       ○列島    ●半島  
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=84904

第3回戦   新石器時代土器       ○列島    ●半島
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=90538

第4回戦   新石器時代集落の住居数   ○列島    ●半島
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=90658

第5回戦   鉄器時代集落の住居数    ○列島    ●半島
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=90988

第6回戦   古い鎧           ○列島    ●半島
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=93060

第7回戦   古い盾           ○列島    ●半島
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=93255

第8回戦   環濠集落の大きさ      ○列島    ●半島
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=93500





どれも日本列島の圧勝でした。





http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&nid=93732

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2007/12/29 00:56 投稿番号: [4327 / 6952]
ここは推理小説サークルでなくても担当者がおられるのですか、なかよしクラブですね。

>○○という一次資料に書いてある事だ」と言えば済むのです。カンタンでしょう。
>ちなみに、紀元前11世紀に「倭国」なんてありませんよ。

ああそうですね、紀元前11世紀はちょっと古すぎました。
簡単でもないですが探してみました。探すとあちこち飛んで面白いので時間ばかり掛かります。掃除をしていると古い本など出てきてついつい読んでしまうあれと同じです、、、、余分な事を、、

『広開土王碑』より
百残新羅舊是属民由来朝貢而倭以辛卯年来渡■破百残■■新羅以為臣民。

「倭、辛卯の年(391年)より、このかた、海を渡りて百残を破り、新羅を□□して、以て臣民と為す

倭の国は391年よりこのかた海を渡って百済を破り新羅を制圧して臣民とした。

1)以後400年に高句麗の攻勢で退いた事。
2)404年に、帯方郡に進出し、高句麗との戦いに敗北した事。
1と2については調べます。

『魏志倭人伝』

晉安帝時、有倭王贊。贊死、立弟彌。彌死、立子濟。濟死、立子興。興死、立弟武。

齊建元中、除武持節、督倭新羅任那伽羅秦韓慕韓六國諸軍事、鎮東大將軍。高祖即位、進武號征東大將軍。

晋の安帝時(396−418年)、倭王讃がいた。讃が死に、弟の彌が立った。彌が死に、子の済が立った。済が死に、子の興が立った。興が死に、弟の武が立った。

  斉の建元中(315−316年)、武を持節、督倭・新羅・任那・伽羅・秦韓・慕韓六国諸軍事、鎮東大将軍に除した。高祖が即位すると、武の号を征東大将軍に進めた。

『三国遣事』の「駕洛(=伽耶)國記」
青銅器時代は弁辰12カ国の中の一つで前期伽耶と同じ小国。
駕洛国を建国したのは首露王と許王妃。王は紀元前108年漢により滅亡した衛満朝鮮の流民で青銅器文化の九千社会(?)を統合して紀元後42年に建国する。妃は西北韓地の出身とされる。

西北韓地は鉄の主要産地。

3世紀頃、漢、ワイ(さんづいに歳)、楽波、帯方群、倭、と貿易で栄える。

*10年ほどしか通用しなかった貨幣(鉄の延べ棒)が西北緯、九州、大阪で出土している。
他の出土品の形態や成分が同じ。
墓其の形態が同じ、、、貴人は共通の文化を持っていた。


300年頃日本がどんな政治文化を持っていたのか(調べます)?
半島に進軍し勝利するくらいだから相当な国力を持っていたと思います。
その軍隊ははたして日本人だったのか?
言葉は通じたのか?独身の若者だけだったのか?家族は居たのか?
半島からやってきた土着民以外の人達がどのくらいの割合でいたのか?
その半島からやって来たと思われる人達はいつ頃きたのか?
・・・・知りたい事がいっぱいです。

今の資料はこれだけです。
こんな感じで書けばいいんですか?

電車の振動で崩壊した迎秋門

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/12/28 22:23 投稿番号: [4326 / 6952]
当時の電車って現在の都電荒川線と同じようなチンチン電車でしょう。チンチン電車の振動で崩壊するほど当時の王宮は老朽化していたわけですか。都電荒川線の振動でもし沿線の家が崩壊したら石原都知事は悪逆非道だと非難されなければならない?



http://www.chosunonline.com/article/20071228000061
記事入力 : 2007/12/28 15:31:44
朝鮮総督府が撮影した写真を初公開=国立中央博物館

http://file.chosunonline.com//article/2007/12/28/878715123849457553.jpg
写真=国立中央博物館提供

  韓国国立中央博物館は、28日から企画展示室で朝鮮総督府が撮影した韓国の王宮の写真500枚余りを初公開する。1909年から45年までの間に撮影された3万8000枚の写真のうち、王宮関係の写真を選別した。日帝によって壊される前の景福宮や徳寿宮などの姿が写っており、王宮の復元や研究にとって貴重な資料だ。

  明成皇后を殺害した現場である景福宮内の乾清宮跡に総督府総合博物館を建てるため日本式祭祀を執り行った様子(1935年)や、景福宮西門の迎秋門が電車の振動で1926年4月27日午前10時頃に崩れ落ちた様子などが、初めて一般向けに公開される。

慎亨浚(シン・ヒョンジュン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: non_dire_sciocchezze 投稿日時: 2007/12/28 10:44 投稿番号: [4325 / 6952]
> この文献がどこにあるのか探して貼らなければなりませんか?

そうして下さい。

もし学研の「ムー」に書いてあったなら、あなたの担当は私になります。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/12/28 10:27 投稿番号: [4324 / 6952]
>わからないことがいっぱいあって、何が分からないかっていうとまあほとんどなのですが。

ならば、想像では語らない事ですよ。分からない事が罪ではないのです。勝手に証拠も無く想像で書いたり、伝聞推量で書くのが貴方の罪なのです。
自分が「知っている」「理解している」範囲で書く事です。
推理小説サークルではないのです。

>伽耶の領土が九州にあってはいけませんか?

いけないと言いましたか?
単に一次資料の証拠を出せばいいだけです。それだけのカンタンな事です。
で、どの一次資料に書かれてありますか?

>紀元前11世紀頃の倭国と言い換えても構いません。

あなたが勝手に言い換えるのではダメです。
「○○という一次資料にそう書いてある」とだけ言えばそこで済みます。手っ取り早い事なのです。
ちなみに、紀元前11世紀に「倭国」なんてありませんよ。

>この文献がどこにあるのか探して貼らなければなりませんか?

そうです。いちいち毎回貼らなくても、問われたときにスッと答えられればいいのです。それだけの事です。
なんでも「裏づけ」は要るのですしね。
「思う」で済まされるのなら、「ワタシは宇宙人は存在すると思う」というのと同じです。

>これから少しメモして置くようにしますね。あまり血圧上げないように、寒いですから。

開き直って個人攻撃をしたら、あなたが侮蔑されるだけですよ。
これからは、問われた時に「これは想像ではない。○○という一次資料に書いてある事だ」と言えば済むのです。カンタンでしょう。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/12/28 09:26 投稿番号: [4323 / 6952]
>伽耶の領土が九州にあってはいけませんか?

そのような仮説が立てられる複数の歴史書・一級史料があればその記述の内容と共に教えていただきたい。

無ければ伽耶の領土が九州にあったというのはただの願望です。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2007/12/28 01:48 投稿番号: [4322 / 6952]
>そういう貴方の態度を「教えてクン」と言いますよ。

すんません、でも教えて下さる方がいたら教えて欲しいです。
わからないことがいっぱいあって、何が分からないかっていうとまあほとんどなのですが。

伽耶の領土が九州にあってはいけませんか?
紀元前11世紀頃の倭国と言い換えても構いません。
この文献がどこにあるのか探して貼らなければなりませんか?

これから少しメモして置くようにしますね。あまり血圧上げないように、寒いですから。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/12/27 18:02 投稿番号: [4321 / 6952]
そういう貴方の態度を「教えてクン」と言いますよ。

相手が専門家だろうが素人だろうが、まず自分なりにウラを取って持論を構築しないと土俵にすら上がれないのです。
尋ねてばかりではなく、まずは自分で苦労して一次資料から読み込まないと、伽耶の領土が九州にあった、なんていう伝聞推量、乃至は空想を語ってしまう事になるわけです。

まずは自分で関連する複数の国の一次資料を読んで、それぞれの共通点と相違点を知っておく事。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/12/27 17:15 投稿番号: [4320 / 6952]
>わからない事や知りたい事は専門家に尋ねるべきでした

専門家でも呈示できるのは現時点での最新レベルの研究仮説でしか有りません。
又、専門家といっても、考古学、人類学、分子生物学、遺伝学、民俗学、歴史学等によって相反する仮説が呈示されているかもしれませんが、こうした仮説群を取捨選択し、合理的にご自分の仮説を組み上げると共に、次々と呈示されるであろう新仮説を俟つて、漸進的ににご自分の仮説を修正されるのがよろしいでしょうね。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: non_dire_sciocchezze 投稿日時: 2007/12/27 16:53 投稿番号: [4319 / 6952]
> わからない事や知りたい事は専門家に尋ねるべきでした。

カジマノボルに聞くべきです。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2007/12/27 16:48 投稿番号: [4318 / 6952]
>血統的には後者で政治的には前者であろうと思われます。
>扶余族」としての言語系統等の同一性は保たれていたと思います。
勿論血統的には原住民とのものを含め混血は当然でしょう

つまり、どっちでもよくて何もわからないのですね。

わからない事や知りたい事は専門家に尋ねるべきでした。

韓国人が覚醒?

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/12/27 09:50 投稿番号: [4317 / 6952]
でも過度な期待は禁物。



http://www.chosunonline.com/article/20071226000065
記事入力 : 2007/12/26 16:54:25
「韓国の歴史学はイデオロギーに左右され過ぎ」




http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=3316164&tab=five

衝撃の告白!韓国エリート女性研究員「歴史の真実を話せば、韓国に帰れない!!」 ポートランド州立大学教授クリスティン・リー | 時事ニュース
No.3079243 投稿者: kagawa0023 作成日: 2007-12-24 08:34:11 閲覧数:6920 推薦ポイント:35 / 1


(翻訳/重村智計・早稲田大学教授)

私は、アメリカの大学院で指導教授たちに言われた次の言葉を、今なお忘れる事が出来ません。
『日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている問題を今更どうして研究するのか?』
米国の名門ラトガース大学のローデン教授は、私が博士論文の主題に『日本が朝鮮半島を植民地支配した時代の教育と女性問題』について研究したいとの計画を説明すると、このように反問しました。
『文明のシステムを、日本の植民地主義は朝鮮半島に導入したのではないか?
スペインやアメリカやイギリスは、日本のように本国と同じような教育システムを植民地に導入しなかった。
当時の朝鮮半島の人々は文明のシステムを独自の力で導入するのに失敗した。
日本の植民地主義なしで、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか?』
私は、この発言に怒りが込み上げ懸命に反論しようとしたが、頭の中が真っ白になり感情だけが高ぶったのを覚えています。
「そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!」との不安が一瞬心をよぎりました。
論文の相談をした別の経済学専攻の教授は、『植民地化された国家の中で韓国と台湾ほどに発展した国家はない。アメリカやイキリスの植民地で、台湾や韓国ほど発展した国があるか?』とまで言うのでした。
私の不満そうな表情を見たローデン教授は、次のようにも問いかけました。
『日本の植民地支配を非難する韓国人の留学生の一人が、自分の父親が東京帝国大学出身であると自慢げに話した。これは、暗黙のうちに日本が導入した文明のシステムを評価していることになる。本来なら、東京帝国大学を卒業した父親を非難すべきではないか?』
こう言われてみると、確かに東京大学はもとより、京都大学、早稲田大学、慶応大学を卒業した事を誇りにする韓国人は少なくないのです。
当然韓国の側に立ってくれると思った第三者のアメリカ人学者の発言は、ショックでした。
こうして私は1997年に『The Doomed Empire : Japan in Colonial Korea 』
(滅亡の帝国:日本の朝鮮半島支配)を、英国で出版しました。
http://www.bookfinder.com/dir/i/The_Doomed_Empire-Japan_in_Colonial_Kore a/1859724698/
日本の植民地支配下での女性と教育問題を学問的に整理し、感情論でなく客観的に理解する素材を提供したいと考えたからです。
当初の意図とは異なり、指導教授の理諭と主張が盛り込まれました。
この本は、韓国で出版するのは、まず不可能でしょう。
韓国では『親日派』と非難されるでしょう。韓国で生活出来なくなるかもしれません。
それをあえて覚悟したのは、近代史をめぐる日韓の対立を解消し、友好な関係を築くのに微力ながら貢献したいと考えたからです。
女性解放と女性教育の面では、日本の植民地主義は、朝鮮半島への近代化の導入に決定的な役割を果たしました。
その一方で、韓国の教育が日本の戦前型の教育から、今も抜け出せないでいるのも否定できない現実です。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/12/27 09:12 投稿番号: [4316 / 6952]
>ー南下してきた「扶余と倭」との混血民が百済を建国した
ー南下してきた扶余と「倭との混血民」が百済を建国した
どちらでしょうか、

血統的には後者で政治的には前者であろうと思われます。

>扶余は度々南下して来た。しかも同一民族の扶余ではなく既に他民族と混血していた扶余が西南と東南に別時代に南下したら、その時代が離れていれば同じ扶余でも大きく異なってくるのではないでしょうか。

扶余の南下の時代的経緯については専門書をお調べ下さい。
文化的言語的同一性・通話性が無ければ、定義上同一民族ではありませんから、「扶余族」としての言語系統等の同一性は保たれていたと思います。
勿論血統的には原住民とのものを含め混血は当然でしょう。

Re: 昔には韓国が日本に与えてばかりしたと

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2007/12/26 22:47 投稿番号: [4315 / 6952]
>南下してきた扶余と倭との混血民が百済を建国したもので、韓族の新羅とは別系統と思われます。

ー南下してきた「扶余と倭」との混血民が百済を建国した
ー南下してきた扶余と「倭との混血民」が百済を建国した
どちらでしょうか、

>新羅による半島統一後は同一民族でよいと思われますが、圧倒的多数を占めると思われる被支配民の元々の生物学的血統基盤は異なっているのではないかという意味です。

新羅の半島統一時代ではなくもっと以前の扶余の南下した時代のことです。

扶余は度々南下して来た。しかも同一民族の扶余ではなく既に他民族と混血していた扶余が西南と東南に別時代に南下したら、その時代が離れていれば同じ扶余でも大きく異なってくるのではないでしょうか。

白人と黒人

投稿者: chosen_kirai 投稿日時: 2007/12/26 22:30 投稿番号: [4314 / 6952]
ってのは肌の色じゃなく要するに上等な民族と下等な民族を意味するレトリックなんだろ。倭人と結びつきが強かった百済人は下等だといいたいだけだろ。
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