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ユダヤ人(再メンゴ)

投稿者: kinky_dick 投稿日時: 2002/07/27 16:55 投稿番号: [60920 / 99628]
http://www.jca.apc.org/~altmedka/gulfw-61.html

Web無料公開『湾岸報道に偽りあり』
隠された十数年来の米軍事計画に迫る

補章:ストップ・ザ・「極右」イスラエル(4)

(その61)「ユダヤ人」の九〇%はタタール系カザール人だった
  「ユダヤ人問題は百科事典編集者にとって最大の難問題の一つですよ」と語るのは平凡社の社員だった知人、百科事典のベテラン編集者である。   日本で現在も版を重ね、続けて発行されている百科事典の中では、平凡社の『世界大百科事典』がいちばん古い。初版以来、版を重ねるたびに、各項目の記述を再検討し、必要なら改訂するのだが、その際いつも、「ユダヤ人」の「血統」問題で苦労したというのだ。
  もちろん、二千年前にエルサレム神殿が破壊され、ディアスポラ(離散民)となって以来の歴史だから、当然、各地での混血は生ずる。しかし、ここでいう難問題の「血統」は、それとはまったく質を異にしている。
  結論を先にいうと、世界中の「ユダヤ人」の約九〇%は血統的に見ると、もともと、かつてのユダヤ王国起源、つまり、先の「ヴィデオ」のナレーションのような「モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤの民」の末裔ではないのだ。大部分は、ユダヤ教に国ごと改宗したタタール系民族で、南ロシアに七世紀から十世紀にかけて周辺諸民族を帝国支配下に置いていたカザール(英語で「Khazar」、ハザルとも記す)王国起源なのである。
  私はこの事実を、湾岸戦争中に読んだ『ユダヤ人とは誰か』で初めて知って驚き、他の資料を当たってみた。単行本も何冊か発見したが、特に、平凡社の世界百科事典に記述があったので、すでに以前から「知るひとぞ知る」類いの問題だったことが確認できたのだ。
  これは、歴史ファンにとっては、実に魅力的な歴史ロマン大発見であろう。パレスチナ問題という当面の障害さえなければ、歴史ファンにとってもともと、ユダヤほど興味深い題材はない。日本にだって古事記や日本書紀などがあるが、世界的に見て、旧約聖書にかなう古代文献はない。エジプトやメソポタミアから未知の古記録が発見されるたびに、世界史の謎を解くカギの一つとして、様々な議論の中心になっている。
  ところが、あれだけ自分の民族の歴史に執着してきた「ユダヤ人」(ユダヤ民族、より正確にはユダヤ教徒)が、二千年前にエルサレム神殿破壊、ディアスポラ(離散民)となって以来の歴史を、自ら積極的に語ろうとはしないのである。奇妙な話なのだが、下手にさわると、反ユダヤだ、ナチだ、ヒットラーだとまでいわれかねない。危険な政治問題となるために、歴史ファンが公然と議論もできず、歴史学者もオソル、オソル。まさに「さわらぬ神に祟りなし」という表現がピッタリの状態だったらしい。私自身も歴史ファンの一人として、なんとか、こういう魅力的ロマンを自由に議論できる平和な状態にしてほしい、と願わずにはいられないのだ。
  ユダヤ人は、むしろ、ユダヤ教徒の集団として考える方が実態に合っているが、ディアスポラには二つの大きな流れがあった。現在のイスラエルでも、その象徴として首席ラビ(指導的聖職者)が二人おかれている。流れの一つはセファルディム、もう一つはアシュケナジムと呼ばれている。
  セファルディムの語源はスペイン(エスパーニャ)と同じで、パレスチナ地方からスペインに流れた集団を祖先としている。言葉もスペイン語をたくさん取り入れたラディノ語を使っていた。セファルディムは中世にスペインから追われ、主に北アフリカに移り住んだ。人種的特徴は、現地のアラブ人に近く、肌色も褐色が多い。
  アシュケナジムの語源には諸説あるようだが、ドイツの意味とも解釈され、やはりドイツ語を沢山取り入れたイディッシュ語を使っていた。
  そこで、「百科事典編集者にとって最大の難問題の一つ」という話を検証してみよう。確かに、そのつもりで『世界大百科事典』(平凡社、一九八八)をめくると、それらしき苦労が感じられる。いくつかの項目を比較検討しないと実像に迫りにくい記述なのだ。

どんがばちょ!

投稿者: hamtann8 投稿日時: 2002/07/27 16:49 投稿番号: [60919 / 99628]
まともにレスも付けられないのか?

低脳は相手にしたくないので
今後いっさいレスしないように。

>>うちの場合

投稿者: maasa1112002 投稿日時: 2002/07/27 16:49 投稿番号: [60918 / 99628]
さっきは知ったようなこといいつつ、かく言う私も久米と筑紫はなかなか良いんじゃない?な〜んて思ってましたヨ(^.^;

偏向報道もしかり、ここがすごい書き込み量だった時に疑問を持ちました。テレビ、私も見なくなりましたね〜。特にニュースとワイドショー。興醒めです。

>掲示板そのものが偏見の目で見られているような気がして

私も客観的に見てますが、偏見はないですね。今は正しい情報を見分ける眼が必要とされる時代なんですね。。

韓国に関しては、周囲の人とただの非難・嫌悪感だけではなく、実態や現状をふまえて冷静に話し合いをしていこうと思ってます。

王国3

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:48 投稿番号: [60917 / 99628]
4 ネブカドネザルによるエルサレム征服
世紀がかわり、ユダ王国がかろうじて独立をたもっている間に、中東地域の力のバランスはアッシリアからエジプトにかたむき、最終的には、カルデア人のもとで勢力をもりかえしてきたバビロニア王国にうつった。しかしユダ王国は、かつてアッシリア人に服従したようにはカルデア人に屈伏しなかった。そこで、カルデアの支配者ネブカドネザル2世は前597年、ユダの反抗に対してエルサレムを征服した。ユダの貴族、戦士、手工業者たちはバビロンにつれさられ(→ バビロン捕囚)、ネブカドネザルはダビデ王家の王子ゼデキヤを傀儡(かいらい)としてユダの王位につけた。しかしそのゼデキヤも、前588年にカルデア人に対する反乱を主導した。

その2年後の前586年、ネブカドネザルの軍隊はユダを征服し、エルサレムを破壊しつくした。潜在的な反乱の指導者とみなされたすべてのユダ人は、バビロンにおくられた。ほかの集団はエジプトにのがれたが、その際に彼らは、抗議する預言者エレミヤ(→ エレミヤ書)を彼の意志にさからって無理やりエジプトにつれていった。パレスティナにのこされたのは、もっともまずしい小作人だけだった。

バビロン捕囚は、古代イスラエルの政治的独立の終わりを意味した。ユダヤ人は、400年以上もあとになっておこる短期間のユダヤ人国家再興(ハスモン王朝)を唯一の例外として、長い間この政治的独立の喪失という運命をたどることになる。

王国2

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:47 投稿番号: [60916 / 99628]
3 分裂王国時代
ソロモンの死後、かつて彼の臣下だったヤラベアムがエジプトからもどってきた。ヤラベアムはソロモンの生前、謀反をくわだてて失敗し、エジプトに亡命していたのである。彼がひきいる代表団は、ソロモンの息子で王位継承者だったレハベアムに改革を要求した。しかしレハベアムはこれを拒絶した。やがて紛争がおこり、ヤラベアムはエジプトの王シェションク(シシャク)1世の支援をうけた。エジプト王はレハベアムの王国を侵略し、神殿を略奪した。

結局、王国は分裂し、反徒の首領はヤラベアム1世として、旧統一王国の北部地方を支配する王となった。この王国はのちに「(北)イスラエル王国」とよばれ、国民は、元来の12部族中、ユダ部族とベニヤミン部族をのぞく10部族からなっていた。いっぽうレハベアムは、旧統一王国の南部地方の王位を保持しつづけた。この国家はのちに「(南)ユダ王国」とよばれるようになる。ユダ王国の面積は約775km2にすぎず、もはや二流の勢力になりさがっていた。北のイスラエルでは、エルサレムから独立した神殿と聖所がベテルとダンにきずかれた。このあとも2つの国家は、血縁意識をたもちつづけるが、政治的には最後まで分裂したままだった。

つづく2世紀間のイスラエル人の歴史は、イスラエル、ユダ、モアブ、エドム、ダマスコなのどの群小国家がたがいにあらそう戦国時代だった。そのうちのイスラエルは、前9世紀初頭に大王オムリのもとで一時的に強国にのしあがった。オムリは前870年ごろ、サマリアを建設して、この町をイスラエルの首都とした。オムリの治世は、いちおうは平和な時代だったといえる。しかしオムリの息子で王位をついだアハブの治世になると、その最大の生命線ともいうべき問題をめぐって激震することになる。すなわち、宗教問題である。

アハブの妃でティルスの王女だったイゼベルは、彼女の故郷フェニキアの異教の神メルカルト(聖書でいう「バアル」)をイスラエルの宗教に導入しようとくわだてた。異教の影響は、すでにずっと前から、イスラエル人の2つの王国に浸透しはじめていた。しかしイゼベルの強引さは、人々のはげしい政治的・宗教的抗議をひきおこした。なぜなら、モーセの律法の倫理体系は、社会秩序と礼拝秩序の双方にかかわっており、専制的行為は、罪悪とみなされたのである。

前9〜前8世紀、一連の預言者が輩出し、イスラエル人の良心を目ざめさせた。北王国ではエリヤ、エリシャ、アモス、ホセア(→ ホセア書)らが、素朴で民主的だった荒野の遊牧時代の諸原理にたちかえるようによびかけた。ユダではイザヤ(→ イザヤ書)やミカ(→ ミカ書)が、偶像崇拝や上流階級の贅沢ざんまいの生活を糾弾した。こうして、軍事的な争いに宗教的な闘争がつけくわわった。いっぽう前8世紀になると、中東全体を支配する大国へとのしあがったアッシリアが、対立しあう群小国家の国境線までその勢力を伸長させてきた。

実は、すでに100年以上も前から、アッシリアはパレスティナの支配をねらっていた。前853年には、シャルマネセル3世のひきいる最初の大規模な遠征軍がパレスティナ地方に進出したが、これはダマスコ王ベン・ハダドを盟主とする小国家群の連合軍によって、カルカルの戦いで撃退された。この反アッシリア同盟には、イスラエル王アハブもくわわっていた。アッシリア軍は撤退したが、その後もパレスティナ諸国の国境をおびやかしつづけた。

やがて、弱小なパレスティナ諸国間の絶え間のない紛争がたがいの力をおとろえさせ、ふたたび連合軍を編成することが不可能になると、前734年にはティグラトピレセル3世のひきいるアッシリア軍が再度パレスティナに侵入し、イスラエルを征服した。かろうじてサマリアの要塞だけがもちこたえたが、それも前722年から翌年にかけてアッシリア軍に攻囲され、ついには陥落した。

このようにしてイスラエル王国は滅亡し、住民の多くは別の場所につれさられた。彼らはその後、「うしなわれた10部族」として知られるようになる。サマリアにはメソポタミア地方からつれてこられた人々が植民した。彼らはやがてイスラエルの宗教をとりいれ、のちには「サマリア教徒」とよばれる宗派になる。これに対しユダ王国は、アッシリアに貢物をおさめて生きのびる道をえらび、以後135年間にわたって名目上の独立をたもつことになる。

vaio6256さんへ②

投稿者: enjoyfootballjp 投稿日時: 2002/07/27 16:47 投稿番号: [60915 / 99628]
日本ではかつて牛を食べなかった時代がありましたし、ユダヤ人は宗教的理由から豚を食べません。その理由を聞かれれば、かつての日本人であれば仏教的世界観を持ち出すでしょうし、ユダヤ人は旧約聖書を見せるでしょう。しかし、仏教的世界観であれ、旧約聖書であれ、ある価値観(の体系)を持っている人にとって事柄が、その価値観(の体系)を持たない人にとっては全く説得力を持たないことになるのです。
「犬のようなかわいい動物をなぜ食べるんだ」「鯨は頭がいいから食べるべきではない」「かたつむりのような気持ち悪いものを食べるのは信じられない」と言ったところで、食べている人には何の説得力も持ちません。
犬を食べる人たちもいれば、鯨を食べる人たちもいますし、かたつむりを食べる人たちもいます。「中国では、机以外であれば、足を四つ持っているものは何でも食べ、飛行機以外であれば空を飛ぶものは何でも食べる」というようなことを耳にしたことがあります。食べたいものがあれば、法を犯さない限りにおいて、それを食べたい人が食べたらいいでしょう。そして、それを食べない人がその食文化について価値判断を下すべきではありません。ただ、人によってはある食文化に生理的な嫌悪感を催すこともあるかもしれませんが、どこかの国の女優のように、わざわざ口にする必要もないのです。騒ぎを起こすだけですから。
イルカでも、スズメでも、鳩でも、食べたい人がいれば、食べればよいでしょう。食べたくない人は食べなければよいだけのことです。

僕は「学者先生」ではありませんし、食文化の研究もしたこともありません。誤った情報があれば指摘して下さい。お願いします。

自分が何らかの考えを持っていてそれに同意しない人がいたとして、本当の「学者先生」なら、どうするでしょうか。相手のことを「落ちこぼれ」「劣等感」「アホ」「学歴も職歴も低いだろう」などという言葉を用いて相手を見下すでしょうか。それとも相手が納得できるような形で文章を綴り、提示するでしょうか。このような努力を惜しんでいるとしたら、貴方は「学者先生」として怠慢との批判を免れませんし、このような努力すら思いつかないとしたら、「学者先生」としての知性と態度を疑われてしまうのではないでしょうか。繰り返しになりますが、僕は「学者先生」ではありません。

ここの掲示板の投稿を「資料」と考えておられるのなら、サッカーに関する基本的知識を備えた上でこの「資料」を理解する必要があると思いますがいかがでしょうか。貴方の過去ログを拝見したところ、サッカーに関する記述が全くなかったようですが、サッカーについてはどれほどご存知なのでしょうか。

もしよろしければ、「オフサイド」のルールについて説明していただけますでしょうか。もちろん、ネット上で検索すればサッカーのルールを説明してあるサイトが見つかります。けれども、そうなさらずに、自分の知識で説明して下さい。貴方がこの条件に従って下さることを、「学者先生」としての貴方の良心と誇りに期待します。

少なくとも、「オフサイド」のルールの説明に関して、レスを待っております。

vaio6256さんへ①

投稿者: enjoyfootballjp 投稿日時: 2002/07/27 16:47 投稿番号: [60914 / 99628]
興味深い資料が見つかりました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=84

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=85

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834688&tid=4z9qa4ua46a41a4sa4j&sid=1834688&mid=58238

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834688&tid=4z9qa4ua46a41a4sa4j&sid=1834688&mid=58239

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834688&tid=4z9qa4ua46a41a4sa4j&sid=1834688&mid=58336

>侮蔑表現の多さ、その表現の稚拙さ、品格のなさ、自他の生活習慣の差異を文化的優劣にすり替える思考、日常生活でタブーとなっている侮蔑語の連呼など、民族的偏見がじつは民族集団間の問題ではなくて、自民族もしくは帰属する社会階層が抱えている社会経済的問題や心理的不満にあるという一般的な理解を裏付けている。ワールド・カップが民族的偏見の噴出の契機となったというのも、興味深いが目新しい事例ではない。

貴方が「侮蔑表現の多さ、その表現の稚拙さ、品格のなさ」ということに触れておられるので、これらの資料は非常に興味深いものと考えられます。

貴方の過去ログを一通り拝見いたしました。

自分が「学者先生」であるということを鼻にかけて他人を見下すような投稿は非常に不快で醜悪で、気に入りませんね。こう感じているのは僕一人ではないでしょう。

食文化ということについて色々おっしゃっているので、僕の考えを述べさせて頂きます。
地球上には様々な食文化があり、ある文化圏から見て他の文化圏の食文化が理解できないこともあります。自分の文化圏の尺度を用いて他の食文化を判断したところで、万人に対する説得力を欠いてしまいます。ですから、他の文化圏の食文化については、価値判断を挟むべきではないというのが僕の考えです。この点ではvaio6256さんと考えが近いかもしれません。vaio6256さんが食文化に関する自分の考えをまとまった形で述べておられないようなので、「かもしれません」ということしか言えませんが。

王国1

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:46 投稿番号: [60913 / 99628]
III 王国
前1020年ごろ、サウルがイスラエル王国の初代の王に即位したことにより、イスラエル人は真の意味でひとつの政治的実体に統合された。そしてサウルをついだダビデのもとで、王国は偉大な力を獲得することになる。

1 ダビデ治世下の王国
ユダヤの歴史と宗教において、ダビデはモーセにつぐ重要人物と評価されている。彼はイスラエル国家の真の創建者であり、シナイ山であらかじめしめされた宗教的・政治的組織の実現者であるとみなされている。ダビデは、パレスティナにおける最強の要塞だったエルサレムを征服し、王国の首都にさだめた。彼の指揮のもとで、イスラエル軍はペリシテ人勢力をうちやぶり、エドム人、アンモン人、モアブ人を征服した。ダビデはまた、宗教儀式を組織化し、祭司たちの義務をさだめ、イスラエルの宗教をパレスティナにおける至上のものとして確立した。彼が死ぬまでには、周辺のすべての諸国はイスラエルに服属するか、友好条約によって協力関係にはいっていた。

2 ソロモン治世下の王国 ダビデの息子で後継者だったソロモンは、エルサレム神殿の建設者として有名である。エルサレムの神殿は、イスラエルの光輝と栄華の象徴となった。ソロモンは強力な統治者で、父ダビデからうけついだ政治的遺産を巧妙に活用したり、王国内部の官僚組織を整備統一化したり、アフリカ、アジア、アラビア、小アジアをむすぶ通商路をひらくなどして、国民に膨大な富と繁栄をもたらした。ソロモンはまた、周辺の有力国家との政略結婚を通じて、イスラエル王国の政治的立場を強めようとした。

しかし、ソロモンの華麗な宮廷生活や、大規模な建築事業は、人的にも経済的にもひじょうに大きな負担を要求するものだった。強制労働と重税は、国民の間に不満と怨念(おんねん)を生み、それが政治的安定をそこねる原因となった。やがて南東のエドム人が反乱に成功し、北東のダマスコ(ダマスカス)地方もイスラエルの影響圏から離脱した。ソロモンの圧政的な支配と遊蕩生活は、民主的な理念をもつイスラエルの宗教の厳格な遊牧的伝統とは正面から対立するものだった。その結果、前922年のソロモンの死後、王国は分裂した。

>>私たちがしなきゃいけないこと

投稿者: hamtann8 投稿日時: 2002/07/27 16:45 投稿番号: [60912 / 99628]
>報復される個人、団体を特定されずに、より広い世論に訴えられる手段は何かないものでしょうか

ここにいる人たちが周りの人たちに個人的に言うことは出来るよね
一人が数人にしか伝えられなくても
ここにいる人たちの人数を掛けたら
すごい数になると思うけど

そして目覚めた人たちが大多数になれば
政治家だってマスコミだって放っては置けないと思う
まず何事も自分の周りからなんじゃない?

ditgtedgbbdcさんへ

投稿者: c_moom2002 投稿日時: 2002/07/27 16:45 投稿番号: [60911 / 99628]
ありがとうございます。
勉強します。

カナンの地におけるヘブライ人2

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:45 投稿番号: [60910 / 99628]
2 出エジプト
これらの部族のうちいくつかの集団、おそらく伝承上のヨセフ集団は、さらにエジプトまで移住した。これはヒクソス(主としてセム系の人々からなるエジプトの征服者)王朝の時代、すなわち前1694〜前1600年の間のことだったと思われる。そこで彼らは、前1570年にヒクソスがエジプトから追放されるまで、繁栄した。しかしヒクソスの追放の結果、ヘブライ人は外国人として迫害され、奴隷として酷使されるようになった。

多くの歴史学者は出エジプトを、エジプトにとらわれていたヘブライ人が奴隷状態を脱出し、なお血縁意識をもちつづけていたパレスティナのほかのヘブライ諸部族と再合一しようとくわだて、成功した事態であるとみている。出エジプトという出来事を裏づける考古学的証拠はなにもない。エジプトの記念碑にも、該当する記述はまったくみあたらない。おそらく、エジプトにいたヘブライ人が実際にはせいぜい数千人、あるいはそれ以下だったためだろう。そのような集団の逃亡は、明らかに、エジプトでは大した出来事ではなかったのである。

しかしユダヤ人の歴史では、出エジプトという出来事はひじょうに大きな意味をもっている。それは最初の大預言者モーセによってひきいられた出来事であり、モーセは聖なるシナイ山でヤハウェとの契約をさずけられた。この初期の宗教は、財産の位置、個人の権利、性道徳、共同体の全構成員の基本的平等性などの遊牧的理念を自己の中にとりいれたものであり、それをのちのユダヤ教がうけつぐことになる。個人の自由と自由への愛(遊牧するセム系の人々の特徴)と、創造者にして立法者、王としての神の観念は、イスラエルの宗教の一部となり、のちにはさらに政治理論の一部となった。

前2千年紀後半のカナンへの定着は、軍事的征服の面をもつと同程度に、カナン人との混血や協定を通じても実現された。しかもそれは、侵入者たちにとって、何の妨げもなくこの地の支配権を獲得するためのまたとない好機だった。エジプト、ヒッタイト、シュメールの諸王国はもはや衰退しており、潜在的に大勢力となる可能性をひめたアッシリアは、まだその力を結集していなかったのである。

ヤハウェの諸部族は、モーセの後継者ヨシュアにひきいられてヨルダン川をわたり、エリコの町とその周辺の平野を征服して、ヨルダン川西岸地域に地歩をかためた。数の点では、先住民のカナン人よりも少数だったが、ヤハウェの諸部族は彼らの宗教的な契約、共通の祖先をもつという伝承、民主的な理念によって結束をかためていた。士師(偉大な軍事的・社会的指導者)たちの時代を通じて、いまやイスラエル人と名のるようになったヘブライ人は、カナンの地を確保していった。彼らはモアブ人、ミディアン人、そしてとくに、エーゲ海からやってきてパレスティナの海岸地方に定着をこころみていたペリシテ人などの侵略者を撃退した。

カナンの地におけるヘブライ人

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:44 投稿番号: [60909 / 99628]
II カナンの地におけるヘブライ人
ヘブライ人の系図と歴史に関する聖書の記述は、考古学や歴史学の研究が確認しうるかぎり、おおむね信頼できるものといえる。しかし、それらの系図や歴史は、最初から現在ある形で書かれたのではない。多くは、事件後何百年もたってから書かれたものである。それゆえ、聖書の記述をもちいるには慎重な解釈が必要とされる。



モーセがヘブライ人をあつめておしえたとされる信仰告白によれば、「わたしの先祖はさすらいのアラム人であった」(「申命記」26章5節)という。「さすらい」とは、つねに経済的な困難にさらされている不安定な遊牧生活を表現しており、ヘブライ人の先祖がアラム人の遊牧民だったという性格付けは、ある程度は正確である。アラム人の血統にくわえて、のちのイスラエル人には、アモリ人やヒッタイト人など、ほかの祖先の血もながれこんでいた。バビロニア建築にほどこされた浮彫にみられる古代ヘブライ人の典型的な外観は、ヒッタイト人の姿に似ている。ヘブライ語は、北西セム語族の一派である。

1 12部族
ヘブライ語聖書(旧約聖書)にかたられたヘブライ人の諸部族の歴史は、前6〜前5世紀にかけて歴史書を執筆ないし編集したユダヤ人書記たちの発展させた、民族意識にてらして考察しなければならない。これらの書記たちは、民族共通の祖先をたてることによって、ひとつづきのくわしい物語をかたろうと努力したのであり、その際に彼らが、伝説を歴史としてしるしたことは疑いない。それにもかかわらず、聖書の物語は歴史学的理論とよく符合している。

聖書は、ヘブライ人の12部族が族長ヤコブの12人の息子たち、ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニヤミンの子孫であるという。聖書学者たちは、ヤコブの物語を原因譚(たん)、すなわち物事の由来を説明するためにつくられた説話だと考えており、そこには諸部族の歴史が個人の体験に姿をかえてのべられていると推測している。

諸部族は相互に血縁関係をもつが、その一部、たとえば同じ母から生まれたとされるルベン、シメオン、レビ、ユダはより緊密な同盟関係をむすんでいた。女奴隷の子とされるアシェルやガドは、従属的な部族であったらしい。部族の歴史が個人の体験としてえがかれる別の例としては、ヤコブとラバンの契約の物語(「創世記」31章44〜54節)がある。そこには、古い時代にヘブライ人の部族とシリアの部族が協定をむすび、ギレアド地方北部の牧草地に境界を設定したことが反映している。

伝承と歴史理論は、いずれも(集合的な意味での)イスラエルのアラム系の祖先たちが、ユーフラテス川下流に位置するシュメール地方のウルからやってきたとしている。前2千年紀の初頭には、アラム系部族の一集団が、当時古バビロニアの植民地があったメソポタミア北西部のハラン(現トルコのエスキ・ハラン)付近に移住した。数世紀後、これらの部族のいくつかの部分がさらに西と南に移動し、ヨルダン川周辺の地域にばらばらに定着した。この定着民がヘブライ人になったのである。その中には、アンモン人やモアブ人、エドム人、そしてヤハウェを崇拝する(狭義の)ヘブライ人もふくまれていた。聖書では、部族移動のこの時代は、族長たちの時代として知られている。

ユダヤ人

投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:43 投稿番号: [60908 / 99628]
I プロローグ
ユダヤ人   ユダヤじん   Jews   現代の用語法では、「ヘブライ人」および「イスラエル人」の同義語としてもちいられる。しかし歴史的・民族学的には、この語はさまざまにことなる複数の意味をもつ。

一般的な歴史用語としての「ヘブライ人」には特別の民族的意味はなく、前1300年以前に地中海東岸地方にいたセム系遊牧民の部族集団であれば、いずれもこの語でよぶことができる。ユダヤ人の歴史では、「ヘブライ人」はとくに、ヤハウェという神を自分たちの神としてうけいれた諸部族をさしてもちいられる。時代的には、有史以前の起源から、彼らが古代パレスティナ(旧約聖書ではカナンとよばれる)を征服し、前1020年ごろ、王の支配する統一国家を樹立するまでをいう。

「イスラエル人」という語は、特定の民族ないし国民集団を意味し、ヘブライ人の子孫で、その宗教によって文化的に統合されていた人々をさす。歴史的には、カナンの地の征服から、前721年のアッシリア王サルゴン2世によるイスラエル王国の滅亡までをいう。



「ユダヤ人」という語は、前2者の文化的な子孫である第3の集団をさし、時代的には、いわゆるバビロン捕囚からのパレスティナ帰還以降、現代までをいう。「ユダヤ人」という名称は、究極的にはヘブライ語の「イェフーディ」に由来するが、これはもともと、ヘブライ人のうちのユダ部族の成員を意味した。古代のその領土は、後6年にローマ帝国の属州に再編されて「ユーダエア」とよばれるようになり、ユーダエアの住民を意味するラテン語の「ユーダエウス」から、「ユダヤ人」という各国語(Jew, Jude, Juifなど)が派生したのである。

現代のユダヤ人は、ひとつの人種というよりも、独立したひとつの民族的共同体ないし同胞集団である。それは、後135年にローマ帝国の属州ユーダエアが最終的に解体してから、1948年に現代国家としてのイスラエルが建国されるまでの約19世紀もの間、絶え間なくくりかえされる迫害をのりこえて、自己同一性を維持してきた共同体である。1970年にイスラエルのクネセト(国会)は、ユダヤ人とは、ユダヤ人ないしユダヤ教への改宗者を母として生まれた者とする、という定義を立法した。ユダヤ人の民族的自己同一性が、ほかに例をみない仕方で維持されてきたことは、主として、ユダヤ教の厳格な信奉の結果である。ユダヤ教とユダヤ人の歴史は、不可分の仕方でむすびあわされているのである。

ユダヤ教は、ユダヤ人の生活のあらゆる局面を支配しており、青少年の教育を要求し、その伝統的な教義の中に、メシア的王国の樹立への希望と信念をふくんでいる。19世紀にはさまざまな改革運動がユダヤ教のあり方をかえはじめたとはいえ、生きのこったすべてのユダヤ人共同体の存在は、先祖たちの諸世代がユダヤ教の律法を敬虔(けいけん)に遵守してきたことの結果である。ユダヤ人の顕著な特色は、教育と学問を尊重し、熱意をもってそれにとりくむということである。教育と学問は、礼拝行為の一部とみなされている。

ここ

投稿者: maasa1112002 投稿日時: 2002/07/27 16:42 投稿番号: [60907 / 99628]
昨日から盛り上がってますネ(笑)

お題も色々だし役者さんも結構きてますね。

あ、週末か。。

今日は出かけたり帰ってきたりしてます。で、また出かけてきます。

>WCから見た朝鮮民族の考察

投稿者: kinky_dick 投稿日時: 2002/07/27 16:38 投稿番号: [60906 / 99628]
嫉妬ですか?

そもそも全く朝鮮には興味ないですね!

>何故そうなったのか?

投稿者: c_moom2002 投稿日時: 2002/07/27 16:36 投稿番号: [60905 / 99628]
脅威なのかな。
ユダヤ人はユダヤ教を守っただけじゃないかな。今の欧米や日本みたいに宗教が大きな問題とならないから、わかりづらいけど、カトリックVSプロテスタント   キリスト教VSイスラム教の中で   少数宗教であるユダヤ教は、ユダヤ教徒のみで形成される組織の中でしか、生きていけなかったんじゃないかな。
俺は今国籍はイギリスだけど、仏教徒(浄土真宗)であっても大した問題はないけど、これが中世・近世であったなら国籍をとることすら出来なかったと思うよ。

Re>ユダヤと韓国

投稿者: kinky_dick 投稿日時: 2002/07/27 16:34 投稿番号: [60904 / 99628]
確かローマ近辺の偏狭な民族がユダヤ経に改宗し自らをユダヤ人と称したと思いますが?
民族的にもイスラエルの本来のユダヤ人はアラブが色濃く、ロシア、アメリカ、ドイツなどのユダヤ人はもともとヨーロッパに住んでいて改宗した方だと思います。
要するに、うまく利用しているのですね

>WCから見た朝鮮民族の考察

投稿者: dongwabacyo2002 投稿日時: 2002/07/27 16:33 投稿番号: [60903 / 99628]
たらたら長々と、結局ベスト4の韓国に嫉妬してんのね。

>まとめて回答(代理)

投稿者: air_09_00 投稿日時: 2002/07/27 16:30 投稿番号: [60902 / 99628]
返事、サンキューです。
本人さんでは何ないのがさみしいです。
有機化学の方が専門ですが僕はどこでも戦います。

工学や理学を創造性とかで区切るのはいか
がな物かと本体にお伝えください。
今は特に工学と農学と理学の境目は無くな
りつつあります。実際僕の研究室は理学に
いながら農学のほうがつながりが強いで
す。

例の先生の所は今は工学(昔の触媒のデータ
up!)やっています。これでも理学にいる。
現実はそんなもんです。

>>スポンサー付き日本人

投稿者: dongwabacyo2002 投稿日時: 2002/07/27 16:28 投稿番号: [60901 / 99628]
そうなんです。サッカーはビジネスなんですよ。(サッカー以外もそうだけど)
だから金にもなんない李ウリョンは金にしかならない日本人よりすごいんだな。
この人よくわかってるなあ。

他ですが、
それと政治を持ち込むなとかいろいろうるさいうるさい。アメリカも今選挙に勝とうと思って人殺しを計画してるでしょ。スポーツだろうと政治だろうと「戦い」には
いろんな回りがいちゃうんだよ。

何故そうなったのか?考えましょう。

投稿者: honestzzz 投稿日時: 2002/07/27 16:28 投稿番号: [60900 / 99628]
それほど深くは勉強していませんが・・、
だからこそわかるのでしょう?
(世界史)
欧州で力をもったその時代その時代の国々に何故迫害されねばならなかったのか?
それは脅威を与えたからです。
今のイスラエルを見てもわかることです。

Re>ユダヤと韓国

投稿者: c_moom2002 投稿日時: 2002/07/27 16:24 投稿番号: [60899 / 99628]
まだ   確認されてないと思ったけど。
ユダヤ人がヨーロッパの中で生き抜く中で、いろんな国の中の血や人と交わった人たちの一部だったと思うけど・・・

>私たちがしなきゃいけないこと

投稿者: kokusanwagyuu 投稿日時: 2002/07/27 16:18 投稿番号: [60898 / 99628]
>日本にある政党とマスコミを自分たちの手に取り戻すことだと思う
反日政党やマスコミの力をなくすこと

>韓国人のいい様にさせてはダメ!!

>ここは日本なんだから

それはわかっているのですが、その方法がないのですよ。
色々考えるのですが、そのどれもが非難、謝罪要求によって潰されてしまいそうなのです。
政治家はあてにできません。
マスコミは論外です。
教育の場では一法的な考えしか許されていません。

報復される個人、団体を特定されずに、より広い世論に訴えられる手段は何かないものでしょうか。
この掲示板を見ながら、最近そんな事ばかりを考えています。

韓国との応酬も価値を認めるのですが、そろそろ”では、どうすれば日本から韓国の影響を排除できるのか”、すくなくとも”このわだかまった空気をどうすれば取り除けるのか”を考える時期ではないでしょうか。

>>審判問題

投稿者: dongwabacyo2002 投稿日時: 2002/07/27 16:17 投稿番号: [60897 / 99628]
その子供の韓国人にいいように金ふんだくられてるとても優秀な大人はどこの国の人?                     ほんと疲れるとなりの国と付き合うのって・・・・・・・・もっとお駄賃頂戴!

>ユダヤと韓国を一緒にしないで

投稿者: kinky_dick 投稿日時: 2002/07/27 16:16 投稿番号: [60896 / 99628]
現在主流のユダヤ人は本当のユダヤ人とは違いますよね!

ユダヤと韓国を一緒にしないで

投稿者: c_moom2002 投稿日時: 2002/07/27 16:14 投稿番号: [60895 / 99628]
ユダヤ人を語るんなら   紀元前からの世界史を見てからにしてください。
個人的な意見だけど、ユダヤ人は千数百年近く流浪して、第2次大戦後イスラエルという国家が出来るまで、世界中の国の中で生き抜くしかなかった。

tadashiihito777さん

投稿者: areyakoreyakomattana 投稿日時: 2002/07/27 16:10 投稿番号: [60894 / 99628]
横レスですが。

以前にも書いたのですが,お勧め本
『朝鮮民族を読み解く』〜北と南に共通するもの
古田博司著   ちくま新書
東アジア思想史専攻の先生です。
好きとか嫌いではなく,思想のベーシックな読み解きです。
私はこれで,大分すっきりしました.

#私の友人にも学会の人いますが,親からそうで,
一度疑問に思って離れたけど戻ったそうな.
自分の心の問題だからと,話はしても勧誘されたことないし,疑問には普通に答えてくれるし。
やさしい良い子です。

ユダヤ人は優秀ですよ

投稿者: honestzzz 投稿日時: 2002/07/27 16:07 投稿番号: [60893 / 99628]
個人的な恨みはないと何度も言っていますが・・・。

>かくて昭和氏は蘇える

投稿者: tadashiihito777 投稿日時: 2002/07/27 16:05 投稿番号: [60892 / 99628]
そう、以前にも紹介していましたよね。もうすぐ8・15も来る事だし、読んで見たいと思います。私達は余りにも現代史には無知過ぎましたから。(学校の教育のせいですが、今は一番大事な部分だと思っています)
有難うございました。

まとめて回答(代理)

投稿者: vaio6256 投稿日時: 2002/07/27 16:05 投稿番号: [60891 / 99628]
まとめて返事しておいてくれ、とのことですので、私(代理)が読んだものについての回答を口述筆記します。

名大の院生さんとは進化の話をしたいが、ここではできないので、科学のところででもどうかと仰っています。「ミクロの話は弱いので、きちんと答えられるかどうか、わからない」けど、投稿してもらえれば、自分なりに答えたいとのことです。

「すごく疲れた」というHNの人には、「なぜ社会学に拘るのか、よくわからない。日本では人類学はまだまだマイナーサイエンスなんだな」と「さようなら」とのことです。

人類学についてたくさん書き込みをしている人には、「ソースが少し古い」とのことです。

以上です。

>やっぱりユダヤ人でしたか

投稿者: tadashiihito777 投稿日時: 2002/07/27 16:00 投稿番号: [60890 / 99628]
二代嫌われ民族って!
彼は優秀ですよ。ちょっと頑固ですが、一緒にしないで下さいよ!

WCから見た朝鮮民族の考察

投稿者: kinky_dick 投稿日時: 2002/07/27 15:58 投稿番号: [60889 / 99628]
まずは、国家、民族、個人においての普遍的傾向として、それらの目的が嫉妬、恨みから来る思考は潜在意識に刷り込まれ、その無意識な行動は、非常に残念な結果、もしくは、努力しているのに報われない結果となる。これらは、精神世界、宗教的なことも含め、運ももたらす仕組みとしてしられている。要するに+思考である。またWCで見られたことはアンのパフォーマンスのおける行動はその代表である。折角追いついた同点時に世界の嘲笑を買い、がんばったBEST4も冬季オリンピックでのサイバーテロ、ソウルオリンピックでの醜態より
自らが、因果応酬の報いを得る。

韓国民族のこのような意識を日本人として
そのまま継続させることは常に日本を意識させることにつながり、または比べる対象とすることにつながる、これらの原因から来る目的の結果はどんなにがんばってもレベルの低い程度の結果または日本と同等の結果しか望めない。

これらは運を掴む仕組みの中で重要なことであるが、日本は、人を恨めば穴二つと言われるよう彼らの思考をまともに受けてはいけない。ネットの発達によりかつてどうでもヨッカッタ(無視)が彼らの電波により、それにヒッカッカル日本人がその恨みをまともに意識として受けている。これは危険なことであり、このトビ自身が危うくしているといっても過言ではない。本来は無視するのが賢明ではある

さて上記のように一方では煽り、片方では
無視する方法は、明るい罵倒をすることであり、決してシリアスに成ってはいけない。個人、国家はそれらを踏まえその行動を模索する必要がある。

あはははは

私たちがしなきゃいけないこと

投稿者: hamtann8 投稿日時: 2002/07/27 15:57 投稿番号: [60888 / 99628]
>そうして、こうした勢力に呼応する日本の反日的な政党やマスコミがあったため、
ゆすりはますます頻繁に、かつ臆面もなく、嘘さえ交えて行なわれる

日本にある政党とマスコミを自分たちの手に取り戻すことだと思う
反日政党やマスコミの力をなくすこと

韓国人のいい様にさせてはダメ!!

ここは日本なんだから

>>>>>皆さん、どうしてます?

投稿者: tadashiihito777 投稿日時: 2002/07/27 15:57 投稿番号: [60887 / 99628]
お薦めの本ありますか?
今日夕方会う予定の人は、創価学会員で、もちろん公明党支持派の人ですが、個人的には本当にいい人です。余りにもやさしいので、はっきりと勧誘するつもりなの?なんて言ったこともありますが、その時は「そういうつもりはない、そんな事を思わせたなんて、こちらこそごめんなさい」と言っていました。何を言いたいかと言うと、国立のPVは公明党が主催したんでしたよね。W・C終わったら、会いましょう、なんて言っていたのに、韓国の事話せるかなって。そんな事言ってたら、誰とも会話できなくなりますよね。個人的な意見と言う事で、聞いて見てもいいかも。

デビやサチヨや真紀子からは取っていい

投稿者: honestzzz 投稿日時: 2002/07/27 15:56 投稿番号: [60886 / 99628]
でも、一般人で一生懸命働いて、
夫を亡くして、子供3人育てている人とか・・ともかく汗水流して働いて血税を払っている多くの日本人のことを考えろ、っちょうーの。
キミたちにゆすられる余裕は無いのだ。
人のいいお年よりに壺売りつけたりもするなよっ!
馬鹿ん国。

賎民思想が選民思想に

投稿者: gdumjgfmndn 投稿日時: 2002/07/27 15:54 投稿番号: [60885 / 99628]
差別を受けた民族のパターン

>昨日の書き込み

投稿者: c_moom2002 投稿日時: 2002/07/27 15:54 投稿番号: [60884 / 99628]
うん。
まだ日本語の打ち込み慣れてないのに。

かくて昭和史は蘇る

投稿者: matikanepoppea 投稿日時: 2002/07/27 15:52 投稿番号: [60883 / 99628]
を推薦したいっす。

昭和二十六年(1951)に吉田茂首相を首班とする日本全権が、
英米をはじめとする48カ国とサンフランシスコ講和条約を結んだほか、
その時に参加しなかったインドや中国とも翌年に個別に講和を結ぶなどして、
今日では平和条約を結んでいない旧交戦国はソ連(今のロシア)だけ
になった。すべてはソ連を除いて解決済みと言ってよい。
それなのに50年前の戦争が日本で熱い問題であるのはなぜか。
それは主としてコリアとチャイナのためである。それも昔の事を持ち出すと、
日本政府がおろおろして政治的に譲歩したり、カネをだしてくれることが
分かったからであると言ってよかろう。
つまり日本は彼らの目には、ゆすり甲斐のある金持ちにすぎない。
日本は東京裁判(極東軍事裁判)という脛に傷持つ身である。
その脛の傷にさわるようなゆすり方をすれば有効だということが知られたのである。
そうして、こうした勢力に呼応する日本の反日的な政党やマスコミがあったため、
ゆすりはますます頻繁に、かつ臆面もなく、嘘さえ交えて行なわれる
ようになっている。

「かくて昭和史は蘇る」・渡辺昇一の序文より抜粋。

平成7年の書で、ちと古いけど僕はこれ読んで
目からウロコが落ちました。
同様の投稿は既出ですけど。

”アンネの日記”みんなが涙して読んだ・・

投稿者: honestzzz 投稿日時: 2002/07/27 15:52 投稿番号: [60882 / 99628]
実はアンネ・フランクって色々問題があり、淫乱だったとか、って・・・。
歪曲だわよねぇ・・・。

昨日の書き込み

投稿者: hamtann8 投稿日時: 2002/07/27 15:51 投稿番号: [60881 / 99628]
そうらしいですね

過激な投稿でもあったのでしょうか

夏休みですから   在日厨房がいたずらしてそうですね
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