カナンの地におけるヘブライ人
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/27 16:44 投稿番号: [60909 / 99628]
II カナンの地におけるヘブライ人
ヘブライ人の系図と歴史に関する聖書の記述は、考古学や歴史学の研究が確認しうるかぎり、おおむね信頼できるものといえる。しかし、それらの系図や歴史は、最初から現在ある形で書かれたのではない。多くは、事件後何百年もたってから書かれたものである。それゆえ、聖書の記述をもちいるには慎重な解釈が必要とされる。
モーセがヘブライ人をあつめておしえたとされる信仰告白によれば、「わたしの先祖はさすらいのアラム人であった」(「申命記」26章5節)という。「さすらい」とは、つねに経済的な困難にさらされている不安定な遊牧生活を表現しており、ヘブライ人の先祖がアラム人の遊牧民だったという性格付けは、ある程度は正確である。アラム人の血統にくわえて、のちのイスラエル人には、アモリ人やヒッタイト人など、ほかの祖先の血もながれこんでいた。バビロニア建築にほどこされた浮彫にみられる古代ヘブライ人の典型的な外観は、ヒッタイト人の姿に似ている。ヘブライ語は、北西セム語族の一派である。
1 12部族
ヘブライ語聖書(旧約聖書)にかたられたヘブライ人の諸部族の歴史は、前6〜前5世紀にかけて歴史書を執筆ないし編集したユダヤ人書記たちの発展させた、民族意識にてらして考察しなければならない。これらの書記たちは、民族共通の祖先をたてることによって、ひとつづきのくわしい物語をかたろうと努力したのであり、その際に彼らが、伝説を歴史としてしるしたことは疑いない。それにもかかわらず、聖書の物語は歴史学的理論とよく符合している。
聖書は、ヘブライ人の12部族が族長ヤコブの12人の息子たち、ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニヤミンの子孫であるという。聖書学者たちは、ヤコブの物語を原因譚(たん)、すなわち物事の由来を説明するためにつくられた説話だと考えており、そこには諸部族の歴史が個人の体験に姿をかえてのべられていると推測している。
諸部族は相互に血縁関係をもつが、その一部、たとえば同じ母から生まれたとされるルベン、シメオン、レビ、ユダはより緊密な同盟関係をむすんでいた。女奴隷の子とされるアシェルやガドは、従属的な部族であったらしい。部族の歴史が個人の体験としてえがかれる別の例としては、ヤコブとラバンの契約の物語(「創世記」31章44〜54節)がある。そこには、古い時代にヘブライ人の部族とシリアの部族が協定をむすび、ギレアド地方北部の牧草地に境界を設定したことが反映している。
伝承と歴史理論は、いずれも(集合的な意味での)イスラエルのアラム系の祖先たちが、ユーフラテス川下流に位置するシュメール地方のウルからやってきたとしている。前2千年紀の初頭には、アラム系部族の一集団が、当時古バビロニアの植民地があったメソポタミア北西部のハラン(現トルコのエスキ・ハラン)付近に移住した。数世紀後、これらの部族のいくつかの部分がさらに西と南に移動し、ヨルダン川周辺の地域にばらばらに定着した。この定着民がヘブライ人になったのである。その中には、アンモン人やモアブ人、エドム人、そしてヤハウェを崇拝する(狭義の)ヘブライ人もふくまれていた。聖書では、部族移動のこの時代は、族長たちの時代として知られている。
ヘブライ人の系図と歴史に関する聖書の記述は、考古学や歴史学の研究が確認しうるかぎり、おおむね信頼できるものといえる。しかし、それらの系図や歴史は、最初から現在ある形で書かれたのではない。多くは、事件後何百年もたってから書かれたものである。それゆえ、聖書の記述をもちいるには慎重な解釈が必要とされる。
モーセがヘブライ人をあつめておしえたとされる信仰告白によれば、「わたしの先祖はさすらいのアラム人であった」(「申命記」26章5節)という。「さすらい」とは、つねに経済的な困難にさらされている不安定な遊牧生活を表現しており、ヘブライ人の先祖がアラム人の遊牧民だったという性格付けは、ある程度は正確である。アラム人の血統にくわえて、のちのイスラエル人には、アモリ人やヒッタイト人など、ほかの祖先の血もながれこんでいた。バビロニア建築にほどこされた浮彫にみられる古代ヘブライ人の典型的な外観は、ヒッタイト人の姿に似ている。ヘブライ語は、北西セム語族の一派である。
1 12部族
ヘブライ語聖書(旧約聖書)にかたられたヘブライ人の諸部族の歴史は、前6〜前5世紀にかけて歴史書を執筆ないし編集したユダヤ人書記たちの発展させた、民族意識にてらして考察しなければならない。これらの書記たちは、民族共通の祖先をたてることによって、ひとつづきのくわしい物語をかたろうと努力したのであり、その際に彼らが、伝説を歴史としてしるしたことは疑いない。それにもかかわらず、聖書の物語は歴史学的理論とよく符合している。
聖書は、ヘブライ人の12部族が族長ヤコブの12人の息子たち、ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニヤミンの子孫であるという。聖書学者たちは、ヤコブの物語を原因譚(たん)、すなわち物事の由来を説明するためにつくられた説話だと考えており、そこには諸部族の歴史が個人の体験に姿をかえてのべられていると推測している。
諸部族は相互に血縁関係をもつが、その一部、たとえば同じ母から生まれたとされるルベン、シメオン、レビ、ユダはより緊密な同盟関係をむすんでいた。女奴隷の子とされるアシェルやガドは、従属的な部族であったらしい。部族の歴史が個人の体験としてえがかれる別の例としては、ヤコブとラバンの契約の物語(「創世記」31章44〜54節)がある。そこには、古い時代にヘブライ人の部族とシリアの部族が協定をむすび、ギレアド地方北部の牧草地に境界を設定したことが反映している。
伝承と歴史理論は、いずれも(集合的な意味での)イスラエルのアラム系の祖先たちが、ユーフラテス川下流に位置するシュメール地方のウルからやってきたとしている。前2千年紀の初頭には、アラム系部族の一集団が、当時古バビロニアの植民地があったメソポタミア北西部のハラン(現トルコのエスキ・ハラン)付近に移住した。数世紀後、これらの部族のいくつかの部分がさらに西と南に移動し、ヨルダン川周辺の地域にばらばらに定着した。この定着民がヘブライ人になったのである。その中には、アンモン人やモアブ人、エドム人、そしてヤハウェを崇拝する(狭義の)ヘブライ人もふくまれていた。聖書では、部族移動のこの時代は、族長たちの時代として知られている。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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