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Re: ●・・ハマスを殺ってパレスチナを救う

投稿者: repko_pko_pkf 投稿日時: 2006/06/30 05:39 投稿番号: [2120 / 2453]
>まず、現段階まであくまで中東和平に反対してきたのはハマス一派。

ファタハ系の組織も自爆テロやロケット弾攻撃を行っていますので、ハマスだけを殲滅してすむような問題ではありません。

>テロさえなければ、不平等に対するクレームを無視することすら、アメリカをバックとしてでも、シヤロンにはできないだろう。

何故そう思われるのですか?
休戦中だろうが非難決議が採択されようが、意思とチャンスさえあれば要人暗殺やジェノサイド等を行うような国なのですよ?
そもそも要人暗殺など、場合によっては立派なテロ行為ですよ!

>ハマスなきあとにシャロンが、たとえば国際社会から見てあきらかにパレスチナに不当な環境を押し付けたなら、パレスチナ人を全滅させていない限り、また新しくテロ組織がでてくるだろうから、その意味でも守るがわで金も技術もあるイスラエルが、そんな愚を踏むとは考えられない。

なぜ「国際社会から見て」になるのですか?
不当かどうかを判断するのは当事者であるパレスティナの人々であり、国際社会の判断など関係ありません。
つまり、国際社会がたとえ「不当でない」と判断しても、当事者が不当だと思えば不当になり、当然ながら反発なども起こりますし、さらに武装闘争やテロを行う組織が生まれてもおかしくはありません。

しかもシャロン自身も、過去和平交渉の停滞に乗じて立ち入り禁止区域である神殿の丘へ進入し、第二次インティファーダから現在に至るまでの混乱を招き寄せ、それまでの双方の努力を無に帰させた張本人なのです。

>酷だがイスラエルが譲歩する、という選択肢はない。命がかかってるから。絶対に譲歩はないだろう。

たしかに安易な妥協などは出来ないでしょうね。しかし逆に命が掛かっているからこそ譲歩や妥協といった選択肢も有り得るのです。

実際、ガザからの撤退などは譲歩と見る事もできますし、むりやり追い出された入植者達からは、譲歩どころか「国民を蔑ろにした利敵行為で裏切りである」という見方をされても不思議ではありません。

●・・ハマスを殺ってパレスチナを救うしか

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/30 02:32 投稿番号: [2119 / 2453]
・・これしか・・ないだろ、どんなに考えてもやっぱり。

まず、現段階まであくまで中東和平に反対してきたのはハマス一派。しかも、パレスチナの事情が、一見宗教がらみ、征服者、被征服者関係にあるように見えながら、

実はイスラエル一般市民もパレスチナ一般市民も、ともにもううんざりしているのだけは間違いなし。

それからシオニズムでシャロンがパレスチナ住民の人権を完全に無視すること、それどころかテロさえなければ、不平等に対するクレームを無視することすら、

アメリカをバックとしてでも、シヤロンにはできないだろう。アメリカも今はイラク問題を抱え、できるだけ一般のイスラム社会とこれ以上関係を悪化させたくないから。

また、ハマスが強硬にでなくても、ハマスなきあとにシャロンが、たとえば国際社会から見てあきらかにパレスチナに不当な環境を押し付けたなら、パレスチナ人を全滅させていない限り、また新しくテロ組織がでてくるだろうから、その意味でも守るがわで金も技術もあるイスラエルが、そんな愚を踏むとは考えられない。

つまり、ハマスさえいなければ、決してパレスチナに不利ではなく、多くがパレスチナに益に働く。

●ちなみに、酷だがイスラエルが譲歩する、という選択肢はない。命がかかってるから。絶対に譲歩はないだろう。前の極論の①であった、大量虐殺の末路があるとすれば、やむにやまれず、国際世論に激しくさらされ、その後恒久的に虐殺者のレッテルを貼られようも、イスラエルがわの実行と勝利で終わるだろう。

これはアメリカのテロ戦にも言える。アメリカがテロにてこずって、各国の核の拡散などにも手が回らない状態に見えるのは、あくまで今までの戦後の平和的価値観において、国際世論の手前の譲歩に過ぎない。

実際に世界に緻密な情報法網をもっているのも、軍事力とその実行力をもっているのも、比類なく未だにアメリカだ。

命がかかればあらゆることに手を打っていくだろう。イラク戦やアフガン戦も実はそうだったのだから。

たとえば古代ローマ時代、ユダヤ人の起した反乱、モサドだったか・・こうした大規模で、おそらく神を盾に徹底抗戦を挑んだ反乱があっても、

古代ローマは帝国といえど国民の感情を常に意識せねばならない今の国際社会のような現実もあり、経済的にも軍事的にも決して安定していた時期など少ない大国だったが、

あきらかな衰退期以前では、すべての反乱は、大事件で消耗も激しかっただろうが、結局持っているがわがそのもてる力をどこまで行使するかで、大局は決まっていた。また国民も、ローマの益にあずかっているため、同情はしても反乱側が執拗だと、味方はしなかった。

これと同じ・・だな。とにかく、ザルカウィを倒したのと同じく、核となるテロ組織、首謀者は、戦いが長引くなら、死傷者を出しながらも、倒されるなら原理主義組織がわがしりすぼみになっていくだろう。

テロ戦はこの方向の結果に落ち着いていくだろう。中国、ロシアもことイスラムテロに関しては、駆け引きしたりけん制材料にしたりしながらも、やはりアメリカには最終的に異は唱えないだろうし、唱える力もないだろう。

経済、軍事だけでなく、自分達の内包する非民主的な立場から、理屈ですらアメリカを非難できる大国は存在しないだろう。

◆ミリタリー・バランス・北朝鮮

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/30 00:26 投稿番号: [2118 / 2453]
・・なんか引用先のページがすべて引っかかるらしく、手書きしかない。

北鮮は金正日が統一路線を軌道に乗せる。

国連食料農業機関(FAO)から、去年十月、蝕利用不足94万トンに達すると予想される。慢性的経済不振、エネルギー不足、食料不足。

これにかかわらず、軍事重視。戦力、即応体制維持、強化。

核兵器計画、化学剤保有、生物兵器生産基盤保有、弾道ミサイルの開発根配備、拡散、大規模な特殊部隊を保有。

わが国は兵士数で北鮮、韓国を下回るが、日米同盟によって、朝鮮半島関連のミリタリーバランスでは海軍の空母を含む圧倒的戦力によって、抑止力を維持している現状。

ただし、上記の北の態度のさらなる不安定化、韓国の潜在的な敵性、後述(たぶんはぶく。ほかも。手書きはしんどいから)の中国への抑止の関係から、さらなる実効性のある軍事力強化、自衛官の実戦に即した訓練は必須。

まとめ

大量破壊兵器、弾道ミサイル、特殊部隊など、非対称的な軍事能力輪維持、強化への対応。

弾道ミサイルに対する防衛力は現在は限定的。

特殊部隊はその任務の多様性、運用の柔軟性に注意が必要。


●以上このほか、不安定の弧に関する問題とともに、日米ともにとって、日米同盟は当座必須と考える。よって、これを前提として考える。

アジア太平洋地域の安全保障環境と地域的な安全保障のための取組み・で検索。貼れない多分。

◆ミリタリー・バランス

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/29 22:17 投稿番号: [2117 / 2453]
結果的に中東問題がはずれますが、日本人として中東問題に意見を言うには、まず念頭に置かなければらない、「わが国をとりまく軍事情勢」

アジア太平洋地域の安全保障環境と地域的な安全保障のための取組
平成16年6月29日第5回「安全保障と防衛力に関する懇談会」資料

まず注目すべき点

■多様さと複雑さ

○ 広範な地理的環境:大陸部、半島、島嶼、海洋等

○ 世界の人口の過半を占める巨大な人口

○ 民族・宗教の多様性

○ 政治体制の多様性:民主主義、軍事独裁、共産主義、王制等

○ 安全保障観・脅威認識の多様性

○ 経済格差の拡大

■伝統的な「脅威」

○ 北朝鮮による核兵器をはじめとする大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発・保有

○ 中国の国防費の伸びと軍の近代化の推進。中台問題の存在

○ ロシアは依然として核戦力を含む相当規模の戦力を保有。未解決の領土問題の存在

■米軍のプレゼンスの重要性

○ 米国を中心とする二国間の同盟・友好関係と、これに基づく米軍のプレゼンス
が地域の平和と安定に引き続き重要な役割

○ 米国は、ならずもの国家、テロリズム、大量破壊兵器といった冷戦後のより予測しがたい脅威に対処するために、グローバルな軍事態勢の見直しを実施中

■多国間の枠組みの形成

○ ASEAN地域フォーラム(ARF)、北朝鮮情勢をめぐる六者会合などの安全保
障に関する多国間の対話の枠組みが形成されつつある。

これを基礎に・・ちょっと中東問題(私的意見)に移る前にまとめる。つづく

イスラエル侵攻にたじたじのパレスチナ

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/06/29 19:03 投稿番号: [2116 / 2453]
というタイトルで記事をかきましたんで、このトピのスローガンも御借りしちゃったことでもあり、本日のブログ記事を紹介します。

昨日もちょっと紹介したが、今回のイスラエルのガザ侵攻に対するパレスチナ側の反応は情けなさを通り越して滑稽でさえある。

多々の隊に属する覆面の民兵たちがガザしないのあちこちで防御体制をとり、通りかかる自動車にヘッドライトを消すように指示した。

第二次世界大戦当時じゃあるまいし、裸電球に袋かけてカーテン引いて防空ごうにはいっていた時代の戦争じゃないちゅうの!   イスラエル兵は闇の中でも丸見えのナイトガーグルをつけている。車のヘッドライトを消したくらいでイスラエル軍から隠れられるはずがない。またパレスチナの民兵たちは町のあちこちに砂袋を積んでみたり、ガソリンに浸したタイヤに火をつくて道路にならべてみたりしている。これは紀元前の戦争か!   攻めるくるのは戦車だぞ、馬に引かれたチャリオットじゃないんだぞ、あほ!

続きはこちら
http://biglizards.net/strawberryblog/archives/2006/06/post_28.html

かっこいいイスラエルのマーカバ戦車の写真もつけました。是非おこしくださいませ。コメント歓迎!

Re: ●極論・中東和平のための聖地破壊●

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/29 07:25 投稿番号: [2115 / 2453]
で、案として一つ、どうしようもなくなったときの解決法。

●嘆きの壁もモスクも、エルサレムのイスラエル・イスラム双方の聖地としての痕跡を、まず一切破壊してしまうこと。

破壊した当事者は、特にイスラム勢力からの保護が必要。名前を知られない方がいい。

●極論といったが、「宗教的こだわりを」、まず取り除いて領土問題一本にしないとだめ。

●そのあとは、人口による現実的な領土分割だが、すでに今日もイスラエルが人質兵士奪回にパレスチナ侵攻、ハマス側はイスラエル全土を侵略された自分達の土地と主張を強硬にして戦意高揚の材料にしている。

●分割できるなら、河にたよるだけではない、双方の恒久的な水問題の解消。

だが、それにも増して、一部の宗教色の薄い、見識の違う人々以外、同じ土地に住むのはもう不可能だ。

●さらに極論だが、最も現実として解決に直結するのは、

イスラエル全てが人が住むのに魅力のない土地になること。イスラエルに誰も住まない事。

不可能か・・聖地という美名と裸の土地があれば、核汚染されてでもいなければ人は侵入して住み始めるか。

●ならば、互いに譲歩できる精神を持った、私利私欲を初めから放棄した生活ができうるタイプの、ユダヤ聖職者、キリスト教聖職者、イスラム教聖職者だけが住む、特別な聖所のような土地にする。イスラエル全土を。エルサレムだけでは狭すぎ、他の土地を争ってやはり分裂がおこるため、その防止のために、

修行僧のように聖事のために、例えば一生独身ね粗食に耐えるなどの制限とひきかえにできる、神へのとりなし役のような人々のみを、イスラエル、パレスチナ、キリスト教の代表として住まわせる。キリスト教徒を混ぜるのはさらに中立的立場の仲介役とするため。

●そして他のイスラエル、パレスチナ民には、イスラエル以外に生活の場を確保する。クオリティライフも双方の満足のいくレベルで。

●とにかくどちらもイスラエル以外に住む現実と、住める精神的土台があれば、イスラエル・パレスチナ戦およびイスラム・ユダヤ間の怨嗟は、

まずやっと過去の問題となり、再燃せずに、確実に終焉へは向かえる。

次からはおりがあったら、極論以外を考える。か・・

●極論・中東和平のための聖地破壊●

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/29 07:16 投稿番号: [2114 / 2453]
近いうちに戦争状態は終わると信ずるのが、いよいよ難しくなってきた。うち続くけわしい政治情勢のもとでは、簡単な解決法が見いだせなかった。もっとも、現状にいたるのを避ける方法がなかったわけではない。近代になって生まれた二つの国家主義運動が同じ土地にたいして権利を主張してきた【1】。限られた一片の土地所有権だけを争っているわけではない。どちらの側も国土全体にたいする権利を主張しつづけている。

この状況を最終的に打開する方法は三つしかないと、だれもが始めからわかっていた。1)二民族国家を樹立する。2)どちらか一方が (他方を追い出すか、殺すかして) 国土全体を獲得する。3)双方が納得する境界線を引く。このいずれかである。

●でもしょせん無理なのは、あの狭い土地でそれをやること。

そうすると、お互いに相手を壊滅させようとする考え方が出てくる。これは、二民族国家論よりずっと支持者が多い。自分が壊滅論者だと認めたくない人もいるだろうが、おそらくイスラエルに住むユダヤ人の三割とパレスチナに住むアラブ人の三割が(世論調査はないにしても)現実には賛成していると思う。だから壊滅論は無視できない選択肢だし、これを真剣に追及する人びともいる。もちろん、この考え方をとる人は自分たちの側が勝つと信じている。双方とも、なぜ自分たちが勝つかについて(神の加護はいうにおよばず)ジオポリティクスにかかわる分析を長々としてみせるに違いない。どちらの言い分が正しいか、答えは神のみぞ知る。そうなると世界は、再びホロコースト──アラブ人かユダヤ人の大虐殺──の記録を歴史にとどめて、別の問題に関心を移すことになるだろう(ただし、どちらかが核戦争を始めなかったらの話しである)。

あとに残されるのは、二民族国家が現実的でないと考え、アルマゲドンを待ち望むのもいやだと思っている人びと(イスラエル人・パレスチナ人・他の関係国)である。

パイ(土地)をほぼ半分ずつに分ける和平交渉と、80対20ほどに分ける交渉がある。

そうすると、この先どうなるのか?   今の状況では、恐ろしいことだと分かっていても、だれもが悲観的な想像をしてしまうのは無理もない。
──イスラエルがヨルダン川西岸とガザ地区を恒久的に再占領したあと、だれかが生物・化学兵器で攻撃をしかける。あるいは、オマールのモスクか嘆きの壁が爆破される【5】。どちらの側が自爆したかは後になってみないと分からない・・・。
これは多くの博士論文や報道記事の題材になる。文学にもなる。さぞかし見事な小説が生まれることだろう。
洞窟に隠れることを読者にお奨めしたいところだ。しかし今は素晴らしい新兵器があって、どんなに深い洞窟に隠れても、殺されたりたたき出されたりする【6】。ものごとがもっと簡単だった昔が懐かしい。
イマニュエル・ウォーラーステイン

まあ、歳はいいけどアリスは別に・・

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 23:17 投稿番号: [2113 / 2453]
>ある時、案山子は気を許した仲間との雑談トピで失恋の話をしていました。

「19の春。思う人に告白したんだけど玉砕しました。その時街に流れていた曲がアリスの「バイバイバイ   私のあなた   バイバイバイ   私のこころ」って言う曲」

これですね。アリスの「帰らざる日々」。

「19の春に街に流れていた曲」が「アリスの帰らざる日々」?

この曲、1976年のヒット曲なんですね。

つまり1976年に19歳だった人は今いくつ?


結論:正味期限を二十年も過ぎた女性に好き嫌いの感情はありません。

(だいたい19の春に据え膳して試食もしてもらえなかったってことは容姿・容貌にかなり問題が・・・)

<アリスってさ、あの・・前頭葉の薄い、声はいいけど容姿コンプレックスあるのがみえみえの歌手だよね。本名なんつったか。

あの人の曲は・・かなり幅のある期間、世代超えてロングランだったはず。飲食店なんかでチャンピオンかならずレパートリーに入れて流す店いまだに変わらずあるし、ほかにも例えば長淵強の乾杯みたいな、へたすると教科書にのりそうなほど長期、人の節目で聞かれることの多い曲だと思うが。

もし七十九年に19だとしたら・・四十六?文の感性からして違いそうだが。でもありうる年代か・・近所のおばちゃんじゃなく、アメリカにぶっ飛んでくようなタイプの人なら、感性が若いか。

まあ、だからといって歳が関係ある話でもないが。・・・ちなみにあんたの考える女性の賞味期限というのは二十六?・・選別できる立場なんだろうな。ちなみに女は自己管理その他で十は幅がでるぞ。

まっったく遊んでると大学入りたてダブっても二十歳の綺麗な子が、ひと夏でほっぺのヒアルロン酸落ちたの見たことある。その大学でみんなが目をつけていたのは同学年ではなく、30歳の病的に白い微生物の講師だった。歳でごまかせない格の違いが確かにあった。だって話深いし、女なんだよな、しぐさとかが間違いなく。そういうもんだろ。

Re: ■■シオン賢者の議定書」■の真偽

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 22:32 投稿番号: [2112 / 2453]
■さて、この議定書は果たして本物でしょうか?。皆さんはどう思われますか?。いずれにしてもこれが1897年に作られたものだとは驚きです。

  この議定書の作成者として考えられるのは、ユダヤを敵視する勢力か、やはり当のユダヤかのどちらかだろうと思います。

もし前者だとすると、その狙いはもちろんユダヤに濡れ衣を着せることでしょう。

  もし、後者だとするとその狙いはなんでしょうか。それは、”ワンダーライフ誌”の見解によると、自分たちの同胞であるユダヤ人を迫害させること。その目的は、それによって世界的な同情を集め、当時は不可能だと思われていた、流浪の民であるユダヤ人の国家イスラエルを建国するために必要な世界的な世論の形成にあったのではないかということです。

●   その為に、この議定書は”本物”を元にして、わざと反感を煽るように書き換えられた”偽物”であるとするのが、その雑誌の編集者の見解でした。

  その証拠?として、当時ユダヤ系の財閥の中にユダヤ人を援助した者がいなかったことや、第2次世界大戦の最中でも逆にナチスに資金援助していたユダヤ系財閥がいたことを挙げられています。

  この議定書が世に出た後、ここに書かれていた通りに世界恐慌などが起こったりして、ヒットラーはユダヤ人を迫害しました。その結果、現在でもユダヤ人に同情心を抱いている人は多いのではないでしょうか。

・・ちなみにこのページの人は、反韓、反中、反朝日だが、ユダヤ問題では中立そうだ。

Re: ■■シオン賢者の議定書」■

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 22:30 投稿番号: [2111 / 2453]
  ●   われわれはフリーメーソンの博愛の原則と、人類不変の義務によりかれらを助けているように見せかける。

  ●   われわれは全ての信仰を破壊し、非ユダヤ人の心から、神と聖霊の思想を奪い、かわりに数学的打算と、物質的な欲望を与えるのだ。

  ●   経済生活で優越を得るための激しい闘争と市場での絶えざる投機は、人情酷薄な社会を現出するだろう。そして高尚な政治や、宗教に嫌気がさし、金もうけに対する執念だけが、唯一の生き甲斐になる。彼らは金で得られる物質的快楽を求め、金を偶像視してしまうだろう。


  ●   腐敗が隅々にまで拡がった社会。巧妙なごまかしや、詐欺に近い方法でしか富みを得られぬ社会。国際主義が祖国愛と信仰を殺してしまった社会。

  ●   世論を支配するためには、各方面からいくつもの相反する意見を発表させ、非ユダヤ人の判断を迷わせ、結局、政治には何の意見も持たない方がましだと思い込ませるのである。

  ●   どんな情報も、我々の目を通さずには公表されないだろう。全世界のニュースは、若干の通信社に集められ、そこでリライトされ、はじめて各新聞社、諸官庁に流される。

  ●   個人の自由を発揮して行う試みは、他人の自由と衝突してしまう。そこで精神的に打撃を受け、幻滅し、失望するだろう。こうしてわれわれは非ユダヤ人をくたくたに疲れさせる。

  ●   個人の自由を発揮して行う試みは、他人の自由と衝突してしまう。そこで精神的に打撃を受け、幻滅し、失望するだろう。こうしてわれわれは非ユダヤ人をくたくたに疲れさせる。

  ●   国際的支配権というのは、何も世界の諸国家を打ち壊さなくても、その上に包括して超越的主権を樹立すれば事足りる。

  ●   彼らに事情をさとらせないために、われわれはマスレジャーを盛んにする。やがて我らの新聞で芸能・スポーツがもてはやされ、クイズも現れるだろう。これらの娯楽は、われらと政治闘争をしなければならない人民の関心を、すっかり方向転換してしまう。こうして人民は次第に独立して自ら思考する能力を失い、全てわれらの考えるとおりにしか考えられなくなる。

  ●   われわれは「進歩」という言葉を用い、お粗末な非ユダヤ人の頭脳を狂わせたのである。もともと真理は唯一あるだけで、この世に進歩の余地などあろうはずがないのだ。

  ●   非ユダヤ人の国家をくつがえすために、幾度となく彼らをそそのかして起こした無意味な革命に、彼らはもううんざりしているので、なんでも我慢する。そこで我々に奴隷のように扱われても、闘争や暴動の残虐さだけは真っ平と考えるわけだ。

  ●   われわれは労働賃金を引き上げる。だが同時に農作物の収穫が悪く、牧畜が振るわなかったという口実で生活必需品の全てを吊り上げるので、賃金引き上げも労働者にはなんの得にもならない。

  ●   気高さや理想を遂ぐるに手だてをためらうなかれ。犠牲を惜しまざる時にのみ、そは達せられん。

  ●   われらは現代におけるもっとも偉大な力=金を持っている。ものの二日もあれば、われわれは必要なだけの金を、耳を揃えてお見せする。我らの世界征服が神の御旨によることを、これ以上に証明する必要があるだろうか。

■■シオン賢者の議定書」■

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 22:27 投稿番号: [2110 / 2453]
内容

●   この世界には性善なる人間より、低俗な本能に生きる者の方が遙かに沢山いることを、忘れてはならない。
●   自由という概念はもともと現実性のないものだ。なぜなら誰もこの自由をほどよく使うことを知らないからである。

  ●   民衆の中からの成り上がり者に支配をまかせた人民は、権力と名誉の争奪によって生じた党派争いと、それから発展する擾乱のために自滅する。
  ●   われわれはマスコミを使い理論に対する彼らの盲目的信仰を高める。非ユダヤのインテリはその学識を誇りとし、理論的証明をしただけで、われわれのエージェントが集めておいたことに気づかず、全ての学説を、われわれの必要とする方向に実行するだろう。

  ●   われわれの仕組んだダーウイニズム、マルキシズム、ニーチェイズムが(中略)非ユダヤ人に与えた有害な影響は、諸君が明白に認めるとおりである。

  ●   われわれが意識的に方向付けをした現在の科学では、人民は盲目的に活字の書物とその中の虚妄のまぼろしを信じるので、彼らの上の階級のすべてを憎むようになる。
  ●   新聞の使命は民衆の要求をはっきりさせ、人民の不平を表現し不満を煽り立てることである。
 
★★●   われわれは陰謀と金の力で世界的な恐慌を引き起こし、全ヨーロッパにおびただしい労働者の群れを放り出すだろう。●★★

★☆・・これがネックで、   世界大恐慌は実際にこの議定書が世間に出た後で起きたそうです。それで、この議定書は本物ではないかと言われたのだそうです。そして、人々がユダヤ人を敵視するようになっていったそうです。つづく

■■■反ユダヤ主義■■

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 21:36 投稿番号: [2109 / 2453]
反ユダヤ主義(はんゆだやしゅぎ)はユダヤ人およびユダヤ教に対する差別思想をさす。かつてヨーロッパに流布していた反ユダヤ主義に基づく偏見は、20世紀においてナチズムによるホロコーストという最も極端な形で表れた。

※英語版の対応記事では第二次世界大戦までの反ユダヤ主義を記述し、それ以降は現代の反ユダヤ主義に記述。

■反ユダヤ主義の背景

キリスト教とのかねあい、寄留国での富裕化と少数民族ゆえの寄留国政治の自民族優先誘導問題なども根にあるといわれる。

反ユダヤ主義者の主張には、「ユダヤ教は強烈な選民思想であり、排他的な思想であり、イエス・キリスト殺害の張本人であり、金融業で財を成した」などがある。

選民思想とは、「選ばれた民」というだけでなく逆に唯一神を「選んだ民」でもあるが、後者の点だけであれば、キリスト教も同じであるのでキリスト教徒から難じられることも無い。

ユダヤ教とユダヤ人は民族主義であると同時に、確かに普遍主義を重視する場合もある、必ずしも常に排他的とも言えない、とする意見もある。つまり、旧約聖書には、ユダヤ民族の他民族に対する最終的勝利を語る部分が少なくない、それらは古代イスラエルの比較的後代のものであるのだとし、「イスラエルの民によって、地上のすべての民が祝福に入る」と考えられる箇所もまた多い、とするのである。

しかし、その祝福がイスラエルの民による支配のもとにあってのものではないのかという疑念は残る。キリスト教と比べユダヤ教には、民族性を超えた普遍宗教としての性格は劣る。

■また、ユダヤ人が常に迫害されてきた、というのはおかしい、として論拠もあがっている。

西洋の場合はまた、科学の起源がキリスト教の「神が作られた世界の探究」に発する関係上、科学者がユダヤ系の科学史やの思考を潜在的にキリスト教的価値観で批判してしまっている部分もありそうだと。

■日本人における反ユダヤ主義

日本では、第二次世界大戦前から『シオン賢者の議定書』が翻訳され、「世界を掌握するユダヤ人の陰謀」が語られてきた。少年向け軍事小説にもユダヤ人が黒幕・悪役として登場するなど、欧米ほど極端でないものの庶民の間でも一定の反ユダヤイメージが流布していた。戦後には、オカルト雑誌ムーやユダヤ陰謀論などを取り上げた書籍において「ユダヤ人が世界を操っている」などの陰謀を説く言説が流布していた。

ヒムカさんにお答えします

投稿者: military_messaiah 投稿日時: 2006/06/28 08:02 投稿番号: [2108 / 2453]
>つまりメシアさんはかかしさんが嫌いなんですよね(いや   好きなんですか?)

ある時、案山子は気を許した仲間との雑談トピで失恋の話をしていました。

「19の春。思う人に告白したんだけど玉砕しました。その時街に流れていた曲がアリスの「バイバイバイ   私のあなた   バイバイバイ   私のこころ」って言う曲」

これですね。アリスの「帰らざる日々」。

「帰らざる日々」
http://players.music-eclub.com/?action=user_song_detail&song_id=92059

(これをDLインストールして置くと「再生ボタン」で曲が聴けます)
http://download.music-eclub.com/midradio/download.php


さて、これだけの情報で何がわかるか?

「19の春に街に流れていた曲」が「アリスの帰らざる日々」?

この曲、1976年のヒット曲なんですね。

つまり1976年に19歳だった人は今いくつ?


結論:正味期限を二十年も過ぎた女性に好き嫌いの感情はありません。

(だいたい19の春に据え膳して試食もしてもらえなかったってことは容姿・容貌にかなり問題が・・・)

.

今度はタルムードの全編を

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/06/28 06:19 投稿番号: [2107 / 2453]
掲載してもらうというのはいいんじゃあないですかあ、、あれなら毎日何時間かづつ書いてもらって、一生かかっても終わらないですから、このトピも安泰ですよ。

変態おやじが他で悪さする時間もとられるし、、一石二鳥です。

はじめまして 「軍装の救世主」と申します

投稿者: military_messaiah 投稿日時: 2006/06/28 06:08 投稿番号: [2106 / 2453]
以後、よろしく。

ところで君いくつ?

21歳?

お友達、お友達!!

(=^0^=)

.

◆Re: 今度は ★マーク・・

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 06:08 投稿番号: [2105 / 2453]
>以後、意味無し芳一さんと呼ばせてもらうわ。

ウププッ。

<・・呼んでくれ。ところであんた、イスラマファシストとぴがなくなると極端に意見がなくなってるな。

・・それと、男の人なんだって?自分で認めてたようだが。すげえな。

★ためしに・・まとめてみ、このトピ♪

今度は ★マーク・・

投稿者: mayfeir_lady_in_london 投稿日時: 2006/06/28 05:59 投稿番号: [2104 / 2453]
以後、意味無し芳一さんと呼ばせてもらうわ。

ウププッ。

.

★まとまらない

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 05:49 投稿番号: [2103 / 2453]
フード被ったアバターがどっかで、イスラエルガンバレ、だけどなぜ戦争がやまないのモーセの十誡でも人は殺してはいけないし、平和うんたらとおっしゃっていたが・・ユダヤ教の人か。

まあ、ユダヤ教はそもそも旧約からして排他的!選民思想で諸悪の根源!

というならイスラム教もそうだしな。名に言ったってそれは引き合いにだせない。ルターもだ。カトリックもだ。

ほかの話は最初の頃なんか知ってる人がイスラエルがわでまとめて反論してるが、それでも反論あるんだからまとめようなし。

無駄に時間食った。まあ、読んだだけ勉強になったか。

Re: だからその■マークは

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 05:28 投稿番号: [2102 / 2453]
うぷぷっ    はやいですね

だからその■マークは

投稿者: mayfeir_lady_in_london 投稿日時: 2006/06/28 05:24 投稿番号: [2101 / 2453]
どういう意味があるの?

ウププッ。

.

■ルターは神を恐怖する中世人にすぎず■

投稿者: rairiu 投稿日時: 2006/06/28 05:21 投稿番号: [2100 / 2453]
返信先は媚貴族にして農民を捨てた神を恐怖の対象としかみなかった、実は信仰失格者のルターは中世の古代人で話は距離を置いて聞きましょう。

アドベンさん、お久しぶり

投稿者: kokunan_jerusalem678 投稿日時: 2006/06/28 02:20 投稿番号: [2099 / 2453]
ルターの基地外書物は反ユダヤ主義を知るのに便利ですよ。彼、ドイツの元祖反ユダヤ主義者といわれていますし、中世の反ユダヤ主義が「見事」に濃縮されていたりして…♪   ユダヤ史やナチ関係の本では彼の誇大妄想反ユダヤ主義はドイツ元祖ということもあり、常にスター扱いです。

>1週間に一回くらいずつ貼ってくれれば、いいアゲ材料だったのに

まあ、確かに彼か彼女かにそんな芸当があれば安心なのですが。まるっきり駄目ですね。

ワールドカップ

投稿者: himuka21 投稿日時: 2006/06/28 01:36 投稿番号: [2098 / 2453]
テレビがいまだにないので、回りではもりあがっているのに、今回は応援もしないうちに、日本も最下位で終ったみたいで

宮崎にキャンプにみえたドイツとスウエーデン決勝にのこってうれしかったけど、この両方の試合でどちらにも応援できなくて

それでドイツが残ったのでドイツを応援しましょう

カーンのドイツチームがんばれ〜

パタパタパタ    ぱたぱたぱた(☆ドイツの旗をふっている音)

Re: アドベンくんもお久しぶり

投稿者: himuka21 投稿日時: 2006/06/28 01:15 投稿番号: [2097 / 2453]
やっぱり   あの   「あ〜ら   飯屋さん   おしさしぶり   」のめしやさんだったんですね

めしやには飯屋以外に   救世主   という意味があることぐらいは   私も知っています。

で今度は女性名で・・・    私にはメシヤさんはお友達に思えます   一度もおはなししたこともありませんでしたが

だってイスラマファントの戦い   ってなぜか私は脅迫されているような気がしないでもなかったような・・・こくなんさんが親しそうなのにもかかわらず   ・・・   です

つまりメシアさんはかかしさんが嫌いなんですよね(いや   好きなんですか?)
  きっと   どちらかでしょう

ごくろうさん

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/06/28 00:51 投稿番号: [2096 / 2453]
あぼーんですっきり。

1週間に一回くらいずつ貼ってくれれば、いいアゲ材料だったのに。

じゃあね。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅩⅡマルチンルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 23:27 投稿番号: [2095 / 2453]
彼らの救世主は「にせもの」である

最後に私は自分自身に以下のごとく言い聞かせる。もし神が私に対しユダヤ人達が望み希望する救世主とは異なった救世主を与える事を望まないのであれば、私は人間でいるよりも雌豚になった方がずっと良いのだ!この事に関して私はあなたがたに幾つかの正当な理由を示す事にしよう。ユダヤ人達は彼等の救世主にコハブや世俗的な王になって欲しいと強く望んでいるだけなのである。その王とはキリスト教徒を虐殺し世界をユダヤ人のあいだで分割し、そうして彼等を金持ちの王侯とし、最後には他の王や彼の子供達と同様に死んでいくような世俗的な王にである。

もし、ユダヤ教の救世主が私という哀れな人間を私の精神的な損失にもかかわらず、救ってくれないのだとすれば、そして私の人生を雌豚のそれの十分の一も良くできないのだとすれば彼は私にとって良いものと言えるであろうか。私はいうであろう。わが主なる神よ、あなたの救世主を我が物とする者に与えたまえ、と。だが私は雌豚に変えて下さい。何故なら全く死んだ人間であるより生きた豚の方がましであるから。そう、キリストがおっしやったように「生まれなかったとしたら、それはその人の為にはましだったろうに」。

しかしながら、もし私が霊的に私を救済し給う救世主を得られるなら私は死を恐れる必要はないし常にそして永遠に人生に確信を持ち、悪魔や地獄をあざけり、神の怒りの前に身震いする必要もないであろう。その時には私の心は喜びで飛び跳ね、幸せに酔いしれる事であろう。そして私は神への愛の燈をともし、神に感謝し、神を賛美するのをやめないであろう。もしその時、神が私に金や銀や他の富を与えなかったとしても、全世界は私にとってバラダイスてあるだろう。たとえ私が牢獄に住まねぱならないとしてもである。その様な救世主を我らキリスト教徒は持っているのである。それゆえ我々は圧倒的な心の喜ぴを以って父なる神に感謝しているのである。そのようなメシアをユダヤ人達は望まない。彼等にとって、そのようなメシアはどんな善い事も与えはしない。彼等は自分達の悪臭発する腹を満足させてくれ、また、牛や犬のように彼等と共に死ぬような地上の楽園のメシアを所有しなければならないのだ。



彼等の神への冒涜と高利貸しを警戒せよ

私の考えでは以下のような結論にならざるをえない。もし我々がユダヤ人達の涜神から潔白で、彼等の共犯者になってはならぬとすれば、我々は彼等と分離して住まねばならないし、彼等は我々の国を離れねばならない。かくして彼等は、もはや我々が彼等を捕らえていると嘆く事もできないし、神に嘘をつく事もできない。我々も彼等が涜神と高利貸しによって我らを悩ますと嘆く事もなくなるであろう。これが両者に封して安全を保証する最も手っ取り早い最善の方策である。

(この後にはキリスト教の教義に反するユダヤ人達のキリスト教に封する非難に聖書からの長い引用による反論が績いている。−−英訳注)

http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/yumoku.html

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅩⅠマルチンルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 23:08 投稿番号: [2094 / 2453]
彼等は新約聖書を冒涜する(続き)

第四に、我々の前では彼等が神の御名について話題にする事は禁止されるべきである。我々は確固とした良心を持っており、そんな目にあう事には耐えられないからである。彼等の冒涜的な心と口が神の御子をネーペル・ボリックと呼ぷ時、彼等は又、彼等の御父をも同じ名で呼んでいるのである。(我々キリスト教徒が他に解釈しようが無い、まさにその名前で。)我々は、神の御子が彼等にそう呼ぱれ、そうであると信じられている以上、その御父でさえそう呼ばれ、さう信じられているのだと考えるほかないのである。それゆえユダヤ人の口は、我々の耳の近くで神の御名をいう資格を持たないと考えるべきである。そして、ユタヤ人がそれを唱へているのを聞いた者は誰でも為政者の方々に報告するべきである。

この件においては誰も慈悲深かったり、親切であったりしてはならない。何故なら、それは神の栄誉と我々全て(ユダヤ人も含む)の救済にかかわる事だからである。
もし、ある人達がいて、ユダヤ人達はそんなに邪悪な事を意図しているわけではないと言い出し、ユダヤ人達は父なる神を冒涜し、呪っているという事も知らないのだ。(というのは、ユダヤ人達は主イエスや我々キリスト教徒の悪口を言っているにもかかわらず、神を最も高く、そして美しく誉めそやしているのだから)というとすれば、その時には以下のように答えるべきであろう。もしユダヤ人達がその事を知りたがらず、またその事が良い事だとは思わないのであれば我々キリスト教徒がその事を知っておかなくてはならない。

神は彼等がこうした事を知らざるをえぬようにほぼ一五○○年にわたって伝道されるように取り計らって来たのであるからユダヤ人達は彼等が知らなかったのだと言い訳はできぬ筈である。神は又彼等にもそれを知るように要求されたのである。

何故なら一五○○年にもわたって神の御言葉を聞きながら私はそれを知りたくないなどといっている者は誰でも当然の報いとして、その人間には卑しい言い訳、すなわち七倍の負債がもたらされるであろうから。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅩマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 23:05 投稿番号: [2093 / 2453]
彼等は新約聖書を冒涜する

あなた方は、「そうです。ユダヤ人達は新約聖書を受け入れないのだから、前章でキリストが言われたような事を信じないし、知らないのです」とでも言うのだろうか。私はこれに答えよう。「願はくば、ユダヤ人達がそれらのうちの一つでも知るか、信じてくれる事を」と。我々キリスト教徒は彼等がイエスを冒涜し、呪っている時、彼等は公然とその父なる神を冒涜しているのだという事を知っている。もし神が我々に今、または審判の日に次のように言われたとしたら、私達は何と答えたら良いのか教えて欲しい。「お前達はキリスト教徒でありながら、ユダヤ人達が公然と私と私の息子とを冒涜している事を知っており、またお前達は彼等がそうする事ができる余地を与えた。そしてまた彼等がお前達の国や町や家の中において、妨害も盧罰も受けることなくそうした事ができるように彼等を守り、庇護した!」と。

(原英訳書、訳者注−−この後には、イエスの救世主としての御業に関する聖書の文章を引用した長い論述が続くが、それらは学術的、理論的性格の論述であるため、ここでは割愛する。)

徒って我々はかかる事態を冗談事としてすますわけにはいかないのだ。我々はこれに対抗する知恵を真剣に見つけだしてユダヤ人達から我々の魂を救出せねばならない。すなわち永遠の死より救出せねばならない。既に述べたようにこの知恵こそが、まず第一のものである。すなわち我々は彼等が会堂(シナゴーグ)を持つ権利を拒否する。ユダヤ人達がその内部において我らの創造主、そして父なる御方をその御子息といっしょに長きに渡り冒涜し続けるような建物を我々が許しはしないという事を世間に知らしめるために…。そんな事を我々が知らずに黙認する事など断じてできないのだ。

第二に、彼等のすべての書物、祈祷書、タルムードは没収されるべきである。更にその一ぺージたりとも残されるぺきではない。それらは改宗するかもしれないのためにとっておかれてはならない。何故なら彼等はそれらすべてを神の御子すなはち神御自身、御父、天地創造主を冒涜する目的でのみ用いて、他のいかなる目的で用いる事もないのだから。

第三に、我々の領地においては彼等が神をたたえ、感謝する事、祈り説教する事は公然と禁止されるべきである。そんな事は自分達自身の国においてか、我々キリスト教徒にそれが聞こえず、わからない所でさせようではないか。これに関する理由一彼等の神に対する讃美、感謝、祈祷、そして説教は彼等の心と口が父なる神をネーベル・ボリックと呼ぷ事に他ならないからである。そして神の御子、我らの主イエス・キリストをも彼等が同様に呼ぶからである。彼等が神の御子を呼ぴ、たたえるのと同様に父なる神の名か呼ぱれ、たたえられるからである。彼等が沢山の美しい言葉を使い、神の御名を華々しく用いたとしても彼等が救われる事はないであらう。次のように記されているからである。「汝は主、すなはち神の御名をいたづらに唱へるべきでばない」。丁度彼等の祖先がイスラエル王国時代に神の御名を用い、そしていまだにその御方をバールと呼ぷのが何の救いにもならないように。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅨマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 23:01 投稿番号: [2092 / 2453]
説教士の方達への忠告(続き)

しかしながらユダヤ人達は我々哀れなキリスト教徒を捕虜とし、苦しめ、拷問にかけ、既に記したごとく、あらゆる災いを与えるのてある。すなはち彼等がわれらから奪った金銭を貯えている所ではどこでも、我らは苦しめられ、そしてまた、まことにお人好なキリスト教徒と見なされるという次第なのである。一方我々哀れな説教士達は何を為すべきなのであろうか。第一に我々は主イエスが、主のお言を受け入れず、主を十字架にかけたユダヤ人達に関して「お前達は毒蛇てあり悪魔の子である」。と述べられた時の主のお言葉が真実である事を我々は信じたいと思う。洗礼者ョハネもまた同様の事を言っているのだ!ユダヤ人達が良い状態になる事を望む支配者や慈悲深い聖者の方々は我々が主イエスキリストのお言を信じているのを許しておくような人達てはない。もちろんキリストはそんな慈非深い聖人達よりも良くすべての核心を御存知なのである。

つまり、これらのユダヤ人達が毒蛇の子孫であり、悪魔の子供達以外の何者でもないという事。そしてまた、彼等の父である悪魔と同じくらいに良き事を私達にもたらしてくれるであろうという事を。われらキリスト教徒は、あの者どもが我々に封してどんなに良い事をなしてくれたものかという事を聖書の記述の他にも自らこうむった経験に基づいてずっと以前から、良く理解しておくぺきであったのだ。このような毒蛇や若い悪魔ども、すなわち我々及び主キリストの最悪の敵どもを宿泊させ、世話をし名誉を与えたがり、自らがののしられ、略奪され、盗まれ、つばをかけられ、呪はれ、すべての災いに見舞われてもよいと考えているもの達にはユダヤ人達が推薦されるぺきであろう。

もしこれで十分でなければ、彼を又ジョッキの中に押し込めるかその様な神殿を這いずりまわらせ、礼拝させよう。そしてその後で我々の主と、主がわれらにもたらして下さった尊い血とを汚すために悪魔と悪魔の子供達を彼が慈悲深くも力付けてやった事を彼に自慢させてやろうではないか。かくして、彼は慈悲の行為にあふれた完壁なキリスト者となるであろう!かかる行為に封してはキリストは審判の日には彼にユダヤ人と共に永遠の地獄の炎というお答えを出されることてあろう。

粗野な言い方を許してもらえば、それはユダヤ人達の野蛮な呪いといい事に封して言われている。この点に関しては他の方達が多くを記しており、ユダヤ人達も彼等がそれによって故意に呪い、冒涜したいと願っているのであるから、それが呪いと呼ばれるべきものであるという事は良く承知しているのである。この点につき、我々もまた明晰に、そしてキリスト教徒として霊的な表現て話す事としよう。我らの主、イエス・キリストは次の加く言われた。「私を受け入れるものは誰ても、私をお遣わしになった方を受けいれるのである。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅧマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:57 投稿番号: [2091 / 2453]
説教士の方達への忠告

とりわけあなたがた説教士の方達は、あなたがたの王侯や摂政の方々が神から課されたものとしての祈祷の義務を思い起こし、ユダヤ人達に労働を強制し、彼等が高利貸しを営むのを禁じ、彼等の神への冒涜と呪いを妨げるよう繰り返し主張しなければならない。それらの方々が、我々キリスト教徒の盗人やかっぱらい、殺人者、中傷する者ども、その他の悪魔的行行為を為すものを処罰しているのであるとすれば、何故にユダヤ人どもの中の悪魔の子達が我々に同じ様な悪行を働くのを放置しておくぺきなのだろうか?

我々はスペイン人達からよりもユダヤ人達からこそ多くの災いを被っているのではないか。これらの者どもは彼等の主人達から台所、酒倉、たんす、金ぷくろをかっぱらい、それに加えて主人の方々を呪い、死をもってこれらの方々を脅迫するのである。そして我々はかかる響応をユダヤ人達からも同様に受けているのである。かくして彼等は我々から盗み、強奪し、我々の首に寄り掛かり、怠惰で怠け者の腹をだし、食べたり飲んだりの大食漠ぶりを発揮し、我々の祖国の中で安逸な日々を送り、その代償として我々の主キリストや教会、王侯、そして我ら全てを呪い、休むことなく我々を脅し、我らの死と災難を願うのである。われらキリスト教徒がかかる怠け者ども、神を冒涜する者どもをいかに金持ちにさせ、その代償としては彼等が我々に封して望むあらん限りの呪い、中傷、不幸のほかに何も得ることがない有りさまを良く考えて見て欲しい。この点ては我々はめくらの犬同様である。

丁度ユダヤ人達が彼等の不信仰の中にいるように、私達はかかる無慈悲な悪漢からの圧政を被っている事がわからず、感じもせずに彼等を我々の王に、貪欲な専制者にしているのである。我々はしかしながら彼等の捕虜であり臣下てある。そしてそれでも彼等は我々に捕虜として捕らえられていると嘆き、当然の如く我々を馬鹿にするのである!しかし、もし統治者の方々が、ユダヤ人達を自国から追い立て、言われているように彼等をエルサレムの彼等自身の国へと移動させ、そこで今我々の中で行っているように嘘や呪い、冒涜、つばかけ、殺人、盗み、高利貸し、などあらゆるたちの悪い忌むべき行為を行うよう彼等に強制せず、彼等のわがままを抑へないならば...。

もちろん彼等はこうした事が彼等にはなんの助けにもならぬというふりをする事ができた。何故なら何人もそのような忌むべき事を行う自由を容認する権利をもってはいないのであるから。すべての自由はそうした事によって失われるのである。あなたがた説教士や牧師達が熱心に、そして殊勝にもこうした警告を発し続けても、どの君主や臣下の方々もこれについて何も実行しないならば、その時は(キリストが言われたように)我々の靴から塵を払って次のように言おうではないか一私達はあなたがたの血に対して潔白である。

何故なら私はあなたがたの統治が厳格であるべきにもかかわらず、いかに温情に満ち、慈悲深いあべこべの世になっているかを知っており…経験して来たからである。その代わり、本来温情に満ち、慈悲深くあるべき時にはやたらと厳格なのである。この世の王は十一代目のアバプ王(訳者注一列王記一六:二九>の加くにこの世を統治する。同様に彼等は、われらキリスト教徒と人間に封する血に飢えた敵であるユダヤ人達に寛容であり、それによって天国を手に入れたいと願うっているかもしれない。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅦマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:53 投稿番号: [2090 / 2453]
キリスト教徒の死を熱望する

一人のユダヤ人に会ったりその男の事を考える時にはいつでも、あなたがたは自分で自分に次のように言い聞かせるべきである。見よ、自分が向こうに見る「口」は、毎週土曜日には、そのかけがえのない血によって私を救って下さったわが主イエス・キリストを呪い、忌み嫌い、そしてつばをかけ続けている。そしてまた神の御前で私や私の妻子達とすべてのキリスト教徒が最も悲惨な形で刺し貫かれ、殺されるのを祈願し、呪っているのだ。彼等はもしそうできるものであれば我々の財産を所有しにやって来たいのだ。彼等は(自分達の習慣にしたがって)まさにこの今日といふ日において、イエスの名に封し地面につば吐き、多分、そのつばは彼の口やあご髭にかかっているのだが、まだ彼の顔のその辺りには、まだ十分につばが付く余裕があるのだ。かかる悪魔的な連中(口)と食べたり、飲んだり話したりするべきなのであろうか?私はあのユダヤ人の中に住んでいるすべての悪魔達の仲間となり、キリストの貴重な血液につばを吐きつつ、確実に多くの悪魔達の盧になってしまうのであそうか。神が私にそうさせないで下さる事を!と。

もし彼等が我々のようには神を信じないなら、我々はそうするように手助けする事はできないし、信仰を受け人れるように強いる事もできない。しかしながら我々は彼等が故意に嘘や冒涜、呪い、そして恥をかかせんとする点において彼等を力付けてしまう事だけは避けなければならない。そして彼等に庇護−−肉や飲物、宿泊場所、そして近隣者としての親切−−を与える事によって彼等の悪魔的な夢と大言壮語の共犯者になってはいけない。特に我々が彼等に対し友好的であったり、彼等に奉仕している所ではどこでも、彼等は神が彼等を主人にさせ、我々を召し使にさせたのだと得意になって、そして横柄に自慢するのであるから。

安息日にはキリスト教徒が彼等の火をつけ、彼等が望むものは何でも料理してやるのだが、この事に関して彼等はまるでなにか良い行いをしているかのように我々を呪い、つばを吐き、中傷するのである。しかし彼等は我々から盗んだ我々の財産をすっかり食べ蓋くしているのだ。ここ一四○○年の間、我々の疫病神にして害毒、そしてすべての災難そのものであり続け、現在もそうであるユダヤ人達は、かかる絶望的、悪魔的であり、害悪を流す者どもなのである。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅥマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:37 投稿番号: [2089 / 2453]
統治者の方々ヘの進言

ユダヤ人達を配下にお持ちの王侯、領主諸侯:要するに、もし私の進言をお聞きにならぬとあれば、皆さんはより良い「解決方法」を見つけるべきであろう。つまり、それによって我々全員がユダヤ人という耐え難い悪魔的くびきから解放され、また我らの主イエスキリスト、その御母、すべてのキリスト教徒そしてすぺての統治者の方々と我ら自身に封して、荒れ狂うユダヤ人達が神の御前でなしているあらゆる嘘と悪口、つば吐き掛ける行為、呪いに封し共犯者にならないで済む「解決方法」を。すなわちあなたがたはユダヤ人達に封して保護や安全通行手形や組合員の地位を与えてはならない。ましてやあなたがた及び臣下の方々の所持金や財産を彼等の高利貸しの元手とするのを許してはならない。

我々はいまだに多くの自分自身の罪を背負っている。そして我々が神の恩籠と御働きに感謝する事を忘れたり、軽んじたりする事で日々その罪をさらに付け加えている。この上ユダヤ人などという卑しい外國人の悪徳をそれに付け加え、さらには我々の所持金や財産を彼等に与える必要など全くないのだ。

我々が日々トルコと戦闘状態にあり、それゆえ我々は自分達自身の罪から免れて魂の成長と向上を計る必要が多いにあるのだという事を思い起こそうではないか。この事に関して私は一連の事態を暴露し、それに警戒をうながした者として自らの良心が潔白であり、何等やましい所は無い事を望むものである。牧師であり伝道士である私の親愛なる方々、そして友人の皆さん、私は皆さんが、教区民達に封して永遠の破滅に陥る事のないよう警告を発するという自らの役目を誠実に思い起こされるよう願うものである。あなたがたはその為にどうしたらよいのかよく承知されている筈である。すなわち教区民はユダヤ人に対して警戒の構えをとり、彼等を避けなければならない。しかし決して彼等を呪ったり個人に封して傷害を与えたりすべきではない!何故なら彼等が不幸な事に一四○○年の間そうし続けてきたようにナザレ人イエス、マリアの御子息を呪う事とは、実は自分達自身を呪い侮辱し続けてきた事になるのであるから。こうした点であなたがたは統治なさる方々に封し、私が申したごとくにユダヤ人達を取り扱うよう促す事が可能であろう。この点に関し統治なさる方々が何等かの処置をなそうと為すまいと、すべての人々が自分自身の中にユダヤ人達に対するそのような決意と見通しを持つことによって自分自身と自分の良心を大切にするべきなのだ!

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅤマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:33 投稿番号: [2088 / 2453]
我らの富で慈善をなす。

ユダヤ人達は多額の金を政府に与え、それによって政府の役に立っているといわれているとのことである。然り。しかしそれを彼等はどこから与えているのか。それらは彼等自身のものでなく、ユダヤ人達が高利貸しによって統治者の方達と臣下の方達の財産を奪いそれを与えているだけである!かくして統治者の方々はユダヤ人に取られたものを臣下の方達から取るのである。つまり、臣下の方達はユダヤ人達の為にお金を出さねばならず、お金を巻き上げられるという災難を被らねばならないのである。かうしてユダヤ人達は我が国のなかで自由に嘘をつき、悪態をつき、呪い、盗みつつ居座っている事ができるというわけなのである。彼等があらゆる種類の悪徳をなすべく、この国に滞在して居る事をみすみす許しておくべきではないのではなかろうか?

そしてまた我々が馬鹿にされ、仮等にお金を与えるためにあちこち鼻面を引きずり回される様子をやけっばちのユダヤ人違が高笑いしている事を。それらすべてに加えて彼等は我々の汗と血によって金持ちとなり、一方我々は貧しくなって行き、彼等によって干らびるまて吸い取られつつあるのではないのか?もしそうした事が正しいなら、召し使、客、あるいは捕虜は年毎忙彼の主人に一○フロを与え、その代わりに千フロを盗んでいる事になる。召し使と客はすぐに金持ちとなり、雇い主と主人は短期間に乞食となるであろう。ユダヤ人達が、たとえその様な金額の金を万が一にも自分たちの財布から役所与える事ができたと仮定しても、(そんなことはできない話しではあるが)仮等はそれによって自分たちの会堂で我らの主キリストについて嘘をつき、中傷し、つばを吐き、呪う事がおおっびらに保護される構利を我々から手に入れようとするのである。

そしてまた、我々の上にあらゆる種類の不幸−すなわち我々すベてが傷つけられ、我らのハマン(訳注−−ユダヤ人達を減ぼそうとしたが、計画が露見してしまい、自分が作った高い絞首台で処刑されたペルシャの大臣(エステル書))や皇帝、君主、諸侯、妻そして子供たちとともに減亡するのを望むのであり、且つまた、主キリストや全キリスト教界、我々の統治者の方々、我々の妻達、子供たちが哀れなまでに安売りされる事になるといったあらゆる種類の不幸が降りかかるよう彼等が望む事が保護されるのを手に入れようとするのである。裏切り者のユダヤ人達は我々よりもずっと聖人の価値があるかもしれない。そう、ただし、ユダヤ人達が年に一○萬フロを寄進してくれる事ができればのはなしてはあるが。

それでも我々は彼等が一人のキリスト教徒を冒涜し、呪い、つばをかける権限を持つ事を許したり、彼等に高利貸しを営む事を許してはいけない。そんなことをすれば我々は自分達をあまりに安値で売り渡す事になってしまうではないか。全キリスト教界と我々全員が自分達自身の金によって買収され、また高貴な方々や領主の方々全員の頂点にいるユダヤ人によって悪口をいわれ、呪われ、軽蔑の笑いにさらされるといった事を我らが許すなどというのであれば、それは何と我々の許容の範囲を越えた事であろうか!悪魔とその使者にとってそれは何と楽しい事であろうか。それらの事態はまるで子豚に歯をむき出す雌豚のように彼等が我々を馬鹿にして鼻先でせせら笑うといった事になるかもしれない。だがそうした事は神の御前ではまさに天罰に値する事なのだ。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅣマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:28 投稿番号: [2087 / 2453]
彼等はモーセを裏切る事さえする(続き)

だが彼等がローマ皇帝の領土である外国にいてモーゼの教へに従おうとしないのであれば彼等は皇帝の法を守り、モーゼの戒律に徒うようになるまでは、仮等より身分が上位の方達に逆らって高利貸しを営むぺきではない,とうふのは彼等が所有すべき土地、あるいはイスラエルの国とはカナンの反対側の岸であるからてある。モーゼはエジプト人やバビロニア人あるいは他のどんな国民の下へ送られたのでもなく、自ら申命記の中てしばしば述べているごとく、エジプトを出てカナンの地に連れて来られただけなのである。彼等は彼等がョルダン河の反対側に所有するとした領土においてその様な戒律を守るべきである。ほとんどモーゼによって作られた聖織者達、儀式、公国君主の権力に関する限り、それらはもはや一四○○年以前に崩壊してしまったのであるが、その時代以前に存在したモーゼの律法もまた崩壊し終わりをむかえた事は確実である。それ故皇帝の下でのユダヤ人達は皇帝の法によって扱われるべきであり、一四○○年間一人も存在しなかったモーゼのユダヤ人のように扱われるべきではないのである。彼等はモーゼによって自分達が高利貸しを許された自らの国土を持たず、ましてや外国の領土を持たぬのであるから。最後に一若く頑強なユダヤ人達には(麦打ち用の)「からざを」や斧、踏みすき紡錘が与えられて、アダムの子達に課せられているのと同様に、自分達のパンを鼻頭に汗して稼がせるべきである。創世紀三:一九「あなたは顔に汗してバンを食ペ、ついに土に帰る。あなたは土から取られたのだから。あなたは塵だから、塵に掃る」彼等神聖なる民族がストーブの後ろにいて、怠けながら我らのパンをむさぼり喰らい、さらに自分達がキリスト教徒のご主人様であるなどとホラを吹きつつ、我ら呪われたゴイムをして額に汗して働かすべきてあるなどと言う事を許しておくべきではない。彼等の
怠借は彼等の過去からもたらされるものなのである。しかしながら、彼等が我々に奉仕させられたり、働かされた時には、彼等は我々、我々の妻、子供達、召し使、家畜などを身体的に傷つける可能性がある。何故ならその様な労働になれていない世界の高貴な王侯達、つまり有毒な苦い姐虫どもは呪われたゴイム達の下で自分達を卑しめる事をするのには極めて不熟心であろうからである。我々はフランスやスペイン、ボヘミア及びその他の場所での諸国民のユダヤ人に対する、ごくあたりまえな知恵を採用しよう。これらの諸国民達はユダヤ人達が高利貸しによってむさぼり取った額を計算させそれを平等に分配したのである。その上で彼等はそれらの国から追放されたのである。既に話したように彼等に封する神の怒りは非常に大きいので、穏やかな慈悲によってでは彼等はより罪深くなるだけであり、ただ苛烈な仕打ちによってのみ少しはましになるのである。それ故彼等を追放しょうではないか!

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅢマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:23 投稿番号: [2086 / 2453]
彼等はモーセを裏切る事さえする

いつでもユダヤ人達は、モーゼが異邦人に封し高利貸しを営む事を彼等に許可したのだと公言する。
(申命記二三:二○「異邦人には利息を取って貸しても良い。ただ兄弟には利息を取って貸してはならない。これはあなたが入って取る地であなたの神、主がすべてあなたのする事に祝福を与えられるためである」。)さもなければ彼らに有利な章句は何もないのだ。彼等には以下のごとき解答が与えられている。即ち二種類のユダヤ人又はイスラエル人が存在する。一つは神がモーゼに命じたごとく、モーセに導かれてエジプトを出てカナンの地に入った者達。彼等に封してモーゼは神の戒律を与え、彼等ば外国に出ることなく彼等の国土でひたすらメシアの到来までその戒律を守り続けていた…もう一つはモ−セのユダヤ人ではなく(ローマ)皇帝のユダヤ人である。彼等は統治者ピラトの時代のユダの地に起源を持つ。ピラトが法廷の場で「キリストと呼ばれるイエスについて余はどうすべきなのか」とユダヤ人に尋ねた時、彼等は叫んだ。彼を十字架にかけよ!彼を十字架にかけよ!」ピラトは言った。「お前達の王を十字架にかけるのか」と。仮等は叫ぶ。「皇帝以外に栽らは王を持たぬ」と。このやうな皇帝への服従を神はユダヤ人達に命じだことはなかったのであるが、彼等は自発的にこれをなしたのである。その後すぐに皇帝が服従を命ずると彼等は反抗し、彼にはむかって今や臣下である事を望まなかった。そこで皇帝はユダヤ人達を工ルサレムから追放し、彼の完全な領土の中に分散させ、そこで彼等は従はざるをえなかったのである。現在ユダヤ人といふクズどもがいるのはこうした事情によるものである。彼等の事はモーゼは何も知らない。ユダヤ人達も彼について何も知ちない。
彼等はモーゼの一節も暗唱していないのだから。彼等はまずカナンの地に戻り、モーゼのユダヤ人となって彼の戒律を守り異教徒や異邦人達を平定せねばならない。そこで彼等は異邦人達が許容する限りにおいて高利貸しを営めば良いのだ。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅡマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:18 投稿番号: [2085 / 2453]
彼等は我々の富をつかって我等を奴隷とする(続き)

何故なら、我々が無知で寛容である限り(私自身もその事を知らなかった)我々をお許しになるであろうから。しかしながら我々がそれを知った今は我々の目と鼻の先で、その中でユダヤ人達がキリストと我々を冒涜し、呪い、つぱを吐きかけ、恥辱をもたらす、そのようなユダヤ人達の建物にそうした事にもかかわらず我々が寛容であるなら、良く御存知の如く、それはあたかも我々自身かそれをなしたか、あるいはもっと悪い事をなしたのと同様に大変な事になるだけなのである。モーゼは申命記のなかいる。もしモーゼが今日生きているなら、彼はユダヤ人達の学校や建物に火をつける最初の人間になることであろう。(聖書からの証言に従えば)第二にあなた達は彼等が自分の家を栽々の中に建てるのを拒否せねばならない。何故なら、彼らは自分達の学校で行っているのと同様の事を自分達の家の中で行っているのだから。その代はりに、彼等が自ら誇っているようには我々の国の王侯などなのではなく、捕らえられて放浪の身の上なのだという事を思い知らすために彼等をジプシーのように軒先か馬小屋に置いても良いであろう。休みなく血なまぐさい殺人を吠えたて、神の御前で我々に不乎をこぼす彼等にふさはしく。第三に嘘と呪いそして冒涜が教えられる彼等の祈祷書及びタルムードの全著作を彼等から没収すぺきである。第四に彼等のラビが説教をする事を禁止せよ。彼等は貧しいユダヤ人達をモーゼの七、十一、十二の章句でとりこにし、その様な仕事への権利を剥奪したのである。モーセはそれらの章句において、そうしなければ身体と魂を失うとして彼等のラピ達に従うよう命じているのである。しかしながら、モーゼは明確に付け加へている。「主の律法に基づいて彼等があなたに教える事柄に閣しては...」と。この事を不心得者達は見過ごしているのだ。そして、主の律法に逆らって彼等の恣意に貧しい人達が服従するのを利用して彼等にその様な毒と冒涜を降り注いでいるのである。第五に街道でのユダヤ人の保護は廃止さるべきである。何故なら彼等は貴族でも役人でもないし、我が国にいる権利はないのだから。彼等は家の中にとどまるべきである。現在我国ではある金持ちのユダヤ人が十二頭だての馬車に乗っていると聞いている。そのユダヤ人はコハプ(Star Bar Kochab)、「星の息子」この偽メシアは紀元一三二〜五ローマに封するユダヤ人の最後の反抗のリーダーであった。一になりたがっているわけである。彼は高利貸しを王侯や貴族達、地域住民、民衆に封し営んでいる。高官たちはこの件に関して黙認している。もしあなたがた、王侯及び諸侯の方々がこうした高利貸し達に対してこの地に住み、街道を往来する事を禁じないならば私はあなた達に封抗するために騎兵を集めたいと思う。何故なら、あなた方はこの書物を通してユダヤ人とは何者であるか、また彼等がいかに扱はれるぺきか、そして彼等の行動が保護さるべきではないという事がよくわかったであろうから。
彼らの醜悪な行為のパートナーになりたくなければ、あなた方は彼らを保護すべきでないし、またそうすることはできない筈である。あなた方がたとえ彼等の事をよく配慮してやったとしても、その結果は良くてあなた方が減びるだけの話しなのである。第六にユダヤ人達にとって異国の土地において、自分の国の中の主人公でもない場所においては彼等の高利貸しは禁止されるべきてある。それはモーゼによって禁ぜられていたのであり、すべての貨幣、銀、そして金は没収し、保管のために持ち去られるべきである。こうした理由から彼等はほかに収入はないのだから彼等が所有しているすぺでのものは高利賃しによって(上述のごとく)我々から盗み略奪したものなのである。その様な財宝は次の如く使用されるべきである。即ち一人のユダヤ人が真に改宗した際にはいつでも、彼の人柄に応じて彼が自分の貧しい妻子や老人や弱者達を養うために一、二あるいは三○○フロ(金銭の単位)が与えられるであろう。
不正に獲得されたかかる財産は、それが神の祝福を受けられるような正当な使用がなされぬ限り呪われたものとなってしまうからである。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩⅠマルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 22:01 投稿番号: [2084 / 2453]
彼等は我々の富をつかって我等を奴隷とする

こうしたやり方で悪魔が我々キリスト教徒の間に自分の天国を持つ事ができた時には彼は笑い踊るのではないだろうか。そこでは彼の使徒であるユダヤ人を通して悪魔は我々の所有物をむさぼり食らい、我々に感謝して我々の口と鼻を満たし、神と人間を冒涜し呪うのである。彼等がダピデ王やソロモン王の下でのエルサレムで自分が所有していたものは、我々の下で日々盗み略奪しているほどではなく、これほどに良き日々を享受する事はできなかったのである。

それでも彼らは我々が彼らを捕囚していると文句をいうのだ。そう我等はユダヤ人達を所有し、捕囚している。丁度私が自分のリューマチや「肺病」や、他のすぺての病や不幸を持ち続けたいように。誰が自分の持つ金や財産やすべての物を持参して迄貧しい召し使として待っていなければならないのか?私はそれらの災いがユダヤ人とともに、そしてまた彼等と一緒に居たい者は誰でもエルサレムへ行ってくれればと願う!我々が彼等を捕囚しているわけではない事は明らかなのだら、それ程偉大で高貴な聖人達が、どうして我々に封してそれほどまでに怒るに値するのであろうか?我々は彼等がイエスの母、マリアをさう呼ぶようには自分達の妻を売春婦とば呼ばないし、また我々は彼等が我等の主を呼ぶようには彼等の事を私生児などとは呼ばないのである。我々は彼等を呪わず、あらゆる種類の肉体的、精神的な幸せが彼等の上にあるよう祈り、我々と一緒に暮らす事を許している。我らは彼等の子供を誘拐せず、切り刻む事をしない。彼等の水に毒を入れる事をしない。彼等の血を渇望する事もない。何によって我々はかかる神聖なる神の子達の恐ろしい怒り、妬み、そして憎しみに値するのであろうか?神が正気とはおもえぬ無分別と荒れ狂う心を持って彼等を処罰したという事は我々がモーセから引用したとおりである。かくしてユダヤ人達がエルサレム崩壊後の三○○年間にわが主やキリスト教徒、そして(まだその目や肌に揮きがある)子供達に流させた汚れのない血に対して仕返しをしなかったということは、我々の失敗であった。我々が彼らを殺害せず、彼らの全ての殺人、呪い、冒涜と恥辱に対してとがめもせずに我らの間に住まうことを許し、彼らの学校、家、体、財産を守り、それによって彼らを怠惰にし、彼らが我々から金銭や財産を絞りとるのを信頼して保証し、手助けした。それに加へて我々をあざけり、つばを吐きかけ最終的には彼等が我々に勝利し、その様な大きな罪によって我々全員を殺害し、我々の財産のすべてを持ち去る事を望み、日々祈っているのである。こうしたすべての事は我々の失敗である。教えて欲しい。彼等には我々呪われたゴイムを僧み、呪って我々の最終的で完全な、そして永遠の没落を求める大きな動機がないのだろうか?
今や、我々はこれらの受け入れられない呪われたユダヤ人達をどう取り扱おうとしているのであろうか。我々の間に彼らが存在し、彼らの内部のうそや冒涜、そして呪いについて知った後では、我々は彼らの嘘や呪いや、冒涜の共犯者にならないようにそれに黙って悩んでいるべきではない。私たちは、消す事のできない神のしずめる事はできないし、またユダヤ人達を改宗することもできない。我々は祈りと敬虔さをもってその炎と激しい熱の中から数人でも救いだせるよう、大いなる慈悲を実践しなければならない。復讐は我々に許されていない。復讐は我々が彼らに抱くよりも千倍も増幅して彼らの首にまといつくであろう。私はあなたたちに私の本当の意見を述べる事にしよう。第一に我々は彼らの会堂と学校を避け、また人々にそれらに対して、反対するように警告する。こうした事は、神とキリスト教会の栄光のためになされるべきである。そしてまた、我々がキリスト教徒であり、神の御子とキリスト教徒に封するそのような嘘や呪いや冒涜を承知の上でそれに封して寛容なのではない事を神にわかっていただくようになされるべきである。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅩ マルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 21:56 投稿番号: [2083 / 2453]
彼等は処女マリアを売春婦と呼ぶ

かくして彼等は彼(イエス)を売春婦の子と呼び、彼の母マリアを売春婦と呼ぶ。彼女はイエスを鍛冶屋との不倫のうちに産んだとするのである。まことに不本意な事であるが、私は悪魔と闘うために非常に粗野な言葉を使わねばならない。彼らが単なる憎悪とわがままでこうした嘘をつくのは、ただ彼らの哀れな若者や軍純なユダヤ人達がイエスの教義(それを彼等は否定できない)を受け入れてしまわぬよう、我等の主に封する偏見を彼等に抱かせるためなのである。

サバスティアヌス   ムエンスターもまた彼のBibliaの中で、聖母を「マリア」と呼ばず、「ハリアHaria」つまり泥の山と呼ぶ有害なラビがいるといわれると指摘している。そしユダヤ人達が彼らの仲間内だけでなしている私達が知らない、もっと多くのことを誰も知る事はできないのである!

(ルターは救世主やバーコハブについての入念で科学的な議論においてユダヤ人的性格、彼等の著書、願望に開する彼の博識の完全さを示し、最後に、いわゆるキリスト教徒の中ての、「捕囚」の問題に到達する)
彼らが我々の内部に捕囚された事を嘆くのはなんとすばらしくひどい嘘であるかを良く知っておいて欲しい。エルサレムは一四○○年以上前、破壊された。それ以来、我々キリスト教徒は世界中でユダヤ人によって苦しめられ、迫害を受け続けたのである。おょそ300年近くにわたって(上記のごとく)ずっと彼らはキリスト教徒を捕獲し殺害したと訴えるのは正当な事なのである。その上、今日にいたるまで我々はどんな悪魔が彼等を我々の国へ連れ来たったのか知らない。我々が彼等をエルサレムから連れてきたわけではないのだ!

これらすべてに加えて、誰も彼等を今日において拘束しているわけではない。土地も公道も彼等には開放されている。彼等がその気になればいつでも自分達の国へ移動できるのである。我々は彼等から自由になるために彼等に一つのプレセントを付け加えたい。彼等は我々の国にあって疾病やペストそして災難以外の何物でもない、我々にとっての重い荷物である。ある人間が自らの家の中である者に我慢できぬ時読者はそ奴を捕らえられていると呼ぶであろうか。彼等はなぜ我々キリスト教徒を我々の国の中で捕囚の身とする事ができるのだろうか。仮等は我々を鼻面に汗して働かせ、一方、自分達は暖かいストーブの後ろに座っていて金や商品を所有しているのであろうか。なぜ彼等は怠け者の大食漢や大酒のみで、我々が働いた財貨で安穏かつ裕福に暮らし、彼等の呪うべき高利貧しによって我々及び我々の財産を略奪するのであろうか。なぜ彼等は我々を嘲り、我々の上につばをはきかけるのてあろうか。何故なら我々は自分達の犠牲において働かねばならず、彼らが貴族であるのを許さねばならないのだから。かくして彼等は我々の王であり主人なのである。我々は自らの財産と汗と労働を以て彼等の召し使なのである!

そして彼等は我々に感謝し、報いんが為に我らの主を呪っているというわけなのである!

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅨ マルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 21:52 投稿番号: [2082 / 2453]
彼等はイエスの御名を冒涜する

(偽りの名でイエスに対する自分達の憎しみを隠し持っているユダヤ人のすれっからしなやり方に対する諸論述は、大変興味深いものがある。ここには次のように言われている。)

それ故に彼等はイエスの御名を扱ふ。「Jesus」はへブライ語では「治療士」または「救済者」を意味する。古いサクソン人は「Heirichi」または「Hiprichi]という名称を用いた。それは我々が現在「Helprich」と呼ぶイエスの古い御名のように聞こえる。しかしながらユダヤ人達は故意にねじまげて彼を「Jesu」と呼ぶ。それはヘブライ語ては名前でも言葉でもなく、単なる3つの文字か、数字か、暗号でしかない。それはあたかも私がCLUとい書を数字と見なし、CLUを一五五であるとするようなものである。(CLU:ローマ字ではC−一○○、L−五○、Vー五   =   一五五。VとUは語源的には同じである。)かくしてかれらはイエスを三一六と呼ぶのである。その様な数字はNebel Borikを意味するもう一つの単語を引き出させるといわれている。この点について読者はアントン   ニルガリタムの著書においてより多くの事を学ぺるであろう。


ユダヤ人達はそれらの教字や単語をつかって何という悪魔的な所業をなしている事であろうか。彼等は我々キリスト教徒を同様のやり方で扱うのである。我等が彼等を訪問し、彼等に迎え入れられた時、彼等は「神があなたを歓迎する」。(ドイツ語ではGot wilkommen)という言をねじ曲げて「Shed wil kom」これは即ち「悪魔よやってこい」又は「悪魔がやってくる」である。我々がヘプライ語を理解できないのを良い事に彼等はひそかに我等に対する呪いを実行しているのである。つまり、ユダヤ人達が我々を地獄とすべての不幸の炎で呪っているのに、我々は彼らが友好的なのだと思っているわけである。

ユダヤ人と彼等の嘘ⅩⅦ マルチン・ルター

投稿者: magudara_no_mari 投稿日時: 2006/06/27 21:49 投稿番号: [2081 / 2453]
異教徒の哲学よりも邪悪なタルムード

異教徒の哲学者や詩人達は神の統治や来世についてのみならず、現世の美徳についてはるかに、より立派に著述している。キケロや、彼に似たような人々によって示されたように、人間は生まれつき、他者に奉仕しなければならないし、敵に対しても約束を守り、特に必要な時には、彼らに対して、誠実で役に立たねばならないと彼らは記述しているのである。

さて、私は三つのイソップ物語の中にはタルムード主義者やラピ達のすぺての著書の中によりも、そしてユダヤ人達の心の中にこれまでに育まれる事ができたすべての物よりも、さらに多くの知恵が存在している事を主張したいと思う。人は私が少し言い過ぎていると思うかもしれない。しかし、私はいいすぎどころか、あまりにも少ししか言っていないのだ!と言うのは私は、彼等がいかに我々ゴイムを彼等の著書の中で呪い自分達の学校や礼拝の場において、我々に災いがふりかかる事をどれほど望んでいるか、良く理解しているからである。彼等は高利貸しによって、我らの金をかすめとり、可能な場所ではどこであっても我々をあらゆる種類の策略にかけるのである。何よりも悪い事は仮等はこの点においてそうする権利を持っていると確信しており、うまくやろうとしているという事である。つまり、彼等は自分達がそうすることで神に奉仕していると思っているのであり、また彼等はそうした事がなされるべきだと教えているのである。


悪魔自身、そして悪魔が取りついているもの−−ちようどユダヤ人のように−−以外に、いかなる異教徒もそんなことはした事はなく、また、これからも誰もそうすることはあり得ないであろう。減多に起こらぬ事なのだが、博識なラビで、神の恩寵によりキリスト教徒となったブルゲンシスは自分達の宗派において彼等がキリスト教徒を恐ろしいほどに呪っている(リラも記しているように)といふ事実に心動かされ、この事から時分達は神の子ではないといふ結論に達した。何故なら、もし彼等が神の子であるなら、彼等は捕囚されたユダヤ人達がバビロンで振舞ったのと同様に振舞う事であろうから。即ちエレミヤはこの人達に開して次のように記している。「汝等を捕囚している都市の王の為に祈りなさい。彼等の平安は又汝等の平安なのだから」。しかしながら我が下劣でにせ者のユダヤ人達は彼等が可能な所ではどこても、そして彼等にできる事であればなんでも、何の理由もなしに我々を呪い、憎み、害悪を与えねばならないと考へているのである。だから彼等が神の子ではない事は確賞な事なのである。この点に開しては後に更に述べる事としよう。
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