さあ!諸君!捕鯨問題だ!

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マーシャル諸島、アンティグア、ノルウェー

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 14:20 投稿番号: [11960 / 62227]
マーシャル諸島
http://www.pacificislands.cc/pina/pinadefault2.php?urlpinaid=22410

アンティグア
http://sun-weekend.com/paper/?asw=view&asw=view&sun=352240019106032006&an=380236058706022006&ac=Local

ノルウェー
http://english.people.com.cn/200606/04/eng20060604_270847.html

たく、天下りの温床がまたかよぉ・・

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 13:42 投稿番号: [11959 / 62227]
ノルウェーやアイスランドやロシアなどは商業捕鯨できるけど

日本はモラトリアム(商業捕鯨一時中止決議)には同意しているので

商業捕鯨をすることはできません。




いったい何のための会合なんすかぁ?


捕鯨再開へ新グループが会合
http://live14.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1149337253/

RMPとRMS

投稿者: llu1jptsuihou 投稿日時: 2006/06/04 13:23 投稿番号: [11958 / 62227]
の違いもわからない人間が、何書いても説得力ゼロ。

鮎川と鯨との関わりは1906年から

投稿者: llu1jptsuihou 投稿日時: 2006/06/04 13:18 投稿番号: [11957 / 62227]
「三陸沿岸では日常的に…」の部分だが、これがタイトルの

「鮎川と鯨との関わりは1906年から」

となるところにニワトリ1号の問題点の一つがあるね。
もはや国語の問題。
誰かも言っていたけど、ニワトリっつうより、頭の悪いテロリストかもね。

ところで、裸の王様=kujira77777君。
キミのリンク先にはこんなことも書いてあるが、是非とも感想を聞かせてほしいねえ。

【幕末にアメリカの捕鯨船が日本沿岸でたくさんの鯨を捕獲したことや、近代捕鯨が国内で普及したことにあると指摘】

Re: 鯨は漁の対象ではなく“エビス様”

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 12:25 投稿番号: [11956 / 62227]
(静岡県沼津では)

  ところがこの「内浦漁民史料」を整理している内に、
鯨は鯨子といってマグロやカツオなど一緒に連れてくる
ことから、漁民はむしろ鯨に親しみと尊敬の念をもっていた
ことが判ったと書いている。

  内浦辺りでは鯨はマグロやカツオなどの浮遊魚を
連れてくる魚と捉え、信仰に近い形で鯨は捕ることもなかった。
鯨がプランクトンや小魚を追ってくるとそのおこぼれを頂戴すべく、
マグロやカツオがついてくるという仕組みのようであり、また、
イワシなどは鯨の時にはそんなこともないが、マグロやカツオに
追われると、ものすごい数で一か所に固まる。こんどはそれを
鯨が頂戴するという共生関係にあったようだ。

  ところが黒潮の流入口、富士川下流域辺りでは、
逆に鯨はよく捕ったようである。小舟を沢山出して、
銛を鯨に打ち込んで捕らえるが、その時にはまさに一面血の海となり、
それが黒潮に運ばれて、三浦地区に流れ込み、三浦地区の漁獲高に
影響するようになる。

  そこでたとえば重寺辺りでは、富士川下流域の漁師に対して、
鯨捕りをやめるよう訴えを起こすことになる。
そんな古文書も発見されている。

http://www.city.numazu.shizuoka.jp/sisetu/rekimin/suruga/08/suruga08.htm

鯨は漁の対象ではなく“エビス様”

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 12:13 投稿番号: [11955 / 62227]
江戸時代の北海道においては

クジラは漁の対象ではなく(もちろん寄り鯨は食した)

むしろニシンを連れてきてくれる大事な“エビス様”ってことで

漁師からあがめ立てられていたのね。

だから明治以降、北海道に進出してきた鯨漁師とニシン漁師との間に

衝突があったくらいなのね。

Re: 喧嘩があったことと

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 11:43 投稿番号: [11954 / 62227]
『貧弱な装備では自船の安全を保つのがやっとで、
捕獲どころではなかったようである』
http://www.whaling.jp/isana/pdf/isana02j.pdf



しかも単発でそのあと1906年ころまでは何もなし

ってことでは、とてもとても「組織的な網取り式捕鯨が始まる 」

などとは言えませんがなにか?




>1838年 鮎川で組織的な網取り式捕鯨が始まる

Re: 鮎川と鯨との関わりは1906年から

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 11:27 投稿番号: [11953 / 62227]
んで

三陸の漁民、鯨を信仰
http://www.sanriku-kahoku.com/news/2005_09/k/050909k-kujira.html

を読めばわかるように


三陸の漁民は1900年頃までは

●日常的に鯨肉を食べる習慣はなかった(ただし寄り鯨は食した)

●いやむしろ逆にイワシを連れてくる“エビス様”ってことで

漁師から敬られていたくらい

なのですねえ。



ちなみに

『三陸の漁民が紀州の鯨漁師の漁差し止めを求めた訴状』

はよくわかんないけど

『青森の漁民による捕鯨会社焼き打ち事件』

は下記のことね。

     ↓

鯨騒動   漁業補償に不満募りほう起
http://www.daily-tohoku.co.jp/niida/niida1b2.htm

鮎川と鯨との関わりは1906年から

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/04 11:06 投稿番号: [11952 / 62227]
http://www.whaling.jp/isana/pdf/isana02j.pdf

によると

●【当町と鯨とのかかわりは、明治39   年 3 月に
東洋漁業株式会社が事業所を鮎川に開設したのに始まる】

のであります。

(ちなみに下関出の東洋漁業株式会社とは今のニッスイの前身)




んで

【金華山沖の鯨資源は早くから伊達藩時代に藩学養賢堂の
学頭大槻清準が文政年間に「鯨志稿」を著して捕鯨の効用を
説いており、江の島沖で四頭の鯨を捕獲したとの記録もあり、
金華山沖五十浬の洋上は俗に「抹香城」といわれ、マッコウ鯨
の群集する漁場とも言われた所である。しかし、昔の貧弱な
装備では自船の安全を保つのがやっとで、捕獲どころでは
なかったようである】

に「捕獲どころではなかったようである」と書いてあるように

たんなる“試し捕り”の域を出ていないというわけなのね。



そしてまた下記を見てもらえばわかるけど

●1906(明治39)の頃には鮎川の漁民で捕鯨をする者がいなかったということ、

●鮎川の漁民ではない下関出の東洋漁業が

その頃進出して捕鯨するようになったということ、

以上この2点は押さえておきたいところだね。



そして

【東洋漁業が進出したころは、
鮎川の漁民は小漁や採貝藻によって生計を支えているものが多く、
鯨の解剖による地先海面の汚染を恐れて反対した】

と書いてあるように

●当初(1906(明治39))は「進出大企業」に対する捕鯨反対運動があったくらいなのね。

信じられないだろ?あの鮎川でさあ。

ま、一種の公害問題だったってわけさ。

捕鯨板より。考察とお願い

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/04 10:37 投稿番号: [11951 / 62227]
かの板には「ミンクたまお」氏という著名人がおられる。
最近、このトピでは絶滅種となった論理性をお持ちの論者とお見受けする。

直近の話題の中で、船舶と鯨類の「衝突」に関する氏の見解をご紹介したい。
私的には、氏のご見解には反対の立場であるが、面白そうなので。

さて、氏の論旨は以下の通り

①最近日本でも事故率の増加が原因で問題が顕在化したことは喜ばしい。
②衝突防止問題はIWCの保護委員会でも重要検討課題である。
③しかしながら極めて残念ながらこの動きを抹殺しようとする勢力がある。
④それは言論封殺行為であり、まさに現実化しようとしている事は憂慮すべき問題。

であられるそうです。

海運の末席経験者の立場から、生意気を言わせてもらえれば、現実性。経済効率面とプライオリティの面から言わせて頂きたい反論は結構あります。

が、ここで疑問に思ったことが。

①IWC保護委員会への言論封殺行為とは具体的に何の事例を指しているのか?。
②それは本当に実現しかかっているのか。

この内容が解りませんでした。
もしご存知の方がいらっしゃったなら、ご教授戴けますと助かります。

供養

投稿者: cz_amada 投稿日時: 2006/06/04 06:30 投稿番号: [11950 / 62227]
http://www.asahi-net.or.jp/~RN2H-DIMR/ohaka2/10gyogyo/11hokaido/hakodate.html

Re: 狂気で歴史観をねじ曲げる

投稿者: cj4a_nomal 投稿日時: 2006/06/04 02:12 投稿番号: [11949 / 62227]
>捕鯨が太地の文化では無いと思うのは、世界中で君だけ。

2ちゃんの書き込みがkujira77777君自身でないとすると、
逆にkujira77777君の主張の根拠は2ちゃんであると見做すことが出来ると思います。

なんか、どっちにしても笑い話にしかならないオチでして・・・

kujira77777君の主張

投稿者: cj4a_nomal 投稿日時: 2006/06/04 02:07 投稿番号: [11948 / 62227]
いやはや、明日移動で超田舎へ出張ですので、
ここらで一発貼っときますね。

・反捕鯨派の主張の矛盾を検証したり、エビデンスを要求したりするのは、
  反反捕鯨であり、ネットウヨである。

・ミンク76万頭という数字について
  各海区の推定量を合計して全体の推定量とすることには合意が無い。
  合計した結果である76万頭前後という数字はIWCの公式サイトには記載されており、
  国内外の研究機関や大学水産学部等でも公式値として使用されているが、
  本来ならば合意はされておらず使ってはならない数字である。
  使ってはならないこの数字を国内外の研究機関や大学水産学部等が使用しているのは、
  事実を知らないか、とぼけて使っているのである。

・76万頭の根拠について
  IWCの公式サイトに堂々と掲示されているという事実では根拠として漠然としすぎてわかんないから不足である。
  公式サイトに記載されているのは、日本がゴリ押ししたからであって、
  IWC公式サイトの表記とはその程度で変わってしまうようなものである。

・推定個体数について
  推定個体数は確か150万ですから最低レベルが同じ150万と仮定しますと
  増加率プラスマイナスを二乗してそれぞれの仮定のおける結果と仮定の繰り返しになるわけですから
  それぞれの場合における総和を考えて捕鯨枠を一乗の一乗の一乗すると捕鯨枠が出ますので結論はプラスマイナスの一乗です。

・野生哺乳類を調査するときはなるべく殺さないようにするのが国際的に確立されたルールである。
  但し、ルールブックに相当するエビデンスは提示できない。
  日本はそのルールブックの無いルールに反している。
  但し、日本の調査内容が「なるべく」の範囲を逸脱しているとするエビデンスは提示できない。
  なお、途中から「なるべく」という文言は外してある。

・JARPAによって得られたデータが「南極海ミンククジラ推定生息数包括的評価」にために使われることは決してない。
  これは「決め」である。
  但し、それを定めた規定などのエビデンスは提示出来ない。

・日本はJARPAの生データ開示を拒んであり、これは不当である。
  但し、まっとうな請求があってなお拒んでいることを示すエビデンスは提示出来ない。

・食わなきゃ生きていけないのでなければ、生存捕鯨でも反対である。
  その前提で、世界最大最強の経済大国であるアメリカ合衆国が年間50頭ばかしの鯨を生きていくために獲るのは賛成である。
  アメリカの捕鯨では骨やひげは民芸品に加工され販売されているが、肉ではないので捕鯨に伴う商行為ではない。

・先住民生存捕鯨では「鯨肉商業的流通の否定」がIWCにおいて規定されている。
  但し、そのエビデンスは提示出来ない。

・日本の鯨食は時代、地域とも偏りがある地域的なものであるので、日本の文化ではない。
  地域的偏りがあるものはその国の文化ではない。
  また、戦後とか、明治以降とか、歴史の浅いものは伝統でも文化でもない。
  琉球ガラスなんかは歴史が短すぎて伝統文化ではないし、
  地域的に沖縄だけなので、日本の文化ではない。
  また、所謂ハンバーガーの誕生は1904年であり、歴史が浅すぎるので食文化でも伝統でもない。

・カタクチイワシ、スケソウダラ、スルメイカの中で人間が直接または間接的に利用しないのはどれとどれかは知らない。
 
・GPが行っているハイパワーエンジン搭載のボートで、調査捕鯨船の前で蛇行運転を繰り返したり、
  船体に落書きする等の行為は、座り込み抗議と同等の穏便な方法である。

・「鯨は頭がいいから」とか「かわいいから」というのは捕鯨プロパーが作ったものだ。
  反捕鯨国のメディアがたとえ鯨を解体する様子を残酷なものとしてセンセーショナルに放送しつつ、
  牛肉をほおばっていたとしても。
  一国の環境大臣が何を発言しようと、それは個人的なコメントに過ぎない。

・反捕鯨の理由は以下の通りである
  >まず第一に、
  >野生動物はその動物本来の生息域で静かに
  >暮らさせてやりたいと思ってるからです。
  >そっとしておいてやりたい、
  >と思うわけです。
  >彼らが人間に迷惑をかけたわけじゃないのに
  >一方的に殺されるのがたまらなくいやなのです。
  >家族だっているでしょう。
  >それを無理やり引き裂く。
  >人間にそこまでやる権利があるんだろうか?
  >と思うわけです。
  >魚は?牛は?豚は?>と言われても困るんですが、線引きは
  >そこにしています。
  >そう、
  >言われる通りかなり心情的なもんです。

Re: 喧嘩があったことと

投稿者: illustrious_hms 投稿日時: 2006/06/04 01:18 投稿番号: [11947 / 62227]
”意味も無く”反対と妨害を行っていますよね。

意味がないのでロジックも幼稚ですし、貧すれば鈍するの言葉通り、
知性の貧しさが、常識を知覚する感性の鈍さを招致しています。

結果として子供がダダこねているのと変わらないレベルの投稿しか
出来ずに、結局は掲示板の社会秩序を攪乱する反社会的態度に終始
するだけになってしまう。テロリストにすら成り切れない、珍走団
レベルでは無いでしょうか?

バイクを盗んでも、人に怪我をさせても、深夜に安眠妨害をしても
「おれは今自由に生きたいんだ   大人はわかってくれない」とスネ
て終わるというか....

自分自身でも「何も着ていない」事を理解している兆候はあります。
しかし、幼稚ゆえに自分自身ですら理解している事を認める事が
出来ないのではないでしょうか?

文化ですが、つい最近作られた創作落語、スーパー歌舞伎等は、胸
を張って日本文化と言えるものでしょう。

落語や歌舞伎といえば、江戸時代に上演や高座を楽しめたのは、ごく
一部の都市圏だけです。また、雅楽はそれらより以前からあったもの
の、一般大衆が見ることなど殆どありませんでした。
しかしこれらは全て日本の”伝統””文化”双方の要素を海外にまで
広く認知されています。

又、明治期から生産が始まり、戦後米軍が大量に廃棄したガラス瓶
を廃品回収し原料とする事で本格的な発展をとげた沖縄の”琉球ガラス”
(戦後作られ始めた、と紹介される事も多い)は、日本の伝統工芸と
明確に位置づけられています。

文化や伝統、とはそういうものですよね。
kuji7文化論、伝統論は無知に基づく以外の何もでも無い以外に、心の
と教養の貧しさを非常に良く表しています。

Re: 喧嘩があったことと

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/04 00:37 投稿番号: [11946 / 62227]
>彼は知っていると思いますよ?
>自分が何も纏っていないことを。
>そのあせりが反社会性を紡ぎ出しているのではないですか?

そうですね。
反社会性というか、「捕鯨をする」と「鯨肉を食べる習慣を保持する」という国内の2点の仕組みに対しては、手段を問わず攻撃するとうだけのことのようです。

反対と妨害が目的なので、手段は何でも良いし、テロに似て刹那的であるので、前後の不揃いの解消は考えなくてもよいと思っているようです。

一時、ニワトリと考えましたが、単なるお馬鹿と言うよりは少しテロリスト的かもしれません。

さて、牡鹿の例もそうですが、日本各地に残る鯨肉食文化は、今に生きる我々からすれば、100年だろうが1000年だろうが同じ事で「習慣」です。

鯨肉は流通が整備されるにつれ、諸国に広まったものですので、産地だけのものではなく、ゆえに産地でも無い地区で今でも食べられているわけです。

たとえば、その拡大と定着化が、例えば平安の御世からなのか昭和の戦後成長時代からなのか。現代により近ければ習慣とはいえないのか・・・という議論をした所で、現在と過去の紐帯を消せるわけも無く、不毛なだけで説得有る答えが出せるはずも無いのは、あまりに当たり前すぎるのですが、それすら解らず、破綻理論でも構わないから、とにかく「反対する」という輩が存在する様ですね。

興奮するなあほkujira7

投稿者: illustrious_hms 投稿日時: 2006/06/04 00:24 投稿番号: [11945 / 62227]
>なぜならそもそも少なくとも江戸時代までは
>東北地方と北海道においては捕鯨なんかしていなかったからだ。

東北の資料は既出ですので、北海道の例を出しましょう。
(彼が差別主義者でアイヌと日本文化は関係ない、と主張したら
  削除要請を出します)

・(アイヌとトリカブト)
捕鯨用の銛は離頭銛で、銛先は長さ10cm内外である。銛先は長さ3−4mの木の投てき柄をつけ、銛先は舳先と綱で結んでいた。

http://www.yasei.com/ainutotorikabuto.html

・しかし、アイヌ人が少なくとも天明寛政の頃、つまり一七〇〇年の末期まで弓矢で鯨を捕獲していた記録があるところから、弓取法が定説となっている。

http://www.mnet.ne.jp/~whalenas/seisuiki/seisuiki_02-1.html

・鳩山代議士サイトより

21日鳩山代議士は、アイヌ民族伝統捕鯨協会幹部一行の訪問を受けた。
  協会幹部からは「古来からアイヌの人々が捕鯨をして生活を営み、鯨を中心とした独自文化を形成してきたが、現在、日本では調査目的の捕鯨しか認められていないため、伝統文化の継承ができない」と現状が訴えられた。

・①突取捕鯨法:突取のみで捕獲する捕鯨。古墳時代頃には始まっており、戦国時代後期に専業化した鯨組によって行われるようになる。なおアイヌ捕鯨文化では毒銛を用いた。

http://www.ikitsuki.com/yakata/isana/index2.htm

Re: Re●RMP、日本の調査捕鯨は用なし

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/04 00:19 投稿番号: [11944 / 62227]
>RMP話題で嘘を撒いた?   ワビをちゃんと入れるのが?
>アハハハハ、万年カラ回りボケの勝手な思い込みに
>いちいち付き合ってはいられないけど、正解は
>もうとっくに最初に書いてあるあほ。

そんな下らない思い込みを理由に、曲解を続けると言う意思表示なのか。
まあ、苛めるだけかな。

まずは

「RMPの補正」というご意見の具体的意味。

改定管理方式における「現在の資源量」の求め方。

を正しく回答できたら、考え直しても良いが。
しかし、万が一にもできたら、これまでの君の「真実の自論」との辻褄はどうなってしまうのであろうか。合わない「真実」など勿論誰も容認しないだろう(笑)。

それから、特定個人の論文に反対するのは構わないが、意図的な「曲解」とその頒布は宜しくないぞ。私としては、放置したほうが面白い結末になりそうな気がしないでもないでいる。

Re: 喧嘩があったことと

投稿者: illustrious_hms 投稿日時: 2006/06/04 00:05 投稿番号: [11943 / 62227]
牡鹿町鮎川は、仙台藩の命令で鯨組という捕鯨組織が編成された捕鯨基地。

1838年 鮎川で組織的な網取り式捕鯨が始まる

この文章が全てでしょう。

彼の文章に良く似た反捕鯨団体のウェブがありましたが、所詮彼にとって
それら団体が宇宙の全てなのではないですか?

自己中心的で、客観性に欠け、科学的知識も常識も欠如している割には
”反捕鯨”だの”決め”という名の誰にも見えない「お召し物」は最高
だと言い張っているのですよ「裸の王様」は。

ちなみに私は「裸の王様」を”定番”にしていくつもりです。
彼は知っていると思いますよ?
自分が何も纏っていないことを。
そのあせりが反社会性を紡ぎ出しているのではないですか?

狂気で歴史観をねじ曲げる

投稿者: illustrious_hms 投稿日時: 2006/06/03 23:27 投稿番号: [11942 / 62227]
>捕鯨は太地町の伝統じゃないっての。

”太地”の伝統じゃない?
江戸初期に同地で乱獲があったと”妄想”した一月前の「自分の投稿」
を自己否定するとは、狂気ここに極まれり、ですな。

君の説明によれば
>「突き取り捕鯨法」が始まったのは1600年ごろ
君は時間的長さを持って”伝統”と判断するかのような書き方をして
いるが、今日残る江戸初期から開花した文化はさぞ日本文化では無い
のだろうね、”世界でただ独り”君にとっては”。

端的に言おう。
捕鯨が太地の文化では無いと思うのは、世界中で君だけ。
王様が着ているつもりになっている”お召し物”は誰も見ることができ
ないものですよ。「裸の王様」

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フンドシ一丁に小舟でも枯渇(歴史の事実)
2006/ 5/ 3 18:29 [ No.10784 / 11941 ]kujira77777

1650(慶安3)年ごろに
は少なくなった鯨を取り合い、たびたび争いが起こった
ほか、経営が成り立たなくなる人もいたという。
http://www.agara.co.jp/DAILY/20060504/20060504_005.html
---------------------- -

それで、フンドシ一丁に小舟という捕鯨様式でさえも
●わずか50年余りで
(「突き取り捕鯨法」が始まったのは1600年ごろだから)
少なくとも陸近くを回遊するセミクジラ資源を
枯渇させてしまったという事実。

喧嘩があったことと

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 21:58 投稿番号: [11941 / 62227]
君が不当に捕鯨文化の存在を否定することは無関係であろ。

ソースも無いのに断言する癖は只の嘘吐きで済む間は良いが、実在の相手を特定して讒言するリスク位は考えたほうが良い。
だが、頭が悪すぎて無理ならば、自分を恨むがよい。

が、いっその事、君がどこぞの公的施設・団体・機関を怒らせて、成る様に成ってしまった方が、世のためかも。

その意味では、注意はせずに放置が良いのかもしれんな。

Re: やっぱりすぐに見つかってしまったが

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 21:52 投稿番号: [11940 / 62227]
その「お話」のニュースソースはどうせ「知らない」のであろ?。
それが「汎用性の有る通説」であるかどうかも確認してないのであろ?。

それで「封建領主の趣味領域しかなかったので、捕鯨を行っていたことにはなりません」とか勝手な推論で断言するわけだ(笑)。

我々は、君の「きめ」から捻出された童話を聞きたいのではない・・・という事位は少なくとも解っていたと思っていたのだが、間違っていたようである。

よく考えなくても解るのだが、君の話が本当なら、捕鯨史を書いた牡鹿町や鮎川町などに対し、学会から痛烈な異論の提示があってしかるべきだが。なにしろ町史・公的文書に通説に反する「嘘を堂々と書いた」ことになるのだからな。

しかし、未だかつて学会から異論提示が無い事実からも、君と町史・公的記録のどちらが誤りかは明確であるな。

いい加減に、公的文書に対して不当な讒言を行う悪辣行為は止めた方が身のためであろう。と言っても、君の身の上がどうなろうが興味は無い。が、悪辣な行いであることは変わりないので、一言申し添えておく。

実際そういったケンカはそのころ

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 18:17 投稿番号: [11939 / 62227]
結構あったみたいなのね、青森とか北海道なんかで、

ニシン獲りの漁民とケンカ・焼き討ちとかね。

あ、そうそうあの沼津(静岡県)でもね。

Re: やっぱりすぐに見つかってしまったが

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 18:09 投稿番号: [11938 / 62227]
それは藩主か幕府だかの“試し捕り”っていうやつで

その頃そのあたりに捕鯨という習慣はなかったのね。

そんで1900年ごろから太地あたりの捕鯨者が来るようになって

捕鯨するようになったのね。

だから最初の頃は「(鯨の血が)港を汚す」ってことで

鯨漁以外の漁師とのケンカもあったのね。


以上だがなにか?

幕末

投稿者: cz_amada 投稿日時: 2006/06/03 18:06 投稿番号: [11937 / 62227]
黒船来航から大政奉還までの期間だな。

1853〜1867まで。

みごとに江戸時代だ。

Re: 利権で歴史観をねじ曲げる

投稿者: cz_amada 投稿日時: 2006/06/03 17:51 投稿番号: [11936 / 62227]
>捕鯨は太地町の伝統じゃないっての。

どこの誰が調べた結果なのかな?

>昔の太地町では、捕鯨を忌み嫌い、捕鯨するナラズ者は村に居られなかった訳。

もしそれが事実なら、鯨捕りはどこに住んでたんだ?

で、昔っていつのこと?

>利権で歴史観をねじ曲げるのもいい加減にしろって。

反捕鯨論を妄信的に信じ込んでるヤツに言われてもなぁ(*^^*)

江戸時代

投稿者: cz_amada 投稿日時: 2006/06/03 17:42 投稿番号: [11935 / 62227]
江戸時代は1603年〜1867年。

慶長8年(1603年)2月12日に徳川家康が征夷大将軍となり、

慶応3年10月14日(1867年11月15日)に大政奉還するまでの264年間を江戸時代という。

Re: やっぱりすぐに見つかってしまったが

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 17:30 投稿番号: [11934 / 62227]
失礼、秋田県ではなく

宮城県という東北地方であったな。

牡鹿町史によると

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 17:22 投稿番号: [11933 / 62227]
<近代捕鯨開始前の寄鯨及びイルカ漁の記録>
  1665年(寛文 5年)給分浜・大原浜、イルカ漁の利益配分で争う
     ※なお、このあたりの浜は、イルカ漁以外でも頻々と争っている。
  1673年(延宝 3年)給分浜・大原浜、寄鯨の分配金で争う。
  1677年(延宝 5年)給分浜・大原浜、イルカ漁の利益配分で争う。
  1714年(正徳 4年)給分浜・大原浜、イルカ漁の利益配分で争う。
  1731年(亨保16年)小淵浦・大原浜、イルカ漁の方法について争う
     ※イルカ漁を行った上で争ったのではなく、やり方をめぐって
      争った模様。漁場の縄張り争いとみられている。
  1750年(寛延 3年)給分浜・大原浜・小淵浦、イルカ漁の利益配分で争う。
  1759年(宝暦 5年)給分浜・大原浜、イルカ漁の利益配分で争う。
  1762年(宝暦12年)給分浜・大原浜、イルカ漁の利益配分で争う。
  1865年(元治 2年)十八成浜にシャチに追われた寄鯨1頭
     ※1864年とする記事もある。
  1885年(明治18年)大原浜で鯨捕獲。10.8メートルとの記録。

だそうであるが。
普通は、知ったかぶりで断言はしないから、悪くてもグーの音くらいはでる。

kujira7君のことなので「イルカ漁はクジラ漁とは違う」「イルカはクジラじゃない」とか言出しかねないかもね。

結局、君の本心は「手段の目的化」であるので、事実確認はとても疎かになるわけで、嘘でそれを糊塗するのでおかしくなる。

やっぱりすぐに見つかってしまったが

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 17:13 投稿番号: [11932 / 62227]
1996年のクジラ問題ネットワークが発行したアーカイブにあった。

IWCのアバディーン会議で配布した「AN INVESTIGATION OF SMALL TYPE COASTAL WHALING IN   JAPAN / A Scond Report on the Past, Present and Future of Ayukawa」の日本語版テキストから参照すると・・・

『金華山沖の鯨資源だが、これに着目していた者は、江戸時代から存在した。記録によると、文政年間(1818〜1830)に金華山沖での捕鯨の効用を説く文書があるとされ、1838年にはこの付近で少なくとも 4頭のクジラが捕獲されているという(ただし鮎川ではなく大須浜・江ノ島)。』

男鹿半島は秋田県であり東北地方ですが。

今度は、江戸後期は江戸時代ではないと誤解するヒトが出る恐れがあるとでも吐くのかな?。

この鮎川文書の原版はエルザの会の調査依頼に端を発しており、反捕鯨的思考のグループも容認している内容と考えてよいであろ。

この様な浅はかな嘘に嘘を重ねるから、君は反捕鯨論者からも見捨てられてしまうのであろう。

興奮してないが。する根拠もない。

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 16:52 投稿番号: [11931 / 62227]
供養塔が江戸期から複数存在するのは「事実」であるし。

現在の函館が「捕鯨基地」であるのも事実であるし。

そして、その様な土地で昨日、鯨への法要が行われたのは事実であるし。

のにかかわらず、どうして君は悪質かつ論理破綻な文句を付けねば気がすまないのだろうかね。

これも、「手段が目的化」の好例だと・・・そう思っているだけだよ。
なお、まず間違いないだろうからこれから、こっち(上海)に持ってきたアーカイブを確認してみるが・・・

>なぜならそもそも少なくとも江戸時代までは
>東北地方と北海道においては捕鯨なんかしていなかったからだ。

は根拠のない騙りであろう。
もしくは、遺跡の骨やなんかは「資料に相当しない」とかいう非常識に基づくものだろうから。乞うご期待(ヽ(^ー^)ノ フッ・・・)

興奮するなあほ

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 16:41 投稿番号: [11930 / 62227]
供養塔が建てられたからといってそれすなわち

「捕鯨とは浅からぬ縁の土地」とは単純には言い切れない。

なぜならそもそも少なくとも江戸時代までは

東北地方と北海道においては捕鯨なんかしていなかったからだ。

いやむしろクジラは魚を連れてくるってことで漁民からは

“えびす様”と敬れていたくらいなのだ。

(ただし寄り鯨は喰った、でもそれは捕鯨とは違う)

だからなんだ?

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 16:27 投稿番号: [11929 / 62227]
函館は、大正・昭和の時代にも供養塔が建てられるほど、捕鯨とは浅からぬ縁の土地だが、それが何か?。

先に、江戸時代だが末期江戸時代は江戸時代ではないとヒトが誤解する等と非論理も甚だしいタワケタ戯言を吐き誹謗した事実をワビるべきであろ。

テロリストには無理であろうが。

想像するかは君の知ったことではない

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 16:22 投稿番号: [11928 / 62227]
君は、

函館は捕鯨と関係はないだろう。
江戸時代から捕鯨はないだろう。

などとかましているが、その「不事実であったこと」をワビよ。

安政年間とは、どの歴史史書においても・・・

江戸時代

であり、君に史書を書きかえれる権利はない。

ひとにモノを頼むのであれば

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 16:18 投稿番号: [11927 / 62227]
それなりの礼儀としきたりが世の中では要求される。

まずは、江戸時代に函館において捕鯨の記録が存在することに対し、「幕末では江戸時代といわない」などと十二分に誹謗と断定できる讒言を行ったことをワビよ。

なお、ここでの話題は「函館の捕鯨史を解説する」ではなく。
君が事実を何も知らずして(Msg11924の質問調からも現在も何も知らないのは明らか)、誹謗行為を成している事への事情説明である。

Re: 慰霊と保護要求に看る精神性の違い

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 16:16 投稿番号: [11926 / 62227]
>函館は今もツチクジラ捕鯨の基地でもあるんだが

そう確かに基地は函館だが操業しているのは

最近は太地(和歌山県)の業者だけなのね。

年間10頭ね。(まえは8頭だったけど)

Re: 慰霊と保護要求に看る精神性の違い

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 16:06 投稿番号: [11925 / 62227]
普通の人は

『函館には江戸時代からの捕鯨の伝統があり』

という書き方を見たとき

江戸時代の終わりも終わりの1857年から

しかもたんなる「捕鯨の指導が始まった」

とは、とてもじゃありませんけど

想像することなどできませんけどなにか?

Re: 慰霊と保護要求に看る精神性の違い

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 15:57 投稿番号: [11924 / 62227]
ところでところでだ、そのジョン万次郎が指導したとかいう捕鯨は

けっきょく地域捕鯨として確立したのか?

ちゃんと捕鯨できていたのか?


ジョン万次郎はとうぜんアメリカ捕鯨を指導したはずだよな?

いつまで続いた?

Re: 慰霊と保護要求に看る精神性の違い

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 15:55 投稿番号: [11923 / 62227]
幕末は江戸時代ではないなら話は別だが。

ヤクザ的因縁には応じようがない。

君が議論ではなく「手段が目的化」された危険なヤツである事実が公に晒されている実態は、ひとつの救いであろう。

Msg11922を読み返してみよ。

普通の神経なら、己の卑劣さと無知度に死にたくなるほどの恥辱を感じる文字列だと思うが、どうであろ?。

Re: 慰霊と保護要求に看る精神性の違い

投稿者: kujira77777 投稿日時: 2006/06/03 15:49 投稿番号: [11922 / 62227]
ジョン万次郎の逸話っていうのはおまえが出した

「同4年(1857年)にジョン万次郎が函館で
日本の漁民を組織して捕鯨指導を行っていた」

って話だろ?


だがなあボケよ、

それを根拠に(1857年っていったらあと何年かで江戸時代もおわりだあほ)

『函館には江戸時代からの捕鯨の伝統があり』なんて言い方はできやしねえよあほ。


まあせいぜい『幕末から』というのが正しい言い方だな。


しかも『指導が始まった』のがだ、とてもその時期を『捕鯨の伝統』

などとは言えねえよ。

Re: Re●RMP、日本の調査捕鯨は用なし

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2006/06/03 15:46 投稿番号: [11921 / 62227]
要するに、
水産庁が述べた公式リリース文の文言には、「RMPの下での資源管理にはつかえない」という文言があり、これに続く文章からは水産庁は資源管理そのものではなく、その計算根拠への使用を「(科学委員会に)期待している」のは事実として動かしようがない。

しかし、否定的文言自体は好都合なので、剽窃して悪意の宣伝行為には流用させてもらう。

というのが、君の本心なのであろ?。
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