南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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oityanさんへ

投稿者: dream180jp 投稿日時: 2004/09/22 17:19 投稿番号: [6105 / 29399]
①10万の兵?当時日本軍は中国各地で転戦・疲弊しています、南京包囲時には諸説ありますが「総兵力」で5万〜7万です。この数字の中には馬・荷駄隊(輜重部隊)、衛生隊、主計隊等直接戦闘に関わらない兵、更にそれらを護衛する兵、南京郊外を警備する兵等々を考えると、突入は数万人規模と思われます。それにしても、貴方の論理だと、一人当たり10発程度と言うのでしょうが、戦闘使用分、戦闘予備を考えると更にこの数字は大きな数字です。日本の補給能力は他国に比べお粗末なものです。日本から運ぶのです。②蒋介石軍の死傷者数なんてものは何の根拠も示されてない、伝聞の伝聞が膨らんだもの、③長江に死体を流した?殆どをですか?30万ですよ?死体はいくら見つかったのですか?死体の無い殺人も虐殺の内?④日本人同士の殺人、これは私も貴方も世の中が良くなるよう微力を尽すしかないでしょう貴方も「日本人」なら?。中国流誇大表現と断った、たとえ話ですよそんなにヒステリックにならなくても。いずれにしても30万が3万でも大変な犠牲です。ユダヤ人の殺戮は世界が検証しました。南京は?30万は中国が言ってるだけ・・・・彼らの数表現は正に大陸的雄大さです。それにしても・・何時までこんなクソ議論を続けるのですか?日中友好の障害を中国が喚起してる。日本をいつまでも「大人しく・気前のいい隣人」にしておきたいのでしょうね。

>解りもせんくせに解った風なことを言う

投稿者: maxgame951753 投稿日時: 2004/09/22 17:03 投稿番号: [6104 / 29399]
>馬鹿なオイチャンコロの話
>まずは100%当たらない。

>それほど日本が憎いのかネェこのアホは。

まったく同感!!

この人のレスはどれもみんな語尾に
『・・・かね?』『・・・でしょうかね?』『・・・ね?』『アホ』『バカ』ばっかりで、要するにただの知ったかぶりオヤジ。

こんなこと書くとまたスゲー逆上するんだろうな(笑)。

南京大虐殺は世界最大のウソ。

投稿者: m_kichitarou 投稿日時: 2004/09/22 16:21 投稿番号: [6103 / 29399]
今、イラクでも市民が戦闘に巻き込まれて多数死んでいる。
南京でも犠牲になった市民は多少いるでしょう。ただし、通常の都市攻防戦に比べれば明らかに少ない。督戦隊(味方がにげるのを後ろで見張っている部隊)による犠牲者のほうがはるかに多かった。
いまさら議論する内容じゃないよ。

なにを言う! 

投稿者: iitomo474ne 投稿日時: 2004/09/22 16:18 投稿番号: [6102 / 29399]
miraiよ!   お主は   よほどのバカだな。

お前のような論法が   戦後日本国の精神的軟弱をもたらし、諸国から軽んじられる元となったんじゃ。


民間人が何人か巻き込まれれば、それは虐殺か?


シナが   今現在やってるチベット虐殺やウイグル虐殺こそ   まさに虐殺じゃよ。

南京虐殺はあった

投稿者: miraisatoru21 投稿日時: 2004/09/22 14:57 投稿番号: [6101 / 29399]
死者30万人、とか5万人、とか数千人、とか数十人、
とか数字にこだわると、数の論争になるだけで、
責任はどこかへ消えうせている。

南京虐殺。何人民間人が巻き込まれたかは、いまや推測不可能。
しかし、民間人が巻き込まれたことは事実。

すべては民意である、、民度が低い?

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/22 06:48 投稿番号: [6100 / 29399]
>自分の利権や利益以外の事は、な〜んにもしない。
それがこの国の政治家です。
先のH元首相のように、英国にまで意味不明の謝罪に行った程ですからね・・・。

おおざっぱにいって、そのような政治家の行動をも「民意」という。

本当の馬鹿は国民である。

泥棒に金庫番をさせている国民こそ責められるべきでしょう、、、ね。

南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/22 06:45 投稿番号: [6099 / 29399]
南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)

江寧県の北端に上海から南京へ幹線道路が走る所に湯山鎮がある 。許巷村は湯山鎮に属し、道路沿いに200戸ほどの農家が並ぶ村落であった、この村が補充員部隊の波状進軍の犠牲となった。

12月20日の明け方に日本軍の先頭部隊が現れ、通信兵らしき日本兵が、農作業をしている陳光秀の父親に近づいて、何か日本語で話しかけているようだったが、分からないで黙っていると、いきなりピストルで撃たれた、なおもよろめいた父を日本兵は突き飛ばし、胸を撃って即死させ、そのまま行ってしまった。

急いで村へ帰り、姉、妹、兄嫁と山中に隠れたが、兄は日本兵に連行されてしまっていた。

約100名の青年たちを日本軍は少し離れた道路沿いの田んぼに連行した。
殺されるのではないかと老人たちは後をついって行ったが、豚や鶏の徴発に応ずるようにと追い返されてしまった。

田んぼに連行された青年たちは、互いに向き合ってひざまづき、2列に並ばされ、、その周りを囲んだ日本軍兵士は銃剣で一斉に刺殺した。集団虐殺が行われたのは午後4時頃であった。

農民たちにとって不幸であったのは日本軍の軍規の乱れ方の様々な部隊があったことである。

しっかりとした指揮官のいる部隊は、非戦闘員は殺害しないとう軍律を守っていた、許巷村の村民が聴いた噂「日本軍大歓迎の横断幕を掲げ、総勢出迎えれば、家を焼かれず、虐殺もされないという」というのは村民に危害を加えない部隊のことであった。

村民が日本軍はどの部隊も同じだろうと考え対応したことが、悲劇となった。」

南京事件に至るまで〜28(南京陥落1)

.>〜アジアに生きる大東亜戦争〜より

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/22 06:42 投稿番号: [6098 / 29399]
ブン・トモ(インドネシア、元情報・宣伝相)
このおじさんが勝手な事をほざいても、屁の足しにもならないことを考えるべきでしょうね?

なんで、このようなことを言ったかというとですね、早急に経済援助、つまり戦時賠償金が支払われることを望んだからに他ならないのではないでしょうかね。

佐藤栄作氏などに戦犯容疑はかけられてはいなかったのですから、あえて、戦争責任を追及するよりは、同調する態度をみせて、他国の賠償より、自国の経済援助を引き出すことが、この人の国に対する忠誠心のようなものでしょう。と思います、、よ、アジアの指導者にはこの傾向が強い、、貧乏国ばかりですからね、当時は、、、金が、、、ほしいと言うことです。

本心で言っているのであれば、戦時賠償金請求を退けるべきでしょう、、ね。

同情はするが、、、金はくれ、、、では
本心はどちらか?    考えてみることでしょうね。

********

日本政府に対して戦時
賠償支払いを希望したのはアジアの四カ国だけであった。
ビルマ(一九五四年)
フリッピン(一九五六年)
インドネシア(一九五八年)
南ヴェトナム(一九五九年)との間で賠償協定が結ばれて連合国の内講和条約締結国との間では賠償問題は決着をみた形となった。

〜アジアに生きる大東亜戦争〜より

投稿者: maxgame951753 投稿日時: 2004/09/21 20:57 投稿番号: [6097 / 29399]
ブン・トモ(インドネシア、元情報・宣伝相)

われわれアジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。
インドネシアの場合は、350年間も失敗が続いた。

それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏をわれわれの面前で徹底的に打ちのめしてくれた。われわれは白人の弱体と醜態ぶりを見て、アジア人全部が自信を持ち、独立は近いと知った。
一度持った自信は決して崩壊しない。

日本が敗北した時、”これからの独立戦争は自力で遂行しなければならない。独力でやれば50年はかかる”と思っていたが、独立は以外にも早く勝ち取る事ができた。

そもそも大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらねばならなかった。
そして実はわれわれの力でやりたかった。
それなのに日本にだけ担当させ、少ししかお手伝いできず、誠に申し訳なかった。

(昭和32年5月、来日し、久原房之助、佐藤栄作らに面会した時の挨拶)

同感だ

投稿者: mituru171819 投稿日時: 2004/09/21 19:19 投稿番号: [6096 / 29399]
30万人は中国人がいいだした数じゃない
人数はたしかに不確かだな
ただ虐殺はあった
これからは人数にこだわるのはよそうぜ

売国奴は中枢にあり

投稿者: shinoyokoku 投稿日時: 2004/09/21 19:04 投稿番号: [6095 / 29399]
>それは事実だからですよ、、、ね。

この国の政治家は、竹島が侵略されても領海近くで他国が資源を食いあさっても文句の一つも言わない、言ったとしてもとても声が小さいんですよね。
自分の利権や利益以外の事は、な〜んにもしない。
それがこの国の政治家です。
先のH元首相のように、英国にまで意味不明の謝罪に行った程ですからね・・・。

>南京虐殺事件は事実だが数はまけて!

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/21 18:40 投稿番号: [6094 / 29399]
>それよりも政治のプロパガンだとして日本を非難する道具に使っている中国政府のやり方のほうが野蛮である。

それで日本政府は抗議したのでしょうかね?
貴方がここで大きな声で言っても、なんの進歩もありませんよ。

要は日本政府の態度ですよ。
国会で議決でもされましたか?
抗議などしてはいないでしょう。

何も言わないのは何もしないことと同じです、、、言えないのでしょうね?

と思います。


それは事実だからですよ、、、ね。

せめて数を少なくしてくれとでも、言いますか、、、ん?

>忘れたい訳じゃないが

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/21 18:33 投稿番号: [6093 / 29399]
>5万人銃殺で10万発、至近距離で15万人で15万発、合計25万発の銃弾が必要。
>10万人刺(斬)殺の場合、血糊や刃こぼれを考えると、5万振りの銃剣(刀)が必要になります。当時の日本軍が戦闘使用分以外にこれほどの補給能力が有るとは思えませんが?

おかしな計算ですね?
約10万人の日本軍兵士ですから一人あたり3人ほど余計に射殺すれば事足りますよね。
25万発ほどの銃弾しか余分は無かった?とすれば、一人あたり2.5発の予備弾しかなかったと?
そんな馬鹿な、、戦争にもなりませんな?

ちなみに蒋介石軍は70万人規模の大軍団で戦傷死者は25万人に上っていると言うことですよ。?

>更には、30万人を埋める穴・・どんな大きさだろう?同様にこんな大規模な土木能力も有りません。

南京城の脇には長江という大きな河も流れていますよ。

>それより今の日本の中国人犯罪なんとかしろよ・・・これ中国流に言うと「日本人数万人が中国人犯罪者に殺戮された」・・・となるのかな?

そんなことよりも、毎日毎日殺人国家日本の日本人同士の年寄りや親族、子供、殺しをやめさせろ、醜くてニュースも見る気もなくなる。
日本人くらいなものだろうか?
同胞意識の欠如、弱いものいじめは民族的、遺伝か?

俺も日本人だが、情けなくなるようなご時世だぜ!人のふり見て我がふり直せだよ。

民間人が巻き込まれたことは事実です

投稿者: miraisatoru21 投稿日時: 2004/09/21 16:47 投稿番号: [6092 / 29399]
30万人、とか5万人、とか数字にこだわると、数の論争になるだけ、
責任はどこかへ行ってしまって、
果ては、「南京虐殺などなかった」という考えに行き着く人もいる、
そんな気がしています。
南京虐殺。何人民間人が巻き込まれたのかは、いまや推測不可能。
しかし、民間人が巻き込まれたことは、事実です。

南京虐殺事件は事実だが人数はインチキ

投稿者: jnwing2001 投稿日時: 2004/09/21 16:45 投稿番号: [6091 / 29399]
虐殺があったと言う人々は、30万という数字がインチキだと分ると数字の問題ではなく虐殺があったことが問題だ、と必ず論点をはぐらかす。

元々は数字の大きさを問題にしたのが支持派のはず。数字が問題でないのなら虐殺は世界中で行われてきた。   何も日本軍だけが悪の権化みたいに悪者にされることはない。

日本軍人は銃剣で刺し殺したとか、婦女助暴行したとか被害者と称する人の伝聞だけで大げさに取り上げる。   日本軍の行動を肯定するつもりはないが、婦女暴行などいつの時代であれ何処の軍隊でも行っている。   銃剣で刺し殺したのは銃弾が貴重だったからであって、野蛮だからではない。

本来、戦争での人殺しは罪にならない。勿論例外はある。捕虜や非武装民間人を殺すのは違法である。しかし、銃で殺せば正当で銃剣で殺せば虐殺だと言って非難するのは如何なものか。それよりも政治のプロパガンだとして日本を非難する道具に使っている中国政府のやり方のほうが野蛮である。

忘れたい訳じゃないが

投稿者: dream180jp 投稿日時: 2004/09/21 15:56 投稿番号: [6090 / 29399]
別に忘れたい訳じゃないが、30万人殺そうと思うと①銃殺の場合通常2発(執行時に1発、とどめにこめかみ当たりに1発)②至近距離の場合は頭に1発③刺殺(斬殺)の場合、通常2〜4刺(斬)。30万人の内、5万人銃殺で10万発、至近距離で15万人で15万発、合計25万発の銃弾が必要。10万人刺(斬)殺の場合、血糊や刃こぼれを考えると、5万振りの銃剣(刀)が必要になります。当時の日本軍が戦闘使用分以外にこれほどの補給能力が有るとは思えませんが?更には、30万人を埋める穴・・どんな大きさだろう?同様にこんな大規模な土木能力も有りません。非戦闘員が犠牲にならなかったと言えばウソでしょうが、30万人はちょっとね〜、万里の長城も実際は数千キロ(中国と日本では単位が違うがそれにしてもネ〜)、トラは1日千里を走る・・これもね〜、三国志に出てくる軍隊の数10万・30万・50万(本当は数千〜5万じゃないの)これもね〜、結局・・・・中国人は金勘定以外の数字は・・みな出たら目?・・・それより今の日本の中国人犯罪なんとかしろよ・・・これ中国流に言うと「日本人数万人が中国人犯罪者に殺戮された」・・・となるのかな?

南京虐殺事件は事実

投稿者: miraisatoru21 投稿日時: 2004/09/21 15:13 投稿番号: [6089 / 29399]
自分の行った良いことは、いつまでも覚えていて、記録する人が多い。
自分の行った悪いことは、なるべく忘れて、記録しない人が多い。
どうしても記録せざるを得なくなったとしたら、嘘の記録をつくるのは容易だ。
南京虐殺。何人民間人が巻き込まれたかは、いまや推測不可能。
しかし民間人が巻き込まれたのは事実。
南京虐殺事件は事実。

大虐殺あった派はこれを否定して!

投稿者: veijaflor 投稿日時: 2004/09/21 13:28 投稿番号: [6088 / 29399]
http://www.history.gr.jp/nanking/LSCSmythe.pdf
これに詳しく書いてあります。
大虐殺 戦闘を含めて死者3400人

大虐殺あった派はこれを否定して!

投稿者: veijaflor 投稿日時: 2004/09/21 13:23 投稿番号: [6087 / 29399]
大虐殺あった派はこれを否定して
2004/ 9/21 13:17
メッセージ: 3118 / 3119

アバターとは?
投稿者: veijaflor
ブラ
04/08/31   04:19


1938年   南京で行われた「南京地区における戦争被害調査」

〇調査指揮者
ルイス・S・C・スマイス博士
金陵大学社会学科教授
南京安全区国際委員会書記長(国連より依頼)

〇調査方法
金陵大学の多数の学生を動員して、2人1組で無差別抽出法により、戸別に尋問し、南京市民のうけた戦争の被害状況を調査
家族調査員は入居中の家屋50戸に1戸の人の住んでいる家を抽出して、直接尋問によって調査し、その総計を50倍して数値を出した。
家屋調査は10棟に1棟の割合で調査し、その損害状況を総計して10倍した。
統計学の手法を用いた国際機関関係者(中国よりの人物)による統計学的調査


日付別による死傷者数および死傷原因

□□   死者数   □□   加害者は日本軍・中国軍問わず
12/12以前
軍事行動=0600,兵士暴行=0000,原因不明=0000 合計=0600
12/12 12/13
軍事行動=0050,兵士暴行=0250,原因不明=0000 合計=0300
12/14〜1/13
軍事行動=0000,兵士暴行=2000,原因不明=0150 合計=2150
1/14〜3/15
軍事行動=0000,兵士暴行=0000,原因不明=0000 合計=0000
日付不明
軍事行動=0200,兵士暴行=0150,原因不明=0000 合計=0350
合計=3400 ==================================

想像力?

投稿者: fukada50meizan 投稿日時: 2004/09/21 10:10 投稿番号: [6086 / 29399]
>元寇より和冦のほうがもっと古いのですよ、、、知らなかったでしょ?

知らなかったですなあ。そんな新説いつ頃からでているのですか。すでに「定説」?まさか!

ポルポトか支那か

投稿者: st300gakitahi 投稿日時: 2004/09/21 07:42 投稿番号: [6085 / 29399]
中国の支援を受けたポルポトの大量虐殺は、文化大革命のコピーですからね。
殺された人々は間接的は、間接的に中国の犠牲者でしょう。

>>南京事件に至るまで24

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/21 06:48 投稿番号: [6084 / 29399]
ばからしい、、!

貴方の想像力も乏しいものですね。

元寇よりも和冦の方がもっと古いのですよ、、、知らなかったでしょ?

そんな昔を掘り下げても、なんの解決にもなりませんよ。

残虐性を競っているのでは無いと思いますがね?

それとも人間の残虐性に興味がおありでしょうか?
そのようでしたら、サドマゾの方へ行かれてはと、、思います。

先日「ヒットラー」DVDを観ましたが、ユダヤを追いつめる一つの方法として、すべてにおいてのドイツ人に都合の悪いことはユダヤ人の責任とするプロパガンダの流布が最初で、善人から淘汰されていきましたね。

あなた方のやり方によく似ているなと思ったものです。
どこかで指導をうけているのでしょうかね?

あの有名な本屋さん辺りで、、ん

>新資料発掘による、決定的証拠

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/09/21 01:40 投稿番号: [6083 / 29399]
asdll58さん:>百人斬り裁判
http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin.htm
>についてだけど。

>>更に少なくとも野田少尉は周囲にそのことを吹聴して回った明白な事実があるわけです。
>「明白な事実」というのは早計でしょう。まだ、証言者の裏を取っていないのでは。

裁判でも歴史でも、証拠の証拠を求めることはしない。ちなみに、厳密に言うと、それは「証言」ではなく証書(文書による証拠)です。

>>仮に、もし「百人斬り」がデタラメだったとしても、その「デタラメ」を捏造したのは二人の少尉自身であって新聞記者ではない。
>これもどうかと思う。記者もかなり尾ひれをつけたかもしれない。

「記者もかなり尾ひれをつけた」と主張するほうに挙証責任がある。どういう根拠か?

>>記者が二人の少尉の言い分に基づいて記事を書いたところで、それが名誉毀損になどなるはずなどないというべきでしょう。
>言い分に基づいて、大きな尾ひれ(虚構)をつけても?

名誉毀損は「尾ひれ(虚構)」がついただけでは成立しない。当時の記事に名誉毀損に該当する記述はないばかりか、名誉とされた。特に野田氏は、手紙・講演で大毎の「百人斬り」記事を認めているばかりでなく自慢している。

>>しかも、上述のとおり、決定的とも言える証言が出てしまった以上、「百人斬り」は二人の少尉の捜索<ママ>などではなく、実際に彼等が行ったものであることは確実といえるでしょう。

訴訟においては、被告側提出の証拠は決定的でしょう。裁判所は、証拠が思いがけずたくさん出てきたので、審理の進め方を見直すことにしました。

>針小棒大 中国人は騒ぎすぎ

投稿者: killbill04_10 投稿日時: 2004/09/20 23:58 投稿番号: [6082 / 29399]
結局いつまでこの議論を終わらさせないのは、日本人に加害者意識を植えつけて利益を得て
いる人達が国内外にもいると言う事ですかね。

日中戦争に関しては、日本は1972年「日中共同声明」にて、はっきりと謝罪をして
いて、賠償金問題に関しては、毛沢東主席、周恩来首相が賠償権を放棄しているようです。
又、賠償金の代わりとなるODAも1979年から2000年分をトータルすると約6兆
円近くあり、その内の無償援助金の合計は約1281億円ですから、賠償金額としては
相当な額を提供しているはずです。(参考資料「中国利権の真相」(宝島社))
このODAに関しては国民の税金から捻出していますから、国民はこの事についてきちん
と知る権利も、意見を述べる権利もあるはずです。

そもそも煽りネタとして上がる「南京大虐殺」の犠牲者30万人と言うのは、明らかに
中国数字でしょうね。
隙を見せたら都合良く数字が膨れ上がるのは、中国の御家芸ですw

「南京大虐殺はウソだ!」リンク先です   ↓
http://www.history.gr.jp/nanking/

なんと「映像資料」にのどかな風景が写真証拠として残っています。
提供が朝日新聞って言うのが   ス・テ・キw

日本は中国に対して謝罪も贖罪も充分過ぎるほど行っている訳ですから、世界に向けて
大いに宣伝し、「ODA」を外交カードとしてすべきだと思います。

>極東3馬鹿国家の共通点

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 23:20 投稿番号: [6081 / 29399]
ポルポトか支那か、と言うところでしょうかね。

日本では江戸時代にはすでに、町人らの育児の姿勢、街並みをこぞって清掃する習慣、朝顔などの花作りに町人も武士も熱中して趣味を持つ生活、寺子屋を初めとする民間の学問塾の存在など、たいそう成熟した国民性を見せていたので、日本を訪れた英国人らが本国に戻ってから、極東の野蛮な国かと思ったら、それは中国と朝鮮だけで日本は全く異なる素晴らしい国だと、紀行文など多数残しておいてくれてます。

>>南京事件に至るまで24

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 23:13 投稿番号: [6080 / 29399]
>殺し方を教えたのは日本軍ではなかったか?

さて、ここで問題です。

尼港事件とウワサの南京大虐殺事件(存在するなら)どっちが先に起きたのでしょう?

言うまでもなく、大正7年の尼港事件ですね。

次の問題です。
元寇のときですが、対馬に朝鮮人が水先案内を買って出て、攻めて来ました。
元軍は船べりに対馬領民をぶら下げました。
手のひらに穴をあけ、縄で数珠繋ぎにして、九州沿岸まで運んだそうです。
果たして何のためでしょう。

答えは・・・食料だったのではないかと推測されると言われています。

もちろん、襲われた当時の対馬領民がむごたらしく殺害されたことは、言うまでもありません。

で〜〜〜〜〜〜♪
殺戮の残虐さは中国人に譲るヨ!☆

極東3馬鹿国家の共通点

投稿者: st300gakitahi 投稿日時: 2004/09/20 23:07 投稿番号: [6079 / 29399]
それは、自国民を虫けらのように殺して死体の山を作ったということだ。

自分の国の恥部を知る、水木しげる、、

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/20 22:19 投稿番号: [6078 / 29399]
現在、読売新聞に「ゲゲゲの鬼太郎」の作者の水木しげる氏が戦時中の従軍記を連載しておられます。

一度、お読みになられてはいかがでしょうかね?

鬼太郎も腰ぬかすでよ、、、
彼曰く「より良く生き抜くために戦っている筈の戦争で、死ぬことばかり考えているのは日本軍くらいのものだろう?」

戦って運良く生き延びて原隊へ戻れば、なぜ死ななかったと責められ、次は第一戦へと送られる。

兵士を殺すための戦争でしか無かったようですね。

彼の部隊で方面軍司令官が玉砕命令を出した、一部の将校が反対し、あくまでも戦うことを進言するも、却下され、別行動を採る、玉砕覚悟の突撃を行った将校の率いる軍隊は全滅し、遊撃隊となって戦った将兵は一部が運良く生き残ることが出来た、が彼ら将校は軍法会議にかけられ、兵士は前線おくりとなった。と言うこと、、狂人軍隊の末期症状かな?

死ななきゃ軍人では無かったようです、
実に馬鹿げた軍隊ではありますね。

>南京事件に至るまで24

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/20 22:05 投稿番号: [6077 / 29399]
>民間人の服装をして、いつでも日本軍に武装攻撃を仕掛けてくる便衣兵の場合、戦時下においては戦闘対象であった。

戦闘意欲など持ち合わせてはいなかっただろうに、、、ね。

武器も持たず、逃げ回っている敗残兵を無惨にも撃ち殺す、殴り殺す、蹴り殺して、捕虜とせず。陸戦法違反を繰り返したのは日本軍だよ、、間違えちゃいけないよね。

蒋介石軍70万人を上海で打ち破り25万人の兵士を殺害したにも関わらず、捕虜として捕らえた人数の表記が無いね、、?

日本軍の基本方針としては”捕虜を捕らず”、が実践されていたことの証明だね。
まさに鬼畜の軍隊ではありますね、しかも食糧は持っていないのだから、、、、
狂人に鉄砲というところかな?(笑)

>その殺戮の凄まじさと言ったら、どうして日本軍が経験したこともない殺害方法で、

殺し方を教えたのは日本軍ではなかったか?
投降してくる敗残兵を撃ち殺すのだから、、たいした軍隊である。
武士道など、どこの国のものでしたのでしょうかね。

ロシアの高官曰く”日本軍の下士官は優秀であった、将校も命令には忠実であった、が、、高級将校は無能者揃いであった”、、納得出来る解説ではある。
と思いますよ、、(笑)

自分の国の

投稿者: hinekurwmono 投稿日時: 2004/09/20 22:02 投稿番号: [6076 / 29399]
  残虐さを検証もせず、反日に走る、
  バカ三国。

  それに、追随するきれい事主義の
  反日日本人。

  少し昔に戻ろう。

>残虐さはヒトラー以上

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 21:56 投稿番号: [6075 / 29399]
中国人の残虐さは、と言う事ね。

なにしろ、天安門で生きている学生を、戦車で轢き殺したのはあまりに有名な、現代のお話。

文革では一体何百万人殺したんだ?
下放と言って、知識人を農村の労働改造所へ送り、拷問の限りを尽くした。
今はなんだかわかんないけど、太極拳みたいな宗教団体の弾圧だろ?
チベットへの弾圧、虐殺、尼僧への強姦など、今もって中国の殺戮、虐殺の情報には限りがないぞ。

ほんまに、中国の残虐さはヒトラー以上だのう。

そのとおりだ

投稿者: heaven10drive 投稿日時: 2004/09/20 21:42 投稿番号: [6074 / 29399]
まったくもってそのとおりです。
中国人はいまだに世界で一番えらい民族は漢人とでもおもってるんですか。
だいたい30万人て原爆2個分だよ。
日本にそんなのあるわけないじゃん。
ちなみに当時の南京の人口20万人。
いい加減当時の日本が悪と考えるのはやめてくれ。当時の中国人なんて台湾人に豚(ただうまいもん食うだけ)といわれた程度なんだぞ

残虐さはヒトラー以上

投稿者: godflashboy 投稿日時: 2004/09/20 21:41 投稿番号: [6073 / 29399]
http://www.arts.cuhk.edu.hk/NanjingMassacre/NMFOTO.html

問題視されたのは残虐に対する麻痺

投稿者: godflashboy 投稿日時: 2004/09/20 21:34 投稿番号: [6072 / 29399]
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/2004.9.16/1.html

でっち上げと証明されたことを蒸し返す輩

投稿者: nihonsuki16 投稿日時: 2004/09/20 21:21 投稿番号: [6071 / 29399]
まだ居たのか、こういう人間。

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/

針小棒大 中国人は騒ぎすぎ

投稿者: jnwing2001 投稿日時: 2004/09/20 19:05 投稿番号: [6070 / 29399]
アジアサッカーでの中国人のマナーについて日本での報道に関して、中国人は日本のマスコミは騒ぎ過ぎだと逆に非難する。

中国マスコミは、日本での中国人犯罪の報道が意図的に大きく取上げられすぎていると非難する。

どちらの場合も中国人にとっては騒がれたくない問題だから逆に非難する事で少しでも正当化しようとする考えである。


そのような事を言う国が、日本軍の残虐行為を何の証拠もなく、疑わしい体験者なるものの伝聞だけで大きく取上げるのはいかがなものか。

銃剣でついたとか強姦したとか、例えそれが本当であれ一部の兵隊のやった事。   それを日本軍全員がやったかのように広めるのがいかにも胡散臭い。

ちなみに、銃剣で突けば残虐で銃で殺せば良いというのか。   銃剣で一人を刺し殺したら残虐で、大砲を発射して100人殺したら問題ないのか。

そう言うと、必ず日本人は反省していないとか人数や殺し方の問題ではないという。人数や殺し方を一番問題にしたいのが中国人であるのに、人数や写真の根拠が曖昧になると論点を逸らす。   要するに何でも良いから日本人を悪人に仕立て上げたいだけなのである。

最終的には金が取れれば良いのであって、謝罪だけでは絶対に許さないのが中国人である。

尼港事件

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 18:46 投稿番号: [6069 / 29399]
大正7年、共産ソ連の誕生に対し、各地への共産化防止のため各国軍は共同でシベリアに出兵しました。

黒龍江河口から20キロの地点にある尼港(ニコライエフスク)には当時、日本居留民が約700名、白系ロシア人が約1万5000名、その他朝鮮人などが住んでいました。
シベリア出兵以来、日本軍の2個歩兵中隊(第14師団隷下)が駐屯し現地の居留民保護にあたっており、付近の共産主義武装組織は一時鳴りを潜めました。

ところが大正9年になって勢いを盛り返した武装組織が尼港市街を包囲、守備隊は衆寡敵せず、停戦に応じることとなりました。
2月、尼港に入った武装組織員はまず、白系ロシア人を武装解除し、資本家階級の家族ともども惨殺します(約2400名)。在尼港の石田副領事はこの暴虐に抗議しましたが武装組織は受け入れず、逆に日本側に対し武装解除を要求してきたのです。
武装解除後何をされるかは明らかであったことから、現地の部隊および義勇隊(あわせて110名)は武装組織の本拠を急襲しましたが、衆寡敵せず駐留部隊指揮官石川少佐以下多数が戦死しました。

居留民の多くは領事館に退避しましたが、集まったのはわずか250名で、逃げ遅れて武装組織の手にかかった人も多かったそうです。武装組織は子供を見つけると2人で手足を持って石壁に叩きつけて殺し、女と見れば老若問わず強姦し両足を2頭の馬に結びつけて股を引き裂いて殺したりと、それは残虐な方法で命を奪ったということです。

一昼夜戦闘が続き、領事館のなかでの生存者も28名となり、弾薬も尽きたため、一同はまず子供を殺し石田副領事、三宅海軍少佐以下全員が自決しました。
尼港に残る日本人は河本中尉率いる別働隊と領事館に避難しなかった民間人140名となりましたが、彼らは武装組織と交渉した上位部隊指揮官からの命で武装組織に降伏し、監獄に入ることとなりました。

春になって、第7師団(旭川)の多門支隊が同地の救援にようやく赴きましたが(武装組織侵攻以後は海面凍結のために派遣できなかった)、そこで見たものは地獄絵図でした。
焼け野原と化した尼港には死臭が漂い、「いったん撤退するが再び来て日本人を征服し尽くす。覚悟せよ」との武装組織の声明書が残されていました。
「救援部隊来着近し」の報を受けた武装組織は、中国人の妻妾となっていた14名以外全員を虐殺したのです。

唯一生き残った彼女らの話では、犠牲者たちは、両目を抉り取る、5本の指をバラバラに切り落とされて刺殺される、金歯があるものはあごから顔面を裂かれて抜き取られる、女は裸にされ凌辱された上で、股を裂かれ、乳房や陰部を抉り取られるなどの方法で殺されました。

獄舎の壁には血痕、毛のついた皮膚などがこびりついており、被害者の手によると思われる鉛筆書きで「大正9年5月24日午後12時を忘れるな」と書かれていました。

南京事件に至るまで24

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 18:46 投稿番号: [6068 / 29399]
>この残敵掃蕩は、敗残兵として残っている者が一般民衆の中に逃れた場合には民間人をも巻き添えにして、殺害することとなったのである。


民間人の服装をして、いつでも日本軍に武装攻撃を仕掛けてくる便衣兵の場合、戦時下においては戦闘対象であった。

ほんまに中国人は卑怯や。
兵力のない日本人の民間人の小さな町を襲って、皆殺しにしたものな。
その殺戮の凄まじさと言ったら、どうして日本軍が経験したこともない殺害方法で、何近代虐殺をした、と濡れ衣をかけられたか、良く分かる。

中国人のほうが残虐だったから、殺戮の方法を良く知っていたからだ。
なにしろ、生まれたばかりの赤ん坊を食べるような、食人種が中国人だから。マジ、怖い!!

南京事件に至るまで〜26(大寺日記)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/20 18:19 投稿番号: [6067 / 29399]
南京事件に至るまで〜25(大寺日記)
第4次補充員部隊として11月22日に福島の会津若松市を出発、12月3日に上海の呉淞に上陸、南京へ進軍した兵士の日記から、、、(大寺隆日記)

12月4日
兵隊は元気に町を歩いて色々徴発している。

12月8日
途中8時頃、ニヤ(中国人の蔑称)をつかんで、大谷さんと二人で一人のニヤに担がせる。30分歩いて5分づつ休ませてきたので、大変本隊から離れてきた。ニヤは力はあるし、足は速い、乾パンを食わせられて大喜びでいる。
部隊にはよほど離れていると思ったので、大谷さんと二人で昼寝する。

12月9日
途中ニヤをつかんで、無錫に10時到着。
無錫に来るまでの部落には兵隊が宿営しているらしく、火が火災でもあるかのように空に輝いている。火災をおこしているところもあった。
3里手前から見えた。今日は休養だ。
午後から城内の徴発に行って道に迷い、5時頃ようよう木村上等兵と二人で帰る。

12月10日
皆ニヤを雇っているので一個中隊が倍になっている。今日は支那人と兵隊と半々だ。
青陽鎮の町はまだ、火災が起こっていて、戦跡未だ生々しい。

12月14日
食糧は今日からナシに、、、。地方から徴発していかなければならない。
第4中隊は徴発中隊だ。

12月16日
徴発隊として午前7時20分整列、7時に起きたのでアワを食って出て行く、途中道を間違えて半道ばかり、反対の方向へ行く、豚や米、芋の類、徴発する物資たくさんあり、徴発容易。
午後2時半東流鎮に着く、滝潭鎮から約4里、町に着き宿営を決めると徴発に忙し、部隊の着くまでに徴発を終わる。米、豆腐、小豆、砂糖、豚、芋、カマ、野菜など、部隊もまた色々と徴発してきた。
分隊では豚、野菜、米、鶏、芋などを徴発してきたので、今晩は相当にご馳走があった。

兵士の日記には日本に帰還するときに厳しい検閲を受けたので、残虐行為は記述されていない。一般に補充員の集団は指揮系統がなかったため、前線部隊と比較すると軍規が弛緩し、部落掃蕩中の掠奪、放火、強姦、殺害など残虐行為は前線部隊を上回った。

南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)

嘘つきyuukouheiwaへ

投稿者: nano57bac 投稿日時: 2004/09/19 23:37 投稿番号: [6066 / 29399]
たいしたことも知りもせんくせに嘘もいい加減にせんか、この馬鹿
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