南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件に至るまで〜26(大寺日記)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/20 18:19 投稿番号: [6067 / 29399]
南京事件に至るまで〜25(大寺日記)
第4次補充員部隊として11月22日に福島の会津若松市を出発、12月3日に上海の呉淞に上陸、南京へ進軍した兵士の日記から、、、(大寺隆日記)

12月4日
兵隊は元気に町を歩いて色々徴発している。

12月8日
途中8時頃、ニヤ(中国人の蔑称)をつかんで、大谷さんと二人で一人のニヤに担がせる。30分歩いて5分づつ休ませてきたので、大変本隊から離れてきた。ニヤは力はあるし、足は速い、乾パンを食わせられて大喜びでいる。
部隊にはよほど離れていると思ったので、大谷さんと二人で昼寝する。

12月9日
途中ニヤをつかんで、無錫に10時到着。
無錫に来るまでの部落には兵隊が宿営しているらしく、火が火災でもあるかのように空に輝いている。火災をおこしているところもあった。
3里手前から見えた。今日は休養だ。
午後から城内の徴発に行って道に迷い、5時頃ようよう木村上等兵と二人で帰る。

12月10日
皆ニヤを雇っているので一個中隊が倍になっている。今日は支那人と兵隊と半々だ。
青陽鎮の町はまだ、火災が起こっていて、戦跡未だ生々しい。

12月14日
食糧は今日からナシに、、、。地方から徴発していかなければならない。
第4中隊は徴発中隊だ。

12月16日
徴発隊として午前7時20分整列、7時に起きたのでアワを食って出て行く、途中道を間違えて半道ばかり、反対の方向へ行く、豚や米、芋の類、徴発する物資たくさんあり、徴発容易。
午後2時半東流鎮に着く、滝潭鎮から約4里、町に着き宿営を決めると徴発に忙し、部隊の着くまでに徴発を終わる。米、豆腐、小豆、砂糖、豚、芋、カマ、野菜など、部隊もまた色々と徴発してきた。
分隊では豚、野菜、米、鶏、芋などを徴発してきたので、今晩は相当にご馳走があった。

兵士の日記には日本に帰還するときに厳しい検閲を受けたので、残虐行為は記述されていない。一般に補充員の集団は指揮系統がなかったため、前線部隊と比較すると軍規が弛緩し、部落掃蕩中の掠奪、放火、強姦、殺害など残虐行為は前線部隊を上回った。

南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)
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