南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/22 06:45 投稿番号: [6099 / 29399]
南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)

江寧県の北端に上海から南京へ幹線道路が走る所に湯山鎮がある 。許巷村は湯山鎮に属し、道路沿いに200戸ほどの農家が並ぶ村落であった、この村が補充員部隊の波状進軍の犠牲となった。

12月20日の明け方に日本軍の先頭部隊が現れ、通信兵らしき日本兵が、農作業をしている陳光秀の父親に近づいて、何か日本語で話しかけているようだったが、分からないで黙っていると、いきなりピストルで撃たれた、なおもよろめいた父を日本兵は突き飛ばし、胸を撃って即死させ、そのまま行ってしまった。

急いで村へ帰り、姉、妹、兄嫁と山中に隠れたが、兄は日本兵に連行されてしまっていた。

約100名の青年たちを日本軍は少し離れた道路沿いの田んぼに連行した。
殺されるのではないかと老人たちは後をついって行ったが、豚や鶏の徴発に応ずるようにと追い返されてしまった。

田んぼに連行された青年たちは、互いに向き合ってひざまづき、2列に並ばされ、、その周りを囲んだ日本軍兵士は銃剣で一斉に刺殺した。集団虐殺が行われたのは午後4時頃であった。

農民たちにとって不幸であったのは日本軍の軍規の乱れ方の様々な部隊があったことである。

しっかりとした指揮官のいる部隊は、非戦闘員は殺害しないとう軍律を守っていた、許巷村の村民が聴いた噂「日本軍大歓迎の横断幕を掲げ、総勢出迎えれば、家を焼かれず、虐殺もされないという」というのは村民に危害を加えない部隊のことであった。

村民が日本軍はどの部隊も同じだろうと考え対応したことが、悲劇となった。」

南京事件に至るまで〜28(南京陥落1)
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