南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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>新資料発掘による、決定的証拠

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/09/21 01:40 投稿番号: [6083 / 29399]
asdll58さん:>百人斬り裁判
http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin.htm
>についてだけど。

>>更に少なくとも野田少尉は周囲にそのことを吹聴して回った明白な事実があるわけです。
>「明白な事実」というのは早計でしょう。まだ、証言者の裏を取っていないのでは。

裁判でも歴史でも、証拠の証拠を求めることはしない。ちなみに、厳密に言うと、それは「証言」ではなく証書(文書による証拠)です。

>>仮に、もし「百人斬り」がデタラメだったとしても、その「デタラメ」を捏造したのは二人の少尉自身であって新聞記者ではない。
>これもどうかと思う。記者もかなり尾ひれをつけたかもしれない。

「記者もかなり尾ひれをつけた」と主張するほうに挙証責任がある。どういう根拠か?

>>記者が二人の少尉の言い分に基づいて記事を書いたところで、それが名誉毀損になどなるはずなどないというべきでしょう。
>言い分に基づいて、大きな尾ひれ(虚構)をつけても?

名誉毀損は「尾ひれ(虚構)」がついただけでは成立しない。当時の記事に名誉毀損に該当する記述はないばかりか、名誉とされた。特に野田氏は、手紙・講演で大毎の「百人斬り」記事を認めているばかりでなく自慢している。

>>しかも、上述のとおり、決定的とも言える証言が出てしまった以上、「百人斬り」は二人の少尉の捜索<ママ>などではなく、実際に彼等が行ったものであることは確実といえるでしょう。

訴訟においては、被告側提出の証拠は決定的でしょう。裁判所は、証拠が思いがけずたくさん出てきたので、審理の進め方を見直すことにしました。

>針小棒大 中国人は騒ぎすぎ

投稿者: killbill04_10 投稿日時: 2004/09/20 23:58 投稿番号: [6082 / 29399]
結局いつまでこの議論を終わらさせないのは、日本人に加害者意識を植えつけて利益を得て
いる人達が国内外にもいると言う事ですかね。

日中戦争に関しては、日本は1972年「日中共同声明」にて、はっきりと謝罪をして
いて、賠償金問題に関しては、毛沢東主席、周恩来首相が賠償権を放棄しているようです。
又、賠償金の代わりとなるODAも1979年から2000年分をトータルすると約6兆
円近くあり、その内の無償援助金の合計は約1281億円ですから、賠償金額としては
相当な額を提供しているはずです。(参考資料「中国利権の真相」(宝島社))
このODAに関しては国民の税金から捻出していますから、国民はこの事についてきちん
と知る権利も、意見を述べる権利もあるはずです。

そもそも煽りネタとして上がる「南京大虐殺」の犠牲者30万人と言うのは、明らかに
中国数字でしょうね。
隙を見せたら都合良く数字が膨れ上がるのは、中国の御家芸ですw

「南京大虐殺はウソだ!」リンク先です   ↓
http://www.history.gr.jp/nanking/

なんと「映像資料」にのどかな風景が写真証拠として残っています。
提供が朝日新聞って言うのが   ス・テ・キw

日本は中国に対して謝罪も贖罪も充分過ぎるほど行っている訳ですから、世界に向けて
大いに宣伝し、「ODA」を外交カードとしてすべきだと思います。

>極東3馬鹿国家の共通点

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 23:20 投稿番号: [6081 / 29399]
ポルポトか支那か、と言うところでしょうかね。

日本では江戸時代にはすでに、町人らの育児の姿勢、街並みをこぞって清掃する習慣、朝顔などの花作りに町人も武士も熱中して趣味を持つ生活、寺子屋を初めとする民間の学問塾の存在など、たいそう成熟した国民性を見せていたので、日本を訪れた英国人らが本国に戻ってから、極東の野蛮な国かと思ったら、それは中国と朝鮮だけで日本は全く異なる素晴らしい国だと、紀行文など多数残しておいてくれてます。

>>南京事件に至るまで24

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 23:13 投稿番号: [6080 / 29399]
>殺し方を教えたのは日本軍ではなかったか?

さて、ここで問題です。

尼港事件とウワサの南京大虐殺事件(存在するなら)どっちが先に起きたのでしょう?

言うまでもなく、大正7年の尼港事件ですね。

次の問題です。
元寇のときですが、対馬に朝鮮人が水先案内を買って出て、攻めて来ました。
元軍は船べりに対馬領民をぶら下げました。
手のひらに穴をあけ、縄で数珠繋ぎにして、九州沿岸まで運んだそうです。
果たして何のためでしょう。

答えは・・・食料だったのではないかと推測されると言われています。

もちろん、襲われた当時の対馬領民がむごたらしく殺害されたことは、言うまでもありません。

で〜〜〜〜〜〜♪
殺戮の残虐さは中国人に譲るヨ!☆

極東3馬鹿国家の共通点

投稿者: st300gakitahi 投稿日時: 2004/09/20 23:07 投稿番号: [6079 / 29399]
それは、自国民を虫けらのように殺して死体の山を作ったということだ。

自分の国の恥部を知る、水木しげる、、

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/20 22:19 投稿番号: [6078 / 29399]
現在、読売新聞に「ゲゲゲの鬼太郎」の作者の水木しげる氏が戦時中の従軍記を連載しておられます。

一度、お読みになられてはいかがでしょうかね?

鬼太郎も腰ぬかすでよ、、、
彼曰く「より良く生き抜くために戦っている筈の戦争で、死ぬことばかり考えているのは日本軍くらいのものだろう?」

戦って運良く生き延びて原隊へ戻れば、なぜ死ななかったと責められ、次は第一戦へと送られる。

兵士を殺すための戦争でしか無かったようですね。

彼の部隊で方面軍司令官が玉砕命令を出した、一部の将校が反対し、あくまでも戦うことを進言するも、却下され、別行動を採る、玉砕覚悟の突撃を行った将校の率いる軍隊は全滅し、遊撃隊となって戦った将兵は一部が運良く生き残ることが出来た、が彼ら将校は軍法会議にかけられ、兵士は前線おくりとなった。と言うこと、、狂人軍隊の末期症状かな?

死ななきゃ軍人では無かったようです、
実に馬鹿げた軍隊ではありますね。

>南京事件に至るまで24

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/20 22:05 投稿番号: [6077 / 29399]
>民間人の服装をして、いつでも日本軍に武装攻撃を仕掛けてくる便衣兵の場合、戦時下においては戦闘対象であった。

戦闘意欲など持ち合わせてはいなかっただろうに、、、ね。

武器も持たず、逃げ回っている敗残兵を無惨にも撃ち殺す、殴り殺す、蹴り殺して、捕虜とせず。陸戦法違反を繰り返したのは日本軍だよ、、間違えちゃいけないよね。

蒋介石軍70万人を上海で打ち破り25万人の兵士を殺害したにも関わらず、捕虜として捕らえた人数の表記が無いね、、?

日本軍の基本方針としては”捕虜を捕らず”、が実践されていたことの証明だね。
まさに鬼畜の軍隊ではありますね、しかも食糧は持っていないのだから、、、、
狂人に鉄砲というところかな?(笑)

>その殺戮の凄まじさと言ったら、どうして日本軍が経験したこともない殺害方法で、

殺し方を教えたのは日本軍ではなかったか?
投降してくる敗残兵を撃ち殺すのだから、、たいした軍隊である。
武士道など、どこの国のものでしたのでしょうかね。

ロシアの高官曰く”日本軍の下士官は優秀であった、将校も命令には忠実であった、が、、高級将校は無能者揃いであった”、、納得出来る解説ではある。
と思いますよ、、(笑)

自分の国の

投稿者: hinekurwmono 投稿日時: 2004/09/20 22:02 投稿番号: [6076 / 29399]
  残虐さを検証もせず、反日に走る、
  バカ三国。

  それに、追随するきれい事主義の
  反日日本人。

  少し昔に戻ろう。

>残虐さはヒトラー以上

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 21:56 投稿番号: [6075 / 29399]
中国人の残虐さは、と言う事ね。

なにしろ、天安門で生きている学生を、戦車で轢き殺したのはあまりに有名な、現代のお話。

文革では一体何百万人殺したんだ?
下放と言って、知識人を農村の労働改造所へ送り、拷問の限りを尽くした。
今はなんだかわかんないけど、太極拳みたいな宗教団体の弾圧だろ?
チベットへの弾圧、虐殺、尼僧への強姦など、今もって中国の殺戮、虐殺の情報には限りがないぞ。

ほんまに、中国の残虐さはヒトラー以上だのう。

そのとおりだ

投稿者: heaven10drive 投稿日時: 2004/09/20 21:42 投稿番号: [6074 / 29399]
まったくもってそのとおりです。
中国人はいまだに世界で一番えらい民族は漢人とでもおもってるんですか。
だいたい30万人て原爆2個分だよ。
日本にそんなのあるわけないじゃん。
ちなみに当時の南京の人口20万人。
いい加減当時の日本が悪と考えるのはやめてくれ。当時の中国人なんて台湾人に豚(ただうまいもん食うだけ)といわれた程度なんだぞ

残虐さはヒトラー以上

投稿者: godflashboy 投稿日時: 2004/09/20 21:41 投稿番号: [6073 / 29399]
http://www.arts.cuhk.edu.hk/NanjingMassacre/NMFOTO.html

問題視されたのは残虐に対する麻痺

投稿者: godflashboy 投稿日時: 2004/09/20 21:34 投稿番号: [6072 / 29399]
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/2004.9.16/1.html

でっち上げと証明されたことを蒸し返す輩

投稿者: nihonsuki16 投稿日時: 2004/09/20 21:21 投稿番号: [6071 / 29399]
まだ居たのか、こういう人間。

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/

針小棒大 中国人は騒ぎすぎ

投稿者: jnwing2001 投稿日時: 2004/09/20 19:05 投稿番号: [6070 / 29399]
アジアサッカーでの中国人のマナーについて日本での報道に関して、中国人は日本のマスコミは騒ぎ過ぎだと逆に非難する。

中国マスコミは、日本での中国人犯罪の報道が意図的に大きく取上げられすぎていると非難する。

どちらの場合も中国人にとっては騒がれたくない問題だから逆に非難する事で少しでも正当化しようとする考えである。


そのような事を言う国が、日本軍の残虐行為を何の証拠もなく、疑わしい体験者なるものの伝聞だけで大きく取上げるのはいかがなものか。

銃剣でついたとか強姦したとか、例えそれが本当であれ一部の兵隊のやった事。   それを日本軍全員がやったかのように広めるのがいかにも胡散臭い。

ちなみに、銃剣で突けば残虐で銃で殺せば良いというのか。   銃剣で一人を刺し殺したら残虐で、大砲を発射して100人殺したら問題ないのか。

そう言うと、必ず日本人は反省していないとか人数や殺し方の問題ではないという。人数や殺し方を一番問題にしたいのが中国人であるのに、人数や写真の根拠が曖昧になると論点を逸らす。   要するに何でも良いから日本人を悪人に仕立て上げたいだけなのである。

最終的には金が取れれば良いのであって、謝罪だけでは絶対に許さないのが中国人である。

尼港事件

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 18:46 投稿番号: [6069 / 29399]
大正7年、共産ソ連の誕生に対し、各地への共産化防止のため各国軍は共同でシベリアに出兵しました。

黒龍江河口から20キロの地点にある尼港(ニコライエフスク)には当時、日本居留民が約700名、白系ロシア人が約1万5000名、その他朝鮮人などが住んでいました。
シベリア出兵以来、日本軍の2個歩兵中隊(第14師団隷下)が駐屯し現地の居留民保護にあたっており、付近の共産主義武装組織は一時鳴りを潜めました。

ところが大正9年になって勢いを盛り返した武装組織が尼港市街を包囲、守備隊は衆寡敵せず、停戦に応じることとなりました。
2月、尼港に入った武装組織員はまず、白系ロシア人を武装解除し、資本家階級の家族ともども惨殺します(約2400名)。在尼港の石田副領事はこの暴虐に抗議しましたが武装組織は受け入れず、逆に日本側に対し武装解除を要求してきたのです。
武装解除後何をされるかは明らかであったことから、現地の部隊および義勇隊(あわせて110名)は武装組織の本拠を急襲しましたが、衆寡敵せず駐留部隊指揮官石川少佐以下多数が戦死しました。

居留民の多くは領事館に退避しましたが、集まったのはわずか250名で、逃げ遅れて武装組織の手にかかった人も多かったそうです。武装組織は子供を見つけると2人で手足を持って石壁に叩きつけて殺し、女と見れば老若問わず強姦し両足を2頭の馬に結びつけて股を引き裂いて殺したりと、それは残虐な方法で命を奪ったということです。

一昼夜戦闘が続き、領事館のなかでの生存者も28名となり、弾薬も尽きたため、一同はまず子供を殺し石田副領事、三宅海軍少佐以下全員が自決しました。
尼港に残る日本人は河本中尉率いる別働隊と領事館に避難しなかった民間人140名となりましたが、彼らは武装組織と交渉した上位部隊指揮官からの命で武装組織に降伏し、監獄に入ることとなりました。

春になって、第7師団(旭川)の多門支隊が同地の救援にようやく赴きましたが(武装組織侵攻以後は海面凍結のために派遣できなかった)、そこで見たものは地獄絵図でした。
焼け野原と化した尼港には死臭が漂い、「いったん撤退するが再び来て日本人を征服し尽くす。覚悟せよ」との武装組織の声明書が残されていました。
「救援部隊来着近し」の報を受けた武装組織は、中国人の妻妾となっていた14名以外全員を虐殺したのです。

唯一生き残った彼女らの話では、犠牲者たちは、両目を抉り取る、5本の指をバラバラに切り落とされて刺殺される、金歯があるものはあごから顔面を裂かれて抜き取られる、女は裸にされ凌辱された上で、股を裂かれ、乳房や陰部を抉り取られるなどの方法で殺されました。

獄舎の壁には血痕、毛のついた皮膚などがこびりついており、被害者の手によると思われる鉛筆書きで「大正9年5月24日午後12時を忘れるな」と書かれていました。

南京事件に至るまで24

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/20 18:46 投稿番号: [6068 / 29399]
>この残敵掃蕩は、敗残兵として残っている者が一般民衆の中に逃れた場合には民間人をも巻き添えにして、殺害することとなったのである。


民間人の服装をして、いつでも日本軍に武装攻撃を仕掛けてくる便衣兵の場合、戦時下においては戦闘対象であった。

ほんまに中国人は卑怯や。
兵力のない日本人の民間人の小さな町を襲って、皆殺しにしたものな。
その殺戮の凄まじさと言ったら、どうして日本軍が経験したこともない殺害方法で、何近代虐殺をした、と濡れ衣をかけられたか、良く分かる。

中国人のほうが残虐だったから、殺戮の方法を良く知っていたからだ。
なにしろ、生まれたばかりの赤ん坊を食べるような、食人種が中国人だから。マジ、怖い!!

南京事件に至るまで〜26(大寺日記)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/20 18:19 投稿番号: [6067 / 29399]
南京事件に至るまで〜25(大寺日記)
第4次補充員部隊として11月22日に福島の会津若松市を出発、12月3日に上海の呉淞に上陸、南京へ進軍した兵士の日記から、、、(大寺隆日記)

12月4日
兵隊は元気に町を歩いて色々徴発している。

12月8日
途中8時頃、ニヤ(中国人の蔑称)をつかんで、大谷さんと二人で一人のニヤに担がせる。30分歩いて5分づつ休ませてきたので、大変本隊から離れてきた。ニヤは力はあるし、足は速い、乾パンを食わせられて大喜びでいる。
部隊にはよほど離れていると思ったので、大谷さんと二人で昼寝する。

12月9日
途中ニヤをつかんで、無錫に10時到着。
無錫に来るまでの部落には兵隊が宿営しているらしく、火が火災でもあるかのように空に輝いている。火災をおこしているところもあった。
3里手前から見えた。今日は休養だ。
午後から城内の徴発に行って道に迷い、5時頃ようよう木村上等兵と二人で帰る。

12月10日
皆ニヤを雇っているので一個中隊が倍になっている。今日は支那人と兵隊と半々だ。
青陽鎮の町はまだ、火災が起こっていて、戦跡未だ生々しい。

12月14日
食糧は今日からナシに、、、。地方から徴発していかなければならない。
第4中隊は徴発中隊だ。

12月16日
徴発隊として午前7時20分整列、7時に起きたのでアワを食って出て行く、途中道を間違えて半道ばかり、反対の方向へ行く、豚や米、芋の類、徴発する物資たくさんあり、徴発容易。
午後2時半東流鎮に着く、滝潭鎮から約4里、町に着き宿営を決めると徴発に忙し、部隊の着くまでに徴発を終わる。米、豆腐、小豆、砂糖、豚、芋、カマ、野菜など、部隊もまた色々と徴発してきた。
分隊では豚、野菜、米、鶏、芋などを徴発してきたので、今晩は相当にご馳走があった。

兵士の日記には日本に帰還するときに厳しい検閲を受けたので、残虐行為は記述されていない。一般に補充員の集団は指揮系統がなかったため、前線部隊と比較すると軍規が弛緩し、部落掃蕩中の掠奪、放火、強姦、殺害など残虐行為は前線部隊を上回った。

南京事件に至るまで〜27(虐殺の村)

嘘つきyuukouheiwaへ

投稿者: nano57bac 投稿日時: 2004/09/19 23:37 投稿番号: [6066 / 29399]
たいしたことも知りもせんくせに嘘もいい加減にせんか、この馬鹿

朝日新聞の虐殺捏造の結果

投稿者: sinakiraidaikirai 投稿日時: 2004/09/19 18:24 投稿番号: [6065 / 29399]
南京にまともな日系企業は進出しない。
観光客もサヨだけ。
一番の被害にあったのは南京庶民。

切れちゃった

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/19 14:03 投稿番号: [6064 / 29399]
本多勝一が支那に関連して書いてるのは、支那政府の言い分を鵜呑みにしたモノだってサ。

宮崎の一地方の連隊が虐殺したと、捏造記事を書いて、謝罪してるし、裁判沙汰になってるし、ホンマに最低の赤い新聞。

http://members.at.infoseek.co.jp/jhistory/nanking/asahi.html

朝日新聞捏造の系譜

投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/19 13:59 投稿番号: [6063 / 29399]
南京攻略と同時に入城して取材にあたった朝日新聞の足立和雄記者に、評論家の阿羅健一氏が電話で面接を申し込んだ。すると、足立氏はこういったという。
  「南京大虐殺とおっしゃっていますが、私は大虐殺なんか見ていません。あなたがどの様な立場の人か知りませんが、大虐殺の証言はできません」と最初断られたそうである。だが、ようやく了解を得て、お宅に伺った阿羅氏は「しかし、足立さんがいらっしゃった朝日新聞では本多勝一記者が南京大虐殺があったと主張しているし、社会面でもよくとりあげていますが・・・・・。」と切り出した。

すると足立氏は、「非常に残念だ。先日も朝日新聞社の役員に会うことがあったのでそのことを言ったんだが、大虐殺などなかったことをね。」さらに足立氏は語を継いで、「朝日新聞には親中共(中国共産党)・反台湾、親北朝・反韓国という風潮がある。本多君一人だけじゃなく、社会部にそういう気運がある。だからああいう紙面になる。」(阿羅健一著『聞き書南京事件』127貢)これは何も朝日新聞だけじゃなくて、産経新聞を除く日本のテレビ局を含むマスコミ全般の風潮である。   阿羅氏によれば、87年の段階で、軍の参謀、師団の参謀など軍関係者だけで150人、報道関係者300人、外交関係者20人など、当時(占領直後)南京にいた約500人の人たちから、直接南京の様子を聞けば、当時の本当の南京の様子が浮かんでくるのではなかろうか−−−というので、氏はこの中の67人と連絡を取り、情報を得、さらに35人には1人3回づつ面接をして取材し、本人の校閲をうけて出版したのがこの『聞き書南京事件』である。

  朝日では足立記者の他に、朝日の南京支局長を務めた橋本登美三郎氏に面接してインタビューしている。橋本氏は朝日新聞社から派遣された50人近い記者や連絡員を統率して南京に入城し、支局を開設した支局長である。阿羅氏の、−−−−−「南京では大虐殺があったといわれていますが、南京の様子はどうでしたか?」の問いに、橋本氏はこう答えている。
「南京での事件ねぇ。私は全然聞いていない。もしあれば記者の間で話に出てくるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことを話をするし、それが仕事だからね。噂としても聞いたことがない。朝日新聞では現地で座談会もやっていたが、あったのなら、露骨でないにしても、抵抗があったとか、そんな話がでるはずだ。南京事件はなかったんだろう」(前掲同著132〜3貢)

  橋本登美三郎といえば、佐藤内閣で官房長官、田中内閣で自民党の幹事長をつとめた実力者で、決してウソをつくような仁ではない。年月日は忘れたが、細川隆元氏が小浜利得氏とのテレビ対談でこう述べていたことを思い出す。
  「わしが朝日新聞の編集長のとき、南京攻略戦に参加した記者やカメラマン全部を集めて、大虐殺のことを聞いたことがある。だが、誰一人として、見たことも聞いたこともありませんと、はっきり答えおった。大虐殺などありゃしないよ、デマだよ。」と大笑いしていた。

(略)
朝日は本多記者を中心に社内に「南京事件調査研究所」を設け、大虐殺派の洞富雄元早大教授を顧問に、藤原彰、笠原十九司、吉田裕といった反日・虐殺派の学者を集め、もっぱら南京に大虐殺があったとする出版や寄稿を重ね、さらに虐殺の資料の発表や証言の収集につとめた。    かくして朝日をトップに、日本のマスコミ全体が、南京に大虐殺があったとする風潮が支配的となった。(ただし産経新聞だけは正論を曲げないため、いまだに北京駐在から外されており、例外である)朝日は度が過ぎて、宮崎の歩兵第23連隊戦友会から訴えられた。それはウソの陣中日誌や満州馬賊の生首の写真までかかげて、大虐殺の証拠だと大きく報道したためである。朝日は訴訟に敗れ、謝罪訂正を余儀なくされている。また毒ガスのニセ写真などもバレて謝罪している。

  昭和60年8月、中共は抗日戦争勝利40周年を記念して南京に「侵略日軍南京大虐殺遇難同胞記念館」を建設していたが、何とその企画を持ち込んだのは日本社会党(現在の社民党)某実力者であり、その資金は総評(現在の連合)がまかなったといわれている。    前述の朝日の「南京事件調査研究所」のメンバーも、記念館建設の前後に南京を訪問して熱烈歓迎を受けている。本多、洞、藤原氏ら12人による『南京大虐殺の現場へ』の著書が朝日から出版されている。館内に飾られた写真その他の資料は日本から持ち出されたとみえて、館内で販売される資料集は、なぜか当分、日本人には売らないことになっていたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝卑なんてすぐバレる捏造新聞を信用しちゃだめだよ。
本多勝一なんて、支那の言い分\xB4

>新資料発掘による、決定的証拠

投稿者: asdll58 投稿日時: 2004/09/19 10:17 投稿番号: [6062 / 29399]
百人斬り裁判
http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin.htm

についてだけど。

>更に少なくとも野田少尉は周囲にそのことを吹聴して回った明白な事実があるわけです。

「明白な事実」というのは早計でしょう。まだ、証言者の裏を取っていないのでは。

>仮に、もし「百人斬り」がデタラメだったとしても、その「デタラメ」を捏造したのは二人の少尉自身であって新聞記者ではない。

これもどうかと思う。記者もかなり尾ひれをつけたかもしれない。

>記者が二人の少尉の言い分に基づいて記事を書いたところで、それが名誉毀損になどなるはずなどないというべきでしょう。

言い分に基づいて、大きな尾ひれ(虚構)をつけても?

>しかも、上述のとおり、決定的とも言える証言が出てしまった以上、「百人斬り」は二人の少尉の捜索などではなく、実際に彼等が行ったものであることは確実といえるでしょう。

上述の理由で、私には、まだ決定的とは思えない。

横からすいません

投稿者: yume365niti 投稿日時: 2004/09/18 22:09 投稿番号: [6061 / 29399]
動物(人間も)の、肉は絶対に切れません、ましてや100人の人間など無理だと思います、動物の肉は脂身があるため、刃物に油膜が付いて滑って切れません、しょっちゅう油膜をとる必要があります、魚とは違います、お肉屋さんに聞いてください。

>息子をナデナデか想像力豊かね?

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/18 21:14 投稿番号: [6060 / 29399]
あんた50歳代と書いていたよね。
子供、、息子いるのじゃ〜無いの?
娘の頭か?

息子の頭をナデナデするのが卑猥かい?

アンタの息子は破廉恥な頭をしているのかい?(笑)
それともアンタが異常性欲者か?

どんな頭をしているのか、ちょっと図にかいてくれないか、、

さぞかし卑猥な頭なんだろうね。笑

年相応の答えをしようね。

いい年こいて、恥ずかしくないかい。

>また出たよ、この手の馬鹿が?

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/18 21:08 投稿番号: [6059 / 29399]
>日本刀で100人も切れません。
どんな名刀でも。
マンガや小説のよ・み・す・ぎ。
ある意味カルトだね。ここまで来ると。

馬鹿だね〜
100人くらいは斬れるのよ。
もちろん斬り方によるけどね。

斬るだけだったら斬れるのよ。

骨にさえあたら無いように、斬れば斬れるのよ。

おまえのかあ〜ちゃんに聞いてみろ。

小魚100匹くらい一つの包丁でさばくことが出来るかどうか?

切れるのだよ。

骨を斬らなくても、絶命させることは可能だよ。

切れないのは   アンタの頭じゃないの!

まだ言ってるよ!

投稿者: yume365niti 投稿日時: 2004/09/18 19:10 投稿番号: [6058 / 29399]
南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は無かったの!
わかった?

また出たよ、この手の輩が

投稿者: kaikaku_sp_ps 投稿日時: 2004/09/18 17:53 投稿番号: [6057 / 29399]
新資料ってどんなものかと思いきや・・・。

日本刀で100人も切れません。
どんな名刀でも。
マンガや小説のよ・み・す・ぎ。
ある意味カルトだね。ここまで来ると。

新資料発掘による、決定的証拠

投稿者: lebenkorper 投稿日時: 2004/09/18 17:31 投稿番号: [6056 / 29399]
新資料とか出てきて面白くなってますね


南京大虐殺の事実を教科書から消さないために
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/2004.9.16/1.html

本多勝一さん支援と教科書問題を考えるつどい
*南京「百人斬り競争」と裁判
*新資料発掘による、決定的証拠


歴史の事実 南京百人斬り競争
http://web.sfc.keio.ac.jp/~gaou/jijitu/

百人斬り裁判
http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/intisol/hyakunin.htm

息子をナデナデか 馬鹿oityantyan

投稿者: simon2000jp 投稿日時: 2004/09/18 11:00 投稿番号: [6055 / 29399]
関係も無いところに出て来て馬鹿なことを書くアホがいるもんだ。
息子をナデナデだと、いい大人が書くことか。

この男チャンコロと思っていたが、
チョンコーだね。
しかし朝鮮人の一部にはこうも馬鹿な奴がいるもんだわ。


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毎日ナデナデ、、頭もなでなでか?
2004/ 9/18 9:37
メッセージ: 18650 / 18651

アバターとは?
投稿者: oityantyan (男性/奈良県)
ほんとに弾けるのかね、?

人に聞かせるだけの腕と音感があるのかい?

教えるほどの能力はないのだろう?

いい加減なやつだよ。

この文章からでもあんたの技量は見当できるよ。

ま〜がんばって、薄い頭か、おでこかしらんが、
しっかり、、なでなでしていろよ。

息子もなでなでか?(笑)   ぎゃははは
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馬鹿!!

南京事件に至るまで〜25(堀越日記)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/18 09:28 投稿番号: [6054 / 29399]
南京事件に至るまで〜25(堀越日記)

波状進軍の被害
上海〜南京〜南京戦区において一番乗りを争った前線部隊が、各師団の先頭部隊、主力部隊、後続部隊と分かれ、波状進撃していった。

上海での日本軍の損害が甚大であったため、各部隊とも多数の補充を必要とし、補充員が次ぎ次ぎと各部隊へ送られた、

この補充部隊は前線にたどり着くまでは臨時の編成であるため、指揮系統もなく、軍規も厳正ではなかった。

江南の広い地域および、南京区の県城と農村がこのような補充員の集団のなだれのような波状攻撃にさらされたのである。

第13師団山田支隊   (支隊長山田栴二少将)歩兵第六五連隊(連隊長両角業作大佐)
堀越文雄の日記
10月6日
帰家宅東方にいたる。支那人女子供のとりこあり、銃殺す、むごたらしきかな、これ戦いなり。

11月9日
捕虜を引き来る、油座氏これを斬る。夜に近く女2人、子供ひとり、これ突かれたり。

11月16日
午後6時ころ、一部落を見つけて、泊す。高橋少尉殿と藤井上等兵と自分と3人して徴発せし鴨と鶏、全部で8羽をもって、夕食うまし、外に豚1匹は油と砂糖、塩とで炒め、中食(昼食)の副食物にす。

11月20日
昨夜まで、頑強なりし敵も今は退却し、ところどころに敗残兵の残れるあり、とある部落に正規軍を発見し、吾初めてこれを斬る。まったく作法通りの斬れ具合なり、刀少しく刃こぼれせり、惜しきかな心平らかにして人を斬りたる時の気持ちと思われず、吾ながら驚かれる心の落ち着きなり、西徐野に一泊す。

敵はほとんど退却す、残れる者は使役に服せしめ、または銃殺、断首などをなす。いかりの心わかず、心きおうことなし、血潮を見ても心平生をうしなうことなし、これすなわち、戦場心理ならんか。

11月22日
鶏の徴発に出かける、クリークを通る支那人の舟を全部止めて片っ端から調べ、それに乗り対岸にいたり、チャンチュウ(中国酒)を一壺得てかえる。鶏およそ10羽もあるべし、中食うまし。

陸軍刑法(1908年制定)
第1章   掠奪の罪第86条

戦地または帝国軍の占領地において住民の財物を掠奪したる者は1年以上、の有期懲役に処する。

前項の罪を犯すに当たり婦女を強姦したる時は無期、または7年の懲役に処す。と明記されていた。

中支那方面軍が各部隊に”食料現地調達、徴発=掠奪命令”を出すこと、それ自体が軍規を弛緩させ、掠奪行為が強姦行為に及ぶ事を想定していながら、掠奪を許す、、と言うよりも積極的に罪を犯させた事は中支那方面軍司令官、司令部の責任は大きいといわねばならい。

南京事件に至るまで〜26(大寺日記)

解りもせんくせに、、口出すな、あ〜ほ〜

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/17 06:47 投稿番号: [6053 / 29399]
バカが理解も出来ない癖にシャシャリ出てくるな。

まともな意見の一つでも投稿してみろ、、

バカ

南京事件に至るまで〜24

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/17 06:43 投稿番号: [6052 / 29399]
南京事件に至るまで〜24(皇軍の民衆殺害)

南京攻略戦において、日本軍は上海から撤退していく中国軍の追撃殲滅作戦と、南京防衛軍に対する包囲殲滅作戦を行った。

投降兵、敗残兵、捕虜、であろうとも、中国兵であったと者、それらしき者と思われた者を殲滅、つまり、皆殺しにする作戦であった。

ハーグ陸戦条約「規則」では「第23条{害敵手段、攻囲および砲撃の禁止事項}

敵国または敵軍に属する者を背信の行為をもって殺傷すること、

兵器を捨て、または自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること、

助命せざる事を宣言すること、
などを禁止している。

にも関わらず、日本軍は無抵抗の投降兵、敗残兵、捕虜を片っ端から殺害していった。

この残敵掃蕩は、敗残兵として残っている者が一般民衆の中に逃れた場合には民間人をも巻き添えにして、殺害することとなったのである。

日本政府、軍部の「支那膺懲」という思想が皇軍に対して屈服し、その配下にくだらない者は武力で征伐し、打ち懲らしめるというものである。

中国人が生きて生活する場に侵入し、彼らの生活の場を破壊しておきながら、日本軍に敵対したり、あるいは協力しない民衆を抗日と見て、あるいは疑うだけで、膺懲として殺戮したのである。

南京事件に至るまで〜25(堀越日記))

解りもせんくせに解った風なことを言う

投稿者: simon2000jp 投稿日時: 2004/09/16 17:58 投稿番号: [6051 / 29399]
>かなりの国が反対するでしょう。
賛成票はアメリカのみということでしょう。、、と思います。

馬鹿なオイチャンコロの話
まずは100%当たらない。

それほど日本が憎いのかネェこのアホは。

素朴な疑問? 憲法とは?

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/16 06:49 投稿番号: [6050 / 29399]
>いまの日本で憲法を本気で改正出来ると思っている人は皆無では?

馬鹿なことを、、自民党も民社党も憲法改正はしたいのだけれど、自信が無いだけの話でしょう。活動はしていますが、先送りとなっているだけです。
国民の意思の統一が出来ない、説得できない、のと、心が読めない。
つまりは理論的に説明出来ないからですよ。

国民の支持が得られないと勝手に思っているだけです。

まるっきりのアホ集団でしょう。

おかしいとは思いませんでしょうかね?
憲法とは国の国是ですよ。

国のあり方を内外に表明しているものですよ。

その国を知ろうと思えばその国の国是を読むことではないでしょうかね?

その憲法に書かれている事と実態が異なっていることは、いわば、一種の詐欺的行為といわざるを得ませんね。

>また、憲法を改正すれば信用される国といえるんでしょうか?現状で憲法改正が出来ないのであれば、必要に応じて拡大解釈しするしかない。

国の実態に沿った改正であれば、当然信頼される事じゃないですか?
拡大解釈は法律を解釈する上では禁止されていますでしょう。
基準もなく闇雲に拡大して納得している国など無いでしょう。
衆愚政治の見本の様ですね!

>もともと、軍事力を保持しないと憲法で決める方がおかしい。

このあたりにあなたの能力の限界を感じますね。
そもそも法律知識に乏しいとしか思えませんよ。

結局、この手の考えを待たれている人は、最後には「もらった憲法、押しつけの憲法」だから、、に落ち着くようですが、、ね。実に馬鹿げた説得力も無い、考え方だと思いますね、

これが、この国の遵法精神の無さを表しているものと思います。

刑法、民法、商法   などはドイツ、イギリスから学んだ法律でしょう。
元々はあちらの法律ですよ。
日本古来からの法律など規定されていますか?(冗談かな?)

「和をもって尊しとなす」なんてこと書いてありませんよ。

>守るべきは日本の国益。もっとも、日本が諸外国から信用されないのは、憲法問題の事ではないと思うが・・・!

詐欺師と思われることは国益に影響はないのでしょうか?

私はかなりの影響があると思いますよ。
たとえばね
北朝鮮の金日成の所属部隊、金正日の生い立ちの問題について、いろいろと書かれていますが、これ一つとっても、北朝鮮という国のあり方が問われているじゃありませんかね?

佐藤栄作元総理は「非核三原則」を国策としてノーベル平和賞を日本を代表して受けましたが、反対していたのは自民党であり、佐藤栄作であったと記憶しています。国会での議決に対しての受賞でしたが、現実にはアメリカの核の傘の下で、安全を確保した上での事でした。
当時もずいぶんと海外から批判されていたようです。
現在は堂々とアメリカ軍が日本国内に核を持ち込んでいることは承知の事実でしょう。
戦争にも支援、加担しています。

かなり、ずるい国だと思われても仕方がないでしょうね。
これで、国連理事国入りですか?

かなりの国が反対するでしょう。
賛成票はアメリカのみということでしょう。、、と思います。

自分たちがやったことを日本人のせいに

投稿者: sennen_no_sippo 投稿日時: 2004/09/16 03:41 投稿番号: [6049 / 29399]
するのは、もはや中国の常識だろうに。

そんなことは枚挙にいとまがない。

私も同じく

投稿者: hinekurwmono 投稿日時: 2004/09/16 00:21 投稿番号: [6048 / 29399]
  そう思いました。

  彼の国の歴史の暗部を日本に擦り付け   ているようにしか思えませんがね〜

>南京事件に至るまで〜23( 崇善堂)

投稿者: hemonyojp 投稿日時: 2004/09/15 23:02 投稿番号: [6047 / 29399]
これって   自分の知る限りでは中国人の自国民に過去から習慣的に行われてきた手口ですねェ。

素朴な疑問。

投稿者: etranger20012001 投稿日時: 2004/09/15 22:44 投稿番号: [6046 / 29399]
いまの日本で憲法を本気で改正出来ると思っている人は皆無では?

>ドイツはすでに戦後50数回憲法改正を行っているそうです。
日本は一度も改正は行われていません。


国家の状況が違うので、ドイツと比べても実がないのでは?日本は占領下で占領軍の作った憲法を受け入れ、ドイツは拒否した。

また、憲法を改正すれば信用される国といえるんでしょうか?現状で憲法改正が出来ないのであれば、必要に応じて拡大解釈しするしかない。

もともと、軍事力を保持しないと憲法で決める方がおかしい。

>このように、憲法さえ都合よく解釈され、なし崩し的に、骨抜きに簡単にしてしまう政府を諸国の公正と信義においてはいかが判断されるかは自明ではないでしょうかね?

まず、守るべきは日本の国益。もっとも、日本が諸外国から信用されないのは、憲法問題の事ではないと思うが・・・!

南京事件に至るまで〜23( 崇善堂)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/09/15 21:15 投稿番号: [6045 / 29399]
南京事件に至るまで〜23( 崇善堂)

中支那方面軍が包囲殲滅作戦をとり、中心の南京城に向かって師団、旅団、連隊、大隊といった各規模の部隊単位で波状的に進撃していった。

このため、南京近郊農村地帯に住んでいた民衆はさながら、日本軍が投げた南京戦区という大きな投げ網のなかで右左往し、逃げまどう雑魚のような運命にさらされていた。

崇善堂という埋葬団体は、南京郊外の遺体が物語る悲惨な様相を記している。

「郊外の民衆で、未だ他所へ避難できず、難民区にも入れない者は、昼間は一カ所に集まって助け合って身を守っているが、不幸にして日本侵略者に見つかると多くが被害に遭う。

背後から撃たれて倒れている者は、逃げる途中で難にあったものである。
横臥した形で刀で突かれて血を流している者は生きているうちにやられた者である。
口や鼻から血を出し、顔面が青く、足が折れている者は大勢の者から殴られたり、蹴られたりした者である。
婦人で髪が顔にかかり、乳房が割れて胸を刺され、ズボンをつけていない者、これは生前辱めを受け、殺された者である。また、
頭をもたげ、目をむき、口を開け、歯を食いしばって、手足を突っ張っり、ズボンの破れている者は乱暴されるを拒んだ者である、惨たるかな、惨たるかな。

夜毎、集団にして遠方に逃げる。声が聞こえると草むらに隠れたり、田の畦に隠れる。
危険なのは夜が明けてから、日本軍が高所から遠くを見渡す時で、逃げるところを見つかると弾丸が飛んでくる。
中に婦人がいると、手で止まれと合図して、追って野獣の仕業をなす。
いうこと聞かないと殺されるし、いうことを聞いても輪姦され、殺される。
立ち止まらず行こうとする者には容赦なく銃声が鳴り響く、死者はますます増え続ける、それ故   農村部の遭難者は都市部よりも多い」
(南京市崇善堂埋葬隊活動一覧表、中国関係資料編、所収)

>>単純なことですよ、、

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/15 06:40 投稿番号: [6044 / 29399]
>中国ではよく、「日本が再び軍国化する」と言いますね。
軍国主義とは、「軍人が政治を支配すること」です。現代の日本では、それはありえないのだということを理解してください

思うに、理解できないから反応するのではないでしょうかね?

日本国憲法には「第9条国の交戦権は認めず、陸海空軍は保持しない、」

第20条3項「国およびその機関は宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」となっています。

また、憲法前文には

「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることの無いようにすることを決意し、主権が国民に存することを宣言し、、、」

「日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した」

「我らは何れの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」

「日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」

と憲法には書かれています。

果たして、崇高な理想と目的に日本国として全力をあげて、努力しているのでしょうか?

決して、胸を張って現在の日本政府の行為、態度には現憲法はそぐわないと思います。と思いますね。

このように、憲法さえ都合よく解釈され、なし崩し的に、骨抜きに簡単にしてしまう政府を諸国の公正と信義においてはいかが判断されるかは自明ではないでしょうかね?

このような、憲法まで、手続きによる改正もせず、変えてしまう手法は決して、他国の信頼を得ることはできないでしょう。

国際上あるいは国内的に、軍隊の保持、国連軍への参加、靖国問題にしても、時代に合ったように、国民の信を問い、法的手続きを踏んだ上で、憲法改正を行い、憲法を遵守することが、他国にたして、公正、と信義にあたいする国家となるのではないでしょうか?

この点において日本国は相手国との相互理解を欠いているのではないでしょうかね?

口先だけきれいでも、やっていることは戦争支援では、信用してもらえませんよ。

ドイツはすでに戦後50数回憲法改正を行っているそうです。
日本は一度も改正は行われていません。

信頼度もこのあたりでしょう。

「戦争しない」がやがて、いつの間にか「戦争もやむを得ない」となるのではないでしょうかね。政府の言いなりでね、、、!と思いますよ。
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