南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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「1945年12月9日、『対日宣戦布告』

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 20:57 投稿番号: [4481 / 41162]
ちょっと、困ったものですね?

1945年8月15日には日本は無条件降伏をしていますが、中国は、また新たに戦争をしようとしたのでしょうか?

どこの国の歴史なんでしょうか?(笑)

>再読お願いします。
中華民国(国民党蒋介石政権)が対日宣戦布告したのは「1945年12月9日」です。
その前日には、何が発生したでしょうか?

>1937年半ばの、日中両軍激突以来4年半、なぜ中華民国は対日宣戦布告しなかったのか?
(日本に関して言えば「国家間戦争」{宣戦布告有り}ではなく、「事変」{地域紛争}で終わらせたい、という意向があっての事なのですが)


1937年7月7日
北京郊外の 盧溝橋で日中両軍衝突(全面戦争始まる)
11日停戦協定成立
12日海軍軍司令部「対支作戦計画内案」を作成
28日日本軍、華北で総攻撃を開始

1935年以来、日本は華北侵略を企図し、関東軍支配下の冀東、内蒙古両政権と緩衝的な冀察政権(宋哲元)を成立せしめたが、1937年7月7日北京郊外の豊台駐屯の日本軍が冀察政権の第29軍の駐屯地の近傍にある、北京西郊永定河の盧溝橋付近で夜間演習を実施、その終了時に数発の射撃音があり、たまたま一名の兵士が不在(実際は用便中)であった為、豊台の主力部隊が出動し、兵士は約20分後に発見されたが翌日未明、日本軍は中国軍を攻撃し、永定河左岸を制圧し、9日停戦協定が成立、11日協定に調印、中国軍の永定河左岸駐屯禁止、責任者の処罰、謝罪などを定め、19日細目協定にも調印。
しかしながら、日本軍、日本政府は事件不拡大方針を掲げながら、11日関東軍および
内地3個師団の派兵を声明、これにより、中国軍民の抗日意識が高まり、蒋介石軍の国民政府も態度を硬化させ、華北派兵を企てた。日本陸軍内部の強硬派はこれを好機と捉え27日派兵を決定し、28日総攻撃を開始し、ここに日中戦争が始まった。すべて日本側の企図したことである。

1937年8月
13日   上海で日中軍交戦開始、(第二次上海事変)
15日   近衛文麿首相「南京政府断乎    声明」を出す、
日本海軍機南京を渡洋爆撃する
     上海派遣軍を「編組」(司令官   松井石根)
29日   南京駐在の欧米5カ国の外交代表、南京空襲に抗議し、爆撃停止を求める抗議書を日本に提出する 。
南京1937年8月15日
この日午前、南京を離れる最後の在南日本大使館員とその家族、日本人居留民団員が下関の埠頭から汽船で長江を渡り、対岸の浦口から津浦(天津〜浦口)線に乗って青島の向けて出発をした。引き揚げる日本人に対して、中国民衆からの危害を加えられることを懸念した中国国民政府は、特別列車を用意士、護衛兵40名を付け、外交部の係官2名を随行させて不祥事の発生を防いだ。一行が丁寧に浦口駅から送り出されて、三時間ほど過ぎた午後3時頃鳴り響く空襲警報のサイレンのうなりと響き渡る爆撃機の轟音に恐怖と混乱に落ちていった。雨雲の間から次々と現れる日本海軍機20機は低高度から市内各所の爆弾を投下し始めた。

南京を爆撃したのは海軍木更津航空隊の新鋭機=96式陸上攻撃機20機であった、。
午前9時10分長崎の大村基地を発進士、東シナ海を横断し、台風による悪天候をおして南京まで、洋上約600kmを4時間で飛翔「南京渡洋爆撃」を敢行したのである。
「我海軍機長駆南京へ/空軍根拠地を爆撃す/敵に甚大の損害を与える」
「我海軍機は長躯南京を襲撃/午後2時から3回に渡り南京付近支那空軍基地に多大な損害を与えた」(東京朝日新聞)
「世界戦史 空前の渡洋爆撃」(雑誌日の出(新潮社発行)
南京渡洋爆撃は戦時国際法「開戦に関する条約」1907年ハーグで締結、(日本は1912年に批准、公布中国も当事国)
*「締約国は理由を付したる開戦宣言の形式または条件つき開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する明瞭かつ事前の通告無くして、その相互間に戦争を開始すべからざること」と定めている。日本海軍航空隊は宣戦布告も無しに 中国の首都南京をいきなり渡洋爆撃をしたのはこの「開戦に関する条約」に違反した行為であった。
又、条約付属書「陸戦の法規慣例に関する規則」において第25条防守されない都市の攻撃、防守 せざる都市、村落、住宅、建物はいかなる手段によるもこれを攻撃または砲撃することを得ず」
日本海軍機の南京爆撃は非戦闘員を殺傷、非武装地域への爆弾投下をおこなったことで、同法にも抵触している。

上海事変とは戦争とは呼びたくないことの現れで、単に表現を変えただけでしょう。
日本軍の戦傷者数も4万人を数える激戦であった戦いを言葉だけで、判断するものでしょうか、国家間の戦争であることは明らかですよ。

軍隊を自衛隊というお国柄ですから、や

>>横3>

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/07 20:22 投稿番号: [4480 / 41162]
>「広島・長崎」のみその「死因」を要求して「南京」の「死因」については「ほおかむり」ですか...

身近な日本国内の事です。
その死因について、分別方法を教えて頂けますか?

広島、長崎の被爆者総数のうち、すべてが原爆の死者では無いでしょう。
その何パーセントに被爆での死因で無い方がいらっしゃるのでしょうか?

私には、とても神のごとく、特定など出来ませんよ。

ただの人間ですからね。

単なる、無理難題、こじつけを、お書きになっていらっしゃるのでは無いでしょうかね。
当方はそのように思います。

でも、広島、長崎に比べれば、証拠となる物は多いのではないでしょうか。

と書きますと、必ず、貴方は
その証拠となる物を出せと言われるでしょうが、、現在、当方は南京虐殺者の死因の関して、調査、探求する気力はありません、どなたかのご意見を拝聴したい物です。

はっきり言って、馬鹿馬鹿しいのですよ。

これが支那人の本質

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2005/02/07 18:50 投稿番号: [4479 / 41162]
>東京大虐殺をしませんでしたよ!信じてください。
>。。。。残念だけど

説明不要。
日本のおける反支那感情強化に効果大。

>>宣戦布告無し、

投稿者: okureteru2005 投稿日時: 2005/02/07 18:45 投稿番号: [4478 / 41162]
宣戦布告?

共産党が仕組んだ盧溝橋事件、国民軍のほら宣伝に踊らされた通州日本人居留民虐殺事件、第2次上海事件、という一連の事件の引き金を引き続けたのは誰でしょうかね?

追記

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/07 16:59 投稿番号: [4477 / 41162]
貴殿が引用された、武藤元軍務局長の手記中の「編制・編成」に関する小生の疑問点(貴殿への「編制・編成」に関する質問ですが)

お教え願いますでしょうか?

「方面軍」が「正規軍ではない」とされた貴殿の引用に対する質問です。

>宣戦布告無し、

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/07 16:49 投稿番号: [4476 / 41162]
>これは全く別の問題ではないでしょうか?

勘違いされないで頂きたいのですが。

小生、宣戦布告無き事を、国際条約に違反していないなど、一言も言ってはおりません。

小生。貴殿が当初主張されていた「中支那方面軍の正当性(正規か否か)」「南京攻撃は天皇陛下の裁可が必要か」について論じていました。

そこで小生は「南京攻略に関しては、必ずしも天皇陛下のご裁可を要しない。「大本営御前会議」「大本営政府連絡会議」で裁可を得る必要は無く、軍部の専管事項で決定できる「戦略達成目標」である」と言いました。

そのresに対して貴殿は「宣戦布告していない」という範囲まで拡大して、「中支那方面軍は正当性はない」と言う方向へ持っていかれようとした。

それに対して小生は「宣戦布告も有無にまで拡大するなら(もはや国家外交戦略範疇の「戦争」に関して論じるならば)「中支那方面軍が正式な方面軍ではない」「南京攻略が天皇陛下の裁可を受けて正式に発令された作戦ではない」は無意味でしょう」と申し上げました。

一方面軍の正当性有無ではなく。
最早国家戦略の段階を論じるのであれば、と言うことです。

*方面軍の正当性に関しては、小生別のresで「編制・編成」に関して申し上げておりますので。
そちらをご参照願います。

>攻められる方も宣戦布告をしなきゃなりませんか?

・・・ご存知無い?
そうですか...ご存じなかったのですね、失礼しました。
「宣戦布告しなければならない」のです。

>宣戦布告が行われていれば、戦闘半ばの12月1日に改めて布告する必要などなかったのですよ

再読お願いします。
中華民国(国民党蒋介石政権)が対日宣戦布告したのは「1945年12月9日」です。
その前日には、何が発生したでしょうか?
1937年半ばの、日中両軍激突以来4年半、なぜ中華民国は対日宣戦布告しなかったのか?
(日本に関して言えば「国家間戦争」{宣戦布告有り}ではなく、「事変」{地域紛争}で終わらせたい、という意向があっての事なのですが)

4年半の間、中華民国が「対日宣戦布告」していなかったのは、中華民国側にも「主権国家間戦争」を日本と行っている事を認めない、と言う国家としての意向があったのですが。
この両点から言えば。
日中両国の「戦争」は。
「1945年12月9日、中華民国の『対日宣戦布告』によって始まった」となるのですが?

東京大虐殺

投稿者: chiyandan2004 投稿日時: 2005/02/07 16:35 投稿番号: [4475 / 41162]
をしませんでしたよ!信じてください。






























。。。。残念だけど

>>横3>

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/07 16:20 投稿番号: [4474 / 41162]
5.戦闘終結後の戦争犯罪による犠牲者

と、

6.日本軍の一般市民に対する略奪、暴行、強姦、輪姦、殺人、放火などによる犯罪行為による死者。
7.降伏した戦闘員の殺戮(捕虜の虐殺)

は、同じ意味ですね。
「戦争犯罪」なのですから。

・・・どうしてわざわざ、追記されるのですか?
それと、前resで小生が「死因」と言ってるのは。
まさに
1.戦闘による戦死者
2.戦闘による戦傷死者
3.戦闘の巻添えによる一般市民の死者
4.戦闘終了後の戦時国際法違反による処刑者
5.戦闘終結後の戦争犯罪による犠牲者
の別です。

それをどうやって区別して「南京虐殺」が出来上がったのか?

あと、貴殿が広島・長崎で1945年8月3日・5日に無くなった方々が「様々な死因=病死した人、交通事故でなくなった人、おぼれた人、餓死した人、強盗に殺された人、強制連行による労働者の餓死、撲殺、射殺などなど&原爆犠牲者」と仰ってますが。

「原爆犠牲者」以外で1日に「病死した人、交通事故でなくなった人、おぼれた人、餓死した人、強盗に殺された人、強制連行による労働者の餓死、撲殺、射殺などなど」で、一体幾人の方が亡くなるものか...?

病死した人もおられるでしょう。
交通事故死した人もおられるでしょう。
溺死した人もおられるでしょう。
強盗に殺された人もおられるでしょう。
強制連行(この有無は別として)による労働者の死者もおられるでしょう。

ですが、原爆投下のその時間までの間に、一体どれだけの「上記死因」の方々がいたのですか?

病死者で数千人?数万人?
法定伝染病の大流行ですか?
交通事故死が数百人、数千人、数万人?
戦前。戦中日本のモータリゼーションをご存知?
溺死者?
大津波でも(最近のインド洋・スマトラ沖級の)でも襲いましたか?瀬戸内海を?
強盗に殺害された人が数百人?数千人?数万人?半日足らずで?一体どんな無法地帯ですか?
強制連行犠牲者が半日で数百人、数千人、数万人?
一体、総数でどれだけの労働者が「どこで」労働していたのですか?

・・・馬鹿馬鹿しいとは考えないのでしょうかね?

貴殿の言で行けば。
広島・長崎の犠牲者数は

病死した人。
交通事故死した人。
溺死した人。
強盗に殺された人。
強制連行労働の死者。
原爆投下による死者。

を区別しなければ、「原爆犠牲者推定数万人」と言うのは成り立たない、と言うことですね。

では,ご自身の現に従って、「南京」での
1.戦闘による戦死者
2.戦闘による戦傷死者
3.戦闘の巻添えによる一般市民の死者
4.戦闘終了後の戦時国際法違反による処刑者
5.戦闘終結後の戦争犯罪による犠牲者
を明確にして、「虐殺」を主張してください。

「広島・長崎」のみその「死因」を要求して「南京」の「死因」については「ほおかむり」ですか...

ご立派なことです(苦笑

■NHK・公務員の不祥事と労働組合③

投稿者: sugiyama_hidenori 投稿日時: 2005/02/07 11:40 投稿番号: [4473 / 41162]
続きです

エコノミストの紺谷典子さんによりますと

「日本の国家財政が破綻しかかっている最大の原因は、公務員の給料の異常な肥大化」だそうです。

★カラクリが見えてきました。

公務員や官僚の不祥事を追及しているマスコミも、追及されている公務員・官僚も、国家解体願望に取り憑かれた全く同じ左翼的狂人どもであるということです。

国に寄生し、シロアリのように国家を食い物にしている左翼的公務員をマスコミが批判することによって、

次回の選挙で自民党に投票する国民が減少すれば、これらのクズ左翼どもや労働組合や民主党内左翼どもの思うツボです。

今回、名前が出てきた長井とかいうNHKのプロデューサーは、私達国民から集めた受信料を食い物にしているNHK内の左翼勢力の氷山の一角にすぎないと思います。

海老沢氏が辞めた直後から

「革マル派関係者リストに名前が挙がっているNHKアナウンサー森田美由紀」が頻繁に画面に露出しだしました。

             (↑週刊新潮2004年9月16日号の報道によります)

これは、海老沢辞任後のNHKが、今後一段と左傾化を推進する前兆と見て間違いないと思われます。

中国に対するODA供与や北朝鮮に対する食糧支援と同様にNHKに受信料を支払うことは日本国民の自殺行為です。

賢明なる日本国民の皆様におかれましては、次回の選挙も自民党に投票されると同時にNHK受信料解約を断行されますようお願い致します。

それでは失礼致します。

■NHK・公務員の不祥事と労働組合②

投稿者: sugiyama_hidenori 投稿日時: 2005/02/07 11:39 投稿番号: [4472 / 41162]
続きです

★「ゆとり教育」という名の「日本人愚民化教育政策」を推進した文部科学官僚の寺脇研も、田中均をはじめとする外務省のチャイナスクールも、

NHK内で職員の七割を占める労働組合員も、この小野元之という文部事務次官と全く同じ穴のムジナです。

↓の投稿を御覧ください。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019559&tid=nhkitbembbv&sid=552019559&mid=16240

つまり、国のために、国益のために、国民の為に働くべき公僕の正体が、国家解体願望を持つ学生運動くずれの狂人どもや、そのシンパだったのです。

先々週の「たけしのTVタックル」で猪瀬直樹氏が、自民党批判に絡めて公務員の不祥事を追及していた民主党の国会議員に対してポツリと言った言葉が全てを物語っていました。

「民主党の支持基盤である労働組合が、全く必要のない【公務員の〜手当て】というものを際限なく増やしている」

「自民党だけを攻めるのではなく、あなたがた民主党も反省すべきだ」と猪瀬直樹氏は指摘しました。

次へ続きます

タイムズ、見た方いたなら教えてください

投稿者: hdcrt54 投稿日時: 2005/02/07 11:28 投稿番号: [4470 / 41162]
>最近、ニューヨークタイムズの著名コラムニストが、数週間にわたってシナの何ら根拠のない南京大虐殺による、日本たたきを非難する批評を綴った。

もはや日米共通の敵がシナであることを、アメリカの知的ハイソサエティは承知している。
そして、シナによるでっち上げの「南京大虐殺」についても捏造を見破られている。

かのタイタニックの遭難においても、婦女子を押しのけて我先にボートに乗り込んだのが醜いシナ人であることを、アメリカ人はよく知っている。
言うまでもなく紳士的振る舞いに徹した日本人がいたことも良く知られている。
その一人がYMOの細野氏の祖父であることも、近年になってから知られた。

日本人の移民がアメリカ人の家庭の庭師になって成功したケースが少なくないのは、家庭内の秘密に触れることの多い職業ゆえに口が堅く、生真面目な仕事振りの日本人が信頼されたからであった。
逆にシナ人の嘘つきコソ泥は、非難の的であった。

シナ人は山ほど子供を生む。まるでネズミのように子供を産みまくる。いずれ食糧難の時には、食うためであろうか。
そのうち町じゅうシナ人だらけになるのではないかと恐れられたのが「黄禍」であり、日本人は同族と見られて巻き添えを食らった。

シナ人ほど世界に迷惑な存在は無い。

おいちゃん、正気かい^^

投稿者: dream180jp 投稿日時: 2005/02/07 10:57 投稿番号: [4469 / 41162]
瞬時に蒸発する原爆の犠牲者と、銃剣で殺されたとされる死者数を同列で考えるのは無理だろうが・・馬鹿、だからダメなんだお前は、何度も教えてるだろうが、物理的・科学的な要因を加味して考えろって、あげくに以前の病死・事故死等々・・屁理屈の極みだろうが(嘲)日本は当時から戸籍が揃っているので犠牲者数はある程度正確で、日本は調査後犠牲者の数を水増ししていない。乞食同然の中国の流民を数えるのと全く違う、中国はその後何度も水増ししてるじゃないか・・・挙句になにかい?虐殺の正規の記録があるかも・・・・もう大笑いしかないね。自分で何も証明出来ないって言ってるんじゃないか・・何だ・・お前の論理は・・・一同大爆笑でチョン・・ダネ。

慰安婦問題に「?」を付けた読売社説

投稿者: gvjkbh8 投稿日時: 2005/02/07 09:57 投稿番号: [4468 / 41162]
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050205ig91.htm

いわゆる元慰安婦に対する「償い金」の支給事業を行なってきた「女性のためのアジア平和国民基金」について、その存在に「?」を付けた読売社説。

事の発端である例の河野談話について、その根拠の無さを指摘し、更には、NHKと朝日新聞のこの問題に関する騒動にも言及している。

宣戦布告無し、

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 21:56 投稿番号: [4467 / 41162]
>「宣戦布告」についてまで論点を拡げるのであれば。
最早「中支那方面軍が正式な方面軍ではない」「南京攻略が天皇陛下の裁可を受けて正式に発令された作戦ではない」

これは全く別の問題ではないでしょうか?
宣戦布告は陸戦法規に定められた、国際ルールです、当然日本政府も批准し、署名もしています。国際規約違反です。

天皇の裁可については国内問題ですよ。
国内においてさえ、正式な手順を踏まずに兵を動かしたと言うことではありませんか・

>日本も、中華民国も。
お互いに「宣戦布告」しなかったのですから。
(中華民国は、1941年12月9日、対日宣戦布告をしております。が、この意図はあからさまでしょう)

ご自分でおかしいとは思われませんでしょうか(笑)
攻められる方も宣戦布告をしなきゃなりませんか?

まず、応戦でしょう。
例えば、、
日本が北朝鮮に宣戦布告なしにミサイルを発射されたとして、反撃、する前に貴方は宣戦布告をしますか、、必要はないと思いますよ、、、応戦することで足りると思いますけどね、、常識で考えて、、、ね。

宣戦布告は相手国に対して、戦いを挑む外交上あるいは政治上等々の事情を詳細に伝え、戦火の口火を切る、、事を知らせることです、それに足して、相手国が答えるわけですから、宣戦布告が行われていれば、戦闘半ばの12月1日に改めて布告する必要などなかったのですよ。とおもいますけど、、

日本政府からの宣戦布告が無かった故、中国政府は改めて、窮状をしたため、日本国政府に宣戦を布告したのでしょう。

>横3>単純な質問ですね、、?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 21:38 投稿番号: [4466 / 41162]
誘導尋問調書みたいですね。
>「南京」の場合
1.戦闘による戦死者
2.戦闘による戦傷死者
3.戦闘の巻添えによる一般市民の死者
4.戦闘終了後の戦時国際法違反による処刑者
5.戦闘終結後の戦争犯罪による犠牲者
が、有ると考えます。

この中に
6.日本軍の一般市民に対する略奪、暴行、強姦、輪姦、殺人、放火などによる犯罪行為による死者。
7.降伏した戦闘員の殺戮(捕虜の虐殺)
を加えなきゃ意味がないでしょう、、ね。

死因の鑑定?法医学者になれるかな!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 21:30 投稿番号: [4465 / 41162]
>再度言いますが「数」が不思議なのではなく。
「死因の判別」が「不思議」なのです

神の手を借りなければなりませんでしょうな!
神道のアマテラスオオミノカミにでもお願いしなければ、なりますまい。

広島、長崎の被爆者の死体もありませんよ。現在残っていますか?
果たして、原爆は10数万人を殺したのでしょうか?

8月6日   9日にあるいはその数日前に
たまたま、病死した人、交通事故でなくなった人、おぼれた人、餓死した人、強盗に殺された人、強制連行による労働者の餓死、撲殺、射殺などなど、そして、原爆による被爆者、、と
どこでどう分別したらいいのでしょうか?

その根拠となる物証は、、ということと同じではありませんかね。

南京虐殺時の生き証人も少数ですが生存されています。
また、正規の記録も残っている物と思われますよ、我々が知り得ないだけではないでしょうか?その内に公開される日も来るかもしれませんね。(推測)

虐殺か戦闘か、60〜70年前の死因が判別出来とすれば、、、現在の日本の殺人の未解決事件はほとんど解明出来るのではないでしょうかね?期待しますよ、是非、研究してください。

私にはその能力も体力もまた、意欲もございません。貴方に譲ります。

予備役、後備役もご存じない?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 21:12 投稿番号: [4464 / 41162]
予備役も後備役もご存じないとは、驚き桃の木、山椒の木でござんすね。
一応、書いておきますよ。

1937年兵役制度
男子満20才で徴兵検査を受け、現役として軍隊生活をするのが二年間、在営が終わると、さらに五年四ヶ月間の予備役、その後、十年間の後備役に服さねばならなかった。

後備役兵は二十才代後半から三十才代後半であり、体力の低下はもとより、殆どの者が妻帯者であり子持ちであった。

一家を支えていた状況の中での出征であったから士気も低かった 。

陸軍の現役将校は陸軍士官学校の卒業生だけに限定されていたので、現役幹部が極端に不足し、若い現役将校は高年齢の兵士を部下として統率できず、また、

予備役将校は高齢すぎて実戦の実力に欠けていた。(南京の日本軍)

松井石根達のことでしょうな。

>>教科書が教えないアジア

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/02/06 12:15 投稿番号: [4463 / 41162]
>侵略を進出と書き直させて、大変、怒られたのですから、嘘はいけません、ね。


1982年、「翌83年から使われる高校用の歴史教科書では、戦前の日本の『侵略』が『進出、進攻』に書き換えられた」という報道は誤報であった。
ただ単に、文部省づめの記者が間違った報告をしただけだった。

しかし、実際問題として日本は『侵略』をしていないのだから、歴史教科書から「日本が侵略した」と誤解させる記述は全て削除するべきだ。


私達の先人は大東亜戦争を戦ったのです
http://www.geocities.co.jp/Bookend/9304/daitoua.htm

>samurai_03_japanさん

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/02/06 11:44 投稿番号: [4462 / 41162]
筋、趣旨から外れるのは当たり前です
共産主義の詭弁はオオムの上佑のと同じ
です。
議論で、相手を打ち負かすのが目的の
ディベートと言う競技話法なのです。
因縁をつけることが目的の汚い奴です。
言葉に困ると麻原のように恫喝してにげます。
話し合いなどで穏やかに行こうとすれば、
それこそ共産主義者の思う壺です。
100年たっても嘘と詭弁で因縁をつけ
続けます。

>>>横>ちょっと異なる点<2

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 11:08 投稿番号: [4461 / 41162]
>ちょっとね?
>現実回避に力を注がれているようですが、、?
>当事者の話も信用できないのであれば、当方としても、、、、
>お答えのしようがありません、、、ね。

苦笑するしかありませんが...
そう仰る貴殿は何を持って、1937年当時の日本陸軍部隊(特に中支那方面軍各部隊)の将兵が

>予備役、後備役の兵隊がほとんどです。
>その大部分が妻帯者、中年であり、上海戦終了後、日本へ帰国する予定であった軍隊です。

と、言われているのか。
何も示唆されてはおりませんが?
そもそも、「予備役」「後備役」とは何ぞや?ご存知で言われているとは「全く持って」思えませんな。

それこそ「現実回避」されているようですが...?

>>>横>ちょっと異なる点<1

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 11:03 投稿番号: [4460 / 41162]
話が逸れて来ているようですが。

当初貴殿は、中支那方面軍が天皇陛下の裁可を受けて正式に編制された方面軍ではない、且つ、南京攻略が天皇陛下のご裁可を受けた作戦ではない。
これは「正規軍による、正規な作戦行動ではない。」という主旨を言われておりましたが。

そのことに対し小生は、「大本営御前会議」「大本営政府連絡会議」「大陸令」に関して申し上げました。
かつ、3者の性格も。

それに対して

>であるから「宣戦布告も無し、警告も無し」で他国を侵略したとされるのでしょう。
>上海事変と呼ばれるのもこのためですね。

と、言われる事は、筋から外れるのでは?
「宣戦布告」についてまで論点を拡げるのであれば。
最早「中支那方面軍が正式な方面軍ではない」「南京攻略が天皇陛下の裁可を受けて正式に発令された作戦ではない」
と言う貴殿の主旨はどうでも良いことでしょう。
そうなってしまいます。

日本も、中華民国も。
お互いに「宣戦布告」しなかったのですから。
(中華民国は、1941年12月9日、対日宣戦布告をしております。が、この意図はあからさまでしょう)

そもそも、日中間の経緯をご存じ無い?

>>横3

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 10:40 投稿番号: [4459 / 41162]
再読お願いします。

広島・長崎の「数」
南京の「数」

を、議論の基にしたのではありません。
「死因」です。

再度言いますが、広島・長崎は「原爆投下の死者」と申しました。
直接の「死因」は多々あれど、大元は「原爆投下」によるものと見て間違いは無かろうと考えます。

「南京」の場合。
「万単位の虐殺死者」という場合、その根拠は何か?を確定しなければ何も言えませんが。

>ただ。肉体が残っていれば、虐殺された者か、巻き添えかは、鑑定できるでしょう。また、常識では考えられない埋葬方法による、遺骨の発掘、あるいは生き残りの証言などなどからの推測は可能でしょう。

貴殿上記resに関して、様々な既出資料・説がありますが。
どれもが曖昧に思えるのですよ。
それこそ

>この判別ができれば、貴方は人間を超えて神と崇められるでしょう。

と、いみじくも貴殿が仰ってられるように、困難であることは承知しておりますが。
では何故、その「神の判別」を「万単位の虐殺死者」と言われる方々は行えたのでしょう?
それを主張されているように感じる貴殿も、ですが...

再度言いますが「数」が不思議なのではなく。
「死因の判別」が「不思議」なのです。

それを否定されるスタンスの貴殿には、確たる「神の手法」が有りと考えますが。
お教え願えますか?

>>横>ちょっと異なる点<2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 06:31 投稿番号: [4458 / 41162]
ちょっとね?

現実回避に力を注がれているようですが、、?

当事者の話も信用できないのであれば、当方としても、、、、

お答えのしようがありません、、、ね。

>>横>ちょっと異なる点<1

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 06:28 投稿番号: [4457 / 41162]
>天皇陛下の裁可を仰ぐ(形式上でも)のは、外交、及び外交手段としての戦争開始、戦争中の国家戦略、及び終結。

南京攻略は「日中戦争」という「国家外交戦略」における「華中方面戦略」の「戦略達成目標」
これは、軍部専管事項です。


であるから「宣戦布告も無し、警告も無し」で他国を侵略したとされるのでしょう。
上海事変と呼ばれるのもこのためですね。
これはハーグ陸戦法違反と世界中から批難されていますよね。

ちょうどイラクがクウェートを侵略しようとした状況とにているのではないでしょうか?と思うのですよね。

金日成の南朝鮮侵攻なども「ある日突然の侵略開始」と似ていますよね。

>横3>単純な質問ですね、、?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/06 06:19 投稿番号: [4456 / 41162]
>「南京」の場合
1.戦闘による戦死者
2.戦闘による戦傷死者
3.戦闘の巻添えによる一般市民の死者
4.戦闘終了後の戦時国際法違反による処刑者
5.戦闘終結後の戦争犯罪による犠牲者
が、有ると考えます。

この、1〜5の遺体の判別を行った上での「万単位の虐殺」と言われているのでしょうか。

この判別ができれば、貴方は人間を超えて神と崇められるでしょう。

ただ。肉体が残っていれば、虐殺された者か、巻き添えかは、鑑定できるでしょう。また、常識では考えられない埋葬方法による、遺骨の発掘、あるいは生き残りの証言などなどからの推測は可能でしょう。

広島、長崎の原爆被害者数に関しても、後の生き残りの証言、親類、知人、友人などなど、の申告などから、数を集めたのではありませんか?
南京虐殺の被害者数にしても、戸籍簿が確かな物であったか?
書類は残されていたのではないかと思いますよ。
広島、長崎に比べれば、書類などは豊富に残っていたと考えられますね。

訂正2>>横2> 恥の上塗りか?

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 01:53 投稿番号: [4455 / 41162]
>石井大将が戦後、戦犯として処刑されたのは

誤:石井大将
正:松井大将

でした。(姓・名、混同しておりました。失礼しました)

>2補足上海派遣軍は正規軍

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 01:44 投稿番号: [4454 / 41162]
「正規軍」の解釈で差異があるように感じましたので、追記します。

貴殿の仰っておられる「正規軍ではない」という点は、
「正規の『編制』によって発足した方面軍ではない」という事と理解しますが。

ここで「編制と編成」の違いで混同されているのではないでしょうか?

因みに「編制」上で言えば、「編成」にて傘下部隊とされた「上海派遣軍」における
「兵器部、経理部、軍医部、法務部、憲兵隊、等々」は
「編制」上、方面軍に必要とされる規定を満たす事になります。

「編制と編成」これは似ているようで異なる事項です。

訂正 >補足上海派遣軍は正規軍ではない

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 01:30 投稿番号: [4453 / 41162]
誤:前者は「編制」の事を言い
正:前者は「編成」の事を言い

誤:後者は「編成」事項に「編制」事項を混同させております
正:後者は「編制」事項に「編成」事項を混同させております

訂正します。
失礼しました。

>補足上海派遣軍は正規軍ではない

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 01:26 投稿番号: [4452 / 41162]
>南京侵略部隊。
>一九三七年十一月七日   上海派遣軍と第十軍とを併せて指揮するために中支那方面軍の「編合」が発令され、松井石根大将が方面軍司令官を兼任するように命令された。
>「編合」は天皇の命ずる正式の軍の編成である戦闘序列ではなく、仮の編成である。方面軍の任務も「上海付近の敵の掃討」に限定されていた。

武藤少将が「編合」という本来帝国陸軍に無い用語を使った意図は分かりませんが。
仮の編成であれば「臨時編成(臨編)」「直轄」となります。

任務に関しても、当初は仰るとおり、中支那方面軍の任務は「上海付近の敵の掃討」であり、その領域は

>「中支那方面軍の作戦地域は蘇州、嘉興を連ぬる以東とす。」と制令線を指示

の通りでした。

但しそれ以後、1937年11月24日、大本営は蘇州−嘉興の前進統制線を解除し、無錫−湖州の線を新たな攻勢限界線と指示しております。

更に12月1日をもってして、南京攻略を中支那方面軍に発令しております。

>「中支那方面軍司令部は上海派遣軍と第十軍との作戦を一時的に統一指揮するだけのものとされていた。普通、一般の方面軍の編成と異なり、兵器部、経理部、軍医部、法務部(法務官が派遣され、軍法会議により軍刑法違反を取りしまる)など無く。」
>つまり、それ以上の奥地へ対する作戦を指揮する場合に必要な”兵站基地”、”機関”を持っていなかったのである。

この場合、武藤少将は誤解されているのではないでしょうか。
「〜兵器部、経理部、軍医部、法務部(法務官が派遣され、軍法会議により軍刑法違反を取りしまる)など無く。」
これは「編制」上を示します。
「編成」上の問題ではありません。
そもそも
「「編合」は天皇の命ずる正式の軍の編成である戦闘序列ではなく、仮の編成である。」
と、
「中支那方面軍司令部は〜(中略)〜など無く。」
では、根本から話が噛み合いません。

前者は「編制」の事を言い。
後者は「編成」事項に「編制」事項を混同させております。

これをもって「上海派遣軍は正規軍ではない」と仰るのが正解であれば、帝国陸軍の「編制・編成」に関する小生の理解が誤っていることになりますが。

その辺り、ご説明お願いできますでしょうか?

>横3>単純な質問ですね、、?

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 01:00 投稿番号: [4451 / 41162]
>>同様に、どうやって「虐殺」された万単位の遺体を判別したのでしょう。
戦死者の遺体と、戦闘の巻き添えになってなくなった一般市民の遺体と「虐殺された」遺体を...
>その前に広島、長崎の原爆被害者の総数はどのようにして、数えられたのでしょうか?
>単純な質問ですよ。どのように数えられたのでしょうかね?

広島・長崎の原爆犠牲者数についての数字調査の事に関しては、よく「南京」関連の議題をする際に投げかけられますが。

小生res4425を再読頂けますでしょうか?

res4425にて小生が「不思議に思っている」といった事は、数字ではありません。
「遺体の死因の判別」です。

広島・長崎の原爆犠牲者数は、その統計手段・直接死因(超高温の爆風・爆熱、放射能汚染、火災による焼死、倒壊建材による圧死、等々)に様々な要因があるものの、
「原爆投下による死者(犠牲者)」と言えるのではないでしょうか?

「南京」の場合
1.戦闘による戦死者
2.戦闘による戦傷死者
3.戦闘の巻添えによる一般市民の死者
4.戦闘終了後の戦時国際法違反による処刑者
5.戦闘終結後の戦争犯罪による犠牲者
が、有ると考えます。

この、1〜5の遺体の判別を行った上での「万単位の虐殺」と言われているのでしょうか。

その点がどうしても見えないので「不思議」に思っている訳です。

>横2> 恥の上塗りか?

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 00:44 投稿番号: [4450 / 41162]
>現役では無いということだろ!
>8月30日   依願退役(大将)
>退役将校だと自分で認めているじゃないか?

同時に、
「1937年8月15日   現役復帰(大将)」
とも示しておりますが。

1935年8月30日に「依願退役」とも示しておりますが。
つまり「予備役被仰、陸軍大将   松井石根」となります。

実役定年で「退役」したのではありません。
「依願退役」なのです。
この場合の実役定年とは、各階級毎に決められている「規定定年」です。
1978年(明治11年)生まれの松井石根大将は、1935年時点で57歳。
陸海軍大将の実役定年は63歳です。
つまり、1937年に召集がかかった時点で「予備役将校」から「現役将校」となります。

「実役定年」で退役した在郷軍人を(このようなケースは稀ですが)再召集しても「現役将校」にはならないのと、ケースが異なります。

>>尚、中支那方面軍司令官の後、内閣参議
>その後戦犯にて「絞首刑」だ。
これを書かない事の方が不思議じゃないか?

あくまで、上海・南京攻略戦当時・及び直後の経歴を書いております。
それ以外の意図はありません。

石井大将が戦後、戦犯として処刑されたのは当トピの諸氏でしたら誰しもご存知の事でしょう。

>>横>ちょっと異なる点<2

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 00:29 投稿番号: [4449 / 41162]
>>上記部隊は全て日本帝国陸軍正規師団・正規旅団であり、各師団・旅団将校・兵員は正規の軍人。
>予備役、後備役の兵隊がほとんどです。
>その大部分が妻帯者、中年であり、上海戦終了後、日本へ帰国する予定であった軍隊です。

太平洋戦争末期と混同されておられるようですが...
当時の日本では「徴兵制」が施行されていた事はご存知かと思いますが。
徴兵検査の結果、
「甲種」
「第一乙種」
「第二乙種」
「丙種」
「丁種」
の、5段階に振り分けられます。
1939年(昭和14年)日中戦争が激化する前までは、実際に徴兵されるのは第1段階の「甲種合格」「第1乙種」者のみ。
それも、編成上必要人数を抽選で集められておりました。
「甲種」「第1乙種」でも、抽選で「外れた」人は徴兵されておりません。
ちなみに徴兵され、入営する新兵の年齢は20歳〜20代前半です。
1937年当時はまだまだそういった「2年現役兵」で全師団・部隊が編成されておりました。
徴兵検査で兵役に適すると判定されたものの一部が現役兵として徴兵され、その他の大多数は補充兵として、
既に現役を終えた人々とともに在郷軍人(“待機集団=予備役、後備役、等々”)に組織されます。
そして兵力が不足すると、これらの“待機集団”が、「赤紙」と呼ばれた召集令状により軍隊に「召集」されます。

戦争の激化に伴い、徴兵検査を受けた人のうち現役兵として徴集された人の割合(徴集率)は、
1937(昭和12)年   25%
1944(昭和19)年   77%
1945(昭和20)年   90%   と急上昇します。
そして、現役兵だけでまかなえない兵員需要を補うために,赤紙が乱発されたことはいうまでもありませんが、それは1943年頃からです。

1943年の統計では、現役徴集者約41万人に対し、赤紙による召集者は約105万人に及びます。

ですので、
>予備役、後備役の兵隊がほとんどです。
>その大部分が妻帯者、中年であり、上海戦終了後、日本へ帰国する予定であった軍隊です。

と言われているのは時期を混同されておるのかと。

>>横>ちょっと異なる点<1

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/02/06 00:27 投稿番号: [4448 / 41162]
>この中に南京攻略推進強行派の「武藤章」(戦争拡大派の急先鋒)がいない。
彼が作戦課長(石原の後継)であった。戦後、極東軍事裁判にて、絞首刑となっている。
>その後、川辺に代わったと記憶している。(後日詳細)

参謀本部第1部第2課長。
石原莞爾(1937年1月7日〜3月1日)
武藤   章(1937年3月1日〜10月30日)
河辺虎四郎(1937年10月30日〜1938年3月1日)

石原莞爾は1937年9月27日第1部長離任。同日関東軍参謀副長。
武藤   章は1937年10月30日第1部第2課長離任。同日支那方面軍参謀副長。

>石原莞爾はすでに戦争拡大派によって、一線より退けられ、推進者ではない。

これは小生も先のresにて言っておりますが...

>>参謀本部(大本営陸軍部)は現地方面軍へ1937年12月1日をもって、海軍と協力し敵国首都南京を攻略すべし、と下令。
>>1937年12月4日   中華民国軍約10万が守備する南京防衛外郭陣地を突破。
>実におもしろい事ですね。
12月1日に陸海軍協力の下、南京攻略作戦命令が下された。
上海〜南京間約400km~500kmの長距離。(東京−大阪間くらいか?)
12月4日、、?わずか3日目で南京防衛軍を駆逐する。日本軍兵士約7万人。徒歩で、、、?(食料はいらなかったの?)

既に1937年11月24日には大本営は支那方面軍の前進統制線を解除、無錫−湖州の線を新たな攻勢限界線と指示しています。(上海西方100km付近を南北に繋ぐ)
上海西方の「太湖」を攻勢限界線として、それ以内の残敵掃討戦を行っております。
無錫−湖州線から南京までは、直線距離で約200km。
道路状況、地形を考慮する場合、軍における戦闘部隊の1日あたり想定行軍距離は約36km。
戦闘(中華民国軍は後退戦闘を継続)を考慮すると、約20km〜25kmの行軍距離/日としますと。
4日で80〜100km(外縁部防衛線)
8日間で160〜200km(最終防衛線)
無錫−湖州線から南京までは200kmちょっと。
別段、おかしい行程ではありませんが...
(上記は『毎日、全軍戦闘参加』した場合の想定です。実際はもう少し距離を稼げた日も有ったでしょう)

>>上海派遣軍の裁可を天皇はしているのか?

>>「大陸令」ではない。(各作戦悉くを天皇裁可する訳ではない)
>おかしな事です。
大軍を移動させながら、天皇の裁可がない?
>各作戦を悉く天皇裁可する必要がない?

失礼。表現が誤っておりました。
「御前会議ではない」です。
「大陸令(大本営陸軍部令)」ではあります。
ただ、
「大本営御前会議」
「大本営政府連絡会議(のちの最高戦争指導会議)」
以外で天皇陛下のご裁可を頂く事はありません。
大本営設置以後の「大本営御前会議」「大本営政府連絡会議(のちの最高戦争指導会議)」は以下の通り。

大本営御前会議   昭和12年11月24日 陸海軍作戦計画の上聞
大本営御前会議   昭和13年   2月16日 支那事変陸軍作戦指導要綱   御裁可   (戦面不拡大方針確立)
第   1回   昭和13年   1月11日 支那事変処理根本方針   和戦両用の施策
第   2回   昭和13年11月30日 日支新関係調査方針   東亜新秩序建設
第   3回   昭和15年   9月19日 日独伊三国同盟調印
第   4回   昭和15年11月13日 支那事変処理要綱と日華基本条約案
第   5回   昭和16年   7月   2日 情勢の推移に伴う帝国国策要綱決定
第   6回   昭和16年   9月   6日 帝国国策遂行要領   対米英戦準備
第   7回   昭和16年11月   5日 帝国国策遂行要領決定   開戦を辞せざる決意のもとに外交交渉
第   8回   昭和16年12月   1日 対米英蘭開戦を決定
第   9回   昭和17年12月21日 大東亜戦争完遂のための対支処理根本方針
第10回   昭和18年   5月31日 大東亜政略指導大綱   大東亜会議召集   決定
第11回   昭和18年   9月30日 今後採るべき戦争指導の基本大綱   (絶対国防圏の設定)
第12回   昭和19年   8月19日 今後採るべき戦争指導の基本大綱   (比島決戦)
第13回   昭和20年   6月   8日 今後採るべき戦争指導の基本大綱   (本土決戦)
第14回   昭和20年   8月   9日 国体護持の条件確認とポツダム宣言検討
第15回   昭和20年   8月14日 ポツダム宣言受諾

天皇陛下の裁可を仰ぐ(形式上でも)のは、外交、及び外交手段としての戦争開始、戦争中の国家戦略、及び終結。

南京攻略は「日中戦争」という「国家外交戦略」における「華中方面戦略」の「戦略達成目標」
これは、軍部専管事項です。

>日本は

投稿者: monroe_des 投稿日時: 2005/02/06 00:19 投稿番号: [4447 / 41162]
まあまあそれほど悲観せずとも。
在日の中にも、全くマトモな神経の人もいるのです。
この日本と言う国で教育を受けた在日の中にも、マトモな感性を育むことが出来るマトモな人も確かに存在します。

◇    ◇    ◇

「多くは海峡を自らの意志で越えたのだ」

在日・強制連行の神話
ザイニチキョウセイレンコウノシンワ


鄭   大均  
http://www.bunshun.co.jp/book_db/html/6/60/38/4166603841.shtml



*私はこう読んだ

「在日は強制連行の被害者に非ず」
田中明

  評書の著者・鄭大均(ていたいきん)氏は、在日韓国・朝鮮人(以下「在日」と略す)の文化人のなかでは特異な存在である。氏はこれまで「在日」についての通説がもつ虚構性を、剥がす作業を重ねてきた。たとえば在日韓国人に見られる〈韓国籍を有しながらも韓国への帰属意識に欠け、外国籍を有しながらも外国人意識に欠けるというアイデンティティと帰属(国籍)の間のずれ〉(文春新書『在日韓国人の終焉』)の指摘がそれである。

  これまでの「在日」文化人の多くは、「在日」を抑圧的な日本社会で苦闘している存在とみなし、その状況に抵抗するバネとして民族意識の確保を説いてきた。だが、それが現実無視のきれいごとであることは、当事者を含めて、みんな内心では認めていることであった。
  だから「在日」は、もう帰属意識もない国に運命を託すといった偽善を排し、日本国籍を取得して、日本社会のフル・メンバーとして生きていくべきだ、というのが鄭氏の主張であった。
  こんな発言は、民族精神を高唱する人々には、許し難いものであろうが、「在日」の一人として、鄭氏は「事実の語り手」であることを選び、その道を貫いてきた。そうした氏が、日本社会にはびこるもう一つの俗説「朝鮮人強制連行」に、メスを当てたのが評書である。  

  いまの日本では「在日」=強制連行の被害者ということが、動かし難い事実のように語られ、教科書や事典類にもそう記されている。先ごろは大学入試にも、それを正解とする問題が現れたくらいである。日本の近現代史は「犯罪の歴史」だというわけだ。本書の第一章には、その叙述例が総ざらえ的に挙げられているから、読者はその性格が概観できよう。そうした臆説に基づき「在日」には強制連行により苛酷な労働に従事させられたという「歴史的特殊事情」があるから、日本は「在日」の権利を積極的に保障すべきだ、という要求がなされてきた。

☆☆☆   だが常識からして、強制連行で虐待酷使された者が、解放後も地獄だったはずの日本に残ったというのはおかしい。著者は第二章以下で各種のデータや批判論を紹介し、「在日」の多くは個別渡航者であり、強制で連れて来られた者でないことを示している。それは当事者たちの子供の団体である在日本大韓民国青年会の調査「一世たちの証言」からも見てとれるし、民団発行の『法的地位に関する論文集』のなかに「一世の大半が一九三〇年代初期に渡航して永住するに至った経緯からすると」といった文言があることからも証せられる。

以下略   ※印と☆三つ<ワタクシが勝手に入れました。

理不尽な、ひどいことをされた時

投稿者: vvvvvvvvvvvvv11 投稿日時: 2005/02/05 22:48 投稿番号: [4446 / 41162]
放っておけば、神様から厳しい罰が下されることになることも多いみたいですから、


そんなことはなさらずに、知らん顔して放っておけばいいのではないでしょうか。


そして、目の前にあるやるべきことを一所懸命におやりになって、充実した毎日をお送りになってみてください。


気付いた時、彼らの態度が変わっているかも知れません。或いは、もうそうしたことができなくなっているかも知れません。

日本は

投稿者: zfm92681 投稿日時: 2005/02/05 22:26 投稿番号: [4445 / 41162]
敗戦になった。

多大な犠牲を払った。

戦後の裁判で処刑にされた人が多く居た。

なを且つ反省せよ、謝罪せよ等の日本バッシングに対しては、日本人は毅然と対峙するべきだろう。

>ふ〜ん 悪かったよ!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/05 22:10 投稿番号: [4444 / 41162]
>何でも、日本悪かったと言う論調だね。
>シナのプロパガンダの、匂いが紛々とするばかり。

こういう幼稚な思考回路は切り捨てな!
悪いことは悪いでいいのではないかい。

反省することも大事だ、反省の上でこの日本を考えるべきだろう。

それと日本軍あるいは旧日本政府をアンタは誤解してやしないか?

当時は軍事独裁政権だったのだよ、、!
理解出来ているのかい。。

今で言う、、北朝鮮の軍隊とほぼ同じ軍隊だったのだよ。

アンタは北朝鮮の軍隊を尊敬出来るか?
ファシスト政権日本だったのだ、人権など虫けら以下の扱いだったのだよ。

話は飛ぶが、、
三菱自動車を見てみろ、、反省などしなかったから、倒産間近まで追いつめられているじゃないか、、しかも、まだまだ、欠陥隠しが、、続いている。
これもたった一人の重役の内部告発から始まったのだよ。
悪いことは出来ないね〜〜え

悪事はいつまでも隠しおおせる訳がない、と言うことを知るべきだろう、、、

横3>単純な質問ですね、、?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/05 22:00 投稿番号: [4443 / 41162]
>同様に、どうやって「虐殺」された万単位の遺体を判別したのでしょう。
戦死者の遺体と、戦闘の巻き添えになってなくなった一般市民の遺体と「虐殺された」遺体を...


その前に広島、長崎の原爆被害者の総数はどのようにして、数えられたのでしょうか?

単純な質問ですよ。どのように数えられたのでしょうかね?

それと同じ事を貴方は問いかけているのでしょう。

戸籍を管理する役所は一瞬の光で跡形も無くなっています。

他都市へ戸籍簿を保管していた?
と言うことは無いでしょう。
現在ならば、CDRに保存し、地下金庫へでも保管できるでしょうが、、当時は不可能ですよ。


後年掘り出された被害者の遺骨から兵士か?市民かを特定することは困難かもしれませんが、同じ穴から出てくる着衣(在れば)生活品等々で判断するのかも知れません。私は判定に、あるいは鑑定に詳しくはありません、、あしからず。

更衣兵と言えども、武器弾薬、兵器を所持していない兵士を射殺することは陸戦法規違反ですよ。虐殺の被害者であることに違いはありません。

ふ〜ん

投稿者: zfm92681 投稿日時: 2005/02/05 21:55 投稿番号: [4442 / 41162]
何でも、日本悪かったと言う論調だね。

シナのプロパガンダの、匂いが紛々とするばかり。

横2> 恥の上塗りか?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/02/05 21:48 投稿番号: [4441 / 41162]
現役では無いということだろ!

8月30日   依願退役(大将)

退役将校だと自分で認めているじゃないか?

おかしな奴だな?


>尚、中支那方面軍司令官の後、内閣参議

その後戦犯にて「絞首刑」だ。
これを書かない事の方が不思議じゃないか?
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