南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/21 00:25 投稿番号: [41122 / 41162]
以前書いた投書文12月17日NO.40843の「下の方」に、笠原十九司氏も秦郁彦氏も、
「史料批判」の意味を間違っている、と書いてあったのをお読みになりましたか?
随分前なので、話がつながっていないのかも。


*****
笠原氏十九司氏も秦郁彦氏も、

○「史料批判」の言葉の意味を間違っている。

   (「史料内容を相互に照合する」    (『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』   教育史料出版会   p220   笠原)、
    「必要な情報の取捨や評価を、歴史学では「史料批判」と呼ぶ。」    (秦郁彦   『南京事件』中公新書   p107)

    「史料批判」の意味は、以下の私の文、『歴史と証明』理論編に書いてあります。
    http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html

    そもそも、史料に偽作贋作、虚偽・錯誤が極めて多いので、まずそこから疑え、というのが趣旨です。
*****

それで、『歴史と証明』理論編から、真偽の検討の部分を以下に引用しますと、
*****
    史料批判・外的批判

    (1)偽作でないかどうか(真偽の検討)

      1. その史料の形式が、他の正しい史料の形式と一致するか。
      古文書の場合、紙・墨色・書風・筆意・文章形式・言葉・印章などを吟味する。

      2. その史料の内容が、他の正しい史料と矛盾しないか。

      3. その史料の形式や内容が、それに関係する事に、発展的に関係し、その性質に適合し、蓋然性を持つか。

      4. その史料自体に、作為の痕跡が何もないか。その作為の痕跡の吟味として、以下のようなことが挙げられる。

       (1) 満足できる説明がないまま遅れて世に出た、というように、
          その史料の発見等に、奇妙で不審な点はないか (来歴の検討)

       (2) その作者が見るはずのない、またはその当時存在しなかった、
          他の史料の模倣や利用が証明されるようなことがないか。

       (3) 古めかしく見せる細工からきた、その時代の様式に合わない、時代錯誤はないか。

       (4) その史料そのものの性質や目的にはない種類の、偽作の動機から来たと見られる傾向はないか。

    その他、種本にした史料との比較によって、明らかに偽作とわかったりすることもある。

******

このように、書風・筆意・文章形式・言葉などを吟味するのは、史料批判の第1項に挙げられている事項です。

日本の著名人のホンモノの手書きとは、いろいろと大きく違い過ぎる、と、私は論文で書いたつもりです。             
論文のURL http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html

針小棒大という、あなたの感想が、納得できないのですが。

     では逆に、私が論文で挙げている奇妙な点は、
     あなたにとって、どのように元兵士として「ありうる」「納得できる」「理解できる」のですか?
 

秦郁彦氏には、まだ送っておりません。中公新書にはネット掲載を連絡済みです。

ネット掲載する以上は、版権の持ち主に了解を得ることが原則必要なはず。
しかし、連絡して、掲載するなと言われたら、疑問視・問題視の視点そのものが、
著作者の権力で消されることになります。

現在のところ、私の側では、掲示板以外の方で、私の意見に賛意を示していただいた方はおりませんので、
そういう危険を冒すのは、日本のためにならないでしょう。

<<井家又一日記は、秦さんの本に掲載された写真だけでも現物調査に足りるものではないですか。

この文章は、出だしの文章とは意味が逆で、私の論理には一定の効力があると認めているようです。
では、出だしの、私の論理は「こじつけ」と読めるようなのは、何でしょう?
混乱してきますが。

<<井家又一がシナに脅迫されて書いたとか推理していましたが

これは、中国人が偽作したものが日本に入ってきていると考えるのが、最初は突飛に思われたので、
日本人が書いたとしたらどうだろう、と考えてみた時、そういう発想が出てきたのですね。

日本人が、中国で捕虜になり、脅迫されて書かされたものの、
すぐに偽作であるとわかるように、極力日本人らしくないように書いた物、
という想定をしてみたのです。

でも、日本

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 18:12 投稿番号: [41121 / 41162]
南京虐殺は論理的に出来ないんですよ。

証言者のお話はほんとんど出鱈目、これは証明されています。

当方は日本に不都合なことも中国にも不都合なことも含めて論議しないと駄目だと言っているんです。

都合のいい話だけではありませんからね、戦争ですから。

其の中で、記録に即してお話しすれば、中国の言い分は、歴史を歪曲していることがハッキリすると言うことで。

日本の馬鹿なサヨちゃん達も同じ事です。

其の為には地道な資料集めが、最短の道なんですよ。

鳩山ちゃんは、ポッポちゃんの脳味噌しか持っていませんので、宇宙人、火星人のお話が精一杯でしょうね。

歴史などは興味がなさそうですから、ポッポちゃんは。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 17:17 投稿番号: [41120 / 41162]
なんですかその言いぐさは。

私がせっかく中国の嘘を見破る方法を提案してあげてるのに。

じゃあ貴方も鳩山さんの言うように、南京大虐殺記念館に行って見てきたらいいでしょ。

せいぜい鳩山さんと同じように謝罪してくださいな。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 16:07 投稿番号: [41119 / 41162]
http://www.k2.dion.ne.jp/~u4ren6/Main/Toolmark_ImageAnalysis.pdf

これはどの銃から発射されたかの判定であって、不特定の銃から発射されたら解らないよ。

当時中国軍も三八銃は使っているしね。

払い下げ御願い

一.三十八式歩兵銃   弾薬盒油壷共   二千挺
一.同携帯備品            二百組
一.三十年式銃剣   帯革剣差共     二千振
一.三十八式実包   挿弾子紙箱共    百万発

右四兆鉄道警備用として奉天省長より註文受け候に付き支給御払下被成下度奉願願上候也

大正十三年六月二十三日

陸軍造兵廠長官   吉田   殿

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冀察政府へ兵器売渡の件に関し当地大倉洋行ヲシテ左記の如く契約せしめたるに付き払下方配慮相成度

一.三十八式歩兵銃(付属品共)    二千挺

一.同弾薬              二百万発

昭和十二年五月二十日

陸軍次官宛   発信者支那駐屯軍参謀長

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 15:02 投稿番号: [41118 / 41162]
>どうやって見分けるのか、皆目見当がつかない、教えて下さい。


はいどうぞ。
http://www.k2.dion.ne.jp/~u4ren6/Main/Toolmark_ImageAnalysis.pdf

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 14:49 投稿番号: [41117 / 41162]
骨鑑定を嫌がることはありません。

骨鑑定の結果が何も齎さないと言っているだけですよ。

先ず日本人かどうかの鑑定から始めないと、当時日本兵の遺骨も埋葬されていますからね。

日本軍の銃弾はそこら辺り一面に墜ちているでしょう激戦だったので。

中国軍が使った銃弾は7.7㎜と6.5㎜(日本から譲渡されたものと鹵獲したもの)、日本軍が使った銃弾は6.5㎜(三十八式小銃、三年式重機関銃、軽機関銃))と7.7㎜(重機関銃と鹵獲兵器とチェッコ銃のもの)。

どうやって見分けるのか、皆目見当がつかない、教えて下さい。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 14:30 投稿番号: [41116 / 41162]
みなさんそろいも揃って「骨鑑定」を嫌がるとはなんですか!

それじゃまるで原発立地の「地層鑑定」を嫌がる電力会社のようじゃないですか。

いいですか、これは中国の「嘘」を見抜く千載一遇のチャンスなんですからね。

そろそろ白黒決着をつけようじゃありませんか。

覚悟しなさい中国!

ま、日本軍の銃弾痕がみつかったら仕方ありません。

開き直って、鳩ポッポが土下座です。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 10:36 投稿番号: [41115 / 41162]
http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-80.html

之を見れば中国兵も刀を使って日本兵を斬首しているのが理解出来るでしょう。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 10:17 投稿番号: [41114 / 41162]
>何故なら、日本軍は銃弾発射を一発づつ記録していますので、無差別に女、子供を殺害することはありません。

↑これは嘘か、大きな間違いです。

一発づつ記録したと言う記述は何処にも在りません、在ったら示してください。

射耗弾の記録は各戦闘毎にありますけどね。

当然、敵の遺棄屍体の記録もありますよ、これは戦果ですから。

無差別に婦女子を殺したという記録もありませんよね。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 09:45 投稿番号: [41113 / 41162]
>↑いいえアウトにはなりません、何故なら戦闘地域に居たという証言があるようですからね、中国の一般市民が。


いいえアウトです。

何故なら、日本軍は銃弾発射を一発づつ記録していますので、無差別に女、子供を殺害することはありません。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 09:41 投稿番号: [41112 / 41162]
青竜刀と日本刀の切れ味では青竜刀の方が良く切れますよ。

ところで、何万人もの人を刀で殺すことが出来ると思っているんですか?

上海事変の時の鹵獲兵器は以下の通りですよ。

指揮刀   1
軍刀    2

と言うように中国軍も刀を使って居たんですよ。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 09:31 投稿番号: [41111 / 41162]
>ただ子供や女性の骨に日本軍の銃弾がささっていたら、アウト。

↑いいえアウトにはなりません、何故なら戦闘地域に居たという証言があるようですからね、中国の一般市民が。

これは日本軍の責任ではなく、中国の責任ですよ、国際法上。

戦闘地域から一般市民を避難させる義務は中国側に在ります。

>それがなければ中国の嘘確定ということでどうでしょう。

↑中国人で虐殺を確認した人は居ません、当然日本兵の中にも居ません。

当時国際安全委員会も確認していません。

当時の国際安全委員会と、南京市当局と、日本軍の調査資料では、一般市民が増えたという記録はありますが、減ったという記録はありません。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 09:29 投稿番号: [41110 / 41162]
>骨の鑑定で若し刀剣による傷が出て来ても、中国兵も青竜刀を使っていたんだよね。


青竜刀と日本刀では切れ味が違うのですよ。

ですから、骨に傷痕が残っていれば、おおよその使用された刀剣の特定は可能になる可能性はあります。

ただあくまでもおおよそですので確定的ではないと思います。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 09:25 投稿番号: [41109 / 41162]
>そんな単純なものではないでしょう。


そうですね。

ただ子供や女性の骨に日本軍の銃弾がささっていたら、アウト。

それがなければ中国の嘘確定ということでどうでしょう。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/20 09:24 投稿番号: [41108 / 41162]
骨の鑑定で若し刀剣による傷が出て来ても、中国兵も青竜刀を使っていたんだよね。

当然中国兵も軍刀を使用していたんだよね、軍刀は日本軍の専売特許じゃないからね。

だから、鑑定で事実が判明するという事は無いでしょう。

ところで、当時の中国軍はダムダム弾を使用していたという事実は有りますよ。

下関(シァグァン)の城壁の写真に残っていますよね。

日本軍のことも大切でしょうが、中国軍の非道も問題にする事が必要ですよね、日本人にとって。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/20 09:23 投稿番号: [41107 / 41162]
>傷等では後で付けた可能性もある。


最近の考古学研究はすすんでいて、傷がつけられた時期も測定できる可能性もありますよ。

骨の人物の死亡時期と傷がついた時期がずれていれば、もはや中国の嘘は確定的になります。

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/20 02:38 投稿番号: [41106 / 41162]
>知らない発想を初めて知る時、その発想は変だ、と思いやすいようです。

知らない発想じゃないんですね。

変体仮名の使用法、「ている」、「てゐる」などについての指摘は私にとって知らない発想じゃないんですね。こじつけというのは、そういうこと(変体仮名云々)をもって偽作だということ(発想)にちょっと無理があるということです。いいかえると針小棒大ということです。

それと、最近は引っ込めたようですが最初は、井家又一がシナに脅迫されて書いたとか推理していましたがこれも無理な発想だと思うんですよ。

秦さんには送りましたか。送ったとして、返事が無かったようですが、届かなかったか、取るに足りないとされたか。

井家又一日記は、秦さんの本に掲載された写真だけでも現物調査に足りるものではないですか。

>これが当時の物でないとなれば、偽作は確実であるわけです。

それはそうですが、当時のものではないというあなたの論拠(発想)に無理を感じるのです。前にもいったかもしれないが、川の流れにちょっと顔をだしている小石に全体重をかけて向こう岸に渡ろうとするような危うさを感じるのです。他の人(多くは専門の研究者)があなたの主張にあまり反応しないということは、素人の私のそういう感じが間違っていなかったということじゃないかと言っているのです。

しかし本当は、あなたの主張が正しく、私が間違っていると嬉しいんですけどね。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/20 02:05 投稿番号: [41105 / 41162]
>もし日本軍の使用した銃弾や日本刀による切断跡が見つかれば、事実。

そんな単純なものではないでしょう。南京市内でも残敵掃蕩戦をやっていただろうし。それにその骨とやらはどこから集めてきたものか。南京市外からのもあるかもしれないし。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/20 00:17 投稿番号: [41104 / 41162]
単純に年代測定すればいい。
傷等では後で付けた可能性もある。
武装解除後の兵器は共産支那に渡っているのだ。

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/20 00:08 投稿番号: [41103 / 41162]
私が「門外漢」と呼ぶのは、活字文献しか読まない方たちのことです。
また、海外から日本に来ている人たちのことです。


    江戸時代、少しは有力であった農民・町民・漁民、
    その他業種に従事した、普通の分類では庶民と呼ばれるであろう人たちが、
    所用で再々、文字を書いた。

    その実用文は強い漢文調で、「かな」はほとんどない文だった。

    そして、残存する近世の文書量は、おそらく世界でも屈指だろう、

    こういう事情を説明する本が、見当たりません。


日本理解に必要と思われる重要な説明が、国内向けのみならず、
対外的にも、欠けていると思われる、非常に残念なことのひとつです。

日本社会を理解するには、この江戸時代の社会の、情報システムを仕切った、
文書主義も理解する必要があるのではないかと思うのに、

説明がないのです。こんなことをしていた社会が、世界にあるのでしょうか?
誰かに比較してもらいたいです。

マルクス主義の経済社会学が、盛んだったおかげではないかと思う。これはいい成果の面だと思います。

「くずし字」や「候文」についても説明を書いてみたことがあるので、
もしよろしければ、見てください。
参考文献もたくさん挙げてあります。

「くずし字」http://book.geocities.jp/teikinnourai/honnbunnkuzusiji.html
「候文」http://book.geocities.jp/teikinnourai/souroubunn.html


もちろん、現物資料の、物質面での鑑識の話ではありません。

Re: 鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八

投稿者: konyekonokimochi 投稿日時: 2013/01/19 22:48 投稿番号: [41102 / 41162]
>骨は幾つあっても、いつの誰の骨かも分からないのだから、日本軍による虐殺の証拠になるわけがない。


骨を鑑定してみたらどうでしょう?

もし日本軍の使用した銃弾や日本刀による切断跡が見つかれば、事実。

そうでなければ嘘ということでしょう。

鳩山が訪問した南京大虐殺記念館の嘘八百

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2013/01/19 22:24 投稿番号: [41101 / 41162]
鳩山「南京大虐殺は事実。なかった言う方は、ここに来られてから話をされたらいい」南京大虐殺記念館
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4936.html

(一部抜粋)

「南京大虐殺紀念館」は、日本の国賊からの要請と寄付によって建設された。

日本社会党委員長を務めた田辺誠は1980年代に南京市を訪れ、当館を建設するよう求めた。

支那は、資金不足を理由として建設に消極的だったため、田辺は総評から3000万円の建設資金を南京市に寄付し、その資金で同紀念館が建設された。(浜田幸一 「日本をダメにした9人の政治家」)

さて、ここに鳩山由紀夫が訪問した。

まず、展示されている写真などは全てインチだ。

次に、「南京大虐殺紀念館」に展示している遺骨や遺骸が棄てられたとされる「万人坑」などについてだが、そんなものは日本軍による南京大虐殺の証拠とは到底成り得ない。

骨は幾つあっても、いつの誰の骨かも分からないのだから、日本軍による虐殺の証拠になるわけがない。

もともと南京は歴代支那王朝が交代する度に大虐殺が繰り返される歴史的な大虐殺の地だった。

日本が関与した支那事変における南京戦でも、日本軍が南京を占領する前の死体は多数存在していた。

中国軍には戦闘に際して兵士を先頭に立たせ、後退する兵士がおれば背後から射殺する任務を帯びた「督戦隊」という独特の組織がある。邑江門の中国兵の死体は、この「督戦隊」によって殺されたものであった。

実は日本軍が南京に入る前から市内には多数の死体が存在していた。

支那軍は治安維持のため少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺した。




「人口は当時100万超で、犠牲者数は30万人だ。これは誰にも反論できない数字だ」と回答・南京大虐殺記念館の館長の鳩山への説明は大ウソ!反論できる・人口は当時20万人で、犠牲者数は0人だ
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-4937.html

(一部抜粋)

>また、鳩山元首相は「当時の南京市の人口と南京事件の犠牲者数は?」とも問いかけた。館長が、東京裁判や南京軍事法廷の判決で示された数字として「人口は当時100万超で、犠牲者数は30万人だ。これは誰にも反論できない数字だ」と回答する場面も見られた。


「人口は当時100万超で、犠牲者数は30万人だ。これは誰にも反論できない数字だ」は、大ウソであり、簡単に反論できる。

▽1937年11月〜12月の南京の人口推移▽

1937年前半「100万人超」
(支那事変勃発前)

1937/11/23日「50万」
「調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50余万である。将来は、およそ20万と予想される難民のための食料送付が必要である」
南京市政府書簡(南京事件P220   笠原十九司)

11/27「30〜40万」
「市民の脱出は続いているが、市長の話では30万から40万の市民がまだ南京に残っているとのこと」
米大使館報告   (アメリカ資料編P90)

12/6「約20万」
なぜ。金持ちを、約80万という恵まれた市民を逃がしたんだ?
(ラーベの日記P96)

12月10日「約20万」
なにしろ、この街の運命と20万人の命がかかっているのだ。(略)残念ながら軍人がまだ大勢、安全区に留まっている。
(ラーベの日記P107)

12月13日「約20万」
言いかえれば、13日に貴軍が入城したときに我々は安全区内に一般市民のほとんど全体を集めていましたが、同区内には流れ弾による極めてわずかの破壊しかなく、中国兵が全面的退却を行った際にもなんら略奪は見られませんでした。(略)もし市内の日本兵の間でただちに秩序が回復されないならば、20万の中国市民の多数に餓死者が出ることは避けられないでしょう。
(安全委員会公文書T-6)


■日本軍が南京を占領してからは、減るどころか逆に増えている。

▽1937年前半(支那事変以前)〜1938年9月の南京の人口推移▽
1937年前半    「100万人」
  ↓
11月初旬〜11月23日   「50万人」(支那軍が南京に来て減少)
  ↓
11月27日    「30〜40万」
  ↓
12月13日    「20万」
  ↓
1938年1月14日   「25万人」(日本軍が南京を占領し支那軍が南京を去ったため南京の人口が増加に転じる)
  ↓
1938年9月23日   「40〜50万人」

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/19 18:43 投稿番号: [41100 / 41162]
>それにもまして必要なのは、井家又一日記を始め、日本人の証拠文献とされたものの現物調査です。

門外漢にはわからない云々とおっしゃるが、あなたは、現物(手帳のつくり、紙質、糊、装丁等)鑑定の「門内漢」なのですか。

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/17 22:45 投稿番号: [41099 / 41162]
知らない発想を初めて知る時、その発想は変だ、と思いやすいようです。

私の発想について、新たな説明を付け加えるなら、それは大学時代の話になる。


もう40年近く前になるけれども、私は大学で、ひとりの近世古文書解読者を知りました。

どこかの土蔵を壊そうとしたら、たくさんの古文書が出てきた。だから見て欲しい、
と言われて、すっとんで行っては、

目をランランとさせて、
江戸時代の虫食いだらけの、くねくねの筆書き文字はもちろん、

割り箸に墨を付けて書き付けたようなものまで、
おもしろいおもしろいと、読み漁るような人物でした。専門は農村文書でした。


私が知りたいと思ったことを先生に聞くのは、心理的に非常に垣根があったため、
聞くことはできなかったけれど、

私の江戸時代古文書への漠然とした興味は、
江戸時代の、地方の名もなき庶民が、日用でお互いにやりとりした、
これら膨大な「くねくねの筆書き文書」を目にしたことに始まります。

江戸時代には、1、幕政関係・藩政関係の公的文書
        2、農村・漁村・都市関係文書
        3、産業・交通・商業・貿易関係文書

このような、ほとんどあらゆる分野にわたって、
上から下へのお達し、下から上へ申し上げる文、相互にやりとりする文、

こういう文書が、夥しく残っています。

門外漢の方には、こういう日本的研究の実情が、全く見当もつかないようです。

しかし、近世社会経済史の分野の日常は、こうした庶民の手書き文書の解読です。


だから、井家又一日記その他を検証するに足るだけの文書収集は、これから始まるに違いない。

それにもまして必要なのは、井家又一日記を始め、日本人の証拠文献とされたものの現物調査です。

これが当時の物でないとなれば、偽作は確実であるわけです。

秦郁彦氏の管理下にあるらしい物について、
問題は、どう調査を進めるかでしょう。

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/17 19:12 投稿番号: [41098 / 41162]
いろいろなところ、人に送ったのはいいですね。ただ、あまり反応がないようですが、それはどうも出発点(発想)がおかしかったからかもしれません。私にはそう思えます。ちょっと強引、こじつけというように。

「ている」と「てゐる」は面白いんですがね。しかしそれが決め手かどうか。達筆なのは異常だけれど、果たしてそれが決め手かどうか。

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/16 16:30 投稿番号: [41097 / 41162]
前記、個人敬称略で失礼しました。追加です。


文芸春秋・WILL、日本共産党、外務省、

加藤陽子氏、桜井よし子氏、

南京事件「小さな資料集」からたどれる、いくつかのサイト、
(「小さな資料集」運営者あてメールは、自動でリターンしてきました。)

郷里の地元紙。

あと、わだつみさんが書いていた事典出版社各社、教育資料出版社、

全く応答がないのでどうなっているのかわかりませんが、以上のようなものです。

Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/16 09:57 投稿番号: [41096 / 41162]
日経以外の大新聞各社・日教組・文科省・安倍総理・石川県と宮崎県の地元紙・東京新聞・中日新聞、

教科書ネット21(俵義文)・北村稔・林博史・能川元一・

日本外国特派員協会・

ノーモア南京の会・日本の戦争責任センター・史実を守る会・
愛知日中友好協会、その他

に送信してきましたが、今のところ、

私の意見に対する反証、
つまり、井家又一日記のような日記が、南京事件当時にあった、

という事例を挙げて反論してきたところは、ありません。

反証があるなら、だれか親切な人が、
反論を書いて寄越してくれるだろうと、期待しているのですが。

ずっと昔、ある学会に理論問題で手紙を書いたら(私はワープロ)、
丁寧に?手書きで「反論説明」を返信してくれたところがありました。

そこへは送っていないし、藤原彰氏が委員長をしておられた歴史学研究会にも、
まだ送信しておりません。

経験では、一般人が学会事務局へ送っても、対応してくれないところが多い。

古文書学会や上記の事例は、かなり稀な例ではないかと思います。

どこへ送ったか、という情報を掲示板に書くと、
迷惑になるかもしれないという気もします。

私のホームページを見れば、簡単にYAHOO掲示板にたどりつきますから。

Re: 諸君?

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/15 14:42 投稿番号: [41095 / 41162]
>じゃあ、どうすればいいんだい?

これが大事なことだ。一人ひとりがどうすればいいのか真剣に考えること、日本(井の中)の外では恐ろしいことが起こっていることを肝に銘じていくこと。そこから道が開ける。

>英語の勉強でもすればいいのか?

茂木さんや加瀬さんが史実を世界に発信する会みたいなものをネットでやっているらしいが、遅きに失しているし微々たるものでほとんど焼け石に水という感じ。ネイティブを雇って一応まともな英訳を発信しているが、まだまだ改善の余地があるだろう。

日本会議もなにかやっているらしいが、竹本、大原さんの『再審「南京大虐殺」―世界に訴える云々』は英訳が稚拙でかえって逆効果ではないかと心配している。

要するに民間に任せておくのではなく国がもっと本腰(資金)を入れないとだめだ。安倍政権になったから多少は期待しているんだが、「じゃあ、どうすればいいんだい?」と真剣に考える日本人が増えてくれば政府をそちらのほうへ動かせるかもしれない。だから、「英語の勉強でもすればいいのか?」といって日本語脳に固まってしまった頭に鞭打つのも全然無駄じゃないだろうが、英語不得意の人間は政府などを動かすほうに労力を使ったほうが効果的かもしれない。チャンネル桜の水島さんは特亜の世界謀略宣伝戦のことをよくわかっているらしいから、水島さんなどを通じて政府に働きかけるのもいいかもしれない。

宣伝戦のための英語は特殊訓練をしないとだめだ。戦前の中野学校のようなものが必要だろう。バイリンガルで育ったやつとか、特殊早期教育でバイリンガルに育てられたやつとか、そういう人間で、頭脳明晰、愛国心旺盛なやつを訓練する。深く広い教養も必要だ。

宣伝戦といっても我々の場合は事実真実を英語で世界に訴えるだけでいい(もちろんそこにはそれなりのテクニックが要るだろうが)。捏造歪曲する必要はないし、そんなことをすると結局墓穴を掘ることになる。

青山繁晴さん、伊藤貫さん、中野剛志さん、藤井聡さん、三橋貴明さん、倉山満さん、上念司さん、その他多くの人材がいてそれぞれ日本のために貴重な貢献をされているが、その人たちにバイリンガルの英語力があったら鬼に金棒というところだろう。単に流暢な英語で渡り合えるというだけ(まあそれだけでも大したものなのだが)じゃだめだ。

それから、多摩川ボートさん等々、ユーチューブなどに稚拙な英訳ながらアップしてくれているのは強力な効果がある。ああいうものをちゃんとした英語でじゃんじゃんネットにアップするとものすごい効果があるだろう。チャンネル桜などの番組にしっかりした英語字幕をつけてネットで流せば効果抜群だ。ノックアウトパンチにはならないかもしれないが、結局相手を倒すボディーブローになるだろう。もっとも内容的に世界に出すべきかどうか前もって吟味する必要はあるかもしれない。

諸君?

投稿者: picpicsuru 投稿日時: 2013/01/15 08:27 投稿番号: [41094 / 41162]
>諸君、こんなところでチン、チョンなど呑気に罵っている場合じゃないぞ。連中の世界情報戦略はすさまじい。まあ、知る人は知っているんだろうが(知っているだけじゃだめだ)、たとえば通州事件を見よ。ウィキで連中はこう言っている。
The Tongzhou Incident (July, 1937) was one of a series of "incidents" with which Japan used to enroach upon China during the Sino-Japanese War. Others include the Mukden Incident of 1931 which allowed Japan to have an excuse to invade Manchuria of northeastern China. Tonzhou (Chinese: 通州 tong zhou) was a strategic post in the eastern district of Beijing.


じゃあ、どうすればいいんだい?

英語の勉強でもすればいいのか?

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/14 20:09 投稿番号: [41092 / 41162]
諸君、こんなところでチン、チョンなど呑気に罵っている場合じゃないぞ。連中の世界情報戦略はすさまじい。まあ、知る人は知っているんだろうが(知っているだけじゃだめだ)、たとえば通州事件を見よ。ウィキで連中はこう言っている。

The Tongzhou Incident (July, 1937) was one of a series of "incidents" with which Japan used to enroach upon China during the Sino-Japanese War. Others include the Mukden Incident of 1931 which allowed Japan to have an excuse to invade Manchuria of northeastern China. Tonzhou (Chinese: 通州 tong zhou) was a strategic post in the eastern district of Beijing.

日本では、

>盧溝橋事件の約3週間後に起こった、おそるべき虐殺事件についてご存知でしょうか。

なんて言っているけど、連中はそれを正反対に捻じ曲げて世界に通州事件は日本のシナ侵略の一例だと吹聴している。英語ができんとだめだ。日本軍の命令書を延々と書き連ねたり、今度どこそこの雑誌に自分の投稿が載ったから読んでくれなどと井の中で吹聴しているようでは話にならない。とは言い条、英語がまともにできない彼らにしてみればそれが精一杯の貢献なのだろうが。まあ、実際それなりに貴重ではある。

安倍さんに危機感を覚えたのか

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/14 01:32 投稿番号: [41091 / 41162]
化石脳の馬鹿共が事実トピなんかで馬鹿投稿繰り返しているな。
ここは最近コピペ屑のワダツミが出てこなくてせいせいしているが(笑)

ガダルカナルの戦い、日本の食糧

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/13 13:38 投稿番号: [41090 / 41162]
日本の飛行場設営隊が残した施設・物資の活用

上陸当初のアメリカ軍は日本軍の空と海からの攻撃のため十分な物資を揚陸できず、日本の飛行場設営隊が遺棄した施設・物資も活用された。
倉庫に山積みされた大量の米は初期の毎日2食の米兵の貴重な食料となった。
製氷工場はトージョー・アイス・カンパニーと名前を変え米兵に氷とアイスクリームを供給した(米兵への最大のプレゼント)。
大型発電機(発電所)は米兵に明りをプレゼントした。

山田支隊の行動

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 12:40 投稿番号: [41089 / 41162]
昭和十二年十二月十二日付

南京攻略の情況

1.我軍は南京北正面の城門和平門を占領し目下城内掃蕩中にして山田、永野部隊は一昨九日當塗(南京蕪湖中間)を占領後夜暗に乗じ揚子江を渡河し浦口(南京西北方揚子江対岸)を占領続いて江蘇省に進入し西北方に進撃中なり

毛沢東の情況

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 12:27 投稿番号: [41088 / 41162]
昭和十二年十二月四日付

情報を総合するに毛沢東の第八路軍司令部は目下■懸(太原南方約三十五里)に又朱徳の共産軍司令部は楡杜懸(太原南方約二十七里)にありて互いに連絡の上附近部落の壮丁に対し軍事訓練を施し且敗残兵の集結と物資の蒐集に努めつつあり

帰順土民軍と其の経緯

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 12:19 投稿番号: [41087 / 41162]
昭和十二年十二月一日付

1.帰順せる土民軍の内容
   帰順土民軍は別紙要図の如き地盤を有する土匪の集合にして崔培紱を師長とし付近一帯に潘居せるものなり
   二十九軍の北上に方り弱化の銃器弾薬の支給を受け又主要の費用を給せられたるが如く総勢約八千にして小銃約六千迫撃砲軽機等を有しありて之に曲周邱懸等の自衛民団に属するものを加う

2.帰順の経緯
   第百八師団の邱懸を陥し続いて威懸に侵入し宋軍敗退するや日本軍に抵抗する時は其の地盤を失うことあるべきを恐れ帰順を申し込みたるものなり

3.帰順土民軍の指導
   靖郷隊を指導し内実を調査すると共に輜重をして左記事項を誓わしむ
   (1)日本軍に全隊抵抗せざること
   (2)衛河南方にある土匪軍を圧迫し地盤を衛河南方に拡張すること
   (3)宋軍民軍等の情報を集め日本軍の攻撃を容易ならしむること

中国軍の掠奪阻止

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 12:03 投稿番号: [41086 / 41162]
昭和十二年十一月三十日付

第二兵站司令官の報告に依れば二十八日未明第五十三軍敗残兵三百(軽機を有す)は李家莊(元民西方二里半)に侵入村民を脅迫中なる報に接したるを以て二十九日未明より警備隊を以て掃蕩せり

中国軍の帰順と武器弾薬の情況

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 11:55 投稿番号: [41085 / 41162]
昭和十二年十一月二十八日付

二十七日第百八師団よりの報告に依れば舘陶附近の民軍(約七千)は帰順を申出たり其の編成及び装備左の如し

一.装備    小銃6000(一銃数十発)
       槍    200
       軽機   120(一銃百発)

二.編成    師長   偕買紱
       参謀長   劉創豪
       第一総隊   王蘭賀
       第二総隊   王金興
       第三総隊   児虎臣
       (各隊は三大隊、一大隊は三中隊)

二.平山懸城内外には約一千の兵匪(小銃五百を有す)の集結しあるものの如し又霊壽平山西北方諸部落には歩兵及騎馬の兵匪常に横行し盛んに物資を蒐集しつつあり(警備隊密偵報)

昭和12年中国軍の食糧武器不足

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 11:30 投稿番号: [41084 / 41162]
昭和十二年十一月二十日

目下離石にある第十七師長長壽山より蒋介石宛電報に依れば第十七師は北上以来其の蒙りし犠牲甚大にして今や其の総兵力千に満たずして銃を有するもの僅かに六百余に過ぎざるが如く加え最近の寒気と弾薬糧食の欠乏とは其の極に達し其の士気著しく沮喪し殆ど戦闘の余力なきが如し

硫黄島の戦いの評価

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/12 05:43 投稿番号: [41083 / 41162]
硫黄島の戦いで、日本軍は守備兵力20,933名のうち20,129名(軍属82名を含む)が戦死した。捕虜となった人数は3月末までに200名、終戦までにあわせて1,023名であった。アメリカ軍は戦死6,821名、戦傷21,865名の損害を受けた。硫黄島の戦いは、太平洋戦争後期の島嶼防衛戦において、アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った稀有な戦闘であったと同時に、アメリカが第二次大戦で最も人的損害を被った戦闘のひとつとなった。

2月23日に星条旗を摺鉢山に掲げた6名の海兵隊員のうち、生きて故国の地を踏むことが出来たのは3名のみであった。第3、第4、第5海兵師団は硫黄島の戦いで受けた損害のために沖縄戦には参加できず、硫黄島上陸当日における戦死者数501名は、1日の戦闘によって生じた戦死者数としては海兵隊創設以来から2010年(平成22年)現在に至るまで最大である。第二次大戦中にアメリカ海兵隊に与えられた名誉勲章(メダル・オブ・オナー)の4分の1以上が硫黄島攻略部隊のために与えられており、摺鉢山に星条旗が掲げられた日は、戦後「アメリカ海兵隊記念日(合衆国海兵隊記念日)」に制定された(現在ではアメリカ軍の記念日に統一されており各軍の個別記念日は無い)。アーリントン国立墓地の近くに位置する合衆国海兵隊戦争記念碑は、『硫黄島の星条旗』をかたどったものである。また、海軍はいくつかの艦船に「イオー・ジマ(Iwo Jima)」と命名している。

1985年(昭和60年)2月19日、硫黄島において、日米双方の元軍人・退役軍人ら400名による合同慰霊祭が行われた。かつて敵として戦った双方の参加者たちは互いに歩み寄り、抱き合って涙を流したという。この日建立された慰霊碑には日本語と英語で次の文章が綴られている。「我々同志は死生を越えて、勇気と名誉とを以て戦った事を銘記すると共に、硫黄島での我々の犠牲を常に心に留め、且つ決して之れを繰り返す事のないように祈る次第である。」。なお、片方の当事者チェスター・ニミッツ海軍大将は「硫黄島上で戦った人の間で、類稀な勇気は共通の美徳だった。」とこの戦いを著書の中で総括している

南京戦に於ける日本兵の志気7

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/11 19:03 投稿番号: [41082 / 41162]
配属   工兵第百十四連隊第一中隊小隊長浅川少尉ノ一小隊
配属   同右      連隊副官阿部中尉ノ一分隊
一.雨下門附近戦闘ニ方リ午後二時二十分第一線歩兵部隊ハ城壁至近ノ距離ニ迫ルモ「クリーク」ノ巾四十米且ツ城門ハ固ク閉サレ突撃路ナク一時停止ノ已ムナクニ至ルヤ敵弾雨中ノ中ヲ壕モ意ニ介セズ所在ノ応用架橋材料ヲ蒐集シテ至短時間ニ修理ヲ完成シ死傷相次グモ更ニ推進シテ城門ヲ爆破シ突撃路ヲ開設シ友軍歩兵ヲシテ城内ニ突入セシメタリ其ノ豪膽機敏ナル行動ハ実ニ当連隊ヲシテ敵首都南京城占領ノ魁ヲナサシメタルモノニシテ殊勲甲ニ該当スルモノト認ム
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