Re: 南京事件の手書き現物史料「未確認問題
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/21 00:25 投稿番号: [41122 / 41162]
以前書いた投書文12月17日NO.40843の「下の方」に、笠原十九司氏も秦郁彦氏も、
「史料批判」の意味を間違っている、と書いてあったのをお読みになりましたか?
随分前なので、話がつながっていないのかも。
*****
笠原氏十九司氏も秦郁彦氏も、
○「史料批判」の言葉の意味を間違っている。
(「史料内容を相互に照合する」 (『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』 教育史料出版会 p220 笠原)、
「必要な情報の取捨や評価を、歴史学では「史料批判」と呼ぶ。」 (秦郁彦 『南京事件』中公新書 p107)
「史料批判」の意味は、以下の私の文、『歴史と証明』理論編に書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
そもそも、史料に偽作贋作、虚偽・錯誤が極めて多いので、まずそこから疑え、というのが趣旨です。
*****
それで、『歴史と証明』理論編から、真偽の検討の部分を以下に引用しますと、
*****
史料批判・外的批判
(1)偽作でないかどうか(真偽の検討)
1. その史料の形式が、他の正しい史料の形式と一致するか。
古文書の場合、紙・墨色・書風・筆意・文章形式・言葉・印章などを吟味する。
2. その史料の内容が、他の正しい史料と矛盾しないか。
3. その史料の形式や内容が、それに関係する事に、発展的に関係し、その性質に適合し、蓋然性を持つか。
4. その史料自体に、作為の痕跡が何もないか。その作為の痕跡の吟味として、以下のようなことが挙げられる。
(1) 満足できる説明がないまま遅れて世に出た、というように、
その史料の発見等に、奇妙で不審な点はないか (来歴の検討)
(2) その作者が見るはずのない、またはその当時存在しなかった、
他の史料の模倣や利用が証明されるようなことがないか。
(3) 古めかしく見せる細工からきた、その時代の様式に合わない、時代錯誤はないか。
(4) その史料そのものの性質や目的にはない種類の、偽作の動機から来たと見られる傾向はないか。
その他、種本にした史料との比較によって、明らかに偽作とわかったりすることもある。
******
このように、書風・筆意・文章形式・言葉などを吟味するのは、史料批判の第1項に挙げられている事項です。
日本の著名人のホンモノの手書きとは、いろいろと大きく違い過ぎる、と、私は論文で書いたつもりです。
論文のURL http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html
針小棒大という、あなたの感想が、納得できないのですが。
では逆に、私が論文で挙げている奇妙な点は、
あなたにとって、どのように元兵士として「ありうる」「納得できる」「理解できる」のですか?
秦郁彦氏には、まだ送っておりません。中公新書にはネット掲載を連絡済みです。
ネット掲載する以上は、版権の持ち主に了解を得ることが原則必要なはず。
しかし、連絡して、掲載するなと言われたら、疑問視・問題視の視点そのものが、
著作者の権力で消されることになります。
現在のところ、私の側では、掲示板以外の方で、私の意見に賛意を示していただいた方はおりませんので、
そういう危険を冒すのは、日本のためにならないでしょう。
<<井家又一日記は、秦さんの本に掲載された写真だけでも現物調査に足りるものではないですか。
この文章は、出だしの文章とは意味が逆で、私の論理には一定の効力があると認めているようです。
では、出だしの、私の論理は「こじつけ」と読めるようなのは、何でしょう?
混乱してきますが。
<<井家又一がシナに脅迫されて書いたとか推理していましたが
これは、中国人が偽作したものが日本に入ってきていると考えるのが、最初は突飛に思われたので、
日本人が書いたとしたらどうだろう、と考えてみた時、そういう発想が出てきたのですね。
日本人が、中国で捕虜になり、脅迫されて書かされたものの、
すぐに偽作であるとわかるように、極力日本人らしくないように書いた物、
という想定をしてみたのです。
でも、日本
「史料批判」の意味を間違っている、と書いてあったのをお読みになりましたか?
随分前なので、話がつながっていないのかも。
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笠原氏十九司氏も秦郁彦氏も、
○「史料批判」の言葉の意味を間違っている。
(「史料内容を相互に照合する」 (『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』 教育史料出版会 p220 笠原)、
「必要な情報の取捨や評価を、歴史学では「史料批判」と呼ぶ。」 (秦郁彦 『南京事件』中公新書 p107)
「史料批判」の意味は、以下の私の文、『歴史と証明』理論編に書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
そもそも、史料に偽作贋作、虚偽・錯誤が極めて多いので、まずそこから疑え、というのが趣旨です。
*****
それで、『歴史と証明』理論編から、真偽の検討の部分を以下に引用しますと、
*****
史料批判・外的批判
(1)偽作でないかどうか(真偽の検討)
1. その史料の形式が、他の正しい史料の形式と一致するか。
古文書の場合、紙・墨色・書風・筆意・文章形式・言葉・印章などを吟味する。
2. その史料の内容が、他の正しい史料と矛盾しないか。
3. その史料の形式や内容が、それに関係する事に、発展的に関係し、その性質に適合し、蓋然性を持つか。
4. その史料自体に、作為の痕跡が何もないか。その作為の痕跡の吟味として、以下のようなことが挙げられる。
(1) 満足できる説明がないまま遅れて世に出た、というように、
その史料の発見等に、奇妙で不審な点はないか (来歴の検討)
(2) その作者が見るはずのない、またはその当時存在しなかった、
他の史料の模倣や利用が証明されるようなことがないか。
(3) 古めかしく見せる細工からきた、その時代の様式に合わない、時代錯誤はないか。
(4) その史料そのものの性質や目的にはない種類の、偽作の動機から来たと見られる傾向はないか。
その他、種本にした史料との比較によって、明らかに偽作とわかったりすることもある。
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このように、書風・筆意・文章形式・言葉などを吟味するのは、史料批判の第1項に挙げられている事項です。
日本の著名人のホンモノの手書きとは、いろいろと大きく違い過ぎる、と、私は論文で書いたつもりです。
論文のURL http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html
針小棒大という、あなたの感想が、納得できないのですが。
では逆に、私が論文で挙げている奇妙な点は、
あなたにとって、どのように元兵士として「ありうる」「納得できる」「理解できる」のですか?
秦郁彦氏には、まだ送っておりません。中公新書にはネット掲載を連絡済みです。
ネット掲載する以上は、版権の持ち主に了解を得ることが原則必要なはず。
しかし、連絡して、掲載するなと言われたら、疑問視・問題視の視点そのものが、
著作者の権力で消されることになります。
現在のところ、私の側では、掲示板以外の方で、私の意見に賛意を示していただいた方はおりませんので、
そういう危険を冒すのは、日本のためにならないでしょう。
<<井家又一日記は、秦さんの本に掲載された写真だけでも現物調査に足りるものではないですか。
この文章は、出だしの文章とは意味が逆で、私の論理には一定の効力があると認めているようです。
では、出だしの、私の論理は「こじつけ」と読めるようなのは、何でしょう?
混乱してきますが。
<<井家又一がシナに脅迫されて書いたとか推理していましたが
これは、中国人が偽作したものが日本に入ってきていると考えるのが、最初は突飛に思われたので、
日本人が書いたとしたらどうだろう、と考えてみた時、そういう発想が出てきたのですね。
日本人が、中国で捕虜になり、脅迫されて書かされたものの、
すぐに偽作であるとわかるように、極力日本人らしくないように書いた物、
という想定をしてみたのです。
でも、日本
これは メッセージ 41106 (koregaka さん)への返信です.