南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 虐殺は「偕行」の認識 国民の認識は?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/12 22:17 投稿番号: [12238 / 41162]
>誤解も六回もあるかい?(笑)
>実行部隊の兵隊達が証言してるんだから、、呆れた奴だな(笑)

あのなー。
だから、その兵隊たちの証言や資料によれば、日本軍による無辜の南京市民虐殺が0件で、日本軍による不法な支那兵殺害が0〜8百人というのが結論なんだ。
支那人に詫びをした『偕行』編集部の加登川という奴は南京戦に参加すらしていない。


>そもそも、極東軍事裁判で初めて明らかにされた南京での日本軍の虐殺事件を当時、その事実認定に疑問を投げかけ、抗議した兵隊でもいたと、、思うのかい?

日本軍将兵や関係者たちは、裁判でも南京虐殺なんて一貫して否認していたぞ。
裁判の様子は#11683「虐殺は嘘41   出鱈目裁判1   証人現れず」〜#11778「虐殺は嘘48   出鱈目裁判8   パル判決書」で述べているから勉強しろ。



>裁判が終わり、戦犯が処刑され、、なお、、数十年が経過した段階で、、ありゃ〜無かった?
>実に馬鹿げたことを言い出すのが日本人かよ(笑)
>日本国民にそのような抗議行動をした記録はないぜ(笑)


裁判の時から日本軍将兵や関係者は南京虐殺を一貫して否認していた。

しかも、その後、約25年間、「南京虐殺」は忘れ去られた存在となった。
本当に「大虐殺」があったのなら、このような現象はありえない。

ところが、1970年代、突如『南京大虐殺』の大キャンペーンが始まる。
東京裁判から20年以上殆ど誰も語らなかった「南京虐殺」が、四半世紀も経て、日本人が自ら「東京裁判」をもう一度やるような行為を始め、忘れ去られていた「南京」に強引に光を当て更に膨らませた「大虐殺」として日本国中に流布した、それが今日の問題の根源だ。
その張本人は「朝日新聞」。
常軌を逸した朝日報道の中でも、最大の決定打となったのは1971年8月から連載された本多勝一の『中国の旅』だ。
本多が支那に出かけ、支那共産党政府が用意した「証人」に聞いた話を「裏付け・検証ナシ」でそのまま掲載。
「裏付けナシ」という、新聞の常識を無視した企画が新聞本紙、週刊朝日、朝日ジャーナル、アサヒグラフなど、あらゆる媒体を使って大々的に展開、翌年には単行本化され、ベストセラーに。
言い様によっては『南京大虐殺』は朝日新聞が創作した、とも言える。
教科書に「南京事件」が記載され始めたのも、これ以降のことだ。

Re: 南京大虐殺のなにが悪い!保護区の20

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/12 22:01 投稿番号: [12237 / 41162]
>南京特別市は、日本海軍に宣戦布告無き、空爆前には、150万人都市であったが、連日連夜の空爆に富裕層から脱出し、往く宛のない貧民層の民衆が残った、その残った人達はこの南京難民保護区へ逃げ込んだ、、その数が20万人であったというこっちゃ(笑)

支那事変が勃発する前に南京に居た約100万人の住民が、南京戦直前の1937年12月13日には約20万人になっていたということについては概ねそのとおりだ。


>これはラーベが侵攻してきた日本軍に食糧を援助して貰おうと提出した書類に書かれている数字だ(笑)これも検証出来る数字ではないよ。

それなら、ラーベの立場からすれば、避難民の人数を実態より多く述べることはあっても少なく述べることはないな。


>後に25万人に増えてる?(笑)それは逃げ込む民衆の数が増えたんだよ。

そう。
民衆は、日本軍が占領した南京へ逃げ込んだんだ。


>日本軍は南京攻略後、南京城内に入る軍隊と、その城域に待機する軍隊が居て、その入れなかった軍隊が食糧を求めて近隣の農家を急襲しだしたため、逃げ場を失った農民が保護区へ逃げ込めば、命だけは助かるだろうと、逃げ込んだのが保護区の人口増加になっただけだ。(笑)

オマエの妄想ではなく、根拠を以って事実を述べるべきだ。
安全区には日本兵が居たが、郊外には支那人盗賊がはびこっていたんだ。
#11668や12178などを良く読め。


>そして、15歳から40歳くらいまでの青年男子は連行され、全てが殺された、、てことになってる。

そもそも、青年男子の多くは支那軍によって徴兵された者が多かった。
しかし、日本軍は兵士と民間人をちゃんと調査した上で分離した。
#8200を良く読め。


>これは想像だけど、南京には日本人の血を引く兄弟が大勢居るの様な気がするがね(笑)
>君はどう思うね(笑)   兄弟は仲良くしなきゃ、、と   親は思うだろう。

オマエの妄想はもう要らん。

Re: 虐殺は嘘71 支那軍による虐殺11徴

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/12 21:43 投稿番号: [12236 / 41162]
>農民軍は何名いたんだろうか?   5万の軍隊に対して、、何万人の農民参加したのだろうか?


そこまで詳しいことは分からん。
ただ、今でも、万単位の農民暴動は頻発しているよ。
――――――――
●2004年
1〜6月、全国の農村で発生した暴動や紛争は130件、うち87件が土地の強制収用をめぐる農民と警察当局の衝突(中国社会科学院)
10月18日、重慶市で市民数万人が政府庁舎を取り囲む大暴動
10月27日〜29日、四川省で地元当局が収用した土地の補償をめぐり農民ら10万人の大暴動発生(死者1万人か?)
12月25日、広東省で出稼ぎ労働者5万人が公安当局と衝突

●2005年
4月中旬、浙江省で5万3千人の革命暴動が発生し市民137人死亡
6月11日、河北省で立ち退きを拒否する数百人の農民が武装集団に襲撃され、農民6人が死亡
6月26日、安徽省で1万人が暴徒化、派出所等を破壊
7月、浙江省で化学工場の爆発で水源が汚染された地元農民3万人大暴動
8月1日、寧夏回族自治区で回族の農民ら1万人以上と武装警察が衝突
12月6日、広東省で武装警察が発電所建設に抗議していた住民70人以上を射殺

●2006年
1月6日、甘粛省の裁判所で判決に不満の農民が自爆、5人が死亡、22人が重軽傷
1月14日、広東省で土地収用に抗議する約2万人の農民を警察が電気警棒や催涙ガスで制圧、数十人負傷、13歳の少女1人死亡
4月12日、広東省で水門取り壊しを阻止する約5千人を武装警察約3千人が催涙弾等で攻撃、数十人負傷、女性1人死亡
8月2日、湖南省で補償金が不正流用されて集団直訴した住民 100人以上を射殺か
――――――――



>農機具を武器に、鉄砲、大砲を獲られる軍隊はいないぜ、、いくら敗走しててもな、、その後ろには   恐ろしい日本軍が追っかけてきてるんだぜ、、そして、農民軍はなぜ?武器を必要としたのだろうか?
>あとから迫る日本軍に対抗するためか?   なぜなんだろうか?(笑)


そうではなくて、支那軍による食糧の徴発や徴兵を免れるためだよ。
そのことを説明したのに、いったい何を読んでるのかね?



>生まれたての幼子が兵隊として、徴兵されるには後何年必要だ?
>殺した兵隊の罪はないのかい?


徴兵されるまでの年数は関係ないのだよ。
「1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっている」という理由で赤ん坊を家に残して青年は徴兵されることになったんだ。
――――――――
河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。
――――――――



>いっそ、この夫婦は、兵隊に育つまで、軍隊で育ててくれって預けりゃ、良かったんでないかい(笑)


アホ。
そんなことしたら食べられてしまうだろ。

Re: 残留邦人を見殺しは、関東軍だぜ、通り

投稿者: monitorreport 投稿日時: 2006/09/12 15:07 投稿番号: [12235 / 41162]
「朝鮮人にソース出せ」だって(爆笑)

それは残酷でしょう。きちんと筋道立てて説明出来るのなら朝鮮人なんて
やってねえっつうの。

ショージョージ   を思い出した。

チョンは馬鹿だから大変ですな

結局、チミの主張の根拠は、

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/09/12 10:32 投稿番号: [12234 / 41162]
  罪刑法定主義に反していると主張している者がいるから。

  というだけのものにすぎないようだねぇ〜♪

>「罪刑法定主義が国際法上、確立していた事が前提となっていますな♪」
>という自分の台詞自体が、
>罪刑法定主義が確立されていなかったという自説の否定になっているということが
>理解できないようです。

  無知、且つ、馬鹿ですな♪

  確立されているという前提で、述べられていることは、
  前提が正しいことを意味しませんな♪

  ましてや、前提が正しいという根拠が全く示されていないことは既に指摘している。

  確立を否定する根拠は第一次大戦後に存在しており、

  国際社会には、まだ主権国家のうえの絶対主権というものがないことを根拠とし、
  国内刑法の原則を国際法に於いて、そのまま適用することは問題があるとしている。



  つまり、国際社会と国内との違いが認識できない者が、
  国際法上、罪刑法定主義が確立している事を前提として主張しているにすぎず、
  認識できないが故に、
  『なぜ、国際法上、確立しているといえるのか』を述べていないのである。


  罪刑法定主義に反するという主張は数あれど、
  国際法上、確立しいたという根拠を示したものは皆無であろう。

  根拠が示されているのであれば、
  nmwgip は、根拠が書かれた資料も示してくるはずである。

  しかし、現実には示していない。

  結局、『国内刑法の原則』を、そのまま国際法に持ち込んだにすぎず、
  『国内刑法の原則』の『国内』という範囲をはずし、
  『刑法の原則』にすり替えたにすぎないのである。

  『原則』とすることで、思考停止した結果、
  国際法上も確立していたかと考えることをしなかったにすぎないのである。

  原則であると認識し、
  考えもしなかったことで反論されているのであるから、馬鹿には理解不能だわな♪

  マグナカルタや、リバイアサンを勉強しな♪

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: fujisan_yukigeshiki 投稿日時: 2006/09/12 06:59 投稿番号: [12233 / 41162]
歴史は語ってる。


http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/nankin.htm

笑える大嘘つき、領収書は無いだと(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/12 06:57 投稿番号: [12232 / 41162]
>誰もカネを取に来なければ払わなかっただろうし、所有者が取りに来ればタンマリ払ったんだろうな。
一つ一つの支払い金額まで知らんから、オマエが自分で調べろ。


やっぱり、、盗んじゃったんじゃね(笑)

シナ軍が先に通ったから何も残っていなかった?

じゃ〜貰った軍票はどこで   品物に変えるんだね?(笑)

食糧もな〜〜も無かったんだね、、だから農家を襲って徴発を繰り返したのではないのかい?(笑)

来年に備えて蓄えた種籾まで、かっぱらって、農民を餓死させたのじゃないのかい(笑)

虐殺は「偕行」の認識 国民の認識は?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/12 06:53 投稿番号: [12231 / 41162]
>時々、元日本軍兵士の親睦団体「偕行」が謝罪したから南京虐殺は事実だと言う者がいるが誤解だ。


誤解も六回もあるかい?(笑)
実行部隊の兵隊達が証言してるんだから、、呆れた奴だな(笑)

そもそも、極東軍事裁判で初めて明らかにされた南京での日本軍の虐殺事件を当時、その事実認定に疑問を投げかけ、抗議した兵隊でもいたと、、思うのかい?

裁判が終わり、戦犯が処刑され、、なお、、数十年が経過した段階で、、ありゃ〜無かった?

実に馬鹿げたことを言い出すのが日本人かよ(笑)

日本国民にそのような抗議行動をした記録はないぜ(笑)

南京大虐殺のなにが悪い!保護区の20万人

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/12 06:47 投稿番号: [12230 / 41162]
>南京の人口は日本軍占領直前に約20万人だったが、日本軍占領1ヵ月後に約25万人に増えており、更に9ヵ月後には45万人まで増加した。
まず、これで日本軍による市民大虐殺がなかった証明になる。

この20万人という数字が、何なのか?
この数字はドイツ人ラーベが南京難民保護区に保護した中国人難民の数なんだよ(笑)

南京特別市は、日本海軍に宣戦布告無き、空爆前には、150万人都市であったが、連日連夜の空爆に富裕層から脱出し、往く宛のない貧民層の民衆が残った、その残った人達はこの南京難民保護区へ逃げ込んだ、、その数が20万人であったというこっちゃ(笑)
これはラーベが侵攻してきた日本軍に食糧を援助して貰おうと提出した書類に書かれている数字だ(笑)これも検証出来る数字ではないよ。
この食糧援助の要請に日本軍は約200人分の食糧を与えている(笑)
しかも、南京の米倉からだよ(笑)

後に25万人に増えてる?(笑)それは逃げ込む民衆の数が増えたんだよ。

日本軍は南京攻略後、南京城内に入る軍隊と、その城域に待機する軍隊が居て、その入れなかった軍隊が食糧を求めて近隣の農家を急襲しだしたため、逃げ場を失った農民が保護区へ逃げ込めば、命だけは助かるだろうと、逃げ込んだのが保護区の人口増加になっただけだ。(笑)

そして、15歳から40歳くらいまでの青年男子は連行され、全てが殺された、、てことになってる。
これは想像だけど、南京には日本人の血を引く兄弟が大勢居るの様な気がするがね(笑)

君はどう思うね(笑)   兄弟は仲良くしなきゃ、、と   親は思うだろう。

Re: 虐殺は嘘71 支那軍による虐殺11徴

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/12 06:30 投稿番号: [12229 / 41162]
>1944年の河南中部の戦いでは、「農具や粗末な武器で武装した中国の農民たちは、湯恩伯の軍隊が日本軍の前から退却して来るのを襲って、約5万の兵隊の武器を奪い、うち何人かの殺害さえも行った」。
『太平洋戦争とは何だったのか』クリストファー・ソーン著

大した農民だよ、、5万の兵隊に向かって武器を奪うのだから、、ほんと、中国人は軍隊と農民とを間違えてたんじゃないか?(笑)

農民軍は何名いたんだろうか?   5万の軍隊に対して、、何万人の農民参加したのだろうか?

いつもながら、肝心要が、止められていない(笑)
農機具を武器に、鉄砲、大砲を獲られる軍隊はいないぜ、、いくら敗走しててもな、、その後ろには   恐ろしい日本軍が追っかけてきてるんだぜ、、そして、農民軍はなぜ?武器を必要としたのだろうか?
あとから迫る日本軍に対抗するためか?   なぜなんだろうか?(笑)

>『太平洋戦争とは何だったのか』クリストファー・ソーン著

馬鹿げた人間失格の戦争だったというこっちゃ、、しかし、人間とは残虐なものであると気づかせてくれた、歴史ではある。
勿論、反省することが出来ればだよ(笑)

>長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。


講談師、、見てきたことのようなウソを言い、、だね(笑)

生まれたての幼子が兵隊として、徴兵されるには後何年必要だ?
殺した兵隊の罪はないのかい?

いっそ、この夫婦は、兵隊に育つまで、軍隊で育ててくれって預けりゃ、良かったんでないかい(笑)

虐殺は嘘71 支那軍による虐殺11徴発等

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 23:59 投稿番号: [12228 / 41162]
●支那軍による苛酷な徴発、略奪、徴兵

【支那軍と支那人民の殺し合い】



私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。
『抗日戦回想録』郭沫若自伝




一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍(1)よりも彼等自身の軍隊(2)をさらに一層憎んだ。穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった(3)。日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。

(1)日本軍は食べ物が良かったので、中国兵ほどには盗みをする必要がなかった。

(2)この表現が不適当であることはいうまでもない。彼等はこの軍隊を決して自分たちの軍隊とは考えなかった。日本軍の兵士も国民党の兵士も、外からやってきた同じ禍であるのに変わりはなかった。

(3)例えば、1941年の春に、河南省と山西省の省境の山岳地帯で起こった。



軍隊の行動や戦争のやり方からだけでも、農民がどのような反応を示したかは想像に難くない。彼等は自らを守って生き延びようと努力したのである。彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。河南省では、当局の無関心、無能力、穀物のトン積、さらには投機のために、1942年から43年にかけて起こった飢饉(2)が大いに悪化したので、日本人が1944年にこの省に再び(3)侵入した時、彼らにとっては事はことのほかに容易だった。彼らが前進してくるにつれて、農民は国民党の軍隊を襲撃し、武装解除し、時にはこれにリンチを加えたのである。

(1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。

(2)未確認の数字であるが、この飢饉のために凡そ200万の死者を出したといわれる。

(3)戦争の初期に、彼等は1度ここを占領したことがある。

『中国革命の起源1915−1945』ルシアン・ビアンコ著



関連記事

農民の飢餓救った日本軍   邦訳本出版   中国で映画化
06/4/9産経
(一部抜粋)
一九四二年、大飢饉で河南省の農民を救ったのは、日本軍だった。そんな歴史の真実をとらえ、ロングセラーとなっている中国小説がこのほど日本で翻訳出版された。劉震雲さん著、劉燕子さん翻訳の「温故一九四二」だ。
同小説は日中戦争の最中の一九四二−四三年、河南省を襲った干魃による被災民三千万人、餓死者三百万人という大飢饉の状況を農民、蒋介石ら指導者、米国人記者、日本軍の立場から多面的に描き出した。
飢饉の原因は天災だけでなく、中国軍の容赦ない軍糧のとりたてのせいでもあった。その中で、日本軍は餓死寸前の農民に軍糧を放出した。




1944年の河南中部の戦いでは、「農具や粗末な武器で武装した中国の農民たちは、湯恩伯の軍隊が日本軍の前から退却して来るのを襲って、約5万の兵隊の武器を奪い、うち何人かの殺害さえも行った」。
『太平洋戦争とは何だったのか』クリストファー・ソーン著

Re: kukukunoookuさんへ

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/09/11 22:51 投稿番号: [12227 / 41162]
  すみません、多忙に紛れて、お返事が疎かになっておりました。

> 当時の国際法では罪刑法定主義が確立してなかったって?
>
> お前の珍説と著名な国際法学者の正論とでは勝負にもならんなあ。

  オオタグロくんは「罪刑法定主義が国際法上、確立していた事が前提となっていますな♪」という自分の台詞自体が、罪刑法定主義が確立されていなかったという自説の否定になっているということが理解できないようです。
  ここまでレベルが下がると流石に面倒を見切れません。

> 俺もしばらく馬鹿タグロの相手してやろうかなあ、一応法学部出だし。

  阻却事由の意味も分からなかった奴ですからね・・・
  馬の耳に念仏だと思います。

Re: 残留邦人を見殺しは、関東軍だぜ、通り

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 22:09 投稿番号: [12226 / 41162]
>なんども書いてるだろう、、
>オタンコナス、
>もう少し、煮詰まるまで、まってやるよ(笑)
>他に書くこと無いか?(笑)


馬鹿野郎。
ソ連軍の満州侵攻の2ヵ月か3ヶ月前に駐モスクワ佐藤大使がソ連から日ソ不可侵条約を破棄された、と言っているのはオマエの方だぞ。
早く根拠を示せ。
どうせ、オマエは、1945年4月5日にソ連が佐藤大使に、「日ソ中立条約は明年4月期限満了(1946年4月25日)後延長せざる意向なり」と日本に通告したことを歪曲したか勘違いしたんだろ?
素直に歪曲か勘違いを認めて楽になれよ。

それから、↓これも忘れんな。

(再掲)
――――――――
Re: 残留邦人を見殺しにした、関東軍だぜ、 2006/ 9/ 9 11:02 [ No.12185

投稿者 :
deliciousicecoffee


>日本国政府は戦時賠償としてシベリア抑留を認め、署名までしてるんだよ。

では、その署名した文書を提示してくれないか。


これは メッセージ 12181 yominokuni56 さんに対する返信です
――――――――

Re: 虐殺嘘6日本軍兵士は種籾まで、強奪し

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 21:49 投稿番号: [12225 / 41162]
>シナ軍の事は、この際   どうでも良いんだよ(笑)
>日本軍のことじゃないの、、これ、、

いやいや、上海爆撃(#12135)にせよ、黄河の堤防決壊(#12187)にせよ、長沙焼き払い(#12210)にせよ、支那軍の極悪非道は全て日本軍におっ被せるのが支那人の常套手段なんだ。
支那軍のやっている悪事をきちんと把握しておかないと、何でもかんでも日本軍の仕業にされてしまう。



>金払うから、司令部まで、、取りに来い、、?   これが泥棒と言うんだよ。

意味が分からん。
どうして、それが泥棒なんだ?
カネを取に行けば司令部はちゃんと支払ったんだぞ。
ちなみに、支那軍に見つかれば100%かっぱらわれた。



>村の米倉の米と言えば、来年、田んぼに植える、種米、種籾じゃないか?
>その米種を、黙って持ち帰り日本兵が食っちまったってことは、この村の農民は来年は、田植えできないってことじゃないのかい?
>で、村人全員餓死しなきゃ成らなくなっちまったようだぜ。

今朝の妄想は一歩踏み込んだ展開となっているようだが、村人が餓死した事実がないのだから妄想は妄想でしかない。



>だから、日本軍のは嫌われたんだよ、、食える物は何でも強奪するって、後先考える能力に欠けてたんだよ、、あんたと同じ様にな(笑)

――――――――
  一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍よりも彼等自身の軍隊をさらに一層憎んだ。穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった。日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。
『中国革命の起源 1915−1945』ルシアン・ビアンコ著
――――――――

Re: 虐殺は嘘67 笑える大嘘つき、領収

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 21:34 投稿番号: [12224 / 41162]
>そりゃ〜敵とする日本軍が侵攻してきたのだから、逃げるわな(笑)


日本軍が上海から南京に行く前に、支那軍が先に通っていたから誰も居なかったんだよ。

#12156を読まなかったのか?

(一部再掲)
――――――――
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏
わが部隊は、蘇州へ向けて進撃すべく命をうけ、第一線部隊として進み、蘇州到着までは、ほとんど敵の抵抗を受けなかったが、蘇州に至る間の部落は酷く焼かれ、屋根のある家は少なく、住民もいなかった。
このような破壊は、支那軍が退却に際して行ったものと認める
――――――――
ミニー・ヴォートリンの日記
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。
――――――――



>泥棒やったこと認めてるじゃないか(笑)
>お前は善悪の判断も出来ん   マヌケじゃないのか?
>中国人農民の米倉を開け放し、米俵をことごとく、運び出し、金は司令部に取りに来い、、と張り紙をしておいた?


そうだよ。
支那軍がかっぱらい忘れた米俵があったので、日本軍が後でカネを払うことにして役立てたんだ。
――――――――
「・・・然しその様な場合には、如何なる物を如何程徴発したかを明記し、所有者に判明する様、貼紙をして、司令部ヘ代金を取りに来る様に記して置くのを例としました。
  私が現実にその様な措置を講じであった事実を目撃したのは、無錫に於ける米の倉庫に於てでありました。」
(極東軍事法廷   速記録第三一○号   弁護側証人   榊原主計証言)
――――――――



>それで、いくら払ったんだ?


誰もカネを取に来なければ払わなかっただろうし、所有者が取りに来ればタンマリ払ったんだろうな。
一つ一つの支払い金額まで知らんから、オマエが自分で調べろ。

Re: 南京大虐殺は偉大な行為

投稿者: chankoro_nante 投稿日時: 2006/09/11 10:49 投稿番号: [12223 / 41162]
南京大虐殺なんてなかったんだもん。

そんなもの偉大に思えと言われてもね。


>当時戦争と思っているのは日本軍だけですよ。(侵略を美化)

日本軍も戦争だとは思ってないよ。
中国側が日本軍に武力攻撃かけたから反撃しただけ。
ただそれだけのこと。

>被害国は武装も武器も構えていませんでしたよ。

何でそんな嘘がつけるのかな。
国民党も八路軍も武装していて日本軍に武力攻撃をかけてきたんだよ。


>日本と言う国は、相手が武装してない国に入り込むのが好きだからしょうがないけどね。琉球国、朝鮮半島、中国、台湾、フィリッピン、グアム・・・

すこしは歴史を勉強支那よ。
日本は中国人による卑劣な武力攻撃で中国との戦闘にまきこまれただけだよ。
その結果、中国は反対に日本軍に木っ端微塵にやられて首都も陥落したわけ。

武力を持たないチベットやトルキスタン、ウイグル、モンゴルなど異民族の地を侵略して残忍な手法で植民地支配しているのは中国だろう。

>日本人は昔から残忍で非道で残虐民族でまた人の幸せを妬む逆恨みな性質をもった基地外種族です。

それは中国人のことだよ。
中国人は昔から残忍で非道な残虐民族で歴史上王朝が変わるたびに大虐殺が繰り返されてきた。
日本人が戦後60年間たったの一度も戦争することなく平和な国を築き、豊かになったのを妬んで、日本人から経済援助してもらっているにもかかわらず逆恨みして嘘と捏造にまみれた反日教育で反日馬鹿を生産し続けているのが中国だろう。

そんな基地外民族が漢民族だ。

それが今でも進行形なんだから根性が腐っている支那人は世界で軽蔑されるわけだ。

Re: 南京大虐殺は偉大な行為

投稿者: fujisan_yukigeshiki 投稿日時: 2006/09/11 09:12 投稿番号: [12222 / 41162]
> 中国が嫌いな人にとっては、南京大虐殺は旧日本軍の偉大な行為のはずである。

ところが、そういう人に限って、南京大虐殺を隠そうとしている。

それは元日本兵たちに対する冒涜ではないのか。

当時は戦争なのだから、虐殺のない戦争などありえないのだよ。



↑当時戦争と思っているのは日本軍だけですよ。(侵略を美化)
被害国は武装も武器も構えていませんでしたよ。
日本と言う国は、相手が武装してない国に入り込むのが好きだからしょうがないけどね。琉球国、朝鮮半島、中国、台湾、フィリッピン、グアム・・・
日本人は昔から残忍で非道で残虐民族でまた人の幸せを妬む逆恨みな性質をもった基地外種族です。
それが今も進行形ですよ。(アイヌがぬけてました)

南京大虐殺は偉大な行為

投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/09/11 08:34 投稿番号: [12221 / 41162]
中国が嫌いな人にとっては、南京大虐殺は旧日本軍の偉大な行為のはずである。

ところが、そういう人に限って、南京大虐殺を隠そうとしている。

それは元日本兵たちに対する冒涜ではないのか。

当時は戦争なのだから、虐殺のない戦争などありえないのだよ。





Re: 宣戦布告なき戦争の犯罪性は追及できず

投稿者: liancourt_rocks_1905 投稿日時: 2006/09/11 06:58 投稿番号: [12220 / 41162]
>パール君は   日本無罪といっらしいが、平和に対する罪という明確な法が当時無かったから、その罪にはあたいしないってことで無罪といってるだけで、虐殺や捕虜虐待、侵略が無かったと言っているのではないよ(笑)

平和に対する罪と、いわゆる戦争犯罪は全く別のものだけど。

その罪には値しないの意味が分からん。ソース付きで出してくれ


っても、朝鮮人のオマエには無理だ(ゲラゲラ♪)

Re: 宣戦布告なき戦争の犯罪性は追及できず

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/11 06:54 投稿番号: [12219 / 41162]
ばかだね〜〜

宣戦布告なき戦闘の罪なんてないんだよ(笑)

これはその国の姿を写す物なんだよ、、正々堂々と国を統治してるか、国際秩序、社会に適合してるか?を問う国の姿勢の問題なんだよ。

日本には武士道という西欧の武士道に通づる、精神があったゆえ、日本国政府は陸戦法を批准したんだよ。

その日本の誇るべき武士道を蔑ろにしたのが先の大戦だったんだよ。
これは野蛮人の戦争であったと言うことを世界に知らしめた行為なんだな(笑)
そして、そのまま、野人のごとく侵略を繰り返したというこっちゃ(笑)
最初の出足から、まずかったね(笑)

パール君は   日本無罪といっらしいが、平和に対する罪という明確な法が当時無かったから、その罪にはあたいしないってことで無罪といってるだけで、虐殺や捕虜虐待、侵略が無かったと言っているのではないよ(笑)
しかも、判事の中の極少数(一人だけ)の反対意見だよ(笑)

フィリッピン判事などは   罪が軽すぎると   怒ってた判事も多数いたことも忘れるなよ(笑)

Re: 南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: sishamodesu 投稿日時: 2006/09/11 06:52 投稿番号: [12218 / 41162]
おまえは、ア   ホ   カ!
よその国が虐殺したからって自分たちもしていいんだよって聞こえるよ。おれは日本人としてお前みたいな日本人をみとめないし、小学生レベルだよ。
いつしかシッペ返しに遭うよ。お前の家族と親戚だけで解決してくれ。お前えみたいな輩な家族が被害に遭えばいいのだ。
世界の皆さん日本人は決してこういう人ばかりではありません。誤解をなさらないでください。こういう馬鹿もどの国にもいることをお察しください。

Re: 残留邦人を見殺しは、関東軍だぜ、通り

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/11 06:45 投稿番号: [12217 / 41162]
なんども書いてるだろう、、

オタンコナス、

>>なにを寝ぼけたことかいてるのだか?
>>ソ連軍参戦の三ヶ月前に日本領事、佐藤は日ソ不可侵条約を破棄され、ソ連から帰国してるよ(笑)


>オマエは先日「2ヶ月前」と言ってけど「3ヶ月前」だったのか?
で、そのことを示す資料とかないのかなー?

もう少し、煮詰まるまで、まってやるよ(笑)
他に書くこと無いか?(笑)

虐殺嘘6日本軍兵士は種籾まで、強奪した

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/11 06:41 投稿番号: [12216 / 41162]
>●支那軍(不逞支那人)は鉄砲や銃剣を振り回して略奪した
  したがって軍が動くという噂が流れると、苦力でごった返していた通りがガランとなる。捕まったらどうなるか。過酷な仕事をやらされる。食事はもらえるかどうかわからない。兵の装備がまたお粗末なもので、街中で見かける宣伝用の兵隊は別にして、食糧はほとんど支給されない。したがって、行く先々で食券代わりに銃剣を振り回して糧秣を略奪する。


シナ軍の事は、この際   どうでも良いんだよ(笑)
日本軍のことじゃないの、、これ、、

食糧は自前の日本軍だぜ、、中国農民の村の米倉も勝手に開けて、持ち出したのは日本兵だぜ、、(笑)

おまえさん書いてたじゃないか、、金払ったの?
金払うから、司令部まで、、取りに来い、、?   これが泥棒と言うんだよ。

相手が売るって言ったかい?   村人は居なかったんだろ、、(笑)

村の米倉の米と言えば、来年、田んぼに植える、種米、種籾じゃないか?
その米種を、黙って持ち帰り日本兵が食っちまったってことは、この村の農民は来年は、田植えできないってことじゃないのかい?
で、村人全員餓死しなきゃ成らなくなっちまったようだぜ。

だから、日本軍のは嫌われたんだよ、、食える物は何でも強奪するって、後先考える能力に欠けてたんだよ、、あんたと同じ様にな(笑)

まず   領収書さがせよ、、その後   ここの村民の生存者はいるのか?
それが問題じゃよ(笑)   このペテン師め、、

Re: いつまで愚だ愚だ言ってるんだ

投稿者: sawara_saikyouyaki 投稿日時: 2006/09/11 06:36 投稿番号: [12215 / 41162]
こいつに、長文書いちゃ駄目だよ、

主旨だけ答えりゃいいのに、いかにも関西の三流学校しか出てないのを丸出しで、ダラダラ無関係な恨み言(あれは、朝鮮人だから)垂れるだけで、マトモな会話など不可能だから。

虐殺は嘘67 笑える大嘘つき、領収書は

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/11 06:31 投稿番号: [12214 / 41162]
>結局、不在所有者の現実の承諾のない状態の儘、之を軍需に用ひなければならなかったことが屡々とありました。

そりゃ〜敵とする日本軍が侵攻してきたのだから、逃げるわな(笑)
噂じゃ、一家皆殺しにされると、、聞いてる筈だから、、ね。
のんびり兵隊の来るのを待ってることなどありゃ〜せんよ(笑)

>   然しその様な場合には、如何なる物を如何程徴発したかを明記し、所有者に判明する様、貼紙をして、司令部ヘ代金を取りに来る様に記して置くのを例としました。
  私が現実にその様な措置を講じであった事実を目撃したのは、無錫に於ける米の倉庫に於てでありました。」
(極東軍事法廷   速記録第三一○号   弁護側証人   榊原主計証言)


泥棒やったこと認めてるじゃないか(笑)

お前は善悪の判断も出来ん   マヌケじゃないのか?

中国人農民の米倉を開け放し、米俵をことごとく、運び出し、金は司令部に取りに来い、、と張り紙をしておいた?

それで、いくら払ったんだ?   支払った証明が一つもないじゃないか?
ここで問題となるのは、領収書だよ(笑)
で、いくら支払ったの?
支払った金額を提示してこそ、その裏付けとなるんだよ、、



アホンダラ、、金払うと、お題目を書いておけば、何でも盗むことが可能だったってことの証明じゃないか(笑)

徴発はカッパライということじゃよ(笑)

何処に、この上記のような日本兵がいたと思うのじゃよ(笑)
小学生が笑うぞ、、、

いつまで愚だ愚だ 不利益もなしか(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/09/11 06:20 投稿番号: [12213 / 41162]
>不利益どうこうじゃなく、30万人という嘘を撤回し謝罪しろと言ってるんだ。30万人虐殺が嘘で証明できないから話を摩り替えるしかないんだろう。


な〜〜と   馬鹿な奴もいたもんだ?
ウソ言ったから、、それが許せんと、、?


無かったという、証拠あるのかい?
アリバイ証明できるのか?   南京の現場にいたのは日本兵だぜ(笑)

まるっきりのアホじゃないんか?

日本政府が正しいことばかりやってると思うのかい?

いろいろありすぎて、選択するのも、困るくらいだけど、、(笑)

君の単細胞に聞いてみるが、、

沖の鳥島、、ありゃ〜島かね?(笑)

満潮時   海面に出てるのは僅か2cm、、標高2cmの片足もおけない石ころなんだが、、、?今頃はすでに水没してんだろうが、、(笑)

この石ころを、小学校で、日本の領土と教えてるんだが、、おかしかないかい?(笑)
しかも、過去に200〜300億円かけてチタン製の囲いまで作って保護してんだぜ、これ島か?   アホだろう、、日本国政府のやることは   こんな事しかやらないんだぜ、、(笑)   土建業者が丸儲けしただけなんだよ(笑)
国際海洋法上は島とは認められないのだがね(笑)
周辺諸国は、みな黙りを決め込んでるね、、ほっといても水没することになるからだよ(笑)   つまり   笑ってみているってこと、、バカにされてるんだな(笑)


こんな国の国民が   南京事件は無かった?   なんて   どこの世界の人間が信じると思う?

南京事件は実行部隊である兵士自らが認めてるんだよ。「偕行社」って、日本軍将兵の親睦団体を知ってるね、、、ん
彼らがすでに、南京での虐殺行為を認めてるんだよ(笑)

実行者が認めてる事を、知らぬあなたが、否定すること自体が漫画チックじゃないかいな(笑)

Re: 虐殺は嘘60 「偕行」の認識

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 00:51 投稿番号: [12212 / 41162]
#12118に投稿していたのですが、何時の間にか何者かに削除されていたので再度投稿させていただきました。


他人の投稿を勝手に削除するな!(怒)

虐殺は嘘60 「偕行」の認識

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 00:48 投稿番号: [12211 / 41162]
時々、元日本軍兵士の親睦団体「偕行」が謝罪したから南京虐殺は事実だと言う者がいるが誤解だ。


●偕行の認識

階行は84年〜85年に南京虐殺は「幻か否か」について会員の証言を集め、『証言による南京戦史』を編纂した。

執筆担当者の畝本正己が、集めた証言や資料を基に日本軍による不法処理の疑いのある被害者数を推定した。
――――――
私の結論は3月号記述のとおり、「ホントウの数は解らない。強いて言えば、不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは三千〜六千」と推定した。その根拠を述べる。

(省略)

『偕行』1985年5月号P8
――――――

南京戦に参加した畝本正己の集計では、不法処理の疑いがあるのは3千〜6千人、全て便衣兵などの兵士で、虐殺と断定できないとした。

その後、畝本正己は、資料、証言を更に整理し検討し、【1988年】に発行した『南京戦史』で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみと結論している。


いずれも、日本軍による南京市民虐殺は0人だったとの認識だ。



だが、南京戦を知らぬ編集責任者の加登川幸太郎は、畝本の他に非軍人研究家の板倉由明の見解も参考にしてしまった。

板倉は一般人の殺害もあったとし、不法処理の被害者数を13000人と推定。

――――――
そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。
同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。
『偕行』編集部(加登川)
――――――
つまり、板倉は、捕虜の半分、一般人死者(スマイス調査の城内+江寧県)の1/3を不法殺害とした。
このような算定方法は板倉の他に秦郁彦も採用するが馬鹿丸出しだ。


そもそもスマイス調査が出鱈目のインチキなのだ。

スマイス調査(農村部)の出鱈目ぶりは以下に示す『南京事件の日々』の「句容県」に関する記述との対比だけでも明らかだ。
――――――
『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。農民たちは城内に連れてこられるか、そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。
――――――
つまり、支那軍の「焦土(清野)作戦」によって、12月6日には既に句容は無人と化していたのだ。


ところが、スマイス調査では、句容で日本軍が8530人を虐殺したことになっている。
――――――
【スマイス調査・南京地区における戦争被害】
句容県
住民総数 227300人
死因・暴行の総数 8530人(男6700・女1830)
――――――
このように句容では日本軍による虐殺が0人だったにもかかわらず、スマイス調査は8530人虐殺という出鱈目な数字を計上しており、スマイス調査を南京大虐殺の資料とすることが出来ないことは明白だ。


それにも拘らず、加登川は両名の見解を基に大量(3千〜1万3千)の不法処理を「中国人民に深く詫びるしかない」と述べ、会員の中から激しい不満の声が上がった。



結論

日本軍が撃滅・処断した支那兵は推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみというのが階行の最終結論である。
一方、日本軍による南京市民虐殺は0人だったというのが畝本正己の一貫した認識である。

虐殺は嘘70 支那軍による虐殺10 長沙

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/10 23:58 投稿番号: [12210 / 41162]
●支那軍による長沙市焼き払い
【目的は、日本軍の仕業にして宣伝するためだった】


『抗日戦回想録』郭沫若自伝より
――――――――
「お前たちはいったい何をしているんだ?」私は腹を決めて大声でたずねた。
「放火です、命令です」その連中は異口同音に答えた。
「敵は城内に入ったのか?」
「とっくに汨羅に迫って来ています」
火の手はますますふえる。
(略)
しかし火の手がどっと一斉にあがり、たちまちにして全市は大火に包まれた。駅に通ずる道路は両側から火に挟まれトンネルになった。
(略)
車に乗ったまま絶えず良心の呵責を感じていた。
沿道の情景はまったく目をおおうものだった。公路は避難人びとで埋まっている。子供たちを連れているもの、家財道具をかついでいるもの、泣くもの、叫ぶもの、罵るもの、ふとんをかぶったもの、老人を背負っているもの、傷ついたもの、身ごもっているもの、兵士、難民、みな入りまじってごったがえしている。警笛はひっきりなしに鳴り、車はたえまなくぶつかる。狼狽の情景はまさに形容のすべもなかった。
(略)
大火はまさに燃えさかっていた。長沙全域は火煙に包まれ、火煙の勢いは空を呑みつくさんばかりだった。
「どうやら、敵は長沙には入っていないらしいな」周恩来が感慨深げにいった、「もし敵が長沙に入っていたら、きっとぎりぎりまで追って来るだろう、まったく何の動きも見せないはずがない。・・・」

(中略)

長沙に火をつけたのは、国民党が蒋介石の指図でやった大仕事だった。彼らは一度派手な手柄をたてようと、クトゥーゾフがモスクワを焼き払ったのをまねて長沙焼き払いをしでかしたのだ。しかし、残念ながら日本軍はこれを道化役にしてしまい、ナポレオンを演じに登場してはくれなかった。全市に焼け棒杭の山を残し、百余万戸の家を焼き、そればかりいまだに総数もわからぬ傷病兵や年寄り、子供、病人などの市民を焼死させた責任は、いったい誰が負うのだろうか?
行政上の処分は――18日に警備指令艷悌、警備第二連隊長シュークン、公安局長文重孚の3人が銃殺された。
長沙の人びとは真相がわからなかったので、省主席の張文白(張治中)を怨んだ。
(略)
しかし、あだはかたきに、借金は貸し主にというもので、張文白を怨むのは見当ちがいである。張文白その他の連中は蒋介石の命令を執行しただけなのだから。私たちがのちに手に入れた確実な情報によれば、張文白は12日午前9時、長沙全域を焼き払えという、蒋介石の密電を受けとったのだ。したがって、長沙の大火に関する責任は蒋介石が負うべきもので、「3個の人頭」ですら本当のところは冤罪だった。
――――――――



1938年も続いた【支那軍による焦土戦術】(#12156参照)


7月11日
昭和13年7月12日 東京朝日
【漢口発特電十一日発(ルーター特約)】
  蒋政権当局は支那軍に対し九江退却に先立ち、日本軍の軍事行動に便宜を与えるごとき財産或いは建造物は、何物たるを問わずこれを破壊し去るよう命令を発した・・・
(以下略)



10月19日
支那軍は広東東方約50キロの増江の橋を爆破し増城城内を焼いて退却した。



10月21日
日本軍は広東に突入したが、支那軍は街に火を放って退却した。
國史図書刊行会篇の『支那事変』の255頁には、市街はもうもうと上がる黒煙と炎で包まれ、これを、珠江の対岸から見ている日本兵の姿が写っている。
また、256頁には、逃げ遅れた老婆を背負って避難地まで運んでいる日本兵の姿も写っている。



10月25日
支那軍は武漢撤退の際、街を爆破する目的で全ての建物に爆弾をしかけたが、英国海兵隊員らが必死で爆弾を撤去し、支那軍がスィッチを入れた時、爆破されたのは日本人所有の家屋だけだった。



11月13日
支那軍は日本軍が長沙に迫っているとの噂を信じ、長沙の街を略奪・放火した。
火は二日間燃え続けたが、日本軍が来なかったため、日本軍に犯罪を転嫁出来なかった。
仕方なく、蒋介石は警備や公安の責任者を銃殺刑に処した。

Re: 南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: warabi_701 投稿日時: 2006/09/10 21:50 投稿番号: [12209 / 41162]
>南京大虐殺の事実を認定した本の著者に対して、事実の取り消しを求める訴えを裁判所に起こすしかない。<

  横で失礼。

貴方は、レイプ・オブ・ナンキンの事を言っているのかな?

だとしたら、いつ、その本が事実と求められた?
それは、どこが、正しいと認めた?

  歴史的事実は、どちらか一方の物の見方では決められない。

  双方と第三者の検証によって行われるべきだがね。

  ほんの少しの事実を、針小棒大に小説に書き上げ有名人になりたかった、在米シナ人が正しい事を書くと思う方が変だぜ。

それより、アヘン戦争でイギリスに文句を言うべきだろう。
欧米列強がアジアを侵略・占領していたのは事実だ。
中東もアフリカもアメリカでさえ侵略されたのだから。

日本は、戦争に負けたが、アジア諸国を欧米列強から開放した事実もある。

Re: 南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/09/10 21:16 投稿番号: [12208 / 41162]
>よって、日本軍による無辜の南京市民虐殺事件は0件だった。
以上、日本軍による無辜の南京市民虐殺がなかったことの証明完了。


貴方が匿名である以上、どれだけ掲示板にカキコしても、それは貴方の私見にすぎない。

歴史的事実がなかったことの証明はできないのだよ。

どうしても証明がしたければ、南京大虐殺の事実を認定した本の著者に対して、事実の取り消しを求める訴えを裁判所に起こすしかない。

Re: 南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: warabi_701 投稿日時: 2006/09/10 20:46 投稿番号: [12207 / 41162]
>そして日本軍は南京で30万人の中国人を殺害した。
虐殺というのはどこの国でもやっていることで、虐殺をしない国家などないのだ。起きてしまった虐殺はしょうがない。日本人は南京大虐殺を恥じてはならない。<

  そもそも”虐殺をしていない”のだから、恥など有り得ない。
シナのプロパガンダに惑わされてはいけない。


Re: 南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/10 18:59 投稿番号: [12206 / 41162]
>起きてしまった虐殺はしょうがない。
>日本人は南京大虐殺を恥じてはならない。


日本軍による無辜の南京市民虐殺はまったく無かった。
誤爆などの事故による犠牲者は居たが、日本軍による無辜の南京市民虐殺は0人だった。

南京の人口は日本軍占領直前に約20万人だったが、日本軍占領1ヵ月後に約25万人に増えており、更に9ヵ月後には45万人まで増加した。
まず、これで日本軍による市民大虐殺がなかった証明になる。

また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは、南京に長期間滞在したにもかかわらず、誰も1度も日本軍による南京市民虐殺を目撃しなかった。

更に、現地(南京)に居た日本軍(憲兵隊など)に通報された日本軍による強姦事件は約10件で掠奪事件も似たようなものだったが、虐殺事件に関しては0件だった。
また、憲兵隊が調査などによって発見・察知した虐殺事件も0件だった。
つまり、南京の憲兵隊に通報されたり、憲兵隊が察知した虐殺事件は0件だった。

目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も憲兵隊などによる発見もなく、犯人も被害者も特定できなかった。

戦後しばらく経ってから自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。

よって、日本軍による無辜の南京市民虐殺事件は0件だった。

以上、日本軍による無辜の南京市民虐殺がなかったことの証明完了。


わかったね。

Re: いつまで愚だ愚だ言ってるんだ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/10 18:40 投稿番号: [12205 / 41162]
>「市民重大被害報告」ですね。南京入城から3日間の殺人5件、しかし目撃はゼロ件ですね。
>確かに5件の殺人も便衣兵の可能性が大きいでしょう。だたあくまでも推測になります。

目撃0件で、犯人も被害者も特定できず、現地の憲兵隊への通報もなければ、推測ではなく、0件が確定します。


>中帰連の証言も、中国共産党に洗脳されていることは間違いありませんが、これを言うと水掛け論になって、結果的に中国を利することになると私は考えます。

これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されています。
【#12101を参照して下さい】
ですから水掛け論になりません。


>私は戦後生まれで本当のことはわかりません。ただ日本軍が世界の軍隊に比べれば規律をある程度守っていた、と考えますが、戦争と言う究極の状態の中で民間人か便意兵か解からずに殺したことはあっただろうと思います。

民間人を便衣兵と間違えて殺害したことは全く確認されていません。
傍から見て不安に感じた日本兵は居たようですが、実際に便衣兵摘発作業に当たった兵士によれば間違えることはないとのことです。
【#8200を参照して下さい】


>もっとも大事なことは、このような推測を通すのではなく、絶対に明らかな捏造を糾弾していくことではないでしょうか。

推測ではありません。
確認されている日本軍による無辜の南京市民虐殺は、0件で間違いありません。
むしろ、「少しは虐殺があったかもしれない」と言う方が、憶測と妄想を述べていることになります。


>国民党が便衣兵というゲリラ戦を展開した以上、戦争が残虐になるのは不可避です。この責任は中国にあります。

それはそのとおりですが、日本軍による無辜の南京市民虐殺とは関係ありません。


>だからこそ、世界に30万人虐殺の虚構に焦点を絞ってアピールしていくことが日本にとっても最良の選択だと考えます。

日本軍による無辜の南京市民虐殺は1件も確認されていないのですから、世界に「虐殺は0件」「虐殺事件は虚構」をアピールする方が良いと考えます。


>「30万人虐殺」は水掛け論になりません。中国は逃げることができなくなります。世界中の国が日本を支持してくれるようになるでしょう。

支那は、1人も虐殺を立証できません。
堂々と「虐殺は0人」「虐殺事件は虚構」を主張すべきです。

Re: 南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: goldcoast1234 投稿日時: 2006/09/10 17:14 投稿番号: [12204 / 41162]
>中国はチベットで何万人もの人を虐殺した。


あれれ?
中国共産党が殺した7000万人を隠していますね。

南京大虐殺のなにが悪い!

投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/09/10 15:48 投稿番号: [12203 / 41162]
アメリカは原爆や空襲で何百万人の日本人をを虐殺した。

ドイツはユダヤ人を何百万人も毒ガスで虐殺した。

中国はチベットで何万人もの人を虐殺した。

ソ連はスターリンによって、1260万人もの人が虐殺された

イスラエルによるパレスチナ人虐殺はいまもつづき、

ルワンダの虐殺は80万人。

そして日本軍は南京で30万人の中国人を殺害した。

虐殺というのはどこの国でもやっていることで、虐殺をしない国家などないのだ。

起きてしまった虐殺はしょうがない。

日本人は南京大虐殺を恥じてはならない。

南京大虐殺を恥じるな!

投稿者: richard_cheney_jr 投稿日時: 2006/09/10 15:27 投稿番号: [12202 / 41162]
日本人は南京大虐殺を恥じるべきではない。
そして隠す必要もない。
戦争に残虐行為はつきものなのだ。
なぜなら軍隊はすべて狂気なのだから。
正常な理性を持った人間でも軍隊にはいれば狂気を持つ。
狂気を持てなければ兵隊として失格なのだ。


『社会の中で生きる人間は、その性欲や攻撃性を思う存分に満足させるわけにはいかず、つねに抑圧している。   ところが戦争のような事態になると、そうした本能的欲求を爆発させる。
戦争はつねに、自由主義を守るためなどといった大義名分があるが、戦争に参加する個々の人間はかならずしもその大義のためだけに戦っているわけではない。つまり、戦場で敵を惨殺したり敵国の女子を強姦したりする行為には、そのような大義名分だけではなく、人間に生まれつき備わっている攻撃性や性欲を満足させるという要因がある』     

  ジクムント・フロイト
 

Re: いつまで愚だ愚だ言ってるんだ

投稿者: hawaiiandream2010 投稿日時: 2006/09/10 13:06 投稿番号: [12201 / 41162]
>30万人虐殺の証明はもちろん無理ですが、1人虐殺の証明も無理です。
>日本軍が虐殺した無辜の南京市民は、0人です。


言われていることはわかります。
「市民重大被害報告」ですね。南京入城から3日間の殺人5件、しかし目撃はゼロ件ですね。
確かに5件の殺人も便衣兵の可能性が大きいでしょう。だたあくまでも推測になります。
中帰連の証言も、中国共産党に洗脳されていることは間違いありませんが、これを言うと水掛け論になって、結果的に中国を利することになると私は考えます。
中国にとって南京事件は水掛け論になるのがベストなんですよ。
世界では戦争に残虐な行為はつきものであることが常識です。そんな中でパーフェクトに日本軍が虐殺をしていない、と主張するのはかえって日本人は自分だけは潔白だ、と言っているのと同じだとみなされ、中国の主張に同調する動機がでてきます。

私は戦後生まれで本当のことはわかりません。ただ日本軍が世界の軍隊に比べれば規律をある程度守っていた、と考えますが、戦争と言う究極の状態の中で民間人か便意兵か解からずに殺したことはあっただろうと思います。
もっとも大事なことは、このような推測を通すのではなく、絶対に明らかな捏造を糾弾していくことではないでしょうか。
国民党が便衣兵というゲリラ戦を展開した以上、戦争が残虐になるのは不可避です。この責任は中国にあります。
だからこそ、世界に30万人虐殺の虚構に焦点を絞ってアピールしていくことが日本にとっても最良の選択だと考えます。
「30万人虐殺」は水掛け論になりません。中国は逃げることができなくなります。世界中の国が日本を支持してくれるようになるでしょう。

Re: いつまで愚だ愚だ言ってるんだ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/10 12:20 投稿番号: [12200 / 41162]
>もう一度言う。
>30万人虐殺を証明してみろ!


30万人虐殺の証明はもちろん無理ですが、1人虐殺の証明も無理です。

日本軍が虐殺した無辜の南京市民は、0人です。

宣戦布告なき戦争の犯罪性は追及できず

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/10 12:13 投稿番号: [12199 / 41162]
「ウィートンの国際法」第七版において、B・キース博士は宣戦布告をしないことは、その戦争を非合法なものとしない、と結論している。…(略)…西暦1700年より1872年にかけて起こった約百二十の戦争のうち、正式の宣戦布告が敵対行為開始に先立ってなされたのは、わずかに十にも満たないほどであった。しかしながら十九世紀後期に於いては、交戦状態の存在及び敵対行為開始の動機を公表する布告を、戦を宣する側の国家の領土内において発表するのが慣習となった。おそらくかような発表は、交戦国の国民と敵との交通につき、また国際法が正式な戦争に付与する一定の効果に関して交戦国の国民を指示指導するために必要とみなされたのであろう。キース博士はさらに次のように指摘している。すなわち、実際の慣行から引き出される結論を除いては、法律学者や、国際法学者の間の意見は決して一致したものではないと。概して欧州大陸側の著作家は事前宣告の必要を主張した。英国人の見解はこれに反していた。ストーウエル卿によれば、事前告知がなくても戦争は正当に存在しうるのであり、告知は事実の形式的証左にすぎないと。
  ついでキース博士は、1870年から、1904年にわたる期間から実例をあげ、正式の宣戦布告は、ある場合は行われ、他の場合は行われなかったことを示している。行われなかった場合としては、・・・・・
…(略)…
  右の指摘したように、一般的布告を公表する慣行ができたとはいえ、この慣行は確立したものではなく、法律上の義務というよりは、むしろ儀礼の問題にすぎなかった。キース博士はいわく、本問題がかように不満足な状態にあったことに鑑みて、1907年のヘーグ会議はこの問題を取りあげ、ヘーグ条約第3号中に明確な規定を規定した。しかして本条約第3号は現在交戦諸国を拘束するものであると。

  この条約は題して「敵対行為の開始に関する条約」といい、八箇条から成っている。そのうち、われわれの現在の目的と関連性のあるものは、第1条、第2条、第3条及び第7条である。
  第1条は次のように規定している。「条約国は理由を付したる開戦宣言の形式又は条件付開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する明瞭且つ事前の通告なくして其の相互間に戦争を開始すべからざることを承認す」
  第2条は、戦争状態の存在は遅滞なく中立国に通知されるべきことを要求し、
  第3条は、本条約第1条は締約国中の2国または数国間の戦争の場合に効力を有するものであるとのべ、
  第7条は、いずれの締約国も本条約を廃棄し得るものとし、かつその廃棄し得るものとしかつその廃棄の方法を定めている。

  これらの条文を注意して読んでみれば、同条約は単に契約上の義務を設定するに止まり、国際制度になんら新しい法の規則を導入したものではないことがわかるであろう。
ウェストレークは、本条約によって本問題に関する既往の法律が重大な影響を被ったことはないと考えている。ピットコペットによれば「締約国は、事前に宣戦を布告することなしに敵対行為にはいることはないと絶対的に誓約をなしたものではなく、単に交戦国間における場合と同様、敵対行為は明白な警告を事前に与えることなしに始めるべきでない旨を認めているに止まる」
ペロットは、敵対行為の開始には、慣習並びに条約によって制限が付されているにかかわらず、それは主に戦略の問題とおもわれる、と考えている。
  キース博士も、同条約によって設定された規則は、宣戦布告のない戦争を非合法であると指摘しているのでは全然ないと結論している。同規則から見ると、宣戦布告と実際の対敵作戦の開始との間に、一定の時間の経過を認めることは必要でないように見える。同会議の席上では、戦闘の開始は二十四時間後に行われるべきことが提唱されたが、これは可決されず、所要の予告期間は、遂に規定されなかったのである。法廷証第231号すなわち敵対行為開始に関する第2回委員会から会議への報告を参照されたい。今次大戦の場合には、最後通牒は英国からドイツにあてて9月2日午前9時に手交され、同日午前11時に期限が切れるものとなっていた。フランスも同様の最後通牒を手交し、これは同日午後5時に期限が切れた。ロシアは1939年正式の通告なしにフィンランドを攻撃した。この条約「以外に」宣戦布告のない戦争を非合法とする法律は存しなかったのである。

パール判事:日本無罪論
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