Re: 虐殺嘘6日本軍兵士は種籾まで、強奪し
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 21:49 投稿番号: [12225 / 41162]
>シナ軍の事は、この際
どうでも良いんだよ(笑)
>日本軍のことじゃないの、、これ、、
いやいや、上海爆撃(#12135)にせよ、黄河の堤防決壊(#12187)にせよ、長沙焼き払い(#12210)にせよ、支那軍の極悪非道は全て日本軍におっ被せるのが支那人の常套手段なんだ。
支那軍のやっている悪事をきちんと把握しておかないと、何でもかんでも日本軍の仕業にされてしまう。
>金払うから、司令部まで、、取りに来い、、?
これが泥棒と言うんだよ。
意味が分からん。
どうして、それが泥棒なんだ?
カネを取に行けば司令部はちゃんと支払ったんだぞ。
ちなみに、支那軍に見つかれば100%かっぱらわれた。
>村の米倉の米と言えば、来年、田んぼに植える、種米、種籾じゃないか?
>その米種を、黙って持ち帰り日本兵が食っちまったってことは、この村の農民は来年は、田植えできないってことじゃないのかい?
>で、村人全員餓死しなきゃ成らなくなっちまったようだぜ。
今朝の妄想は一歩踏み込んだ展開となっているようだが、村人が餓死した事実がないのだから妄想は妄想でしかない。
>だから、日本軍のは嫌われたんだよ、、食える物は何でも強奪するって、後先考える能力に欠けてたんだよ、、あんたと同じ様にな(笑)
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一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍よりも彼等自身の軍隊をさらに一層憎んだ。穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった。日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。
『中国革命の起源 1915−1945』ルシアン・ビアンコ著
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これは メッセージ 12216 (yominokuni56 さん)への返信です.
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