虐殺は嘘60 「偕行」の認識
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/11 00:48 投稿番号: [12211 / 41162]
時々、元日本軍兵士の親睦団体「偕行」が謝罪したから南京虐殺は事実だと言う者がいるが誤解だ。
●偕行の認識
階行は84年〜85年に南京虐殺は「幻か否か」について会員の証言を集め、『証言による南京戦史』を編纂した。
執筆担当者の畝本正己が、集めた証言や資料を基に日本軍による不法処理の疑いのある被害者数を推定した。
――――――
私の結論は3月号記述のとおり、「ホントウの数は解らない。強いて言えば、不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは三千〜六千」と推定した。その根拠を述べる。
(省略)
『偕行』1985年5月号P8
――――――
南京戦に参加した畝本正己の集計では、不法処理の疑いがあるのは3千〜6千人、全て便衣兵などの兵士で、虐殺と断定できないとした。
その後、畝本正己は、資料、証言を更に整理し検討し、【1988年】に発行した『南京戦史』で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみと結論している。
いずれも、日本軍による南京市民虐殺は0人だったとの認識だ。
だが、南京戦を知らぬ編集責任者の加登川幸太郎は、畝本の他に非軍人研究家の板倉由明の見解も参考にしてしまった。
板倉は一般人の殺害もあったとし、不法処理の被害者数を13000人と推定。
――――――
そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。
同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。
『偕行』編集部(加登川)
――――――
つまり、板倉は、捕虜の半分、一般人死者(スマイス調査の城内+江寧県)の1/3を不法殺害とした。
このような算定方法は板倉の他に秦郁彦も採用するが馬鹿丸出しだ。
そもそもスマイス調査が出鱈目のインチキなのだ。
スマイス調査(農村部)の出鱈目ぶりは以下に示す『南京事件の日々』の「句容県」に関する記述との対比だけでも明らかだ。
――――――
『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。農民たちは城内に連れてこられるか、そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。
――――――
つまり、支那軍の「焦土(清野)作戦」によって、12月6日には既に句容は無人と化していたのだ。
ところが、スマイス調査では、句容で日本軍が8530人を虐殺したことになっている。
――――――
【スマイス調査・南京地区における戦争被害】
句容県
住民総数 227300人
死因・暴行の総数 8530人(男6700・女1830)
――――――
このように句容では日本軍による虐殺が0人だったにもかかわらず、スマイス調査は8530人虐殺という出鱈目な数字を計上しており、スマイス調査を南京大虐殺の資料とすることが出来ないことは明白だ。
それにも拘らず、加登川は両名の見解を基に大量(3千〜1万3千)の不法処理を「中国人民に深く詫びるしかない」と述べ、会員の中から激しい不満の声が上がった。
結論
日本軍が撃滅・処断した支那兵は推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみというのが階行の最終結論である。
一方、日本軍による南京市民虐殺は0人だったというのが畝本正己の一貫した認識である。
●偕行の認識
階行は84年〜85年に南京虐殺は「幻か否か」について会員の証言を集め、『証言による南京戦史』を編纂した。
執筆担当者の畝本正己が、集めた証言や資料を基に日本軍による不法処理の疑いのある被害者数を推定した。
――――――
私の結論は3月号記述のとおり、「ホントウの数は解らない。強いて言えば、不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは三千〜六千」と推定した。その根拠を述べる。
(省略)
『偕行』1985年5月号P8
――――――
南京戦に参加した畝本正己の集計では、不法処理の疑いがあるのは3千〜6千人、全て便衣兵などの兵士で、虐殺と断定できないとした。
その後、畝本正己は、資料、証言を更に整理し検討し、【1988年】に発行した『南京戦史』で、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみと結論している。
いずれも、日本軍による南京市民虐殺は0人だったとの認識だ。
だが、南京戦を知らぬ編集責任者の加登川幸太郎は、畝本の他に非軍人研究家の板倉由明の見解も参考にしてしまった。
板倉は一般人の殺害もあったとし、不法処理の被害者数を13000人と推定。
――――――
そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。
同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。
『偕行』編集部(加登川)
――――――
つまり、板倉は、捕虜の半分、一般人死者(スマイス調査の城内+江寧県)の1/3を不法殺害とした。
このような算定方法は板倉の他に秦郁彦も採用するが馬鹿丸出しだ。
そもそもスマイス調査が出鱈目のインチキなのだ。
スマイス調査(農村部)の出鱈目ぶりは以下に示す『南京事件の日々』の「句容県」に関する記述との対比だけでも明らかだ。
――――――
『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』
12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。農民たちは城内に連れてこられるか、そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。
――――――
つまり、支那軍の「焦土(清野)作戦」によって、12月6日には既に句容は無人と化していたのだ。
ところが、スマイス調査では、句容で日本軍が8530人を虐殺したことになっている。
――――――
【スマイス調査・南京地区における戦争被害】
句容県
住民総数 227300人
死因・暴行の総数 8530人(男6700・女1830)
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このように句容では日本軍による虐殺が0人だったにもかかわらず、スマイス調査は8530人虐殺という出鱈目な数字を計上しており、スマイス調査を南京大虐殺の資料とすることが出来ないことは明白だ。
それにも拘らず、加登川は両名の見解を基に大量(3千〜1万3千)の不法処理を「中国人民に深く詫びるしかない」と述べ、会員の中から激しい不満の声が上がった。
結論
日本軍が撃滅・処断した支那兵は推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみというのが階行の最終結論である。
一方、日本軍による南京市民虐殺は0人だったというのが畝本正己の一貫した認識である。
これは メッセージ 12101 (deliciousicecoffee さん)への返信です.