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日本兵陣中日記(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 22:16 投稿番号: [196118 / 196466]
もうすこし、日本軍兵士の陣中日記を   引用してみよう。
次は、歩兵第65連隊第1中隊・編成   上等兵の日記だ。

  十二月十三日   晴
   午前六時宿営出発。   余(途)中数十名の敗残兵を
   射殺し   十時銃胞(砲)声の中に   入りたるの感あり、
   銃胞(砲)声を近くに聞く事始めての我等は、
   胸の度きをおぼゆる。いつか一ヶ中隊だけ独立となり、
   且、一小隊わ将校斥候に出て居らず、此の附近、
   道には地雷を二十米をき位にあり、山わざんごうあり、
   鉄条網ありて厳強なる陣地の如し。
   午后三時頃はからず烏龍山砲台なるを知り占領。
   砲台は主として揚子江に面し陸にはとちかを築き
   陣地の補強工事中なり。
  十二月十四日   晴
   警備。   敗残兵掃蕩のため中隊長准尉一小隊の一分隊と
   我四分隊とで砲台に行く。   幾名とも知れず射殺す。
  十二月十五日   晴
   敗残兵数百降伏し来るとの報に一同出動、約二千米。
   山中に小銃約百丁、チェック四、銃重機二其の他多数の
   弾薬を置き逃走。右武器を前日占領の自動車にて中隊に
   運ぶ。
   (略)
  十二月十七日   晴
   警備。(略)毎日敗残兵の銃殺幾名とも知れず。

毎日、敗残兵を   銃殺した。   その数は、「幾名とも知れず」
という記録だ。
次は、歩兵第65連隊第4中隊・第3次補充   少尉の日記だ。

  十二月十五日
   一昨日来の疲れのため下士官以下に警戒をたのみ睡眠す
   本日も出発の様子なく警戒に任ず。中隊は衛兵を多数出し
   又自分は巡察将校を命ぜられ全く警戒のため非常に疲労す。
   夕方より一部食事をやる、兵へも食糧配給出来ざる様にて
   捕慮兵の給食は勿論容易なるものでない。
  十二月十六日
   警戒の厳重は益々加はりそれでも(午)前十時に
   第二中隊と衛兵を交代し一安心す、しかし其れも
   疎の間で午食事中俄に火災起り
   非常なる騒ぎとなり三分の一程延焼す、午后三時
   大隊は最後の取るべき手段を決し、捕慮兵約三千を
   揚子江岸に引率し之を射殺す、
   戦場ならでは出来ず又見れぬ 光景である。

参考資料:『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』
小野賢二ほか編、大月書店(1996年3月発行)

日本兵陣中日記(1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 22:16 投稿番号: [196117 / 196466]
盛んに「虐殺事件マボロシ論」   を振り回す   ヤカラの中には、
何十万人もの捕虜を殺害することなど   物理的に不可能だから
大虐殺があったという証言はウソだ、などと   大マジメな顔で
決めつける者もいる。
じつに正直に、みずから   見識の乏しさを   披瀝するものだ。

大量虐殺は、南京城陥落直後の数日間に   限ったことではなく、
長期にわたる攻防戦と   占領後の掃蕩作戦の中で   発生した
事件であることを理解すべきだ。  
そして、一部の無法者が犯した行為ではなく、数万にのぼる
武装兵士が、組織的に   実行したのだ。  
近代兵装の軍隊が   何万の生命を奪うことは、いたって容易だ。

その実態は、夥しい証言と   記事により   明らかになっている。
一例として   南京戦にあたった将校の陣中日記が現存している。
以下は、歩兵第65連隊第1大隊に所属した   上等兵の日記だ。

  ◇十二月十四日
   朝四時出発。三十分位にて捕虜千名、十時頃二千名位有り
   計一万五千名位 。
  ◇十二月十五日
   今日一日捕虜多く来たり、いそがしい。
  ◇十二月十六日
   今日南京城に物資徴発に行く。
   捕虜の廠舎失火す、二千五百名殺す。
  ◇十二月十七日
   今日は南京入城なり(一部分)。
   俺等は今日も捕虜の始末だ。
   一万五千名、今日は山で。   大隊で負傷、戦死有り。

第65連隊の   第1大隊だけで、しかも   2日間だけで、
捕虜を   1万7500名も   殺害した   という記録だ。
日本軍全体で、捕虜の処理に   何日間もかけたとすれば、
殺害された捕虜の総数は、想像を絶する。
次は、歩兵第65連隊第1中隊・編成   上等兵の日記だ。

  拾二月拾七日
   (略)午后一時から   南京入場式。
   夕方は   大隊と一所の処で   四中隊で   一泊した。
   その夜は   敵のほりょ二万人ばかり揚子江にて銃殺した。
  拾二月拾八日
   大隊本部に行った、そして午后   銃殺場所見学した、
   実にひどいざん場でした。
 
やはり、戦闘によって   ではなく、「捕虜」   にした敵兵を
大量に   銃殺処分にした   ということを   記録している。
降伏した敵兵、捕虜を   武装解除後に   殺害することは
違法行為であり、それ以前に   人道上許されない蛮行だ。

参考資料:『南京戦史資料集2』南京戦史編集委員会編
(増補改訂版   平成5年12月8日)

Re: 尖閣専従部隊新設

投稿者: yukkieezu 投稿日時: 2013/01/29 21:19 投稿番号: [196116 / 196466]
実効支配されている状態の島を自国の領土にするのは至難の業である。

中国のような国際的な信用の無い国には到底無理である。

Re: 安倍内閣:外交の一カ月成績② 3/3

投稿者: sintyou7 投稿日時: 2013/01/29 20:58 投稿番号: [196115 / 196466]
まあ、尖閣が中国の固有の領土というのも無理がありますし、
日本固有の領土と言うのも無理があるという事です。

故に、国際司法裁判所では、

「両国が平和的な方法によって相互に協力する形で領土問題を解決する事を命ずる」

との判決が妥当でしょう。

Re: 嘘つき、炙腸屁。

投稿者: bnqdbofmde 投稿日時: 2013/01/29 20:52 投稿番号: [196114 / 196466]
>捏造するな、ボケナス。

その言葉ソックリ返してやるよ、有りもしない南京大虐殺を捏造した中国人が・・・・泥棒の盗人民族支那人め!。

お前等中国人の体をレントゲンで見れば大気汚染と環境汚染で五臓六腑が全部真っ黒だろうな(笑い)。これって案外中国人にあっている環境かもしれないと思うようになってきた。

あの工場廃液で青く濁って変色した水を飲んでいる幼児の写真があったが、薄汚く腐臭の匂いがする環境でも中国人に取っては、ユリ、バラの花の匂いなんだろうな。(爆笑)

お笑い侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2013/01/29 20:27 投稿番号: [196113 / 196466]
抗日記念館の正式名称ですが、
写真撮影は駄目だそうです、
仮に写真撮影されれば、展示物の殆どが捏造と合成写真ですから
写真撮影されたくないよな、、、、笑い

もともと虚構だから客観的資料も皆無なので、
無いのならば、でっち上げる、捏造する、、、
これが支那人のポリシーです。

支那共産党の威信をかけて造った施設に展示した全てが
捏造、偽造、虚構ですが百回言えば本当になる、、、、支那のことわざ

Re: 虐殺証拠写真はロシア(ソ連)で作られ

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2013/01/29 19:58 投稿番号: [196112 / 196466]
これは取り上げないほうが良いと思います。

信頼性が低いらしいですから。

興味があればクリックしてください。
自己責任で。

http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-232.html

すり替えする阿呆

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/29 19:48 投稿番号: [196111 / 196466]
220万人も死んでいる事がすでに問題であるのに目を逸らす能無し赤犬。

嘘つき、炙腸屁。

投稿者: sintyou7 投稿日時: 2013/01/29 19:16 投稿番号: [196110 / 196466]
ソースはこれだろ?


<2010年5月16日、中国では毎年約220万人の青少年が

        室内空気汚染

による呼吸器系の病気で死亡していることが分かった。中国新聞網が伝えた。

中国疾病予防コントロールセンターが同日午後(現地時間)の記者会見で、中国標準化委員会中国青少年衛生健康指導センターの最新の調査結果として明らかにした。

それによると、中国の

          室内空気汚染

による青少年の死亡者は毎年約220万人で、うち100万人は5歳以下の幼児であることが分かった。


             室内空気汚染

は大気汚染より5〜10倍も汚染レベルが高く、世界中の病気の4%は室内空気の質と関連しているという。

主な室内汚染物質はホルムアルデヒド、ベンゼン、アンモニア、ラドンの4種類で、中でもホルムアルデヒドは中国における有毒化学品の「優先して規制すべきリスト」の上から2番目に挙げられている。

ホルムアルデヒドの主な発生源は室内の建材や壁紙、家具などで、新築やリフォームの後5〜15年かけてゆっくり放散されるという。

世界保健機関(WHO)はホルムアルデヒドに発がん性と催奇形性があると警告している。<<


「大気汚染」による呼吸器系の病気とは、書いてないけど?



             捏造するな、ボケナス。

             土下座しろ


        g

尖閣専従部隊新設

投稿者: yukkieezu 投稿日時: 2013/01/29 16:26 投稿番号: [196109 / 196466]
尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領海警備を強化するため、海上保安庁は600人規模の「尖閣専従部隊」の新設を決めた。

  最前線となる那覇市の第11管区海上保安本部の石垣海上保安部(石垣市)を中心に、新たに12隻の巡視船を配備して人員も増やすなど今後3年間で体制作りを進め、領海侵入を繰り返す中国監視船との“長期戦”に備える。

  日本政府が昨年9月に同諸島の魚釣島など3島を国有化して以降、中国監視船は悪天候時を除いて連日、周辺海域を航行しており、領海侵入も延べ24日間に上る。10隻以上が航行した当初に比べ、最近は5隻程度に減っているが、今月7日昼から8日未明にかけては、4隻が約13時間も領海内に居座った。

アジア人独立運動4

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/29 16:24 投稿番号: [196108 / 196466]
東印度独立に関する件

一.方針
   既定方針に基づき東印度に関し可及的速やかに独立を許容することとし直ちに之が準備を促進強化すると共に独立の時期を明示す

二.要領
   1.独立せしむべき地域は旧蘭印全域とす

   2.独立許容の時期は明年一月1日とし右帝国政府の意図を直ちに中外に闡明す

   3.新独立国は一応連邦制を予想するも政体、国名、国民の範囲等は原住民の総意を尊重し之を決定す

   4.独立実施は概ね左の方式に依るものとす

     (イ)可及的速やかに「ジャワ」に各地域の代表を以て構成せる独立準備委員会を組織せしめ独立実施に必要なる諸般の事項を審議せしむ

     (ロ)右と併行し原住民の政治参与を極力推進し自治体勢を強化す

     (ハ)独立宣言発出の上は帝国直ちに之を承認す

     (ニ)新独立国の対米英国に対する宣戦、帝国との条約等に関しては当時体制に応じ別に定む

阿倍総裁に期待して待つ

投稿者: hgdsw_bs_jyewd 投稿日時: 2013/01/29 15:00 投稿番号: [196107 / 196466]
葛西啓之氏(JR東海会長)が尖閣諸島を巡り中国に厳しく対応せよと主張していた。
葛西氏は新幹線の中国への輸出は技術を盗まれるだけだと反対した人物である。
結果は、葛西氏の主張は正しかったのだ。

トランプのブリッジの「シャット・アウト・ビッド」に例えて、尖閣諸島の横取りを窺う中国に対して高飛車に出て相手を諦めさせることが両国のためだと説いている。
曖昧な態度は相手国を誤解させ、却って紛争の種が大きくなるだけだという。
歴史を振り返っても、宥和政策が却って戦争を呼び込んだ例が少なくない。
葛西氏は中国のエスカレートの出鼻を挫くためにも、自民党政権に「シャット・アウト・ビッド」を掛けることを期待している。

安倍総裁は選挙演説でも尖閣諸島への船溜まりや燈台の設置、公務員の常駐を主張していた。
当然、具体的な行動に出ることだろう。
ただ、今すぐやるべきではない。
タイミングが大切だ。
夏の参院選で勝利し、景気対策の効果が少しずつ現れた頃、そして党内外の立場を強固にしてからでも遅くは無い。 BKDや中国のエージェントを始末してからでよい。
気を付けなければいけないのは、現時点で「シャット・アウト・ビッド」のタイミングを計っている安倍総裁にいたずらに早くビッドせよと促すことである。
この5年間でさらに強(したた)かになった安倍総裁(安倍首相)を信じて、期待しよう。

能無しワダツミよ

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2013/01/29 13:01 投稿番号: [196106 / 196466]
とうとうこんな所にまで便所の貼り紙を貼りに登場か(大笑)
お前の屑投稿のおかげでヘタレ共産支那人共が出て来れないのには失笑するが。

アジア人独立運動3

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/29 11:05 投稿番号: [196105 / 196466]
日本が関係した各国独立

一.「チェッコ・スロヴァキア」
   帝国政府は大正8年4月19日付を以て在本邦「チェッコ・スロヴァキア」代表を同国代理公使として承認したり
   之に依り日本は同国政府を正式に承認したこととなれり

二.「セルブ・クロアート・スルヴェーヌ」
   証人は同国の対獨条約調印を連合諸国が共同に承認したることに依り正式に行われたり。従って条約承認の日(大正8年6月28日)を以て日本の同国承認の日と解すべきなり

三.芬蘭(フィンランド)
   帝国政府は大正8年5月23日同国の独立並びに事実上の政府を承認し大正10年2月3日其の法律上の承認を為したり

四.波蘭(ポーランド)
   帝国政府は大正8年3月23日正式に承認したり

五.「ジュルジャ」
   大正9年2月6日大使会議に於いて松井大使はこれを事実上の政府として承認する旨声明し。大正10年1月27日連合国最高開議は其の法律上の承認を与え帝国政府は同年3月8日これを追認せり

六.「アゼルバイジャン」
   日本は大正9年2月6日大使会議に於いて松井大使をして事実上の政府として承認する旨声明せしめたり

七.「アルメニア」
   帝国政府は大正9年3月6日事実上の政府として承認せり

八.「アルバニア」
   帝国政府は大正11年4月18日同国政府を法律上の政府として承認せり

アジア人独立運動2

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/29 11:05 投稿番号: [196104 / 196466]
大正13年11月22日

       警視総監   太田正弘

内務大臣   若槻次郎   殿
外務大臣男爵   幣原喜重郎   殿
陸軍大臣   宇垣一成   殿

「クルバンガリエフ」歓迎晩餐会開催の件
         麹町区永楽町丸の内ホテル止宿
         南満鉄道株式会社調査嘱託
         露人ムハメッド・ガブドウルハイ・クルバンガリエフ

右に関しては本月四日付外秘第1197号既報の所其の後本人は藤子爵、渋沢子爵、田中大将、犬飼逓相、長瀬鳳輔、大川周明等を訪問し一面政教社同人又は亜細亜連盟協会員等と交通し白人の圧迫に対抗する為歐亜に於ける回教徒竝亜細亜民族の一致団結の必要を提唱し居れるが本人の為に政教社主催にて昨二十一日午後六時より丸の内中央亭に於て歓迎晩餐会開催せられたり席定まるや加藤峰男起きて歓迎の辞を述べ之に対し「クルバンガリエフ」は従来露領に於ける異民族の研究調査に従事し夙に「ペシキール」民族独立の為に連盟を創設し白人の圧迫より脱せんことを希望して来朝せる理由を述べ更に日露戦争後日本の一等国となりたるは我等「バシキール」民族の大いに力とする所にして亜細亜民族は此の際一致団結して東洋各国の興隆に努ると共に欧米の物質文明を避け東洋の精神的文明を建設して白人の侵略を妨ぐべしと述べ堀内中将之に対し賛成の意を述べ午後八時三十分散会せり
出席者   堀内中将、小泉又次郎、大竹貫一、長瀬鳳輔、押川方義、加藤峰男外32名なり

追って「クルバンガリエフ」は(支那に於ける回教徒に関して)と題する別紙パンフレット各関係者知人等に配布する由にて目下亜細亜連盟に於いて印刷中なり

アジア人独立運動1

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/29 11:04 投稿番号: [196103 / 196466]
バシキール民族代表者

松平子爵閣下

拝啓   陳者1917年の露国革命後露国より分離独立運動中の露国在住マホメット民族即ちバシキール族、キリギス族、カザン韃靼族、ツルケスタン族、、アザルバイジャン族、クリミヤ韃靼族は今回の華府会議に対して多大の注意を払い居り然して早晩列国に依り独立を承認せられんことを期待し居り候
華府会議に出席し得ざる露国在住四千萬のアジア民族は黄色人種の保護者、人道の擁護者、人種平等の提唱者たる日本帝国派遣全権委員各位に対し最も大なる期待を有し居り候
日本全権委員は世界永久の平和、人種平等に隊する保証及虐げられし吾々アジア民族の独立に対して御盡力あらんことを切望致候
右の次第に御座候間今回の華府会議にご列席の際は前陳の事情を御留意有之若し前露国帝国に付き御討議有之候節は何卒吾人アジア民族の意中を列強諸委員に御開陳相成将来に於ける吾人の安全なる独立につき御盡力の程奉懇願候

追進   マホメット民族、諸共和国に関する地理的状態に付き別紙の通り御参考迄に略述致置候          敬具   署名

Re: ロンドンスモッグ(殺人スモッグ)。

投稿者: bnqdbofmde 投稿日時: 2013/01/29 08:22 投稿番号: [196102 / 196466]
>年間66万の人が死んでいる

申し訳ありません間違いです。訂正します。
真実は220万人(チャイナレコードより)でした。

チャイナ・レコード
2010年5月16日、中国では毎年約220万人の青少年が大気汚染による呼吸器系の病気で死亡していることがわかったと中国新聞網が伝えた。
中国疾病予防コントロールセンターが同日午後の記者会見で、中国標準化医院かい中国青少年衛星健康指導センターの最新の調査結果として明らかにした。これによると、中国の空気汚染による青少年の死亡者は毎年約220万人で、うち100万人は5歳以下の幼児であることがわかった。
2010年でこれだから2012年は300万人越しているかも・・?

大紀元
中国気象局専門家によると、深刻な大気汚染のため中国の都市に住む人々は、たとえるなら掃除機のように一日に一人あたり15立方メートルの空気をろ過しているようなもので、有害な大気となるスモッグにより毎年30万人の死者を出しているという。専門家の予測ではこのペースで行くと、あと2,3年で深セン、広州などの人々は正常な呼吸が出来なくなり、1952年ロンドンで発生した「スモッグ事件」の二の舞になるという。これは中国の工場となたことに付随する深刻な環境破壊の対価であると言える。

WHO(世界保健機関)
WHOは大気中の汚染規定を1立方メートルで20マイクログラム以下の浮遊粒子としているが、大陸住民の58%は100マイクログラム以上の汚染された空気の中で生活している。さらに恐ろしいのは国際基準で制限された直径2.5ミクロンの微粒子は最も毒性が強く、人の気管支、肺深部に大きなダメージを与えるという。しかしながら中国の空気測定基準にはそれらの項目がなく、結果、環境部門は相変わらず空気の質は優良であると伝え、公衆は有毒な空気の中で呼吸している。これらの微粒子がスモッグの主要成分である。データによれば、2006年深セン市では365日中164日スモッグがますます深刻になっているという。国家環境保護部門専門家は2004年大陸の都市は大気汚染が原因で35.8万人の死者を出しており、この死亡者数は近年少しも好転していないと指摘する。

君は220万人と言っているが、35、8万人、30万人と数字がまちまちであると言いだす人でしょうな。2012年ではおそらく220万人が真実に近い数字でないかと想像する。

君等中国人民を共産党の上層部の幹部は、動物(家畜)と同じように見ているのではないか。君たち13億の人民の命を動物以下と思っているようですな。中国の国土を徹底的に汚染し、住めない国土にした共産党幹部はサッサと送金先の国に逃げ出す覚悟でいるらしいね。

その共産党幹部達は自分たちに向かってくる国民の憎悪の目をよそに向けるために日本と戦争させようとしている。
君等中国の人民はこんな共産党幹部を助けるために日本と戦争して命を落とすつもりなの?。

君等、中国人民を動物以下の環境に浸して、命まで奪っているのに。

虐殺証拠写真はロシア(ソ連)で作られた

投稿者: bnqdbofmde 投稿日時: 2013/01/29 07:40 投稿番号: [196101 / 196466]
南京大虐殺証拠写真は共産国陣営国家(ソビエトロシア、中国)の作りものだったことが明らかにされた。
ソビエト時代の公文書が発見された。ウラジオストーク市郊外の都市トルストウィ・フィにあった「ソ連人民芸術局極東撮影所」で撮影したことを示す公文書が発見された。この公文書を発見したのは、ロシア科学アカデミー極東戦史研究所のアーラヤ・ビズダ氏である。
ビズダ氏の発見した文書によれば、「南京ジェノサイド」の証拠として中国政府が公表している写真は上記の撮影所で撮影されたもので、ブリヤーク人やシベリアのマイノリティーなど日本人にそっくりな人を日本兵役で出演させ、「中国人にひどいことをする日本人」という構図の写真を撮ったということです。この研究所の副所長のイヴァンドラチョク氏は「冷戦時代は西側陣営に失点を与えるためにこういうおかしな協力もソ中間で行われていたようだ。しかし、今はそんな時代ではないし中国に協力する謂れもない。日本の人に真実を知ってもらいたいだけだ」と語った。

西村信吾日本維新国会議員がテレビで言っていたが、中国人には二通りの人がいる。

悪い中国人と、最も悪い中国人と二つに分けられると話したが、全くその通りである。

Re: 日本歴史学習事典(4) 

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/29 07:31 投稿番号: [196100 / 196466]
ワダツミなる御仁がのたうっているようだ(全然読んでない)が、断末魔ののたうちだな。もう勝負はついている。マクマレイの1935年メモランダム、ケナンのアメリカ外交史、パルの日本無罪論、ミアーズのアメリカの鏡、マッカーサーの上院宣誓、チャールズ・ビアード、ジョイス・レブラ、極めつけは2011年に出たフーバー元大統領の回想録等々。ワダツミのような人間がしぼんで消滅するのは時間の問題だ。

Re: 日本歴史学習事典(5) 

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2013/01/29 07:14 投稿番号: [196099 / 196466]
>けれども、自分の過ちに気づき、その間違いを自力で
乗り越えるとき、その人間(国家)には   未来がある。
自己の行為を厳しく点検・反省する一連の苦行により
人間(国家)の質が   高められるばかりか、自浄作業
そのものが、他人(他国)の信頼を   かちとるからだ。

自分の犯した間違いを認めようとせず、自画自賛だけ
繰り返す者は、一見、愛国者に見えて、じつは国民の
質を貶め、日本国の名誉を汚し、国際社会から永遠に
この国を隔離しようとする   売国奴である   と思う。<

とても正しいお考えだと思います。

惜しむらくは、それがご自分に対して向けられるべきだとは露ほども思っていない、気がついていないことですね。

思い込みとは本当に恐ろしいものだという見本を身を持って示して頂きました。

ありがとうございます☆

日本歴史学習事典(5) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 07:09 投稿番号: [196098 / 196466]
日本で発刊されている   主な辞書事典類、歴史専門書などで
南京虐殺事件そのものを   否定して   記述しているものは、
一つもないだろう。   いずれも   学術的な   書籍だからだ。
純粋な学問とは次元の異なる   イデオロギー、政治思想が
絡んできて、はじめて   「虐殺はウソ」、「捏造」   という
否定論が   持ち出されることになる。

否定論には、「中国の情報戦略」   だとか、反日左翼の策謀
だとか、プロパガンダ   などという、学問とは   関係のない
思想差別や   論者への人格攻撃が   必ず   付きまとっている。
しかし、歴史辞典や   歴史教科書、公文書類は、特定思想や
政治宣伝に関係して編集されるものではない。   したがって
それらの記述は、すべて   南京での虐殺は   事実と記される。

日本で採用されている歴史教科書は、すべて   南京事件を
記載しており、あの「作る会」編集の歴史教科書でさえも
例外ではない。   ただし、「作る会」教科書は   「日本軍
によって民衆にも多数の死傷者がでた」という程度でしか
記述していない。   これでは、まるで偶発的に   民間人が
戦闘にまきこまれて   犠牲になった   という印象をうける。

こうした表現は、じつに   不正確なものだ。
「民衆にも多数の死傷者がでた」   というのは、南京だけに
限ったことではなく、中国大陸各地で   日本軍が行動した
ほとんど   あらゆる戦場で起こったことで、これだけでは
なぜ「南京事件」が   世界的な非難の的に   なったのかが
理解できないだろう。

南京事件が   なぜ特別の注目を集めるかといえば、それは
戦闘中だけでなく、とくに   戦闘終了後も、捕虜や一般の
市民に対する   殺戮行為が   大規模に、しかも   組織的に
行われた点   なのであり、その肝心の事実を   抜きにして
「民衆にも多数の死傷者がでた」   というだけの叙述では
とても   この事件の本質を   知ることはできない。

完璧な人間など、どこにも   存在しない。
ましてや   成長過程では、誰しもが   失敗を経験する。
若気の至りで他人に迷惑をかけたり   試行錯誤を経て
世間から尊敬されるような人格者に   成長していく。
個人同様に   はじめから「完璧な国家」   も存在しない。

あらゆる国家は過去において必ず   あやまちを起こした。
悲しいことだが、高度な民主主義社会に到る過程では
避けられない運命だった。   しかし、ここから先が
その国民の資質と   国家の未来を   決定する。
過去の過ちを   ひた隠そうとする人間は   品性下劣だ。
その程度は低く、他人(他国民)から   信頼されない。

けれども、自分の過ちに気づき、その間違いを自力で
乗り越えるとき、その人間(国家)には   未来がある。
自己の行為を厳しく点検・反省する一連の苦行により
人間(国家)の質が   高められるばかりか、自浄作業
そのものが、他人(他国)の信頼を   かちとるからだ。

自分の犯した間違いを認めようとせず、自画自賛だけ
繰り返す者は、一見、愛国者に見えて、じつは国民の
質を貶め、日本国の名誉を汚し、国際社会から永遠に
この国を隔離しようとする   売国奴である   と思う。

日本歴史学習事典(4) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 07:08 投稿番号: [196097 / 196466]
辞書や   百科事典類は、当然   素人が執筆するものではない。
少なくとも   日本で発行されている   辞書・事典については
専門知識を有すると社会的に公認される   各分野の権威が
相当の研究成果と   学術的根拠に基づいて   編纂している。
たとえば、いま   手元にある『日本の歴史』(中央公論社)
第25巻『太平洋戦争』   の執筆者は、歴史学者の林茂氏だ。

歴史学に   少しでも   縁のある人間ならば、林茂の名前は
おそらく   一度ならず   聞いたことがあるだろう。
しかし、否定派の諸氏では   知らない者も多いと思うので
念のため説明すると、林氏(1912年〜1987年)は、
戦前は   東京帝国大を卒業後、京城帝国大助教授、戦後は
東京大学教授などを歴任した   日本を代表する歴史学者だ。

その林氏が執筆した   「南京占領と虐殺事件」   の解説を、
以下に   引用しておこう。
まず   南京事件の前史について   次のように   語っている。

  「上海の防禦陣地を破られたあとは、南京までのあいだには
  中国の防禦線はなく、日本軍は日に六、七里というスピード
  で進撃を続けた。この間、『軍補給点の推進は   師団の追撃
  前進に追随するを得ずして、上海付近より南京に至る約百里
  の間、殆んど糧秣の補給を受くることなく、殆んど現地物資
  のみに依り、追撃を敢行せり』(『第九師団作戦の概要』)
  という状態であり、徴発を名とした掠奪が行われた。同時に
  『敗残兵狩り』   という名目で、一般民衆にたいする   虐殺・
  暴行がくりひろげられ、それはやがて、世界を驚かせた南京
  虐殺事件の前史をなしている」

短い文章だが、この作戦に加わった第9師団の作戦記録で
証拠づけをしながら、記述を   すすめているところなどは、
さすがに   歴史学者の筆だ   と思う。
続けて、南京事件の本史について述べた文章を引用しよう。

  「南京城に対する攻撃は、十二月十日から開始され、十三
  日には日本軍の手中におちた。   国民党政府は漢口に逃げ
  のびていた。   そしてその日から、日本兵は捕虜の虐殺を
  はじめた。」

このあと、林氏は   当時の旅団長として   攻撃を指揮した
佐々木到一中将の記述を引用しながら敗残兵虐殺の事実を
記述している。   どうやら、南京事件否定派の   定義では、
林氏も   捏造をたれ流す“反日サヨク”の筆頭になりそうだ。
もちろん   同氏は、学者として   事実を記したにすぎない。
記述は、事件の国際的反響をも含め   次のように続いている。

  「その後も、みさかいもなく   一般民衆にたいする虐殺が
  つづくのであり、十五日の夜だけで   二万人が殺されたと
  いわれる。(中略)   このニュースは世界に大々的に報道
  されたが、日本人は、戦後の東京裁判で   追求されるまで、
  この事件を知らないでいた」(『太平洋戦争』64頁)

Re: 中華思想と大気汚染

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2013/01/29 07:07 投稿番号: [196096 / 196466]
>この環境汚染、環境破壊の被害から逃れる手っ取り早い方法を教えてやろうか?。
習近平が日本の皇居前で跪き、天皇陛下の前で三跪九叩頭の礼をすることである。
日本はこの環境汚染から逃れるノウハウと技術を持っている。

ははは、言いえて妙。

>日本はこの環境汚染から逃れるノウハウと技術を持っている。

それから資金力かな。

日本歴史学習事典(3) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 07:07 投稿番号: [196095 / 196466]
平凡社『日本史大事典』第5巻に記述されている南京事件の
項目は、詳細で   かつ   かなり正確な解説だ。
抜粋して   以下に   引用する。

  【南京虐殺】
  「日中戦争で南京占領に際し   日本軍によって   中国軍民に
  加えられた大規模な残虐行為。」

  「一九三七年(昭和十二)八月、日中戦争は華北から華中に
  拡大、日本軍は上海で   中国軍の激しい抗戦に   直面し、
  大きな損害を被った。   十一月上旬   ようやく   中国軍を
  退却させると、中支那方面軍(軍司令官松井石根大将)は、
  指揮下の   上海派遣軍(軍司令官   朝香宮鳩彦王中将)と
  第一〇軍(軍司令官   柳川平助中将)を、与えられていた
  任務を逸脱して   国民政府の   首都南京に向かって急進撃
  させた。」

  「上海戦で疲労し、凱旋の期待を裏切られた   日本軍兵士は
  自暴自棄となり、補給がともなわず   現地徴発に頼ったこと、
  中国侮蔑感情や戦友の仇を討つという郷党意識にとらわれて
  いたことなども加わって、南京への進撃途上で   すでに掠奪・
  強姦・虐殺・放火などの非行が   常態化する状況となった。」

  「十二月十三日、南京占領に際しては、十七日の入場式に備え、
  徹底的な掃討を行い、投降兵・捕虜を長江沿岸などで   大量に
  処刑し、多数の一般市民を   その巻き添えにし、略奪・強姦・
  放火を重ねた。   さらに   十二月二十二日、佐々木到一少将が
  城内粛清委員長に就任、中国兵の狩出しと   処刑を続け、
  三十八年二月初めに及んだ。」

  「犠牲者数については   中国側の公式見解は三十万人とするが、
  戦闘行為による戦死者を除き、上海から南京へ   進撃途中から
  三十八年二月初めまでの期間をとれば、十数万人から二〇万人
  前後に達するとみられる。(以下、省略)」

以上、平凡社版『日本史大事典』   からの引用だ。
南京大虐殺を事実という者に対し、「サヨク」や   「反日」、
あるいは   「共産主義者の回し者」の類だ、と   悪罵を吐く
ウヨにかかれば、平凡社も   その類に   されてしまうだろう。

だが、平凡社にかぎらず、国内の主要な出版社が   発行する
歴史辞典・百科事典の類は、いずれも   学術的に   証明され、
信用に足る記録と   情報に基づいて   編纂されているのだ。

日本歴史学習事典(2) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 07:06 投稿番号: [196094 / 196466]
一般的な   辞書・事典の類で、南京大虐殺事件を   否定   または
存疑として   記述するものを   見つけ出すことは、非常に難しい。
国内の歴史教科書にも   事件自体に疑いを差し挟んでいるものは
例の「作る会」教科書も含め、おそらく   一つもないと思われる。
南京大虐殺否定論は、右翼たちが、学術的には見向きもされない
根拠のない主張を   勝手に   言い立てているにすぎない。

虐殺否定論は、公の場では認められていない、アングラ的言説だ。
このアングラ説に   とびついた   漫画(ゴー宣)や、「トンデモ本」
などのカルト本のおかげで、世界中から不信感を   招いている。
そういうものしか読まないような者は、こちらが   真説なのだと
思い込んでしまう傾向があるらしい。   じつに   困ったことだ。

小学生レベルの人間でも理解しやすい   子供向け学習事典もある。
たとえば、ネットで検索する百科事典の解説を   引用してみよう。
以下、『学研の学習百科事典   学研キッズネット』   の解説文だ。

  ナンキンぎゃくさつじけん【南京虐殺事件】
  「日中戦争(せんそう)中の1937(昭和12)年12月、中華民国
  (ちゅうかみんこく)の首都   南京占領   (ナンキンせんりょう)
  前後に日本軍(ぐん)がひきおこした   投降兵(とうこうへい)・
  一般住民(いっぱんじゅうみん)を   殺害(さつがい)した事件。
  南京大虐殺   (ナンキンだいぎゃくさつ)ともいう。」
  「日本軍が   殺害(さつがい)した   中国人の   人数については
  数万から30万までの諸説(しょせつ)があるが、この事件は
  中国民衆(みんしゅう)の   怒(いか)りを   高め、国民政府
  (こくみんせいふ)は   武漢(ウーハン)に   うつって   抗戦
  (こうせん)を   つづけた。」

読み仮名があるので、否定派の諸氏でも   読めるだろう。
否定派諸氏なら、学研は反日サヨクが牛耳っている出版社だと
言い出すかもしれないが、実際は   そうではなく、学問的に
すでに定説となっている事実を   書いているだけのものだ。
図書館などに足を運ばない諸氏には、電子書籍もお奨めしたい。
マイクロソフト社の電子百科事典『エンカルタ百科事典』では
以下のように   解説している。

  南京大虐殺   ナンキンだいぎゃくさつ  
  「日中戦争で日本軍が南京で中国人に対しておこなった無差別の
  大量虐殺事件。(中略)軍人・捕虜・一般市民など、虐殺された
  中国人は   数万人とする説から   43万人とする説まであるが、
  少なくとも   20万人以上であった   と推定されている。」
 
  「12月13日に南京を占領した際に、多数の捕虜を不法に虐殺。
  その後数週間にわたって、南京城内外で敗 残兵狩りや、一般市民
  に対する略奪・強姦・放火・虐殺をくりかえした。 この日本軍に
  よる蛮行は   アメリカなど世界中で   報道されたが、日本国民には
  知らされず、第2次世界大戦後の   東京裁判(極東国際軍事裁判)で
  はじめて明らかにされた。(以下、略)」

日本歴史学習事典(1) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 07:05 投稿番号: [196093 / 196466]
日本国内の書店には   「南京大虐殺はなかった」、「外国人の捏造」、
「情報戦による謀略」、「反日プロパガンダ」、「自虐史観」などの
文言を書き連ねた   事件否定論を流布する   “トンデモ本”が
並んでいる。   来日した外国人   留学生などが   心底から驚き、
これが   日本社会の共通認識なのだろうか   と疑いを持つ。

国際的には   疑いのない歴史的事実として   認識されているが、
日本国内の一部では、70年代の頃から、中国人の捏造だとか、
あるいは   投降兵の殺害行為は正当な行為であった、などという
否定論や   正当化論が   繰り返されている。

しかし、否定論・正当化論は公的に   受け入れられてはいない。
少なくとも   日本で刊行される辞書・事典などには、否定論や
正当化論に基づく   解説などは、まったく   見当たらず、当然
政府や自治体の   公的文書、刊行物にも取り上げられていない。
つまり   否定論などは、少なくとも   学術・学問的には、
歯牙にもかけられていない   ということだ。

『山川   世界史小辞典(改訂新版)』(04年   山川出版社)は、
230名の専門家が   最新の研究成果を取り入れて   執筆した
約9,400項目を収録し、世界史を学習するうえで   必携書
といえる   権威ある歴史辞典の一つだが、その497ページに
掲載されている「南京事件」の項目は、次のように記している。

  「   〔1937〕南京大虐殺   ともいう。   日中戦争初期に
  中国国民政府の首都   南京を攻略した   日本軍が、中国軍民に
  対して   大規模な   残虐行為を行った事件。」

  「1937年   12月13日に   南京を占領した   日本軍は、
  住民を   巻き込んだ   包囲殲滅戦、残敵掃蕩戦を   展開した。
  この時、すでに   戦闘部隊の体をなさず、戦意を   喪失した
  膨大な数の   投降兵、敗残兵、捕虜、負傷兵を、戦時国際法に
  違反して   処刑、殺害した。」

  「日本軍の軍事占領は翌3月まで続き、この間に   敗残兵狩り、
  便衣兵(私服になった兵士)狩りを行い、兵士の嫌疑をかけた
  成年男子市民も   殺害した。」
  「中国女性の強姦、食物や物資の略奪、人家の放火・破壊など
  軍紀の乱れによる   不法行為も   多発した。」
  「南京城内とその周辺   さらに付近の農村を含めて   十数万の
  中国軍民が   犠牲になった   と推測されている。」

以上が、『山川   世界史小辞典(改訂新版)』   からの引用文だが
どこを   見ても、「〜というウソ」   だとか「中国人の作り話」、
「共産主義者のプロパガンダ」   などといった解説は   ひと言も
付記されてはいない。   否定論者の諸氏は、この辞典を執筆した
学者は反日サヨクにちがいない、と   妄言を吐くほかない。

Re: 詳解日本史事典(1) 

投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2013/01/29 02:02 投稿番号: [196092 / 196466]
>たとえば   日本政府の公式見解では、犠牲者数は認定できないが
日本軍により   多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは
『否定できない事実』   である、としている。

南京では、便衣兵の摘発があった。その数1万5千〜2万余名となっている。この摘発で、蒋介石軍の便衣兵ではない一部の民間市民男子が誤って摘発されたであろうことは考えられる。略奪はほとんどなかった。逆に日本軍から米等の食料が南京市民に配給されている。当時の蒋介石も虐殺云々には言及していない。知らなかったというよりも、無かったからである。南京の外国人牧師の証言も、本人が目撃したことではなく、人からの伝聞と風評でしかない。これは、近代法では証拠にならない。

Re: 安倍内閣:外交の一カ月成績② 3/3

投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2013/01/29 01:47 投稿番号: [196091 / 196466]
お主の引用文をもってすれば、魚釣島はどこの国にも属さない、もちろん日本も含み、無主地の無人島であったということになる。名前を付けた経緯も琉球水先案内人の案内により始めて視認し、中国流に名前を付けただけにすぎない。明朝住民もおらなければ、清朝住民もおらん。もちろん施政権を行使した形跡もまったくないことも分かる^^。

中国が1970年代になって資源が眠っていることが分かり、欲に目がくらみ急遽「俺のものだ!」と言い出したにすぎん。76年後に「俺のものだ!」との言い分が現在の国際社会に受け入れられるとでも思っているとしたら、それこそ世界秩序は収拾がつかなくなる。ちなみに、1895年の沖縄県編入以前は、日本も魚釣島を日本領土であるとの主張はしていない。日本のみならず、どこの国も「俺の領土だ!」との主張をしていない。

魚釣島が中国(明国/清国)領土であると主張したいのなら、魚釣島を中国領土であると宣言定めた公文書とこれに伴う施政権行使を証明する史料を出してもらいたい。また、1895年から1971年に至る76年間、中国が魚釣島の日本実効支配に異議を申し立てなかった理由と根拠もな。日清戦争の結果、日本が清国から魚釣島を奪ったという明確な証拠も提示してもらいたいな。参考までに日清戦争結果、日本が清国から割譲を受けた領土には、魚釣島は一切言及されていない。日本敗戦後、連合国(米国)が魚釣島を含む沖縄を委託統治した最にも中国側からの異議申し立ては一切なかった。これは歴史的事実であり、これを裏付ける史料が豊富にあるから、中国がいかなる手法をもってしても「なかったこと」にはできぬ(苦笑)。

Re: 詳解日本史事典(5) 

投稿者: soutennohoshi 投稿日時: 2013/01/29 00:05 投稿番号: [196090 / 196466]
歴史は政治の産物です。

戦勝国により綴られた"歴史的事実"を敗戦国が国家として覆すのは難しいでしょうね。

だからといって、それが真実である証拠にはなりません。

(軍事)法廷や独裁政権、日本の外務省や文科省が歴史の真実を決定するわけではありません。

まして、一出版社や新聞社でないことは明白です。

彼らがしているのは歴史ではなく政治です。


>「70年代から80年代末にわたり、歴史事実か   『虚構』
  『まぼろし』かをめぐって   いわゆる『南京大虐殺論争』が
  展開され、家永教科書裁判の   争点にもなったが、いずれも
  否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の
  日本側の研究では、十数万から20万人の   中国軍民が
  犠牲になったと推定する説が   有力である。」 <

これを書いた時点で、あなたのしていることはただの左翼のプロパガンダでしかなくなってしまいました。

それにしても、最後の最後に"推定する説が有力"ですか?
大した科学的論証ですこと。

30万柱が日本軍以外の犠牲者ではないと証明できるのですね?
中国政府は調査への許可をしないのに?

もしかしたらあなたは、中国政府が犠牲者は100万と言い出したら、無批判にそれを宣伝する人ではありませんか?

日本国内では風前の灯火のサヨクさんの最後の足掻きのように見えてしまいます。

侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館、、笑

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2013/01/28 23:33 投稿番号: [196089 / 196466]
もともと虚構だから客観的資料も皆無なので、
無いのならば、でっち上げる、捏造する、、、
これが支那人のポリシーです。

支那共産党の威信をかけて造った施設に展示した全てが
捏造、偽造、虚構ですが百回言えば本当になる、、、、支那のことわざ


>>>
抗日記念館の正式名称ですが、
写真撮影は駄目だそうです、
仮に写真撮影されれば、展示物の殆どが捏造と合成写真ですから
写真撮影されたくないよな、、、、笑い

侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館、、笑

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2013/01/28 22:52 投稿番号: [196088 / 196466]
もともと虚構だから客観的資料も皆無なので、
無いのならば、でっち上げる、捏造する、、、
これが支那人のポリシー、、、、笑い

>>>
抗日記念館の正式名称ですが、
写真撮影は駄目だそうです、
仮に写真撮影されれば、展示物の殆どが捏造と合成写真ですから
写真撮影されたくないよな、、、、笑い

侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館、、笑

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2013/01/28 22:49 投稿番号: [196087 / 196466]
抗日記念館の正式名称ですが、
写真撮影は駄目だそうです、
仮に写真撮影されれば、展示物の殆どが捏造と合成写真ですから
写真撮影されたくないよな、、、、笑い

詳解日本史事典(5) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/28 22:40 投稿番号: [196086 / 196466]
『歴史学事典7   戦争と外交』(平成11年初版   弘文堂)には、
かなり詳しく   解説されている。   その一部を   抜粋してみよう。

【南京事件   なんきんじけん】
「日中戦争初期、当時の中国の首都南京を   日本軍が攻略・占領
した際に   中国軍民にたいしておこなった、虐殺、強姦、掠奪、
放火、拉致、連行などの   戦時国際法と   国際人道法に反した
大規模な残虐行為の総体。南京大虐殺事件、略称として南京事件
という。単に南京大虐殺ともいう。」

「激戦3カ月におよび甚大な損害を出した(中略)上海派遣軍は
疲弊して   軍紀も弛緩していたうえに、休養も与えられず、補給
体制も不十分なままに難行軍を強いられたため中国軍民に対する
むきだしの敵愾心と破壊欲を増長させ、虐殺、強姦、掠奪、放火
などの残虐行為を重ねながら   南京に進撃していった。」

「12月4日前後に   中支那方面軍は、中国軍の   南京防衛陣地
(南京特別市行政区に重なる)に突入、南京の県城・農村地域から
日本軍の残虐行為が開始された。   南京城区には40〜50万人
(南京攻略戦以前の人口は100万人以上)、近郊の6つの県には
100万人前後(同じく150万人以上)の市民が残留していたが
日本軍は   これらの膨大な中国民衆を   巻き込んで、南京防衛軍に
対する   徹底した包囲殲滅(皆殺し)作戦を   実施した。」

「同作戦は、戦時国際法に違反して、自ら武装解除した投降兵・
敗残兵あるいは武装解除された捕虜までもすべて殺害することに
なった。   一般民衆も   敵対行為、不審行動をする『敵国民』と
判断された場合は   殺害された。   日本軍は、12月13日
南京城を占領した後、17日の南京入城式に備え、徹底した
残敵掃蕩作戦を展開、長江沿岸などで   捕虜および   投降兵の
大量処刑を行った。」

「武器を捨て、軍服を脱ぎ捨てても中国兵であった者、中国兵
と思われた者は   すべて   殺害したので、多くの市民、難民が
巻き添えにされて犠牲になった。   さらに、日本軍には戦勝の
『慰労』として10日間前後の『休養』が与えられ、総勢7万
以上の日本軍が   南京城内に進駐、勝利者、征服者の「特権」
として強姦、掠奪、暴行、殺戮、放火などの不法行為を行ない
南京事件は頂点に達した。   その後、第16師団が   駐屯して
軍事占領を続け、38年3月28日に   中華民国維新政府が
成立するまで、日本軍の残虐行為は続いた。」

以上、引用した   弘文堂編纂の歴史学事典の解説は、これまで
引用した辞書・辞典の中でも   南京事件の実相をかなり正確に
述べている。   たとえば、日本軍が   南京に進撃する途上から
残虐行為を開始していたこと、南京城占領後の不法行為の事実、
また   その原因と経過についても   あきらかにしている。
なお、この事典には   次のように   付記されている。

  「70年代から80年代末にわたり、歴史事実か   『虚構』
  『まぼろし』かをめぐって   いわゆる『南京大虐殺論争』が
  展開され、家永教科書裁判の   争点にもなったが、いずれも
  否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の
  日本側の研究では、十数万から20万人の   中国軍民が
  犠牲になったと推定する説が   有力である。」
 
 
 

詳解日本史事典(4) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/28 22:39 投稿番号: [196085 / 196466]
『グローバルライブラリーシリーズⅡ   アジア・アフリカ事典』
(97年第1刷発行   教育出版センター)P.716の記述を見よう。
この事典では、南京虐殺事件に関して、次のように説明している。

【なんきんぎゃくさつじけん   南京虐殺事件】
「日華事変(日中戦争)中の1937年12月13日〜15日に、
南京を占領した   日本軍が引き起こした   虐殺・略奪事件。
さまざまな矛盾に直面した   近衛内閣は、『国内相剋の解消』   を
侵略戦争によって   解決しようと   はかった。」

「こうして   政府および軍部は、中国大陸への侵略を本格化した。
日本軍は当初、長期戦争を   予期してはおらず,当時国民政府の
あった南京を占領すれば、中国は抗戦を断念するであろうと判断
していた。   しかし中国は、共産党の働きかけによる国共合作を
成立させ、持久戦にもちこんだ」

「その結果、日本軍は三光作戦を展開し、中国全土で強姦、虐殺、
略奪を   ほしいままにした。   その典型が   南京事件である。」
「エドガー=スノーの『アジアの戦争』   によれば、南京だけで
4万2千人以上、南京への進撃途上で30万人以上が、殺された。
そのうちの   ほとんどは、『無抵抗』の   婦人・子供であった。」

上記の事典の記述でも、先に引用した『現代アジア社会事典』の
解説と同様に、虐殺事件の期間を   12月13日〜15日だけに
限定するかのような表現がある。
ただし、一方で   南京に至る侵略戦争の経緯、さらに、南京への
進撃途上でも   婦人や子どもを含む多くの非戦闘員が殺害された
という事実を述べている点では、より正確な内容となっている。

もう一冊、別の歴史辞典も   開いてみよう。
『角川   世界史辞典』(01年初版発行   角川書店)P.687
【南京事件】についての   説明は、以下のとおりだ。

「①1927年に南京で発生した国際事件(略)」
「②1937年12月、日本軍が南京の中国軍民に加えた大規模な
残虐事件。南京大虐殺といわれる。(略)日本は12月13日に
中国の首都南京を占領した。その際住民を巻き込んだ包囲殲滅
作戦を実施、すでに戦闘を放棄した膨大な数の敗残兵、投降兵、
捕虜、負傷兵を集団で殺害した。さらに残敵掃討作戦を実施し、
敗残兵狩り、便衣兵(市民服の兵士)狩りを行って   成年男子
市民を集団虐殺した。   軍紀の乱れから   中国女性を強姦する
婦女凌辱行為や食料・物資の略奪、人家を放火・破壊する
不法行為も多発した。   南京城内と   その周辺の農村を含め
20万人前後の中国軍民が   犠牲になったと推測されている」

角川世界史事典の説明でも、期間については   12月13日の
占領直後から掃討作戦が行われていた間に限定しているように
読み取れるが、一方で、南京城内に加えて   周辺農村も含めて
軍民、つまり   兵士と民間人ともに   多くの犠牲が出たことや、
その原因に日本軍の軍紀の乱れがあった事実にも   触れている。
どの辞典でも、おおむね正確に事件概要を記述しているようだ。

Re: ロンドンスモッグ(殺人スモッグ)。

投稿者: sintyou7 投稿日時: 2013/01/28 22:38 投稿番号: [196084 / 196466]
<年間66万人の人が死んでいる<<

ソースは?

詳解日本史事典(3) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/28 22:38 投稿番号: [196083 / 196466]
『現代アジア社会事典』(75年第1版第1刷   大和学芸図書)
「南京虐殺事件」   の項には、次のように   記述されている。

【南京虐殺事件】    「1937年12月の   南京占領にさいし、
日本軍が   中国軍の兵士および一般市民多数を   虐殺した事件」
「軍命令による   中国軍民の大虐殺が行われたのは、日本軍が
同市を占領した   37年12月13日から、中支那方面軍松井
石根大将を迎えて入城式があげられた   同17日の前夜までの
4日間であった。   だがその後も   『敗残兵狩り』   と称して
虐殺は続けられた。   また市内全域は2か月にわたり、個々の
日本兵によって、いわれのない虐殺・略奪・放火が   行われた」

「この事件は、日本敗戦後、極東軍事裁判でもとりあげられ、
判決では   この事件の中国人犠牲者の総数を   20万人前後と
いっている。   このほか、極東軍事裁判では   とりあげられな
かったが、南京付近の   長江(揚子江)一帯では   13万人の
避難民と兵士が虐殺され、死体が長江に投げこまれ、川の水は
鮮血でまっかになっていたといわれている。」
「この事件は、当時南京にいた   外国人記者   3人によって
詳しく報道され、たちまち全世界に知れわたったが、日本では
敗戦の日まで   その事実が   ひたかくしに   かくされていた」

上記の   『現代アジア社会事典』   の解説の中にも、捏造とか
中国側のデマという説もある、などと言う文言はどこにも無い。
ただし、気になる点もある。
それは   大虐殺が行われた期間が、12月13日から始まり
同17日の前夜までの4日間であった、としている部分だ。  

実際には、南京市攻略戦は   12月初めから   開始されており、
5日には   第十六師団が句容を陥れ、第九師団は   南京防衛の  
第一線陣地である淳化鎮を占領した。   第十軍の   第六師団と
第百十四師団も並行して   南京に向かって   急進撃していた。

第一線部隊は   先を争うように   南京に向かって殺到したため
それでなくとも滞りがちな兵站の補給が   追い付けなくなった。
各部隊は、現地徴発という名の略奪で   急場をしのぐほかなく、
当然、防衛線の攻防戦の際に   捕虜とした中国軍兵士の給養を
確保する手段もなかった。   投降した敵兵や逃げ遅れた住民が
過酷な運命に   さらされたことは、言うまでもない。

南京大虐殺事件の期間を、日本軍入場後の   13日から始まり
その後の敗残兵狩りの期間だけに限定するのは   正確ではない。
また、事件の範囲を南京城内だけに限定するのも   正しくない。
南京陥落前は戦闘中だから敵の殺害はしかたないという反論も
あるかも知れないが、戦闘中であっても、捕虜の殺害は違法で
あるし、ましてや   非戦闘員に対する略奪や暴行は許されない。

詳解日本史事典(2) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/28 22:37 投稿番号: [196082 / 196466]
たとえば   日本大百科全書(小学館)は、南京大虐殺について
客観的な事実であることを前提に、以下のように解説している。

「占領当日から翌日にかけての南京城内外における掃蕩戦では、
戦意を失った多数の中国兵を   掃射によって虐殺し、また以後
1週間ばかりの間に、捕虜や、民間人の間に   身を潜めていて
狩り出された敗残兵(便衣兵)の大部分が   集団虐殺された。」

「戦死者を含めて中国軍の犠牲者は   10万を下らなかったと
推測される。これら将兵のほか、掃蕩戦で犠牲になった市民や
城外からの避難民、また敗残兵狩りの巻き添えで殺された市民も
少ない数ではなかった。   中国軍将兵に対する   集団虐殺は
明らかに   軍命令によるものであった」
さらに、被害の状況については、以下のように   記述している。

「城内家屋の被害は軍事行動によるもの1.8%、放火13%
(主要実業街は平均32.66%)、略奪63%に及び、中国人
は南京に処女1人もなしと称した」
「日本軍は   遺棄死体   8万4000   と発表したが、現地の
慈善団体が組織した二つの埋葬隊の記録によれば、その埋葬数は
あわせて15万5337体   に上り、揚子江(ようすこう)岸で
集団虐殺されて   同江に投棄されたもの   その他を加えれば、
中国軍民の犠牲者は   20万を下らなかったものと推測される」

上記の百科事典は各学術分野の研究成果に基づき、科学的視点で
まとめられており、相当の   準備期間と   綿密な編纂作業を経て
世に出されている書籍だ。   擬似科学や   オカルトを   主張する
トンデモ本とでは、情報の質・量とも   まったく比較にならない。
後者が垂れ流す情報を妄信して、世界に通用しない説を吹聴する
南京虐殺否定論者は、カルト教団の   狂信的信者に   等しい。

ちなみに、「トンデモ本」   に関して言えば、「と学会」   では
虐殺否定派の論客として知られる   亜細亜大学の東中野教授の
著書について、次のように   批評している。

「東中野教授がどんなデタラメな手法を用いているかが分かる。
些細な矛盾点を針小棒大に取り上げて証言全体を否定しようと
したり、文章を引用する際、歪曲して   正反対の意味にして
しまったり、都合の悪い記述は   無視する一方、信憑性の低い
資料を重視したり、まさに『好き勝手』   としか、いいようが
ないのだ。   南京大虐殺の   犠牲者数については、『三〇万人』
と『ゼロ』という   両極端のトンデモ説が   火花を   散らして
いるが、東中野教授の著書はその中でも特にインチキだらけの
ひどい代物   なのである――」

たしかに   東中野氏の著書を読んでみると、客観性に乏しく、
検証手法も   お粗末で、幼稚な内容だと感じるものではあるが、
すくなくとも、東中野氏も   虐殺や略奪があったことは
事実として   認めている。   ただ、それを   合法化しようと
さまざまな   詭弁を   こねくりまわしているにすぎない。

詳解日本史事典(1) 

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/28 22:36 投稿番号: [196081 / 196466]
留学生などの   外国人が、日本に滞在していて   驚くことのひとつは、
書店に行くと   南京虐殺事件を   「ウソ」、「虚構」、「マボロシ」
「捏造」   とする本が、堂々と   平積みされていることだ   という。
また、テレビ番組で   一部の評論家が、「南京大虐殺はなかった」
「外国人の捏造」   などと発言していることも   不思議だという。

さらに、電車の中吊り公告で目にする   週刊雑誌などの目次には
南京虐殺に関連して、「米中の情報戦による謀略」   だとか、
「反日プロパガンダ」、「自虐史観」、「左翼・マルクス主義史観」
などの文字が   躍っているのを   目にする。  
そこで   留学生たちは、日本の社会では   南京虐殺否定論が主流で  
圧倒的なのだ   と思ってしまう   というのだ。
しかし   実際には、そうではない。  

たとえば   日本政府の公式見解では、犠牲者数は認定できないが
日本軍により   多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは
『否定できない事実』   である、としている。
また   出版物については、いわゆる「トンデモ本」   とよばれる
一部の自称研究家の著書を除き、辞書・事典類   をはじめとする
学術書、教科書、公文書類はいずれも虐殺事件を事実としている。

日本で   広く使用されている国語辞典   『広辞苑』   第四版を開くと、
【南京】   の項目には   「南京大虐殺」   の小項目があり、
「日中戦争で南京が占領された37年12月前後に   南京城内外で
日本軍が   中国軍の投降兵・捕虜   および一般市民を   大量に虐殺し、
あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件」   とある。

『大辞泉』では   【南京大虐殺】の解説として、「日中戦争初期の
昭和12年、南京を占領した日本軍による中国軍捕虜や一般市民
に対する大規模な略奪・暴行・虐殺事件」   と記述している。
『大辞林』は   同項目で、「日中戦争さなかの 1937 年12月
から翌年 1 月にかけて、南京を占領した日本軍が中国人に対して
行なった大規模な暴行略奪虐殺事件。   このとき殺された中国人の
数は、極東軍事裁判では   二〇万人以上、中国側の発表では三〇〜
四〇万人とされる」   と説明している。

また、「詳解   日本史用語事典」(三省堂03年発行)   を開くと、
【南京大虐殺】   の項目には、次のように   記述されている。
「1937年12月、日本軍は   国民政府の首都   南京への攻略戦で
十数万人から20万人の   中国兵捕虜や民間人を虐殺し、略奪・
暴行・放火・強姦などの   残虐行為を行った。」
「欧米では   『南京アトロシティー(大虐殺)』   と報道され  
国際的非難を浴びたが、日本国民には   知らされなかった。」

どの辞書・事典も、たとえば   「〜という説である」   だとか、
「あった可能性もある」   などという   曖昧な表現   ではなく、
事実を指す言葉、実際にあった事件として、説明している。
もとろん、「外国人によるウソ」   「反日勢力の用語」  
などという解説は、いずれの   辞書・事典の   どこを探しても、  
ひとことも   見出すことは   できない。
 

Re: メスブタが産んだ日本のガキオヤジ

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2013/01/28 22:20 投稿番号: [196080 / 196466]
日本から出ていきな〜。チャンコロ〜!

人間食って当たり前の歴史が5000年てか〜。下らん歴史だの〜。

メスブタが産んだ日本のガキオヤジ

投稿者: kota234kota 投稿日時: 2013/01/28 22:15 投稿番号: [196079 / 196466]
他人の不幸を嬉しがる低能オヤジを追放しなければ世界は浄化されない。

ドロミヅ啜って呑みやがれ。
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