日本歴史学習事典(3)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/29 07:07 投稿番号: [196095 / 196466]
平凡社『日本史大事典』第5巻に記述されている南京事件の
項目は、詳細で かつ かなり正確な解説だ。
抜粋して 以下に 引用する。
【南京虐殺】
「日中戦争で南京占領に際し 日本軍によって 中国軍民に
加えられた大規模な残虐行為。」
「一九三七年(昭和十二)八月、日中戦争は華北から華中に
拡大、日本軍は上海で 中国軍の激しい抗戦に 直面し、
大きな損害を被った。 十一月上旬 ようやく 中国軍を
退却させると、中支那方面軍(軍司令官松井石根大将)は、
指揮下の 上海派遣軍(軍司令官 朝香宮鳩彦王中将)と
第一〇軍(軍司令官 柳川平助中将)を、与えられていた
任務を逸脱して 国民政府の 首都南京に向かって急進撃
させた。」
「上海戦で疲労し、凱旋の期待を裏切られた 日本軍兵士は
自暴自棄となり、補給がともなわず 現地徴発に頼ったこと、
中国侮蔑感情や戦友の仇を討つという郷党意識にとらわれて
いたことなども加わって、南京への進撃途上で すでに掠奪・
強姦・虐殺・放火などの非行が 常態化する状況となった。」
「十二月十三日、南京占領に際しては、十七日の入場式に備え、
徹底的な掃討を行い、投降兵・捕虜を長江沿岸などで 大量に
処刑し、多数の一般市民を その巻き添えにし、略奪・強姦・
放火を重ねた。 さらに 十二月二十二日、佐々木到一少将が
城内粛清委員長に就任、中国兵の狩出しと 処刑を続け、
三十八年二月初めに及んだ。」
「犠牲者数については 中国側の公式見解は三十万人とするが、
戦闘行為による戦死者を除き、上海から南京へ 進撃途中から
三十八年二月初めまでの期間をとれば、十数万人から二〇万人
前後に達するとみられる。(以下、省略)」
以上、平凡社版『日本史大事典』 からの引用だ。
南京大虐殺を事実という者に対し、「サヨク」や 「反日」、
あるいは 「共産主義者の回し者」の類だ、と 悪罵を吐く
ウヨにかかれば、平凡社も その類に されてしまうだろう。
だが、平凡社にかぎらず、国内の主要な出版社が 発行する
歴史辞典・百科事典の類は、いずれも 学術的に 証明され、
信用に足る記録と 情報に基づいて 編纂されているのだ。
項目は、詳細で かつ かなり正確な解説だ。
抜粋して 以下に 引用する。
【南京虐殺】
「日中戦争で南京占領に際し 日本軍によって 中国軍民に
加えられた大規模な残虐行為。」
「一九三七年(昭和十二)八月、日中戦争は華北から華中に
拡大、日本軍は上海で 中国軍の激しい抗戦に 直面し、
大きな損害を被った。 十一月上旬 ようやく 中国軍を
退却させると、中支那方面軍(軍司令官松井石根大将)は、
指揮下の 上海派遣軍(軍司令官 朝香宮鳩彦王中将)と
第一〇軍(軍司令官 柳川平助中将)を、与えられていた
任務を逸脱して 国民政府の 首都南京に向かって急進撃
させた。」
「上海戦で疲労し、凱旋の期待を裏切られた 日本軍兵士は
自暴自棄となり、補給がともなわず 現地徴発に頼ったこと、
中国侮蔑感情や戦友の仇を討つという郷党意識にとらわれて
いたことなども加わって、南京への進撃途上で すでに掠奪・
強姦・虐殺・放火などの非行が 常態化する状況となった。」
「十二月十三日、南京占領に際しては、十七日の入場式に備え、
徹底的な掃討を行い、投降兵・捕虜を長江沿岸などで 大量に
処刑し、多数の一般市民を その巻き添えにし、略奪・強姦・
放火を重ねた。 さらに 十二月二十二日、佐々木到一少将が
城内粛清委員長に就任、中国兵の狩出しと 処刑を続け、
三十八年二月初めに及んだ。」
「犠牲者数については 中国側の公式見解は三十万人とするが、
戦闘行為による戦死者を除き、上海から南京へ 進撃途中から
三十八年二月初めまでの期間をとれば、十数万人から二〇万人
前後に達するとみられる。(以下、省略)」
以上、平凡社版『日本史大事典』 からの引用だ。
南京大虐殺を事実という者に対し、「サヨク」や 「反日」、
あるいは 「共産主義者の回し者」の類だ、と 悪罵を吐く
ウヨにかかれば、平凡社も その類に されてしまうだろう。
だが、平凡社にかぎらず、国内の主要な出版社が 発行する
歴史辞典・百科事典の類は、いずれも 学術的に 証明され、
信用に足る記録と 情報に基づいて 編纂されているのだ。
これは メッセージ 196094 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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