朝鮮総督府の功績を語ろう。
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南大門を保護した
投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2008/02/15 23:49 投稿番号: [85 / 175]
朝鮮総督府の功績としての一つ。
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の..
投稿者: kenjirou_mitui88 投稿日時: 2008/02/12 05:02 投稿番号: [84 / 175]
da
これは メッセージ 83 (blackmonument321 さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2008/02/06 06:20 投稿番号: [82 / 175]
よくご理解ください。
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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あげます
投稿者: kanguriguriguri 投稿日時: 2008/02/01 00:21 投稿番号: [81 / 175]
あげます
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: kenjirou_mitui88 投稿日時: 2008/01/26 08:36 投稿番号: [80 / 175]
up
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の..
投稿者: releasenatz 投稿日時: 2008/01/21 20:33 投稿番号: [79 / 175]
知りませんでした
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の..
投稿者: manifest_passing 投稿日時: 2008/01/15 02:44 投稿番号: [75 / 175]
駄目ですよ
民族総バカですから
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の..
投稿者: releasenatz 投稿日時: 2008/01/12 22:14 投稿番号: [74 / 175]
巨額ですね
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: ageyouze 投稿日時: 2008/01/08 10:47 投稿番号: [73 / 175]
koremoageteokune
これは メッセージ 72 (ageyouze さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: ageyouze 投稿日時: 2008/01/08 10:47 投稿番号: [72 / 175]
koremo,age
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: ageyouze 投稿日時: 2008/01/05 07:53 投稿番号: [71 / 175]
あげておくよ
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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●併合時日本政府から朝鮮総督府への通達
投稿者: kenjirou_mitui88 投稿日時: 2008/01/02 08:03 投稿番号: [70 / 175]
昔からあったサイト内容ですが、朝鮮人は今も昔も変わらないと言うことです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
二階堂COMに興味深い事が書いてあるので転載する。
日韓併合当時に朝鮮人の気質を良く把握した内容ですな。
朝鮮人に散々痛い目に合ったのでしょうね。
嫌韓情報からすると今でも気質は変らないと思われるんで同様な注意が必要ですな。
これ、誰か英訳してくれませんか?
現在も朝鮮人の海外進出に伴って被害が続出しています。
被害を増やさない為にも、注意喚起するべきと思いますね。
ODA等に並べてと喜ばれる支援になるでしょうよ。
==
= 転載開始
==
=
<歴史認識さんより>こんなのを拾いました。 「併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達 」です。
一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、●常に我々が優越する立場であることを認識させるよう
心がけること。
一、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。
●勝利と誤認し居丈高になる気質があり、●後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。
一、朝鮮人は●恩義に感じるということがないため、●恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと。
一、朝鮮人は●裕福温厚なる態度を示してはならない。
●与し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。
一、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、●金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。
殊に日本人を相手とせる窃盗を英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。
一、朝鮮人は●虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。
公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。
一、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟すべし。
一、朝鮮人は●盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。
一、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。
一、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、●怒声大音声をもって喝破せよ。
一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、●恨みに思い後日徒党を組み復讐争議する習癖があるので、
最寄の官公署特に警察司法との密接なる関係を示し威嚇すること。
一、●朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。
一、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道せる場合がある。
権威称号を称する同道者については関係各所への身元照会を徹底すべし。
一、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、●しばしば類縁にまで暴行を働くので関係する折には
親類知人に至るまで注意を徹底させること。●特に婦女子の身辺貞操には注意せよ。
一、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。
証拠を挙げ大音声で論破し、沈黙せしめよ。
一、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。
仲間を語らい暴行殺害を企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。
●【米軍による韓国兵の扱いマニュアル 】
1.韓国人には強気で押せ。抵抗する場合は大声で命令しろ。
2.命令を聞かない場合は身体で解らせろ。
3.同じことをくり返す場合、犬のように何回でも同じ様に叱れ。こちらが上と言うことを身体で解らせろ。
4.理由は聞くな。どうせ大したことは言っていない。
5.●身体で解らせた場合、根に持つ場合があるので、●後で身辺には気をつけて行動しろ。但し、徹底的に解らせる迄、手を抜いてはいけない。
6.相手を3才児と思い、信用したり頼りにはするな。重要な仕事は任せるな。
●【 旧ソ連共産党による朝鮮の扱い方 】
1、頭痛の種になるだけだから関わるな
2、手段を選ばぬキチガイ揃いだから関わるな
3、関わるとこっちが痛い目に遭うから関わるな
4、関わってきたらウォッカ飲んで忘れようぜ
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Re: 朝鮮総督府の..
投稿者: geri_kimuchi 投稿日時: 2007/12/28 11:14 投稿番号: [69 / 175]
同感です 哀しい事です
いたたまれません 朝鮮半島が隣にある事が悔やまれます
それにしても63兆円ですか
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/12/28 10:23 投稿番号: [68 / 175]
しばしUP
これは メッセージ 65 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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朝鮮総督府の事実を書けば祖国に帰れない
投稿者: kenjirou_mitui88 投稿日時: 2007/12/28 00:06 投稿番号: [67 / 175]
衝撃の告白!韓国エリート女性研究員「歴史の真実を話せば、韓国に帰れない!!」 ポートランド州立大学教授クリスティン・リー女史
●「日韓の植民政策研究は政治やイデオロギーに振り回されてきた」
クリスティン・リー女史
1960年生まれ。梨花女子大卒業。
●『搾取と抑圧の下、ひたすら犠牲を強いられた暗黒の36年』という植民地史観が今なお韓国では根強い。
それどころか、●決して疑ってはならない、絶対の真実になっている。
しかし日本の植民地経営は、世界史的にみてどうだったのか?
●植民地主義というキーワードをもとに、理論的、実践的にこの問題に取り組んだのが、在米の韓国人女性研究者クリスティン・リー氏である。
リー氏はイデオロギーに振り回され、学問的方法論に依らないこれまでの研究を厳しく批判する。
(翻訳/重村智計・早稲田大学教授)
私は、アメリカの大学院で指導教授たちに言われた次の言葉を、今なお忘れる事が出来ません。
●『日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている問題を今更どうして研究するのか?』
米国の名門ラトガース大学のローデン教授は、私が博士論文の主題に『日本が朝鮮半島を植民地支配した時代の教育と女性問題』について研究したいとの計画を説明すると、このように反問しました。
●『文明のシステムを、日本の植民地主義は朝鮮半島に導入したのではないか?
●スペインやアメリカやイギリスは、日本のように本国と同じような教育システムを植民地に導入しなかった。
●当時の朝鮮半島の人々は文明のシステムを独自の力で導入するのに失敗した。
●日本の植民地主義なしで、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか?』
私は、この発言に怒りが込み上げ懸命に反論しようとしたが、頭の中が真っ白になり感情だけが高ぶったのを覚えています。
●「そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!」との不安が一瞬心をよぎりました。
論文の相談をした別の経済学専攻の教授は、『植民地化された国家の中で韓国と台湾ほどに発展した国家はない。アメリカやイキリスの植民地で、台湾や韓国ほど発展した国があるか?』とまで言うのでした。
私の不満そうな表情を見たローデン教授は、次のようにも問いかけました。
●『日本の植民地支配を非難する韓国人の留学生の一人が、自分の父親が東京帝国大学出身であると自慢げに話した。
●これは、暗黙のうちに日本が導入した文明のシステムを評価していることになる。本来なら、東京帝国大学を卒業した父親を非難すべきではないか?』
こう言われてみると、
●確かに東京大学はもとより、京都大学、早稲田大学、慶応大学を卒業した事を誇りにする韓国人は少なくないのです。
当然韓国の側に立ってくれると思った第三者のアメリカ人学者の発言は、ショックでした。
こうして私は1997年に『The Doomed Empire : Japan in Colonial Korea 』
(滅亡の帝国:日本の朝鮮半島支配)を、英国で出版しました。
http://www.bookfinder.com/dir/i/The_Doomed_Empire-Japan_in_Colonial_Kore
a/1859724698/日本の植民地支配下での女性と教育問題を学問的に整理し、感情論でなく客観的に理解する素材を提供したいと考えたからです。
当初の意図とは異なり、指導教授の理諭と主張が盛り込まれました。
●この本は、韓国で出版するのは、まず不可能でしょう。
韓国では『親日派』と非難されるでしょう。韓国で生活出来なくなるかもしれません。
それをあえて覚悟したのは、近代史をめぐる日韓の対立を解消し、友好な関係を築くのに微力ながら貢献したいと考えたからです。
●女性解放と女性教育の面では、日本の植民地主義は、朝鮮半島への近代化の導入に決定的な役割を果たしました。
●その一方で、韓国の教育が日本の戦前型の教育から、今も抜け出せないでいるのも否定できない現実です。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=3316164この朝鮮人も学者で有ろうとしてが現実を否定すして祖国に評価されないと考えるならばそれは単なる民族の学者ではなくプロパガンダにすぎない。
と気づくべきだ。
普通に歴史を学べば、この事実に気がつくはずなのに、なぜ韓国人だけが気がつかないのか?
台湾の歴史教科書は、日本の侵略もありのまま記載している。その上で反日も親日も自由だ。韓国は教育システ\xA5
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: neonanashinogonbei 投稿日時: 2007/12/26 18:42 投稿番号: [66 / 175]
勝手に上げておきます!
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/12/19 10:22 投稿番号: [65 / 175]
またそのうちに、UP
これは メッセージ 64 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/12/15 06:14 投稿番号: [64 / 175]
up
これは メッセージ 63 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/12/07 21:15 投稿番号: [63 / 175]
up
これは メッセージ 62 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/12/04 19:47 投稿番号: [62 / 175]
up
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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朝鮮は併合前賤民・奴隷とって地獄だった。
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 22:06 投稿番号: [61 / 175]
●李氏朝鮮時代(日韓併合前)
在日にはあきれるばかり、これだけ畜生にも余る差別を扱いを受けていて韓国朝鮮を憧れていることに驚き。
日本に寄生する生活が楽なのだね、人間としてのプライドも無い恥ずかしい奴らだ。
●併合前の朝鮮は地獄だったといってよい。
玄永燮
両班たちが国を潰した。
●賎民は両班たちに鞭打たれて、殺される。
殺されても、殴られても、不平は言えない。
●少しでも値打ちがあるものを持っていれば、両班が奪っていく。
●妻が美しくて両班に奪われても、文句をいうのは禁物だ。
●両班の前では、全く無力な賎民は、自分の財産、妻だけでなく、生命すらその気ままに委ねられている。
●口一つ間違えればぶったたかれるか、遠い島へ流される。
両班の刃にかけられて、生命すら保つことができない。
『血の涙』李人稙(1862-1916)
朝鮮の両斑は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとくふるまっている。
●大両斑は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく、金を出せば釈放されるが、出さない場合は、
●両斑の家に連行されて投獄され、食物も与えられず、両斑が要求する額を払うまでムチ打たれる。
両斑の中で最も正直な人たちも多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者はだれもいない。
なぜなら
●両斑たちが借用したものを返済したためしが、いまだかってないからである。
●彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。
しかも、この強盗行為を阻止できる守令は一人もいない。
『朝鮮事情』マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教
http://ameblo.jp/campanera/theme-10002861284.html
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Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 18:28 投稿番号: [60 / 175]
朝鮮半島にあった「よき関係」
こうした事実からも容易に推測できようが、当時の朝鮮半島において、日本人と朝鮮の人々が実に良好な関係にあった事実を松尾氏は伝えてもいる。例えば、鉄道工事に没頭していた昭和十二、三年当時の様子を氏はこう記している。
「戦後になって歴史の本を読むと、抵抗運動とか暴動がいろいろあったと書かれているが、さいわいその種の反抗にはあわなかった」「摩擦はほとんどなく、私たちはほんとうに朝鮮人のなかに溶けこんで暮らしていた。……何の不安もなく毎日が過ぎていった」
その頃の労働力の確保について、氏は「総督府のほうで作業員を斡旋してくれるようになったので、私のところで必要な二、三〇〇人ほどの人員は常時、確保されるようになった」と記している。しかし、これが左翼が断罪する「強制連行」などではないことは明らかだ。「けっして強制的に連れて回ったわけではない」にもかかわらず、鉄道工事の後もつき従い、終戦まで一緒だった朝鮮人は多かったと氏は証言する。現金収入があるうえ、地下足袋などももらえるので、「故郷に帰って農業をするより技術者になったほうがよかったのだろう」と氏は推測する。
それ以上に見逃せないのは、氏が日本人と同じに公平に朝鮮の人々に接するように心掛けていたことであろう。「優秀な若い人には将来、片腕となって働いてもらいたいと思い、自分が卒業した京城昭和工科学校へ四人、入学させたりもした」という。実際、幹部として働いてくれる朝鮮人も二、三十人育ち、作業能率も上がったというのである。
日本人が徴兵のため少なくなって以降も、こうした朝鮮の人々との良好な関係は変わらなかったという。昭和十九年には朝鮮の人々にも徴兵制が実施されたため、安州の干拓工事では囚人を働かせることになった。臨時の刑務所の囲いは厳重ではないので逃げようと思えば逃げられたが、逃亡者はいなかったという。「耐えられないほど過酷な仕事をさせたことはない」と氏は語る。
日本人と朝鮮の人々との良好な関係を物語る一つのエピソードを最後に紹介してみたい。昭和十三年、京釜線の複線化工事の最中、松尾氏はトロッコに左足を轢かれて大怪我を負った。その際、朝鮮の人々に助けられたことを氏はこう記している。
「トロッコは少し先でとまったが、倒れた私を真っ先に揺り起こしてくれたのは、部下の朝鮮人だった。それから大騒ぎになり、とりあえず村の朝鮮人の二人の医者が止血して、うまく応急手当をしてくれた……京城へ行き、上村病院に入院した。轢かれてつぶれたのは左足の指の部分だった。ぐじゃぐじゃになってしまっていたが、それを少しでも助けようと朝鮮人の上村医師が手術してくれた。……上村医師は日本の大学出で、技術的にも優れた、四十歳ぐらいの人だった。止血してくれた村の医師も二人とも上手で、好意的だった」
*
*
これまで日本の朝鮮統治については、「日本人は朝鮮人にひどいことをした」といったことばかりが強調され、その時代を生きた庶民の生活実態はほとんど無視され続けてきた。しかし当時の庶民の生活実態を踏まえれば、従来の朝鮮統治観が「実態抜きの悪印象」(呉善花氏)に過ぎないことを、松尾氏は雄弁に語っていると言えるのではなかろうか。
これは メッセージ 59 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 18:27 投稿番号: [59 / 175]
朝鮮の人々の大きな「喜び」
また松尾氏は、自分たちが行った土木事業が、朝鮮の人々からいかに大きな喜びをもって歓迎されたかについても色々記している。
例えば昭和十年、江原道に赤壁橋という全長四百〜五百メートルぐらいの、自動車が十分すれ違えるような立派な橋が完成した。当時の地元の人々の喜びを氏はこう記す。
「赤壁橋が完成したときは、そうとう地元の振興になるということで、住民からも喜ばれた。それまで雨期にはしょっちゅう氾濫して、一週間も水が引かないことがあったらしい。そのため、架橋と並行して、ほかの業者が堤防工事もやったので、地元の人は宴会を開き、たいへん喜んでくれた」
当時、多忙を極めた松尾氏は、架橋工事が終わった後の竣工式に出席することは稀だった。しかし、たまに竣工式に立ち寄ると、地元の朝鮮の人が非常に喜んで「一杯、飲んでいってくれ」と声をかけてきたり、盃を傾けながら「これから助かります。ありがございました」とお礼をいわれることもあったという。「とくに年寄りはとても喜んでくれた。それまで道が急勾配だったり、あるいは迂回しなければならなかった場所に、『橋ができたので、まっすぐに歩けるようになった』といって非常に喜ばれた」と氏は述べる。
実際、こうした朝鮮の人々の喜びをはっきり伝えている貴重な写真がこの本には載っている。江原道の平安橋の竣工式で、恒例の「三代の渡り初め」が行われ、山の中腹まで現地の朝鮮の人々が見物のために集まっている写真である。「土地の朝鮮人の祖父母とその子夫婦、孫夫婦の三世代の六人が正装してにぎにぎしく渡り初めをしている…。関係者ばかりでなく近隣の人たちも集まってきて、会場に入りきれない人たちは遠巻きに式をながめていた」と氏はこの写真を解説する。自分の村に橋ができたことに対する当時の人々の喜びが自ずとうかがえよう。
戦後の断罪史観からは想像できないかもしれないが、こうした事実にこそ当時の「庶民の生活実態」が刻まれているのではなかろうか。
これは メッセージ 58 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 17:55 投稿番号: [58 / 175]
「手前勝手な行為」などではなかった
冒頭で触れたように、戦後の日本では朝鮮統治=悪という前提の下、こうした土木事業に関しても、その事実に触れることさえタブー視されてきた。松尾氏は、そうした戦後の断罪的な見方に対して、次のように遠慮がちに抗弁している。
「朝鮮半島における土木工事は日本軍国主義の強いた手前勝手な行為である−−といったとらえ方もあるが、少なくとも私にとって、それは家族を養うための“たつき”であった。中村組という土木会社を守り立て、なんとか社員とその家族を養い、作業員たちに日当を払って、彼らを飢えさせないようにするための仕事だった」「私が雇った作業員たちは、その土地の朝鮮人だった……私は彼らを指揮しながら懸命に、ともに汗を流して働いたつもりである」
先にも触れたように、こうした土木事業によって、食うに職なき多くの朝鮮人が仕事を得ることができた事実は看過されるべきではない。が、この事実とは別に、朝鮮での土木事業が決して「手前勝手な行為」などではなかったことを、この本は事実をもって雄弁に語ってもいる。
まず第一に、こうした土木事業は、朝鮮人の地主など地元の人々の理解と協力を得ながら進められたことである。例えば昭和七年、氏は江原道の伊川という土地で水利工事に取り組むが、工事に着手するまでの段取りについて具体的に記している。
まず、現地に入って最初に行うのが駐在所への挨拶である。「駐在所にはだいたい三、四人の巡査がいて、主任だけは日本人だが、あとは朝鮮人だった。そこに顔を出して、『今回、こういう工事を、このようにやりますのでよろしく』と挨拶する。『それなら、このようにやりなさい』と指示されるようにやっていた」と氏は語る。
その次に、朝鮮人の地主たちを集め、土地の郡守や面長(村長)から工事の意義説明をしてもらう。「われわれが水路などをつくったあと、水田を一枚ずつ整える耕地整理は地主たちの仕事になっていたからだ。また、水路のために土地を無償で提供してもらうこともあるので、地主側には納得しておいてもらわないと工事にかかれないのである」という。
こうした段取りを経て初めて工事に着手するわけだ。その結果、「朝鮮人と喧嘩をしたりという事故はさいわい一度も起こさなかった」と氏は語っている。
とはいえ、「おれの土地が余計に使われた」といった不平も時には出たという。しかしそうした場合は現地の役所から「今うるさいので、話が決まるまで二、三日休んでください」と指示が出た。「役所側が条件を付けてやりくりしたのだろう」と氏は語る。
いずれにせよ、こうした仕事の段取りを見れば、当時の土木工事が、朝鮮の人々の一定の理解と協力を得ながら実施されていたことが分かる。
これは メッセージ 57 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 17:55 投稿番号: [57 / 175]
共に心血を注いだ土木事業
こうした日本の朝鮮統治政策のいわば末端を、松尾氏は中村組という土木会社の現場責任者として担ったわけである。
まず、朝鮮に渡った氏が最初に手がけたのは忠清南道での潅漑工事であった。最初に担当したのは「出面係」といって、各現場を回って作業員の数を把握し、彼らに支払う金票を用意する仕事である。当時の朝鮮人の作業員の生活について、氏は「こういった土木の仕事があって、(初めて)どうにか飯が当たり前に食べられるといってもいいぐらいだった」と語る。当時の土木事業には、窮民共済の意義もあったのだ。
昭和七年三月、夜学で通った京城の工科学校を卒業すると同時に、氏は架橋工事の現場代人(現場責任者)を任される。弱冠二十二歳だった。その頃は宇垣総督のもと、農村振興運動が取り組まれ、半島開発がいよいよ本格化していく時代であった。そうした中、松尾氏は朝鮮の人々とともに各地を回り、道路建設や架橋、あるいは水利工事に心血を注いでいったのである。
そして昭和十二年、盧溝橋事件が起こって戦時色が強まる中、氏は鉄道工事に携わる。その後、鴨緑江に橋を架けるという大工事を任されるが、氏はそこで九死に一生を得ることになる事故にも遭遇する。
さらに平安南道の大規模な農地開発に取り組むが、その最中、突然の終戦を氏は迎えることとなる。「これだけの土地を干拓して水田にすれば米の大増収が可能になるということで、使命感のようなものを感じていた。工事のことに熱中していたので、戦争が終わりになるとは予想もしていなかった」と氏は当時を振り返っている。
このような簡単な経緯を見ただけでも、松尾氏が朝鮮半島の開発のために、朝鮮の人々と共にまさに懸命に働いた事実が分かるだろう。
ところで氏が、終戦後五十五年以上も過ぎた今日、こうした体験を書き留めるに至った動機は何なのか−−。「あの当時の安州の人たちや、……朝鮮の青年たちの顔がしきりと思い出されるからにほかならない」として、氏はこう記している。
「三十余年かかって半島に金と手を加えてきた成果が、ようやく実を結びはじめていた。……これからいよいよ花開くというときに、終戦になってしまった。もしあのまま工事がつづいていたら、北朝鮮の食糧事情はずいぶん違うものになっていたのではなかろうか。これからというときに残念なことをした、そういう思いが私のなかにある」「彼らは飢えることなく、飯をちゃんと食べているのだろうか。鴨緑江のほうでも食べるものがないという話を聞くと、やはり心が波立つ」
当時の朝鮮の人々に対する深い愛着とともに、自分たちが手がけた土木事業に対する素朴な誇りが、氏をしてこの本を執筆させるに至ったということだ。
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Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 17:31 投稿番号: [56 / 175]
朝鮮半島で行われた「善政」
まず初めに、この本の歴史的背景とも言うべき日本の朝鮮統治政策の一端について触れておきたい。
日本の朝鮮統治と言えば、教科書には「創氏改名」「日本語の強制」といった歴史の暗部ばかりが、事実を歪曲して断罪的に記されている。だが実際は、日本の統治政策には「善政」として当時の朝鮮の人々からも歓迎されたものが多いのだ。松尾氏が取り組んだ農地改良などの土木事業はその一例とも言える。
こうした事業が、当時の朝鮮の人々にとっていかなる意義を有したかは、併合当時の次のような朝鮮半島の実状を見ればよく分かる。
「国土は一部の戸邑を除いては、何ら人口を加えられた形跡なく、殆ど白然の荒廃に任せたままであった。一たび暴風雨襲来すれば、忽ち大小の河川氾濫して大洪水となり、人命の損失、家屋の流失、農地の荒廃は激甚を極めるに至る反面、潅漑設備などは無いのだから、旱魃ともなれば、農地は多く収穫皆無となり、農民の苦難は筆舌につくし難く、流亡算なきに至る惨状を呈するのである。その状況は今日では到底想像もできぬ程であった」(『朝鮮の国土開発事業』財団法人友邦協会刊)
かかる惨況に対し、総督府は道路・河川・港湾・市街等に関する法令を定めて土木制度の基本を確立し、治水、道路改修、港湾修築、上下水道の整備などの事業を実施したのである。その結果、昭和三年末までに一万七千七百六十四キロメートルの道路が作られ、四千四十六箇所に橋が架けられた。また昭和十四、五年頃には主要河川の改修も終了した。
一方、産米増殖計画が立てられ、農地の開発・改良も大規模に進められた。それによって、併合当時は八十五万町歩だった水田面積が昭和三年頃には百六十二万町歩に達している。米の収穫高も飛躍的に増加し、併合当時約千万石だったのが、昭和十五年には二千二百万石を超えた。こうした事業に要した予算の多くが日本政府によって賄われたのである。
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「植民地」史観を超える「生活実態」の視点
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 17:30 投稿番号: [55 / 175]
朝鮮総督府の苦労
「朝鮮人にひどいことをした」ということばかりが強調され、その時代を生きた庶民の生活実態はほとんど無視され続けてきた日本の朝鮮統治。しかし当時の庶民の生活実態を踏まえれば、それは単なる「実態抜きの悪印象」に過ぎない。こんな断罪史観とは決別すべきだ。
今から七年前、「日本は植民地時代、韓国にいいこともした」と発言した日本の閣僚が内外の批判を浴びて辞任した。日本の朝鮮統治は悪でそれを肯定するような発言は一切許されない−−こうした朝鮮統治に関する断罪史観は、当時も今も日本人の心を呪縛していると言ってよい。
しかし最近、韓国人の呉善花氏がこうした断罪史観に異論を唱えている。「植民地統治の実際は、絶対悪の立場からの帝国主義批判とか植民地主義批判といった浅薄な考えから解明できるようなものではない」として、氏は「庶民の視点」から統治の実態を具体的に把握すべきことを次のように訴えている。
「植民地統治者は被統治国の庶民に対して具体的に何をやったのか、何をやらなかったのか、その点を実際的な物事に即して明らかにし、正確に分析することこそ、植民地化の実像を知るうえでは最も大切なことなのです」
実際、氏は当時の朝鮮半島における庶民の生活実態を調べた上で、日本人と韓国人との間には「よき関係」があった事実を突きつける。また一九一九年の三・一独立運動以降、日本は「基本的に善政を布くことによって、政権と国内秩序を維持していくことに努めた」とも述べる。
こうした「庶民の視点」は、従来の断罪史観を克服する上できわめて重要だと思われる。ただ問題なのは、当時の朝鮮半島での庶民の生活実態を記した書物が余りにも少ないことであろう。
その点で、最近出版された『私が朝鮮半島でしたこと』(松尾茂著、草思社刊)は注目に値する。
著者の松尾茂氏は明治四十三(一九一〇)年に佐賀県で生まれ、昭和三年朝鮮半島に渡った。そして日本統治下の朝鮮で終戦までの十八年間、氏は土木事業の現場責任者として、朝鮮の人々とともに架橋や水利工事などに取り組んだ。貯水池を作り、水路を掘り、道をつくり、橋を架ける仕事に氏は身を投じたわけである。『私が朝鮮半島でしたこと』には、そうした土木事業の実態や苦心、また当時の朝鮮の人々の有りのままの姿が記されていて興味深い。まさに庶民が捉えた朝鮮統治の一つの実像が描かれていると言ってよい。
朝鮮統治=悪といったステレオタイプの認識を清算するための一つの手がかりとして、『私が朝鮮半島でしたこと』のポイントを紹介してみたい。
http://ameblo.jp/campanera/theme-10002857704.html
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: kenji2007_11 投稿日時: 2007/11/26 00:35 投稿番号: [53 / 175]
恩知らずの民族だね!
朝鮮人だといえないはずだ。
この掲示板でも「俺は朝鮮人だ」と言っている者は一人もいない、恥ずかしい民族なんという証拠だ。
「日本人は朝鮮でよいこともした」といって代議士がいたが、悪いことをした日本人がいるか。
良いことばかりだ今の韓国を造ったのは日本人だ、「といっている朝鮮人さえいる」
日本がせっかく近代化してやったのに李氏朝鮮の時代に戻したのが金正日一派だね。
文句ある者はいないだろう、文句が言えないからここで反論を誰も書かないのだよ。
大変な日本人の血税数十兆円が朝鮮半島に注がれたと知って俺は驚いたよ。
これは メッセージ 52 (gorosaikou225 さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: gorosaikou225 投稿日時: 2007/11/23 16:00 投稿番号: [52 / 175]
up
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: misteryc_river_sp 投稿日時: 2007/11/16 00:36 投稿番号: [51 / 175]
教えてください
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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朝鮮総督府は搾取の元凶
投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2007/11/11 00:23 投稿番号: [49 / 175]
日本から税を奪い朝鮮人に施した。
日本人の憎むべき存在です。
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 朝鮮総督府の功績を語ろう。
投稿者: releasenatz 投稿日時: 2007/11/04 23:58 投稿番号: [48 / 175]
良い
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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「日帝支配」 と、「日帝の七奪」
投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/10/22 22:57 投稿番号: [46 / 175]
よくコリア人は、「日帝支配」 ── とりわけその先兵だった朝鮮総督府を、「悪の権化」の様に扱います。彼らコリア人に言わせると、
「日帝の七奪」(国王・主権・土地・資源・国語・人命・姓名の七つを奪ったと言う)を実行した張本人で、朝鮮半島を荒廃させ、コリア人を塗炭の苦しみに陥れた事になるのですが、これはどう見ても明らかな
●歴史歪曲です。
●国王(国家元首)・主権(国家主権)・土地(領土)は、前回のコラム(56.コリア人が待望していた「日韓併合」)でも取り上げた様に、日本による強制的併合ではなく、
●両国の合意の下での併合でした。又、
●資源の奪取(搾取)については、●併合時、とりたてて資源と呼べる資源が朝鮮半島には存在しませんでした。資源と呼べる資源が無かったのに、どうして、資源の奪取が出来たのでしょうか?
不思議で仕方ありません。
更に、
●国語(朝鮮語)の「禁止」ですが、実際には朝鮮語の禁止はされてはいません。例えば、
●玄永燮(ヒョン・ヨンソプ:●「日本人以上の日本人」と呼ばれた)・朴煕道(パク・ヒド:「三・一独立運動」時の民族代表の一人)等が南次郎総督に、●「朝鮮語使用の全廃」を建議した際、南総督はむしろ極力反対したと言われています。
そして、コリア人は触れたがりませんが、戦後、「コリア人の誇り」と呼ばれた、
●あの「ハングル」をコリア人に普及させたのは、「国語を奪った」と言われている朝鮮総督府だったのです。今でこそ、「コリア人の誇り」と呼ばれる
●「ハングル」は、併合当時、両班(ヤンバン)に代表される知識人階級からは、
●「アムクル」(女文字)・「アヘックル」(子供文字)等と蔑(さげす)まれ、一般コリア人には全く普及していなかったのです。(何せ、
●李朝第10代国王・燕山君(ヨンサムグン)が「ハングル教授学習禁止令」を出し、
●第11代・中宗(チュンジョン)は「諺文庁」を閉鎖したくらいですから、推して知るべしです)
この様に、
●「日帝の七奪」が歴史歪曲である事がお分かり頂けた事と思います。これらは、戦後、韓国においては、李承晩(イ・スンマン)・初代大統領の、北朝鮮においては、金日成(キム・イルソン)・国家主席の徹底した「反日(コリア民族賛美)教育」による所が大きいのです。そして、多くのコリア人が、未だその「呪縛」から抜け出す事が出来ないでいるのです。
さて、いよいよ「本題」である朝鮮総督府の「功績」について書いてみたいと思います。まず第一に知って頂きたい事は、日本は朝鮮半島を「搾取」したどころか、反対に
●日本本国から莫大な資金を朝鮮半島に投資したと言う事実です。「日韓併合」以来、
●年に一千数百万円から二千万円(当時の金額){(30年間に渡り)1円を10万円として計算すれば如何ほどになるか)}もの一般経費補充金が、朝鮮総督府特別会計に補填され、その財政運営を支え続けたのですが、これらの資金はコリア人から搾取したものではなく、
●日本の国家予算(とどのつまりが、●日本国民から徴収した「血税」)や、日本の金融市場で調達した公債だったのです。当時、帝国主義の時代、世界中のどの植民地政策を見ても、植民地(厳密に言うと、朝鮮半島は日本の植民地ではないが)に対して本国政府が莫大な資金を投資した例は希有でした。多くは、本国政府が植民地から利益を吸い上げていた訳で、日本の植民地政策の「特異性」とも言えます。つまり、
●コリア人が言う所の「搾取」は、「真っ赤な嘘」だった訳です。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nikkan5.html
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李朝末期.....北朝鮮を彷彿とさせる事実!
投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/10/17 12:03 投稿番号: [45 / 175]
金正日王朝を李氏朝鮮と見れば良く理解できる。
韓国でいま李氏朝鮮の物語がテレビで流れるが嘘800捏造の物語であることが分かるだろう。
朝鮮民族が李氏朝鮮の復活を望んでいるとしたら、両班貴族及び李朝が行った非人間的な朝鮮史時代の恨み苦しみ差別の否定することになるが、かれ等にそれが我慢できるのか?
李氏朝鮮の復活の話しがが出るだけで笑い話と成るであろう。彼らはただ日本の権威ある天皇制がうらやましいだけである。
李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうということだ」 スウェーデン人
アーソン・グレブスト
「悲劇の朝鮮」
http://konn.seesaa.net/article/10876669.html#02開国したばかりの朝鮮を訪れる外国人から見た、李朝末期の朝鮮のありのままの姿を紹介します。
「北京を見るまで私はソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだと考えていた。都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。礼節上2階建ての家は建てられず…」
「彼らはいつも借金で首が回らず、何かちょっとした官職の一つでも回ってこないかと首を長くしており、それを得るためにあらゆる卑劣な行為をつくし、それでもなお望みがかなえられない場合には飢えて死んでしまう」
「読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが、このため朝鮮の独立はきわめて困難で、将来を望むことが難しい。朝鮮の事々物々はことごとく低級である。貧弱である。劣等である。」イギリス旅行家イザベラ・ルーシー・ビショップ 「三十年前の朝鮮」
「貴方はみすぼらしい茅屋というものを見たことがあるでしょう。では貴方の知っている最も貧しい茅屋を、その美しさと強固さの程度を更に落として想像してみてください。するとそれがみすぼらしい朝鮮の住まいについての、殆ど正確な姿となるでしょう。」
「2階建ての家は探しても無駄です。そのようなものを朝鮮人は知らないのです」シャルル・ダレ、住居の項にて:289頁
「朝鮮人は一般に頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。それは彼らがいまだ浸っている未開性のせいである。」ダブリュイ主教「朝鮮事情」
「朝鮮の両班は、まるで支配者か、暴君のごとくふるまっている。両班は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行され投獄され、食物も与えられず、両班が要求する額を支払うまでムチ打たれる。両班の中で最も正直な者たちも、多かれ少なかれ、自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつて、ないからである。彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合支払いなしで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止する守令は一人もいない。」マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教「朝鮮事情」
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総督府の最大の功績はハングル復活ww
投稿者: hiroonomiya2006 投稿日時: 2007/10/13 21:21 投稿番号: [44 / 175]
ハングルを復活させたことにより、独立後勝手に漢字併用を捨て去り、今日の様な知的水準の低下を招いてしまった。
何年かすれば、日本総督府が優秀な朝鮮民族の発展を恐れての長期的陰謀だったと言い出すかもしれない。
何しろ、正確な地理測定の為に地理院が埋設した三角点の杭を、日帝が朝鮮民族の気脈を絶つために打ち込んだ呪いの杭と称して引き抜いてしまい、正確なGPSのための基準点が消滅した国だからね!ww
これは メッセージ 1 (baribaripati さん)への返信です.
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Re: 韓国人は日本..
投稿者: ageyouze 投稿日時: 2007/10/10 22:03 投稿番号: [42 / 175]
韓国人の国技ですね。
これは メッセージ 41 (baribaripati さん)への返信です.
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韓国人は日本人の671倍嘘つきなのです。
投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/10/06 01:09 投稿番号: [41 / 175]
朝鮮日報
2003/2/13
偽証とは民・刑事および行政訴訟などで、事実を明らかにするために
裁判に出頭した証人が嘘をつくこと。
(略)特に、偽証自体がほとんどないに日本とは統計だけでもはっきり
とその違いが分かる。 2000年の場合、韓国で偽証罪で起訴された人が
1198人であることに比べ日本は5人だった。韓国と日本の人口の差を考慮
した場合、国内の偽証が日本の671倍に達するというのが最高検察庁の
分析だ。
そう、韓国人は日本人の671倍嘘つきなのです。
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