「植民地」史観を超える「生活実態」の視点
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 17:30 投稿番号: [55 / 175]
朝鮮総督府の苦労
「朝鮮人にひどいことをした」ということばかりが強調され、その時代を生きた庶民の生活実態はほとんど無視され続けてきた日本の朝鮮統治。しかし当時の庶民の生活実態を踏まえれば、それは単なる「実態抜きの悪印象」に過ぎない。こんな断罪史観とは決別すべきだ。
今から七年前、「日本は植民地時代、韓国にいいこともした」と発言した日本の閣僚が内外の批判を浴びて辞任した。日本の朝鮮統治は悪でそれを肯定するような発言は一切許されない−−こうした朝鮮統治に関する断罪史観は、当時も今も日本人の心を呪縛していると言ってよい。
しかし最近、韓国人の呉善花氏がこうした断罪史観に異論を唱えている。「植民地統治の実際は、絶対悪の立場からの帝国主義批判とか植民地主義批判といった浅薄な考えから解明できるようなものではない」として、氏は「庶民の視点」から統治の実態を具体的に把握すべきことを次のように訴えている。
「植民地統治者は被統治国の庶民に対して具体的に何をやったのか、何をやらなかったのか、その点を実際的な物事に即して明らかにし、正確に分析することこそ、植民地化の実像を知るうえでは最も大切なことなのです」
実際、氏は当時の朝鮮半島における庶民の生活実態を調べた上で、日本人と韓国人との間には「よき関係」があった事実を突きつける。また一九一九年の三・一独立運動以降、日本は「基本的に善政を布くことによって、政権と国内秩序を維持していくことに努めた」とも述べる。
こうした「庶民の視点」は、従来の断罪史観を克服する上できわめて重要だと思われる。ただ問題なのは、当時の朝鮮半島での庶民の生活実態を記した書物が余りにも少ないことであろう。
その点で、最近出版された『私が朝鮮半島でしたこと』(松尾茂著、草思社刊)は注目に値する。
著者の松尾茂氏は明治四十三(一九一〇)年に佐賀県で生まれ、昭和三年朝鮮半島に渡った。そして日本統治下の朝鮮で終戦までの十八年間、氏は土木事業の現場責任者として、朝鮮の人々とともに架橋や水利工事などに取り組んだ。貯水池を作り、水路を掘り、道をつくり、橋を架ける仕事に氏は身を投じたわけである。『私が朝鮮半島でしたこと』には、そうした土木事業の実態や苦心、また当時の朝鮮の人々の有りのままの姿が記されていて興味深い。まさに庶民が捉えた朝鮮統治の一つの実像が描かれていると言ってよい。
朝鮮統治=悪といったステレオタイプの認識を清算するための一つの手がかりとして、『私が朝鮮半島でしたこと』のポイントを紹介してみたい。
http://ameblo.jp/campanera/theme-10002857704.html
「朝鮮人にひどいことをした」ということばかりが強調され、その時代を生きた庶民の生活実態はほとんど無視され続けてきた日本の朝鮮統治。しかし当時の庶民の生活実態を踏まえれば、それは単なる「実態抜きの悪印象」に過ぎない。こんな断罪史観とは決別すべきだ。
今から七年前、「日本は植民地時代、韓国にいいこともした」と発言した日本の閣僚が内外の批判を浴びて辞任した。日本の朝鮮統治は悪でそれを肯定するような発言は一切許されない−−こうした朝鮮統治に関する断罪史観は、当時も今も日本人の心を呪縛していると言ってよい。
しかし最近、韓国人の呉善花氏がこうした断罪史観に異論を唱えている。「植民地統治の実際は、絶対悪の立場からの帝国主義批判とか植民地主義批判といった浅薄な考えから解明できるようなものではない」として、氏は「庶民の視点」から統治の実態を具体的に把握すべきことを次のように訴えている。
「植民地統治者は被統治国の庶民に対して具体的に何をやったのか、何をやらなかったのか、その点を実際的な物事に即して明らかにし、正確に分析することこそ、植民地化の実像を知るうえでは最も大切なことなのです」
実際、氏は当時の朝鮮半島における庶民の生活実態を調べた上で、日本人と韓国人との間には「よき関係」があった事実を突きつける。また一九一九年の三・一独立運動以降、日本は「基本的に善政を布くことによって、政権と国内秩序を維持していくことに努めた」とも述べる。
こうした「庶民の視点」は、従来の断罪史観を克服する上できわめて重要だと思われる。ただ問題なのは、当時の朝鮮半島での庶民の生活実態を記した書物が余りにも少ないことであろう。
その点で、最近出版された『私が朝鮮半島でしたこと』(松尾茂著、草思社刊)は注目に値する。
著者の松尾茂氏は明治四十三(一九一〇)年に佐賀県で生まれ、昭和三年朝鮮半島に渡った。そして日本統治下の朝鮮で終戦までの十八年間、氏は土木事業の現場責任者として、朝鮮の人々とともに架橋や水利工事などに取り組んだ。貯水池を作り、水路を掘り、道をつくり、橋を架ける仕事に氏は身を投じたわけである。『私が朝鮮半島でしたこと』には、そうした土木事業の実態や苦心、また当時の朝鮮の人々の有りのままの姿が記されていて興味深い。まさに庶民が捉えた朝鮮統治の一つの実像が描かれていると言ってよい。
朝鮮統治=悪といったステレオタイプの認識を清算するための一つの手がかりとして、『私が朝鮮半島でしたこと』のポイントを紹介してみたい。
http://ameblo.jp/campanera/theme-10002857704.html
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