Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の
投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 18:27 投稿番号: [59 / 175]
朝鮮の人々の大きな「喜び」
また松尾氏は、自分たちが行った土木事業が、朝鮮の人々からいかに大きな喜びをもって歓迎されたかについても色々記している。
例えば昭和十年、江原道に赤壁橋という全長四百〜五百メートルぐらいの、自動車が十分すれ違えるような立派な橋が完成した。当時の地元の人々の喜びを氏はこう記す。
「赤壁橋が完成したときは、そうとう地元の振興になるということで、住民からも喜ばれた。それまで雨期にはしょっちゅう氾濫して、一週間も水が引かないことがあったらしい。そのため、架橋と並行して、ほかの業者が堤防工事もやったので、地元の人は宴会を開き、たいへん喜んでくれた」
当時、多忙を極めた松尾氏は、架橋工事が終わった後の竣工式に出席することは稀だった。しかし、たまに竣工式に立ち寄ると、地元の朝鮮の人が非常に喜んで「一杯、飲んでいってくれ」と声をかけてきたり、盃を傾けながら「これから助かります。ありがございました」とお礼をいわれることもあったという。「とくに年寄りはとても喜んでくれた。それまで道が急勾配だったり、あるいは迂回しなければならなかった場所に、『橋ができたので、まっすぐに歩けるようになった』といって非常に喜ばれた」と氏は述べる。
実際、こうした朝鮮の人々の喜びをはっきり伝えている貴重な写真がこの本には載っている。江原道の平安橋の竣工式で、恒例の「三代の渡り初め」が行われ、山の中腹まで現地の朝鮮の人々が見物のために集まっている写真である。「土地の朝鮮人の祖父母とその子夫婦、孫夫婦の三世代の六人が正装してにぎにぎしく渡り初めをしている…。関係者ばかりでなく近隣の人たちも集まってきて、会場に入りきれない人たちは遠巻きに式をながめていた」と氏はこの写真を解説する。自分の村に橋ができたことに対する当時の人々の喜びが自ずとうかがえよう。
戦後の断罪史観からは想像できないかもしれないが、こうした事実にこそ当時の「庶民の生活実態」が刻まれているのではなかろうか。
これは メッセージ 58 (mimikazuya2244 さん)への返信です.
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