朝鮮総督府の功績を語ろう。

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Re: 「植民地」史観を超える「生活実態」の

投稿者: mimikazuya2244 投稿日時: 2007/11/29 17:55 投稿番号: [58 / 175]
「手前勝手な行為」などではなかった
  冒頭で触れたように、戦後の日本では朝鮮統治=悪という前提の下、こうした土木事業に関しても、その事実に触れることさえタブー視されてきた。松尾氏は、そうした戦後の断罪的な見方に対して、次のように遠慮がちに抗弁している。
  「朝鮮半島における土木工事は日本軍国主義の強いた手前勝手な行為である−−といったとらえ方もあるが、少なくとも私にとって、それは家族を養うための“たつき”であった。中村組という土木会社を守り立て、なんとか社員とその家族を養い、作業員たちに日当を払って、彼らを飢えさせないようにするための仕事だった」「私が雇った作業員たちは、その土地の朝鮮人だった……私は彼らを指揮しながら懸命に、ともに汗を流して働いたつもりである」

  先にも触れたように、こうした土木事業によって、食うに職なき多くの朝鮮人が仕事を得ることができた事実は看過されるべきではない。が、この事実とは別に、朝鮮での土木事業が決して「手前勝手な行為」などではなかったことを、この本は事実をもって雄弁に語ってもいる。

  まず第一に、こうした土木事業は、朝鮮人の地主など地元の人々の理解と協力を得ながら進められたことである。例えば昭和七年、氏は江原道の伊川という土地で水利工事に取り組むが、工事に着手するまでの段取りについて具体的に記している。

  まず、現地に入って最初に行うのが駐在所への挨拶である。「駐在所にはだいたい三、四人の巡査がいて、主任だけは日本人だが、あとは朝鮮人だった。そこに顔を出して、『今回、こういう工事を、このようにやりますのでよろしく』と挨拶する。『それなら、このようにやりなさい』と指示されるようにやっていた」と氏は語る。

  その次に、朝鮮人の地主たちを集め、土地の郡守や面長(村長)から工事の意義説明をしてもらう。「われわれが水路などをつくったあと、水田を一枚ずつ整える耕地整理は地主たちの仕事になっていたからだ。また、水路のために土地を無償で提供してもらうこともあるので、地主側には納得しておいてもらわないと工事にかかれないのである」という。

  こうした段取りを経て初めて工事に着手するわけだ。その結果、「朝鮮人と喧嘩をしたりという事故はさいわい一度も起こさなかった」と氏は語っている。

  とはいえ、「おれの土地が余計に使われた」といった不平も時には出たという。しかしそうした場合は現地の役所から「今うるさいので、話が決まるまで二、三日休んでください」と指示が出た。「役所側が条件を付けてやりくりしたのだろう」と氏は語る。

  いずれにせよ、こうした仕事の段取りを見れば、当時の土木工事が、朝鮮の人々の一定の理解と協力を得ながら実施されていたことが分かる。
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