ビックリ台湾!?

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 台湾の川

投稿者: gogonip2007 投稿日時: 2012/06/10 10:42 投稿番号: [2753 / 3149]
河と川の区別は何となくしています。
日本は殆どが川レベル。

渓となると渓谷のように両岸が絶壁の細い小川を思い浮かべてしまいます。

日頃は溪で雨が降った後は河となると大変ですね。
漢字は面白い、繁体字文化圏ですね。


台湾の川

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/06/10 09:43 投稿番号: [2752 / 3149]
淡水河は台湾の川のうち唯一の水量の豊かな川である。淡水河以外
の川は皆何々溪という名がついている。大甲溪とか曾文溪とかであ
る。

溪とは本来谷川のことだが、台湾の何々溪はみな川幅が1キロメー
トル以上あって、広い川底に砂と小石が敷かれ、大石がごろごろ
転がり、いくつもの細流がちょろちょろ流れている。

台風が襲って来て大雨を降らすと、何々溪がたちまち滔滔たる大河
になり、しかも急流だから、河岸で大河の景を眺めることは危険
だそうで、わしの知人でその景を眺めたと言う者はいない。

Makiyo嬢が慈善事業に

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/06/06 03:25 投稿番号: [2751 / 3149]
慈善事業の会に出席した。その時の写真が3枚新聞に出たが、説明
文が簡単すぎて、わからない。Makiyo嬢は台湾に住所があるので、
運将事件が未解決でもさほど困らないが、友寄氏は日本へ帰れない
で大困りだろう。

Re: 「れいし」 − ライチーですね

投稿者: gogonip2007 投稿日時: 2012/06/03 13:43 投稿番号: [2750 / 3149]
レス有難うございます。

ライチで通用してます。
早速どこかで購入、冷やして食べますよ、品種まではわかりませんが全紅なのが多いですよ。

台湾果物、日本でPR不足ではないですかね。
輸入、検疫の問題もあるかもしれない、なま物ですからね。
これからが本番。



Re: 「れいし」 − ライチーですね?

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/06/01 14:40 投稿番号: [2749 / 3149]
日本人がライチーと言っていることを忘れていた。

今出盛りの玉荷包種はかすかな酸味があるために一番うまい。皮が
全紅でなく、すこし緑色が残っているが、これは品種の特徴であって、
未熟なのではない。味がよい上に種も小さい。お好きなら今の中に。

Re: スパイ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/06/01 14:05 投稿番号: [2748 / 3149]
  大使館を根城に銀行口座をいくつも持って企業相手に「コミッション」を稼ぐスパイなどいるはずもない。どこの大使館にもこうした手合いはいるものだが、一等書記官の地位を利用して「フィクサー料」とは腐敗中国のお役人様ならさもありなんか。「腐敗」とは書いたが、何千年もの官僚主義が染み付いた中国人が「賄賂」を取るのは当たり前の話なのだろう。

Re: スパイ

投稿者: pinglong1 投稿日時: 2012/06/01 13:13 投稿番号: [2747 / 3149]
   優秀な人間ですよね。

   公安調査庁は、5年前から

   「要注意人物」としてリストに

   挙げていたそうですが残念ながら

   相手の方が役者が一枚上でした。

Re: 「れいし」 − ライチーですね?

投稿者: gogonip2007 投稿日時: 2012/06/01 09:20 投稿番号: [2746 / 3149]
突然で恐れ入ります。

「ライチー」のことですね?

甘酸っぱい味が夏場のデザートになってます、大好きです。
種が大きいと損したような...。

日本でもっと輸入は出来ないのでしょうかね。


スパイ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/31 19:04 投稿番号: [2745 / 3149]
  中国大使館の李春光1等書記官に「スパイ」疑惑だが、日本には「情報収集」を罰する法律はなく、書類送検の罪名は「外国人登録法違反」。本人は外交特権でさっさと帰国してしまった。
昔、台湾のタクシー室内には「スパイ摘発」の書面が掲げられ、通告の電話番号などが書かれていたがその奨金の額も凄かった。あの密告の奨励にどれだけの効果があったのかは知らないが、大陸を叩き出された敗残の蒋政権が台湾人を睨みつけ、押さえつけるのが本当の目的だったのだろう。
ゾルゲからの確報で関東軍の「北進」がないと見たスターリンは思い切って酷寒に強い極東ソ連軍を引き抜き、スターリングラード防衛戦に投入したが、これがなかったらドイツ第6軍の敗北はなかったかも知れない。

Re: 野田という日本首相

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/31 12:56 投稿番号: [2744 / 3149]
時事通信 5月31日(木)10時59分配信

  民主党は31日午前の社会保障・税一体改革推進会議(議長・輿石東幹事長)で、消費増税関連法案などに関する修正協議を同日中にも野党側に呼び掛ける方針を決めた。

****************

次の選挙では民主党の大敗北が確定的だ。とすれば、どういう形にせよ、野党が再び政権に返り咲くことになる。国民の反感を買う「増税」という「いやな仕事」は民主党がすべてやってくれるから、内心、自公はほくそえんでいることだろう。どう考えても、あの老練な小沢一郎のほうが野田首相より「政治家」としては一枚も二枚も上である。

野田という日本首相

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/30 17:14 投稿番号: [2743 / 3149]
日本国民の誰からも選ばれなかったのに、日本の法律で首相の権力
が野田に転がり込んだ。すると野田は即日韓国を訪問して、5兆円を
韓国の経済危機救助に提供した。借款でなく、贈与である。

間もなく中共にも何かの理由で5兆円贈与か貸与した。

最近は南太平洋小国会議に出席して、にこにこ顔で5兆円の援助を
約束した。この援助は貸与でなく贈与である。

そして日本人に対しては消費税の増税を強硬に要求し、この増税に
自分の政治生命を賭けると声を荒らげて声明している。

わしは日本人でないが、事ここに至っては、正義のため野田を言論
で筆誅を加えねば気がすまない。

「れいし」に飽いた台湾人

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/30 05:55 投稿番号: [2742 / 3149]
唐の皇帝が揚貴妃を喜ばせるために、広東省から早馬のリレーで長安
の都に取り寄せた「れいし」という果物が、今は台湾で生産過剰になって
大安売りされている。

「れいし」の「れい」の字はヤフーの掲示板には出ないが、力を三つ
森の字の形に並べて、その上に草冠を置く。「し」は枝である。

現在市場に出ている「れい枝」は玉荷包という品種で、かすかな酸味
があって、「れい枝」のうちで最も味がよい。それでも誰も皆食べ飽
いた。

「れい枝」は広東省が原産で、台湾は広東省から移植栽培した。

Re: 薄熙来

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/27 18:30 投稿番号: [2741 / 3149]
薄熙来なる者をわしは知らず、唖口無言。

Re: 薄熙来

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/25 15:14 投稿番号: [2740 / 3149]
  文革世代はすでに老境に入ったが多くはまだ健在のはずである。この「文革」、新中国に凄まじい爪痕を残したまま、「四人組逮捕」という結末でケリがつけられたが、おさまらないのは中南海の権力闘争に利用され、振り回され、ろくに教育も受けられず、挙句には「下放」などと言われて辺境に追放された文革世代である。いま、その殆どが貧困の中、置き忘れられ、うち捨てられたまま、陋屋の住人として中国全土に何千万も暮らしていることだろう。
出自のよい薄熙来が重慶の党書記から中央政治局常務委員入りを狙うも、あと一歩のところで失脚の憂き目だが、逮捕されているわけでもなく、復活の可能性も残している。と言うのも、彼の背後には熱心に「唱紅打黒」を支持する毛沢東世代がいて、かれらは中国の恐ろしい格差、腐敗と暴力、などを身にしみて感じているからである。薄熙来はそれを「利用」して無言のうちに北京を脅していたフシがある。現在の中国指導部にとっては、「毛沢東の再来」などがあっては、せっかく築きあげた世界第二位の繁栄中国が再び大動乱に陥る危険があり、そんなものは芽のうちに摘み取るしかない。薄熙来がホテルのレストランで日本人ジャーナリストとどんな会話があったのか、これからどういう展開があるのか、みずからの安全と生活に直接かかわる可能性があるこの話題に、台湾や香港のメディアが大注目したのもムリはない。

薄熙来

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/23 23:19 投稿番号: [2739 / 3149]
  数日前、日本のジャーナリストが北京の大飯店で失脚したはずの薄熙来と3時間にわたる食卓談話をおこなった。怠惰、無能な日本のマスコミはこのニュース価値がわからなかったが、常に中国の動向を注視している台湾、香港などでは大きく取り上げられ、話題になった。多少なりとも中国現代史に興味があれば薄一波と言う名前は必ず知っているはずだが、その息子が薄熙来で、いわゆる「太子党」である。今の中国、どこでも腐敗が凄まじく、地方権力とヤクザが結託し、暴力的な利権漁りと蓄財で人民の恨みを買っていて、それが年間、何千件だかの暴動にまで発展している。重慶の党書記、つまりはこの大都市の絶対権力者である薄熙来は「唱紅打黒」で人民の支持を集めたようだ。今年になって、複雑でごちゃごちゃした事情、背景から失脚したが、詳しいことはわたしにはわからない。だが、これを「わからない」で済ますわけには行かないのが台湾と香港である。むかし、台湾の新聞で「中共大動乱之兆」という活字をよく目にしたが、今回の一連の騒動がその「兆」になるやも知れない。

Re: 50年ほど前に台北で金環食があった

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/22 17:24 投稿番号: [2738 / 3149]
  小学校のとき、屋上に上がって日食を見たことがある。きのうの朝、二階のベランダから見たことは見たが、別段の感想もない。どういうわけか、日本国では昔からマスコミに先導され、「世紀の宇宙ショウ」などと騒いで国民的イベントになるが、こんなもの、欧米ではさほどのニュースではないらしい。
昔の冒険小説や映画には、白人が未開人に捕まって火炙りになるその日は必ず日食の当日で、「おれを殺すと太陽を消すぞ」と叫ぶ。太陽が欠け始め、あたりが薄暗くなると大騒ぎ。これで一命が助かり、挙句には神様扱いというわけだが、これで、その未開人が、「そうか、今日は日食かい」と言ったら「万事休す」だろう。その彼らだって、特に天文の知識がなくても「あれは、月と太陽が偶然重なったのではないか」と考えたとしても不思議ではない。むしろ、そのほうが自然ではないかと思う。
昔、イタリアの映画監督、ヤコペティの「世界残酷物語」というヤラセ映画があった。ニューギニア高地人がポートモレスビーの空港を離発着する飛行機を見て「あれは、本来、神様がわれわれのもとに訪れたもの」と信じ、山の中に滑走路や飛行機の模型を作って空を仰ぐという奇怪なシーンを映している。これは「カーゴ・カルト」とされていかにもありそうな話だが、白人による人種偏見とでっち上げの最たるものだろう。

50年ほど前に台北で金環食があった

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/22 14:15 投稿番号: [2737 / 3149]
今回の金環食は台湾では部分食で、金環にはならなかったが、対
岸の福建省の沿海地帯では金環食が見られたのだろうと思う。今
年の天文現象を書いた本を手に入れていないので、よくわからぬ。

戦前は皆既日食の見られる場所へは、世界の大天文台が各自に
遠征チームを組んで観測に行った。その目的は、皆既日食の時に
見られるコロナの成分を探るにあった。

戦後は原子物理学の進歩でコロナの成分が分かったから、もう皆
既日食を観測するための遠征ということはなくなった。太陽の周囲
にはいつもコロナが存在するが、地球上からは空が暗くなった皆既
日食の時でないと見られない。

馬総統の施政演説

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/20 20:23 投稿番号: [2736 / 3149]
  NHKニュースがわずかな時間だが馬総統の施政演説を映した。「統一せず、独立せず、戦争せず」「大陸と政治協定を結ぶつもりもない」というのは台湾が置かれた現状から穏当なもので、ほかに選択肢もあるまい。しかし、これは逆に何物も選択せず、聞く耳を持たず、両岸の現状を固定してやり過ごすともとれる。北京はもちろんそう思っているだろうが、まさか口が曲がっても「統一か、戦争か」と脅迫するわけにもいくまい。であれば、台湾にも自制を求めたいところである。どう考えても台湾は大陸との長期戦には耐えられない。台湾は日本円で一機100億円といわれるF35を買うカネで大陸に「平和攻勢」をかけたほうがはるかに実質的な安全保障を得られると思うがどうだろうか。戒厳令の時代のように、アメリカに頼って台湾の安全を図るにはあまりにも情勢が変わってしまったと認識すべきではないか。
1996年の総統選では、中国軍は選挙への恫喝として基隆沖海域にミサイルを撃ち込むなどしたが、さらにこのとき、なにを血迷ったか、熊光楷中将とかいうバカが「アメリカが台湾問題に介入すればロスアンゼルスに核ミサイルを撃ち込む」などと米高官を脅迫したから、アメリカの攻撃空母群が大挙して駆けつけ、中国ミサイル艦隊はしっぽを巻いて遁走した。だが、これは、「なにかあれば、いつでもアメリカの原子力空母が駆けつけてくれる」という安直な安心感を台湾人に与えてしまったのではないか。両岸問題を軍事力という一面的な視点だけでみるのは台湾になんの利益もないばかりかむしろ危険だというのがわたしの見かたである。

Re: 溥儀氏の晩年

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/19 19:51 投稿番号: [2735 / 3149]
日本語版の「北京週報」という、それこそ、中国共産党が正式に発刊している月刊誌…

***************

訂正。。「月刊誌」は誤記。文字通りの「週報」で、中国共産党の視点からまとめた「国際政治情報誌」である。そんなものを十代の「あんちゃん」が家に閉じこもって読んでいたのだから、あまり褒められたものじゃない。
で、その「北京週報」、またあるのかと思って検索したら、なんと息の長いことに印刷物のほかにインターネット版まであった。ちょっと読んで見たが、その論調は昔とは様変わり、国益と覇権にばかりに夢中で「革命」だの「解放」だのという字面はクスリにしたくても出てこない。むかし読んだ司馬遼太郎のエッセイに「イデオロギーというものは虚構である」とあって、「これはどういうことか」と疑問に思い、気になっていたが、「やはりそうだったか」と思わざるをえない。

Re: 溥儀氏の晩年

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/18 19:47 投稿番号: [2734 / 3149]
  日華断交の前、日本語版の「人民中国」という雑誌を取っていた。これがなんと、国交もなかった中国北京から国際便で直接送られてくるのである。当時、革命第一世代はまだ健在だったが、三年に及んだ「大災害」のあとで毛は退けられ、北京政府の実権は劉少奇が握っていた。NHKが、かの国を「中共」と呼んでいた時代だから、そんな共産主義国の雑誌は「普通の人」にはその存在さえ知らなかっただろう。そればかりではなく、これも日本語版の「北京週報」という、それこそ、中国共産党が正式に発刊している月刊誌まで取って読んでいたから、わたしも「変わり者」だった。この国際政治誌、辞書などに使われている、いわゆる「インディアン・ペーバー」という高級紙で、それだけでも、この若い国がいかに真剣な「政治国家」であったかがわかる。ソ連との「論争」はすでに始まっていたが、まだ文革の前だから、その政治イデオロギーもさほど過激なものではなかったように思うが、アメリカの「中国封じ込め政策」と、ソ連との決定的な仲違いで、国連にも入れず、まさに孤立無援、経済力も日本とは比べようもないほど貧弱だったから、まさに、「やがて夜明けの来るそれまでは、意地で支える夢ひとつ」の時代であり、いまのような憎憎しげな傲慢さは微塵もなかったのである。その「人民中国」に、愛新覚羅溥儀の「わが半生」という連載があったのはしっかり覚えている。その名前には「アイシンチェーロープーイー」というルビが振ってあり、いかにも若く中国史などまるで知らなかった当時のわたしは「中国人がどうして、こんな長たらしい名前なのか」と思ったほどだ。この溥儀氏、収容所でも周囲から敬遠され、気の毒なほどの境遇だったようだが、釈放後は貴族趣味のあった周恩来の庇護を受けて穏やかな余生を過ごしたから、波乱の人生もまずはめでたしだったか。
この周恩来という人物、現代中国では「神仙」のような地位にあって、ハマーショルド国連事務総長が「まれに見る優雅な人物で、自分がまるで野蛮人のように感じた」と言わしめたほどだが、もちろん、批判もある。

溥儀氏の晩年

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/18 13:32 投稿番号: [2733 / 3149]
はこふぐ殿

溥儀氏はソ連からも中共からも憎まれる理由はなかったと思う。ソ連から
中共に引き渡されたあとは、北京のどこかの公園の花園の管理人の職を与
えられたようで、たぶん溥儀氏の指揮を受けて仕事をする工人もあったの
であろう。だから見苦しい晩年ではなかった。それを何年やってから逝去
したのか、わしは知りません。

Re: 北支那の古代民

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/17 19:24 投稿番号: [2732 / 3149]
  溥儀は日本への脱出寸前にソ連軍に逮捕されたが、東京裁判が終わったあと、殺されずに中共に引き渡されだけでも幸運だったろう。なぜソ連軍がそのまま満州に居残って「日露戦争以前」の状態にしなかったのか。ヤルタ会談の秘密条項には南樺太と千島全島をソ連が領有することが決められたが、これはルーズベルトが対日宣戦の褒美に保障したものである。しかし、満州までやるとは言わなかった。当時、アメリカに注文をつける国はなかったから、ソ連軍はせっかく奪い取った満州からしぶしぶ出て行かなくてはならなかったのである。その後、満州(東北)は遼瀋戦役で中共軍が圧勝したが、延安に閉塞していたはずの八路軍が満州の原野で50万の国府軍を殲滅したというこの突然の勝利の理由が不明だ。どう考えてもソ連の援助があったとしか思えないが、浅学なのでその実体がよくわからない。

Re: 北支那の古代民

投稿者: pinglong1 投稿日時: 2012/05/17 08:27 投稿番号: [2731 / 3149]
   終戦直後皇帝はロシアに5年間

   抑留されたんですよね?

   東京裁判は1946年から

   1948年までですから

   裁判のためにロシアから

   東京へ来てまたロシアへ?

   年代的にどうなんでしょうか?

Re: 北支那の古代民

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/14 04:09 投稿番号: [2730 / 3149]
>満州国がまぎれもない日本の植民地であり、その皇帝が「傀儡」にすぎな
かったとしても、日本の敗戦後、彼がいかに囚われの身とは言え、新宿市ヶ
谷の極東国際軍事裁判所で醜いほどの弁解に終止したのは実に情けなかっ
た。

レス:極東国際軍事裁判所は正義を争う場所でなく、勝者が敗者を陵辱する
ための行事に過ぎないことはアメリカ人も承知である。よって廃帝となった
溥儀氏が、アメリカ人の意に沿った陳述をして己の保身を図ったことは、正
気の人として当然のことである。かくて溥儀氏は幸いに余命を全うし、逝去
の後にイタリア映画「ラストエンペラー」によって正当に弁護された。

Re: 北支那の古代民

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/11 20:32 投稿番号: [2729 / 3149]
  漢民族はすべて黄帝の子孫ということになっている。もちろん、フィクションで学術的な裏付けなどはない。中国は言わずと知れた多民族国家なのだが、95%を占めるという「漢族」も南北では顔貌が随分違うから、これは先生が仰るところの「別民族」かも知れない。要するに、「漢字」を使ってさえいれば「漢族」なのである。この論法からいけば、日本人だって東方の「漢族」と言えなくもない。
長城の北に割拠していた「満州族」は史上最大の版図を広げて、これをそっくり後の中国に引き渡したから、現在の相続者であるところの中国共産党はその最大の功労者である清朝の康熙帝、乾隆帝には恩義はあっても恨みのあろうはずはない。だが、その「満州族」、漢族の大膨張に埋没して気息奄々、もはや消滅したも同じらしい。昭和10年、満州国皇帝愛親覚羅溥儀が来日したときのフィルムが残っている。満州事変から「新国家誕生」までの関東軍の謀略、暗躍はさておき、昭和天皇と長身で颯爽とした青年皇帝が東京駅プラットホームで握手を交わすシーンは清清しくも感動的でさえある。満州国がまぎれもない日本の植民地であり、その皇帝が「傀儡」にすぎなかったとしても、日本の敗戦後、彼がいかに囚われの身とは言え、新宿市ヶ谷の極東国際軍事裁判所で醜いほどの弁解に終止したのは実に情けなかった。

人民中国成立から60年、チベットも新疆も内蒙古もこのあと、どう足掻こうとも、「黄帝の子孫」に呑み込まれるままだろう。この国は、なにしろ、8000万党員を擁する巨大政党が采配している。この世の中、8000万で力押しに押していけばまず出来ないことはなかろう。いや、ひょっとすると運命のいたずらで何かの奇跡がおきるか。

北支那の古代民

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/11 16:43 投稿番号: [2728 / 3149]
清代に、現在支那と呼ばれている地域が全部清の版図に入ったが、北支那の
古代の民と、南支那の古代の民とは、人種がちがう。北支那の古代民族は学
問を創造したが、南支那の古代民族は迷信しか産生しなかった。

南支那の広東省に住む民族と福建省に住む民族とは、別民族である。彼等
は、古代から現代にいたるまで、滅ぼされずに生き残った。

北支那の古代民は偉大であったが、代々異民族に蹂躙されて、今は雲散霧消
して、存在しない。

支那(中国)の歴史と言われているものは、北方民族の歴史であって、その中
には南方民族の歴史は片鱗も含まれていない。

Re: 5月8日は八田興一氏の70回忌

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/10 16:09 投稿番号: [2727 / 3149]
“&#22323;”是方言用字,而且主要是广東省的方言用字;

台湾にも「&#22323;」を用いた地名があり、日本統治時代の日本人は「シュウ」と読んでいたようだ。

数字は「土川」。
*****************

漢字に、その土地だけで通用する「方言用字」があるとはついぞ知らなかった。道理で漢和辞典に載っていないはずである。日本人がこれを「せん」と読んだのは、読みのわからない漢字は「旁」を拾ってごまかす所謂「百姓読み」というやつだが、まぁ、日本の商売人に漢学者の素養を求めても無理というもの。だけど、昔からの「百姓読み」という言葉、農民への差別意識が剥き出しで好きではない。

Re: 5月8日は八田興一氏の70回忌

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/10 13:04 投稿番号: [2726 / 3149]
嘉南平原の農民は概ね八田氏が建設した嘉南大[土川]の恩恵を蒙って
いるが、逆に以前は水の豊富な良田だったのが嘉南大[土川]に水を
奪われて、水不足の田になった例がある。わしの祖先の田がそう
だった。大勢の利益のために犠牲になったのであって、仕方がない。

嘉南大[土川]は「かなんだいしゅう」と読む。台湾総督府の役人は、
正確にそう読んでいた。[土川]という字は、灌漑用水の水路ののこと
で、灌漑用水の豊富な南支那で作られた字である。支那文化の中心
だった北支那は灌漑用水が豊富でなかったから、[土川]という字が
なかった。

南支那の深[土川]という都市に住んでいる日本人は「しんせん」と
勝手な読み方をしているが、正しくは「しんしゅう」である。

訓は「くん」だし、順は「じゅん」である。川のある字だから
「せん」と読めばよいだろうと思うのは間違いである。

5月8日は八田興一氏の70回忌

投稿者: kaminarioyaji_max 投稿日時: 2012/05/08 14:38 投稿番号: [2725 / 3149]
5月9日〜5月24日まで東京都港区白金台の台北駐日経済文化代表処・公邸一階「芸文サロン」で「八田興一展〜台湾を愛した日本人〜」が開催されるそうです。

自由中国

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/08 12:46 投稿番号: [2724 / 3149]
  日本にまだ中華民国大使館があったころ、つまりは断交前、市立図書館に「自由中国」と題するグラフ誌があったのを思い出した。出版元などはわからないが、当時の友邦日本に中華民国台湾を紹介する印刷物だから大判で体裁もよかった。それでも広報誌の常でキレイごとばかりの宣伝臭は仕方なかったか。そういえば、台湾を「自由中国」と呼ぶ保守系の言論人もいたが、いまは絶えて聞くことがない。こんにち、だれもそんな政治的スローガンを真に受ける人はいないだろうし、この「自由」というのも判ったような、判らないような雲を掴むような虚構のイデオロギーだろう。同じような言葉に、「解放」がある。昔、大陸から発する「台湾解放」という言葉もずいぶん聞かされたが、いつの間にか、これもまったくの死語になっている。中国はさかんに「統一、統一」と言うが、さすがにこんにちの台湾に「解放」というのは気が咎めるようだ。

Makiyoが

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/08 05:20 投稿番号: [2723 / 3149]
昨日の台湾のテレビには、Makiyo嬢が美しく装って何かの会に出席した
場面が映っていた。幸福そうに見えた。

Makiyo嬢、友寄氏の事件は法律的には終結したらしいが、よくわから
ない。

トピが消えるのを防ぐためこの投稿をする。

Re: 退院せり

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/05 08:58 投稿番号: [2722 / 3149]
ご退院、よかった、よかった。しかし、抗生物質とはありがたいものです。

退院せり

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/04 23:54 投稿番号: [2721 / 3149]
私事を述べる場所ではないが、病院で投稿しているとこの前書いたので。

足とすねをつなぐ関節へ侵入した細菌を、まだ撲滅し切っていないが、
かなり押えたから、一先ず退院して自宅で抗生剤を内服し、1週間後に
病院に来て検査せよと言われた。

Re: ムンクの「叫び」

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/03 23:07 投稿番号: [2720 / 3149]
サザビーでは大変な価格で競り落とされました。「崇拝に値する絵」と聞いても、わたしにも判らないので「批評」のしようがありません。まぁ、「見る人が見ればわかるのか」と。

  戦前、台湾で「金の供出」があったとは知りませんでしたが、「出さなければ没収、懲罰」という欺瞞、脅しで掻き集めたのはまさに「接収」といってもいいくらいで、それを「時価」と称しても、ロンドンの国際価格からかけ離れた安値だったのではないでしょうか。しかも、当時の「日本円」はいまのようにドルと対等の「hard currency」ではなく、国際的に通用しない通貨でしたから、どう考えても「収奪、強奪」でした。さらに日本の敗戦で円は暴落し、無価値に等しくなりました。
台湾や香港の繁華街に「金の店」を見かけることがありますが、「金」の保有は、歴史的にみても台湾人、中国人の抜きがたい慣習であるのは誰もが知っています。この数年、金価格が二倍以上に高騰したので「金」をたっぷり持っている人はホクホクでしょう。

ムンクの「叫び」

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/03 21:51 投稿番号: [2719 / 3149]
傑作だと思いますか。このトピの諸氏は知識階級の自尊心に
懸けて、黙っていないで、批評してください。わしは、あの絵
は芸術に値しないと批評します。

家庭内の家族の食事シーンの繰り返し

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/03 15:37 投稿番号: [2718 / 3149]
家族7、8人が食卓を囲んで飯を食いながらしゃべっている。その
おしゃべりでドラマのストーリーを進行させる。毎日毎日この家族
の食事シーンが出た。

台湾人の財産としての黄金

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/03 02:23 投稿番号: [2717 / 3149]
台湾人は純金でなければ黄金とは認めなかった。18金はブリキとし
か思はなかった。

二次大戦終戦時の台湾人の人口は260万で、50乃至60万世帯であろう。
そのうちで財産として黄金を所持できる世帯が十分の一の5万世帯だと
仮定しても、一世帯につき黄金の腕輪を1個、2個、3個、5個持って
いたら、台湾中合計すれば、たいした量になる。

台湾人が財産と見なした黄金の腕輪は、ずっしりと重い純金である。

明治28年に日本が台湾を領有したとき、実は大きな金鉱を領有した
になったのだとは、昭和15年まで誰も知らなかった。

反日行動結構 どんどんやってくれ

投稿者: wattu607_118 投稿日時: 2012/05/02 22:46 投稿番号: [2716 / 3149]
中国国内で反日行動をどんどんやってほしいですね。
日本国及び日本人は何も困りませんよ。
困るのは中国共産党だけです。
その訳はお利口さんなら当然判りますよね。
判らないのであれば日本人に頭を下げて教授願いなさい。

日本は中国国内で「反日行動」が、どんどん起きることを期待しています。
これは日本人の総意ですよ。中国の皆さん。
どんどんやって下さい。
その結果、君達に未来が来る可能性があります。
「自由な国に生まれ変わるのです」よ

黄金の行方

投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/05/02 21:32 投稿番号: [2715 / 3149]
昭和15年日本の政府は民間所有の黄金を政府が買い取ると発表した。
「国家はその必要に迫られている。国家は時価で買い取る。国民は
愛国心を発揮して、家重来の記念品であっても国に売却出せよ」と
のことであった。

黄金拠出運動は日本領土の台湾でも猛烈に行われた。領土の役人は
態度が横柄で、もしも隠した金製品が後日発見されたら、没収され
た上に処罰されると、中央政府が言いもしなかった恫喝を付け加えた。

黄金買収が結束した後、蔵相が議会で結果を報告し、「意外に多かった
のは台湾で、これこれの量に達した」と発表した。台湾だけで大日本
帝國のその他の地区の合計よりも多かったのである。

日本政府はその黄金を何に使ったか、戦後に発表された。全部アメリ
カの正金銀行某支店に保存した。その正金支店はアメリカが黄金を管
理する銀行の隣にあった。こうしておくと日本が戦争物資を買うに都
合がよかったのだそうだ。

昭和15年わしの母は数え年41歳だった。母は嫁ぐときに持参した黄金
の腕輪3個をいとおしそうに眺めてから、人に頼んで台湾銀行に持って
行かせた。

Re: 日本のテレビドラマは食事シーンだらけ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/05/02 12:51 投稿番号: [2714 / 3149]
  日本のテレビ局は電波利権に胡坐をかいた殿様商売で、制作は下請けに丸投げ。安い制作費で視聴率を取ろうとするから低俗なお笑いタレントの「バラエティ」か、タレントが食い歩きの「旅番組」、これも安上がりの「スタジオニュース・バラエティ」、ドラマも面倒な撮影なしの駄作ばかり。カネをかけた「韓流ドラマ」にやられるのも理由なしとしない。
だが、もう愚痴はよそう。みたいものなら「you tube」にいくらでもある。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)