ビックリ台湾!?
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
掲示板の不景気
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/12 19:40 投稿番号: [1355 / 3149]
台湾カテがこのごろ低調だが、掲示板全体をざっと見渡したところ、どこもみな不振のようすです。以前にどこか、台湾に関係のないカテに、投稿が數十万に達したトピがあった。そのトピには一日で百件もの投稿があった。経済関係のカテだったように記憶する。それを今回探してみたが、見つからない。
↑このようなことを書き込むことを、中国語では掲示板を「唱衰」する言うのですな。どこかのトピ(台湾カテ)で、中国語「唱衰」とはどんな意味かという討論が発生したことがありましたな。
これは メッセージ 1354 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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台湾の看板
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/10 20:01 投稿番号: [1354 / 3149]
以前、台湾では店や会社のプラスチック看板が漢字一文字ずつの正方形でいかにも手間の掛かった造りだった。もちろん蛍光灯や電球入りで、贅沢であり優雅ですらあった。そうでなけりゃ看板じゃないといった風情で、それは政治には関わることができず、熱心に商売に励むしかない台湾人の商魂の表れだったかも知れない。空港から乗ったバスが高速道路を降りて台北の市内に入ると、いやでもそれらの看板が目に飛び込んできて「ああ、また台湾に来たな」という実感がわいたものだ。だが、時代は変わった。いまはほとんどが日本と変わらないストレートな長方形になっている。経済が膨張し、看板のコストも上がってそうした「無駄遣い」が許されなくなったに違いない。
これは メッセージ 1353 (unhoo さん)への返信です.
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敵進我退、敵駐我攪・・・・
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/07 09:22 投稿番号: [1353 / 3149]
わしは毛沢東の著書を読んだことがない。蒋政権時代の台湾は、自宅の本棚に毛沢東の著書を置いていただけで、発見されたら銃殺される。蒋政権が消失して、李登輝氏が総統になると、とたんに毛沢東の本が台湾の本屋で売られるようになったが、その頃には毛沢東は死んでトウ小平の時代になっていたから、わしは毛沢東に興味を感じなくなった。
「 敵進我退、敵駐我攪、敵疲我打、敵退我追」、毛沢東はこんなふうに文字をきれいに書きならべて、得意満面だったのですね。しかしわしの考えでは、文字面があまりきれいだと、叙述としては、あてにならなくなる。
これは メッセージ 1352 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 孟子の説に承服しかねる
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/07 01:07 投稿番号: [1352 / 3149]
敵進我退、敵駐我攪、敵疲我打、敵退我追
これは「持久戦論」に出ていたのか、ほかの文献だったか調べてみたいが、ともかく40年ほど前の中国では「心のなかの紅い太陽」と、歴代のどの皇帝より崇め奉られた湖南省出身の人物の造語だ。進むことを知って退くことを知らない軍隊の末路は哀れである。旧日本軍の作戦要務令を読んでも、「退却」という用語は絶対に出てこない。それどころか、「防御よく攻勢の鋭気を包含し…」などと煽って、穴熊のような立て篭もりは許さず、なにがなんでも攻撃するのが「赫々たる伝統を有する国軍」だった。だが、この「かえり見はせじ」という重大な欠陥を相手の軍隊に知られたのはまずかった。司馬遼太郎の戦国時代の歴史小説に、撤退につぐ撤退で相手を油断させ、夜陰に乗じて一気に逆襲、打ち落とした敵の首が二千という奇跡的な大勝を得た史実の記述があった。舞台は相模だったと記憶するがそれ以上は思い出せない。まぁ、それはともかく、退却イコール敗北ではないのは確かである。
これは メッセージ 1351 (unhoo さん)への返信です.
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孟子の説に承服しかねる
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/06 23:18 投稿番号: [1351 / 3149]
小学時代、校門の斜め向かいに長い間空き家のまま放置されていた建物があった。ドアには鍵がかかっていないので、そーっと開けて中を覗き込む子もあった。やがて子どもたちのあいだにあの建物の中には化けがいるという説が定着した。
ある日学校帰りの1年生から3年生までの子数十人の有志者が、お化け屋敷探検に集まった。先陣として3年生の男子5人が、おそるおそる中へ踏み込んだが、途中で怖気づいて、走って出てきた。それを見て、外で待ち構えていた数十人は、一斉に悲鳴をあげて逃げ散った。そして20メートルほどで踏みとどまった少数の者は、なおも逃げて行く連中の後姿を指差して、声をあげて嘲笑したのである。
わしはそのとき2年か3年で、20メートルで踏みとどまった組の1人であった。
だから、6年ぐらいになって、50歩逃げた者には100歩逃げた者を笑う権利がないという説を聞かされて、不服であった。化け物屋敷探検のとき、われ等20メートル踏みとどまり組の目には、なおも必死に逃げ続ける奴らのうしろ姿は、たしかにおかしくってたまらなかったのである。
これは メッセージ 1350 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 孟子
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/06 12:00 投稿番号: [1350 / 3149]
孟子対えて曰く「王、戦を好む。請う戦を以て喩えん。填然として之を鼓し、兵刃既に接す。甲を棄て兵を曳いて走る。或は百歩にして後止まり、或は五十歩にして後止まる。五十歩を以て百歩を笑わば、則ち何如」と。曰く「不可なり。直だ百歩ならざるのみ。是れも亦走るなり」と。曰く「王如し之を知れば、即ち民の隣国より多きこと望むこと無からん。」
だけど、国王を前に孟子も随分と遠慮のないことを言ったものですねぇ。わたしだったら、「その儀でございますが、帝の徳を慕ってわが国に来たがっている隣国の民は数知れずでございます。しかし、向こうの王は国境にいくつもの関所をつくって民の出国を禁止しておると聞き及びました。まことに嘆かわしいとは存じますが、それはむこうの勝手、別段、わが国に悪さをしているとも言えず、困ったものでございます」
これは メッセージ 1348 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 孟子
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/11/06 09:02 投稿番号: [1349 / 3149]
ちょっと考えてみたが、どうもよくわからない。わからないが、人生の達人である先生がおっしゃることだから何か含みがあるのだろうと、コンビニで日本経済新聞を買った帰りの小雨の中で考えていたらあることが思い当たった。「あれはヘーゲルの弁証法でいうところの、あの有名な【質量転化の法則】つまり、 量の増減は質的変化を導くということを言っているのか」と。だとすれば、同一線上にあっても「量」(この場合は歩数)の違いから「質」の違い、つまり、「笑うもの」と「笑われるもの」がいても理屈に合うのだ、ということになるかも知れない。ただ、哲学も宗教も門外漢だから、それ以上のことはわたしのアタマではわからない。
これは メッセージ 1348 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 孟子
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/11/06 03:10 投稿番号: [1348 / 3149]
五十歩逃げた者が百歩逃げた者を笑うのは間違いだと孟子が言ったそうだが、わしには承服できない。わしの考えでは五十歩しか逃げなかった者は百歩も逃げた奴を笑ってよろしい。
これは メッセージ 1332 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 機内預け
投稿者: heitotakao1941 投稿日時: 2007/11/02 03:15 投稿番号: [1347 / 3149]
taiwanboom様:
機内預けの荷物の乱暴扱いですが、例えばロスからニューヨークに行きたい
が時間はゆったりあるという時、直行飛行でなくて、シカゴあたりで乗り換え
をやると、乗車券が安くなります。しかもお客は待ち時間を30-40分なんての有効性を見てアレンジします。こんな時は荷物を引き出し、入れ替える
連中も一瞬の時間が大事で残し遅れを出さない様に乱暴扱いをしますね。それでも積み残しよりは、ましだと思うお客もいますので、時間と丁寧の格闘に
なるのですが。乗車券の値段が半値になることがよくありました。一年に5万マイル(8万キロほど)を飛んで日本技術者を案内して通訳をしましたので、
色々な経験をしました。一度は2万2000キロ飛んでアマゾンから北極圏までいきましたが、地球は広いとかんじました。横から失礼します。
これは メッセージ 1323 (taiwanboom さん)への返信です.
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はあ〜、
投稿者: floor92 投稿日時: 2007/11/01 17:50 投稿番号: [1346 / 3149]
しばらく掲示板を見るのを忘れてたんで、このトピなくなってるかも、と心配でしたが、ホッ。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/28 14:50 投稿番号: [1345 / 3149]
近所の区の図書館に「世界地理(誌?)体系」なる十数巻の全集があった。写真も豊富だが、発売からすでに45年も経っている。こうした本は実に不人気だが、堅表紙の全集であればなんとなく貫禄があって図書館としては立派な蔵書だろう。「台湾」の項は「中国」の地方扱いだったが、それなりのページ数があった。台北にはもちろん高層ビルなどはなく、総統府から北を望む市内の風景も閑散としていて、現在の円山大飯店あたりの丘陵が写真ではすぐ前に見えるのも不思議な気がした。驚いたのは松山機場付近は広々とした一面の田園である。台中市内の写真も店の看板が写っていて街路名もあったが、こうまで変化してはそれに現在の姿を重ね合わそうとしても無理なようだ。以上、トピの上げついでに書き込んでみた。ただ、「上げ」だけじゃ芸がないからね。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 久米仙人はウィットの産物
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/26 16:04 投稿番号: [1344 / 3149]
碁を見ていただけで歳をとったのでは敵いません。それなら竜宮で乙姫様の歓待を受けた浦島サンのほうがマシというものです。シナにはそのお話とある意味で反対の物語もあります。
http://homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-066.htm
こういうすばらしい道士にならぜひともお遭いしたいものですが、道士には特有の姿形、服装があるのでしょうか。敦煌でスタインの写真におさまった王某という道士のみすぼらしい姿を記憶していますが、あのやたらに袖の長いナイトガウン(と呼べるほどのものではありませんが)のようなものが道士の衣装だったのでしょうか。世紀の大発見をしたもの知らず、あの間抜け面では山のような国宝を根こそぎ持って行かれたのも仕方がありません。話を聞いたわが日本もあわてて敦煌に探検隊をだしたが、はや、もぬけの殻で、カネになると気がついた王某が隠し持っていた残り僅かな宝物を言い値で買って帰ったそうです。
これは メッセージ 1342 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 台湾の寺社 tokyo cachito3様
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2007/10/26 11:07 投稿番号: [1343 / 3149]
cachito3様
ほんと、木柵指南宮はすごいですね。
私も10年ほど前に2回行きました。
高い山の中に豪華絢爛、雄大な廟があります。
こんなところにどうやって、こんな豪華な廟を建築したのか。
費用はどこから出たのか。
台湾の廟はすべて信者の寄付、喜捨よるそうですね。
木柵のもう一つの廟では、建築材料に寄付者の氏名を書き入れていました。
レンガなどで、組み込まれてしまえば「氏名」が見えなくなります。
私も寄付をしようと思いましたが、
寄付金額の最少単位がちょっと張りすぎるので…。
孔子廟以外は、廟には公的な「援助」はないそうです。
台南の鄭成功上陸地点にある「鹿耳門正統聖母廟」は、
度肝を抜く大規模なものですが、これも信者の寄付によります。
拝殿の壁に寄付者の氏名が刻み込んであります。
まだまだスペースが空いています。
まだまだ寄付を期待しているのです。
この廟は寄付が続く限り建設を続けることになっています。
「金の切れ目が縁の切れ目」なんていいたくなります。
あのガウディの教会「サクラダファミリア」のようなものですかね。
私は数年おきにこの聖母廟を訪ねていますが、
そのたびに大きな建物が出来ています。
いずれにしても、台湾人の廟建設資金の寄付に対する姿勢は
日本人とはまったく違います。
「葬式宗教」と「生活宗教」との違いですかね。
ついつい脱線しました。お許しを。
これは メッセージ 1338 (ksyjw934 さん)への返信です.
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久米仙人はウィットの産物
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/24 19:46 投稿番号: [1342 / 3149]
わしは久米仙人のことを、日本製の出来損ない仙人だと思っていたが、今になって気がついたことは、あれは江戸時代の日本人がわざと仙人を茶化した傑作です。
支那では昔から山奥に仙人というたいへん偉いお方が住んでいるのだと言い伝えているが、詳しい記事はない。江戸時代の日本人が業を煮やして、仙人を茶化したのです。
本場支那仙人の記事の一例:
ある樵夫(きこり)が山奥にはいりすぎて、仙人たちが碁を打ってたのしんでいるのを見つけた。おそるおそる傍へ行って覗き込んだ。仙人たちは別に気にする様子がなかった。碁の成り行きに見とれていたら、仙人の一人が樵夫に「もう帰れよ」と声をかけた。樵夫が帰ろうとして、そばに置いた斧を取り上げたら、柄がぼろぼろに朽ちていた。村へ帰ったら、村人は知らない人ばかり。自分の家族や友達の名を言ったら、あれはずっと昔の人ですといわれた。・・・この物語が日本化したのが、浦島太郎の話だと思います。
これは メッセージ 1340 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 仙人は支那製でなくっちゃあ
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/24 18:23 投稿番号: [1341 / 3149]
>仲間なんかないのですが、有ることにしたのが川柳子の機知ですね>
江戸の川柳作者のウイットな感覚は今の日本人にはありません。その証拠に、現代川柳、サラリーマン川柳の稚拙さ、お粗末さは呆れ返るばかりです。
「久米のスコタン聞いたかと仙仲間」、江戸期の庶民がどうしてこのような優れたセンス、諧謔さを持ち合わせていたのか、今となっては解き明かせない謎です。世の中には時代が経るほど衰退し、寂れていくものがあって、「昔は良かった」という年寄りの決まり文句にはかなりの真実が含まれていると思います。若い頃、年老いた人から「近頃、いい職人がいなくなりましたねぇ」と何度か聞いたのを記憶していますが、すでに「職人仕事」などはコストのうえでも成り立たなくなったのでしょう。いまどき、指物師の見事な家具・調度品や工芸品などはどこのデパートに行ったってありません。
これは メッセージ 1340 (unhoo さん)への返信です.
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仙人は支那製でなくっちゃあ
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/24 13:15 投稿番号: [1340 / 3149]
仙人は支那の特産ですが、仙人に関する記事はすくないですね。
日本産の仙人は久米の仙人一人だけであって、その一人がごらんのとおりの出来損ないです。仲間なんかないのですが、有ることにしたのが川柳子の機知ですね。
日本にはばけものの傑作、天狗と河童があります。
木柵の指南宮、どうも戦後は一度も行ったことがない。
これは メッセージ 1339 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 台湾の寺社 tokyo cachito3様
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/24 12:25 投稿番号: [1339 / 3149]
たぶん、道教の寺院でしょうね。台湾には仏寺より道教の寺がずっと多いようです。日本にはどうして道教がないんでしょうかね。神仙思想は日本人には馴染みにくかったのでしょうか。ただ、まったくなかったわけでもないようです。
久米仙はよほど遠目のきく男
仙人さまーッと濡手で抱き起こし
仙人の顔へたらいの水を吹き
たな引く雲の絶間より久米どさり
雲間見をしたが久米仙落度なり
毛が少し見えたで雲を踏みはずし
洗濯のそばへ太竿さげて落ち
久米のスコタン聞いたかと仙仲間
女湯を見たらとそしる仙仲間
もみ医者に見せやれなどゝ仙仲間
仙人も還俗(げんぞく)をして糊を売り
仙人も素人にする美しさ
これは メッセージ 1338 (ksyjw934 さん)への返信です.
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台湾の寺社 tokyo cachito3様
投稿者: ksyjw934 投稿日時: 2007/10/24 09:17 投稿番号: [1338 / 3149]
30数年前、台北郊外の
木柵に有る”指南宮”に行った時に吃驚したのは
派手な音楽が演奏?されていて何だろうとおもいました。何が祀って有るのかも今でも解りません。山の中腹に有りますが、あれだけの建物を建造するのには莫大な金が掛かったと思いますが、其の費用は、何処からでるんでしょうね?日本では檀家とか、地域で出しますが!
これは メッセージ 1337 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 台北に秋が来た(2)
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/23 15:39 投稿番号: [1337 / 3149]
先月末、お付き合いをしている台中の一家の女性三人組がわが家に宿泊。二人は初訪日で、なには置いても東京見物は欠かせない。隣の県に住んではいるが東京は地理不案内なので「はとバス」にした。娘さんは「渋谷・新宿・原宿・銀座・秋葉原・六本木」などと行きたいところを並べ立てたが、予約したバスは皇居・東京タワー・浅草だけ。あいにく小雨がパラつく日で、タワーに登っても視界が悪すぎ、新宿も銀座も霞のなかだった。浅草の仲見世だけは三人とも大喜びで、値段だけは立派だが情けなくなるほど安ピカで見掛け倒しの土産物漁りに夢中。どこの寺にだって御本尊がいて、お参りをしたからには手を合わせて賽銭をあげるものだが、彼女達、そんなことはどこ吹く風、寺の中にも入らず、脇の五重塔だけはチラッと興味を示したが、江戸時代から庶民の信仰を集め、関東大震災の火災もすぐ目の前でピタッと止めてしまった観音様は完全に無視されてしまった。さて、本題にはいる。台湾の寺院が色彩豊かで装飾も派手なことは一度行ったものならその眼で見ている。そこは「ところ変われば」というヤツで良い悪いの話ではないが、彼女達の目に金龍山浅草寺はどう映ったのだろう。ねずみ色の屋根瓦ばかりが目立つ大きいだけのつまらない建造物だと思ったのか、あるいは、そこに少しでも日本の寺社建築の壮麗さを感じたのだろうか。仲見世の金ぴかのキーホルダーしか興味がないというのでは悲しい。アメリカ人などはどんなにカネのかかった日本建築でも「これは未完成だ」とあけすけに言うらしいが、あいつらは戦争は滅法強いが文化がないから仕方がない。
これは メッセージ 1336 (unhoo さん)への返信です.
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台北に秋が来た(2)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/23 03:35 投稿番号: [1336 / 3149]
今日台北は天気がよくて、昼間は前週よりも暖かくなった。これから台北の秋が十二月中旬まで続く。天気がよければ遊びに出かけるに最もよい季節。
「秋深し隣は何をする人ぞ
芭蕉」。人の心を打つしんみりした句ですね。しかし台北にはこの句にあてはまるような季節はないようです。強いて言えば12月の後半ごろです。この句を「秋深き隣は何をする人ぞ」として掲載した本が多くなったが、それで一句が台無しです。「秋深し・・・」で一旦言葉を切ったところにこの句のしんみりした調子が出るのです。
これは メッセージ 1328 (unhoo さん)への返信です.
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江戸時代
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/17 23:34 投稿番号: [1335 / 3149]
>当時の川柳作者が孟子の時代にも仏教はあったと当然のごとく思い込んでいたのだろうが、江戸時代のことだから責めるのは酷だ。
なるほど。孟子の時代には仏教はまだ入っていなかった。江戸時代に完成した歌舞伎では、鎌倉幕府の人物が江戸時代の服装をしているとのことです。
これは メッセージ 1334 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/17 19:43 投稿番号: [1334 / 3149]
ちょっと気になってウィキペディアで調べてみたが、仏教の中国への伝来は以下の頃だった。
≪中国地域への仏教の伝来は、1世紀頃と推定される。
伝来に関する説話は幾つかあるが、最も有名なのは、後漢の永平10年(67年)の明帝と洛陽白馬寺に纏わる求法説話である。また『後漢書』には、楚王英伝に仏教信仰に関する記録がある≫
孟子は中国への仏教伝来よりはるか以前の紀元前289年に没している。となれば、「寺町で孟母をきけば越しました」というUNHOO先生紹介の有名な句は仏教寺院ではないことになる。「孟子」に出てくるのは、たしか墓地で、孟子が葬式の真似遊びをしたと記憶しているが、それが江戸期に「寺町」とかんがえられたのだろう。寺と墓地は切り離せない。当時の川柳作者が孟子の時代にも仏教はあったと当然のごとく思い込んでいたのだろうが、江戸時代のことだから責めるのは酷だ。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 孟子
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/17 14:12 投稿番号: [1333 / 3149]
仏縁のない親子だのうと坊主いひ
算盤を買っておくれと孟子いひ
自作川柳
これは メッセージ 1332 (unhoo さん)への返信です.
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孟子
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/17 13:45 投稿番号: [1332 / 3149]
tokyo_cachito3様
孟母の句がこんなにたくさんあるとは知らなかった。このほかに、
寺町で孟母を聞けば越しました
というのがあります。
これは メッセージ 1331 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/17 11:54 投稿番号: [1331 / 3149]
寺町の孟母が跡へ花屋越し
おつかさん又越すのかと孟子言ひ
越さないといいあきんどに孟子なり
←これは秀逸だと思う
また頼みますと車力へ孟母いひ
孟(もう)お越しなさると車力言うひ
三度目にやつと落ち着く孟が母
元長屋へはいきやんなと孟母いひ
迷子札孟母は三度書き直し
機(ハタ)道具車に三度孟母積み
三度引つ越して賢人を仕立て上げ
和朝なら孟母明神前へ越し
三度目は昌平坂の下へ越し
孟父だと引つ越すどころかぶんなぐり
されども孟母姑にはいやな人
こういう洒脱な文化は日本独自のものか、台湾にもあるのだろうか。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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機内食
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/15 16:11 投稿番号: [1330 / 3149]
近距離のエコノミークラスで贅沢なことは言わないが、中華航空やエバー航空の機内食は実にみすぼらしい。あれじゃ、幼稚園の弁当だよ。エバーなら少しはマシかと思ったら中華航空よりお粗末だった。と言って、便数を考えたらこのいずれかしか選べないのが情けない。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 台北に秋が来た
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/14 22:51 投稿番号: [1329 / 3149]
「秋深し、隣はなにをする人ぞ」
台湾や中国には昔からドイツ贔屓の人が多いですね。台湾の新聞広告によく「徳国技術水準」などと謳ってあるのを見かけます。「自社の技術はドイツと同じ」というのですが、さすがに日本ではこれはやりません。先日、電気製品とカメラの量販店に行って店員に聞きましたが、「カメラはデジタルしか売れません。銀塩のフィルムカメラは置いてあるけど、うちはもともとカメラ屋なので置かないわけにも…」とのことでした。で、デジタルカメラやビデオカメラも、本来、カメラメーカーでないソニーやパナソニックの製品にはレンズもライカとかカール・ツァイスを使っています。わたしが思うには、これは多分に宣伝要素があって、ニコンやキャノンのレンズは遜色がないばかりか、ドイツでも高級品扱いなんですね。今、メイド・インジャパンは何から何まで近隣国に追い上げられていますが、高級カメラだけはまだ安泰ですよ。
これは メッセージ 1328 (unhoo さん)への返信です.
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台北に秋が来た
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/14 21:31 投稿番号: [1328 / 3149]
台北に秋が来た。えんえんと6ヶ月も続いた夏のあとでは、秋の気温に寒気を感ずるけれども、一週間もすれば慣れて秋の爽快さを喜ぶようになるだろう。南部の気候はどうかな。
昔から春を称える歌は多いけれども、秋は一年の終わりが近いという予感のために、人をしょんぼりさせる。じっさいには、台湾は春がほとんどなく、冬からいきなり夏になってしまうが、秋はある。手軽に秋の歌を作って、陽気に秋をたのしむことをおすすめする。秋の歌:♪秋が来た
秋が来た
どこに来た
山に来た
里に来た
野にも来た♪
さあ休み日には野遊びに出かけよう。
昭和の天才俳人石田波郷の俳句にこんなのがある:「秋晴れや
肩にローライ
手にライカ」。(註:1930〜1960ぐらいの30年間、カメラはドイツ製が精巧で精密なメカニズムと、レンズの優秀なことで、信頼されていた。なかでもライカ、ローライの2種がカメキチの憧憬の的であり、値段は2種合わせれば東京の郊外に家一軒買えるほどだった。)
これは メッセージ 1327 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 雙十節(10/10)の
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/09 12:24 投稿番号: [1327 / 3149]
>軍事パレードに7,700萬元(約2億7,720萬円)の予算だそうですが、
今回の台風の救災行動費に、たった7,700萬元ではとうてい不足です。それに軍事パレード費はすでに支出したので、回収できるとは思えません。また軍人や兵隊さんは、国防業務が本職で、人夫の仕事にはど素人です。そんな形式主義的なことは、蒋介石みたいな独裁者でなければ命令できません。
これは メッセージ 1326 (mrt952006 さん)への返信です.
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雙十節(10/10)の
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2007/10/09 08:44 投稿番号: [1326 / 3149]
軍事パレードに7,700萬元(約2億7,720萬円)の予算だそうですが、雙十節式典を中止にして、先の台風15号(柯羅莎)の甚大な被害を受けた地域に軍隊を派遣し、復興に努めるのが筋だと思います。って、思っているのは、私だけ?
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 機内預け
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/07 10:03 投稿番号: [1325 / 3149]
わたしの友人(女性三人)が今月二日に六日間の滞在を終えて成田から台湾に帰国した。荷物も多かった。第二ターミナルの中華航空は付き添いのカウンターへの立ち入りを拒否されるが、今回の第一ターミナルのエバーはOKだった。いったい、慣れぬ人の付き添いとしてカウンターに同行するのになんの不都合があるのか、中華(官僚)航空よ。
機内持ち込み手荷物の重量に制限があり、やむを得ず壊れ物を入れたバッグを機内預けにした。
壊れ物とは私のコレクションであった江戸時代の伊万里の皿と西洋皿二枚、その他である。いちおう、エヤーキャップを巻いてはあったが不安だった。
その不安は的中した。
同時に機内預けにしたラジカセは無事だったらしい。
これは メッセージ 1322 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 機内預け
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/10/05 14:46 投稿番号: [1324 / 3149]
>桃園空港の機内から何度も目撃しているのだが、作業員が飛行機から降ろした荷物を無造作に放り投げているのはなんとかならないか。
>アメリカでのことですが、空港ターミナルの小荷物扱いで、
荷物を乱暴に投げあっている場面がテレビに出てきました。
______________________________
素人考えですが、屈強の男たちにとって、10kgや15kgぐらいの物体なら投げて面白がることがあり得る。25kg、30kgぐらいになると、投げるのはたいへんです。よってトランク1個の重さを30kgとか40kgにしたらよい。
これは メッセージ 1323 (taiwanboom さん)への返信です.
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Re: 機内預け
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2007/10/05 13:45 投稿番号: [1323 / 3149]
tokyo cachito 様
アメリカでのことですが、空港ターミナルの小荷物扱いで、
荷物を乱暴に投げあっている場面がテレビに出てきました。
監視カメラの映像で、このときの関係者は全員解雇されました。
どこでも同じことがあっているのですね。
機内預けは物騒ですね。
何とかにらないものでしょうか。
これは メッセージ 1322 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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機内預け
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2007/10/04 12:31 投稿番号: [1322 / 3149]
桃園空港の機内から何度も目撃しているのだが、作業員が飛行機から降ろした荷物を無造作に放り投げているのはなんとかならないか。電気製品などの「壊れ物」を機内預けにしている人には恐怖の現実である。どこの空港もそうだ、という声が聞こえてきそうだが…。
これは メッセージ 1321 (ronnkouru さん)への返信です.
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あげ
投稿者: ronnkouru 投稿日時: 2007/10/04 08:14 投稿番号: [1321 / 3149]
最近暇、
これは メッセージ 1320 (ronnkouru さん)への返信です.
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1年半ぶり
投稿者: ronnkouru 投稿日時: 2007/09/28 09:54 投稿番号: [1320 / 3149]
11月に台北決定しました。前回は新幹線がまだ開通していませんでした、今回は乗る予定はありませんが、今回は
宜蘭に海底火山と最近上陸できるようになった
陸軍が管理をしていた島が在るとか、さてビックリが在るか
無いか、花さん知っていたら少し情報を頂戴。
これは メッセージ 1319 (floor92 さん)への返信です.
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中秋節の
投稿者: floor92 投稿日時: 2007/09/26 17:08 投稿番号: [1319 / 3149]
4連休も終わり、また通常の日々に戻りましたが、
連休中、高速道路のあるサービスエリアでは、混雑を
避けるため、滞在時間に制限があったそうです。
これは メッセージ 1317 (floor92 さん)への返信です.
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バーベーキュー禁止?
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/09/24 03:37 投稿番号: [1318 / 3149]
台中市長がバーベーキューはCO2を大量に産生し、廃棄物で環境を汚染するから公園におけるバーベーキューは禁止すると言い出したらしい。
CO2産生については、もしバーベーキュー・パーティーが開かれなかった場合は、市民各自が自宅で料理をして中秋を祝うから、全体としては、公園でパーティーをしたのと同じか、またはもっと多くのCO2を産生するのじゃないか。
廃棄物についても同様で、公園でパーティーを開くことを禁止した場合は、市民の家庭から同じぐらいか、またはそれ以上の廃棄物が出るはずだ。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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あ〜
投稿者: floor92 投稿日時: 2007/09/20 14:36 投稿番号: [1317 / 3149]
よかった。
しばらく掲示板チェックできなかったから、このトピはもう消えちゃったかも、って不安でした。
これは メッセージ 1315 (floor92 さん)への返信です.
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バーベーキュー
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/09/16 16:23 投稿番号: [1316 / 3149]
今年の中秋は九月25日だが、昨夜(九月15日)あちこちのマンションで居住者の親善バーベキューがおこなわれていた。今年の中秋は四連休になるので、旅行に出かける人が多い。しかしにマンション居住者の親善行事も欠かしたくない。よって繰り上げて昨夜の土曜の夜に挙行されたのである。
中秋のバーベキューは戦後の台湾の風習である。戦前にはなかった。戦後どこかの大学の寄宿舎の学生が始めたのだと言われている。親許から離れて寄宿舎の窓から月を眺めるさびしさはやりきれない。「月見れば千々に物こそかなしけれ
わが身一つの秋にあらねど」と小倉百人一首にもある。そこでルームメートが集まってバーベーキューをやる習慣ができた。やがてほかの大学へも広まった。
大学生が卒業すると、こんどは大学時代をなつかしがって、家庭でやるようになった。そして一年一年と盛んになった。台湾のすべての社会層に欠かせぬ行事として定着したのは、そう古いことではなく、15年ぐらいしかないようだ。そのうちに外国へも広まるかもしれない。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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