竹島

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Re: 写真

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2008/05/24 01:22 投稿番号: [16625 / 18519]
鬱陵島から于山島は、基本的には肉眼では見えません。
それについては、すでに過去に議論がありましたが、可能性は否定しないに
しても(物理的に)、決して行ってすぐに見えるものではない。
その証拠として、某旅行社(韓国)の説明文で、展望台の職員でさえ、于山
島を見たことはないのだ、という記述や、
サイトでごくごく非常にまれに「見た」という記録が出てきますが、せいぜ
い「どこに見えるのかと目を凝らしてみると、あちこちから、あ、見えたぞ、あれだあれだ」という声が上がったというような、じっと見つめて、何かそれっぽく見えるような見えないような、私から言わせれば目の錯覚も含んでいそうな、そういう記事しかネットでは出てきません。
その程度なのです。

また、鬱陵島で、山の高い所に上って(冬は除外せざるを得ません)、竹島が見えるほどに天気が晴明である、という日は実は一年に何十日もありません。もしかしたら十日もないかもしれません。

ネットで流れている写真はほとんどありません。溢れている、という方がいらっしゃいましたが、どこをご覧になったのでしょうか。私も最近はネットで調査はしていませんから、分かりませんが、本当に溢れているのでしょか??もしもそうでなかったら、誤情報を意図的に流したということで判断させていただいてよろしいでしょうか。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/24 00:45 投稿番号: [16624 / 18519]
>現地を検分せずに「わが領土だ」と叫んでも説得力はない。

いえいえ領土は国際法で決まりますから。見えた見えてないっていうのは領土問題とは全く関係なくただの興味の問題です(笑)

ぜひ「見える」と言っている方が確認してもらったほうが助かりますねえ

だって年に数日しかチャンスが無く、たまたまその日に出会えた上でしかも望遠鏡付きの展望台から万が一見えたとしても、過去偶然ウルルン島にたどり着いた韓国人が、たまたま高所に登って、偶然展望が開けた場所に出て、しかも見渡したらたまたま望遠レンズでしか見えない程度の竹島を偶然見付けてしまった奇跡に出会うはずが無いですから(笑)

まあ結論は出ているのですよ。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/24 00:40 投稿番号: [16623 / 18519]
>独島の写真や動画は、HPでも溢れていますね。(笑)

残念ながら鬱陵島から見えた竹島の写真はあなたが紹介してくれた望遠レンズ撮影のもの以外見かけたことがないのですよ。

もし他にもあるというならぜひ紹介してください

少なくともエンコリにもようつべにも見たことが無いんですがねえ

いったいどこで見かけられたんですか?

Re: 写真

投稿者: tachstone 投稿日時: 2008/05/23 23:08 投稿番号: [16622 / 18519]
現地を検分せずに「わが領土だ」と叫んでも説得力はない。

一度は行くべきだ。

かなり強硬に「竹島は日本の領土だ」といっているのがいるが、ぜひ現地確認に行くべきだ。

7月、8月にはウルルン島までは、臨時便の船(二万トン級乗客定員450)が出ている。

夜の11時40分浦項発ウルルン島朝6時着。(片道4500円程度)
ウルルン島午前10時発浦項着午後4時着。


定期便は浦項発10時ウルルン島着1時、ウルルン島発15時時浦項着18時(双胴高速船二万トン乗客定員950)(片道5300円程度)。

この双胴高速船は一度乗ってみる価値がある。

独島観光は

ウルルン島7時30分発、12時30分ウルルン島着(午後は1時発午後6時着)<2007年7月>(3500円程度)

日本人も問題なく乗船できる。

ウルルン島観光は午前と午後二回小型観光バスが出ている(3000円程度)

ウルルン島宿泊葉一泊3000から4000程度である。

人情はこまやか。

去年行ったとき、食堂のおばちゃんで英語がぺらぺらのがいた。

留学していたとか。

大学もソウル大学ではなかったが、漢陽大学出ということだった。

「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は独島

投稿者: ararenotomo1 投稿日時: 2008/05/23 23:02 投稿番号: [16621 / 18519]
しばらく留守にしており、パソコンを開けたら、私が投稿した話題で盛り上がっているのに驚きました。もう私の出る幕ではなさそうですが、最初にresponseを寄せて下さったchaamieyさんにお答えします。

chaamieyさん

早速のcommentを有難うございます。

>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と読めるでしょうか。字面だけならそう読めないこともないですが、前提となる状況がいろいろあります。

先ずは字面だけで解釈してみるのも良いのではないかと思っています。

>「望」には遠くを見るという意味はあるにしても、どれくらい遠い場合に「望」というのかは状況によりけりで、相対的なものです。竹島(Liancourt Rocks)ではなくて鬱陵島の隣の竹島(chukdo)の場合でも「望」を用いる可能性はあります。

確かに、どれくらい遠い場合に「望」というのかは相対的なものです。そこで一つの例を挙げます。張漢相『蔚陵島事蹟』(1694)は、独島を「入山登中峯・・東望海中有一島杳在辰方而其大未満蔚島三分之一不過三百余里」と記し、竹島(chukdo)を「東方五里許有一小島不甚高大海長竹叢生於一面」と書きました。Am_I_AHO_1stさん(Nos.16572, 16576, 16586)やlib_1964_1982さん(No.16577)が述べたたように、ここでは、独島には「望」を用い、2 kmしか離れていない竹島には「望」を用いていないようです。

>これは鬱陵島の東の話であるわけですが、竹島(Liancourt Rocks)ならば東南にあります。東には竹島(chukdo)がありますね。

lib_1964_1982さんが詳しく説明されていますが、張漢相も上記のように、「辰方」(東南東)にも「東望」と書いています。なお、竹島(chukdo)は鬱陵島の北東にありますね。dokdo-takeshima.com氏は、先のBevers氏のブログ36番目のコメントで、鬱陵島から北〜北東方向に見た竹島の写真を示しています。
http://dokdo-takeshima.com/jukdonorth.jpg
http://www.dokdo-takeshima.com/jukdo-gwaneumdo-pic.jpg

「前提となる状況」をみると、上の写真のように竹島(chukdo)は鬱陵島すぐ近くの小さな島です。朝鮮の人々が、いくら人が好くても、鬱陵島の目の前にある小島に日本との国境線を引くでしょうか?

さらに、安龍福は鬱陵島から子山=松島=独島を経由して隠岐に渡っています。日本の人々は隠岐から「戌亥(北西)間行二日一夜」に有る松島を経て、「又一日程」の竹島(鬱陵島)へ渡っております。従って朝鮮の人々は、日本との国境線は、鬱陵島北東にある竹島(chukdo)よりはむしろ、鬱陵島から東南東方向に杳かに見える独島の沖にある、と認識していたとするのが自然ではないかと思います。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/05/23 23:00 投稿番号: [16620 / 18519]
なかなかにもりあがっているようなので、私も久しぶりに書き込んでみたいと思います。



ararenotomo1 さんへ

ararenotomo曰く
>>「欝陵之東島嶼相望接于倭境」は「欝陵ノ東ニ島嶼ヲ相望ム、于(ここ)倭境ト接ス」と読めます。


私にはそのようには読めません。「欝陵ノ東島嶼ヲ相望ミ倭境ト接ス」と読みます。
ararenotomoさんは『于』を『ここ』と読んで欝陵の東にある島嶼を表す代名詞であると解釈されているようですが、大学入試の問題でそのように訳すとバツになってしまうと思います。
『于』は『於』の異体字であって、接している対象が「倭境」であることを示す英語で言うところの前置詞、現代中国語で言うところの介詞に当たる言葉だと思います。
つまり「倭境ト接ス」の「ト」、“adjacent to the border of Japan”の“to”に当たる部分であると解釈すべきではないでしょうか。
ヤフー検索で『接于』を検索するとほぼすべて私の解釈に当てはまっているように思います。

ヤフー検索で『接于』を検索
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%8E%A5%E4%BA%8E+&ei=UTF-8&fr=sfp&x=wrt

また一応『于』を『ここ』と読むと仮定してみましょう。となると「于(ここ)倭境ト接ス」の主語は「于」ですよね。
だとすると「接于倭境」ではなく「于接倭境」の語順であるべきであって、主語であるはずの「于」が述語(動詞)である「接」の後ろにくるのは不自然ではないでしょうか。
『于』を『ここ』と読むのは句調を整えるためであって代名詞として使われているわけではないと思います。

『于』の解説
http://www.rockfield.net/cgi-bin/kanbunjoji/faq.cgi?type=%95\%8E%A6&docfile=joji06.htm&word=


ararenotomo曰く
  >>「欝陵島の遥か東に島が見えるが、その島(Liancourt Rocks)の先は倭である」と解釈します。


私にはそのようには解釈出来ません。「欝陵島の東に島嶼が見え、(欝陵島の東は)倭国との国境に接している」と解釈します。
要するに「島嶼相望」で島嶼を望んでいるのは「欝陵之東」からであって、「接于倭境」で倭境と接しているのもやはり「欝陵之東」であるということです。
この解釈では欝陵島の東方の内、欝陵島と「島嶼」の間に国境があるのか「島嶼」と倭国の間に国境があるのかを判別することができません。
例えば「対馬の北にプサンを望み韓国との国境に接している。」という文章を考えてみましょう。
韓国との国境はプサンと韓国との間にあるのではなく対馬とプサンとの間にあると解釈しても何の問題もありませんね。

ただし例えば「欝陵之東島嶼相望其島接于倭境」のように「接于倭境」の主語が「島嶼」であることを明示した語句(ここでは「其島」)が加わるとどうでしょうか。
これなら欝陵島と「島嶼」の間に倭境があるのではなく「島嶼」と倭国の間に倭境があることを判別することができます。
ararenotomoさんはこのような事情をご存知であるからこそ『于』を『ここ=島嶼=竹島』と解釈して、竹島と日本の間に国境があるかのごとく主張していらっしゃるのではないかと私は推察いたします。

Re: 写真

投稿者: nannkurunaisa99 投稿日時: 2008/05/23 22:37 投稿番号: [16619 / 18519]
>>鬱陵島展望台から、晴れた日は良く見えるそうですよ。
>>望遠鏡も完備されているそうですから、
>>何日か粘れば確認出来ると思いますね。(笑)

何時頃から鬱陵島に望遠鏡が有るんでしょうね?

韓国人は余程目が良かったのでしょうか?
望遠鏡無しで見えたんでしょうね。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 20:25 投稿番号: [16618 / 18519]
>>そんなことより実際竹島が肉眼でどのように見えるのか写真や動画を提示してくれませんかね?   そっちの方が確実でしょ。
もっとも、エンコリでもこれに答えてくれた韓国人は一人もいませんでしたがw<<
>そうなんですよねえ、数百年も昔の人が偶然見つける程度に見えるはずだったら、今頃エンコリやようつべは鬱陵島から見た竹島の写真や動画で溢れかえっているはずなんですけどねえ。いやはや、不思議です(笑)<

独島の写真や動画は、HPでも溢れていますね。(笑)

東京から見た富士山や千葉から見た伊豆大島等の写真を撮って、HPで記事を書いて公開しても誰も見ませんよね?   同じ理由で、誰も撮らない、載せないだけの話でしょう。

興味のある人は、観光ツアーで直接独島に行きますからね。

鬱陵島から独島を見たいのであれば、観光をかねて鬱陵島に渡り、ご自分の目で確かめられるのが一番ですね。鬱陵島展望台から、晴れた日は良く見えるそうですよ。
望遠鏡も完備されているそうですから、何日か粘れば確認出来ると思いますね。(笑)

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 14:49 投稿番号: [16617 / 18519]
>そんなことより実際竹島が肉眼でどのように見えるのか写真や動画を提示してくれませんかね?   そっちの方が確実でしょ。
もっとも、エンコリでもこれに答えてくれた韓国人は一人もいませんでしたがw


そうなんですよねえ、数百年も昔の人が偶然見つける程度に見えるはずだったら、今頃エンコリやようつべは鬱陵島から見た竹島の写真や動画で溢れかえっているはずなんですけどねえ。

いやはや、不思議です(笑)

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 14:44 投稿番号: [16616 / 18519]
>>「ウルルン島から竹島は距離が遠いので薄くてほとんど見えない」との主張もあります。このような主張は、「鋸山ロープウエーからは伊豆大島は見えないぞ」と言って、案内のお姉さんに絡むのと、同レベルです。


伊豆大島は91k㎡、竹島は0.23k㎡   面積で300倍以上も違いますね!!
標高も700m以上あったかな?

確かに比較するような存在じゃあないですね(笑)

これじゃあ確かに竹島は見えなくてもしかたないや

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 14:37 投稿番号: [16615 / 18519]
ちと比喩が違ってますな。三原山は標高764mもありますが、片や竹島は100mちょっとw
比較するなら、木更津あたりから熱海にある初島が見えるか? というほうが適正ですな。

そんなことより実際竹島が肉眼でどのように見えるのか写真や動画を提示してくれませんかね?   そっちの方が確実でしょ。
もっとも、エンコリでもこれに答えてくれた韓国人は一人もいませんでしたがw

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 14:25 投稿番号: [16614 / 18519]
>http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Ullundo/Ullun.htm

  上記URLより引用
>「ウルルン島から竹島は距離が遠いので薄くてほとんど見えない」との主張もあります。このような主張は、「鋸山ロープウエーからは伊豆大島は見えないぞ」と言って、案内のお姉さんに絡むのと、同レベルです。

  上手いねえ(笑)

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:52 投稿番号: [16613 / 18519]
>人は時折見えることを知っていれば(社会的に)見えると表現します。


たぶんAHO君には確率なんて概念はなさそうなので理解できないんだと思います。

結論として時折すら見えなかったことが容易に想像つきますので過去見えたものは竹島ではなかったようですね。

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 13:47 投稿番号: [16612 / 18519]
>見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。

  社会的に見えることと、物理的に見えることは元来別の概念です。

  人は時折見えることを知っていれば(社会的に)見えると表現します。

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:38 投稿番号: [16611 / 18519]
>東京から何時も富士山が見えるわけでは無い。
千葉の鋸山から大島を見ても、見えるときと見えない時がある。
見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。

そうだねえ、富士山は3000m以上ありますからね。どんなに視力が悪くても1m先の3cmの消しゴムが見えないことはまず無いけど、それでも現実は東京から見えない時が多いからね。

それに比べると鬱陵島から竹島は可能性としては見えるかもしれないけど、昔の人が偶然訪れてその日がたまたま年に数日も無いくらいの天気晴朗、波が全く無く、しかも偶然高所に登って、展望台の無い時代に偶然見晴らしのいい場所を見つけ、見る気も無いのにたまたま竹島を見つけてしまった。

確率計算してみてください。まずありえない話でしょうなあ。

>エクセルでどのように見えるか計算したHPがありました。
参考にどうぞ

計算上見えるかもしれないことを否定してる人なんて居ないと思うけど?
あくまで可能性つまり確率の問題。

当時と比較すると現在は機会数は数万倍に増えているはず。それにも関わらず、実際の目視例はほぼゼロに近い。

数万分の一の機会数でたまたま見えてしまったというのはあまりにも無理がある話しだと思いますよ。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 13:28 投稿番号: [16609 / 18519]
望遠レンズでの撮影は、130kmはなれた慶尚北道蔚珍郡を撮影したものですね。(夕焼けの写真)

独島はそのままの撮影でしょうね。
エクセルでどのように見えるか計算したHPがありました。
参考にどうぞ
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Other/Ullundo/Ullun.htm

Re: 写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 13:17 投稿番号: [16608 / 18519]
そうそうその写真くらいしか見たことがないんだよねえ。

しかもそれ望遠レンズじゃないの?(笑)

本当に大雑把でいい加減な計算だけど、波の高さとか考えなくて、最大限見えても1m先の1mm以下のチリ程度にしか見えないはずだしね。

まああらかじめそこにあることが分かっていて、最初からそれを見つけるつもりでしっかりと凝視してみれば、もしかしたら気付くかもしれんが、たまたま訪れ年間数日しか見える可能性が無く、その時にわざわざ高所に登る必要があり、漠然と眺めただけで見つかる可能性はまずゼロといってもいいだろうねえ。
つまり記述の島が竹島である可能性はまず無いでしょうね。

朝鮮から鬱陵島であれば人数の多さ、機会の多さ、鬱陵島の大きさから考えてもしっくりきますね。

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 13:09 投稿番号: [16606 / 18519]
写真見ましたけど、明らかに超望遠で撮影したものですよね。
ほかの写真はレンズ口径書いてあるのにこの写真だけないってw
肉眼じゃどうみえるのかなぁww
某国の人は平気で嘘つくのを散々見てきてるからなぁ。イマイチ信用できないw

Re: 写真

投稿者: maku_mari 投稿日時: 2008/05/23 13:09 投稿番号: [16605 / 18519]
大きく見えるのは望遠だからでしょ。

それぞれの人の捉え方しだいですが、
私は、この写真を見て「思ったより見えづらいのだな」と感じました。

14世紀に見えるという記述があるとして、
その後も、14〜17世紀と
鬱陵島の西に「于山島」を書いた地図を作ってしまうのが
どうにも解せませんが。

Re: 写真

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 13:03 投稿番号: [16604 / 18519]
  なるほど、東島と西島が写ってますね。

  欝陵島から望んでも、独島は島々として観測できるわけですか。

Re: 写真

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/23 12:56 投稿番号: [16603 / 18519]
>>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)<<
>まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。<

東京から何時も富士山が見えるわけでは無い。
千葉の鋸山から大島を見ても、見えるときと見えない時がある。
見えるときも有れば、見えない時も有るは、あまり意味の無い話と思いますがね。


韓国のHPで探してみました。

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000385380

上から4枚目の青く写っている写真。
金鉄丸氏が 2004年 9月 6日鬱陵島内需前村頂上で撮影した独島の姿。

撮影時が夕暮れ時なのか、写真がぼけてはいるが割りと大きく見えますね。

これ位の大きさに見えるなら、年間を通せばかなり見ることが出来たと思われるし、昔から独島の存在は確認出来ていたでしょうね。

Re: 写真

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/05/23 12:54 投稿番号: [16602 / 18519]
ちょっと前に、鬱陵島を訪問した韓国人記者のブログを見たんですが、
あれだけ独島が見える見えると言っているのに、鬱陵島では実際に見たという
人に一度も会うことがなかったと書いてあったのを思い出しました。
ちょっとurlは失念しましたが、日本や韓国では竹島(独島)が実際に見えるかどうか検証した人はいないんですかね?
本当に見えるのならば、今の時代、動画サイトとかへバンバン投稿されそうなものだと思うのですが、見たことあるのは、あのアヤシイ写真一枚ですからねぇ。

maku_mari さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/23 12:23 投稿番号: [16601 / 18519]
>鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、
>竹島側からなら、どこでも鬱陵島の200m以上の部分は
>確認できるという理屈になるのでしょうか?

  逆も真なりなので、当然そうなのでしょうし、独島に比べて鬱陵島は遙かに巨大ですから、よく見えるはずですね。
  また、両島間の何れかの地点でも同じ事だと思います。
  「詳聞浦人言 平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」とのことですので、この報告書からは、当時の民間人が欝陵島のみならず独島へも赴き、そこから欝陵島を望めるのだと証言しているようにも読めます。
  そうであれば、現実の独島は東島と西島ならびに無数の岩礁から成りますので、「島嶼」を複数の島々と解釈しても全然違和感がありません。

写真

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2008/05/23 11:41 投稿番号: [16600 / 18519]
>ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)


まあ別に見える見えないはどうでもいいんだけど、とっても不思議なのは、これだけ韓国民にとって関心の高い問題で、鬱陵島にも住人は居るし、多くの観光客が訪れているにも関わらず、捏造の可能性が疑われる有名な1枚以外何故か竹島が見えたという写真を全然見たことがないんですよね。

韓国人の話を聞くと当たり前のように見えるはずなのにね。不思議だなあ(笑)

現代になってそこに竹島が存在することが分かっている上で明確に見ようと思って、多くの人が訪れているのに滅多に見えないものが、数百年の昔、本当にまれに訪れた人が、しかもその存在すら認知していないのに偶然見えてしまう可能性って、どのくらい天文学的な確率になるんでしょうか?

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/23 05:59 投稿番号: [16599 / 18519]
chaamiey様

>「平海蔚珍は鬱陵島から一番近いところだ。」とあることから、彼の関心の範囲は鬱陵島の域を出ないようです。

賛成です。

平海蔚珍 距鬱陵島最近 船路無少礙 鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境   の後に
戊子壬辰 異攘帆穡 漂到高杆境 倭船往來之頻數 可知.
とありますが、倭船往來之頻數していたのは鬱陵島としか読みようがありません。全体の文脈として、接于倭境なのは鬱陵島そのものだと思います。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/22 15:44 投稿番号: [16598 / 18519]
>他人から聞いた、あるいは山に登って確認したなら

鬱稜島の中峰から見たのであれば、
それこそ、竹嶼を「望」としても全く違和感ないですね。
3kmの距離でも「望」を使用してるわけですから。

(1)鬱稜島の高台に登らないと竹島は見えない。
(2)しかし、鬱稜島の高台から見た場合、普通に竹嶼を「望」と表現可。

といことで、「望」をもって竹嶼を排除し、竹島と「断定」することは
不可能となりますね。

まぁ国際法上はno doubtでspecificな証拠が必要なので、
どのみち関係ないんですがね。

Re: hide_tama88 さん(横)

投稿者: fff2252_aho 投稿日時: 2008/05/22 15:10 投稿番号: [16597 / 18519]
>鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、


1452年の高麗史地理志に鬱陵島の説明として、「一云、于山、武陵、本二島、相距不遠、風日清明、則可望見(于山と武陵の2つの島は、互いの距離がそれほど遠くないので、空気が澄み切った日には、望み見る事ができると言われている)」と書かれている。

鬱陵島から、空気が澄み切った日に望見できる島は竹島しかないので、于山島とは竹島のことであると、証明される。

ウルルン島、竹島間は90Km。これは、東京と富士山の距離に当たる。もし、空気透明度が同程度ならば、ウルルン島の高所から竹島を見た場合、東京から富士山を見たときと同程度にくっきり見えるはず。(大きさは違うが。)

海水が冷たくて、大気が暖かいような気象条件によっては、空気の屈折率の影響で、鬱陵島の海岸付近でも竹島が見える可能性がある。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: maku_mari 投稿日時: 2008/05/22 13:28 投稿番号: [16596 / 18519]
)独島から鬱陵島を望んだとの供述を得られた可能性があると見ても良いのではないかと考えています。

鬱陵島では200m以上の高度がないと、竹島は見えないそうですが、
竹島側からなら、どこでも鬱陵島の200m以上の部分は
確認できるという理屈になるのでしょうか?

そういえば、「竹島」から「鬱陵島」を見たという話を聞きませんね。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/22 11:51 投稿番号: [16595 / 18519]
メッセージを消してしまい、失礼しました。

字義の解釈の違いと、いう事になるでしょうか。
私は
「于」は「ここ」でなく、「于山国」(鬱陵島)の意だと思います。

そう読むと
「接于倭境」で「接」の解釈ですが。
私としては、この島嶼を含むにしろ、含まないにしろ、
単に国境であるなら
「于倭境」だけで意味は通じるのですから、
「接」の字をあえて使って、
「まじる」と読むのではないかと思います。
国境は定まっていないという事になるのでしょうか。

「竹島」と考えて
「島嶼相望」を読めば  
「二島が並んでいるのが見える」と解釈すればよいと思いますが。

Re: hide_tama88 さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 11:45 投稿番号: [16594 / 18519]
  文章の内容によって採用すべき字義は異なるのですから、字義だけを部分的に取り出して論ずる意味がないことはご理解いただけると思います。
  総合的に論ずれば宜しいわけですね。

  あとは各々の切り口で様々な見解は有り得るでしょう。
  様々な仮説を立てて検討してみるのも宜しいのではないですか。
  当方は、あくまで可能性ですが、「鬱陵之東 島嶼相望」の「相」は、民間人から聞き取り調査をした結果、鬱陵島から独島(日本名竹島、以下同様)を望むだけでなく、独島から鬱陵島を望んだとの供述を得られた可能性があると見ても良いのではないかと考えています。

hide_tama88 さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:43 投稿番号: [16591 / 18519]
  整理した書き方でなくて申し訳ありませんが、取り敢えずは、以上の説明で宜しいですか。

  普通に解読すれば#16589で示した結論に達するはずですので、それ以前の投稿は、その基本認識下で為されたものとご理解ください。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:22 投稿番号: [16590 / 18519]
  まず第一に「聞いて文章に残した」ことは趙錫命の報告書に、その様に書いてあるので間違い有りません。

  それから趙錫命の報告書自体は、欝陵を倭境と書いてあると解読できるので、当然ここでの島嶼は欝陵島近傍の小島ではなく、必然的に遠くの独島(日本名竹島)でなければなりません。
  これが当方の見解です。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:11 投稿番号: [16589 / 18519]
  個人的な意見ですが、結局趙錫命の報告からは、「島嶼」は独島(日本名竹島)として差し支えなく、「倭境」に接するのは欝陵と読み取れると結論して宜しいでしょう。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: hide_tama88 投稿日時: 2008/05/22 10:06 投稿番号: [16588 / 18519]
本人が確認したのではないとすると、
am_i_aho_1stさんは
「それ以前の上陸者が、高所に登って
「竹島」を確認し、存在を知っており
それを御史趙錫命が、聞いて文章に残した。」と仰るのでしょうか。

それがどうして、この文章から分るのでしょう?
他人から聞いた、あるいは山に登って確認したなら
それを記載しないと、文意が伝わらないですから
報告書として成り立たないと思えますが。
「見える」と書いてあるなら、普通にいつでも見えるものが
そこにあると解釈するのが適当だと思いますけど?
特定の条件下で見えるのなら、それを記載するでしょう。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 10:03 投稿番号: [16587 / 18519]
  家鴨と兎さん
>問題は「接」の訳し方かと思います。「鬱陵之東 島嶼相望 接于倭境」は「鬱陵之東、島嶼を相望み、倭境に接す」という程度でよろしいのではないでしょうか。

>島嶼は、普通でよめば竹島に読めます。ただ「接す」をどう解釈するか。「近い」と考えるべきか倭境に「接している[連なる]」と考えるべきか。ちょっと悩みます。

  概ね同感です。
  ここでは于山島は登場しませんが、仮にここでの島嶼が于山島としても、朝鮮時代の絵図の中には于山島を大于山と小于山に分けて描くものもありますから、島嶼の意味が単独の島であっても、複数の島々であっても違和感はありません。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/05/22 09:09 投稿番号: [16586 / 18519]
>当時の欝陵島には島民はいないのですから、自分で確認するしか
ないと思いますがね。

  ここでも根本的に思い違いをされているようですね。
  当時の欝陵島には島民はいませんが、空島政策で定住者がいないだけの話で、漁民や薬草採取のため渡ることは事実上黙認されていたのですが。
  推論の前提となる事実関係に根本的な思い違いがあるようですので、残念ながら貴方のご見解を検討すべき理由はないようです。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/05/22 01:49 投稿番号: [16585 / 18519]
>『望』の字は単に見ると言う意味ではなくて、ない物や見えない所を見ようとす
>る意を含んでいます(詳しくは「漢字源」等を参照ください)。一般には遠くの
>ものは見え難いので、見え難い遠方を見るという意味で使われます。近くのもの
>に『望』をあまり使う事は無いでしょう。このため、chukdoと解釈することは、
>ちょっと苦しいかと思います。

いいえ、辞書的な解説はともかく、現実には殆ど単に見る、見える、眺める程度の意味です。
朝鮮水路誌には「北東東側に於て竹嶼を南南西1 1/4西凡そ2 3/4里に望む」とありますし、軍艦天城の報告には「航走二十里、即ち松島を距る凡そ二里の處に達し、該島の中部を正南に望む。」とあります。
鬱陵島からわずか二里(約3.6km)で鬱陵島が「見えがたく」なるはずはありません。

>『島嶼』とは、『しま、島々』のことを意味します(詳しくは「広辞苑」等を
>参照ください)。漢語には、同じような意味の漢字2つを組み合わせて作られ
>た単語が有ります。島嶼もその類です。これは、『島』や『嶼』と解釈するの
>であって、『島』と『嶼』の両方があるという意味に解釈する必要はありませ
>ん。もちろん、両方ある場合も、島嶼といいます。
>一つの島なのか群島なのか判定が難しい場合や、区別する必要が無いときに島
>嶼と言います。このため、現・竹島を島嶼と言わないとする解釈は成り立たな
>いでしょう。

鬱陵島からLiancourt Rocksはめったに見えないのですから、海岸付近からでも見える竹嶼他をここでいう「島嶼」に比定するのが自然な読み方です。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: narumaku61 投稿日時: 2008/05/22 00:48 投稿番号: [16584 / 18519]
>ない物や見えない所を見ようとする意を含んでいます。

「望」の字は、意識して見る事を言うので、
あまり距離云々は関係ないと思いますよ。

初めから遠くを見るという意味を含んでいるなら、
「遠望」なんて言葉は必要ない訳で・・。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」の島は朝

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/05/21 23:45 投稿番号: [16583 / 18519]
>近くのものに『望』をあまり使う事は無いでしょう。
>このため、chukdoと解釈することは、ちょっと苦しいかと思います。

鬱陵島の東、「3km程度」のところに停泊して三仙岩を「望み見た」
らしいですよ。

成宗 72卷, 7年10月27日 丁酉
二十五日西距島七八里許, 到泊望見, 則於島北有三石列立

他にも、こういのがあるね。

成宗 19卷, 3年6月12日 丁丑
向東南, 望見武陵島, 可十五里, 復遇大風, 船纜絶, 漂流大洋中, 不知東西者七晝夜。

成宗 68卷, 7年6月22日 癸巳
又於乙未五月, 漢京等六人向此島, 距七八里許, 望見阻風, 竟不得達。

Re: 「欝陵之東島嶼相望接于倭境」

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/05/21 23:29 投稿番号: [16582 / 18519]
puracyaka2007さん、

  朝鮮半島から見て鬱陵島の向こう側には竹島(chukdo)、観音島、その他の岩、そして遠くに竹島(Liancourt Rocks)があるわけなので、強引に読むなら読めないこともないかと思いました。そのことを強調したいわけではありません。



lib_1964_1982さん、

  「眼前に望む」、「遥かに望む」、「望」の使い方もいろいろあるようで、そこに込められた距離感はやはり場合によりけりでしょう。

  方角についてですが、「欝陵之東島嶼相望接于倭境」という情報のもとをたどれば、それは現地鬱陵島の状況を良く知っている者から出たはずですね。そして、その人物が竹島(Liancourt Rocks)の存在を知っていたと仮定しての話ですが、竹島のことを説明するときに「鬱陵島の東にある」とは言わないと思います。












  これは メッセージ 16571 puracyaka2007 さん及びメッセージ 16577 lib_1964_1982さんに対する返信です。
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