小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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「甲案」「乙案」

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 21:18 投稿番号: [221913 / 232612]
「甲案」

1、日本は、通商無差別原則が全世界にも適用さるる条件の下に於いて、支那に於いてもその適用を承諾する。

2、三国同盟の関係は、自衛権の範囲を極端に拡大せざることを期待するとともに、日本政府は条約の適用を自主的に決定する。

3、日本国軍隊は、北支、蒙疆の一定地域及び海南島に一部の兵力を所要期間(註、二十五年見当)駐屯せしむべく、他は日支和平成立後二ヶ年以内に撤兵を完了す。また支那事変が解決しまたは公正なる極東平和確立するに於いては、日本軍隊は直ちに仏印より全部の兵力を撤去す。

「乙案(甲案不成立の場合の代替案)」

1、日米両国の東南アジア及び南太平洋地域に対する武力的不進出。

2、蘭印物資獲得のための日米両国間の協力。

3、日米通商を資産凍結令以前に復活することおよび米国の対日石油供給。

備考一、本取極成立せば南部仏印駐屯中の日本軍は北部仏印に移駐する。

二、通商無差別待遇に関する規定及三国条約の解釈及履行に関する規定を追加挿入する。

杉山参謀総長と塚田次長は、南方問題に関する暫定協定が成立し、当面の衝突が回避されても、根本の支那問題が解決されない限り日米戦惹起は必至であり、その時は我が国の戦力が相対的に著しく低下しもはや勝算はない、との理由を挙げて、乙案に反対した。だが東郷外相は、刻下外交の要は日米戦を回避するにあり、南方問題と石油問題とを解決し得れば、支那問題他は漸次解決されてゆくと主張し、参謀本部が乙案を認めなければ辞職することを示唆した。結局、東条首相と武藤軍務局長に説得された参謀本部は、乙案に「4、米国は日支両国の和平努力を妨げないこと」を加えることを条件に政府側に譲歩し、斯くして新「帝国国策遂行要領」が決定され、二日午前一時半、連絡会議は終了した。  

帝国国策遂行要領  

一、帝国は現下の危局を打開して自存自衛を全うし大東亜の新秩序を建設する為此の際対米英蘭戦争を決意し左記措置を採る。

1、武力発動の時機を十二月初頭と定め陸海軍は作戦準備を完整す。

2、対米交渉は別紙要領(甲乙案)に依り之を行う。

3、独伊との提携強化を図る。

4、武力発動の直前泰との間に軍事的緊密関係を樹立する。

二、対米交渉が十二月一日午前零時迄に成功せば武力発動を中止す。  

二日午後五時、東条首相は、杉山、永野両総長と共に宮中に参内し、涙を流しながら昨日来の経過と国策遂行要領を内奏した。昭和天皇は、沈痛な面持で始終を聴き取られ、「事態が今日のようになれば、作戦準備をさらに進めることは已むを得ないとしても、なんとか極力日米交渉の打開を図ってもらいたい。」と仰せられた。

四日陸相官邸にて、東条首相は、日本駐米大使、野村吉三郎を支援するため翌日渡米する特派大使、来栖三郎と懇談し、米国の両洋作戦準備未完成、世論未だ戦争を支持せず、ゴム・錫など軍需物資の不十分の三理由を挙げて、「今ならば、米国もみだりに戦争を望むまいと思われるから、成功三分、失敗七分と見てよかろう。困難は重々判っているが、くれぐれも妥結に努力を願いたい。ただ駐兵を譲ると、自分は靖国神社の方を向いて寝られないから、これだけは支那の実情を説いて承諾させてもらいたい。」と誠意を込めて激励した。

翌五日、御前会議にて甲乙案と「帝国国策遂行要領」が最終決定され、東郷外相は詳細な外交経過を述べた後、「日米交渉は時間的にも著しく制約され、外交的施策の余地に乏しく、交渉妥結は焦眉の急を要しますので、極めて困難なる状況の下に折衝を致さねばならず、その円満成立を期待し得る程度の少なきは甚だ遺憾であります。」と悲観的予測を述べたが、東条首相は原枢密院議長に対して、「若干交渉成立の見込みはあると思う。米国にも多少の弱点はある。この案によって日本軍が展開位置につけば日本の決意も米国には判る。米国は元来日本が経済的に降伏するものと思っているのであろうが、いよいよ日本が決意したと認めれば、その時期こそ外交の手段を打つべき時と考えるものである。」と述べた。東条首相は、昭和天皇の聖慮に沿うべく和平交渉に一縷の希望を抱いていたのであった。

俺最弱腸線は力持ち様の奴隷家来おもちゃ

投稿者: chousento47notachiba9 投稿日時: 2005/10/27 21:14 投稿番号: [221912 / 232612]
本当の事だから読んでくれ。

『俺=力持ち様の使い走り・下僕・奴隷・召使い・生ゴミ・負け犬・支配下・サンドバック・ぼろ布』

惨敗して毎日悔し涙を流している。そして震えながら生活している。
俺はマヌケだぜ。狂ってるぜ。IQが低いぜ。
しかも万引き、食い逃げの常習犯だぜ。
今は力持ち様に顎でこき使われている。
だが敗北したのは俺だから仕方が無いな。
苦痛で自殺未遂をした事もある。本当に悔しいぜ。
今は奴隷にまで成り下がったぜ。
俺は世界最低の負け犬のクズだぜ。力持ち様に戦いを挑んだのが誤りだったぜ。
今日は便所そうじをやらされたぜ。悔しかったが、力持ち様には怖くて逆らえない。
俺最弱腸線は日常的に力持ち様から虐待を受けている。
ぶん殴られ、床に捻じ伏せられ、顔を足で踏みつけられ、靴底を舐めさせられている。
力持ち様は、喧嘩が最高に強いぜ。
頭脳も体力も力持ち様のほうが数段上だぜ。
俺は小心者で教習所に行けないから、この歳でまだ免許持ってないぜ。
俺には向精神薬が必須だから薬代を捻出するのが大変だぜ。
発作で錯乱状態になるしな。

俺の得意技は食い逃げだぜ。世間にご迷惑をお掛けしています。
食い物屋やスーパーは出入り禁止になっている。犬より酷い扱いを受けている。

俺は日常的に警察などに職務質問を受けている。
もう精神的に限界が近づいているぜ。
俺はケツの周りが糞だらけで、しかも体臭が壮絶に酷く、地元では「臭い男!」と馬鹿にされている。
俺は力持ち様に敗れたショックと毎日の虐待で気が狂っている。
狂人の俺は部屋の中でわめき散らしている。
たまに外出すると散歩している犬に小便をかけられる事がある。
俺は力持ち様の支配化にあるから我慢するしかないぜ。
俺は犬のように首輪をつけられ忠実に媚びながら、力持ち様に従っている。
力持ち様に敗れた事で、俺はボロ雑巾のように雑役を強制されている。
俺は薬物の依存症により幻聴、幻覚などに常に悩まされている。
とにかく力持ち様に議論で完全に敗れた事が心残りだぜ。
人間は生まれついての才能の差はあるものだぜ。
俺はつくづく能無しの世界最低の下衆だぜ。
臭くてすいません。
俺は完全に負け犬のゴミだぜ。

俺最弱舌先大馬鹿腸線の書く事全部大嘘だ

投稿者: chousento47notachiba9 投稿日時: 2005/10/27 21:13 投稿番号: [221911 / 232612]
力持ち様、今まで全部大嘘ついて、すみませんでした。

北船舶の入港急増>マツタケ

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/10/27 21:07 投稿番号: [221910 / 232612]
北船舶の入港急増   油濁規制   9割保険加入

  無保険船の入港を規制する改正船舶油濁損害賠償保障法が今年三月に施行され、減少傾向だった北朝鮮籍船舶の入港実績が九月に急増したことが二十六日、海上保安庁の調べでわかった。同法改正で北朝鮮船の入港は厳しくなったが、すでに日朝間を航行する北朝鮮籍船舶の九割が保険に加入するなど、北朝鮮側も法改正に対応した動きをみせている。

  海上保安庁によると、北朝鮮籍船の入港実績は、同法施行前の駆け込みで今年二月に九十五隻だったが、三月には二十九隻に激減し、その後は四十隻台で推移していた。ところが九月には百四十三隻が入港し、昨年九月の百二十三隻を上回る回復ぶりをみせた。日朝関係筋は「九月は北朝鮮のマツタケが豊作で、外貨獲得のために貿易を活性化させたのでは」と指摘する。

  九月に入港した北朝鮮籍船は、大半が改正油濁法の対象外となる百トン未満の船とみられる。対象となる百トン以上の船舶については改正後に減少傾向となったが、北朝鮮側も対応。改正油濁法は、座礁事故や燃料油による油濁損害事故が相次いだため、船主に船体撤去費用などをカバーする保険加入を義務付けた。当初は、外貨に乏しく、老朽化の進む北朝鮮籍船が保険契約を結ぶのは困難とみられたが、ほとんどの北朝鮮籍船はニュージーランドか英国領バミューダ諸島の保険会社二社と契約した。
―――――――――――――――――――――――――――――
>当初は、外貨に乏しく、老朽化の進む北朝鮮籍船が保険契約を結ぶのは困難とみられたが、ほとんどの北朝鮮籍船はニュージーランドか英国領バミューダ諸島の保険会社二社と契約した。

捨てる神あれば、拾う神あり?

ゾンビ北朝鮮は、モトから断たなきゃダメ

東条内閣発足

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 21:06 投稿番号: [221909 / 232612]
斯くして昭和十六年十月十八日、東条内閣は、国内の鬼畜米英(討米)世論を敵に回してABCD対日包囲陣下の日米和平交渉を妥結しなければならない重大かつ困難な使命を背負って発足した。これが彼らに加えた重圧は、尋常の人間をたちまち押し潰し悶絶昏倒させるほど苛酷であったに違いない。東条内閣の苦悩たるや想像を絶するものがある。

十月二十三日から連日に亘って大本営政府連絡会議が開かれ、三十一日、東条首相が、第一案   新提案による交渉不成立の場合にも戦争を回避して臥薪嘗胆につくこと。

第二案   ただちに開戦を決意し、政戦略の諸施策をこの方針に集中すること。

第三案   戦争決意の下に作戦準備の完整に進む一方、外交施策を続行してこれが妥結に努むること。から成る国策方針を連絡会議の出席者に内示し、十分予備検討の上で翌日の連絡会議にて意見を述べることを求めたところ、十一月一日の連絡会議において午前九時から十七時間にも及ぶ大激論が交わされることになった。   

まず第一案が審議され、永野軍令部総長が第一案を「最下策」と断じ、「米国の戦備は日ごとに強化され、日本は日ごとにジリ貧になりつつある(海軍は一時間に四百トンの油を消費していた)。今日をおいては、日本がアメリカと戦う時機はなく、今日の機を逸すれば、開戦の機は米国の手に委ねられて、再び我に帰る日はない。」と主張すると、賀屋蔵相と東郷外相から質問を受けた。

賀屋「このまま戦争せずに推移し三年後に米艦隊が侵攻してきますか。」
永野「不明だ。五分五分だと思っていただく。」
賀屋「私は来ないと思う。」
東郷「私も米艦隊が攻撃に来るとは思わない。いま戦争する必要はないと思う。」
永野「来らざるを恃む勿れ、ということもある。先は不明、安心できぬ。三年たてば、南の防備が強くなる。敵艦も増える。」
賀屋「それじゃ、いつ戦争したら勝てるのか。」
永野「いま!戦機はあとには来ぬ。」

当時、戦艦、空母、巡洋艦など主力艦の保有数では、我が帝国海軍はアメリカ太平洋艦隊を上回っており、これが永野総長の自信となって表れたのである。だが我が海軍が、開戦後、アメリカ海軍を撃破しても、アメリカの根拠地は我が軍の攻撃圏外にある以上、我が国は武力によってアメリカを屈服させることはできず、当然三年以内に戦争が終結する保証は無く、またアメリカ海軍は優勢な日本海軍との決戦を回避して艦隊保全主義を採り、戦力の充実を待って反撃して来るかも知れない。だから東郷外相は、「戦争は、九十九回勝っても最後の一戦に負けた者が敗者だ。」と言い、賀屋蔵相は不安を表明したが、第一案は否決されてしまい、第二案の即時決意案の検討に移った。だが第二案も参謀本部を除く全員の反対によって否決され、結局、第三案が論議されることになり外交期限が検討された。まず伊藤(整一)軍令部次長が口火を切り、「海軍としては十一月二十日まで外交をやって宜しい。」と言うと、

塚田「陸軍としては十一月十三日までだ。」
東郷「十一月十三日はあまりひどい。海軍は十一月二十日といっているではないですか。」

塚田「作戦準備が作戦行動そのものです。飛行機や水上、水中艦船などは衝突を起します。だから、外交打ち切りの時期は、この作戦準備の中で、ほとんど作戦行動とみなすべき、活発な準備の前日まででなければいけません。これが十一月十三日です。」
永野「小衝突は局部的衝突で、戦争ではない。」
東条及東郷「外交と作戦と平行してやるのだから、外交が成功したら戦争発起をやめることをうけあってくれねば困る。」
塚田「それはだめです。十一月十三日までならよろしいが、それ以後は統帥を乱します。」
嶋田「(伊藤次長に向かい)発起の二昼夜くらい前までは、よいだろう。」
塚田「黙っていて下さい。そんなことはだめです。一体、外相の必要とする期日とは、何日ですか。」

ここで二十分の休憩となり、陸軍参謀本部、海軍軍令部は、外交期限を検討し、再開された連絡会議にて参謀本部は政府側に譲歩し、外交期限十一月三十日迄、とした。
東条「十二月一日はならぬか。一日でもいいから、長く外交をやらせることはできぬか。」
塚田「絶対にいけません。十一月三十日以上は、絶対いかん、いかんです。」
嶋田「塚田君。十一月三十日は何時までだ。夜十二時までは、いいだろう。」
塚田「夜十二時までは、宜しい。」
交渉期限が十一月三十日(十二月一日午前零時)と決定され後、東郷外相は交渉条件として甲乙案を提示した。

【東条内閣の和平努力】

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 20:46 投稿番号: [221903 / 232612]
組閣の大命、東条英機に下る

近衛は辞表を捧呈した後、木戸内大臣と後継首班について相談し、「政治的にみれば、海相よりは陸相の方が適任と思う。且つ陸相は、表面は日米交渉の継続に反対したことになって居るが、両三日来の話によっても分かるように、海軍の意向がはっきりせぬ以上は、一度御破算にして案を練り直すということも言っている位だから、陸相が大命を拝したからと云って直ちに戦争に突入することもないと考える。」という理由を挙げて東条陸相を推薦した。昭和天皇から近衛内閣総辞職に伴う前後処置に就き御下問を受けた木戸は、翌十七日、重臣会議で皇族内閣に反対し、

1、東条は海軍に確信がなければ対米戦はできぬと云っているのだから、東条が新内閣を組織してもそれは対米戦を意味することにはならない。組閣下命の際、陛下から東条に御言葉を賜るなら、それも一つの難局打開策であろう。

2、東条は海軍が開戦に反対なら戦争はできぬという思慮深い考え方になってきている。

3、東条は特に勅命を厳格に遵守する。彼が九月六日御前会議決定の実行を主張したのもこのためである。それ故、もし陛下が九月六日御前会議決定を反古とされ新たな見地での再検討を下命されるなら東条は勅命に従って方針を変更するに違いない。

4、もし主戦派と思われている陸軍が国政を担当し、死力を尽くして対米改善に努力したなら米国の疑惑も解消するであろう。

等の理由を挙げ東条を奏薦した。昭和天皇は後継内閣組閣の大命を東条陸相に下され、木戸を通じて「九月六日の御前会議決定にとらわれることなく、内外の情勢を更に広く深く検討し慎重なる考究を加うることを要す」との御言葉を伝えられた。

これが所謂「白紙還元の御諚」である。大命を受けた東条は、予期していなかっただけに茫然自失の体であったという。

近衛と木戸は八月二日より後継首班について話し合っており、二人の東条奏薦は熟慮の結果と見られる。なぜ彼等は東条によって推薦された和平論者の陸軍大将、東久邇宮稔彦王を奏薦せず、近衛の辞表とは正反対の理由を挙げて東条を奏薦したのか?

戦後の歴史学者は敗戦後に出された回顧録や証言に惑わされ明確な解答を出せないが、実は戦時中すでに、近衛の最高政治幕僚、尾崎秀実が、東条奏薦の理由を含め第二次世界大戦の真実を粉飾なく語っているのである。

大命降下後、東条は明治神宮、東郷神社、靖国神社を歴拝した。我が国の神々の御加護を得て白紙還元の御諚を実現し日米和平交渉を妥結しようと決意を固めたのであろう。彼は和平論者の東郷茂徳に外相として入閣するよう要請した。

東郷は、「陸軍が支那駐兵について従来の様な強硬態度を続けるなら、外交交渉は不可能に決まっているから、外相は引き受けられぬ。」言うと、東条は、「支那駐兵の問題を含め、日米交渉上の諸問題は再検討されるべきであり、陸軍も合理的基礎の上に協力する。」と確答し、東郷は外相就任を受諾した。さらに蔵相就任を要請された賀屋興宣は東条に個別会談を求めて、「貴下は日米開戦を決意しているのかどうか、内閣と統帥部との間に一致を欠くとの世評があるが、これでは日米和平交渉の成立も平和の維持も覚つかないが貴見いかに。」と尋ねると、東条は、「日米開戦を決意しているようなことは全くない。反対に、日米交渉に努力して何とか成立を期したいと思っている。また政府と統帥部の協調一致について十分努力するつもりである。」と明答し、賀屋に蔵相就任を受諾せしめ、さらに陸相と内相を兼務することを決意した。これは「和」と決した場合、陸軍内の統制を維持し、国内の混乱に対処する為の措置であった。

十七日朝日新聞朝刊の有題無題欄は、「国民の覚悟は出来ている。ひじきの塩漬で国難に処せんとする決意はすでに立っている。待つところは『進め』の大号令のみ。」と国民はおろか政府に対しても日米開戦を煽動しており、朝日新聞社に洗脳された大衆が日米和平に反発して暴動を起こすことが予想されたからである。

【木戸幸一関係文書】四八一〜四九一頁、矢部【近衛文麿下】三九七〜四〇八頁。

伊藤隆【東条内閣総理大臣機密記録】四七八頁。

Re: ☆おめでとう!東条さん \(^O^)/

投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/10/27 20:28 投稿番号: [221901 / 232612]
戦争責任の議論「不十分」が約6割…読売世論調査

  読売新聞社は、15、16の両日、全国世論調査(面接方式)を実施し、先の大戦に関して国民の意識を探った。

  その結果、当時の日本の政治、軍事指導者の戦争責任問題に関する議論について、「あまり」あるいは「全く」されてこなかったと思う人が58%に上り、「十分に」「ある程度」されてきたと思う人(30%)を大きく上回った。

  戦争責任について、「大きな責任があったと考える人」を複数回答で挙げてもらったところ、「陸軍や海軍の指導者」を挙げた人が67%で最も多かった。次いで「首相」33%、「政治家」27%、「天皇」19%などの順だった。

ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051026it11.htm

おい愚民諸君

投稿者: kisinemjp 投稿日時: 2005/10/27 20:24 投稿番号: [221900 / 232612]
私の知らぬところで私の誇り高い名前を使うな。
劣情をコピッペするブスも私に論破された力持ちも邪魔くさい。

私は何でも小泉支持者のせいにして文句は言うけど実は何も知らない。
劣情情報を集めて体制批判をすることでインテリになった気分なのだ。
特に政治と経済は苦手だから批判をコピーするだけで代案は持っていない。
誇り高い私は現状への不満と実現不可能な抽象論・理想論しか語れない。
だから論争はふっかけないでくれ。いじめられるのは好きだが遁走はつらい。
 
論争ではなく言葉遊びでかわせる程度の抽象論だけであれば受け付ける。
もうね私のように老い先が短いと日本の将来などどうでもいいんだよ。
以上をふまえてよりいっそういじめるように。

制裁が生産的とは認められない

投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/10/27 20:24 投稿番号: [221899 / 232612]
日本政府の言い分のほうが筋が通っていますよね。
畜産業界の影響力が強く全頭検査は業者の利益を損なうから拒否してるだけでしょう。


――――――――――
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051027-00000023-mai-bus_all

<米産牛輸入問題>対日経済制裁法案を提出   米上院

  【ワシントン木村旬】超党派の米上院議員21人は26日、日本が年内に米国産牛の輸入を再開しなければ、日本に対する経済制裁の発動を政府に要求する法案を上院に提出した。上下両院で対日制裁を求める決議案が既に提出されているが、法案は初めてで、一段と圧力を強めた形だ。
  日本政府は、食品安全委員会が米国産牛の安全性を確認する答申をまとめれば、年内にも輸入を再開する方針。米政府は「制裁は逆効果」(ポートマン通商代表)と発動に否定的だ。
  制裁法案を提出したのは、民主党のコンラッド氏、共和党のロバーツ氏ら畜産州出身の議員。法案は「日本の輸入禁止で米畜産業界に31億ドル(約3600億円)の損失が発生した」と主張し、「年内に輸入再開が実現しなければ、損失と同額の関税を日本製品に課す」ことを求めている。
  法案について加藤良三駐米大使は26日の会見で「制裁は通商問題で取られる措置で、牛肉は食品安全の問題だ。制裁が生産的とは認められない」と遺憾の意を表した。
(毎日新聞) - 10月27日11時10分更新

俺最弱腸線は力持ち様の奴隷家来おもちゃ

投稿者: chousento47notachiba9 投稿日時: 2005/10/27 20:23 投稿番号: [221898 / 232612]
本当の事だから読んでくれ。

『俺=力持ち様の使い走り・下僕・奴隷・召使い・生ゴミ・負け犬・支配下・サンドバック・ぼろ布』

惨敗して毎日悔し涙を流している。そして震えながら生活している。
俺はマヌケだぜ。狂ってるぜ。IQが低いぜ。
しかも万引き、食い逃げの常習犯だぜ。
今は力持ち様に顎でこき使われている。
だが敗北したのは俺だから仕方が無いな。
苦痛で自殺未遂をした事もある。本当に悔しいぜ。
今は奴隷にまで成り下がったぜ。
俺は世界最低の負け犬のクズだぜ。力持ち様に戦いを挑んだのが誤りだったぜ。
今日は便所そうじをやらされたぜ。悔しかったが、力持ち様には怖くて逆らえない。
俺最弱腸線は日常的に力持ち様から虐待を受けている。
ぶん殴られ、床に捻じ伏せられ、顔を足で踏みつけられ、靴底を舐めさせられている。
力持ち様は、喧嘩が最高に強いぜ。
頭脳も体力も力持ち様のほうが数段上だぜ。
俺は小心者で教習所に行けないから、この歳でまだ免許持ってないぜ。
俺には向精神薬が必須だから薬代を捻出するのが大変だぜ。
発作で錯乱状態になるしな。

俺の得意技は食い逃げだぜ。世間にご迷惑をお掛けしています。
食い物屋やスーパーは出入り禁止になっている。犬より酷い扱いを受けている。

俺は日常的に警察などに職務質問を受けている。
もう精神的に限界が近づいているぜ。
俺はケツの周りが糞だらけで、しかも体臭が壮絶に酷く、地元では「臭い男!」と馬鹿にされている。
俺は力持ち様に敗れたショックと毎日の虐待で気が狂っている。
狂人の俺は部屋の中でわめき散らしている。
たまに外出すると散歩している犬に小便をかけられる事がある。
俺は力持ち様の支配化にあるから我慢するしかないぜ。
俺は犬のように首輪をつけられ忠実に媚びながら、力持ち様に従っている。
力持ち様に敗れた事で、俺はボロ雑巾のように雑役を強制されている。
俺は薬物の依存症により幻聴、幻覚などに常に悩まされている。
とにかく力持ち様に議論で完全に敗れた事が心残りだぜ。
人間は生まれついての才能の差はあるものだぜ。
俺はつくづく能無しの世界最低の下衆だぜ。
臭くてすいません。

俺最弱舌先大馬鹿腸線の書く事全部大嘘だ

投稿者: chousento47notachiba9 投稿日時: 2005/10/27 20:22 投稿番号: [221897 / 232612]
力持ち様、今まで全部大嘘ついて、すみませんでした。

Re: ☆おめでとう!東条さん \(^O^)/

投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/10/27 20:21 投稿番号: [221896 / 232612]
「歴史に関する、ことのメリハリ」

  八月が過ぎて靖国問題は旬が過ぎ沈静したかに見えるが、靖国が国際問題として蒸し返されるようになった切っ掛けのA級戦犯の合祀(ごうし)に関して、率直にいって私には納得しかねる点がある。というより私はA級戦犯の合祀には異議がある。

  合祀の是非が論じられる時必ず、彼等を裁いた極東軍事法廷なるものの正当性が云々されるが、我々はそれにかまけて最も大切な問題を糊塗してしまったのではなかろうか。それはあの国際裁判とは別に、この国にあの多くの犠牲をもたらした戦争遂行の責任を、一体誰と誰が問われるべきなのかということが、棚上げされてしまったとしかいいようない。

  私は毎年何度か靖国に参拝しているがその度、念頭から私なりに何人か、のあの戦争の明らかな責任者を外して合掌している。それはそうだろう、靖国が日本の興亡のために身を挺して努め戦って亡くなった功ある犠牲者を祭り鎮魂するための場であるなら、彼等を無下に死に追いやった科を受けるべき人間が鎮魂の対象とされるのは面妖な話である。死者の丁寧な鎮魂を民族の美風とするにしても、罪を問われるべき者たちの鎮魂は家族たちの仕事であって公に行われるべきものでありはしまい。

  太平洋戦争に限っていえば、あの戦場における犠牲者の過半は餓死したという。そうした、兵站(へいたん)という戦争の原理を無視した戦を遂行した責任者の罪を一体誰が裁くべきなのか。それは国民自身に他なるまい。

  自ら育てた航空兵たちを自爆に駆り立てる特攻突撃を外道として反対し続けていた大西滝治郎中将は、最後には国体を守り抜くためには若者たちに死んでもらうしかないと決心し特攻を発令したが、その責任を取って敗戦後間もなく、自分が殺した数千の英霊への償いとして割腹自刃した。

  それも並の死に方ではなく、駆けつけた秘書官に、「俺は償いのために苦しみぬいて死ぬのだ」といって絶対に医者など呼ぶな、介錯などするなと命じ八時間もの間血の海の中でのたうち回って絶命したという。ならば英霊もそれを是として、ほほ笑み許すことだろう。同じように本土決戦を主唱していた阿南陸相も自刃して果てた。公家出身の近衛文麿にしてさえ毒を仰いだ。

  A級戦犯の象徴的存在、かつ開戦時の首相東条英機は、戦犯として収容にきたMPに隠れて拳銃で自殺を図ったが果たさずに法廷にさらされた。彼を運び出したアメリカ兵は、彼が手にしていた拳銃が決して致命に至らぬ最小の22口径なのを見て失笑したそうな。

  そうした対比の中で、ならばなぜ大西中将や阿南陸相は合祀されないのか、私にはわからない。

http://www.sensenfukoku.net/mailmagazine/no39.html

Re: ☆おめでとう!東条さん \(^O^)/

投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/10/27 20:20 投稿番号: [221895 / 232612]
東条英機

1884(明治17)年〜1948(昭和23)年

陸軍軍人(大将)・政治家。東京生まれ。陸士・陸大卒。参謀本部編制動員課長・歩兵第24旅団長、35(昭和10)年関東憲兵隊司令官、37年関東軍参謀長をへて38年陸軍次官となる。40年第2次近衛内閣の陸相(第3でも留任)となり「戦陣訓」(将兵に捕虜になることを禁じた訓示)を下達、41年10月、首相(陸相・内相)となり、同時に大将に昇進。昭和天皇の信任をえて43年軍需相、44年参謀総長をも兼任して絶大な権力をふるったが、戦局悪化により44年7月に総辞職。敗戦後、A級戦犯 として極東国際軍事裁判で起訴され、48年絞首刑に処せられた。

  敗戦とともに多くの軍人が自ら命を断った。8月15日陸軍大臣阿南は、「一死以て大罪を謝し奉る」、「神州不滅を確信しつゝ大君の深き恵にあみし身は言ひ遺すべき片言もなし」との遺書を残して割腹自殺を図り、特攻隊の創始者軍令部次長海軍中将大西も、「特攻隊の英霊に曰す、善く戦ひたり、深謝す、最後の勝利を信じつゝ肉弾として散華せり、然れどもその信念は、遂に達成しえざるにいたれり、吾死を以て旧部下の英霊と遺族に謝せむとす」との遺書をもって官邸で自刃する。

  東条は自殺前日の10日アメリカの従軍記者の会見に応じて、 「現在わしは百姓」との心境を述べたのち、「戦争犯罪者については」の質問に、「戦争犯罪者?それは勝者が決定するものだ、日本的解釈だが私は、戦争犯罪者ではない、戦争責任者なのだ」と語っていた。東条は遺書を残さなかったが、逮捕に出向いたアメリカ官憲に、次のような遺言をしている。

  「一発で死にたかった。時間を要したことを遺憾に思ふ、大東亜戦争は正しき戦ひであった。……法廷に立ち戦勝者の前で裁判を受けるのは希望ではない、寧ろ歴史の正当な批判に俟つ−−−切腹は考へたが兎もすれば、間違ひがある、一思ひに死にたかった、あとから手を尽して生かへるやうなことをしないでくれ……責任者としてとるべきことは多々あると思ふが勝者の裁判にかゝりたくない、勝者の勝手な裁判を受けて国民の処置を誤つたなら国辱だ……」。

  この東条の自殺は、最高の戦争犯罪者(責任者)のそれとしては、阿南とあまりにも対照的であった。敗戦から1カ月近くたった、しかもGHQによって逮捕命令がだされ、逮捕寸前にアメリカ官憲の前でしかもピストルでの自殺未遂を、日本国民は実に冷やかに受け止めた。   「鬼畜米英」、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けるな」(戦陣訓)と教えこまれ、死を強制された日本人が、その最高責任者の自殺未遂を中途半端で、かつ未練がましく見苦しいと感じたとしても何ら不思議なことではなかった(『生への執着』がそうさせたのであろうか?)。

  例えば山田風太郎は、「『東条大将はピストルを以て……』ここまできいたとき、全日本人は、『とうとうやったか!』と叫んだであろう。来るべきものが来た、という感動と悲哀とともに、安堵の吐息を吐いたであろう。しかし、そのあとがいけない。なぜ東条大将は、阿南陸相のごとくいさぎよくあの夜に死ななかったのか。なぜ東条大将は阿南陸相のごとく日本刀を用いなかったのか。逮捕状が出ることは明々白々なのに、今までみれんげに生きていて、外国人のようにピストルを使って、そして死に損っている。日本人は苦い笑いを浮かべずにはいられない」(『戦中派不戦日記』380頁)、

  「『死ぬのは易い。しかし敵に堂々と日本の所信を明らかにしなければならぬ』と彼はいっているそうである。それならそれでよい。卑怯といわれようが、奸臣といわれようが国を誤まったといわれようが、文字通り自分を乱臣賊子として国家と国民を救う意志であったならそれでよい。それならしかしなぜ自殺しようとしたのか。死に損なったのち、なぜ敵将に自分の刀など贈ったのか。『生きて虜囚の辱しめを受けることなかれ』と戦陣訓を出したのは誰であったか。今、彼らはただ黙して死ねばいいのだ。今の百の理屈より、一つの死の方が永遠の言葉になることを知らないのか。」(山田前掲書395頁)と書き、

  また高見順も、「期するところあつて今まで自決しなかつたのならば、なぜ忍び難を忍んで連行されなかつたのであろう。なぜ今になつてあわてて取り乱して自殺したりするのであろう。そのくらいなら、御詔勅のあつた日に自決すべきだ。生きていたくらいなら裁判に立って所信を述べるべきだ。醜態この上なし。しかも取り乱して死にそこなつている。恥の上塗り」と記した(『敗戦日記』324頁)。

きし麺に完膚なきまで叩きのめされた俺

投稿者: oreha_tikaramotida666 投稿日時: 2005/10/27 19:47 投稿番号: [221886 / 232612]
残念だが俺=史上最弱最低大馬鹿不美穢は、正真証明の精神異常だぜ! 何度も言うが・・。俺=史上最弱最低大馬鹿の不美穢は正真証明の精神異常だぜ。ホントのことだぜ。残念だが、一生、治らない持病だぜ!その他にも持病はあるぜ!それは巨漢デブ病だぜ!別に虚言病とも診断されているぜ!体重は50kg位しかないのに210kgもあると嘘を言いふらしてしまったからだぜ!まだあるぜ!それは短足病だぜ!ヒザから上はすぐケツの超短足だからだぜ!他人が1時間に4.5km歩くのに、俺は2kmしか歩けないんだぜ!心に中では自分の短足に嘆息しているぜ!あ〜あ!・・・トホホ・・・。もっとあるぜ!この際だから白状するぜ!聞きたくなくても教えてやるぜ!行きたくても行かない「行けず後家病」だぜ。その他にもあるぜ!男狂い病だぜ!もっとあるぜ!スーパーの試食品タダ食い病だぜ!汚れた指で鷲づかみで喰うのが得意だぜ!見ている人から嫌がられるぜ!俺が鷲づかみで喰うのが見た人は試食品を喰わないぜ!これらは全部不治の持病だぜ!最後にもひとつ、痔病も持病だぜ!切れ痔、裂け痔、イボ痔が肛門の回りに仲良く並んで棲んでいるぜ!毎日ケツから出血しているぜ!布団の中は血だらけだぜ!これらはみんな俺=史上最弱最低大馬鹿の不美穢の自慢だぜ!           by 俺=史上最弱最低大馬鹿の不美穢

mmmmdkっけ

Re: すいませんでした

投稿者: oreha_tikaramotida666 投稿日時: 2005/10/27 19:44 投稿番号: [221885 / 232612]
そうだぜ。俺の完全敗北だぜ。俺ごときがきしめんに勝てる訳が無かったぜ。
身の程しらずを恥じております。

俺=きし麺の使い走り・忠犬・玩具・支配下

投稿者: oreha_tikaramotida666 投稿日時: 2005/10/27 19:42 投稿番号: [221884 / 232612]
本当の事だから読んでくれ。

『俺=きしめん様の使い走り・下僕・奴隷・召使い・生ゴミ・負け犬・臭い女・犬コロ・サンドバック』

惨敗して毎日悔し涙を流している。そして震えながら生活している。
俺はマヌケだぜ。狂ってるぜ。IQが低いぜ。
しかも万引き、食い逃げの常習犯だぜ。
今はきしめん様に顎でこき使われている。
だが敗北したのは俺だから仕方が無いな。
苦痛で自殺未遂をした事もある。本当に悔しいぜ。
今は奴隷にまで成り下がったぜ。
俺は世界最低の負け犬のクズだぜ。きしめん様に戦いを挑んだのが誤りだったぜ。
今日は便所そうじをやらされたぜ。悔しかったが、きしめん様には怖くて逆らえない。
俺最弱力持ちは日常的にきしめん様から虐待を受けている。
ぶん殴られ、床に捻じ伏せられ、顔を足で踏みつけられ、靴底を舐めさせられている。
きしめん様は、元自衛官だから喧嘩が強いぜ。
頭脳も体力もきしめん様のほうが数段上だぜ。
きしめん様は優秀な個人投資家で年収数千万だが、俺は在宅ワークだから100万も行かないぜ。俺は小心者で教習所に行けないから、この歳でまだ免許持ってないぜ。
俺には向精神薬が必須だから薬代を捻出するのが大変だぜ。
発作で錯乱状態になるしな。
俺の得意技は食い逃げだぜ。世間にご迷惑をお掛けしています。
食い物屋やスーパーは出入り禁止になっている。犬より酷い扱いを受けている。
俺は日常的に警察などに職務質問を受けている。
俺はケツの周りが糞だらけで、しかも体臭が壮絶に酷く、地元では「臭い女」と馬鹿にされている。
俺はきしめんに敗れたショックと毎日の虐待で気が狂っている。
狂人の俺は部屋の中でわめき散らしている。
しかも俺は毎日肉を食べ、その都度焼肉のタレを一気に飲み干し、においが体中から染み出すので臭い女ではなく「凄まじく臭い女」に昇格している。

んんんどどおおあjdj

米上院議員、対日制裁法案を発表

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 19:32 投稿番号: [221883 / 232612]
3600億円相当の関税求める

米上院の超党派議員21人は26日、米議会内で記者会見し、日本が年末までに米国産牛肉の輸入を再開しない場合、日本製品に対し制裁関税を発動するよう求める対日制裁法案を正式発表した。

法案は12月15日までに米通商代表部(USTR)に日本による輸入再開状況の報告を要求。年内に再開が実現しない場合は、米牛肉業界が被った損害31億4000万ドル(約3600億円)相当の関税を課すよう求めている。具体的な対象製品は特定しておらず、「米政府の判断に任せる」(議会筋)としている。(時事通信)


きまりを守らず、圧力をかけて輸入させようとすることに屈するな。

病死の鶏食べて中国で12歳死亡

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 19:09 投稿番号: [221882 / 232612]
香港の英字紙・サウスチャイナ・モーニングポスト(二十七日付)などは、鳥インフルエンザの発生が確認された中国中部の湖南省湘潭県の農村で、十二歳の少女がインフルエンザに似た症状で死亡したと報じた。

少女は病死した鶏の肉を食べた後、十三日に発症。三日後に死亡。父親の話では、村では病死の鶏がしばしば食べられていたが、これまで病気にかかる例はなかったという。(産経新聞)

韓国人拉致被害者も調査へ

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 19:05 投稿番号: [221881 / 232612]
国連報告者、報告書も作成

北朝鮮の人権状況を調べている国連人権委員会のビチット・マンターポーン特別報告者(タイ・チュラロンコン大教授)は26日、国連本部で共同通信と会見し、来週から韓国を訪れて政府関係者や拉致被害者と会談、北朝鮮による外国人拉致の調査を拡大すると明らかにした。

日本人拉致については訪日調査を踏まえ、横田めぐみさんら安否不明者の情報開示を北朝鮮に勧告する報告書を国連総会に提出、27日の総会第三委員会(人権)で説明する予定。韓国人拉致も報告書をまとめる方針で、拉致問題への国際社会の関心がこれまで以上に高まりそうだ。
 
マンターポーン氏によると、11月2−11日に訪韓し、政府や非政府組織(NGO)の関係者と会談する予定。拿捕(だほ)、拉致された漁船の乗組員を中心に500人近くとされる韓国人拉致被害者の実情を調べる。(共同通信)

日米同盟危機

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 18:48 投稿番号: [221880 / 232612]
米、歩み寄り   沖縄説得・履行が焦点

米軍普天間飛行場の移設問題が決着し、今後は日本政府が地元の沖縄を説得し、合意内容を着実に履行できるかどうかが最大の焦点となる。決着までの間、ラムズフェルド米国防長官が訪日を見送るなど、日米関係は、その基軸である「同盟の絆(きずな)」に陰りが生じる事態に追い込まれた。急転直下、合意にこぎつけはしたものの、沖縄の説得に失敗し再び合意を「反故(ほご)」にすることになれば、日米関係が被る打撃は計り知れない。決着までの動きと今後の課題を検証した。

■直談判
「あと二百メートルだけ陸上に寄ってほしい」。二十五日午後十時半から二十六日午前零時半まで、都内で大野功統防衛庁長官はローレス国防副次官に、何度もこう繰り返した。日本側が提案していたキャンプ・シュワブ(名護市など)の兵舎地区と海域にまたがる「沿岸案」を受け入れるよう畳みかけた。

この直後、細田博之官房長官と町村信孝外相は都内のホテル・オークラで大野長官と合流。町村外相は「在日米軍基地の再編協議は日米同盟の根幹部分だ。決裂させてはいけない」と述べるのが精いっぱいだった。だが、二十六日昼、大野長官に電話が入り吉報が届く。
 
「沿岸案に同意しましょう」声の主はローレス副次官だった。
話は一カ月ほど前にさかのぼる。先月二十八日、ワシントンで開かれた審議官級協議の報告を受けた防衛庁幹部は、「米側の怒りは相当なものだ。たいへんなことになっている。決裂状態だ」と言って血相を変えた。
 
日本側が、シュワブの丘陵部分の演習場区域に建設する「陸上案」を強く主張したため、米側は「文字通りイスをける勢いで協議を打ち切った」(防衛庁幹部)。猛反発の理由は、「演習に支障をきたし、演習場の代替地もない」ためだ。
 
防衛庁は慌てた。今月十二、十三の両日に東京で開かれた審議官級協議では、「陸上案」を断念し「沿岸案」を再提示した。だが、米側は「結論を出すべきこの時期に、先送りのための案では困る」(ローレス副次官)とはねつける。「浅瀬案以外は受け付けない構え」(防衛庁幹部)だった。
 
十七日、米側は極めて異例な行動に出る。国防総省のヒル日本部長が日本政府の頭越しに沖縄県幹部と接触したのである。「浅瀬案」に理解を求めたのは、歩み寄ろうとしない日本側に対して米側が示した、最大級の不快感であった。
 
■二の舞い回避
潮目が大きく変わったのは、審議官級協議が再開された二十四日だ。米側は「浅瀬案」の修正案を逆提案する。これだとシュワブの兵舎地区の突端にあたる辺野古崎の陸上部分に、滑走路の一部がかかる。日本が主張する「沿岸案」との間隔は、わずか二百メートルだった。
 
日米双方の共通認識だった「安全保障で合意ができなければ、日米関係はとり返しのつかない大きな亀裂を残す」(町村外相)という危機感が、事態を大きく動かした。
 
実は、交渉の矢面に立つ防衛庁に対し、首相官邸と外務省は最終局面を迎えるまで、なかなか動こうとはしなかった。米側の本音をぎりぎりまで見極め、頓挫した現行計画の二の舞いだけは避けたいとの思惑があった。外務省には「基地再編協議では日米同盟の変革を話し合うつもりだったが、いつの間にか基地の整理・縮小問題にすり替わっていた」という、防衛庁への不満も募っていた。
 
二十六日午後。大野長官はローレス副次官との正式合意後、「私は香川県出身だが、讃岐うどんの粘り腰で合意に至った」と満面に笑みをたたえた。そのころローレス副次官は声明を発表。「合意した計画が包括的、速やかに、完全に履行されるものであり、沖縄と日本の人々に普天間飛行場を返還することができるものと確信した」と、日本側の約束履行を条件に提案を受け入れたことを強調した。
 
「合意できたのは良かった。どう実現していくかが大事だ。関係自治体に理解と協力を求めなければならない」
 
安堵(あんど)の表情を浮かべながらこう語った小泉首相。政治の責任は重い。安全保障という国の専管事項における政府間合意がなされた以上、沖縄もこれを受け入れざるを得ないだろう。
      ◇
≪米軍再編協議の中間報告ポイント≫   
一、米軍普天間飛行場をキャンプ・シュワブ陸上部と一部海域に移設。同飛行場の空中給油機は海上自衛隊鹿屋基地に移駐。
一、牧港補給地区と那覇軍港を全面返還し北部の基地に集約。
一、キャンプ瑞慶覧の大半を返還し、キャンプ桑江を一部返還。
一、米第三海兵遠征軍司令部をグアムに移転。
一、合計で沖縄海兵隊を3000−5000人削減。
一、米陸軍第一軍団司令部を改編してキャンプ座間に移転。
一、米軍横田基地に航空自衛隊航空総隊司令部を移転。
一、米軍厚木基地の

Re: >細かいようで恐縮ですが

投稿者: mackrinrin 投稿日時: 2005/10/27 18:04 投稿番号: [221879 / 232612]
そういうご高説ですとサヨが喜びそうです。まぁこれ以上はトピずれになりそう。

Re: >細かいようで恐縮ですが

投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/10/27 17:26 投稿番号: [221878 / 232612]
>天皇を現人神と信じたいという論からならば…

横綱の化粧まわしにしめなわと御幣が添えられるのは横綱が神だからでしょう。神国日本にはやおよろずの神様がいますから天皇陛下を太陽神ととらえることは何も異常なことではないと私は思いますよ。

Re: >細かいようで恐縮ですが

投稿者: mackrinrin 投稿日時: 2005/10/27 14:10 投稿番号: [221877 / 232612]
なるほど。恐れ入りました。
ただ、そういう風に確かなデータに基づくご意見の方が、祟りなどを持ち出す
投稿は惜しいと思うばかりです。女性・女系天皇容認論が不満
ならば自論を展開すればいいだけのことかな…とも。それとも天皇を現人神
と信じたいという論からならば、何も言うことはございません。

メール・コメントをくださった皆さまへ

投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/10/27 14:09 投稿番号: [221876 / 232612]
トピずれですみません!

《メール・コメントをくださった皆さまへ》

  いつも見に来てくださって本当にありがとうございます。

  皆さまからメールやコメントをいただいておりますが、なかなかお返事ができずに申し訳ございません。どんどんたまってきてしまって、全員の方にお返事ができない状態になってしまいました。お詫び申し上げます。

  激励のメールや情報提供をしてくださった方もいらして、とても感謝しております。また、掲示板等で声をかけてくださった皆さま、いつも本当にありがとうございます。

  皆さまのこころはとてもうれしくて励みにもなっております。お返事できない場合もあると思いますが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

あおいのママ(^^)

親版HP→http://aoinomama.trycomp.net/
(講演会情報等あります)
子版blog→http://aoinomama13.seesaa.net/

途切れることなく「勅使参向」は続いている

投稿者: miniiwa2 投稿日時: 2005/10/27 11:59 投稿番号: [221875 / 232612]
よって、無問題。

皇室といえば

投稿者: endless_rain2005 投稿日時: 2005/10/27 11:47 投稿番号: [221874 / 232612]
平成14年の美智子皇后は、誕生日に宮内庁記者会に対し文書で以下の談話を出している。

【悲しい出来事についても触れなければなりません、小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、驚きと悲しみと共に、無念さを覚えます。
何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。
今回の帰国者と家族との再会の喜びを思うにつけ、今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、その一入の淋しさを思います。】


このような異例ともいえる談話はおそらく皇室として精一杯の表現であろう
拉致は北の仕業だが、流れた30年もの月日はまさしく日本という国家の不作為の結果である。
だから何をおいても被害者は取り返さなければならない

日本にとっての優先事項は、核問題より拉致事件である。

>細かいようで恐縮ですが

投稿者: nanking_victory1937 投稿日時: 2005/10/27 11:31 投稿番号: [221873 / 232612]
>細かいようで恐縮ですが、
天皇家は2男1女ですね。
皇太子家の愛子様だけのことを言っておいでなのでしょうが…。


天皇家の長女、紀宮 様のお誕生日は
1969年4月18日です。

昭和天皇の最後の御親拝は、
1975年11月21日です。
それ以後、今日まで、
天皇陛下は
靖国神社には足を運ばれてはいませんね。

vivivivivivivilll氏の言われる事は
昭和天皇最後の御親拝以後、
皇室には女子しか産まれてはいない、
という事でしょう。

細かいようで恐縮ですが。

Re: vivivivivivivilll氏の洞察力

投稿者: bady17jp 投稿日時: 2005/10/27 11:11 投稿番号: [221872 / 232612]
明治神宮の明治天皇が靖国神社を造った。   オメエや小泉一家ごときが何を喚いてる?   糞でも食え!

>Re: vivivivivivivilll氏の洞察力

投稿者: mackrinrin 投稿日時: 2005/10/27 10:54 投稿番号: [221871 / 232612]
>天皇家には女子しか産まれないのだ。   靖国の霊の祟りだ

細かいようで恐縮ですが、天皇家は2男1女ですね。皇太子家の愛子様だけのことを言っておいでなのでしょうが…。
ただ、皇室典範改定の動きと靖国神社と絡めることはいかがなものか?
左巻き連中に格好のウヨ呼ばわりのネタ進上となることでしょうね。

vivivivivivivilll氏の洞察力

投稿者: nanking_victory1937 投稿日時: 2005/10/27 10:36 投稿番号: [221870 / 232612]
「今上天皇も靖国へ参ったらどうなのか。
  女子しか産まれないのは、
  国のために散った者を
  ないがしろにするせいじゃないのか  
  と思ってしまいますよ。」

           vivivivivivivilll 氏


つまり

「靖国の霊の天皇家への祟り」

という事ですね。

私は常々、
陛下の靖国神社御親拝を
願っておりますが...

う〜ん。

私には深刻すぎて
言葉にできません。


「『天皇陛下万歳』を叫んで国に命を捧げたのに
  天皇が靖国神社に行かず、靖国の霊を
  ないがしろにするから
  天皇家には女子しか産まれないのだ。
  靖国の霊の祟りだ。」

こういう国民の声に
今上陛下は、どうお答えになるのでしょうか?

愚民諸君へ

投稿者: kisinemjp 投稿日時: 2005/10/27 10:03 投稿番号: [221869 / 232612]
劣情ばかりで群れる姿は奴隷らしいね。
ネチネチと屁理屈をこねるのがお似合いだ。
戦争の責任から逃げて日本が良いことをしたと宣伝する。
恥も戦争も知らない小泉支持者は大増税を受け入れるのだ。

群れない私は才華ある感情のみの罵倒で孤立する。
しかし誇り高い童貞の私は理論なしでも気にならないのだ。
もうね女を抱く必要などない。精神的営為で充足できるのだよ。
頭の中の想像だけであんなことをしたりこんなことをしたり。
これが君たち愚民と私の違いなのだよ。
 
すべては小泉の独裁が悪い。
私が職にあぶれて食費にも困っているのも無責任政治のせいだ。
今日のランチは近所の犬を盗んでしのぐことにしよう。
もうねご主人さまに従う奴隷は食べてしまうしかない。

■朝鮮の近代化に貢献した大日本帝国(2)

投稿者: ronald_wilson_dutch_reagan 投稿日時: 2005/10/27 09:19 投稿番号: [221868 / 232612]
■日帝三十六年に救われた韓国■


この「日帝三十六年」があったからこそ、韓国の近代化が成し遂げられた。

李朝時代と比べてみたらそのことはすぐにわかるはずだ。
李朝時代は朝鮮の農村史をみると「旱魃」「水害」「害虫病」「食糧難」「食糧難」「春窮」「官吏による酷使」の歴史であったことが記されている。
李朝の権力闘争に明け暮れ、民衆の暮らしを省みなかった事で社会が不安定だったことが原因だ。
社会が不安定な限り近代化はありえない。
韓国数千年の歴史のなかで社会的に一番安定したのが今現在を除いては、実は「日帝三十六年」なのである。
宮廷内部も刷新され、安定した政治が執り行われたのだ。

朝鮮総督府には優秀な人材が多くいた。
総督になるのは、例えば寺内正毅、宇垣一成、小磯国昭といったような陸海軍の大将クラスか総理経験者クラスだった。
そして日本は優秀な韓国青年を日本に留学させるなどして援助した。
そのように育てられた人材が戦後の韓国の近代化、経済発展を担ったのです。

日本に鍛えられた朴正煕・韓国大統領、朴泰俊・浦項綜合製鉄元会長らが
ベトナム侵略後の韓国の奇跡的経済成長、いわゆる「漢江の奇跡」を演出したのだ。

■朝鮮の近代化に貢献した大日本帝国(1)

投稿者: ronald_wilson_dutch_reagan 投稿日時: 2005/10/27 09:18 投稿番号: [221867 / 232612]
■七奪ではなく七恩■


よく韓国人は「日帝三十六年」とわめき散らす。
日韓併合の1910年から太平洋戦争終戦までの1945年までの36年までの朝鮮半島における日本統治をさすらしい。
その時代日本及び日本人がいかに悪逆非道な行いをしたかということを非難する意味を込めている。
そして、「七奪」という言葉を使って糾弾する。
この「七奪」というのは韓国を支配する為に「主権」「国王」「人命」「国語」「姓氏」「土地」「資源」を日本が奪ったというもの。

しかしその実態を詳らかにみてみれば、彼らのいう「七奪」が妄言である事が明白になる。
人命についていえば、それまでの韓国の人口の上限は一千万人前後だといわれてきた。
しかし「日帝三十六年」の間に、二千万人以上に倍増しているのだ。
その理由はいくつかあるが、農地改革によって食糧事情が大幅に改善され、コメなどが増産できたことが人口倍増を支える基盤をつくった。
また米価設定には「逆ザヤ」政策を取り入れて、日本国内の農民よりも朝鮮農民のほうを手厚く保護したくらいだ。
また地下資源については、韓国はあまり資源の無い国だ。石炭や鉄は調査段階では出てきたが、実際に掘ったら大した量ではなかった。
日本は赤字経営しながらも、財政補填までして採掘を援助してきた。
その結果大量の労働者の雇用確保にも結びついた。
土地についても、土地の価値よいうものは、利用価値と生産価値で計られている。じっさいソウルの土地は「日帝三十六年」以前はただ同然だったのを、数十倍、数百倍に高めたのだ。
こうした実態を見ていくと、「七奪」ではなく、むしろ「七恩」を与えたというべきだろう。
韓国人は日本大使館前で石を投げたり刃物を振り回すといった狂態を晒す前に、そういった事実を知らなくてはなりません。
http://blog.ameba.jp/user_images/54/2e/10002510087.jpg

軍部に責任根強く

投稿者: pichanneko 投稿日時: 2005/10/27 08:58 投稿番号: [221866 / 232612]
東京裁判の内容「知らない」人・6割
  70歳以上では31%、30代では72%、20代では85%が知らないらしい
  よく知っている6%、ある程度知っている38%
  よく知っていると答えた人が、「戦争責任」の所在は、
  79%もの人が「陸軍や海軍の指導者」を挙げていた。

アジアへの「加害」責任
  もう「感じなくてよい」45%
    20代47%、30代37%、70代以上50%
  「感じ続けなければ」   47%
    将来ずっと34%、あと10年、あと20年、あと30年の合計13%

70代以上で、「あと10年ぐらい」が他の世代から突出していて、自分たちの世代でこの問題に区切りをつけたいとの意向が強いそうです。

謝罪十分   63%
  70代以上67%、20代66%、30代55%
まだ足りない   27%

靖国参拝賛成   51%
  70歳以上58%、20代57%、30代52%、40代45%

慰霊にふさわしい場
  今の靖国神社     42%
  新しい追悼施設    33%
  A級戦犯を分祀した靖国神社   17%

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051026it11.htm

戦争責任の議論「不十分」が約6割…読売世論調査
 
読売新聞社は、15、16の両日、全国世論調査(面接方式)を実施し、先の大戦に関して国民の意識を探った。

  その結果、当時の日本の政治、軍事指導者の戦争責任問題に関する議論について、「あまり」あるいは「全く」されてこなかったと思う人が58%に上り、「十分に」「ある程度」されてきたと思う人(30%)を大きく上回った。

  戦争責任について、「大きな責任があったと考える人」を複数回答で挙げてもらったところ、「陸軍や海軍の指導者」を挙げた人が67%で最も多かった。次いで「首相」33%、「政治家」27%、「天皇」19%などの順だった。

  また、中国との戦争、アメリカとの戦争が「ともに侵略戦争だった」と考える人と、「中国との戦争は侵略戦争だったが、米国との戦争は侵略戦争ではなかった」と考える人は各34%。「ともに侵略戦争ではなかった」と考える人は10%にとどまった。

  日本がアジアの人々に多大な被害を与えた責任について、「もう感じなくてよい」と考える人は45%。これに対し、感じ続けなくてはならないと考える人は、「あと10年〜30年ぐらい」の計13%と、「その後もずっと」の34%を合わせると47%だった。

  本人や肉親に戦争の体験や記憶がある人がいるかどうかでは、「いる」が65%で、1981年の同様調査に比べ23ポイント減少した。

李容九の人と信念2

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 08:20 投稿番号: [221865 / 232612]
東学党の乱は、竹槍蓆旗を擁した土民軍的な蜂起であったが、党軍の行くところ、多年塗炭の苦しみに坤吟していた民衆はこぞって呼応し、党籍は高誦され、たちまちにして大軍団となった。

この有様に李太王や閔一族は色を失い、清国軍隊を導入してこれを抑えようとした。清国政府も、これを機に韓半島を手中に収め、名実共に附属国たらしめんとした。ここに清国は、先に日本と結んでいた天津条約を無視し、一方的に兵を入れた。日清戦争の端緒である。
 
自国の改革をめざしていた東学党は清国軍と戦い、また清国との均衡上出兵した日本軍とも戦った。
 
東学党援助のため渡韓した内田ら民間志士は、「爆裂弾強盗犯」の罪名のもとに祖国の官憲から追われる身となった。一方、李容九も公州における日本軍との決戦に敗れ、右足に貫通銃創をうけて江原道に逃がれ、地下に潜んで改革運動を続けた。全捧準は捕えられ、死刑に処せられた。
 
韓国では、中国を古来より宗主国の如く崇敬し、日本を東夷として軽んずる思想的傾向が強かった。しかし、今次の日清戦争にょって日本が清国を撃破した事実と、同時に知らされた自国政府の無力さ、および世界史の動きに盲目であった間に、アジアに対する列強の侵略などによって、李容九の心は恩讐を越えて、次第に日本へ引き寄せられていった。一方、李朝は次にはロシアの勢力を国内に導入し、これを以て日本に対抗しようとしていた。無論、日清戦争前同様、国内改革には全く手をつけずじまいにである。そのような李朝にとって、地下に潜んだとはいえ、根強い力を持つ東学党の存在は脅威であった。一八九八年(明治三十一年)、当局は東学党の大検挙を敢行した。李容九は捕えられ、獄に在ること百余日に及んだ。この間、当局は法兄たる孫秉煕の所在を吐かしめんと日夜李容九を拷問にかけるのであった。李容九は膝を挫かれ半ば刑死するに至ったが、唯「知らず」の一言を以て終始し、遂に実を吐かなかった。李容九の、信念筆固にして済世救民の熱情は挫けなかった。
 
出獄後、李容九は咸鏡道を中心に活動し、また、孫秉煕が東学党を改め天道教を起こして新たな活動に入ると、それに対しても、遍く浄財を募り、十万円という多額の資金を贈ってその活動を助けた。
 
ところが、孫秉煕は国内改革の面では李容九と全く心を一にしていたが、日露の風雲がいよいよ急を告げるに至り、教徒を使疾して日本に反抗せしめ、自らを巧みに日露両勢力の間に処して勢力を伸ばそうと意図するに至った。そこで李容九は、地政的にも人種的にも日本と提携することの必然性を信じ、断然孫秉煕と袂を分かって新たに「進歩会」を組織するに至った。
 
日露開戦を迎えると、李朝の東学党大検挙後日本に亡命していた宋秉蔲が京城に帰り、開明の士であった尹始炳と結び、日韓同盟の実を挙げんと計画し、「維新会」を組織した。
 
宋秉蔲、尹始炳らは、日露戦争が単に日本とロシアの二国間のみの戦いではなく。ロシアのアジア侵略を防ぐアジア人の戦いであることを喝破していたのである。
 
また、宋秉蔲は本来東学の徒であり、李容九と心情的にも通じるものがあった。宋秉蔲は李容九に接近した。李容九はこれを受け、両者は更に運動を広範化するため、進歩会と維新会を合体せ
しめることに意見の一致を見た。この時組織されたのが「一進会」であり、会員数は五十万とも百万とも言われた。会長には李容九が、副会長には尹始炳が、宋秉蔲は評議員長へとそれぞれ就任した。時は明治三十七年十二月、旅順攻防戦たけなわの頃であった。
 
この時、すでに李容九の胸中には、アジア連邦結成の構想があった。
 
日清戦争後、李容九は見聞を広めることを目的として、一度日本視察の途についたことがある。この時、李容九の脳裡深く入り込み、且つ離れ得なくなったのが、樽井藤吉の「大東合邦論」であっ
た。
 
樽井は、その論の中に言う。
「東洋諸国は力を一つにし、西力に対抗すべきアジア連邦を結成すべし」
 
まさしく、大アジア主義の構想である。

(参考資料   大日本生産党   李容九先生没後九十周年記念出版原稿より)

李容九の人と信念

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 08:19 投稿番号: [221864 / 232612]
李容九は一八六八年(明治元年)韓国における両班階級中、最高位の門閥に生まれた。生まれながらにして、その生涯は優雅に且つ安泰であることが保障されていたのである。しかし、彼はそれを望まなかった。十八歳の時、自ら下民の間に伍して東学党第二世の教主・雀時享に師事し、その教旨を受けるところとなったのである。

時の韓国王は、李太王であった。その治下に外戚は跋扈して権臣は党を結び、李朝の政道はいよいよ乱れてゆくのであった。これが所謂閔族一派専横の時代であり、宮廷にあっては閔妃が李太
王の寵を恃み、政治に干渉して綱紀は全く紊れ、閔氏一族は政府の要位を占めて正義の士を斥け、売官、収賄、誅求の悪弊は底を知らず、宮中はまさしく百鬼の巣窟たるの観を呈していた。しか
も、その悪弊は全土に波及し、宮中の王族権官を始め貧官汚吏は驕奢に耽り、長夜の宴を張って歓楽をほしいままにしている有様となっていた。ために民力は疲弊し、一般の人々は塗炭の苦しみ
に喘ぎ、庶民の怨嵯の念は国中に募るのであった。
 
李容九が、両班最高位の門閥に甘んじるのをよしとしなかったのは、この理由による。そして、この惨状に奮然義旗を挙げていたのが、東学党である。
 
東学党の党詩は、かかる世を次の如く詠んだ。

金樽美酒千人血(金樽の美酒は千人の血)
玉盤佳肴万姓膏(玉盤の佳肴は万姓の膏)
燭涙落時民涙落(燭涙落つる時民涙落つ)
歌声高処怨声高(歌声高き処   怨声高し)

一八九四年(明治二十七年)、東学党は遂に起った。全羅道の郷士、全捧準を指揮官に、李容九は参謀格であった。世に言う「東学党の乱」   である。
 
日本人志士の中にも、隣国民衆の窮状を放置し得ず、渡韓してこの戦線に立った一団があった。早くから東学党と盟約を結んでいた内田良平の天佑侠一統である。この時、内田と李容九は個人
的な面識もなかったが、後年、二人が異体同心の血盟を結び、日韓合邦運動に挺身するに至った機縁は、この乱にあった。

Re: 靖国問題で政府「戦犯」は存在せず

投稿者: scorpionti 投稿日時: 2005/10/27 08:07 投稿番号: [221863 / 232612]
◆靖国神社 参拝問題
自民党が1969年以後 五回にわたり提案した靖国神社国家護持法案は
74年 廃案となる。
75年08月十五日 三木武夫総理は公用車不使用 内閣総理大臣との
記帳を避け参拝。
11月20日 参院内閣委員会において内閣法制局長官 吉国 一郎は
「私的参拝」と答弁と終始する。
天皇の参拝は「憲法 二十条 第三項 "国の宗教的活動に重大な問題に成る"」と答弁する。
日本の独立と共に復活した昭和天皇の参拝は 翌21日を最後に 途絶える。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同じ頃 孝明?天皇毒殺を真実とされるような話が戦前政府高官の口から
世に漏れ伝わった。
おそらく皇室は代々この話を伝え行事 式典は勤めても政治との関わりは
一切避け(私には 天皇のお言葉には それが読み取れる)
靖国参拝はされないと 私は想像しています。

>今上天皇も靖国へ参ったらどうなのか<
桜井よし子氏曰く"政治家は歴史書を読め"
貴方は若い様子 張り専との話より歴史書を読みなされ
勉強に精を出しなされ。無礼申しましたが。

☆おめでとう!東条さん \(^O^)/

投稿者: nanking_victory1937 投稿日時: 2005/10/27 08:01 投稿番号: [221862 / 232612]
☆【政府広報】☆

東條英機   板垣征四郎   木村兵太郎   土肥原賢二
広田弘毅   松井石根   武藤章  
梅津美治郎   小磯国昭   平沼騏一郎   白鳥敏夫
東郷茂徳   永野修身   松岡洋右

平成17年10月25日より
以上の方々は
日本国にとって「戦争犯罪者」ではない事が、
日本政府により、決定致しました。

彼らは、今日より
靖国神社に祀られた
政府公認の「一般の戦没者」です。

今後、彼らを「戦犯」と呼ぶ事は、
国家に反逆する国民と見なされます。

国民の皆様は
この慶ばしい国家の決定を大事に守り、
戦没者への感謝を胸に、
明るい日本を築いて行きましょう!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【靖国問題で政府「戦犯」は存在せず答弁書決定。】

【政府は二十五日の閣議で、さきの大戦後、連合国によって「戦犯」とされた軍人・軍属らが死刑や禁固刑などを受けたことについて、国内法上は戦犯は存在しないとの見解を明確にした答弁書を決定した。
 
答弁書は「(極東国際軍事裁判所やその他の連合国戦争犯罪法廷が科した)刑は、わが国の国内法に基づいて言い渡された刑ではない」と指摘。A、B、C各級の「戦犯」は、国内では戦争犯罪人とはいえないことを明確にした。】
                   (産経新聞)

君の

投稿者: quasar1999z 投稿日時: 2005/10/27 07:16 投稿番号: [221861 / 232612]
>今上天皇も靖国へ参ったらどうなのか。女子しか産まれないのは、国のために散った者をないがしろにするせいじゃないのかと思ってしまいますよ。

人格は歪んで居ますね。

Re: 靖国問題で政府「戦犯」は存在せず

投稿者: scorpionti 投稿日時: 2005/10/27 07:15 投稿番号: [221860 / 232612]
それぞれの時代に於いて 何を どう言い創ろうと
日本の歴史からは藻屑として消え去る。

しかし、二次大戦時の戦死兵士二百余万名
民間人死者百二十余万名を生んだ事実と
戦争追行者の氏名、
昭和二十年の男子平均寿命を二十三歳迄に
陥れた現実の日本歴史は未来永劫に残る。
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