日米同盟危機
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/27 18:48 投稿番号: [221880 / 232612]
米、歩み寄り
沖縄説得・履行が焦点
米軍普天間飛行場の移設問題が決着し、今後は日本政府が地元の沖縄を説得し、合意内容を着実に履行できるかどうかが最大の焦点となる。決着までの間、ラムズフェルド米国防長官が訪日を見送るなど、日米関係は、その基軸である「同盟の絆(きずな)」に陰りが生じる事態に追い込まれた。急転直下、合意にこぎつけはしたものの、沖縄の説得に失敗し再び合意を「反故(ほご)」にすることになれば、日米関係が被る打撃は計り知れない。決着までの動きと今後の課題を検証した。
■直談判
「あと二百メートルだけ陸上に寄ってほしい」。二十五日午後十時半から二十六日午前零時半まで、都内で大野功統防衛庁長官はローレス国防副次官に、何度もこう繰り返した。日本側が提案していたキャンプ・シュワブ(名護市など)の兵舎地区と海域にまたがる「沿岸案」を受け入れるよう畳みかけた。
この直後、細田博之官房長官と町村信孝外相は都内のホテル・オークラで大野長官と合流。町村外相は「在日米軍基地の再編協議は日米同盟の根幹部分だ。決裂させてはいけない」と述べるのが精いっぱいだった。だが、二十六日昼、大野長官に電話が入り吉報が届く。
「沿岸案に同意しましょう」声の主はローレス副次官だった。
話は一カ月ほど前にさかのぼる。先月二十八日、ワシントンで開かれた審議官級協議の報告を受けた防衛庁幹部は、「米側の怒りは相当なものだ。たいへんなことになっている。決裂状態だ」と言って血相を変えた。
日本側が、シュワブの丘陵部分の演習場区域に建設する「陸上案」を強く主張したため、米側は「文字通りイスをける勢いで協議を打ち切った」(防衛庁幹部)。猛反発の理由は、「演習に支障をきたし、演習場の代替地もない」ためだ。
防衛庁は慌てた。今月十二、十三の両日に東京で開かれた審議官級協議では、「陸上案」を断念し「沿岸案」を再提示した。だが、米側は「結論を出すべきこの時期に、先送りのための案では困る」(ローレス副次官)とはねつける。「浅瀬案以外は受け付けない構え」(防衛庁幹部)だった。
十七日、米側は極めて異例な行動に出る。国防総省のヒル日本部長が日本政府の頭越しに沖縄県幹部と接触したのである。「浅瀬案」に理解を求めたのは、歩み寄ろうとしない日本側に対して米側が示した、最大級の不快感であった。
■二の舞い回避
潮目が大きく変わったのは、審議官級協議が再開された二十四日だ。米側は「浅瀬案」の修正案を逆提案する。これだとシュワブの兵舎地区の突端にあたる辺野古崎の陸上部分に、滑走路の一部がかかる。日本が主張する「沿岸案」との間隔は、わずか二百メートルだった。
日米双方の共通認識だった「安全保障で合意ができなければ、日米関係はとり返しのつかない大きな亀裂を残す」(町村外相)という危機感が、事態を大きく動かした。
実は、交渉の矢面に立つ防衛庁に対し、首相官邸と外務省は最終局面を迎えるまで、なかなか動こうとはしなかった。米側の本音をぎりぎりまで見極め、頓挫した現行計画の二の舞いだけは避けたいとの思惑があった。外務省には「基地再編協議では日米同盟の変革を話し合うつもりだったが、いつの間にか基地の整理・縮小問題にすり替わっていた」という、防衛庁への不満も募っていた。
二十六日午後。大野長官はローレス副次官との正式合意後、「私は香川県出身だが、讃岐うどんの粘り腰で合意に至った」と満面に笑みをたたえた。そのころローレス副次官は声明を発表。「合意した計画が包括的、速やかに、完全に履行されるものであり、沖縄と日本の人々に普天間飛行場を返還することができるものと確信した」と、日本側の約束履行を条件に提案を受け入れたことを強調した。
「合意できたのは良かった。どう実現していくかが大事だ。関係自治体に理解と協力を求めなければならない」
安堵(あんど)の表情を浮かべながらこう語った小泉首相。政治の責任は重い。安全保障という国の専管事項における政府間合意がなされた以上、沖縄もこれを受け入れざるを得ないだろう。
◇
≪米軍再編協議の中間報告ポイント≫
一、米軍普天間飛行場をキャンプ・シュワブ陸上部と一部海域に移設。同飛行場の空中給油機は海上自衛隊鹿屋基地に移駐。
一、牧港補給地区と那覇軍港を全面返還し北部の基地に集約。
一、キャンプ瑞慶覧の大半を返還し、キャンプ桑江を一部返還。
一、米第三海兵遠征軍司令部をグアムに移転。
一、合計で沖縄海兵隊を3000−5000人削減。
一、米陸軍第一軍団司令部を改編してキャンプ座間に移転。
一、米軍横田基地に航空自衛隊航空総隊司令部を移転。
一、米軍厚木基地の
米軍普天間飛行場の移設問題が決着し、今後は日本政府が地元の沖縄を説得し、合意内容を着実に履行できるかどうかが最大の焦点となる。決着までの間、ラムズフェルド米国防長官が訪日を見送るなど、日米関係は、その基軸である「同盟の絆(きずな)」に陰りが生じる事態に追い込まれた。急転直下、合意にこぎつけはしたものの、沖縄の説得に失敗し再び合意を「反故(ほご)」にすることになれば、日米関係が被る打撃は計り知れない。決着までの動きと今後の課題を検証した。
■直談判
「あと二百メートルだけ陸上に寄ってほしい」。二十五日午後十時半から二十六日午前零時半まで、都内で大野功統防衛庁長官はローレス国防副次官に、何度もこう繰り返した。日本側が提案していたキャンプ・シュワブ(名護市など)の兵舎地区と海域にまたがる「沿岸案」を受け入れるよう畳みかけた。
この直後、細田博之官房長官と町村信孝外相は都内のホテル・オークラで大野長官と合流。町村外相は「在日米軍基地の再編協議は日米同盟の根幹部分だ。決裂させてはいけない」と述べるのが精いっぱいだった。だが、二十六日昼、大野長官に電話が入り吉報が届く。
「沿岸案に同意しましょう」声の主はローレス副次官だった。
話は一カ月ほど前にさかのぼる。先月二十八日、ワシントンで開かれた審議官級協議の報告を受けた防衛庁幹部は、「米側の怒りは相当なものだ。たいへんなことになっている。決裂状態だ」と言って血相を変えた。
日本側が、シュワブの丘陵部分の演習場区域に建設する「陸上案」を強く主張したため、米側は「文字通りイスをける勢いで協議を打ち切った」(防衛庁幹部)。猛反発の理由は、「演習に支障をきたし、演習場の代替地もない」ためだ。
防衛庁は慌てた。今月十二、十三の両日に東京で開かれた審議官級協議では、「陸上案」を断念し「沿岸案」を再提示した。だが、米側は「結論を出すべきこの時期に、先送りのための案では困る」(ローレス副次官)とはねつける。「浅瀬案以外は受け付けない構え」(防衛庁幹部)だった。
十七日、米側は極めて異例な行動に出る。国防総省のヒル日本部長が日本政府の頭越しに沖縄県幹部と接触したのである。「浅瀬案」に理解を求めたのは、歩み寄ろうとしない日本側に対して米側が示した、最大級の不快感であった。
■二の舞い回避
潮目が大きく変わったのは、審議官級協議が再開された二十四日だ。米側は「浅瀬案」の修正案を逆提案する。これだとシュワブの兵舎地区の突端にあたる辺野古崎の陸上部分に、滑走路の一部がかかる。日本が主張する「沿岸案」との間隔は、わずか二百メートルだった。
日米双方の共通認識だった「安全保障で合意ができなければ、日米関係はとり返しのつかない大きな亀裂を残す」(町村外相)という危機感が、事態を大きく動かした。
実は、交渉の矢面に立つ防衛庁に対し、首相官邸と外務省は最終局面を迎えるまで、なかなか動こうとはしなかった。米側の本音をぎりぎりまで見極め、頓挫した現行計画の二の舞いだけは避けたいとの思惑があった。外務省には「基地再編協議では日米同盟の変革を話し合うつもりだったが、いつの間にか基地の整理・縮小問題にすり替わっていた」という、防衛庁への不満も募っていた。
二十六日午後。大野長官はローレス副次官との正式合意後、「私は香川県出身だが、讃岐うどんの粘り腰で合意に至った」と満面に笑みをたたえた。そのころローレス副次官は声明を発表。「合意した計画が包括的、速やかに、完全に履行されるものであり、沖縄と日本の人々に普天間飛行場を返還することができるものと確信した」と、日本側の約束履行を条件に提案を受け入れたことを強調した。
「合意できたのは良かった。どう実現していくかが大事だ。関係自治体に理解と協力を求めなければならない」
安堵(あんど)の表情を浮かべながらこう語った小泉首相。政治の責任は重い。安全保障という国の専管事項における政府間合意がなされた以上、沖縄もこれを受け入れざるを得ないだろう。
◇
≪米軍再編協議の中間報告ポイント≫
一、米軍普天間飛行場をキャンプ・シュワブ陸上部と一部海域に移設。同飛行場の空中給油機は海上自衛隊鹿屋基地に移駐。
一、牧港補給地区と那覇軍港を全面返還し北部の基地に集約。
一、キャンプ瑞慶覧の大半を返還し、キャンプ桑江を一部返還。
一、米第三海兵遠征軍司令部をグアムに移転。
一、合計で沖縄海兵隊を3000−5000人削減。
一、米陸軍第一軍団司令部を改編してキャンプ座間に移転。
一、米軍横田基地に航空自衛隊航空総隊司令部を移転。
一、米軍厚木基地の