南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 戦争責任――ソ連編

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/26 03:41 投稿番号: [7720 / 41162]
>『・・・GHQが東京裁判の準備を進めつつあった1945年12月、アメリカのプライス陸軍法務官は「ニューヨーク・タイムズ」紙で、
「東京裁判は、日本が侵略戦争をやったことを、懲罰する裁判だが、無意味に帰するからやめたらよかろう。なぜならそれを訴追する原告アメリカが、明らかに責任があるからである。ソ連は日ソ不可侵条約を破って参戦したが、これはスターリンだけの責任ではなく、戦後に千島、樺太を譲ることを条件として、日本攻撃を依頼し、これを共同謀議したもので、これはやはり侵略者であるから、日本を侵略者呼ばわりして懲罰しても精神的効果は無い」』
>(『世界がさばく東京裁判』佐藤和男監修   明成社)

なるほど。
これも言うまでもなく、(米国と)ソ連による侵略でしたね。

最近、プーチンが来ましたが、ふざけたことしか言ってませんね。
領土は、軍事・経済・交渉の全ての面において、強力・強硬・強圧的・具体的に推し進めていかないと、まず奪い返すのは無理でしょう。

Re: 戦争責任――オランダ編

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/26 03:27 投稿番号: [7719 / 41162]
>つまり時間的な前後関係に関係なく、挑発を受けない攻撃であり、領土の占拠を目的とする攻撃は侵略戦争であるという理屈です。
>   しかしここで採り上げられた裁判所側の意見だけでも、日本が挑発を受けない攻撃をした事実は無いことが分かります。日本のオランダ領への攻撃は、オランダから日本が宣戦布告を受けた後の出来事なのですから。

なるほど。
対オランダ戦争に関しては、日本の侵略戦争でなかったことが決定的ですね。

Re: アメリカ編 経済封鎖は戦争行為

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/26 03:18 投稿番号: [7718 / 41162]
>1928年、不戦条約について批准の是非を審議したアメリカ連邦議会の議事録の中にこの様な一説があります。
>『・・・その審議の進行中、ケロッグ長官は「国家が攻撃されるのではなくて――経済封鎖を受けるとしたら――?」という質問を受けました。ケロッグ長官は「戦争しないで封鎖などということはありません」と答えました。その時一上院議員が「そういう事は戦争行為です」と云いますと、ケロッグ長官は「断然戦争行為です」と云ってこれに同意しました』
>(『東京裁判   日本の弁明』小堀桂一郎編   講談社学術文庫   ローガン弁護人最終弁論)
>   ほかならぬアメリカ自身が示したこの解釈によれば、ABCD包囲網と呼ばれる経済封鎖によって、アメリカは日本に対し先制して戦争状態に突入したのです。
>   1941年12月6日以前のアメリカの定義では、真珠湾攻撃は奇襲ではあっても、「挑発されざる先制攻撃」ではなかったのです。


「経済封鎖」は、「戦争行為」と云っていますね。
まさに、そのとおりでしょう。
たまに「経済制裁」と「経済封鎖」を混同して誤解してしまう人がいますが、「経済封鎖」は紛れもなく戦争行為です。
米英蘭が日本に対して石油の輸出を禁止したのは、日本に対して「死ね」と言ったのと同じです。

その前にも、ソ連や英国は支那に武器を支援していたし、ヨーロッパで戦争が始まってからは米国が1941年3月に武器貸与法を成立させて、英国などに大量に武器供給を行なっていました。
しかも、英国などへの武器の輸送船には米海軍が護衛に当たったわけであり、これは米国内でも「戦争行為」と指摘されていました。

Re: 支那が無理やり戦争をした

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/26 02:46 投稿番号: [7717 / 41162]
>対象を中華人民共和国相手に移せば、原因時点は1935年8月1日まで遡ります。
>   八・一宣言は日本に対する武力闘争を宣言するものでした。
>   これは実質的な宣戦に当たります。
>   中華人民共和国は中華民国から主権を継承したものではなく、中国共産党によって組織された延安政府が中国本土を征服してその主権を国際社会から承認されたものです。(中華民国が国家として存続しているのがその証拠。)中華人民共和国が直接権利義務を継承しているのは延安政府であり、延安政府を樹立した中国共産党は1935年8月1日の時点で日本に対して開戦の挑発を行っています。ここでも侵攻戦争の開始責任が中国側にあることが明らかです。

なるほど。
これは、なかなか思い付かない視点ですね。
支那共産党が八・一救国宣言を発し、国共合作して対日戦争の遂行を呼びかけていたのだから、これは宣戦布告ともとれますね。

戦争責任――そもそもの責任の所在

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/25 22:29 投稿番号: [7716 / 41162]
  最後に、『世界がさばく東京裁判』の中から当時の人々の認識をいくつか拾い出してみます。

アメリカ合衆国前大統領   ハーバート・フーバー
「もし我々が日本人を挑発しなかったならば決して日本人から攻撃を受ける様なことは無かったであろう」

アメリカの黒人ジャーナリスト   J・A・ロジャース
「そもそもヨーロッパやアメリカがこれらの地域(インド、東南アジア、ハワイ)を植民地支配しなければ、日本との戦争は起こり得なかった。真珠湾はなかったはずだ。」

イギリス軍需生産大臣オリバー・リットルトン
「日本がアメリカを戦争に追い込んだというのは歴史の狂言である。真実はその逆である。アメリカが日本を真珠湾に誘い込んだと見るのが正しいのだ。」

  特にリットルトンの発言は1944年6月20日、まだ戦争の最中にロンドン商工会議所という公的な場所で行われたものです。
  日本の戦争責任なるものが如何に欺瞞に満ちているか、よく表れている例だと思います。

戦争責任――ソ連編

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/25 22:28 投稿番号: [7715 / 41162]
  ソ連の対日開戦が違法なものであることは、改めて説明するまでも無いことです。
  ソ連の参戦は不可侵条約の明らかな違反であり、日本にソ連を攻撃する余力の無いことをソ連は十分に知っていました。
  どんな屁理屈をこねようと、ソ連の対日参戦の違法性は隠せません。
  そしてこの参戦は、アメリカとの共同謀議で行われました。
  東京裁判の訴因の一つ、共同謀議による侵略戦争遂行が本当に戦争犯罪を構成するなら、その被告はトルーマンとスターリンになります。
  そのことを他ならぬアメリカ軍の高官が証言しています。
『・・・GHQが東京裁判の準備を進めつつあった1945年12月、アメリカのプライス陸軍法務官は「ニューヨーク・タイムズ」紙で、
「東京裁判は、日本が侵略戦争をやったことを、懲罰する裁判だが、無意味に帰するからやめたらよかろう。なぜならそれを訴追する原告アメリカが、明らかに責任があるからである。ソ連は日ソ不可侵条約を破って参戦したが、これはスターリンだけの責任ではなく、戦後に千島、樺太を譲ることを条件として、日本攻撃を依頼し、これを共同謀議したもので、これはやはり侵略者であるから、日本を侵略者呼ばわりして懲罰しても精神的効果は無い」』
(『世界がさばく東京裁判』佐藤和男監修   明成社)

  この通り、はっきりとソ連の参戦は「侵略者」としての振る舞いであるという認識が示されています。
  ソ連の対日参戦が違法であるという認識は決して、日本人だけの思い込みではありません。

戦争責任――オランダ編

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/25 22:26 投稿番号: [7714 / 41162]
『東京裁判   勝者の裁き」のなかでマイニア教授は、東京裁判の検察側=裁判所側争点が先制攻撃としての性質ではなく侵略戦争としての性質にあったことをオランダのケースを採り上げて次のように論じています。

『このように判決は、戦争の開始方法の故ではなく、真珠湾に始まる戦争が日本の侵略戦争であったが故に、日本の戦争指導者たちを対米戦争について有罪と認定したのであった。また日本が最初に攻撃を仕掛けたことも、裁判所はさほど問題としなかった。考えてみれば、オランダが日本に宣戦布告したのは、日本軍がオランダを攻撃したよりも早かった。それにもかかわらず、オランダでは無くて日本が侵略者と認定されたのであった。判決はこの点を次のように説明している。「オランダは、攻撃が差し迫っていることを十分に知っていて、自衛のために、12月8日に、日本に対して宣戦を布告し、このようにして、既に日本によって始められていた戦争状態が存在することを、公式に認めるに至ったのであるが、この事実によって、この戦争を日本の側からする侵略戦争で無くし、何かそれと違ったものとすると言うことは出来ない。」日本がオランダに宣戦布告したのは、これより1ヶ月あまり遅れて1942年1月11日、日本がオランダ領東インド諸島を攻撃した日であった。ロバート・H・ジャクソン(投稿者註:ニュルンベルク裁判及び東京裁判の提唱者)が侵略戦争の唯一の基準として強調した、宣戦ないし攻撃の時間的先後関係については、判決はこの程度にとどめたのであった。
  決定的な基準は、戦争の開始方法ではなくて、戦争の性格であった。つまり、戦争の性格が侵略的なことであった。「さらに、本裁判所の意見では、日本が1941年12月7日に開始したイギリス、アメリカ合衆国及びオランダに対する攻撃は、侵略戦争であった。これらは挑発を受けない攻撃であり、その動機はこれらの諸国の領土を占拠しようとする欲望であった。『侵略戦争』の完全な定義を述べることが如何に難しいものであるにせよ、右の動機で行われた攻撃は侵略戦争と名づけないわけにはいかない」』
(『東京裁判   勝者の裁き』リチャード・H・マイニア   安藤仁介訳   福村出版)

  実に身勝手でいい加減な理屈付けです。
  つまり時間的な前後関係に関係なく、挑発を受けない攻撃であり、領土の占拠を目的とする攻撃は侵略戦争であるという理屈です。
  しかしここで採り上げられた裁判所側の意見だけでも、日本が挑発を受けない攻撃をした事実は無いことが分かります。日本のオランダ領への攻撃は、オランダから日本が宣戦布告を受けた後の出来事なのですから。
  それに「これらの諸国の領土を占拠しようとする欲望」と述べられていますが、日本がアメリカ本国、イギリス本国、オランダ本国に攻撃を仕掛けた事実はありませんし、ましてこれらの領土を占拠しようとした事実など全くありません。
  日本が攻撃したのはアメリカ、イギリス、オランダが領土的欲望をもって占拠していた東南アジア諸地域です。しかもそれは、ABCD包囲網という、アメリカ自身の定義に従えば戦争行為による挑発を受けてのことです。
  敵国の拠点となっている地域を攻撃し占領することは、領土的野心と直結しません。戦争の、純粋に技術的な手段です。
  日本は資源貿易が回復されればそれで良かったのであり、経済封鎖がなければイギリス・オランダとの戦争もありませんでした。

戦争責任――アメリカ編

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/25 22:11 投稿番号: [7713 / 41162]
  次に対アメリカの侵攻戦争開戦責任です。
  まず中華民国行政院僑務委員会顧問・国際汎太平洋私学教育連合会副会長・許國雄東方工商専科大学学長(当時)の1995年の発言を採り上げます。

「国際戦争は個人の喧嘩と同じく、誰が先に手を出したのかを問うのではなく、誰が喧嘩を売りつけたのかを問わなければならない。この様な意味で、米国を主とするABCD諸国は、日本を生き埋めにしようとハル・ノートで喧嘩を売りつけたのである。
  戦後、米駐日大使グルーは「戦争のボタンが押されたのは、日本がハル・ノートを受け取った時点だというのが私の確信である」と証言し、英駐日大使クレーギーも同様の証言をしている。日本は喉元に刺された匕首を払うために、つまり生き抜くために戦ったのである。」
(『世界がさばく東京裁判』佐藤和男監修   明成社)

  この発言の趣旨は実のところ目新しい物ではありません。ハル・ノートが最後通牒の性格を持っていたという認識は、東京裁判におけるローガン弁護人最終弁論にも

「昭和16年11月26日のハル・ノートが最後通牒として企図されたものであったということは昭和16年11月27日のジェロー将軍の覚書から推して充分に理解されます。」
(『東京裁判   日本の弁明』小堀桂一郎編   講談社学術文庫)

このように述べられています。
  しかしアメリカの日本に対する戦争行為は、ハル・ノートよりずっと以前に始まっていたのです。
  1928年、不戦条約について批准の是非を審議したアメリカ連邦議会の議事録の中にこの様な一説があります。
『・・・その審議の進行中、ケロッグ長官は「国家が攻撃されるのではなくて――経済封鎖を受けるとしたら――?」という質問を受けました。ケロッグ長官は「戦争しないで封鎖などということはありません」と答えました。その時一上院議員が「そういう事は戦争行為です」と云いますと、ケロッグ長官は「断然戦争行為です」と云ってこれに同意しました』
(『東京裁判   日本の弁明』小堀桂一郎編   講談社学術文庫   ローガン弁護人最終弁論)

  ほかならぬアメリカ自身が示したこの解釈によれば、ABCD包囲網と呼ばれる経済封鎖によって、アメリカは日本に対し先制して戦争状態に突入したのです。
  1941年12月6日以前のアメリカの定義では、真珠湾攻撃は奇襲ではあっても、「挑発されざる先制攻撃」ではなかったのです。

Re: 支那が無理やり戦争をした

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/25 22:06 投稿番号: [7712 / 41162]
  いつもながら明快なデータ、感服しました。
  特に補足すべき点も無いと思いますが、日中戦争から大東亜戦争に至る一連の戦争責任について明確化する意味で便乗させて頂きます。

  日本が戦争責任を問われたのは「侵略戦争」ではなく War of Aggression (本来は挑発されざる先制攻撃による戦争、というような意味。以下、佐藤和男博士の訳語である「侵攻戦争」と記述)でした。東京裁判の起訴状にも
「最初に挑発せられずして行える攻撃乃至戦闘行為、又侵略戦争の場合の如き攻撃乃至侵略の実施」
と定義されていて、侵略戦争とイコールでないことは明らかです。
  盧溝橋事件の犯人が中国共産党であることはもはや明らかであると思いますが、中共の走狗は未だに認めようとしません。しかし仮に、盧溝橋事件が完全に偶発的な軍事衝突だったとしても、

> 7月11日、現地で停戦協定が成立。
> 7月13日、支那兵が移動中の日本軍トラック2台に手榴弾を投げ込み全員を爆殺

  一旦停戦協定が成立しながらこれを破った中国側に、以後の戦争について「挑発されざる先制攻撃による戦争」を引き起こした責任があるのは明確です。
  日本が「北支派兵」を声明したことなど何の関係もありません。派兵された部隊が戦闘行為を開始して始めて停戦協定違反の責任問題が生じるのであり、「北支派兵」自体は北京議定書に定められた駐留権の範囲内です。ましてや声明しただけで実際に派兵していない段階で、停戦協定を破る理由にはなりません。
  そして7月13日以降停戦は成立せず、第二次上海事変の中国軍の先制攻撃により、局地戦であった戦闘が日中間の全面戦争に発展しました。
  日中戦争の開始日は1937年7月7日ではなく、同年7月13日とするべきだと私は考えています。
「挑発されざる先制攻撃による戦争」の定義に従えば、侵攻戦争を起こしたのは中国側です。

  対象を中華人民共和国相手に移せば、原因時点は1935年8月1日まで遡ります。
  八・一宣言は日本に対する武力闘争を宣言するものでした。
  これは実質的な宣戦に当たります。
  中華人民共和国は中華民国から主権を継承したものではなく、中国共産党によって組織された延安政府が中国本土を征服してその主権を国際社会から承認されたものです。(中華民国が国家として存続しているのがその証拠。)中華人民共和国が直接権利義務を継承しているのは延安政府であり、延安政府を樹立した中国共産党は1935年8月1日の時点で日本に対して開戦の挑発を行っています。ここでも侵攻戦争の開始責任が中国側にあることが明らかです。

奥様だったの?

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/11/24 22:12 投稿番号: [7711 / 41162]
おば様ってのもいたし、ドラってのも居たようだし、

ま、南京大虐殺はシナ人の創作。

Re: deliciousicecoffee さんへ

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/11/23 22:33 投稿番号: [7710 / 41162]
貴方は日本人を騙っているのかい。

当初は外国人と言っていたようだが。

Re: deliciousicecoffee さんへ

投稿者: asianrobo 投稿日時: 2005/11/23 07:47 投稿番号: [7709 / 41162]
>南京大虐殺否定論が明快に論破されていますよ。

以下のサイトで、『南京大虐殺否定論   13のウソ』がどういう本か、明快に論破されていますよ。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/page023.html

>貴方にもぜひ読んでみてほしいです。

肯定論だけじゃなく否定論にも目を通してみたら?
「いままでの自分はなんだったんだー」と思うかもよ?

Re: deliciousicecoffee さんへ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/23 01:50 投稿番号: [7708 / 41162]
>本屋で素晴らしい本を見つけました。
>『南京大虐殺否定論   13のウソ』

そうですか。
良かったですね。
『南京大虐殺否定論   13のウソ』が、「ウソ」ではないことを祈ります。
*\(^O^)/*

支那が無理やり戦争をした(南京戦)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/23 01:44 投稿番号: [7707 / 41162]
多大の犠牲者を出した上海戦がようやく終わった11月にも、日本は支那に対して穏当な和平案を提出したが、それを無視して戦線を南京に拡大したのも支那だった。

11月2日、広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼し、提示した日本側の条件は、
――――――――――――――――――
・内蒙古民族は自治政府を樹立する。その国際的地位は外蒙に同じ。
・満州国国境に非武装地帯を設定し、中国警察が治安維持にあたる。北支の全権は南京政府の手に存する。事変前から交渉中の鉱物採掘権については日本に満足のいく結果を求める。
・上海は非武装地帯を拡大し国際警察を設けて管理する。
・抗日政策の停止。
・共同して防共に努める。
・関税の引き下げ。
・外国の諸権利を尊重する。
・日本側は、この条件に従って7月7日以前の状況にまで軍を退く。
――――――――――――――――――
というものだった。
この内容を、ディルクセン駐日独大使は「穏当なもの、これなら支那側の面子も潰れないだろう」と述べた。
後に、支那の白崇禧将軍も「たったこれだけの条件なら、なんのための戦争か」と言ったくらいの条件だった。

11月6日、トラウトマン駐支ドイツ大使が日本の和平案を伝えるが、蒋介石はこれを蹴った。
蒋介石は、国連に「日本が侵略している」と訴え、これが9カ国会議に付託され審議されていたので、いい結果が出るのを期待していた★5。
支那は自分の方から戦争を仕掛けておきながら、「悪いのは日本だ」と国際社会に訴えた訳だ。

2005年春、反日デモをさせておいて、「悪いのは日本だ」と言ったり、呉儀副首相が小泉首相との会談をドタキャンして、「悪いのは日本だ」と言い放つ支那は、昔も今もまったく変わっていないのだ。
これぞ、支那4千年の歴史なのだ。

日本は、戦争をやめたくても支那がやめない限りやめられない。
一方的に停戦したとしても、支那が態勢を建て直して襲撃してくるのは経験済みだからだ。

蒋介石は、「敵が南京に至れば我々は南京を防衛する。敵が四川を攻撃すれば我々は四川を防衛する。敵の侵略が続く限り我々は永久に戦い続けるであろう」と世界に向かって公言した。
これではまるで日本が侵略しているかのようだ。

そして11月20日の「遷都宣言」でも次の様に言った。
「盧溝橋事件発生以来…日本の侵略は止まる事を知らず…各地の将士は奮って国難に赴き…死すとも退かず…日本は更に暴威を揮い…わが首都に迫る…およそ血気ある者で瓦全より玉砕を欲せざる者はない。…」

日本は「戦争を止めよう」と言ってるのに対し、蒋介石はそれを拒否しながら、こんな事を言ってた訳だ。


11月20日、第10軍から参謀本部に、「集団は19日朝、全力をもって南京に向かってする迫撃を命令」という報告が届けられた(11.19日発電)。対する蒋介石は重慶への「遷都宣言」
12月1日、「大本営」は、南京攻略を正式に発令。
12月8日、南京防衛軍司令官の唐生智は、市が戦闘地区に入ったと宣言し「すべての非戦闘員は国際管理下の安全地帯に集結しなければならない」と布告
12月10日、唐生智は、日本軍の降伏勧告を拒否し、「本軍は…、南京固守最後の戦闘に突入した。各部隊は陣地と存亡をともにする決心で死守せよ」と下命
12月12日、唐生智が夕方南京を脱出・逃亡。その夜に戦闘が始まる
12月13日、日本軍が南京を占領

南京占領後、日本はまたもや和平を持ちかけた。
和平案は、以前日本が提出した異常なまでに譲歩した条件と比べれば、日本国民が納得するようにと多少戦勝国らしい体裁を繕ったが、領土などの要求はしなかった。

●1938年
1月2日、ドイツ大使トラウトマンが日本の和平案の返事を聞くために蒋介石を訪問しようとしたが、蒋介石は会わず
1月15日、日本の和平案を蒋介石が蹴る
1月16日、日本政府が「国民政府(蒋介石)を相手とせず」と声明

6月12日、蒋介石軍が黄河の堤防を決壊させる。 日本軍による救出活動も虚しく住民60万人が罹災し12万人が行方不明。支那軍はこの黄河と揚子江の堤防決壊を日本軍の仕業と世界中に宣伝


★5
【9カ国条約、9カ国会議】の詳細については、【#5783】

支那が無理やり戦争をした(上海戦)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/23 01:35 投稿番号: [7706 / 41162]
日本は、通州で日本人居留民約260人が大虐殺されてから10日も経っていないのに、支那へ和平の話を持ちかけた。
しかも、その条件は信じられないほど大幅に譲歩したものだった。

この時の日本側の和平案は以下のとおり。
―――――――――――――――――
(日本の和平案)
・塘沽協定の解消
・梅津−何應欽協定の解消
・土肥原−秦徳純協定の解消
・冀察政権の解消
・冀東特殊貿易の廃止
・非武装地帯海面の中国側密輸取締りの恢復
・華北における自由飛行の廃止
・支那側が要求すれば上海停戦協定をも解消
――――――――――――――――
日本が如何に戦争をやめたがっていたかは、この大幅に譲歩した和平案を見れば明白である。

ところが、8月9日に予定されていた和平会談は、当日、支那が海軍陸戦隊の大山中尉を上海の虹橋飛行場近くで惨殺してぶち壊した。
日本側は支那に抗議したが、日本に責任をなすりつけて取り合わなかった。
大山中尉と運転手の斉藤水兵の車は機関銃で蜂の巣にされ、中尉は車から引きずり出され、銃剣で胸を刺され、かつ大刀で頭を割られていた。

大山中尉惨殺事件と、その後の支那側の態度に危険を感じた海軍は、警備のために陸軍の応援を要請したが、参謀本部の石原完爾少将は「上海に陸軍を出すと戦火が拡大するので出せない」と断った★3。

仕方がないので海軍は、陸戦隊を1,200名程増派したが、追加の陸戦隊が上海に着いた8月11日には、既に日本人居留区は保安隊に包囲されており、その夜のうちに支那軍は上海付近の鉄道の民間使用を禁じて軍用に切り換えて上海に12万の大軍を送り込んだ。
当時、上海にいたのは海軍陸戦隊4,000名のみで、とても支那の大軍を相手に出来なかったため、海軍は改めて陸軍の派遣を要請した。
緊迫した情勢の中、13日、政府はやっと陸軍の派遣を決めたが、これから準備するために到着するのに約20日は掛かる。
したがって、海軍陸戦隊には、「絶対に先に手を出すな」と指令したが、この日に支那軍は上海への攻撃を開始した。
翌14日には支那軍が上海市街を爆撃し、キャセイホテルやパレスホテルにも落ち、支那人や外国人に大量の死傷者を出した。
あまりの暴虐さに日本政府は「暴支膺懲」を宣言し、海軍は台風の中、日本から直接爆撃機を飛ばして支那軍の飛行場や前線基地を叩き、日本人の命を永らえさせた。
これが世に言う『渡洋爆撃』。


8月9日、和平会談の予定だったが、海軍陸戦隊の大山中尉が惨殺される。
8月12日、蒋介石軍が上海の国際租界の日本人居留地区を包囲
8月13日、蒋介石軍が攻撃開始
8月14日、支那軍が上海市街のホテルなどを爆撃。この爆撃を日本軍の仕業と世界中に宣伝★4。
8月23日、支那軍が上海のデパートを爆撃。この爆撃も日本軍の仕業と世界中に宣伝★4。

8月〜11月、【上海戦】(支那事変最大の激戦)。


★3
【日本の不拡大方針】の詳細は、【#5787】

★4
【支那軍による上海のホテルとデパート爆撃】については、【#5396】と【#5397】に『シナ大陸の真相』を引用

支那が無理やり戦争をした(盧溝橋事件)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/23 01:26 投稿番号: [7705 / 41162]
「盧溝橋事件」は、支那共産党が計画的に行なった事件。
支那共産党が仕掛けたという一つの根拠は、「七・七事変」という名称。
彼らが日本軍に発砲したのは7月7日だが、日本軍が反撃したのは7月8日だ。
日本軍を犯人に仕立てたければ、支那共産党は「七・八事変」としなければならない。


日本軍が7月7日に盧溝橋で行なっていたのは空砲演習であり、しかも、空砲演習にも拘わらずに異例の事前通告をしていた。

―――――――――――――――――
  日本側に、冀察政務外交専員の林耕宇から「空砲で演習する場合でも、あらかじめ中国側に通告して欲しい」との要請があり、特務の方で検討する事になりました。
  北清議定書では、実弾射撃の場合は通報する事になっていますが、空砲の場合は規定されていません。
  「日本だけ勝手に規定を変える事はできない、ここは他の列強と協議してからでなければ」
  「しかし、今、不穏なこの時期、間違いがあれば大変な事になる」
  「ここは一時的に彼らの要求を通したら」
という事で、『7月6日、7日、9日、10日の4日間、日本軍が盧溝橋の原で昼夜空砲を使って演習する』という通告が、その日の晩に、中国側に通達されました。
  1937年7月7日、日本軍は盧溝橋の原で、鉄帽もかぶらず空砲を使って演習していました。
『盧溝橋事件』寺平忠輔著
―――――――――――――――――

これでは、近くに居た支那軍も、日本軍と同じように銃撃を受けたとされるが、「日本軍からの銃撃」とは認識しなかっただろう。


ところが、支那共産党は事件発生後、早くも7月8日に延安から全国へ次の電報を打った。

「7月7日夜10時、日本は盧溝橋でおいて中国の駐屯軍馮治安部隊に対し攻撃を開始し、(以下略)」
『中国共産党資料集・第8巻』日本国際問題研究所


日本軍が応戦したのは翌日8日の朝なのに、夜10時と特定されている。
しかも日支両軍の司令部すら事態の真相をつかんでいない時点でこうした電報を打ったことは、最初の一発から共産党のシナリオができていたことを推測させるに十分な証拠である。


コミンテルンは、次のような秘密司令を発していた。

①あくまで局地解決を避け、日支の全面衝突に導かねばならない
②右目的の貫徹のため、あらゆる手段を利用すべく、局地解決や日本への譲歩によって支那の解放運動を裏切る要人は抹殺してもよい
③下層民衆階級に工作し、彼らに行動を起こさせ、国民政府として戦争の開始のやむなきに立ち至らしめねばならない
(以下略)
『コミュンテルン並びに蘇聯邦の対支政策に関する基本資料』興亜院政務部発行

その後の事態は、まさにこのコミンテルンの司令文書どおりに進行した。


●1936年
12月12日、西安事件。蒋介石が張学良に騙されて監禁されるも、共産党の周恩来が蒋介石に抗日戦線の統一を約束させ釈放
●1937年
7月7日、盧溝橋事件。夜10時30分頃、演習中の日本軍が2度にわたって銃撃を受ける
7月8日、午前3時25分に支那側から3度目の射撃、4時20分に牟田口連隊長が反撃を命令、5時30分の4度目の銃撃をきっかけに反撃開始
7月9日、午前4時に現地で停戦の約束がされるまで日本側戦死11人・負傷36人、支那側(推定)戦死30人・負傷約100人。蒋介石は4個師団と戦闘機を北支に派遣
7月10日、支那側が攻撃を再開★1、日本側も応戦、日本側に戦死6人、負傷10人。参謀本部第三課と陸軍軍事課は、支那側が「対日武力戦争を準備」しており、北京地区1万2千人の居留民保護に不安があり、支那第29軍7万5千人に対抗するため10万人規模の「北支出兵」を主張。石原部長も承認して陸軍の決定となる
7月11日、現地で停戦協定が成立。支那の何応欽部長が、7月末までに戦争準備を整える全兵力動員の「戦争計画」を指示。14時、日本の閣議で5個師団の「北支派兵」が決定し声明
7月13日、支那兵が移動中の日本軍トラック2台に手榴弾を投げ込み全員を爆殺
7月14日、支那兵が日本の騎馬兵を惨殺
7月16日、事件を収集させようとする宋哲元に対し、蒋介石は「日本の策謀に乗じるな、戦備を整えよ」と打電
7月17日、蒋介石が『生死関頭』演説を行い戦争の決意を表明
7月25日、郎坊事件、日本軍が攻撃を受ける
7月26日、広安門事件、日本軍が攻撃を受ける
7月28日、日本軍が北支への攻撃を開始
7月29日、通州事件。日本人居留民約260名が虐殺される★2


★1
【支那の再三に亘る停戦協定破り】は、【#3252】に『シナ大陸の真相』を引用

★2
【通州大虐殺事件】の詳細は、【#5363】

Re: deliciousicecoffee さんへ

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2005/11/22 23:41 投稿番号: [7704 / 41162]
一冊の本読んだだけで全てを知った気になるとはおめでたいやつだな。
それだけ無知と言う事か。
だから自分に都合の良い書物を読んで自らに刷り込んでいるのだな。

Re: deliciousicecoffee さんへ

投稿者: laughing_at_you_much 投稿日時: 2005/11/22 21:53 投稿番号: [7703 / 41162]
でその中で、いわゆる虐殺での犠牲者は何人で
内戦での犠牲者は何人てなっているの?

どうやって見分けたの?

johm_lenon さんへ

投稿者: iillliiiililll 投稿日時: 2005/11/22 21:53 投稿番号: [7702 / 41162]
「johm_lenonのウソつき」

こんな本があれば面白いかも

johm_lenon = okussama_des

ネカマやってた奴だからな、こんな人の言うことは信用ゼロ。


俺は無視リストにいれたかな?

deliciousicecoffee さんへ

投稿者: johm_lenon 投稿日時: 2005/11/22 21:43 投稿番号: [7701 / 41162]
本屋で素晴らしい本を見つけました。

『南京大虐殺否定論   13のウソ』

南京大虐殺否定論が明快に論破されていますよ。

貴方にもぜひ読んでみてほしいです。

きっと、「いままでの自分はなんだったんだー」と思うでしょう。

でも気にすることないです。

誰だった間違った思い込みはありますから。

Re: 日本国民の一人として謝罪します

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/11/22 20:35 投稿番号: [7700 / 41162]
ん〜

日本人を止めて、シナ人かチョン人に頭下げて一生暮らせば良いんじゃないの。

俺は、とてもじゃないが、そこまでシナ人やチョン人に申し訳有りませんでしたなんぞ言いたくもありませんが。

貴方一人で、シナ大陸に渡って、リョウチ処刑と言う民度の国と仲良くやれば宜しかろう。

日本に関係しないで欲しい、チミは。

↓訂正死ね外道>anthoniey_williams

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/11/22 00:32 投稿番号: [7699 / 41162]
お前だ

死ね外道>the_super_aikokusya

投稿者: devilguri 投稿日時: 2005/11/22 00:29 投稿番号: [7698 / 41162]
論外

お願い

投稿者: toyotomi_iejasu 投稿日時: 2005/11/21 23:26 投稿番号: [7697 / 41162]
deliciousicecoffeeさま

>大東亜戦争は、日本の防衛戦争でした。
>そして、支那事変は、支那が始めて、支那が継続・拡大して、支那軍が支那人民の大半を殺した戦争です。

このご見解に同意します。釈迦に説法になりますが、
スターリンの指令が背後にあったわけですネ。

しかし、このような見方は、依然少数意見に属するでしょう。
南京虐殺を否定する人でも、支那事変は日本が始めた、
と思い込んでいる人は、多いのではないでしょうか。

そこでお願いです。「支那事変は支那が始めた」事実を
改めて、詳しく教えていただけませんか。

Re: 被害者のみなさんへ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/21 22:56 投稿番号: [7696 / 41162]
>日本人の一人として   謝罪しかできなくて   すいません

オマエは死んで謝るべき。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/21 22:52 投稿番号: [7695 / 41162]
>小泉首相とBBC記者のやり取りは、次のようだったようです。

どうも、ご親切にありがとうございます。
なるほど。
首相官邸のHPに掲示されるわけですね。

記者会見の時、私は車の運転をしながらカーテレビの音声を聴いていました。
質問は同時通訳の音声が放送され、それに対して小泉首相が回答したのですが、概ね官邸のHPにあるおりだったと思います。

私は何度も靖国神社に詣でているのですが、どこにそのような「侵略」と「南京大虐殺」に関する靖国神社の見解が書かれているのか正直言って知りません。
どなたかご存知の方がいらっしゃったら教えてください。

さて、靖国神社の見解について。

>アジアにおける戦争について、はっきりとした主張を示している。戦争が日本による防衛戦争であったということ、そして、中国において日本は何も悪いことをしていない、中国は侵略者だった、南京大虐殺はなかったと書かれている。

これは正しい主張ですね。
大東亜戦争は、日本の防衛戦争でした。
そして、支那事変は、支那が始めて、支那が継続・拡大して、支那軍が支那人民の大半を殺した戦争です。
もちろん、南京大虐殺は嘘っぱちのでっち上げです。
その主張が靖国神社のどこに書いてあるかは知りませんが、内容に間違いはないと思います。

私はBBCの記者にも憤りを感じましたが、それと同時に、靖国神社の正しい見解を支持せず、南京大虐殺などをキッパリと否定しなかった小泉首相を情けなく思ったのです。

Re: 被害者のみなさんへ

投稿者: jamingwithed 投稿日時: 2005/11/21 22:18 投稿番号: [7694 / 41162]
在日君が日本人の変わりに謝罪してくれるのはよいことなので、これからも日本人になりすました在日君の口先だけの謝罪をよろしく頼む。

被害者のみなさんへ

投稿者: anthoniey_williams 投稿日時: 2005/11/21 22:13 投稿番号: [7693 / 41162]
痛い思いをさせてしまって   すいません

苦しい思いをさせてしまって   すいません

怖い思いをさせてしまって   すいません

悲しい思いをさせてしまって   すいません

つらい思いをさせてしまって   すいません


日本人の一人として   謝罪しかできなくて   すいません

Re: 日本国民の一人として謝罪します

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2005/11/21 21:06 投稿番号: [7692 / 41162]
何も考えずに謝ると言うのは、相手にもとても失礼な態度だぞ。
どういう思考の過程を経てそこに至ったか述べねば、
何の共感も呼ばない。

日本国民の一人として謝罪します

投稿者: anthoniey_williams 投稿日時: 2005/11/21 20:14 投稿番号: [7691 / 41162]
どんなに痛かったでしょう

どんなに苦しかったでしょう

どんなに悲しかったでしょう

ほんとに   ほんとに   申し訳ありませんでした 。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: toyotomi_iejasu 投稿日時: 2005/11/21 19:45 投稿番号: [7690 / 41162]
小泉首相とBBC記者のやり取りは、次のようだったようです。

http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2005/11/19press.html

【質問】   総理は何度にもわたって、靖国参拝というのは平和を祈る為だと言っておられた。しかし靖国に行く人々は誰しもそれを見ていると、大きな戦争資料館があることに気づかずにはおれない。同館は最近また改築されているが、アジアにおける戦争について、はっきりとした主張を示している。戦争が日本による防衛戦争であったということ、そして、中国において日本は何も悪いことをしていない、中国は侵略者だった、南京大虐殺はなかったと書かれている。こういう見解を総理は靖国神社への参拝によって支持しているのか。その見解を支持していないとすれば、なぜ総理の参拝が曖昧なメッセージをアジアに発してしまうのかというのをご理解いただけるか。

【小泉総理】   その見解は支持していない。私は、前からも申し上げているように、多くの戦没者に対して哀悼の誠を捧げるために参拝しているのである。そして、戦争の反省をふまえ二度と戦争をしてはいけないということから参拝しているものである。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: jun2003sasa 投稿日時: 2005/11/21 07:18 投稿番号: [7689 / 41162]
>根拠なら南京にいくらでもあるでしょう。

具体的に南京のどこへ行けば何があるのか教えてください。

>小泉さんは、「南京大虐殺は事実である」という認識はあるようですね。

その事に関しては直接言及していなかったようですが。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/20 23:19 投稿番号: [7688 / 41162]
>英国BBCはユダヤ系マスメディア。
>ハリウッド映画同様、ただのプロパガンダ。

そうなのかもしれませんが、そのようなプロパガンダに対してキッチリ反論しない日本の首相が情けないと思います。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/20 23:17 投稿番号: [7687 / 41162]
>根拠なら南京にいくらでもあるでしょう。

南京に長期間いた人に聞いたけど、南京にも全然ないそうだよ。
つーか、いま命を危険に晒してまで支那に行く馬鹿は普通いない。


>小泉さんは、「南京大虐殺は事実である」という認識はあるようですね。

彼は歴史に関して無知なだけ。
歴史の知識もないのに、日本の過去を謝罪したりするような無責任なことは今後は絶対にしないでほしい。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/11/20 22:24 投稿番号: [7686 / 41162]
根拠なら日本に幾らでもあるでしょう。

何故、南京と言うシナ大陸の独裁国家の宣伝を真に受けるんだね?

所詮、共産党の独裁国家を信じるんであれば、彼のお国の歴史を学んで、直且つ彼のお国が素晴らしいと言うのであれば、南京大虐殺と言うものの真実を偽造と思っている我々に確たる、証拠を出しなさい。

結局、それはシナ人の1億人を餓死させ、労改で死なせた物を、反省もせず国内の問題だと言って逃げ回るシナ人。

国内の問題ではなく、侵略された民族がその内シナ人に牙をむくであろう。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: laughing_at_you_much 投稿日時: 2005/11/20 20:37 投稿番号: [7685 / 41162]
>根拠なら南京にいくらでもあるでしょう。

内戦で死んだ人といわゆる南京大虐殺で殺された人
とどうやって見分けたの?

内戦の死者は何人だった?記録ある?

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: nazonohito_5689 投稿日時: 2005/11/20 20:22 投稿番号: [7684 / 41162]
英国BBCはユダヤ系マスメディア。
ハリウッド映画同様、ただのプロパガンダ。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: johm_lenon 投稿日時: 2005/11/20 20:16 投稿番号: [7683 / 41162]
>あのBBCの記者は、何を根拠に「南京大虐殺があった」と思っているのか、問い詰めてやりたかった。

根拠なら南京にいくらでもあるでしょう。

>小泉も小泉だ。
そのような馬鹿な質問に対して「その見解は支持していない」と言ってしまった。

小泉さんは、「南京大虐殺は事実である」という認識はあるようですね。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/20 20:03 投稿番号: [7682 / 41162]
>是非英語版や他の言語での掲示板に言って、打ち負かしてきてください。
>・・・
>大事だと思うなら、海外に発信することが大事です。

ハイ。
貴方に言われなくとも分かっています。
そう思っているなら、貴方こそ頑張ってください。

Re: APEC閉幕後の記者会見で、…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/20 19:55 投稿番号: [7681 / 41162]
>そのBBCの記者は、何という名前ですか。

ちょっと、そこまでは分かりません。
済みません。
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