南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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スマイス調査に関するレポート(1)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/09 00:15 投稿番号: [7642 / 41162]
  これは"WAR DAMAGE IN THE NANKING AREA"、所謂「スマイス調査」を自分なりに検証した結果です。
  とは言うものの、スマイス調査は多くの識者によって検証作業が行われている著名な史料であり、改めて読んでみても特に目新しい発見はありませんでした。
  重要なポイントは論じ尽くされている感があり、最も確かめてみたいと思っていた調査方法の詳細については解説されていませんでした。
  ですから、ここに提示するのは全て枝葉の議論となります。
  また、私が検証した範囲は前文からAPPENDIX B迄です。
  各表のデータについては検証を割愛しています。
  但し、TABLE17については農業調査に関する焦点となるデータが含まれていましたのでそれを引用しています。

  スマイス調査を一読して感じることは、明らかに中国寄りのスタンスです。
  中立的な学術調査と言うよりは学術調査の体裁を纏った親中反日文書ではないかという印象を持ちました。
  中立という意味では寧ろベイツの方が外見上だけでも中立の姿勢を取ることに神経を使っているように見えます。
  例えばベイツの書いた前文には次のような記述があります。
The International Committee is aware, however, that statements have been published by Chinese, putting upon the Japanese an exclusive and exaggerated blame for the injuries to the people of the Nanking area; likewise that statements have been published by Japanese, charging the Chinese with burning and looting which they themselves benevolently checked.
  ここでは、国際委員会には日本に対する非難が大袈裟で矛盾したものだという認識があったと暗に認めています。また
The burning in the municipal areas immediately adjoining the walled city of Nanking, and in some of the towns and villages along the southeasterly approaches to Nanking, was done by the Chinese armies as a military measure whether proper or improper, is not for us to determine.
  ここでは中国軍による放火が言明されています。
For the period covered in the surveys, most of the looting in the entire area, and practically all of the violence against civilians,was also done by the Japanese forces whether justifiably or unjustifiably in terms of policy, is not for us to decide.
  この文脈では略奪と暴行が日本軍によるものだと言いながら
Beginning early in January,there gradually developed looting and robbery by Chinese civilians; and later, particularly after March, the struggle for fuel brought serious structural damage to unoccupied buildings.
中国人自身による略奪の発生を認めています。
  他にも
Also, there has latterly grown up in the rural areas a serious banditry which currently rivals and sometimes surpasses the robbery and violence by Japanese soldiers.
日本兵と競合、匹敵する中国人強盗団の存在が黙示されています。
  ベイツは日本軍の犯罪行為を弾劾しながら、中国人による同様の犯罪の発生を否定できないというスタンスを見せているのです。

Re: 武力抜きで支那と外交は出来ません 2

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/08 23:53 投稿番号: [7641 / 41162]
>本当に日本は憲法改正が急務だと言えます。

仰るとおりです。


>田村氏のエピソードは痛快ですね。
>この中に、中国との外交の仕方のヒントがあるように感じます。
>昔の軍人、政治家、官僚には本当に立派な方がいたようですね。

仰るとおりです。
今の日本の腰抜け政治家や外務省の役人どもに暗記するまで読んで肝に銘じ、実際の外交政策に役立ててほしいと切に願っています。


>戦費も国家予算も少ない中、日清、日露と日本軍はよく戦ったものです。
>見るに見かねて、日露戦争時、明治天皇が、資産の半分?を政府に寄付した
>話は世相を物語っていると思います。

そんなこともありましたか。
確かに、明治天皇は宮廷費を削って海軍に下賜されていたこともあったようですね。


>日本がこれからどういう方向へ行こうとしているのか、
>今後も議論が必要なのでしょうか。

やはり、核武装などの軍事力の増強、憲法改正、特定アジア(支那、南北朝鮮)に対する高圧的外交政策の実践をするしかないのですが、実現するかどうか心配です。


>そして中国の底知れぬ部分をもっともっとよく研究していかなければ
>いけないのでしょうね。

歴史を学び、現在と未来に活かさなければなりませんね。

Re: 武力抜きで支那と外交は出来ません 2

投稿者: mybabylovelove 投稿日時: 2005/11/08 12:55 投稿番号: [7640 / 41162]
確かに書いてありました。   ご、ごめんなさい。失礼しました。
本当に日本は憲法改正が急務だと言えます。

田村氏のエピソードは痛快ですね。
この中に、中国との外交の仕方のヒントがあるように感じます。
昔の軍人、政治家、官僚には本当に立派な方がいたようですね。
戦費も国家予算も少ない中、日清、日露と日本軍はよく戦ったものです。
見るに見かねて、日露戦争時、明治天皇が、資産の半分?を政府に寄付した
話は世相を物語っていると思います。
日本がこれからどういう方向へ行こうとしているのか、
今後も議論が必要なのでしょうか。
そして中国の底知れぬ部分をもっともっとよく研究していかなければ
いけないのでしょうね。

武力抜きで支那と外交は出来ません 2

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/07 22:26 投稿番号: [7639 / 41162]
軍艦を盾に賠償金を取った田村総領事

  中国全土と同じで、福州でも収奪目的の学生秘密結社がいくつも存在していて日本人も被害に遭っていた。ある日本人教師夫妻が標的にされた。「殺す」と脅されていた。脅された教師には何の咎もなかった。ただ、家が中国人の家の近くにあり、警備が十分でないのでカモにされたのである。日本人子女の先生だから、中国人と接触し挑発することはない。日本総領事は、ばかばかしいことではあるが、主権国家に対する礼儀を重んじ、福州当局やら警察やらに状況を説明し、警備を要請した。日本側でできるのではあるが、そうすると主権国家間の慣行に反すると判断したのである。

  要請を受けた中国側は教師宅の前に中国兵を配置した。この中国兵は、数日間は交代で24時間警備に当たった。ところがある夜、何の前触れもなく、消えた。説明も何もなく突然いなくなったのである。策を講じるまもなく、夫妻は襲われ、殺されてしまった。信頼させておいて寝首を掻く中国の軍隊、警察のいつものやり口である。当局が秘密結社と組み、殺害させたのではないとしても、ぐるになって襲撃の時に警備を引き揚げさせたとしか思えない。

  日本人の怒りは頂点に達した。田村総領事は中国当局役人を呼び、こう述べた。「非難するつもりは(改頁)ないが、双方の同意に基づいた警備に落ち度があったから今回の事件が起きたのである。この重大な過失に対し、ご遺族に5万ドル賠償願いたい」。

  対する中国側は言を左右してまともな返事をしない。業を煮やした田村総領事が、「よろしい。これ以上申し上げることはない。後はそちらのご判断しだいである。一言申し添えるが、当方はすでにことの詳細を海軍に打電し、軍艦数隻がこちらに向かっている。おわかりかな。熟慮のほど、重ねてお願い申し上げる」と席を立とうとすると、中国側は「艦砲射撃を喰らっては職も失う」と思ったのか、「局に持ち帰って相談してみます」と持ちかけた。「5万ドル耳をそろえて持ってくるまでは面会無用」と席を立った。徹夜で相談した中国側は、明け方になってようやく5万ドルを現金で持ってきた。直後、日本の軍艦が到着した。艦長たちは事が収まったと聞いてがっかりしたに違いない。これは第一次上海事変の1ヶ月前のことであった。



日本領台湾に憧れる中国人の行列

  中国人には田村式が一番である。私は実際、田村氏が中国人と対応している場面をこの目で見ているが、実に丁寧である。公平であり信念の人である。中国人に対してもこれは変わらない。愉快なことに、あの件があってから福州では日本人に対する態度が一変した。日本人殺害はもちろん、あらゆる反日行動がぴたっと止んだ。日本人は最高の扱いを受け、最も尊敬される外国人となった。アメリカ領事は軟弱政策ゆえに、反米運動の対処に忙殺されている。イギリスも似たりよったりだ。日本領事はどうだ。「いつでも軍艦を呼ぶぞ」という毅然とした田村総領事のおかげで、自国民を保護し、全世界の在中国領事が束にかかっても叶わない、いやその十倍の成果を上げている。毎日、私は昼食のため、日本領事館の前を取ったが「門前市をなす」である。台湾行きのビザ取得のためである。台(改頁)湾は日本領である。中国では働いても働いても、同じ中国人の役人に搾り取られるが、台湾に行けばそんなこともなくなるからである。

  福州事件は中国全土で起きている。現実的政策に裏打ちされた断固たる態度でしか事件は解決できない。中国人にはそれ以外考えられないし、そういう人を尊敬する。ちゃんと証拠がある。しばらくして田村氏はシンガポール総領事に転任となり、送別会が設けられた。中国人役人にも尊敬され、好感を持たれているのである。稀に見る賛辞が寄せられた。市民は心から田村氏を讃えた。数ある領事の中で一番の人気者であった。

  田村氏が教師夫妻殺害事件を毅然とした態度で解決して以来、福州在住日本人3千人は何ら危害を加えられることなく、略奪されることなく、平穏に暮らすことができた。中国人だってその気になれば、日本人であろうと誰であろうと、危害を加えることを止めることができるということである。

ラルフ・タウンゼント著『暗黒大陸中国の真実』(1933年)

武力抜きで支那と外交は出来ません

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/07 22:21 投稿番号: [7638 / 41162]
お久しぶりです。


>日本が強行にこの「南京」の問題を中国と話し合えないのはなぜでしょう。

日本が、「南京大虐殺なんて、嘘っぱちのでっち上げだ」と一蹴すれば、支那人は気も狂わんばかりに日本を批難するでしょうから、日本政府や外務省は、それが恐ろしいのだと思います。
それでも、真実を根気良く主張すれば支那人達も諦めるのでしょうが、政治家や外務省はそこまで耐えられないのでしょう。
つまり、日本の政治家や役人には「緊張恐怖症」が多いのです。


>共産党政権の崩壊をただ待つしか、方法はないのでしょうか?

「ゆすり・たかり」は、支那人・朝鮮人に染み付いたDNAのようなモノですから、共産党政権が崩壊しても、日本人が変わらない限りは決して改善しません。
韓国を見れば分かるでしょう。
こちらが一歩退けば、二歩・三歩と圧して来るのが、支那人・朝鮮人なのです。
支那人・朝鮮人というのは、ヤクザやチンピラと同じなのです。
最も効果的な改善策は、日本も核武装を始めとする軍事力を増強し、その軍事力を背景に高圧的に外交することなのです。

mybabyloveloveさんが、読んだ本にも、以下の記述があった筈ですよ。

―――――――――――――――――――
  自分自身を中国の真の友であると信じていたエルギン卿も「武力を用いることを余儀なくされるような事態になることは自分としては不愉快だし気乗りもしないが、しかし中国人は武力に対しては常に屈するが理屈には決して従わない国民だ」と告白した。
(中略)
  そして中国人と交渉するときには武力が必要だということを認識したのはヨーロッパ人だけではなかった。1854年、在中米高等弁務官ハンフリー・マーシャル氏は、「中国政府は武力及びそれを行使しようという意志の存在する場合に限ってのみ正義を認める」と発言した。
  そして彼の後任ロバート・M・マクリーン氏も、「中国との外交交渉はカノン砲を突きつけたときのみ行うことが出来る」と述べた。
  1932年、中国に15年住んだ米人作家ロドニー・ギルバート氏は次のように述べた。「中国人は自分がトップに立って誰か他の者を押さえつけているか、または自分より強い者の前で屈辱を受け恐れおののいているか、のどちらかでなければ満足できない。対等の基盤に立って誰かと公平に公正に付き合うことに中国人は決して満足できないのだ」と。
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著(1938年)

Re: 外務省に抗議しよう

投稿者: mybabylovelove 投稿日時: 2005/11/07 19:01 投稿番号: [7637 / 41162]
こんにちは。久しぶりにお邪魔します。

日本が強行にこの「南京」の問題を中国と話し合えないのはなぜでしょう。
共産党政権の崩壊をただ待つしか、方法はないのでしょうか?

ところで、旧ドイツ軍の「ホロコースト」の話が出ていましたが、
このナチスについての話で、あるウェブで読んだことなんですが、
実は「ガス室虐殺」もでっちあげだった・・・と主張している団体が
あるんですね・・・。
びっくりしました。

「マルコポーロ」という雑誌がこの記事を大々的に載せ、結局は
廃刊に追い込まれるという経緯があったそうです。ユダヤ系の団体からの
圧力がかかったらしいです。
スレッドの主旨からはずれるので、この話はこのぐらいにとどめます。


真実は、見たものでないとわからないものです。
私たちが実は「真実」だと思っていたことが、実は根底から間違った
情報であることが、歴史の中ではあるのかもしれません。

『アンチ・ヤマトイズムを止めよ』竹本忠雄

投稿者: amidakujinyorai 投稿日時: 2005/11/06 03:00 投稿番号: [7636 / 41162]
アンチヤマトイズムを止めよ!

中国に付和雷同するフランスの反日メディアに抗議
竹本忠雄
定価350円(税込)
http://www.seisaku-center.net/booklet/cm-booklet/bl-takemoto.htm



竹本忠雄「アンチ・ヤマトイズムを止めよ」
@@@@@@@@@@@@@@

  パリ在住の竹本忠雄(筑波大学名誉教授)が地元のラジオ局で生番組に出演した記録であるが、フランスのマスコミは左翼が強く、しかも中国贔屓で反日デモを支持するのだ。
  典型はルモンド(朝日新聞と提携している)。
とくに同紙は赤い中国を特集して、例の「南京大虐殺」の偽写真を大々的に組み込んで北京のキャンペーンに便乗。竹本さんはルモンドのコロンバニ社長宛に公開状を書いて直接乗り込んだ。しかし梨の礫だった。
  フランスにも正しい報道をするラジオ局がある。その人気番組「ラジオクールドワジー」によばれて熱弁の数々。とりわけアンチ・ヤマトイズムは「人種差別」と定義し、フランスの知識人の怠慢と横暴に挑戦している箇所が示唆に富む。



『再審「南京大虐殺」――世界に訴える日本の冤罪』
竹本忠雄・大原康男   著
<日英バイリンガル>   
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/

全部ネットで読めちゃいます。
お奨め!

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: sugotyon 投稿日時: 2005/11/04 23:33 投稿番号: [7635 / 41162]
「抗日の歴史」のみが、中共の存立基盤になっている。

捏造話は、続く。

無くなるのは、中共が崩壊した時。

Re: 外務省に抗議しよう

投稿者: shinoyokoku 投稿日時: 2005/11/03 20:09 投稿番号: [7634 / 41162]
嘘も100回以上言えば、本当にあったことのようになってしまう。
中国や韓国の捏造は世界中に常にばらまかれている。
数年後には、世界中に日本の嘘の歴史が塗りこまれ、本当にあったことのようにされてしまうだろう。
いつのまにかドイツのホロコーストと同じようになってしまい、世界から批難の声がでるようになるかもしれない。
早くやめさせなければならない。

Re: 外務省に抗議しよう

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/03 19:55 投稿番号: [7633 / 41162]
>国連3席小沢大使が、何故か「南京大虐殺」に関し、デッチ上げだ   と言い返せなかった理由だが、正直、アナタ様と見解は異なるのですけれど、・・・


マトモな証拠な何一つないのですから、小沢大使は支那の代表に対して「嘘を言うな!」と言うべきだったと思います。
証拠がないということは、なかったという結論になるのです。
外務省全体が弱腰なのが最も問題なのでしょう。


国連総会   ホロコースト追悼デー審議   中国、「南京」に矛先   日本   弱腰な対応
2005/11/03, 産経新聞

  【ニューヨーク=長戸雅子】ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の悲劇を議題とした国連総会の審議が一日行われたが、中国の代表は「六十年前、軍事的侵略者たちがアジア人たちにも言いようのない苦しみを与えた」と日本に矛先を向ける演説を行った。
  中国の代表は「中国だけでも死傷者は三千五百万人に達し、その中には一九三七年の南京大虐殺で死亡した三十万人がいる。ユダヤ人の人々と同様、アジアの人々も歴史のこの一幕を決して忘れないだろう」と日本への非難を展開した。
  これに対し、日本の小沢俊朗大使は答弁権を行使。日本が戦後、平和国家として歩んできたことを強調したが、中国の挙げた「南京大虐殺」の死者数には「歴史を議論する際には事実、特に数字について共通の理解を持つことがより建設的であることを指摘したい」と述べるにとどまり、弱腰の対応となった。
  日本外務省は旧日本軍の南京入城後、民間人の殺害や略奪行為は否定できないとしているが、被害者の具体的な人数を認定するのは困難との見解を示している。
  総会はナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所から被収容者が解放された一月二十七日を「国際追悼デー」に指定、特定の民族への差別や攻撃を非難する決議案を全会一致で採択した。

Re: 外務省に抗議しよう

投稿者: kurobiyouxi 投稿日時: 2005/11/03 11:03 投稿番号: [7632 / 41162]
いきなりで、申しわけないですけれど、以下送信の通り、私見を述べた次第です。

  国連3席小沢大使が、何故か「南京大虐殺」に関し、デッチ上げだ   と言い返せなかった理由だが、正直、アナタ様と見解は異なるのですけれど、日中両国ともに、6、70年前の当時の生存者が極端に減少した現在、小沢3席大使も、1937年頃からの日中間の「殺し合い」の歴史を否定するほどの地位(立場)であるのかどうか、ともかく、少なくも1930年代に生存していない国民(勿論、日中双方)同志は、南京大虐殺に関して、敢えて申せば、デッチ上げだ   或いは30万人の中国人を殺した   といった「言い合い、お互いに馬鹿扱いにする」状況は、日中両国民・国家が存在し続く限りお互いが、相手国を喰い合ったり、殺し合いは無いかも知れませんが、見解が一致   などということは絶対ない(両国民庶民が互いに、気にいらず復讐の気分だけを持つから)のではと思料した次第ですが。

◆温故知新・温新知故で歴史を正しく認識

投稿者: hh19951995 投稿日時: 2005/11/03 10:44 投稿番号: [7631 / 41162]
  新:少し前の中共中国・現代の中共中国を観察することにより、
  故:戦前・戦中・戦後直後の混乱期に、中共等が、中国大陸や朝鮮半島に在住していた日本人等に、いかに酷いこと(略奪・強姦・拷問・虐待・虐殺等々)を行ったかが、推察できると思います。
  特に、通化事件等々の日本敗戦直後の混乱期は、ひどかった。(日本人にとっては地獄だった)

Re: 法輪功弾圧→事実、現実、

投稿者: hh19951995 投稿日時: 2005/11/03 10:19 投稿番号: [7630 / 41162]
  南京大屠殺のような偽造写真・被害妄想・誇張も感じられませんし、誰が加害者なのかも明確だ。
  南京大屠殺のように、国民党軍や暴民によるレイプや略奪まで、日本軍の仕業とするような責任転嫁もされていない。
  中共中国による法輪功弾圧やチベット侵略や東トルキスタン侵略は、現代のホロコーストだ。
  中共中国は、国連で謝罪すべきだった。

Re: 支那で闇に葬り去られた歴史

投稿者: a7xro8 投稿日時: 2005/11/03 04:42 投稿番号: [7629 / 41162]
日本で闇に葬り去られた歴史でもあります。新聞、左翼政党、団体、進歩的文化人などが、大躍進政策、文化大革命などだけでなく、共産軍の歴史や活動を、盲目的に賛美して来たことを。

Re: 外務省に抗議しよう

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/11/03 03:11 投稿番号: [7628 / 41162]
>これに対して、日本の小沢俊朗・国連3席大使は「歴史を議論する際には、特に数字についての共通の理解を持つことが建設的だ」と発言。

そんなかったるいことを言っていないで、「南京大虐殺なんて嘘っぱちのでっち上げだ」と言ってやれば良い。


>「歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのおわびの気持ちを常に心に刻んでいる」とも述べた。

どうして、このような要らないことを言うのだろうか?
本当に情けない。

外務省に抗議しよう

投稿者: toyotomi_iejasu 投稿日時: 2005/11/02 17:06 投稿番号: [7627 / 41162]
南京大虐殺巡り日中が発言   ホロコースト議題の国連総会

  国連総会は1日、1月27日を第2次大戦中に起きたユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の「国際追悼デー」にする決議案を採択した。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所が解放された日にあたり、米国やイスラエル、ロシアなどが求めていた。

  大戦の惨事をめぐり、採択後に中国の国連代表部書記官が「60年前、アジアの人々も筆舌しがたい苦しみを受けた」と演説。「1937年の南京大虐殺で30万人が死亡した」として「ユダヤ人と同じようにアジアもこの歴史の一章を決して忘れない」と発言した。これに対して、日本の小沢俊朗・国連3席大使は「歴史を議論する際には、特に数字についての共通の理解を持つことが建設的だ」と発言。「歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのおわびの気持ちを常に心に刻んでいる」とも述べた。

http://www.asahi.com/international/update/1102/007.html

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: vivaohina2002 投稿日時: 2005/10/31 18:21 投稿番号: [7626 / 41162]
支那の日本軍の仕業による南京事件という捏造話に終止符を打たなければならない。

支那人の犯罪である南京虐殺事件。

Re: 支那で闇に葬り去られた歴史

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/31 01:16 投稿番号: [7625 / 41162]
>日本と支那の戦争中、支那共産党は逃げ回ってばかりいて日本と戦っていた国民党の足を裏で引っ張っていたこと。

そのとおりです。

訒小平も語っていました。
――――――――――――――――――――――――
  元陸軍で自衛隊の将官もつとめた人が5、6人で訪中し、北京の日本大使館を訪れた。何日もしないうちに一行がすっ飛んできて、予期もしなかった訒小平との会見が実現し、しかも大変な内容のことを発言したのでお耳に入れたいというのである。

  日本側が「先の戦争では申し訳なかった」といった内容のことを述べると、訒小平は発言をさえぎるようにして「われわれは日本軍をそんなに悪く思っていませんよ」と切り出した。あっけにとられた一行を前にした訒小平の説明はこうだった。

  「あの戦争が始まる前、われわれは井崗山(せいこうざん)から、長征の途についた。延安にたどりついたときは気息奄々、靴もちびはて、人数も2万人に減って、全滅寸前でした。ところが日中戦争が始まり、われわれを包囲していた蒋介石軍は日本軍によって次第に南部に押されていく。袋のネズミだったわれわれはそれで息を付くことになり、日本軍の後ろに回って、着々と工作をしていった。そして戦争終結時には数百万の正規軍を擁する軍事勢力にのし上がった」

西安に旅行したとき、周恩来が隠れていた地下指令室を見学した時のことを思い出した。展示されていた古い雑誌に、日本軍が蒋介石軍を破って南京に迫ってゆく様子を「形勢好」と表現してあった。「形勢はいいぞ」という意味だ。当時は「へんなことが書いてある」といった程度の認識だったが、国共合作で友軍になったはずの蒋介石軍が負けていて「いい」ということもなかろうにと考えた。

  とにかく1936年秋の西安事件までは、蒋介石は日本とことを構えるより、共産党制圧を第一目標にしていた。それが西安事件で順番が逆転する。そうしなかったら捕らわれの身だった蒋介石は殺されていただろう。

http://www.yorozubp.com/9806/980606.htm
1998年06月06日(土)
伴   正一

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: yellowflute_ohtagro_pupupuonpu 投稿日時: 2005/10/30 18:08 投稿番号: [7624 / 41162]
南京事件は支那人の捏造

Re: 支那で闇に葬り去られた歴史

投稿者: toyotomi_iejasu 投稿日時: 2005/10/30 15:56 投稿番号: [7623 / 41162]
蛇足です。

最近、上海事変は、日本が罠にかかったのが真相だと
暴露した本を読みました。

スターリンの指示に基づいて毛沢東が策動し、
国民党軍と日本軍が戦う破目に陥ったとのこと。

となると、支那事変を引き起こした主犯は、
中国共産党ということですよ。

支那の主張する歴史は嘘ばかり。

Re: 支那で闇に葬り去られた歴史

投稿者: yellowflute_ohtagro_pupupuonpu 投稿日時: 2005/10/30 12:22 投稿番号: [7622 / 41162]
嘘ばかりついているのが支那と支那人の特徴です

支那で闇に葬り去られた歴史

投稿者: devjlsadvocate_2_1999 投稿日時: 2005/10/30 10:42 投稿番号: [7621 / 41162]
毛沢東が指導した大躍進政策で、くず鉄を作るために全国で餓死者が数千万人もでた事実

文化大革命で数千万人の被害者がでた事実

天安門で大虐殺があった事実。

日本と支那の戦争中、支那共産党は逃げ回ってばかりいて日本と戦っていた国民党の足を裏で引っ張っていたこと。

支那の主張する歴史は嘘ばかり。

Re: 支那が中国の正式名称です

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/30 10:35 投稿番号: [7620 / 41162]
>中国ではなく支那と呼びましょう。

賛成です。

まず、「シナ」の語源ですが、中国史上最初の統一帝国「秦」(チン Ch'in 前221-207)から来ています。
この「チン」(秦)がインド(サンス クリット語)に伝わり、「チーナ」(Cina)・「ティン」(Thin)となり、更にヨーロッパへ伝わり、「シーヌ」(Chine 仏語)・「チャイナ」(China 英語)と変化していった訳です。
そして、戦前の日本で広く使用された「支那」もこれと同様で、梵語(サンスクリット語)の「チーナ」がインドの仏典と 一緒に中国に逆輸入されたもので中国人自身が「支那」・「脂那」と表記したのが起源です。
つまり、中国側が侮蔑用語としている「支那」の表記は、中国自身が編み出したもので、日本人は江戸時代中期以来終戦までそれを借用していたに過ぎないのです。
また、日本人が使用していた「支那」が侮蔑用語だというならば、「シーヌ」も「チャイナ」も侮蔑用語となる訳で(語源は全て同じなのだから)、中国が自国の英語表記を「People's Republic of China」(中華人民共和国)とする事自体矛盾している訳です。

「中国」の呼称に潜む真の意味について書いてみようと思います。
中国の現国名「中華人民共和国」の「中華」ですが、この中の「華」とは古代中国の王朝「夏」が起源で、「中夏」とも書かれました。
そして、「中国」・「中華」の「中」とは、「世界 の中心」を意味しており、「中華」とは、「世界の中心である夏(華)」と言った意味なのです。
そして、この「中国」・「中華」とは裏を返せば、中国周辺の国々は「野蛮で非文化的な未開な地」と言う意味も込められています。
これが「中華思想」と呼ばれるもので、中国の周辺国は方角によって、東夷・西戎・南蛮・北狄と呼ばれました。
勿論、私たちが住む日本も例外ではありません。
「邪馬台国」や「女王卑弥呼」で有名な「魏志倭人伝」も、正式には「魏志東夷伝倭人条」と言います。
つまり元来、日本人が中国の事を「中国」と呼ぶ のは大義名分からしても不自然な訳で(あの「広辞苑」にもそう書かれています)、中国側が自国の呼称としている「中国」(及び「中華」)は、逆の意味で「支那」以上に侮蔑用語なのです。

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: devjlsadvocate_2_1999 投稿日時: 2005/10/30 10:00 投稿番号: [7619 / 41162]
中国による南京大虐殺という歴史の捏造ははっきりしているのに、南京大虐殺記念館なる物を作って世界歴史遺産に登録しようと申請している中国人。

恥も外聞もないとは、歴史を捏造する中国人のことだ。

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2005/10/30 08:34 投稿番号: [7618 / 41162]
支那人は嘘をつくな

南京事件は支那人によるレイプ殺害を日本軍の仕業に見せかけている支那の歴史捏造事件。

支那共産党のウソにだまされる支那人。

投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2005/10/30 08:20 投稿番号: [7617 / 41162]
支那人の反日暴動が起こったとき、ほとんどの日本人はなぜと思ったのではないだろうか。

支那人が支那共産党に洗脳されていることをまざまざと見せ付けられた支那人の反日暴動

南京大虐殺は日本軍の仕業という嘘をつき続けて、支那人の犯罪を日本人にかぶせる嘘つき民族が支那人です。

jptmd2004という元日本留学生の支那人がいます。

その支那人は満州民族人ですが、漢民族に媚を売る満州民族人です。

反日暴動は日本人に戦争の罪を認識させるために必要だなどとわめき、戦争などとは無関係な世代の日本人にまで戦争責任があると馬鹿なことをわめき散らしている支那人がjptmd2004です。

そんなことをわめいているjptmd2004は、支那が侵略した過去の戦争についてなんら反省すらしていません。
チベットを侵略して150万人ものチベット人が支那人に虐殺されたことの反省すらできない支那人。
朝鮮を侵略し朝鮮人を殺害した支那人
その反省すらしていない支那人

ベトナムを侵略し女性をレイプし、残虐非道な行為を繰り返した支那人
その反省をまったくしていない支那人。
残虐非道な強盗殺人鬼支那人に説教などされたくないものだ。

Re: 支那人の犯罪、南京事件

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/30 05:57 投稿番号: [7616 / 41162]
>支那人が南京城内で支那人を虐殺レイプし略奪したのです。


そのとおりです。

●南京における支那人による【反日撹乱工作】

1938.1.4   NYタイムス

元支那軍将校が避難民の中に   大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに

南京の金陵女子大学に、避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、逃亡中の大佐一味とその部下の将校を匿っていたことを発見し、心底から当惑した。実のところ教授たちは、この大佐を避難民キャンプで2番目に権力ある地位につけていたのである。
  この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、それから女子大の建物に住んでいて発見された。彼らは大学の建物の中に、ライフル6丁とピストル5丁、砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのもであると自白した。
  この元将校たちは、南京で掠奪した事と、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人や外の外国人たちのいる前で自白した。この元将校たちは戒厳令に照らして罰せられるだろう。


1938.2.17   大阪朝日
皇軍の名を騙り   南京で掠奪暴行   不逞支那人一味捕る
【同盟南京二月十六日発】
皇軍の南京入城以来わが将兵が種々の暴行を行つてゐるとの事実無根の誣説(ぶせつ)が一部外国に伝わつてゐるので在南京憲兵隊ではその出所を究明すべく苦心探査中のところこのほど漸くその根源を突き止めることが出来た。
右は皇軍の名を騙って掠奪暴行至らざるなき悪事を南京の避難地域で働いてゐた憎むべき支那人一味であるが憲兵隊の活躍で一網打尽に逮捕された。
この不逞極まる支那人はかつて京城において洋服仕立を営業、日本語に巧みな呉堯邦(二十八才)以下十一名で皇軍入城後日本人を装ひわが通訳の腕章を偽造してこれをつけ、(略)の三ヶ所を根城に皇軍の目を眩ましては南京区内に跳梁し強盗の被害は総額五万元、暴行にいたつては無数で襲はれた無辜の支那人らはいづれも一味を日本人と信じきつてゐたため発覚が遅れたものであるが憲兵隊の山本政雄軍曹、村辺繁一通訳の活躍で検挙を見たものである。
一味は主魁呉堯邦のほか…の十名でいづれも皇軍の入城まで巡警を務めてゐた。



南京の死体の死因は十七通り存在する
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2-1-3

(一部抜粋)

十二月七日、中国軍は南京周辺を徹底的に焼き払い、焼け出された市民が難民となって城内に流入、商品流通が麻痺し食料難が加速、一部では暴動が起こった。中国軍は治安維持のため少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺した[三十二]」。

[三十二] 上海一九三七年十二月八日発「東京日日新開」は次のように報じている。「南京衛戌司令唐生智はどさくさに乗ずる市民の暴動を恐れて七日朝来市内警備を一層厳重にして少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺し、すでにその数、百名に及んでいると支那紙は報じている」(『南京戦史』二七三頁)

Ω   Ω   Ω

「日本軍入城前の最後の数日間には、疑いもなく彼ら自身の手によって市民と財産に村する侵犯が行われたのであった。気も狂わんばかりになった中国兵が軍服を脱ぎ棄て市民の着物に着替えようとした際には、事件をたくさん起こし、市民の服欲しさに、殺人まで行った[三十三]」」

[三十三] 南京アメリカ大使館通信、エスピー報告、三八年一月二十五日」『南京事件資料集 第一巻』二三八頁。

Re: 「屠殺」は支那4000年の歴史の代名詞

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/30 01:25 投稿番号: [7615 / 41162]
>こう言った事実を、日本がやったと宣伝されている事については、本当に慙愧に耐えません。


同感です。

こんな著書もあります。
――――――――――――――――――――――――
  一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍(1)よりも彼等自身の軍隊(2)をさらに一層憎んだ。穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった(3)。日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。

(1)日本軍は食べ物が良かったので、中国兵ほどには盗みをする必要がなかった。

(2)この表現が不適当であることはいうまでもない。彼等はこの軍隊を決して自分たちの軍隊とは考えなかった。日本軍の兵士も国民党の兵士も、外からやってきた同じ禍であるのに変わりはなかった。

(3)例えば、1941年の春に、河南省と山西省の省境の山岳地帯で起こった。

  Ω   Ω   Ω

  軍隊の行動や戦争のやり方からだけでも、農民がどのような反応を示したかは想像に難くない。彼等は自らを守って生き延びようと努力したのである。彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。河南省では、当局の無関心、無能力、穀物のトン積、さらには投機のために、1942年から43年にかけて起こった飢饉(2)が大いに悪化したので、日本人が1944年にこの省に再び(3)侵入した時、彼らにとっては事はことのほかに容易だった。彼らが前進してくるにつれて、農民は国民党の軍隊を襲撃し、武装解除し、時にはこれにリンチを加えたのである。

(1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。

(2)未確認の数字であるが、この飢饉のために凡そ200万の死者を出したといわれる。

(3)戦争の初期に、彼等は1度ここを占領したことがある。

『中国革命の起源1915-1945』ルシアン・ビアンコ著

――――――――――――――――――――――――

上海一九三七年十二月八日発「東京日日新開」は次のように報じている。「南京衛戌司令唐生智はどさくさに乗ずる市民の暴動を恐れて七日朝来市内警備を一層厳重にして少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺し、すでにその数、百名に及んでいると支那紙は報じている」

『南京戦史』二七三頁

中華珍民凶悪国=中華人民共和国

投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2005/10/29 23:01 投稿番号: [7614 / 41162]
支那共産党の残虐行為で死亡した支那人は1億人を超えると言われています。

過去の支那王朝の大虐殺の責任まで支那人は日本に擦り付けています。

支那の歴史そのものが歴代王朝によって捏造されたものです。

Re: 「屠殺」は支那4000年の歴史の代名詞

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/10/29 21:28 投稿番号: [7613 / 41162]
有難うございます。

こう言った事実を、日本がやったと宣伝されている事については、本当に慙愧に耐えません。

又、日本のマスコミも第二次大戦の事実を、馬鹿三国に謝罪ばかりではなく、こう言った事実を世界に広めるべきです。

靖国神社参拝に対する、過剰な反応は正に、全ての戦争責任を日本に擦り付けて、自らの正当性を誇示している様に見え、自らの恥じた歴史を糊塗し、捏造しているとしか思えません。

あ、既に捏造した歴史を、シナは造って多くが学んで居るんでした。
哀れと言えば哀れ、です。

Re: 「屠殺」は支那4000年の歴史の代名詞

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/29 20:07 投稿番号: [7612 / 41162]
>色々、勉強になります。
>感謝いたします。

いえ、どういたしまして。

勿論、支那事変以降も大屠殺の伝統は受け継がれています。

――――――――――――――――――
私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。

Ω   Ω   Ω

敵の最初の計画は、伝えられるところでは、大きく迂回した包囲戦略をとり、隴海線に沿って西進し、さらに平漢線南半を奪って大武漢の背をつこうというものだったという。しかしこの戦略は、6月11日の黄河堤防の決壊で、河南省東部が沼沢地帯になったため、水の泡と化した。
あの時、黄河の堤防は開封の西北の五荘、京水鎮、許家堤等で同時に決壊した。わが方の対外宣伝では敵の無差別爆撃による、といっていたが、実はわが軍の前線の将軍が命令によって掘りくずしたのだった。わが伝統兵法――「水、六軍を淹(ひた)す」だった。しかし敵が水浸しになった程度はたかの知れたもので、むしろわが方の民間の生命財産が想像もつかぬ犠牲をこうむった。

Ω   Ω   Ω

長沙に火をつけたのは、国民党が蒋介石の指図でやった大仕事だった。彼らは一度派手な手柄をたてようと、クトゥーゾフがモスクワを焼き払ったのをまねて長沙焼き払いをしでかしたのだ。しかし、残念ながら日本軍はこれを道化役にしてしまい、ナポレオンを演じに登場してはくれなかった。全市に焼け棒杭の山を残し、百余万戸の家を焼き、そればかりいまだに総数もわからぬ傷病兵や年寄り、子供、病人などの市民を焼死させた責任は、いったい誰が負うのだろうか?
行政上の処分は――18日に警備指令艷悌、警備第二連隊長シュークン、公安局長文重孚の3人が銃殺された。
長沙の人びとは真相がわからなかったので、省主席の張文白(張治中)を怨んだ。
(中略)
しかし、あだはかたきに、借金は貸し主にというもので、張文白を怨むのは見当ちがいである。張文白その他の連中は蒋介石の命令を執行しただけなのだから。私たちがのちに手に入れた確実な情報によれば、張文白は12日午前9時、長沙全域を焼き払えという、蒋介石の密電を受けとったのだ。

『抗日戦回想録』   郭沫若自伝

――――――――――――――――――

・支那共産党は盧溝橋事件を起こし、即座に「日本軍侵略開始」と宣伝した。

・通州で支那保安隊が国民党に寝返るために200人以上の日本人居留民を大虐殺。

・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。

・撤退時は井戸に細菌を投じて住民諸共殺害し、「日本軍がやった」と嘘宣伝。

・上海から南京への敗走中も、略奪、放火等を行い、三光作戦と称して日本軍の仕業に転嫁。

・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行った犯罪を日本軍の仕業に転嫁した。

・黄河の堤防を決壊し、数十万の支那住民を殺害、「日本軍の行為」と嘘報道。

・不法毒ガスを使用して住民諸共殺害。

・蒋介石は日本軍の残虐行為を宣伝するために、日本軍が長沙市に近づいた時、長沙全域を焼き払って多くの市民を焼死させた。

・戦後、日本統治下にいた支那住民に「日本に協力」と言いがかりをつけて裁いた。

・国共内戦でも双方が大虐殺。

・支那共産党は資本家や地主を虐殺し、国民党員を大量処刑、知識人を大量衰弱死。

・国民党は台湾に逃げて二、二八事件。

・支那共産党はチベットを侵略、大虐殺し、文化大革命で数千万人を殺し、対ウィグル人残虐行為、天安門事件で民間人虐殺。

南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: i_love_shina_very_much 投稿日時: 2005/10/29 19:02 投稿番号: [7611 / 41162]
南京大虐殺なんて中国共産党の捏造です。

南京では過去に大虐殺があったがそれはすべて支那の王朝の興亡によるもので、日本人とは関係ない。

支那が中国の正式名称です

投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2005/10/29 17:37 投稿番号: [7610 / 41162]
中国は世界の中心ではありません。

中国ではなく支那と呼びましょう。

中国の正しい呼び方は支那です。

支那が正しい中国表記です。

支那   支那   支那   支那   支那   支那   支那   支那

南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: china_dame_dame 投稿日時: 2005/10/29 17:32 投稿番号: [7609 / 41162]
中国では南京大虐殺記念館などを作っていますが、南京で過去に多くの人たちを虐殺したのは歴代王朝です。

南京大虐殺記念館は、日本人が南京で大虐殺したと言う嘘を本当のように見せかけるために作られたものです。

支那人の犯罪、南京事件

投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2005/10/29 17:07 投稿番号: [7608 / 41162]
南京大虐殺は嘘です。

支那人が南京城内で支那人を虐殺レイプし略奪したのです。

支那と呼ぼう。 支那正名運動

投稿者: chinese_nante 投稿日時: 2005/10/29 15:56 投稿番号: [7607 / 41162]
中国は世界の中心ではありません。

中国ではなく支那と呼びましょう。

中国の正しい呼び方は支那です。

支那が正しい中国表記です。

支那   支那   支那 支那   支那

Re: 「屠殺」は支那4000年の歴史の代名詞

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/10/28 23:14 投稿番号: [7606 / 41162]
色々、勉強になります。

感謝いたします。

朝鮮慰安婦の御婆さん達

投稿者: mirucoporo 投稿日時: 2005/10/26 06:46 投稿番号: [7605 / 41162]
日本軍のお兄様達はあなた達にお金を払っていたのです
本来なら国の為に戦う兵士達に無料で体を捧げなければなりません
それなのに朝鮮の売春婦はお金を貰っていたのです
日本人の慰安婦は戦後誰も訴える人は居ません
当たり前です。お金を貰って当時では良い待遇で生活させて貰っていたのですから
それなのに朝鮮売春婦はまだ金を取るつもりです
いい加減にしなさい

「従軍キーセン」×、「追軍売春婦」◎

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/24 23:08 投稿番号: [7604 / 41162]
>例えば『従軍キーセン』はどう?

「従軍」という言葉は、「従軍記者」や「従軍看護婦」と同列に扱うことになるので相応しくないと思います。
また、「キーセン」という言葉は、朝鮮人より日本人(内地人)の方が多かった慰安婦の実態を適格に表現していません。
やはり#7593や#7594で述べましたように、「追軍売春婦」が良いと思います。
よろしくお願いします。

「屠殺」は支那4000年の歴史の代名詞

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/24 22:54 投稿番号: [7603 / 41162]
>シナ人の性格は、5000年の歴史で虐殺を何とも思っておりません。

そのとおりです。

  ・中国では長年にわたり、王朝が変わるたびに、北京、西安、開封、揚州と大虐殺を繰返してきました。南京では、東晋の時代に王敦という武将が行っている。それ以降も大虐殺を繰り返し、近代最大のものは、曾国藩の弟で、曾国茎という武将によるものです。3ヶ月くらい略奪したり、火をつけたりしている。非常に詳しい記録が残っているのですが、それが「南京大虐殺」における今の政府の発表とそっくりなのです。つまり、中国の伝統に則っている。
  中国の戦争には古来、「屠城」という伝統があります。普通軍隊は給料を払わないから、虐殺と略奪によってまかなうやり方が伝統としてある。だから、以前大学で教鞭を執っていた南京出身の学者に聞いたら、「日本軍の大虐殺なんて嘘ですよ」とはっきりいっていました。
黄文雄   拓植大学客員教授   諸君8月号   平成16年
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