南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 糧食送付

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/02/11 14:37 投稿番号: [38777 / 41162]
公娼制度で如何に多くの女性が救われたのかを知らないようだなぁ〜。

所詮、人間も動物、食欲、物欲、性欲有って当り前。

そう言った女性を貶める、反日サヨに迎合する無かれ〜。

Re: 糧食送付

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 14:23 投稿番号: [38776 / 41162]
禁欲主義者に一般人のことが判るかというと、夫れには無理が在るよね。

逆に禁欲主義者のことも一般人には理解するのは無理があるよね。

途中から禁欲したのならば、一般人のことも理解出来るだろうけどね。

一般人が途中から禁欲したとすればそれはそれで理解出来るだろうけどね。

君の論理を理解せよというのには無理があるよ、君は反省しなさい。

Re: 糧食送付

投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/11 13:22 投稿番号: [38775 / 41162]
>行ったことが無ければ内部の事情は知らないんだね。

私は禁欲主義者であり、それらの施設に行くことはこれからもありえない。

君は行ったことがあるようだが、だからといってすなわちそれの労務規定が軍隊に適応したものであるかは未知数である。

したがって、貴殿のソープ嬢募集計画は無理と判断します。

Re: 糧食送付

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 13:03 投稿番号: [38774 / 41162]
行ったことが無ければ内部の事情は知らないんだね。

君が一回行って来てからお話ししましょうね。

そうしないと利用の形態が理解出来ないでしょう?

Re: 糧食送付

投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/11 12:31 投稿番号: [38773 / 41162]
もちろん行ったことないよ。

蕃族の宗教間其の三

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 10:03 投稿番号: [38772 / 41162]
雨乞い

ニュフミンショ   シュサンビジョク(只今豚を屠りて供う)

アナキャハンモツ   ハミレクガガガ(仮令紊りに習慣を破る者ありとも)

カモアラフショ(雨ふらせ給え)

マホッケルサミウジャイ(我等は死の苦しみにあり)

バッカウットフガ   カモアラフショ   カモアラフショ(神よ我等を愛するならば雨を降らしめ給え降らしめ給え)

蕃族の宗教観其の二

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 09:49 投稿番号: [38771 / 41162]
舎加路番

神(リュットフ)   善神(ビッラクリュットフ)
          悪神(ヤッカイリュットフ)

神の善悪は結果によりて判断す神其の者には善悪なし
悪人は災害を受くるも神の悪しきによらず人の悪しき為なり
仲悪き者を夢に見たる時は「ヤッカイリュットフ」なり
仲良き者を夢に見たる時は「ビッラクリュットフ」
魂あればこそ人は互いに談話するを得
祖霊の保護あればこそ人は生活し得るなれされど何処に居るや不明なり唯夢にて其の姿を見得る

↑悪神を「ヤッカイ」と云う様だが、日本では厄介な出来事という表現を使うよね。

日本と非常に似た言葉だよね。

この様な人を日本人が馬鹿にする事は無いし、馬鹿にした事実は無い。

Re: 糧食送付

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 09:34 投稿番号: [38770 / 41162]
君は行ったこと在るの無いの、人に聞く前に自分の経験を教えるのが常識だよね。

それとも常識の無い人なの?

蕃族の宗教観

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 09:32 投稿番号: [38769 / 41162]
加拉歹番

神(リュツトノ)   善神(ビスチックリュットフトゥミンヌン)
          悪神(ヤッッカイリュットフ)

人には魂あり死後神となる而して魂は一つあるのみ
夢によりて神あるを知る
人の死後霊魂は「アトハン」に赴く
「アトハン」は「ビットンガサル」
霊魂は虹を渡りて「アトハン」に赴く而して馘首せざる男機織りの術を知らざる女は其橋を渡る能わず途中で死す
幽霊は人の形なり
・・・・云々

日本人に或る意味近い宗教観なんだね。

読まんぞ、wadatumi_voice21

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/11 09:22 投稿番号: [38768 / 41162]
ウザッタラシイだけだ、馬鹿!!

Re: 糧食送付

投稿者: nidanidao 投稿日時: 2012/02/11 09:14 投稿番号: [38767 / 41162]
>従軍慰安婦の募集しなくてもソープ嬢を募集すれば良いんですよ。

ソープ嬢って、いわゆるソープランドというところで働いてる人のことだよな。

君はそういうところへ行ったことがあるのかい?

Re: 他国の人民を蕃族と蔑視した皇軍(1)

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 08:54 投稿番号: [38766 / 41162]
加拉歹番

巴禺誇蘭番

舎加路番

鹿場番

汝水番

太湖番

屈尺番

■(草冠に奇)拿餌番

以上が蕃族の呼称だね。

之を知らずに馬鹿は捏造するんだね、いい加減な出任せを。

捏造とでっち上げが好きなワダツミの声

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2012/02/11 08:37 投稿番号: [38765 / 41162]
>>事件があったか   なかったか   などという論議は、既に無意味だ

と書いてあるのだから、書いた本人が、
・私が書いたことは、事実に基づくものではない
・私が書いたことは、捏造、出鱈目だらけです、
・私が書いたことは、でっち上げと嘘に基づきます

と自白した訳だ、、、、笑い

Re: 他国の人民を蕃族と蔑視した皇軍(1)

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/11 08:36 投稿番号: [38764 / 41162]
蕃族とは中国人の言い方、日本人はその様な奥ゆかし言い方はしません、中国の呼称に習っただけです。

茲に根本的間違いが在るんだね、中国人の評価に関して。

中国の一般的兵士は中国人の間では、盗賊、殺人者等の犯罪者がなるものと云われているんだよね。

実に其の通りのことが中国で、戦前も、戦中も、戦後も行われて、数千万人の生命が奪われたことは記憶に新しいよね。

ウザイぞ、wadatumi_voice21

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/11 00:17 投稿番号: [38763 / 41162]
読まん!!

―The rape of Nanking― (3)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/11 00:05 投稿番号: [38762 / 41162]
陸軍通牒などからも分かるとおり、当時   日本軍にとって、
中国戦線での強姦多発は   深刻な問題となっていた。
その対策として、慰安所の設置が   喫緊の課題となったのだ。
慰安所設置に関し、岡村中将(のち大将、支那派遣軍総司令官)は、
戦後の講演で次のように語っている。   (出典:防衛研究所図書館
所蔵「戦場に反映した国民精神」岡村寧次、昭和29年4月18日)

   軍司令官着任后先ず某師団長を訪問したところ、同師団長は
   「私の師団の将兵は   戦闘第一主義に徹し、勇剛絶倫なるも
   掠奪、強姦等の非行を軽視し、団結心強きも排他心も強い。
   南京事件は前師団長時代のことであるが相当暴行をしたことは
   確実である云々」   と、公平率直に報告した。
    (中略)
   当時各兵団は数十名の慰安婦を同行していた。兵站の重要なる
   一機関に   なっているが、強姦予防のため   上司も黙認と云ふ
   有様であったのである。   日露戦争時代には   慰安婦の同行は
   なかったが   強姦も無かったのである。

   我が陸軍では昭和七年春第一次上海事変の際、海軍側に倣って
   公然慰安婦を設けたのが最初である。   その当時極めて少数で
   あったが   強姦罪が   発生したが、此慰安婦を   始めてからは、
   此犯罪が無くなったのを記憶している。   然るに昭和十二年の
   今日慰安婦を   同行しても、なお多くの   強姦する者を   続出
   するのである。

第十一軍隷下で南京戦に参加し、その後に   師団長が交代したのは
第六師団長だけであるから、ここで「某師団長」とされているのは、
稲葉四郎中将であり、「前師団長」   というのは、戦後の南京の戦犯
裁判で死刑となった   谷壽夫中将のことだろう   と思われる。
以上のように   一般市民への残虐行為には、日本軍の幹部を含めて
加害者、被害者、第三者の   それぞれが、多数の証言を残している。

その時、その現場にいた人々が、実体験あるいは目撃した事実を語り、
記録していることを、ウソだ   捏造だ   などと口をきわめて罵るのは
世界中を探しても   日本国内の   馬鹿ウヨしか存在しない。
いまさら   南京事件はウソだったなどと   血眼で宣伝流布して、
いったい、何の利益があると   言うのだろうか。
むしろ   国際社会に対して   見苦しい醜態を   さらすだけだ。

本来   議論すべきことは、南京事件が   あったか無かったか  
などという   間抜けな話ではなく、そうした組織的な犯罪行為が
なぜ   発生したのか、なぜ   防げなかったのか、ということの
徹底検証であり、重要なことは、そのことによって二度と再び
世界に   悲劇を繰り返さないための教訓を   得ることだと思う。
 
 
 

―The rape of Nanking― (2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/11 00:04 投稿番号: [38761 / 41162]
岡村寧次大将は   ウソつき、あるいは   妄想家   なのだろうか。
そうでなければ、彼は軍人として   冷静に   状況判断したうえで、
南京攻略時において   「数万の   市民に対する   掠奪強姦等」の
「大暴行があったことは   事実である」   と断言したことになる。
松井司令官も、掠奪や強姦等の発生が事実あった、と認めている。
軍の高級幹部たちも   犯罪の事実を   認めざるを得なかったのだ。

一般民衆に対する   残虐行為の中でも、とくに   強姦が多発した。
当時の中国駐在のドイツ人の報告なども、強姦の多発を強調する。
初期の   中国戦線における   婦女暴行の多さを示す   史料として、
37年2月に   陸軍次官が   陸軍諸部隊に出した   通牒がある。
「支那事変地ヨリ帰還スル軍隊及軍人ノ言論指導取締ニ関スル件」
(出典:『日中戦争史資料9   南京事件Ⅱ』河出書房新社、1973年)

これは   帰還した兵士が、強姦などの事実を   証言することを
取り締まるように   という、「口止め」   のための   通牒だが、
それに添付された   「事変地ヨリ帰還ノ軍隊・軍人ノ状況」という
参考資料には、強姦について   次のような   帰還兵の露骨な言辞が
記録されている。

   ・○○デ   親子四人ヲ捕ヘ、娘ハ女郎同様ニ   弄ンデ居タガ、
    親ガ余リ娘ヲ返セト   言フノデ   親ハ殺シ、残ル娘ハ部隊
    出発迄   相変ラズ弄ンデ   出発間際ニ殺シテ了。
   ・或中隊長ハ、「余リ問題ガ起ラヌ様ニ金ヲヤルカ、又ハ用ヲ
    済マシタ後ハ分ラヌ様ニ殺シテ置ク様ニシロ」ト暗ニ強姦ヲ
    教ヘテヰタ。
   ・戦争ニ参加シタ軍人ヲ一々調ベタラ、皆殺人・強盗・強姦ノ
    犯人許リダラウ。
   ・戦地デハ強姦位ハ何トモ思ハヌ。現行犯ヲ憲兵ニ発見セラレ、
    発砲シテ抵抗シタ奴モアル。
   ・約半歳ニ亘ル戦闘中ニ覚エタノハ強姦ト強盗位ノモノダ。

諸国から「南京レイプ」   と呼ばれたほど   南京では強姦の発生が
多かったが、南京戦だけではなく、中国戦線各地でも多発したのだ。
この対策として、親告罪ではない戦地強姦罪を新設せよという主張が
日本軍の中からまで   出てきたり、慰安所を特設して   強姦の防止を
はかろうとするようになり、武漢攻略戦の際には、はやくも   多数の
慰安婦集団が   動員されて   第一線に追随し、占領直後に   慰安所を
開設したほどだった。

第十軍兵士、東京の岡本健三は   次のように   告白している。
「私たちは杭州湾に上陸した時から女に飢えていました。上官から、
女に手を出したら、後で殺せ、しかし、銃剣で刺殺したり、銃殺は
するな、という不文律のようなものを聞きました。これはおそらく
証拠隠しのためでしょう。しかし、処罰規定など事実上空念仏でした。
今まで処罰された者は一人もいません」

読売新聞従軍記者だった小俣行男は「中国戦線従軍記者の証言」で
上述の事実を、以下のように   補足している。
  「強姦をしなかった日本兵等   ほとんどいなかった」
  「女性は強姦されたあとは   必ずといっていいほど   殺された」

―The rape of Nanking― (1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/11 00:01 投稿番号: [38760 / 41162]
中国で多発した   一般市民への残虐行為、掠奪や強姦等は、
日本軍自身も   頭を悩ませるほどに   頻発、拡大していた。
少数の憲兵だけで、各地で多発する   犯罪の取り締まりは
ほとんど   不可能に近かった   と思われるが、
それでも   目にあまるものは   軍法会議にかけられた。

もちろん   それは、「九牛の一毛」   に過ぎないが、
「第十軍法務部陣中日誌」には、次の数字が   あげられている。

  1938年2月18日調べの   第十軍の被告事件   一覧表では、
  既決事件102人中   強姦22人、殺人27人、強盗殺人2人、
  傷害致死2人。   未決16人中   強姦2人、殺人1人となっている。
(出典:『続現代史資料・軍事警察』みすず書房   1982年、218頁)

これらの   摘発された   犯罪行為が“氷山の一角”であることは、
次に引用する   通牒によって、うかがい知ることができる。
これは、第十軍が   南京攻略の後に   杭州攻略に向かう際、
同軍参謀長が   12月20日付で   麾下諸部隊に   発したものだ。

   掠奪婦女暴行放火等ノ厳禁ニ関シテハ縷次訓示セラレタル所
   ナルモ、本次南京攻略ノ実績ニ徴スルニ婦女暴行ノミニテモ
   百余件ニ上ル忌ムベキ事態ヲ発生セルヲ以テ、重複ヲモ顧ミズ
   注意スル所アラントス

つまり、何度も注意を繰り返しているのに、同軍だけで、しかも
婦女暴行だけに   限っても、100件以上も発生するという事態
について   述べているのだ。

じつは、松井方面軍司令官自身も、その「戦陣日記」   の中に
掠奪、強姦について   記述している。   12月20日の項には
「一時我将兵ニヨリ   少数の掠奪行為   (主トシテ家具類ナリ)
強姦等モ   アリシ如ク、多少ハ   已ムナキ実情ナリ」   とあり、
さらに   12月26日の項には   「南京、杭州附近   又掠奪、
強姦ノ声ヲ   聞ク」   とある。

最高司令官自らが、多少の掠奪、強姦は   「やむをえない」という
認識だったのだから、将兵が人権意識に欠けるのは   当然だろう。
もちろん、「多少の」   件数でも、掠奪や強姦は   犯罪行為だ。
しかも、松井司令官の耳に入った犯罪件数は、ごく   一部だった。
南京攻略の翌38年8月に、武漢攻略戦のため   第十一軍司令官
として赴任した岡村寧次中将は、回想録に次のように書いている。

   上海に上陸して1、2日の間、先遣の宮崎参謀、中支那派遣軍
   特務部長   原田少将、杭州特務機関長   荻原少佐等から
   聴取したところを総合すれば   次のとおりであった。
   一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行が
   あったことは事実である。
   一、第一線部隊は給養を名として俘虜を殺してしまう弊がある。
   (出典:『岡村寧次大将資料・上』原書房   1970年、291頁)

他国の人民を蕃族と蔑視した皇軍(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/10 23:59 投稿番号: [38759 / 41162]
靖国神社には、「台湾理蕃」で   先住民「討伐」の過程において
戦死した   約1500名の   「英霊」が   合祀されている。
しかし、その「英霊」を含む   皇軍兵士によって、天皇に逆らう
蛮族として   攻撃され、まるで虫けらのように   殺戮されていった
はるかに多数の先住民の死者は、誰一人として   記録されていない。

台湾原住民による   抗日運動は、「台湾理蕃」   終了から後の
昭和に入ってからも   発生した。   1930年10月に起きた
霧社事件などが   有名で、多数の死傷者が   出る事態となった。
もちろん   暴動事件のきっかけを作ったのは   日本人ではなく、
原住民だったかも知れないが、根底には   力による   民族支配、
その弊害が存在していた事実を   無視することは   できない。

当時、世界各地の   植民地では   自主権回復の気運が   昂揚し、
実際に   白人支配から脱して   独立する国々が   相次いでいた。
日本の植民地となっていた朝鮮でも、他のアジア諸国民と同様に、
民族自決の原則に基づく   祖国の独立を求め、幾度も立ち上がり、
そのたびに   日本軍部による   過酷な武力弾圧を   受け続けた。
特に有名なものとしては、3・1運動や   5・4運動などがある。

1919年1月21日、ソウルの徳寿宮で、日本に退位を迫られ
幽閉されていた李太王が   突然   死んだ。   日本は「脳溢血」と
発表したが、人々は、誰も   その発表を   信じなかったという。
この事件をきっかけに、3・1独立運動が   発展し、
ついに   同年3月1日、ソウルのパゴダ公園は   大勢の民衆で
あふれかえり、9年間使用禁止だった太極旗が   高々と翻った。

集会後、デモ行進が市内に向けて開始されたが、それに圧倒され、
鎮圧にきた日本の憲兵隊も   一時退却したほどだった   という。
朝鮮全土に広がった独立運動は、しかし、出動した日本軍の武力
弾圧により、徹底的に   押し潰された。
結局、朝鮮人が   悲願の独立を果たし、自主権を回復するのは、
日本帝国の無条件降伏、皇軍の壊滅を   待たねばならなかった。

日本帝国の支配が   台湾や朝鮮の近代化に寄与した側面はある。
しかし、「台湾理蕃」にしても   朝鮮の独立運動への弾圧にしても、
他国民の主権を侵して   武力で従わせることは、侵略行為であって
けっして「自衛戦争」   などではない。
仮に、「蕃族」を   文明化・近代化させるため   だからといって、
他国による武力侵略が   許されることには   ならないのだ。

「暴戻支那膺懲」を大義名分にして   中国大陸に大軍で押し寄せ、
各地で「事変鎮圧」に邁進した皇軍には、こうした“伝統的”な
意識が、根強く染み付いていた。   「支那人ハ戸籍法完全ナラザル
ノミナラズ   特ニ兵員ハ浮浪者多ク   其存在ヲ確認セラレアルモノ
少キヲ以テ」   「之レヲ   殺害」   しても   「問題トナルコト無シ」
と、侮蔑していた   中国軍兵士に対して、躊躇なく   残虐な行為が
繰り返されたのは、ごく   自然のことだった   と言えるだろう。

他国の人民を蕃族と蔑視した皇軍(1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/10 23:39 投稿番号: [38757 / 41162]
南京虐殺事件の発生を招いた   大きな原因の一つには、やはり
当時の   皇国思想から醸成される   傲慢で不遜な   民族意識と、
それを反映したところの   他国民蔑視、特に   中国人や朝鮮人に
対する   根の深い侮蔑が、作用していた   と言えるだろう。

南京だけでなく、日本軍が武力侵攻した中国各地で、捕虜や
民衆に対して   残虐行為が多発した   背景には、日本軍に
内在していた   中国人民に対する蔑視、差別意識があった。
さらに   国際世論を恐れた政府が   あくまで   “事変鎮圧”
として片付けようとしたことが   国際法規無視を   招いた。

野蛮な中国人を、先進的で正しい日本人が   力で征伐する――
こうした位置づけが、血なまぐさい戦争を正当化し、
無法な武力侵攻と   残虐行為を   中国領土内に拡大していった。

敵の国民は皆   野蛮人であり、力をもって   討伐することは
「正義」を成すことである   という意識づけが、兵士たちに
刷り込まれた。   そのうえに、日本領土を侵略する   意図も、
その能力もなかった   当時の中国に攻め込む大義名分として
「暴戻支那膺懲」   つまり、中国人を「こらしめる」という
スローガンが   叫ばれた。   主権侵害以外の何ものでもない。

こうした他国民を見下した傲慢な視点は、日中戦争以前から
日本軍の戦略思想の基層には   すでに   存在していたようだ。
その実情を   うかがい知る資料として、『靖国神社忠魂史』を
あげることができる。  

靖国神社は、日本帝国が引き起した   すべての戦争を正当化
するための   宣伝施設としての機能を   常に果たしているが、
この『靖国神社忠魂史』には、日清・日露戦争や第一次大戦
といった   大戦争だけではなく、日本軍の海外派兵のすべてを
「正義の戦争」   として描いている。

その中には、たとえば   日清戦争後の「台湾討伐」(1895年)、
韓国併合後の「韓国暴徒鎮圧」(1906年)、
台湾人武力制圧のための「台湾理蕃」(1896〜1915年)、
満州事変後の「匪賊及び不逞鮮人の討伐」(1931〜1932年)など
植民地における抵抗運動に対する武力弾圧のすべてを   正義とし、
そこで死亡した日本軍兵士の全員を「英霊」   としている。

もともと   日本領土を侵略する意思も、その能力も持っていない
国々を「討伐」し、その主権を奪い、独立を求めての抵抗運動を
武力で制圧する行為を「正義」とする感覚は、まさに帝国主義だ。
古代のヤマト王権が   “まつろわぬ民”を   蝦夷、蕃夷と見なして
「征伐」し続けた血なまぐさい伝統を   引き継ぐ   「天皇の軍」
=皇軍としての   本質が、そこにあった。

たとえば、「台湾理蕃」は   5ヵ年計画で、台湾の先住民を
「討伐」し続け、徹底的に武力制圧して、大正3年までに
「目的を遂げることができた」   と記されている。
理蕃とは、『蕃人や蕃族を治める』   ということだ。

つまり、「文明化の使命」を担う日本帝国が、台湾の野蛮人を
天皇の統治の光輝に浴させるための戦争であり、その過程で
死んだ日本兵は「尊い犠牲を払った」のであるという論理だ。
「理蕃」と「正義」を振りかざし、他民族を力で「征伐」する
皇軍の行動規範には、後に   太平洋戦争の   大義名分となった
民族解放や   独立促進などの志向は、まったく   見いだせない。

fukagawatohei はサヨクではない

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/10 20:46 投稿番号: [38756 / 41162]
在日だよ、精神が歪みに歪んだ。   議論は無意味さ。

憎悪は娑婆で返せばいい。

まあな、そういうことだぜ、fukagawatohei 。

Re: 東條とケネディの比較 キューバ危機

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/10 13:41 投稿番号: [38755 / 41162]
>キューバと急場との掛詞

山田君、座布団全部持ってって!

Re: 東條とケネディの比較 キューバ危機

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 13:38 投稿番号: [38754 / 41162]
君は知らないのヤバイ時に大統領を殺してキューバを凌ぐ国なんだよ、脳死に近くなったよ君は、嘘吐く君。

キューバと急場との掛詞、嘘吐く君。

東條とケネディの比較 キューバ危機

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/10 13:24 投稿番号: [38753 / 41162]
ケネディ政権がキューバ危機の時に東條内閣の立場を嫌というほど味わったのは有名。

ケネディと東條は本当にヤバイ時に上手く切り抜けられるアメリカと、完全にぶっ壊れるまでどこまでも突き進むバカで間抜けな日本との決定的な違いを世界に示した。

Re: 竹槍事件 勅令?(笑

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 12:05 投稿番号: [38752 / 41162]
トウヘイは全くの白痴だという事実を晒しているんだよね、嘘吐く白痴君。

Re: 竹槍事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 12:03 投稿番号: [38751 / 41162]
明治十八年官報

明治十八年十二月二十二日

任内閣総理大臣兼宮内大臣   伊藤博文

唐変木はいい加減、嘘吐くのを止めなさい、迷惑千万だよ、嘘吐くな。

間違いだらけの資料などは読みたくもないよ、嘘吐き野郎君。

Re: 竹槍事件 勅令?(笑

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/10 11:42 投稿番号: [38750 / 41162]
>出典は総て勅令による>

バカ天の勅令なんかどうでもいいが。
東條某が大バカだという事になぁ〜んの変わりも無いわ(嘲笑)

Re: 竹槍事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 11:28 投稿番号: [38749 / 41162]
明治三十一年二月一日

本月内閣総理大臣伯爵伊藤博文の臨時外務大臣の兼任を解かれ候・・・云々

↑兼任は明治時代から慣例としてあるんだよ、嘘つくなよ。

Re: 竹槍事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 11:23 投稿番号: [38748 / 41162]
兼任しては駄目だという慣例は何時から在って、誰が決めたんだい、嘘吐く君。

Re: 竹槍事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 11:21 投稿番号: [38747 / 41162]
然し乍ら、昭和十九年二月十五日予算委員会の肩書きには内閣総理大臣兼陸軍大臣兼軍需大臣となっているよね、嘘吐く君。

昭和十九年八月八日内閣総理大臣小磯國昭、陸軍大臣杉山となったんだね、嘘吐く君。

出典は総て勅令による、嘘吐かないよ当方は、嘘吐く唐変木君。

Re: 竹槍事件 fukagawatoheiは左翼ではない

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/10 11:19 投稿番号: [38746 / 41162]
>〔しかし、東條某って野郎は本当にバカだなぁ〜、嘲笑)

日本人へのイヤガラセである。

在日韓国人が日本人を憎悪じている。それだけが中味である。

wikipediaの杜撰さを指摘されると、「これ有名な人が書いたんだけどね〜」と逃げるほどのノータリンかつ恥知らずなのである。

wikipediaは匿名がウリではないか!

日本人に対する憎悪、憎悪、憎悪、それだけである。

憎悪に対しては憎悪で報いればいい。議論は無駄、無用である。

fukagawatoheiの書き込みが不愉快なら、その分だけ娑婆で在日や韓国人を憎めばいい。

憎悪には憎悪で報いる。それが処理の仕方というものである。

やればいい、思う存分!!

Re: 竹槍事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/10 11:16 投稿番号: [38745 / 41162]
>東條英機総理大臣兼軍需大臣だね、陸軍大臣を兼務じゃないよ

はいはい、うそつきニャンコチャン。

(wikipedia参照)

東條 英機(とうじょう ひでき、1884年(明治17年)7月30日(戸籍上は12月30日) - 1948年(昭和23年)12月23日)は、日本の陸軍軍人、政治家。階級は陸軍大将。

権力の強化を志向し複数の大臣を兼任し、慣例を破って陸軍大臣と参謀総長を兼任した。

陸軍大臣、内閣総理大臣(第40代)、内務大臣(第64代)、外務大臣(第66代)、文部大臣(第53代)、商工大臣(第25代)、軍需大臣(初代)などを歴任。

Re: 竹槍事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 11:09 投稿番号: [38744 / 41162]
昭和十九年二月十五日には軍需大臣の肩書きはないよね、嘘吐いちゃ駄目だよ、嘘吐く君。

fukagawatoheiは左翼ではない

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/10 11:09 投稿番号: [38743 / 41162]
日本人を憎悪する在日韓国人である。

すべての議論は無駄である。

fukagawatoheiには筋も論理も無い。

あるのは憎悪と狂気だけである。

Re: 竹槍事件

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 11:07 投稿番号: [38742 / 41162]
東條英機総理大臣兼軍需大臣だね、陸軍大臣を兼務じゃないよ、嘘吐きだね、君は。

fukagawatoheiとの議論は無駄である

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/02/10 10:46 投稿番号: [38741 / 41162]
悪口雑言を並べてはしゃぐだけである。それが目的である。

憎悪には憎悪で報いればいい。書かせておいて、

憎悪を韓国と韓国人と在日韓国人に向ければいい。

憎んで復讐すればいいのである。

議論は無駄である。

竹槍事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/10 10:23 投稿番号: [38740 / 41162]
竹槍事件(たけやりじけん)とは、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)2月23日付け『毎日新聞』第一面に掲載された戦局解説記事が原因でおきた言論弾圧事件

問題となった戦局解説記事は同社政経部の新名丈夫記者が執筆した記事で、「勝利か滅亡か 戦局は茲まで来た」という大見出しの下でまず「眦決して見よ 敵の鋏状侵寇」として南方における防衛線の窮状を解説し続いて「竹槍では間に合はぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」として海軍航空力を増強すべきだと説いている(『毎日新聞』(1944年2月23日付)の記事参照)。

これは海軍航空力増強を渇望する海軍当局からは大いに歓迎されたが、時の東條英機陸相兼首相は怒り、毎日新聞は松村秀逸大本営報道部長から掲載紙の発禁および編集責任者と筆者の処分を命じられた。

毎日新聞社は編集責任者は処分したものの、筆者である新名記者の処分は行わなかったところ、その後ほどなく新名記者が37歳にして召集された。

東條英機は戦争遂行のためには国務と統帥の一致が必要と考え首相・陸相と参謀総長の兼務に踏み切ったところであった。

これは統帥権に抵触するおそれがあるとして「東條幕府」と揶揄され様々な問題や軋轢を生んでいた。

秦郁彦は、東條は政府批判や和平運動は「国賊的行動」とみなし、また東條批判は「陛下のご信任によって首相の任にある者に対する批判や中傷はすなわち陛下に対する中傷」として許さず、憲兵を使って言論を取り締まり、批判者を懲罰召集して激戦地に送る仕打ちをしたと見ている。

毎日新聞は、責任者は処分したが新名は退社させず、逆に編集局長が賞を与えるなどした。

記事執筆から8日後、この新名に召集令状が届き、新名も周囲も、この「指名召集」を東條首相による「懲罰召集だ」と受け止めた。

新名は郷里、高松に行き二等兵として丸亀の重機関銃中隊にひとりで入営する。

中央からは、激戦地となることが予想される硫黄島の「球」部隊へ転属させるよう指令が届いていた。

これに対し、新名が黒潮会(海軍省記者クラブ)の主任記者であったことから、海軍が召集に抗議した。そのため、新名は海軍の庇護により連隊内で特別待遇を受けて3ヵ月で召集解除になった。

その後、陸軍が再召集しようとしたが、その前に海軍が海軍報道班員として外地、フィリピンに新名を送り、新名は再召集を逃れる。

新名が徴兵検査を受けたのは大正時代のことで、その世代は1人も召集されていなかった。そのため、海軍は「大正の兵隊をたった1人取るのはどういうわけか」と陸軍を批判した。

それに対し陸軍は、新名と同世代で大正時代に徴兵検査を受けた人間を250人召集し、丸亀連隊に入営させて辻褄を合わせた。その30代後半の老兵達は、全員が硫黄島の戦いで玉砕・戦死した。

東條が出した『非常時宣言』の中の「本土決戦」によると、「一億玉砕」の覚悟を国民に訴え、銃後の婦女子に対しても死を決する精神的土壌を育む意味で竹槍訓練を実施した。

(wikipedia参照)

〔しかし、東條某って野郎は本当にバカだなぁ〜、嘲笑)

nidanidao君も日本語が通じなかった

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2012/02/10 10:09 投稿番号: [38739 / 41162]
>いままでのrugaruga12君の主張の文脈を読めば、
「強制連行やむなし」のはずだが‥

具体的にどの文章をどういう風に読めばそうなるのか例示を挙げてご説明してもらいたいですが。

仮想実験の結果とかならばよそでやってくださいね。あほらしくて付き合いきれませんので

Re: あ号作戦軍需品準備

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/02/10 10:07 投稿番号: [38738 / 41162]
竹槍など使ったの、唐変木は父親の原爆で遺伝子がチャンコロに変わったんじゃないの、君の子供は可哀相だね、嘘吐く君。

Re: rugaruga12君逃げました

投稿者: rugaruga12 投稿日時: 2012/02/10 10:04 投稿番号: [38737 / 41162]
>どうやったら日本がアメリカに勝てたかを仮想思考実験しているだけだ。

で、そんなあほな仮想実験なんかにつきあきれないといったら「逃げだ」とか「強制連行やもなし」だとかいうと。

たいした仮想ですな。妄言妄想とも言うが
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