南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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竹槍事件

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/02/10 10:23 投稿番号: [38740 / 41162]
竹槍事件(たけやりじけん)とは、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)2月23日付け『毎日新聞』第一面に掲載された戦局解説記事が原因でおきた言論弾圧事件

問題となった戦局解説記事は同社政経部の新名丈夫記者が執筆した記事で、「勝利か滅亡か 戦局は茲まで来た」という大見出しの下でまず「眦決して見よ 敵の鋏状侵寇」として南方における防衛線の窮状を解説し続いて「竹槍では間に合はぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」として海軍航空力を増強すべきだと説いている(『毎日新聞』(1944年2月23日付)の記事参照)。

これは海軍航空力増強を渇望する海軍当局からは大いに歓迎されたが、時の東條英機陸相兼首相は怒り、毎日新聞は松村秀逸大本営報道部長から掲載紙の発禁および編集責任者と筆者の処分を命じられた。

毎日新聞社は編集責任者は処分したものの、筆者である新名記者の処分は行わなかったところ、その後ほどなく新名記者が37歳にして召集された。

東條英機は戦争遂行のためには国務と統帥の一致が必要と考え首相・陸相と参謀総長の兼務に踏み切ったところであった。

これは統帥権に抵触するおそれがあるとして「東條幕府」と揶揄され様々な問題や軋轢を生んでいた。

秦郁彦は、東條は政府批判や和平運動は「国賊的行動」とみなし、また東條批判は「陛下のご信任によって首相の任にある者に対する批判や中傷はすなわち陛下に対する中傷」として許さず、憲兵を使って言論を取り締まり、批判者を懲罰召集して激戦地に送る仕打ちをしたと見ている。

毎日新聞は、責任者は処分したが新名は退社させず、逆に編集局長が賞を与えるなどした。

記事執筆から8日後、この新名に召集令状が届き、新名も周囲も、この「指名召集」を東條首相による「懲罰召集だ」と受け止めた。

新名は郷里、高松に行き二等兵として丸亀の重機関銃中隊にひとりで入営する。

中央からは、激戦地となることが予想される硫黄島の「球」部隊へ転属させるよう指令が届いていた。

これに対し、新名が黒潮会(海軍省記者クラブ)の主任記者であったことから、海軍が召集に抗議した。そのため、新名は海軍の庇護により連隊内で特別待遇を受けて3ヵ月で召集解除になった。

その後、陸軍が再召集しようとしたが、その前に海軍が海軍報道班員として外地、フィリピンに新名を送り、新名は再召集を逃れる。

新名が徴兵検査を受けたのは大正時代のことで、その世代は1人も召集されていなかった。そのため、海軍は「大正の兵隊をたった1人取るのはどういうわけか」と陸軍を批判した。

それに対し陸軍は、新名と同世代で大正時代に徴兵検査を受けた人間を250人召集し、丸亀連隊に入営させて辻褄を合わせた。その30代後半の老兵達は、全員が硫黄島の戦いで玉砕・戦死した。

東條が出した『非常時宣言』の中の「本土決戦」によると、「一億玉砕」の覚悟を国民に訴え、銃後の婦女子に対しても死を決する精神的土壌を育む意味で竹槍訓練を実施した。

(wikipedia参照)

〔しかし、東條某って野郎は本当にバカだなぁ〜、嘲笑)
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