―The rape of Nanking― (1)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/02/11 00:01 投稿番号: [38760 / 41162]
中国で多発した
一般市民への残虐行為、掠奪や強姦等は、
日本軍自身も 頭を悩ませるほどに 頻発、拡大していた。
少数の憲兵だけで、各地で多発する 犯罪の取り締まりは
ほとんど 不可能に近かった と思われるが、
それでも 目にあまるものは 軍法会議にかけられた。
もちろん それは、「九牛の一毛」 に過ぎないが、
「第十軍法務部陣中日誌」には、次の数字が あげられている。
1938年2月18日調べの 第十軍の被告事件 一覧表では、
既決事件102人中 強姦22人、殺人27人、強盗殺人2人、
傷害致死2人。 未決16人中 強姦2人、殺人1人となっている。
(出典:『続現代史資料・軍事警察』みすず書房 1982年、218頁)
これらの 摘発された 犯罪行為が“氷山の一角”であることは、
次に引用する 通牒によって、うかがい知ることができる。
これは、第十軍が 南京攻略の後に 杭州攻略に向かう際、
同軍参謀長が 12月20日付で 麾下諸部隊に 発したものだ。
掠奪婦女暴行放火等ノ厳禁ニ関シテハ縷次訓示セラレタル所
ナルモ、本次南京攻略ノ実績ニ徴スルニ婦女暴行ノミニテモ
百余件ニ上ル忌ムベキ事態ヲ発生セルヲ以テ、重複ヲモ顧ミズ
注意スル所アラントス
つまり、何度も注意を繰り返しているのに、同軍だけで、しかも
婦女暴行だけに 限っても、100件以上も発生するという事態
について 述べているのだ。
じつは、松井方面軍司令官自身も、その「戦陣日記」 の中に
掠奪、強姦について 記述している。 12月20日の項には
「一時我将兵ニヨリ 少数の掠奪行為 (主トシテ家具類ナリ)
強姦等モ アリシ如ク、多少ハ 已ムナキ実情ナリ」 とあり、
さらに 12月26日の項には 「南京、杭州附近 又掠奪、
強姦ノ声ヲ 聞ク」 とある。
最高司令官自らが、多少の掠奪、強姦は 「やむをえない」という
認識だったのだから、将兵が人権意識に欠けるのは 当然だろう。
もちろん、「多少の」 件数でも、掠奪や強姦は 犯罪行為だ。
しかも、松井司令官の耳に入った犯罪件数は、ごく 一部だった。
南京攻略の翌38年8月に、武漢攻略戦のため 第十一軍司令官
として赴任した岡村寧次中将は、回想録に次のように書いている。
上海に上陸して1、2日の間、先遣の宮崎参謀、中支那派遣軍
特務部長 原田少将、杭州特務機関長 荻原少佐等から
聴取したところを総合すれば 次のとおりであった。
一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行が
あったことは事実である。
一、第一線部隊は給養を名として俘虜を殺してしまう弊がある。
(出典:『岡村寧次大将資料・上』原書房 1970年、291頁)
日本軍自身も 頭を悩ませるほどに 頻発、拡大していた。
少数の憲兵だけで、各地で多発する 犯罪の取り締まりは
ほとんど 不可能に近かった と思われるが、
それでも 目にあまるものは 軍法会議にかけられた。
もちろん それは、「九牛の一毛」 に過ぎないが、
「第十軍法務部陣中日誌」には、次の数字が あげられている。
1938年2月18日調べの 第十軍の被告事件 一覧表では、
既決事件102人中 強姦22人、殺人27人、強盗殺人2人、
傷害致死2人。 未決16人中 強姦2人、殺人1人となっている。
(出典:『続現代史資料・軍事警察』みすず書房 1982年、218頁)
これらの 摘発された 犯罪行為が“氷山の一角”であることは、
次に引用する 通牒によって、うかがい知ることができる。
これは、第十軍が 南京攻略の後に 杭州攻略に向かう際、
同軍参謀長が 12月20日付で 麾下諸部隊に 発したものだ。
掠奪婦女暴行放火等ノ厳禁ニ関シテハ縷次訓示セラレタル所
ナルモ、本次南京攻略ノ実績ニ徴スルニ婦女暴行ノミニテモ
百余件ニ上ル忌ムベキ事態ヲ発生セルヲ以テ、重複ヲモ顧ミズ
注意スル所アラントス
つまり、何度も注意を繰り返しているのに、同軍だけで、しかも
婦女暴行だけに 限っても、100件以上も発生するという事態
について 述べているのだ。
じつは、松井方面軍司令官自身も、その「戦陣日記」 の中に
掠奪、強姦について 記述している。 12月20日の項には
「一時我将兵ニヨリ 少数の掠奪行為 (主トシテ家具類ナリ)
強姦等モ アリシ如ク、多少ハ 已ムナキ実情ナリ」 とあり、
さらに 12月26日の項には 「南京、杭州附近 又掠奪、
強姦ノ声ヲ 聞ク」 とある。
最高司令官自らが、多少の掠奪、強姦は 「やむをえない」という
認識だったのだから、将兵が人権意識に欠けるのは 当然だろう。
もちろん、「多少の」 件数でも、掠奪や強姦は 犯罪行為だ。
しかも、松井司令官の耳に入った犯罪件数は、ごく 一部だった。
南京攻略の翌38年8月に、武漢攻略戦のため 第十一軍司令官
として赴任した岡村寧次中将は、回想録に次のように書いている。
上海に上陸して1、2日の間、先遣の宮崎参謀、中支那派遣軍
特務部長 原田少将、杭州特務機関長 荻原少佐等から
聴取したところを総合すれば 次のとおりであった。
一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行が
あったことは事実である。
一、第一線部隊は給養を名として俘虜を殺してしまう弊がある。
(出典:『岡村寧次大将資料・上』原書房 1970年、291頁)
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