南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

日支戦争起きれば支那は核兵器を使用

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2010/12/05 17:57 投稿番号: [34327 / 41162]
日中の戦争が起きれば中国は核兵器で反撃する―香港誌
Record China 12月5日(日)13時46分配信

尖閣諸島問題、朝鮮半島問題と米中の緊張は高まる一方だ。中国では大規模な戦争に発展する可能性もあると懸念する声が上がっている。香港誌・亜州週刊の総編集長・邱立本(チウ・リーベン)氏はコラムでこの問題を取り上げた。2010年10月17日、亜州週刊が掲載した。以下はその抄訳。

もし、日中が最終的には再び戦争するとするのであれば、どのような結果を招くのであろうか?尖閣問題が風雲急を告げる中、一部の軍事アナリストは日中両国の戦力比較に励んでいる。しかし、もし本当に戦争になったとするならば、それは核兵器使用も含んだ世界大戦となることだろう。

中国には核爆弾がある。水爆も中性子爆弾もある。遠距離を狙う精密誘導ミサイルがある。通常戦力で劣勢に置かれたならば、中国は核で反撃するだろう。米国は大量破壊兵器があるとのデマを使ってイラク戦争を引き起こしたが、今、中国が持つ本物の大量破壊兵器に直面しているのだ。

日本では「核保有論」が再浮上し、米国では「日本を使って中国を牽制させよう」という動きが広がっている。ソ連と対抗させるためにナチスを擁護した二次大戦前欧州の状況とよく似ている。我々は歴史の教訓から学ぶべきだ。(翻訳・編集/KT)
――――――――


>もし、日中が最終的には再び戦争するとするのであれば、どのような結果を招くのであろうか?尖閣問題が風雲急を告げる中、一部の軍事アナリストは日中両国の戦力比較に励んでいる。しかし、もし本当に戦争になったとするならば、それは核兵器使用も含んだ世界大戦となることだろう。
>中国には核爆弾がある。水爆も中性子爆弾もある。遠距離を狙う精密誘導ミサイルがある。通常戦力で劣勢に置かれたならば、中国は核で反撃するだろう。


支那事変でも支那軍は、自分たちの宣伝や逃走のために、上海を爆撃したり、堤防を壊して黄河や揚子江を決壊させたり、長沙市を焼き払ったりして自国民を大量殺戮している。
伝統的に支那人は平気で大量殺戮を実行する。

日本に核ミサイルを撃ち込むことくらいは当たり前のこととしてやるだろう。
支那人に大量殺戮をさせない最善策は、日本も報復の核攻撃能力を持つことだ。
支那に日本への核ミサイル撃ち込みを抑止するため、日本も急いで核武装をしておかなければならない。
これが歴史の教訓だ。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/01 14:37 投稿番号: [34326 / 41162]
日本人の精神を米軍の分析に依存する認識で著したお粗末な人間の著作を有難がって貼りつけるなど、愚かさと白痴さの極みだな。

その分では、己すら知る由がないのだろう。

中国では 人食いが美談です、孔子も

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/11/29 18:47 投稿番号: [34325 / 41162]
中国には人食いが無尽蔵にあるが、日本には数えるほどしかない、、、、このように現実は厳しい。
未だに一部のキチガイだけがカラ元気を出しているが、最近元気が無い、頑張れ、頑張れ、、、、人食い孔子が泣くぞ。


日本は、約1200年の間、中国大陸を支配する正当な政権と正式な国交を結んだことがない。これは歴史的な事実である。正式な国交の期間は高々百数十年でしかない。

中国とは正式な国交は結ばないことが日本にとって最良の選択である、、、中国あるいは日中友好は災いでしかない、、、、これが古来からの日本人の英知・知恵なのでしょう。


日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に中国では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけです。

文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。

中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような中国人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。

ただ少なくとも日本人は、中国人・漢人と付き合う際には心得ておくべき最低限の知識です。

中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。

昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。

人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。中国人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。

漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されていますが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。

さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。

追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。

また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。(学者は反対のこと書きますが)

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: ueniikuyo 投稿日時: 2010/11/29 17:27 投稿番号: [34324 / 41162]
トピの維持です!

中国では 人食いが美談です、孔子も

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/11/29 12:25 投稿番号: [34323 / 41162]
ネットでは名前を変えて色々画策するものの、中国には人食いが無尽蔵にあるが、日本には数えるほどしかない、、、、このように現実は厳しい。
未だにキチガイだけが空元気を出しているが、最近元気が無い、頑張れ、頑張れ、、、、人食い孔子が泣くぞ。


日本は、約1200年の間、中国大陸を支配する正当な政権と正式な国交を結んだことがない。これは歴史的な事実である。正式な国交の期間は高々百数十年でしかない。

中国とは正式な国交は結ばないことが日本にとって最良の選択である、、、中国あるいは日中友好は災いでしかない、、、、これが古来からの日本人の英知・知恵なのでしょう。


日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に中国では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけです。

文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。

中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような中国人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。

ただ少なくとも日本人は、中国人・漢人と付き合う際には心得ておくべき最低限の知識です。

中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。

昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。

人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。中国人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。

漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されていますが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。

さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。

追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。

また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。(学者は反対のこと書きますが)

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/29 11:34 投稿番号: [34322 / 41162]
大東亜戦争に於ける捕虜帰還者の取扱方に関する件達

昭和十九年八月一日   内閣総理大臣   小磯

ビルマ派遣軍下各師団長殿

軍法会議に依り無罪と認められたる者並びに無罪の判決ありたる者は帰還を許可せらるべし其の公表は政府首脳者により為されるものとす無罪の判決は降伏当時の左記状況に依り決定せらるものとす

優勢なる敵に包囲され且攻撃を受けたる場合に敵の戦闘行動に依り所属部隊より遮断せられたる場合戦場に於いて人事不省に陥り捕虜となりたる場合等事実により之を決定す

其の他状況の下に降伏し有罪の判決を与えられたる者は厳重なる懲罰処分を行う

刑の執行修了者にして償勤を要する者は教化隊に於いて服役せしむることを得

処分修了者の保護に関しては本人の意向によりては日本以外の地に於いて生活し得る如く斡旋す

↑日本兵捕虜が帰還しても死刑になることはなかった。

文芸春秋の嘘吐き記事なんだね、脳無しはこの様なものに直ぐ飛びつく、結果大恥をかく、爆笑記事でした。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/29 10:59 投稿番号: [34321 / 41162]
大東亜戦争に於いて捕虜となり帰還せる者に付いては一律に捜査を行い有罪と認めたるものは総て之を起訴すべし。

昭和十七年八月七日
大東亜戦争に於ける捕虜帰還者取扱方に関する件

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/29 10:31 投稿番号: [34320 / 41162]
>大日本帝国は家族と恥とを人質にとって兵士を前線に送っていたに等しい。捕虜になるなら死を選べ。捕虜になれば母国の家族の不名誉だ。非国民となじられる。捕虜になってから帰還すれば死刑が待っている。前に進めず、後に退けず、降伏投降は許されず。鬼畜米英と吹き込まれ、目を合わせたら喰われるなどと脅す。

↑日本兵は、俘虜返還された兵士を殺すことはありませんでした、嘘は吐くものじゃないよ。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/28 22:14 投稿番号: [34319 / 41162]
・同じ轍は踏まず平和国家の道を

  大日本帝国は家族と恥とを人質にとって兵士を前線に送っていたに等しい。捕虜になるなら死を選べ。捕虜になれば母国の家族の不名誉だ。非国民となじられる。捕虜になってから帰還すれば死刑が待っている。前に進めず、後に退けず、降伏投降は許されず。鬼畜米英と吹き込まれ、目を合わせたら喰われるなどと脅す。
  つまり国家として個々兵の精神を極限まで発揚し、恥を煽り、火事場の馬鹿力を最大限に出させようというものに近い戦略を採っていたと考えられる。それは国家同士の総力戦(物量戦、思想戦、経済戦、国民性)といったマクロ的戦略をも上回る位置を占めていたと言われて仕方がない。米国は総力戦でぶつかってきているのに対して、日本は一般兵の奮戦を促してばかりいる。とても戦術とは呼べそうもない本土での竹やり部隊育成もまさにそれであろう。自国のことをこう言うのは一抹の寂しさがないではないが、太平洋戦争は勝てる道理などなかったのである。
  今日、一般兵士達の前線での苦しみや悲しみを考える時、二度と戦争をしてはならぬと決意を新たにするものだ。一般日本兵のように個々人の精神性を高く発揚・利用された民族であればあるほど、戦争は心身共に辛く厳しくむごいものとなる。日本兵捕虜はまさに現代に生きる我々にそれを教えてくれている。忠君愛国の美名のもとに散らざるを得なかった若かりし兵士に心からの哀悼をささげ、国家としての自責の念を未来永劫忘れてはなるまい。可能性多き青年を大量に日本は失った。これほどの国家としての損失があろうか。私は兵士達には感謝ではなく、ただただ強い悲しみの共有、つまり同情の念が沸き起こってくる。戦争は幾重にも張り巡らされたあらゆる不幸・不安・不足・分断のシステムである。我が国の尊き青年はそのシステムに殉じざるを得なかった。抗うすべも持たなかったであろう。何という人生か。何の為に生まれてきたのか。人類はこんなものをもたらすために進化・発展してきたのか。そう思う時に、はかなく散っていった兵士達に向けて必要なのは「感謝」よりも「不戦の誓い」と「平和・安寧の国家建設」、そして「国家による世界平和への寄与への行動」であると強く確信するのである。
http://read.jugem.jp/?eid=37

日本兵捕虜は何をしゃべったか
山本 武利
文藝春秋 (文春新書)

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/28 22:12 投稿番号: [34318 / 41162]
・戦地での日本兵

  日本軍の上級将校の逃亡の多さには米兵もあきれていた。兵卒には威張り散らし嫌われぬいていた将校も多い。そうした上級将校が戦局不利と見ると脱走、敵前逃亡をやってのける。そうした態度に一般兵が憤慨していたことを捕虜が口々に語っている。ガダルカナルにおける戦いも百武中将や丸山中将が逃亡した。先述したが、捕虜は米兵による扱いを極度に恐れていたが、待遇の良さに驚き機密を積極的に機密を話すようになる。連合国軍の勝利のために果敢に協力すると訴える者も出た。
  また、従軍慰安婦のところに入り浸りの連隊長(丸山中将など)に怒り、軍医らの特定の人間だけが十分な食料やタバコを得ていることなどを捕虜が証言している。これでは兵士の士気など上がるはずがない。食糧不足により兵士の脱走、自殺が相次いでいることも証言。米兵はこうした証言により日本軍のモラル低下と士気凋落を分析している。従軍慰安婦は日本の周旋業者が朝鮮本土で行った日本兵の負傷者の看護などの「慰安役務」募集に騙されて集められたり、工場の女工募集広告で応募してきたのを慰安婦にしたりしていた。米軍はその慰安婦が寝床で将校から軍関係の情報を漏れ聞いていないかを調査しているが、そこでは将兵ともに酒に酔っても漏洩はなかったとされる。それにしても米軍はしたたかな戦略を採っている。情報収集にかけるエネルギーが日本のそれとは大違いだ。
  ちなみに日本論として有名な『菊と刀』の著者ルース・ベネディクトは日系人や日本人捕虜の面接、尋問記録などを参考に書いたのだという。「罪ではなく恥の文化」と判断したのもこうした捕虜の態度や恐れ(非国民、不名誉、村八分)を分析したものであろう。彼女自身は日本に来てもいないのにどうやって日本人を論じるのだという批判があるが、極限状態まで追い込まれていた戦地での日本兵の尋問内容にはホンネとタテマエがはっきりと映ったことであろう。ある意味で日本兵捕虜達は最高の分析対象でもあったはずだ。

・母への手紙と恋文と

  戦地に赴き、玉砕覚悟の作戦が明日にも決行されるという日に書かれた一般兵の手紙が残っており本書で紹介されている。悲しみを抜きに目を通すことなどできたものではない。著者も余計な分析を加えてはいない。ただ紹介されているのみである。人間はあくまで人間である。一読あらんことを。

・日本人の精神とは

  米軍は日本兵捕虜達への尋問等を総合判断し、日本人の天皇観は天皇個人への崇拝や神道など天皇制イデオロギーによる強固なものではなく、長い間の教育や軍隊生活によって強制された硬直的なものに過ぎないと断定した。そうした分析は今日の我が国を考える時、当たらずとも遠からずであったと評価できるものではないだろうか。GHQは戦後の日本の占領政策に大いに捕虜達から学んだ教訓を活かした。日本人は何に反発し、何を恐れ、何を護ろうとするのか。天皇の戦争責任に触れず、象徴天皇制を敷いたことはまさにその成果であった。日本兵捕虜は天皇についての肯定も否定も極度に嫌ったという。この体質は各捕虜について違いはなく、等しく同様の反応が見えたようだ。米軍はこうした日本人の気質を的確に捉えていた。あれほど戦時中は無謀な戦術を採って玉砕攻撃をかけてきた日本国の占領が驚くほどスムーズに完了したのは、まさに「日本人の気質」を日本兵捕虜から学んだことに起因している。現在、東京裁判が国際法上正当性を欠くという論議が再燃しているが、実際のところ連合国は国際法上のリーガルな判断による裁きよりも民族気質・民族性を重視した裁判を行ったのである。東條以下A級戦犯と呼ばれる人間を死刑にしたのも、国内反発はさほどでないということを判断したからだ。戦時中、日本兵捕虜は天皇を全く恨んでおらず、大本営や軍部、政府に対する不満をぶちまけていた。この不満は兵士だけではなく国民全体にスプレッドされたものであるとGHQは判断したのではなかろうか。ならば、東條以下政府要人を裁いても国民感情を害することはないと判断したはずだ。最高指導者である天皇を戦犯指定しなかった時点で元々国際法上の正当性など担保できなかったに違いない。故に連合国側、特に米国は日本の戦後安定の目的の為にあのようにせざるを得ない「行事」として東京裁判を演じたとは言えまいか。そう考えるとあの裁判が正当か否かということは今日それほどの意味を持つとは思えなくなる。米国のしたたかな戦略に完全に日本国は敗北したのだ。大切なのはこれからである。大戦を肯定しても否定しても「過去に囚われている間」は我が国の未来をより良くする動きにはなるまい。我々現代人は「過去を活かさねば」ならないのである。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2010/11/28 21:23 投稿番号: [34317 / 41162]
お前な、「生きて虜囚の辱めを受けず」と言う言葉が何故生まれたか解っていってんの〜?

シナ人の日本兵や日本人の民間人に対する、酷い惨殺を少しも理解してないようだね〜。

当時の日本軍は糧秣さえ補給出来ていれば、正に負け戦無しだったろうよ。

な、負ければ賊軍。その賊軍を何時までも叩く根性には、唾棄しか感じられん。

もう二度と戦争は有ってはならない。それをシナ大陸や、反日南北チョンで叫んで来い。このボケ!

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/28 21:13 投稿番号: [34316 / 41162]
・日本と米国の決定的違いとは

  さて、当時日本は英語を敵国語として教育から排除したのに対し、アメリカは積極的に日本語を学ぶ仕組みを考えた。孫子曰く「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」とあるが、日本は英語を使ったり学んだりすることを禁じた。「米国人はヤンキーと言って目を合わせると喰われる」などと国民にくだらぬことを吹き込んだ。ベースボールは英語だから禁止。英語はなるべく日本語に変換させた。あまりにも愚かでくだらなく悠長な国民撫育である。終戦直前に日本に竹やり部隊が登場するのも何も血迷った判断ではなかったろう。相手がどのような者なのか知らないのであるから本気で竹やりで戦えると思っていたのかもしれない。恐ろしいほどの無知である。一方で米国は日系人2世などを使いながら積極的に日本語習得に力を入れた。やがてこれが東南アジア戦線で大きく米軍に利するようになったのだ。そう、それが「捕虜からの尋問」に極めて有効だったのだ。加えて日本兵の戦死者から重要機密文書などを手に入れて、一斉に翻訳にかけた。それを集めて編集したものをワシントンに送った。マッカーサーはもちろんこれを重視し積極利用した。こうして日本側の作戦がほぼ筒抜けになってしまっていたのだから戦いに勝てるわけがない。物量戦だけではなく情報戦でも完全に負けていたのである。ガダルカナル島の戦いなども今日様々に分析されているが、ようは「日本軍の戦術は事前に米国の手の内にあった」のである。日本兵捕虜が機密を話したり、兵士が所持していた指令書などがどんどん翻訳されていた。それがすべてと言ってよいほどに勝敗を決定付けたのである。繰り返すが孫子の指摘は真に正鵠を射ている。「彼を知り、己を知れば百戦して危うからず」である。なお、山本五十六連合艦隊司令長官が視察飛行中に米軍に打ち落とされ落命するが、これも事前に情報が筒抜けであったことが捕虜証言、兵士の残留文書から判明しており、待ち伏せしていた米軍の罠にまんまとかかってしまったというのが真相らしい。

・日本の情報統制は?

  では日本は情報漏洩に対してどのような判断機軸を持っていたのか。日本は兵士の家族や恋人に対する電報・書簡による国内への情報統制はかなり厳しかったが、捕虜からの情報漏洩は全く想定外だった。まさか神聖な日本兵が鬼畜米英の捕虜になるなど想定外であったろうし、そこで機密を話すなど全く思いも寄らぬこと。だが前線の日本兵は疲れきっていたし、国家への忠誠よりも自己の命の保全を優先した。当たり前のことである。米国は日本の戦力削減のために捕虜を獲得することを構想。投降ビラ等を空からまくことで前線の日本兵の戦意喪失を促し、降伏後は十分な食料と衣料と治療を施した。米国の日本兵捕虜への待遇が予想に反して良い事を知ると、捕虜達は次々に日本内部のことを語りだしたのである。ここで米国が日本語を教育してきた戦略が功を奏すことになる。結果、軍事機密はどんどん流出し、それを元に米国は対日戦の戦術を練るのである。日本軍の夜襲、朝駆けなどはお見通し、奇襲や奇抜な作戦も全くの無駄ということになった。
  米軍は次々と捕虜から情報を聞き出し、死体から相当数の文書を抜き取り即座に翻訳にかけた。すぐでなければ戦術的価値を失うからである。米軍は捕虜の証言と文書内容の整合性を判断し戦術を練った。翻訳部隊(ATIS=南西太平洋連合軍翻訳尋問部隊)を戦地の最前線まで連れて来ており、米兵は戦闘の最前線で日本語の翻訳を粛々と進めた。日本軍の作戦内容が米軍に筒抜けであった。日本が勝てる道理などなかろう。
  日本人は戦地においても日記をつけるが、米兵にそのような習慣はない。日記には戦術が記されていたり、命令が記されていたり、上官への悪口、現状への不満など、国民感情がリアルに読み取れる価値ある文書であった。偽造文書のような戦略は日本はとっておらず、事実上情報は筒抜けであった。大日本帝国は日本語は難解語であると自認している故に、敵国は解読できないと安易な判断をしたことも情報漏洩対策が甘くなった理由である。このように総じて日本は安直な精神支柱に寄りかかる傾向があった。「〜なはずがない」、「天皇の軍隊は不敗」、「神風は必ず吹く」、「神国日本の繁栄疑いなし」などとおよそ戦争を遂行して勝利を得ようとする者の発想とは思えない。無知を通り越して幼稚ですらある。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/28 21:12 投稿番号: [34315 / 41162]
http://read.jugem.jp/?eid=37


久々に良質な書を読んだ。『日本兵捕虜は何をしゃべったか』とは帝国主義時代の日本における最前線兵士の内情を分析しようとする者にとって非常に気にかかるタイトルだ。第2次世界大戦に関わる出来事というのはその後の各国のイデオロギーやナショナリズムによってぼやけたり歪んだりして見えやすいが、本書のようなアプローチで追求された「大日本帝国兵士の最前線の姿」は非常に興味深く、またその内容も新鮮かつ鮮烈である。現在では英霊合祀とか靖国参拝問題などで安直な感情論に流されがちな論評も見られるが、そうした認識にも一石を投じることになり得る書である。大戦中の大日本帝国兵士の本当の姿を当時捕虜になった兵士自らが心情を吐露した記録が現存していることに率直に驚いた。それは論評などではなく、「現場の声」そのものである。その記録が現代に生きる我々の参考にすべき内容のものであることは十分に肯定されてしかるべきであろう。

・捕虜について

  まず「捕虜」という考え方だが、実は当時日本は捕虜という考え方を認めておらず、公式捕虜数は把握されていない。何しろ捕虜になるくらいなら「自殺しろ」か「玉砕しろ」の世界である。もしおめおめと捕虜になった後に生きて日本に戻ろうものなら、間違いなく死刑(銃殺か強制的自害)が待っていたのである。まして捕虜を出した家族は非国民・不名誉のレッテルを貼られ死以上の苦しみを味わう可能性もあるから、実際に戦地で捕虜になっても日本に帰ろうという考え方を持った兵士はいなかった。それにしても極端に戦況が悪くなって補給が本土から全く途絶えても投降することが許されないという日本兵の生き地獄度合いはいかばかりであったろうか。日本兵として戦っても戦況は著しく劣悪な生き地獄、捕虜にもなれない地獄、原住民を不当に使役し恨まれる地獄、戦争とは一体何を生み出そうとするのか。
  ちなみに、国際赤十字が把握している日本兵捕虜数は20万8千人で大戦に関わった国としては著しく少ない数である。それは投降を禁じられていたからであろう。命を棄てざるを得なかった兵士達に同情の念を禁じえない。今になって戦地に散った英霊に感謝すべきなどと言っているが、当時は大日本帝国国家が兵士を見殺しにするシステムを作っていた。どうやっても生きてはいられない仕組みである。どれほど前線の兵士が我が国のありように憤慨したか。それが今になって手の平を返したように国家として「感謝すべき」という論調には強い違和感が残る。ともあれ、個性否定の時代に彼らは劣悪な条件の戦争最前線で何を思い感じていたのだろうか。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/11/28 18:53 投稿番号: [34314 / 41162]
終戦当時5歳程度だった人間が「集めた」として編纂された証言をもとに記述された著作を以て、「ノンフィクション」といわれてもねえ。
発刊都合上のジャンル分けでしかないわな。

少なくとも、真珠湾で捕虜第一号となった人の話とは合致しないからね。
その他、多くの従軍体験者や幾ばくかの捕虜経験者の方の言質とも合致しないと思うがね。

引用部分の書き様も結論有りきの偏見の下で素材を編纂したことを伺わせる者でしかないな。
ニュートラルな立場でないものが、幾ら多くの生の記述や証言を目の当たりにした処で、実が見えることもなければ理解することもできないのさ。

多くの証言を聞いて日記や手紙などを目にした結果、それらを安直に一般論の様に仕立て上げるようでは、学究の諸端にも至ってないということだ。

異なる人物の多くの筆跡や証言を追うことで一般論として通用する論説や定理を得ようとするのであれば、そのプロセスに於いてそれらの記述や証言の主である多くの人の個別の背景及び事情や心情を読み解き汲み取らねばならないのだよ。

そのプロセスで得られた個別の相違点と総体の共通点を明確にできて、分類と解析と検証を経たものが、一般論とか定理と言うに耐える論説になるのであって、それでも一つの定見でしかない。

そのプロセスを経てもいないで総じたもの言いをする態度は、しかも協力してくれた証言者も未だ会ったこともない証言や記述の主も押し並べて一般論化を目論み一派一絡げに騙っている文調なのだから、只の私的な主観が書かれているに過ぎないな。

だが、都合勝手に権威を峻別して感じ入った場合に信服して有難くその文言を拾って脳みそに貼り溜める輩には、有難い書籍なのだろう。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/27 13:16 投稿番号: [34312 / 41162]
之がジュネーブ条約を守ると言うことなんだね

【チューリッヒ二日発同盟】
  ガダルカナル島戦闘以来米国兵の残虐性については亜欧戦線において幾多の実例がみられるが、ワシントン情報によれば最近米国内において目下太平洋戦線に出動中の米軍兵が記念品として不埒にも戦死した日本軍将兵の頭蓋骨その他の骨を本国に送付した事実があり死体冒とくの理由で米国内でも重大問題となっているといわれる。即ちミズリー州のカトリック教大司教管区内の一教徒が友人の家の子供が南太平洋戦線に従軍中の兄から送ってきた日本人の頭蓋骨を玩具にしているのを見て、その旨教会へ通知したのが端緒となり死体冒涜問題が重大化するに至った。更にワシントン・メリ・ゴーラウンドの執筆者としてまた政界通として知られるドリュー・ピアソンもペンシルヴァニア州選出下院議員フランシス・ウォルターがルーズヴェルトに太平洋戦線で戦死した日本兵の白骨で作った紙切小刀を送った事実を暴露しており同様の事例は枚挙に遑がない様子である。なおミズリー州のカトリック教会は太平洋戦線の兵隊から記念品として日本兵の頭蓋骨やその他の骨を貰いうけることについて米人に厳重警告したが、同教会の機関週報『アーチ・ディオシイス』誌は教会の掟は〈邪悪な目的をもって死体を冒とくすることを禁じている〉ことを宣言し次の通りに述べた〈死後人間の身体に当然払われるべき節義として頭蓋骨は適当に埋葬されなければならない、この国においてはいずれが敵の身体の一部であるという事実に差別をつけない〉この週報の警告は友達の家の小さい子供達が南太平洋から兄が送って来た日本人の頭蓋骨を玩具にしていたことを知らせた手紙に対する回答であった。

Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/26 17:58 投稿番号: [34311 / 41162]
I looked at the young pole. Where had I seen starvation like that before? It was on Biak Island, too. The picture of a native war canoe came up in memory -- paddling slowly toward the shore near our camp, the Japanese prisoners escorted from it by armed, half &#8211;naked natives, at the end of the line several so starved that they could not stand to walk, thinner even than this Pole. Oh, we had not starved them in a prison camp like the Germans. We had been too "civilized," too clever for that. We had let them starve themselves in the jungle (their own fault) by simply not accepting their surrender, It was simple, and one was not bothered by burning eyes of famine or danger of disease. A few miles of jungle hid and smothered all of that. It was only necessary to shoot a few men advancing to surrender with their hands in the air. (“You can’t trust a Jap to surrender. He'll throw a grenade at you. The only way is to kill him right now." Or one could be more blunt about it and shout to an enemy emissary, as our infantry officers boasted of doing at the west caves, "Get back in there and fight it out, you sons of bitches."

日本兵捕虜は何をしゃべったか

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/26 17:56 投稿番号: [34310 / 41162]
日本兵捕虜は何をしゃべったか
山本武利   著    文春新書    戦争ノンフィクション

太平洋戦争が始まるとすぐに日本軍の事情を知るために、日本兵を捕まえたら様々な
情報を引き出そうと試みたアメリカ。初めのうちはなかなか捕虜が掴まらなかったが、
戦況がアメリカに有利になると、日本兵を捕らえる機会も増えて、日本軍の内情が
わかるようになっていった。
  様々な点で理解不能だった敵の「日本人」だが、いざ捕虜にして、話を聞き始めると、
日本兵は知っていることをボロボロと漏らしてしまうので驚いたらしい。はぐらかすとか、
沈黙を決め込むということがほとんど見られなかったというのだ。(中略)
  真珠湾攻撃時点から、捕まえた捕虜はジュネーヴ条約に則った扱いをしたアメリカ。
日本兵は捕虜になってみて、殺されはしないのだという事実の認識がまずあり、また、
敵軍の食糧の豊富さに驚き、また自分がいた日本軍の理不尽さへの恨みなどが重なって、
洗いざらい話してしまうのである。そりゃぁ、アメリカは驚くよね。
  もっとも、掴まった日本人が一番驚いたのではないか。食事をとって、デザートまで
あって、誰も腹を減らしていないんだから。
  また、米軍が驚いたというのは日本兵が一人一人がまめにつけ続けた日記、これを
持っていたり、撤収した場所において行くしかなかったり、あるいは身につけたまま死んで
いたりで、アメリカ軍の手に入った。先に展開する作戦については必ずしもわからないが、
これまでの様子が手に取るようにわかることになる。さらに、上級の兵士になればなるほど
大きな単位のことを書いているので、日本の軍の編成がどうなっているのかをアメリカが
把握するのに大いに役立ったということだ。何という名前の指揮官がどこを指揮しているか
がわかってしまう。ちなみにアメリカ兵には、戦場で日記を付け続けるという習慣は皆無に
等しかったらしい。文字を書ける日本兵の、日本人の文化的な行為のひとつとしての日記
がアメリカの役にたってしまったことになる。(中略)
  日本の軍隊上層部に対して、日本兵達がかなり理不尽だと思って軍隊のあり様を洗い
ざらい話した兵士が多かったことが、投降を呼びかけるビラに反映されたともいう。そんな
風に、軍内部の不満や、日本の暮らしぶりがひどいことになっていることを口にする兵士達
でも天皇の悪口を言う者がいなかったそうだ。そのことを深く理解したアメリカが、戦後
天皇をどう扱えば日本人は納得するのか、すでに方策を立てていたという次第である。
  情報というのは、そういう風に役に立てることができるのだ。(後略)
http://www.j-cave.com/bunko/bk71.html

Re: リンドバーグ日記

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/26 15:53 投稿番号: [34309 / 41162]
I looked at the young pole. Where had I seen starvation like that before? It was on Biak Island, too. The picture of a native war canoe came up in memory -- paddling slowly toward the shore near our camp, the Japanese prisoners escorted from it by armed, half &#8211;naked natives, at the end of the line several so starved that they could not stand to walk, thinner even than this Pole. Oh, we had not starved them in a prison camp like the Germans. We had been too "civilized," too clever for that. We had let them starve themselves in the jungle (their own fault) by simply not accepting their surrender, It was simple, and one was not bothered by burning eyes of famine or danger of disease. A few miles of jungle hid and smothered all of that. It was only necessary to shoot a few men advancing to surrender with their hands in the air. (“You can’t trust a Jap to surrender. He'll throw a grenade at you. The only way is to kill him right now." Or one could be more blunt about it and shout to an enemy emissary, as our infantry officers boasted of doing at the west caves, "Get back in there and fight it out, you sons of bitches."

Re: リンドバーグ日記

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/26 15:15 投稿番号: [34308 / 41162]
Of course, I knew these things were going on; but it is one thing to have the intellectual knowledge, even to look at photographs someone else has taken, and quite another to stand on the scene yourself, seeing' hearing, feeling with your own senses. A strange sort of disturbance entered my mind. Where was it I had felt like that before? The South Pacific? yes; those rotting Japanese bodies in the Biak caves; the load of garbage dumped on dead soldiers in a bomb crater; the green skulls set up to decorate ready room and tents.
  It seemed impossible that men―civilized men―could degenerate to such a level. Yet they had. Here at camp Dora in Germany; there in the coral caves of Biak. But there, it was we, Americans, who had done such things, we who claimed to stand for something different. We, who claimed that the German was defiling humanity in his treatment of the Jew, were doing the same thing in our treatment of the Jap. "They really are lower than beasts. Every one of ’em ought to be exterminated." How many times had I heard that statement made by American officers in the pacific! "And why beholdest thou the mote that is in thy brother’s eye but considerest not the beam that is in thine own eye?"

Re: リンドバーグ日記

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/26 12:32 投稿番号: [34307 / 41162]
第二次世界大戦前夜、リンドバーグはアメリカ軍の要請でドイツに何度か旅行し、ドイツ空軍についての報告を行った。1938年にはヘルマン・ゲーリングよりドイツの勲章を授与されたが、この授与はナチスと親密になりすぎているということでアメリカ国内で批判を受けた。その批判に対し、リンドバーグはナチスに対する過剰な非難であると反論した。

Re: リンドバーグ日記

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/26 12:31 投稿番号: [34306 / 41162]
リンドバーグは1929年に駐メキシコ大使ドワイト・モローの次女アン・モローと結婚した。アンは夫の勧めでパイロットや無線通信士の技術を身につけ、乗務員として調査飛行に同行することになる。彼女は後年、作家となった。彼らは6人の子供をもうけた。チャールズ・オーガスタス・ジュニア(1930年)、ジョン(1932年)、ランド(1937年)、アン(1940年)、スコット(1942年)およびリーヴェ(1945年)。

1歳8ヶ月の彼らの息子ジュニアは1932年3月1日に自宅から誘拐され、10週間に及ぶ探索と誘拐犯人との身代金交渉の後に、ニュージャージー州ホープウェルで5月12日に死んでいるのが見つかった(リンドバーグ愛児誘拐事件)。

Re: リンドバーグ日記

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/26 11:59 投稿番号: [34305 / 41162]
自分の国の一般市民を何千万人も屠殺した国の言うことを信用する方が、どうかしているよね、嘘吐き親子君。

君の脳味噌は大丈夫か、嘘吐き親子君。

リンドバーグ日記

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/11/26 11:14 投稿番号: [34304 / 41162]
>このやり方全体は、話をしてくれた将軍の全面的な是認を受けていた」(リンドバーグ日記六月二一日)

ナチスの信奉者であり、自分の息子を殺害したと言われている
キチガイの話を信用するとは、やっぱりおめでたいね〜、古本屋さんは。

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: ueniikuyo 投稿日時: 2010/11/26 04:34 投稿番号: [34303 / 41162]
UP

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: the_super_strong_aikokusya 投稿日時: 2010/11/25 23:25 投稿番号: [34302 / 41162]
age

Re: 『南京事件と - 名簿

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/21 09:32 投稿番号: [34301 / 41162]
唐変木は出て来られないようだね、恥ずかしくて。

Re: 『南京事件と - 名簿

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/16 13:51 投稿番号: [34300 / 41162]
「我が軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。われわれは文明のために戦っているのだと主張されている。ところが大平洋における戦争をこの目で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う」(七月一三日)

  「安全でかなり贅沢な将校クラブに座しながら、これらの日本軍を『黄色い奴ばら』と表現するアメリカ軍将校の言に耳を傾けねばならないのである。彼らの欲求は日本兵を無慈悲に、惨たらしく皆殺しにすることなのだ。オウィ島に来て以来、敵に対する畏敬の言葉も同情の言葉も聞いた覚えはまったく無い」(七月二一日)

  「私は突っ立ったまま、密林の焼け焦げた跡や、日本軍が身を隠している洞窟と思しき断崖の黒点を眺めやる。あの焼け爛れた地域の地表下に極限の苦悶隠されているのだ     飢餓、絶望、そして死体や死に瀕した男たち。ただ祖国愛と信ずるもののために耐え、よしんば心底で望んだとしても敢えて投降しようとしない。なぜならば両手を挙げて洞窟から出ても、アメリカ兵が見つけ次第、射殺するであろうことは火を見るよりも明らかだから」(七月二一日)

  「われわれがもし日本兵の歯をもぎとったり、ブルドーザーで遺体を穴の中に押しやり、さらった土をかぶせてやったりする代わりに、人間にふさわしい埋葬を営んでやることが出来るのであれば、私はわが国民性にもっと敬愛の心を抱けたに相違ない。ブルドーザーで片付けたあとは墓標も樹てずに、こう言うのである。『これが黄色い奴らを始末するたった一つの手さ』と」(七月二一日)

  「山道の片側にある爆弾でできた穴の縁を通り過ぎる。穴の中には五人か六人の日本兵の死体が横たわり、わが軍がその上から放り込んだトラック一台分の残飯や廃物で半ば埋もれていた。わが同胞が拷問によって敵を殺害し、敵の遺体を爆弾でできた穴に投げ込んだうえ、残飯や廃物を放り込むところまで堕落するとは実に胸糞が悪くなる」(七月二四日)

Re: 『南京事件と - 名簿

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/16 12:52 投稿番号: [34299 / 41162]
>戦争や大災害の被害者の名簿を出せだの、証拠をだせなど、言う人間は相当アホでしょうね。

↑君はやっぱりアホだったんだね。

『南京事件と - 名簿 2010/11/ 1 9:03 [ No.34205 / 34298 ]

投稿者 :
fukagawatohei



>それは君のほうでは?

古本屋さんはホロコーストの犠牲者の名簿を出せるの?

返信


これは メッセージ 34204 neonanashinogonbei さんに対する返信です

被爆者すら揶揄する狂人fukagawatohei

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/11/16 09:03 投稿番号: [34298 / 41162]
広島の被爆者を陰湿なやり方で嘲り揶揄することを快感としている。

とにかく、日本人が憎いのである。理由も根拠も無く日本人を憎悪する狂人なのである。

>ガハー!   広島人はよほど頭が狂ってますな。もう一度原爆を落とされたいとはの。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8430、投稿者:fukagawatohei

>親父は東京に戻ってくるまで、しばらくの間、カボチャやイモを食べて生き延びていたそうだ。
カボチャやイモは原爆の熱でこんがり焼けていて、うまかったそうじゃ。広島の街全体がアメリカが落とした原爆で、ちょうど電子レンジでチンされちゃったようなもんだ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8528 、投稿者:fukagawatohei

この残酷な書きようはどうだ!!

>熱風の中をピョンピョンととびまわっていた
皮をむかれたカエルがドロ水の中に投げ込まれたように
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、
投稿No.19847、No.24493、No.24499   投稿者:fukagawatohei

初めは新聞の報道だと書き、それが父親の経験だとどうして言えるのかと追求すると、
父親が投稿したものだと言いなおした。
しかも新聞の切り抜きである言いながら投稿は「コピペ」である。
40年前の新聞の投稿欄をどうしてコピペできるのか?

Re: 『南京事件と - 名簿

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/11/16 08:59 投稿番号: [34297 / 41162]
>サンプルとして挙げただけであり、「通州居留民関係書類綴」(防衛庁防衛研究所図書館所蔵)には全員の名簿がある>

通州事件の名簿ですか?だったらあって当然でしょう。他の大虐殺に
比べれば、小さな事件ですから。

南京大虐殺と通州事件とどんな関係があるのでしょうか?
まあ〜、一部のキチガイは通州事件があるのだから、中国人を
殺してもかまわないと考えているようですが。

>70年以上前に死んだ人たちの名簿が今までなくて、100年後に出来る?
ぷ>

約65年前の東京大空襲の被害者や広島、長崎の被爆者の正確な
名簿は今でも完全にはできてないでしょうね。まだ生存者もいるわけだし。

100年はかかるでしょう、どこ国でも、大災害や大虐殺の
正確な名簿を作るのは。まあ〜、おそらく不可能と言っていいんじゃなですか。

ホロコースト、ルワンダ、カンボジアなどの大虐殺の完全な名簿
は永遠に作ることはできないでしょう。

戦争や大災害の被害者の名簿を出せだの、証拠をだせなど、言う人間は相当アホでしょうね。

中国では 人食いが美談です、孔子も

投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/11/15 21:46 投稿番号: [34296 / 41162]
世界四大文明発祥の地、中国・漢人の食文化・伝統に「人食い」がありますが、遣唐使として渡った日本人の多くが、人食いを目にしたであろう。ご存知のとおり何故だか不明??だが、突然遣唐使が突然に中止となりました。

日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に中国では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけです。

文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。

中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような中国人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。

中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。

昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。

人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。中国人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。

漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されていますが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。

さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。

追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。

また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。(学者は反対のこと書きますが)

理由は、
人食い王に弟子が雇われるための技術と心構えを教えていた孔子ですから、王が人肉大好き人間で、家来が人肉嫌い人間では、臣たるものとして「忠」に背きます。人口が10分の1になるほどの社会情勢を重視する。

Re: 『南京事件と - 名簿

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2010/11/15 21:04 投稿番号: [34295 / 41162]
>たった三所帯のリストで名前も分からないんだけど、なあ〜に、これ?

サンプルとして挙げただけであり、「通州居留民関係書類綴」(防衛庁防衛研究所図書館所蔵)には全員の名簿がある。



>>で、日本軍による南京大虐殺の犠牲者の名簿はどうした?

>まあ〜、あと100年もすればできるから、あせるなよ。

70年以上前に死んだ人たちの名簿が今までなくて、100年後に出来る?

被爆者すら揶揄する狂人fukagawatohei

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/11/15 18:57 投稿番号: [34294 / 41162]
広島の被爆者を陰湿なやり方で嘲り揶揄することを快感としている。

>ガハー!   広島人はよほど頭が狂ってますな。もう一度原爆を落とされたいとはの。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8430、投稿者:fukagawatohei

>親父は東京に戻ってくるまで、しばらくの間、カボチャやイモを食べて生き延びていたそうだ。
カボチャやイモは原爆の熱でこんがり焼けていて、うまかったそうじゃ。広島の街全体がアメリカが落とした原爆で、ちょうど電子レンジでチンされちゃったようなもんだ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8528 、投稿者:fukagawatohei

この残酷な書きようはどうだ!!

>熱風の中をピョンピョンととびまわっていた
皮をむかれたカエルがドロ水の中に投げ込まれたように
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、
投稿No.19847、No.24493、No.24499   投稿者:fukagawatohei

初めは新聞の報道だと書き、それが父親の経験だとどうして言えるのかと追求すると、
父親が投稿したものだと言いなおした。
しかも新聞の切り抜きである言いながら投稿は「コピペ」である。
40年前の新聞の投稿欄をどうしてコピペできるのか?

Re: 日本兵の頭蓋骨

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/15 17:40 投稿番号: [34293 / 41162]
「日本兵士殺害に関する将軍の話−−−−実戦参加経験がないまま帰国する軍曹が、せめて一人だけでも日本兵を殺したいと不平を漏らした。
  偵察隊に捕らえられた一人の日本兵捕虜が軍曹の前に引き立てられた。軍曹は言った。
  『俺にはこいつを殺せないよ!やつは捕虜なんだ。無抵抗だ』
  『ちぇっ、戦争だぜ。野郎の殺し方を教えてやらあ』
  偵察隊の一人がそういうと、日本兵に煙草と火を与えた。煙草を吸い始めたとたんに、日本兵の頭部に腕が巻つき、喉元が一方の耳元から片方の耳元まで切り裂かれた。
  このやり方全体は、話をしてくれた将軍の全面的な是認を受けていた」(リンドバーグ日記六月二一日)

  「ニューギニアの密林を越えて、ホーランディア飛行場周辺に日本空軍の残骸が散乱していた。着陸後、将校連と会議。談たまたま日本兵捕虜の数が少ないという点に及ぶ。
  『捕虜にしたければいくらでも捕虜にすることができる』
  と将校の一人が答えた。
  『ところがわが方の連中は捕虜をとりたがらないのだ』
  『(原文伏字)では二〇〇〇人ぐらい捕虜にした。しかし、本部に引き立てられたのはたった一〇〇人か二〇〇人だった。残りの連中にはちょっとした出来事があった。もし戦友が飛行場に連れて行かれ、機関銃の乱射を受けたと聞いたら、投降を奨励することにはならんだろう』
  『あるいは両手を挙げて出てきたのに撃ち殺されたのではね』
と、別の将校が調子を合わせる」

↑米国人による日本兵捕虜の殺害率九〇%。

唐変木は何を調べているんだろうね、唐変木は脳無しだよね。

Re: 日本兵の頭蓋骨

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/15 16:34 投稿番号: [34292 / 41162]
>日本軍によって殺された連合軍捕虜27%
ドイツ軍によって殺された連合軍捕虜4%

↑聯合によって殺された日本兵捕虜のパーセンテージを示して頂戴な。

Re: 日本兵の頭蓋骨

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/11/15 13:52 投稿番号: [34291 / 41162]
>金歯、銀歯を取って当たり前の米国人。捕虜を保護もせず、虐殺した米国人。

相変わらず、田舎者のドン百姓は古本屋のデマを信じて、バカだねぇ〜。

日本軍によって殺された連合軍捕虜27%
ドイツ軍によって殺された連合軍捕虜4%

つまり、旧日本軍はナチスドイツより7倍、捕虜を殺した野蛮な軍隊
だったって〜こっちゃ。

Re: 日本兵の頭蓋骨

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2010/11/13 22:35 投稿番号: [34290 / 41162]
金歯、銀歯を取って当たり前の米国人。捕虜を保護もせず、虐殺した米国人。

そんな事知らないのかい〜?全く、全て日本が悪いと言う価値観そのものだの〜。ハヨ、日本国籍外れて、反日民族に鞍替えしろい〜!

被爆者すら揶揄する狂人fukagawatohei

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/11/11 19:40 投稿番号: [34289 / 41162]
広島の被爆者を陰湿なやり方で嘲り揶揄することを快感としている。

>ガハー!   広島人はよほど頭が狂ってますな。もう一度原爆を落とされたいとはの。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8430、投稿者:fukagawatohei

>親父は東京に戻ってくるまで、しばらくの間、カボチャやイモを食べて生き延びていたそうだ。
カボチャやイモは原爆の熱でこんがり焼けていて、うまかったそうじゃ。広島の街全体がアメリカが落とした原爆で、ちょうど電子レンジでチンされちゃったようなもんだ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8528 、投稿者:fukagawatohei

この残酷な書きようはどうだ!!

>熱風の中をピョンピョンととびまわっていた
皮をむかれたカエルがドロ水の中に投げ込まれたように
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、
投稿No.19847、No.24493、No.24499   投稿者:fukagawatohei

初めは新聞の報道だと書き、それが父親の経験だとどうして言えるのかと追求すると、
父親が投稿したものだと言いなおした。
しかも新聞の切り抜きである言いながら投稿は「コピペ」である。
40年前の新聞の投稿欄をどうしてコピペできるのか?

Re: 日本兵の頭蓋骨

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 12:29 投稿番号: [34288 / 41162]
"We boiled the flesh off enemy skulls"

"Japanese skulls were much-envied trophies among U.S. Marines in the Pacific theater during World War II. The practice of collecting them apparently began after the bloody conflict on Guadalcanal, when the troops set up the skulls as ornaments or totems atop poles as a type of warning. The Marines boiled the skulls and then used lye to remove any residual flesh so they would be suitable as souvenirs. U.S. sailors cleaned their trophy skulls by putting them in nets and dragging them behind their vessels. Winfield Townley Scott wrote a wartime poem, 'The U.S. Sailor with the Japanese Skull" that detailed the entire technique of preserving the headskull as a souvenir. In 1943 Life magazine published the picture of a U.S. sailor's girlfriend contemplating a Japanese skull sent to her as a gift - with a note written on the top of the skull. Referring to this practice, Edward L. Jones, a U.S. war correspondent in the Pacific wrote in the February 1946 Atlantic Magazine, "We boiled the flesh off enemy skulls to make table ornaments for sweethearts, or carved their bones into letter-openers." On occasion, these "Japanese trophy skulls" have confused police when they have turned up during murder investigations. It has been reported that when the remains of Japanese soldiers were repatriated from the Mariana Islands in 1984, sixty percent were missing their skulls."

Source: Kenneth V. Iserson, M.D., Death to Dust: What happens to Dead Bodies?, Galen Press, Ltd. Tucson, AZ. 1994. p.382.

Re: 日本兵の頭蓋骨

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/11/11 12:27 投稿番号: [34287 / 41162]
http://miko.iza.ne.jp/images/user/20070329/56282.jpg
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)