Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/28 22:14 投稿番号: [34319 / 41162]
・同じ轍は踏まず平和国家の道を
大日本帝国は家族と恥とを人質にとって兵士を前線に送っていたに等しい。捕虜になるなら死を選べ。捕虜になれば母国の家族の不名誉だ。非国民となじられる。捕虜になってから帰還すれば死刑が待っている。前に進めず、後に退けず、降伏投降は許されず。鬼畜米英と吹き込まれ、目を合わせたら喰われるなどと脅す。
つまり国家として個々兵の精神を極限まで発揚し、恥を煽り、火事場の馬鹿力を最大限に出させようというものに近い戦略を採っていたと考えられる。それは国家同士の総力戦(物量戦、思想戦、経済戦、国民性)といったマクロ的戦略をも上回る位置を占めていたと言われて仕方がない。米国は総力戦でぶつかってきているのに対して、日本は一般兵の奮戦を促してばかりいる。とても戦術とは呼べそうもない本土での竹やり部隊育成もまさにそれであろう。自国のことをこう言うのは一抹の寂しさがないではないが、太平洋戦争は勝てる道理などなかったのである。
今日、一般兵士達の前線での苦しみや悲しみを考える時、二度と戦争をしてはならぬと決意を新たにするものだ。一般日本兵のように個々人の精神性を高く発揚・利用された民族であればあるほど、戦争は心身共に辛く厳しくむごいものとなる。日本兵捕虜はまさに現代に生きる我々にそれを教えてくれている。忠君愛国の美名のもとに散らざるを得なかった若かりし兵士に心からの哀悼をささげ、国家としての自責の念を未来永劫忘れてはなるまい。可能性多き青年を大量に日本は失った。これほどの国家としての損失があろうか。私は兵士達には感謝ではなく、ただただ強い悲しみの共有、つまり同情の念が沸き起こってくる。戦争は幾重にも張り巡らされたあらゆる不幸・不安・不足・分断のシステムである。我が国の尊き青年はそのシステムに殉じざるを得なかった。抗うすべも持たなかったであろう。何という人生か。何の為に生まれてきたのか。人類はこんなものをもたらすために進化・発展してきたのか。そう思う時に、はかなく散っていった兵士達に向けて必要なのは「感謝」よりも「不戦の誓い」と「平和・安寧の国家建設」、そして「国家による世界平和への寄与への行動」であると強く確信するのである。
http://read.jugem.jp/?eid=37日本兵捕虜は何をしゃべったか
山本 武利
文藝春秋 (文春新書)
これは メッセージ 34318 (shoujouji さん)への返信です.
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