Re: 日本兵捕虜は何をしゃべったか
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/11/28 22:12 投稿番号: [34318 / 41162]
・戦地での日本兵
日本軍の上級将校の逃亡の多さには米兵もあきれていた。兵卒には威張り散らし嫌われぬいていた将校も多い。そうした上級将校が戦局不利と見ると脱走、敵前逃亡をやってのける。そうした態度に一般兵が憤慨していたことを捕虜が口々に語っている。ガダルカナルにおける戦いも百武中将や丸山中将が逃亡した。先述したが、捕虜は米兵による扱いを極度に恐れていたが、待遇の良さに驚き機密を積極的に機密を話すようになる。連合国軍の勝利のために果敢に協力すると訴える者も出た。
また、従軍慰安婦のところに入り浸りの連隊長(丸山中将など)に怒り、軍医らの特定の人間だけが十分な食料やタバコを得ていることなどを捕虜が証言している。これでは兵士の士気など上がるはずがない。食糧不足により兵士の脱走、自殺が相次いでいることも証言。米兵はこうした証言により日本軍のモラル低下と士気凋落を分析している。従軍慰安婦は日本の周旋業者が朝鮮本土で行った日本兵の負傷者の看護などの「慰安役務」募集に騙されて集められたり、工場の女工募集広告で応募してきたのを慰安婦にしたりしていた。米軍はその慰安婦が寝床で将校から軍関係の情報を漏れ聞いていないかを調査しているが、そこでは将兵ともに酒に酔っても漏洩はなかったとされる。それにしても米軍はしたたかな戦略を採っている。情報収集にかけるエネルギーが日本のそれとは大違いだ。
ちなみに日本論として有名な『菊と刀』の著者ルース・ベネディクトは日系人や日本人捕虜の面接、尋問記録などを参考に書いたのだという。「罪ではなく恥の文化」と判断したのもこうした捕虜の態度や恐れ(非国民、不名誉、村八分)を分析したものであろう。彼女自身は日本に来てもいないのにどうやって日本人を論じるのだという批判があるが、極限状態まで追い込まれていた戦地での日本兵の尋問内容にはホンネとタテマエがはっきりと映ったことであろう。ある意味で日本兵捕虜達は最高の分析対象でもあったはずだ。
・母への手紙と恋文と
戦地に赴き、玉砕覚悟の作戦が明日にも決行されるという日に書かれた一般兵の手紙が残っており本書で紹介されている。悲しみを抜きに目を通すことなどできたものではない。著者も余計な分析を加えてはいない。ただ紹介されているのみである。人間はあくまで人間である。一読あらんことを。
・日本人の精神とは
米軍は日本兵捕虜達への尋問等を総合判断し、日本人の天皇観は天皇個人への崇拝や神道など天皇制イデオロギーによる強固なものではなく、長い間の教育や軍隊生活によって強制された硬直的なものに過ぎないと断定した。そうした分析は今日の我が国を考える時、当たらずとも遠からずであったと評価できるものではないだろうか。GHQは戦後の日本の占領政策に大いに捕虜達から学んだ教訓を活かした。日本人は何に反発し、何を恐れ、何を護ろうとするのか。天皇の戦争責任に触れず、象徴天皇制を敷いたことはまさにその成果であった。日本兵捕虜は天皇についての肯定も否定も極度に嫌ったという。この体質は各捕虜について違いはなく、等しく同様の反応が見えたようだ。米軍はこうした日本人の気質を的確に捉えていた。あれほど戦時中は無謀な戦術を採って玉砕攻撃をかけてきた日本国の占領が驚くほどスムーズに完了したのは、まさに「日本人の気質」を日本兵捕虜から学んだことに起因している。現在、東京裁判が国際法上正当性を欠くという論議が再燃しているが、実際のところ連合国は国際法上のリーガルな判断による裁きよりも民族気質・民族性を重視した裁判を行ったのである。東條以下A級戦犯と呼ばれる人間を死刑にしたのも、国内反発はさほどでないということを判断したからだ。戦時中、日本兵捕虜は天皇を全く恨んでおらず、大本営や軍部、政府に対する不満をぶちまけていた。この不満は兵士だけではなく国民全体にスプレッドされたものであるとGHQは判断したのではなかろうか。ならば、東條以下政府要人を裁いても国民感情を害することはないと判断したはずだ。最高指導者である天皇を戦犯指定しなかった時点で元々国際法上の正当性など担保できなかったに違いない。故に連合国側、特に米国は日本の戦後安定の目的の為にあのようにせざるを得ない「行事」として東京裁判を演じたとは言えまいか。そう考えるとあの裁判が正当か否かということは今日それほどの意味を持つとは思えなくなる。米国のしたたかな戦略に完全に日本国は敗北したのだ。大切なのはこれからである。大戦を肯定しても否定しても「過去に囚われている間」は我が国の未来をより良くする動きにはなるまい。我々現代人は「過去を活かさねば」ならないのである。
日本軍の上級将校の逃亡の多さには米兵もあきれていた。兵卒には威張り散らし嫌われぬいていた将校も多い。そうした上級将校が戦局不利と見ると脱走、敵前逃亡をやってのける。そうした態度に一般兵が憤慨していたことを捕虜が口々に語っている。ガダルカナルにおける戦いも百武中将や丸山中将が逃亡した。先述したが、捕虜は米兵による扱いを極度に恐れていたが、待遇の良さに驚き機密を積極的に機密を話すようになる。連合国軍の勝利のために果敢に協力すると訴える者も出た。
また、従軍慰安婦のところに入り浸りの連隊長(丸山中将など)に怒り、軍医らの特定の人間だけが十分な食料やタバコを得ていることなどを捕虜が証言している。これでは兵士の士気など上がるはずがない。食糧不足により兵士の脱走、自殺が相次いでいることも証言。米兵はこうした証言により日本軍のモラル低下と士気凋落を分析している。従軍慰安婦は日本の周旋業者が朝鮮本土で行った日本兵の負傷者の看護などの「慰安役務」募集に騙されて集められたり、工場の女工募集広告で応募してきたのを慰安婦にしたりしていた。米軍はその慰安婦が寝床で将校から軍関係の情報を漏れ聞いていないかを調査しているが、そこでは将兵ともに酒に酔っても漏洩はなかったとされる。それにしても米軍はしたたかな戦略を採っている。情報収集にかけるエネルギーが日本のそれとは大違いだ。
ちなみに日本論として有名な『菊と刀』の著者ルース・ベネディクトは日系人や日本人捕虜の面接、尋問記録などを参考に書いたのだという。「罪ではなく恥の文化」と判断したのもこうした捕虜の態度や恐れ(非国民、不名誉、村八分)を分析したものであろう。彼女自身は日本に来てもいないのにどうやって日本人を論じるのだという批判があるが、極限状態まで追い込まれていた戦地での日本兵の尋問内容にはホンネとタテマエがはっきりと映ったことであろう。ある意味で日本兵捕虜達は最高の分析対象でもあったはずだ。
・母への手紙と恋文と
戦地に赴き、玉砕覚悟の作戦が明日にも決行されるという日に書かれた一般兵の手紙が残っており本書で紹介されている。悲しみを抜きに目を通すことなどできたものではない。著者も余計な分析を加えてはいない。ただ紹介されているのみである。人間はあくまで人間である。一読あらんことを。
・日本人の精神とは
米軍は日本兵捕虜達への尋問等を総合判断し、日本人の天皇観は天皇個人への崇拝や神道など天皇制イデオロギーによる強固なものではなく、長い間の教育や軍隊生活によって強制された硬直的なものに過ぎないと断定した。そうした分析は今日の我が国を考える時、当たらずとも遠からずであったと評価できるものではないだろうか。GHQは戦後の日本の占領政策に大いに捕虜達から学んだ教訓を活かした。日本人は何に反発し、何を恐れ、何を護ろうとするのか。天皇の戦争責任に触れず、象徴天皇制を敷いたことはまさにその成果であった。日本兵捕虜は天皇についての肯定も否定も極度に嫌ったという。この体質は各捕虜について違いはなく、等しく同様の反応が見えたようだ。米軍はこうした日本人の気質を的確に捉えていた。あれほど戦時中は無謀な戦術を採って玉砕攻撃をかけてきた日本国の占領が驚くほどスムーズに完了したのは、まさに「日本人の気質」を日本兵捕虜から学んだことに起因している。現在、東京裁判が国際法上正当性を欠くという論議が再燃しているが、実際のところ連合国は国際法上のリーガルな判断による裁きよりも民族気質・民族性を重視した裁判を行ったのである。東條以下A級戦犯と呼ばれる人間を死刑にしたのも、国内反発はさほどでないということを判断したからだ。戦時中、日本兵捕虜は天皇を全く恨んでおらず、大本営や軍部、政府に対する不満をぶちまけていた。この不満は兵士だけではなく国民全体にスプレッドされたものであるとGHQは判断したのではなかろうか。ならば、東條以下政府要人を裁いても国民感情を害することはないと判断したはずだ。最高指導者である天皇を戦犯指定しなかった時点で元々国際法上の正当性など担保できなかったに違いない。故に連合国側、特に米国は日本の戦後安定の目的の為にあのようにせざるを得ない「行事」として東京裁判を演じたとは言えまいか。そう考えるとあの裁判が正当か否かということは今日それほどの意味を持つとは思えなくなる。米国のしたたかな戦略に完全に日本国は敗北したのだ。大切なのはこれからである。大戦を肯定しても否定しても「過去に囚われている間」は我が国の未来をより良くする動きにはなるまい。我々現代人は「過去を活かさねば」ならないのである。
これは メッセージ 34316 (shoujouji さん)への返信です.