南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/06/04 01:14 投稿番号: [28521 / 41162]
From : Tokyo (Hirota)
To : Washington
January 19, 1938

#206, Received from Shanghai as #175

The night of the 16th,   Toinpare*, special correspondent of the Manchestar Guardian, was disoccvared by our censors as he was about to send a communication as given in separate message #176**.


From : Tokyo (Hirota)
To : Washington
January 17, 1938

#227, Received from Shanghai as #176

Extra message.
"Since return (to) Shanghai (a) few days ago I investigated   reported atrocities committed by Japanese army in Nanking   and elsewhere. Verbal accounts (of) reliable eye-witnesses   and letters from individuals whose credibility (is) beyond question afford convincing proof (that)Japanese Army behaved and (is) continuing(to) behave in (a) fashion reminiscent (of) Attila (and) his Huns. (Not)less than three hundred thousand Chinese civilians slaughtered, many cases (in) cold blood.

Re: ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/06/04 01:12 投稿番号: [28520 / 41162]
http://www.history.gr.jp/~nanking/hirotadenbun01.jpg

http://www.history.gr.jp/~nanking/hirotadenbun02.jpg

残念ながら、上記のように広田弘毅が上海に行ったときのではなくティンパーリーの文書を送った電文だな。

訳をした意味が分かったかね。

Re: ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/04 00:30 投稿番号: [28519 / 41162]
全文訳せば、お前の嘘がバレルから、訳せないだろうな。(猛爆)

Re: ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/06/04 00:25 投稿番号: [28518 / 41162]
英語を訳すること出来ない君は、引っ込んでいた方が良いようだね、自動詞と他動詞の使い方も知らない様だからね。

Re: ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/03 23:15 投稿番号: [28517 / 41162]
>と、同じ事で、「中国一般人民が殺したのは三十万人をくだらない、冷血にも。」

堪能な英語力で翻訳すればどうかね?

外務大臣広田弘毅のワシントン日本領事館宛電文
From: Tokyo (Hirota)
To: Washington
January 17, 1938

#227. Received from Shanghai as #176

Extra message

"Since return to Shanghai a few days ago I investigated reported atrocities committed by Japanese Army in Nanking and elsewhere. Verbal accounts of reliable eye-witnesses and letters from individuals whose credibility is beyond question afford convincing proof that Japanese Army behaved and is continuing to behave in a fashion reminiscent of Attila and his Huns. Not less than three hundred thousand Chinese civilians slaughtered, many cases in cold blood. Robbery, rape, including children of tender years, an insensate brutality towards civilians continues to be reported from areas where actual hostilities ceased weeks ago. Deep shame which better type of Japanese civilian here feel - reprehensible conduct of Japanese troops elsewhere heightened by series of local incidents where Japanese soldiers run amuck in Shanghai itself. Today North China Daily News reports a particularly revolting case where a drunken Japanese soldier, unable (to) obtain women and drink he demanded, shot and killed three Chinese women over sixty and wounded several other harmless civilians."

*This message was sent in enciphered English and is the one referred to in S.I.S.#1257

#1263

Re: ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/06/03 22:37 投稿番号: [28516 / 41162]
Not less than three hundred thousand Chinese civilians slaughtered, many cases in cold blood.

上記は

Chinese civilians slaughtered   not less than three hundred thousand , many cases in cold blood.

と、同じ事で、「中国一般人民が殺したのは三十万人をくだらない、冷血にも。」

ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/03 21:03 投稿番号: [28515 / 41162]
>広田電文が南京の何の証明になるか論証しろよ。
当然まずそこからだな。

現地視察した大日本帝国外務大臣広田が、南京虐殺が有ったと認めているからね。(猛爆)

事実に反するというなら、広田電文を否定する根拠と資料を以って反論すればよい。(猛爆)

反論出来ないなら、何時ものように臭いだけ残して去れ!(爆)

すり替え猛爆屑

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/06/03 19:54 投稿番号: [28514 / 41162]
広田電文は一次資料でない上に南京の証明にならない。
それを否定しろと言っているお前が阿呆なのだ。

反論とか否定とか自分はつまみ食いしておいて相手に投げるのもお前の常套手段だな(嘲笑)
ならその前に広田電文が南京の何の証明になるか論証しろよ。
当然まずそこからだな。

反論出来ないヘタレ加齢臭(猛爆)

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/03 19:48 投稿番号: [28513 / 41162]
悔しければ否定してみろ!(猛爆)

Re: やっと来たか。

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/06/03 19:12 投稿番号: [28512 / 41162]
何度も出てきている事だが。
そんな事も知らずに広田電文を持ち出したお前が馬鹿なだけなのだが。
広田電文は一次資料でないしな。

自分で何とも出来ないから誤魔化して遁走しようと言う意図が見え見え。
広田電文を持ち出した馬鹿が遁走(大笑)

Re: やっと来たか。

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/03 19:08 投稿番号: [28511 / 41162]
>お前が上げているのは資料としての電文の在処に過ぎん。
知識に深みも何も無い馬鹿が陥りやすい間違いそのものだがな(嘲笑)
広田がその電文を打った時の事を問うているのだ。

お前が反論すべきことだ。
反論できなければ、広田電文を認めたことになる。

という事で、おしまいだな。(猛爆)

Re: やっと来たか。

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/06/03 19:02 投稿番号: [28510 / 41162]
お前順序から言うなら崇善堂の埋葬記録を証明するのが先だが。

まあ良い。
お前が上げているのは資料としての電文の在処に過ぎん。
知識に深みも何も無い馬鹿が陥りやすい間違いそのものだがな(嘲笑)
広田がその電文を打った時の事を問うているのだ。

そのぐらいの事は当然即答できるな?

Re: やっと来たか。

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/03 18:56 投稿番号: [28509 / 41162]
>広田がその電文の元にした情報をあげてみな。

ソースは書いてあるだろう?(猛爆)

ttp://www.archives.gov/press/press-releases/2007/nr07-47.html

米国メリーランド州における国家公文書及び記録室・National Archives and Records Administrationでは、第2次世界大戦連合各国及びドイツや大日本帝国に関する全ての外交文書が公開されている。

やっと来たか。

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/06/03 18:17 投稿番号: [28508 / 41162]
埋葬記録に関する話をまず進めるべきだがな。

広田電文に関しては一言だけ言ってやろう。
広田がその電文の元にした情報をあげてみな。
それでお終いだ。

さて崇善堂の埋葬記録を証明して貰おうか(笑)

ヘタレ加齢臭(猛爆) 

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/06/03 17:56 投稿番号: [28507 / 41162]
>回答済みの答えから何時まで逃げ回っているんだヘタレ(嘲笑)

返答しないのはお前の方だ!(猛爆)

>>極東軍事裁判での南京虐殺事件の証拠とされた、南京城外に放置されていた遺体の埋葬作業にあたった、(日本軍より要請を受け営利事業としておこなった)紅卍会と崇善堂の作業報告によると、1937年12月から1938年3月までに両者で15万5996体を埋葬した。とある。城内の戦死者実数等々を足せば、20万人以上となるだろな。
>紅卍会の埋葬活動について疑問の余地はないが、
埋葬記録は東京裁判時に提出された戦後集計のもので一次資料ではない。
東京裁判での扱いがどうであれ無条件に真実であったとは言い難い。
崇善堂に関してもっと胡散臭い。
紅卍会に比べて大量の埋葬を行ったとされているが、
これに関しては南京事件調査研究会でも怪しいとされている。
埋葬活動自体が一次資料で見つけられないせいもあるが。
この団体を認めているのは共産支那ぐらいのものだ。
それにしても3ヶ月で最低15万の死体を処理するのにどれだけの人員が必要かね。
紅卍会にしても埋葬隊の人数は基本的に40人だったのだがな。


ttp://www.archives.gov/press/press-releases/2007/nr07-47.html

米国メリーランド州における国家公文書及び記録室・National Archives and Records Administrationでは、第2次世界大戦連合各国及びドイツや大日本帝国に関する全ての外交文書が公開されている。

外務大臣広田弘毅のワシントン日本領事館宛電文
From: Tokyo (Hirota)
To: Washington
January 17, 1938

#227. Received from Shanghai as #176

Extra message

"Since return to Shanghai a few days ago I investigated reported atrocities committed by Japanese Army in Nanking and elsewhere. Verbal accounts of reliable eye-witnesses and letters from individuals whose credibility is beyond question afford convincing proof that Japanese Army behaved and is continuing to behave in a fashion reminiscent of Attila and his Huns. Not less than three hundred thousand Chinese civilians slaughtered, many cases in cold blood. Robbery, rape, including children of tender years, an insensate brutality towards civilians continues to be reported from areas where actual hostilities ceased weeks ago. Deep shame which better type of Japanese civilian here feel - reprehensible conduct of Japanese troops elsewhere heightened by series of local incidents where Japanese soldiers run amuck in Shanghai itself. Today North China Daily News reports a particularly revolting case where a drunken Japanese soldier, unable (to) obtain women and drink he demanded, shot and killed three Chinese women over sixty and wounded several other harmless civilians."

*This message was sent in enciphered English and is the one referred to in S.I.S.#1257

#1263



「Not less than three hundred thousand Chinese civilians slaughtered」

少なくとも30万人の中国人が虐殺されました。とある。

Re: 半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2009/06/02 14:23 投稿番号: [28506 / 41162]
>半藤一利以外に異を唱えているのは誰か居るのか?
誰だ?

だからそれは二の次の問題だと言っている。

>が、それらを考慮してもこの説には異を唱える向きも多い。

本当に多いかどうか、半藤や森正蔵などの主張が正しいかどうか、一次資料による確証があるのかどうか、などは次の問題だ。

一般市民は早急に集合しなかったからやむなく軍人やその家族等を先に乗車させたという説には異論があるからその説ですべてが解決したというのは単純だろう、その説は検証の余地があるだろうと言っているだけさ。間違っているとは決め付けていいない。南京虐殺0みたいな発想の人間にはわからないだろうが。

Re: 半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/06/02 02:48 投稿番号: [28505 / 41162]
>>>が、それらを考慮してもこの説には異を唱える向きも多い。

>これがポイントだ。半藤一利がポイントではない。だから君は間違っている。半藤一利がどうたらこうたらは二義だ。


半藤一利以外に異を唱えているのは誰か居るのか?
誰だ?

二度は書かないぞ猛爆屑

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/31 16:36 投稿番号: [28504 / 41162]
回答済みの答えから何時まで逃げ回っているんだヘタレ(嘲笑)

Re: ●南京事件証拠隠滅も失敗しました

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/30 02:31 投稿番号: [28502 / 41162]
別ハンで出てきても馬鹿は変わらずか(大笑)
ラーベの証言を元にするなら、
共産支那主張の「南京大虐殺」は嘘になるのだよ。

●南京事件証拠隠滅も失敗しました

投稿者: applepai2827 投稿日時: 2009/05/28 18:50 投稿番号: [28501 / 41162]
ラーべに見られました。

本当にすみまそん。

Re: ●満州国も日韓併合も失敗すました。

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/28 14:39 投稿番号: [28500 / 41162]
お前の日本語が一番「すまそ」なんだが(大笑)
頭の悪い鮮人と言うのも大変だな(嘲笑)

●満州国も日韓併合も失敗すました。

投稿者: japanpoors 投稿日時: 2009/05/28 13:38 投稿番号: [28499 / 41162]
本当にすみまそん。

中国や北朝鮮が共産国家になったのは

日本の統治に失敗せいですね。

Re: 半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2009/05/27 09:59 投稿番号: [28498 / 41162]
>なんだ〜。
嘘吐き半藤一利を支持しているのか?

ハハハ、さすがに名にし負うデガラシ君だ。半藤一利に躍り上がって自分の論点ずらしさへ気づいていないのだろう。

>>>視点が違っていて真実を理解せず、誤解があったというのが、ポイントだ。
猿脳クンが貼り付けているサイトでもちゃんと説明しているだろう。(笑)

>はいまちがい。

>>が、それらを考慮してもこの説には異を唱える向きも多い。

これがポイントだ。半藤一利がポイントではない。だから君は間違っている。半藤一利がどうたらこうたらは二義だ。

Re: 半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/26 23:16 投稿番号: [28497 / 41162]
  半藤一利氏は、「酒井大佐は負傷後送され病院で責任をせまられて9月15日朝にチチハルの病院で自決した」、「岡本大佐は、東京の第一陸軍病院で負傷入院加療中に、15年5月に精神錯乱で入院中の将校に斬殺された。もちろんノモンハンでの敗戦責任がからんでいる」とあるが、荒唐無稽としか言えない論理で、敗戦責任なら荻州軍司令官や小松原師団長がとるべきであるのは論じるまでもなく、事実、退役になった。
  小松原師団長も荻州軍司令官も、酒井連隊長は負傷したから後任を求めたもので、ノモンハンで唯一の部隊感状を受けた酒井大佐にはその経験を生かすべく、学校への栄転を考慮しており、懲罰など考えられない。慰労的転任を処罰と歪曲する須見氏とそれを無批判に引用する姿勢が問題である。
  酒井連隊長の遺書の一部が関東軍1に掲載されているが、「ハイラル入院中何回も自決を考えたが、反撃準備中の自決は士気に悪影響があり、部隊の名誉にもかかわるので、いままで自決しなかった。今回、チチハルに移送されハイラルより影響はないと思うから(要旨)」と、あり、以前からの計画だったのは明瞭であり、それまで自決しなかった理由も明白であるにも拘わらず、自決強制と飛躍したのである。

P58
小田洋太郎・田端元共著『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録―』
―――――



まー、このように、半藤一利の著書は、嘘、出鱈目、捏造、事実の隠蔽などのオンパレードだ。

半藤はとりわけ関東軍が嫌いなようだが、日本軍全体、更には元A級戦犯も嫌いなのだろう。

だから、富田メモに関しても、
「日経によると、記事を出す前日には、宮内庁を通じて今上天皇にも、富田元長官のメモを報じることと、靖国メモの内容をお伝えしたそうです。宮内庁からは、わかりましたという返事があったという」
などという嘘を吐いてまで、元A級戦犯(日本軍)を叩きたかったのだと思うう。

こんな具合なので、猿脳がソースとしている半藤一利著「ソ連が満州に侵攻した夏」も同様に、嘘、出鱈目、捏造、事実の隠蔽などのオンパレードだと判定するべきだな。



>だから出がらし君はだめなのだ。(笑)


そっくりそのままお返しするよ。

だから猿脳君はだめなのだ。(笑)

Re: 半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/26 23:04 投稿番号: [28496 / 41162]
8月20日からの、フイ高地の攻防
8月20日、
ソ連北集団軍の先鋒は側面の満州国軍を駆逐し、そのままフイ高地で日本軍   井置部隊の759名(基礎配備は809名だが、1個小隊を森田部隊へ、半個小隊を師団司令部へ派遣)を攻撃したが撃退され、主力を展開せざるを得なくなった。しかし第六〇一連隊長、スダク少佐は戦死、ソ連軍の攻撃は敗退し、予備軍から以下を送った。
8月21日、
予備の第九装甲車旅団と機関銃2個大隊を送り攻撃。北集団シェニコフ指揮官解任、アレクセンコ大佐に交替した。
8月22日、
予備の第六戦車旅団第四大隊を送り攻撃。
8月23日、
予備の第二一二空挺旅団と自動車積載国境警備2個中隊を投入して攻撃、これで、ジューコフの予備はなくなった。結局、ソ連軍はここに3万を投入したが、それでも占領できなかった。ソ連は日本軍は2個連隊を増援したと述べているが、日本軍は増援どころか、水も食糧も弾薬も送られていない。
8月24日、
戦闘継続
8月25日、
井置部隊の269名(牛島康允氏)が脱出。5日間も飲まず食わずだった。大砲はすべて破壊され、小銃も塵と砂で発射不能となり、戦車相手に白兵戦をするしかなくなった。つまり戦力を失い師団司令部とは連絡がつかないまま撤退した。3万名対759名では四〇対一の戦いだが、後半は日本兵士は減少し大砲、戦車なしでは無限の差がある。まさに万夫不当を地で行くものだった。
  これを惨敗とは言えない。ソ連側も、この戦闘は日本軍の勝利とした。フイ高地の日本軍を「英雄」と称し、ソ連側の北集団軍司令官には「ソ連英雄」の称号を与えられなかった。ここに単に損耗率の数字だけでは評価できない戦闘の意義の実際がある。
  (注)ソ連軍は北方路に3万の予備を投じて司令部直属の予備はゼロになったと言うが、かなり後方にも配置している。
  ソ連軍の主進路は南方路であり、激しい攻撃をしており、後にかなりの動員があったのが分かった(後述)。また、井置隊には脱出以前に負傷や命令などで後方に下がった兵達がおり、8月20日から25日までの戦死者は182名、行方不明21名だから、これらを除けば、部隊としての生存者は556名になる。
  この戦闘に関して、半藤一利氏(「ノモンハンの夏」)は、ソ連側はフイ高地で日本兵「600以上の将兵の死体を壕から引き出された」という。と、書き、実際の日本兵士の戦死182名を指摘しないのは問題である。さらに「悲惨をいくら強調しても強調しすぎることはないであろう」と、述べているが、戦死・行方不明合計203名を悲惨とは思っていないのである。戦史を書くのではないと遁辞を述べているが、小説だからと、悲惨を強調する為に事実を隠蔽するのはモラルに反する。五味川氏のフイ高地の脱出者は68名とあるのは捜索第1中隊のみの数字で、配属された部隊の脱出者を無視したものである。次いでながら、半藤氏の「(張鼓峰で)日本軍は叩かれぱなしの手ひどい損害を蒙る」「ノモンハンの夏」(37頁)とか、日本の戦車は「対戦車戦能力はゼロの火砲」(183頁)などは事実の基本的調査を全く行っていない間違いがある。

P40-P41
小田洋太郎・田端元共著『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録―』

Re: 半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/26 22:42 投稿番号: [28495 / 41162]
  半藤一利氏「ノモンハンの夏」(34頁)は、日満議定書で『これには二つの密約がしかも公然と結ばれていた。1つは満州国居留日本人諸権利の確認尊重であるが、重要なのは第二条である。「日本国および満州国は締約国の地方の安寧および治安に対する一切の脅威は、同時に締約国の他方の安寧および存立に関する脅威たるの事実を確認し、両国共同して国家の防衛に当るべきと約す。これがため、所要の日本国軍は満州国内に駐屯するべきとする」要するに、満州国を侵すものは日本帝国を侵すものにひとしい、であるから関東軍が満州防衛をひきうけると謳いあべた密約である』と記し、
  「2つの密約」として、日本と、関東軍の陰謀と批難の口調だが、当時の満州国が十分な戦力を持たなかったのは明らかで、日本が防衛を行うのも建国の状況から当然のなり行きである。「公然たる密約」とは意味不明で、公然では密約にはならない。親密の意味に捕らえたのであろうか。これは密約どころではなく、公然と議定書に書き、官報で公布し周知せしめて満州国を守ったものである。後の条約集にも記載されており、また、当時の朝日新聞9月15日号に「一切の権益を確認し、共同防衛を約す」と大見出しに出ている。
  どの国との共同防衛条約でも、趣旨は、「その国への侵犯は共同防衛国への侵犯への侵犯とみなすとして軍事援助をする」と言うもので、それでないと共同防衛条約にならない。「謳いあげた密約」などは、悪意に解釈するもので、不当である。ソ連などは共同防衛条約を結んだ上、自ら事件を起こして条約違反を口実に侵略する悪辣さである。
  また、半藤氏の「侵されても侵さない」(37頁)などの方針の存在は疑問である。
  「侵されても侵さない」方針を変更して、「満ソ国境処理要綱を作った」として、同書44頁に「ソ軍の不法行為にたいしては周到なる準備のもとに徹底的にこれを贋懲し、ソ軍を慴伏せしめその野望を初動において封殺破摧す」と、引用してあるが、この引用文には、「一、軍は侵さず、侵さしめざるを満州防衛の根本基調とす之が為満ソ国境上におけるソ連軍の不法行為にたいしては(以下略)」という、最初の重要な部分を抜かしているのは作為的に誤解へ誘導するものであり、原文改竄である。
  また、「挑戦的な満ソ国境処理要綱」といい、これを「侵されても侵さないという、従来の方針に背く、断じて侵させない」と、するものだった。と説明しているが、これも問題である。
  ノモンハン戦開始以後の6月29日に大陸指四一九号で国境外への飛行制限が指達され、この時、大陸命第三二〇号で、関東軍は越境したソ蒙軍を必ずしも撃破、撃退しなくても良い事になったもので「侵されても侵さない」などの方針が「満ソ国境処理要綱」以前にあったか疑問であるが、一方、この要綱を半藤氏は、自ら「昭和8年5月6日付けで配布された『極秘対ソ戦闘要綱』から一歩も外に出ていない」と記し、新たな挑戦的なものでないことを認める矛盾を書いている(45頁)。また、これは、「侵されても侵さない」の方針の存在を氏自ら否定される意味であり、氏の思考は分裂している。
  三木秀雄教授は、昭和天皇は「満州国境を厳守せよと大命を下してあった」から「侵入ソ連兵との交戦は理由のあることであった」(昭和天皇独白録――文芸春秋社)とあり、従って、満ソ国境紛争処理要綱は中央の認めたもので関東軍の独走ではない(「ノモンハン・ハルハ河戦争、シンポジウム」49頁   原書房1992年)と述べ、「侵されても侵さない」方針などない事が分かる。

P25-P26
小田洋太郎・田端元共著『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録―』

半藤一利の著書は嘘のオンパレード

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/26 22:41 投稿番号: [28494 / 41162]
>が、それらを考慮してもこの説には異を唱える向きも多い。
>特に半藤一利氏は「ソ連が満州に侵攻した夏」でこう書いている。


なんだ〜。
嘘吐き半藤一利を支持しているのか?

半藤一利は、『文藝春秋』9月号(平成18年)の鼎談で、次のように語っている。
「日経によると、記事を出す前日には、宮内庁を通じて今上天皇にも、富田元長官のメモを報じることと、靖国メモの内容をお伝えしたそうです。宮内庁からは、わかりましたという返事があったという」

しかし、後日、日本文化チャンネル桜の番組で高森明勅教授が宮内庁に確認したところ、宮内庁は、「メモの公表に関して、事前の相談や事実関係の確認はなく、天皇陛下のご了承ということはありえません」と述べたと言う。

■動画
富田メモで日経or半藤が嘘を付いた可能性!
http://www.youtube.com/watch?v=aIWA2GrTz0Y
(平成18年8月19日 OA)


この半藤一利の嘘は、余りにも酷い。

これは半藤一利が嘘を吐いたのではなく、日経新聞が半藤一利に嘘を吐いた可能性もあるのだが、半藤一利がチャンネル桜に何も連絡しないということは、半藤一利が嘘を吐いた可能性が高い。


冨田メモの徹底検証2:事前に今上天皇のご了承を得たというのは、日経新聞or半藤の大嘘だった!
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/8729762.html




それとね、半藤一利の著書は嘘、出鱈目、捏造、事実の隠蔽などのオンパレードだ。

小田洋太郎・田端元共著『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録―』には、半藤一利著『ノモンハンの夏』が如何に嘘、出鱈目、捏造、事実の隠蔽などのオンパレードで埋め尽くされているかを説明している。

半藤一利の嘘はいっぱい有り過ぎて、書き切れないから、投稿を改めるね。

Re: 猛爆馬鹿の嘘に答えておくか

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/26 14:06 投稿番号: [28493 / 41162]
答えているのにここに来ずに誹謗か。
流石鮮人。
猛爆馬鹿は屑と言う事だな。

Re: 猛爆馬鹿の嘘に答えておくか

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/25 13:05 投稿番号: [28492 / 41162]
ちゃんと答えてあるのに猛爆馬鹿の目には映らないらしい(笑)
猛爆馬鹿は頭ばかりか目も悪いので確定だな。

Re: 松井稔「日本鬼子」と中帰連

投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2009/05/25 10:14 投稿番号: [28491 / 41162]
>視点が違っていて真実を理解せず、誤解があったというのが、ポイントだ。
猿脳クンが貼り付けているサイトでもちゃんと説明しているだろう。(笑)

はいまちがい。

>が、それらを考慮してもこの説には異を唱える向きも多い。
特に半藤一利氏は「ソ連が満州に侵攻した夏」でこう書いている。
(略)
そして会議で決まった避難順序がいつの間にか逆になるにつれて、今度は軍人家族の集結・出発を守る形で、ところどころに憲兵が立った。自分らも、と駅に集まった市民は、なぜか憲兵に追い払われるようになった。
http://bosc.hp.infoseek.co.jp/bakanokabe/bakanokabe-67-6.htm

だから出がらし君はだめなのだ。(笑)

Re: 中国軍は何処で何をしていた?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/25 03:57 投稿番号: [28490 / 41162]
>【中国ブログ】南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた?


それについては、私のブログでまとめておきました。


南京大虐殺の際、支那軍は何処で何をしていた?【支那ブログ】・Googleで検索したのだが、何の資料も見つけることができなかった。・良く考えて、南京大虐殺なんてなかったことを知れ!
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/40531646.html

(一部抜粋)

1937年11月11日、蒋介石は首都南京で、南京を放棄するか、死守するか、李宗仁、白崇禧、何応欽、唐生智、徐永昌、ドイツの軍事顧問団団長のアレキサンダー・フォン・ファルケンハウゼンといった将軍らと善後策を諮っていた。
偕行社版『南京戦史資料集Ⅰ』によると、唐生智将軍が南京死守を力説する。
そこで、蒋介石は、「わが血肉をもって南京城と生死を共にする」と誓う唐生智将軍を南京防衛軍司令官に任命し、南京死守を決定した。

それでも何十万人という大軍が蒋介石と共に南京を見捨てて漢口に逃げて行き、1937年12月10日頃に南京城攻防戦に残った支那軍の戦力は、戦史分析から大目に見積もって約8万〜9万(雑兵含む) だった。

12月12日、「わが血肉をもって南京城と生死を共にする」と誓った唐生智司令官も、手下を連れて船で南京を脱出した。
司令官に逃げ出されたことを知った南京の支那兵たちも、南京城からの逃亡を試み、12月12日夜から日本軍と衝突し戦闘が始まった。
更に、支那軍には戦闘に際して兵士を先頭に立たせ、後退する兵士がおれば背後から射殺する任務を帯びた「督戦隊」という独特の組織があり、多くの支那兵はこの「督戦隊」によっても殺された。
それでも夜陰に乗じて多くの支那兵が揚子江ルートで脱出に成功した。
12月10日頃に約8万〜9万居た南京の支那兵のうち、約4〜5万の支那兵が南京から逃亡・脱出し、南京が陥落した12月13日でも南京に残っていた支那兵は戦死者も含めて約4万と推測される。

南京陥落まで南京に残った約4万の支那兵のうち、1万は捕虜として日本軍に保護されて最後まで生存した。
したがって、残り約3万が「戦死」したことになる。
この約3万人「戦死者」の中には、上述のとおり支那軍「督戦隊」によっても殺された者、日本軍に投降しようとしたが日本軍が捕虜として保護することを拒否した(状況に応じて投降兵の助命を拒否することは合法)ために戦死した者、安全区に逃げ込んで便衣兵となったが、摘出されて処刑された者なども含まれる。

(中略)


>当時、中国軍が何処で何をしていたのか


大半の支那軍は蒋介石と共に漢口に移動していた。
南京では支那軍による虐殺はあったが、日本軍による虐殺はなかった。
そのため、漢口に居た支那軍は特に何もしなかった。

1937年12月10日頃、南京に残った約8万〜9万の支那軍のうち、約4〜5万の支那兵が南京から逃亡・脱出し、南京が陥落した12月13日でも南京に残っていた支那兵は戦死者も含めて約4万と推測される。


■12月13日まで南京に残った約4万の支那兵の内訳

戦闘で戦死した者、2万

便衣兵となり摘出されて処刑された者、1万

日本軍に投降しようとしたが日本軍が捕虜として保護することを拒否した(状況に応じて投降兵の助命を拒否することは合法)ため処断された(戦死した)者、1万

捕虜として生存した者、1万



●関連記事

南京虐殺は嘘1 人口からの考察1
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/5420836.html

南京虐殺は嘘10 日本軍入城前にも死体有り
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/6397646.html

南京虐殺は嘘11 支那人反日撹乱工作隊1
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/6500457.html
南京虐殺は嘘12 支那人反日撹乱工作隊2
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/6568114.html
南京虐殺は嘘13 支那人反日撹乱工作隊3
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/6666133.html

南京虐殺は嘘77・便衣兵の処断は当たり前1・支那軍便衣隊(兵)の活動事例
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12180420.html

Re: 中帰連は犯罪者集団だった

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/25 03:36 投稿番号: [28489 / 41162]
>洗脳は人間の思想や価値観を変えることはできますが、ありもしない事件をでっちあげたりというのは無理です。


知ったかぶりすんな!
無理じゃない。
洗脳は、ありもしない事件をでっちあげる。

南京虐殺は嘘(0人)56・捕虜への洗脳、認罪学習(坦白大会)
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/10329253.html

南京虐殺は嘘(0人)57・中帰連とホラ話「三光」
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/10329635.html

南京虐殺は嘘(0人)58・米兵達も支那共産党に洗脳され朝鮮戦争で細菌戦を行なったと嘘供述書
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/10673960.html

Re: 松井稔「日本鬼子」と中帰連

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2009/05/25 03:30 投稿番号: [28488 / 41162]
>ハア?彼は当時軍属の子供で新京からの脱出列車第一号に乗ったといっているではないか。君の好きな「一次資料」だ。(笑)


何歳のときだよ?
(笑)



>ここでも「悲劇の体験記」が相当数あることがうかがえる。これらは「一次資料」(あるいはそれに近いもの)だろう。(笑)


視点が違っていて真実を理解せず、誤解があったというのが、ポイントだ。
猿脳クンが貼り付けているサイトでもちゃんと説明しているだろう。(笑)

(猿脳クンが貼り付けているサイトより一部抜粋)

その神話とは「関東軍は邦人を見棄てて逃げた」「関東軍と満鉄は自分の家族を先に逃がした」と言うものですね。

まず第一点には「視点の違い」があげられます。
当時の満州には連日連夜どこかの都市が灰燼に帰していた本土と違い空襲が殆どなく、僅かに中国大陸から飛来したB-29が昭和19年7月29日鞍山に約20機、9月8日鞍山・本渓湖に約100機、9月26日鞍山・大連・本渓湖に約90機が襲来した程度でした。
余談ながら、この空襲にビビったのか重要機関や軍需工場をソ連に近い北方へ移そうとしていたという事実もあるようです。

無論満州の一番の脅威はソ連ですが、その脅威からは精強百万関東軍が守ってくれる−しかし関東軍の実態は先程述べたとおり−と思っていました。
と言うことで、「本土より『王道楽土』満州の方が安全だ」と言う空気すらあったようです。

そして満州に住む邦人はその地で生計を立てていますし、今まで築いた財産もあるはずですから、突然ソ連が参戦したからといって生計も財産も全て捨てて着の身着のままに持てるだけの荷物を持って逃げる為に集合しなさいと言われてもいまいちピンと来なかったのではないのでしょうか。

しかし、明確な上下関係があり命令に従うことが職業である軍人・軍属は「集まれ」と言われたら「集まる」のが仕事ですから、その家族も警急参集は容易であったでしょう。
また軍人・軍属の家族は満州に土着した邦人と違い身軽であった事もあげられます。

関東軍は9日にソ連侵攻を知ると即座に満鉄に命令して臨時ダイヤの避難列車を仕立て、避難序列は「民→官→軍」であったそうです。
しかし、前述のように満州は安全と考えられていたことや生活基盤や財産を有する為に邦人は集まりません。
そうしている間も関東軍将兵らの絶望的な勇戦敢闘は続きソ連軍は着々と迫ってくるわけで、臨時ダイヤの避難列車を空のまま発車させる事はできず、ダイヤの都合上遅らせるわけにもいかない。
そうした一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急参集が容易な軍人・軍属と満鉄職員の家族を主体に一番列車に乗せ、新京の場合は11日1340に平壌に向けて出発したが、その後待ち受けていたのは苦難な平壌での生活であった、多くの家族が結局飢えや病気で亡くなった。

Re: 中国軍は何処で何をしていた?

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2009/05/24 21:32 投稿番号: [28487 / 41162]
シナ軍はシナ人を虐殺した事を、日本軍に擦り付けた、国民党軍のプロパガンダと思う今日この頃。

日本軍が南京陥落させてから、南京には人口が増えた事実は覆る事も出来ない歴史的事実であります。

中国軍は何処で何をしていた?

投稿者: aopbnwat 投稿日時: 2009/05/24 09:20 投稿番号: [28486 / 41162]
【中国ブログ】南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた?
【社会ニュース】 【この記事に対するコメント】 Y! 2009/05/22(金) 02:11

   南京大虐殺に対する日本と中国の認識には一定の溝が存在するようだ。中国側は2―3カ月という期間に30万人の中国人が日本軍によって虐殺されたと主張している。このブログは中国人ブロガーが南京大虐殺が行われていた期間中、中国の軍隊は何処で何をしていたのかという質問に対しての考えを綴ったものである。以下はそのブログより。
--------------------------------------------------------------
   米国人の友人と食事をした際、一つの質問を受けた。

   「中国人はずっと、日本人は南京大虐殺で中国人を大量に殺害したと言っている。この大虐殺は2―3カ月もの間続いたと言っているが、その間中国の軍人はどこにいたのか?2カ月も続いていたとすれば、どこにいても駆けつけることができたはずだ。日本軍人はわずかに5000人だったそうだが、中国軍はなぜ南京の市民を守らなかったのか?」

   以上が、米国人の友人から受けた質問だ。私はこの質問を聞いて唖然としてしまった。私はこれまでこのような問題について考えたことが無かったし、私の周りの人間も考えたことが無かっただろう。

   米国人の友人は私に「当時、共産党や国民党は一体何をしていたのか?」と尋ねてきたが、外国人たちは、これについて、「彼らは旨いものを食っていたに違いない」と言っていた。私はこれに対して、それはあまりにも誇張された考え方だと反論したが、確かに良い質問だと感じ、帰って調べ、後でメールすると答えた。

   資料を調べて分かったのは、当時南京に侵攻した日本軍は5000人ではなく6万人であったことと、南京にいたのは多くの売国奴であったということだった。友人からの質問は私を大いに混乱させることとなった。また、私はGoogleで検索したのだが、何の資料も見つけることができなかった。当時、中国軍が何処で何をしていたのか、一切の記述が無いのである。私は友人に対してどのように答えれば良いのだろうか?(編集担当:畠山栄)


>先ず驚きなのは、このシナ人がこのような疑問を一切持たなかったという事である。
普通に考えれば、日本兵がこのような悪事を働いていたとすれば、当時のシナ軍が日本兵を全滅させている筈であり、30万人も殺させてそれを見過ごすなどという事は、余程無能な軍隊でない限り、先ずあり得ない。
そう考えると、こんな南京大虐殺なるものはそもそも無かったと考えるのが普通であり、中共が国威発揚のためにでっち上げた事件であると言って良いだろう。
もし仮にこれが事実とした場合、この米国人に対する答えとしては、当時のシナ軍は同胞が大量に殺されるのをただ傍観しているだけで、助けもせず、戦後になって「日本が悪い」と大騒ぎしている卑怯者という事になる。
それにしても中共による洗脳教育が如何に恐ろしいものか、改めて実感した。

Re: 中帰連は犯罪者集団だった

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/23 17:59 投稿番号: [28485 / 41162]
簡単な事だ。

便衣兵の正当な処刑を虐殺と捏造する。
匪賊の処刑を民間人の虐殺と捏造する。

実例は幾らでもある。
そろそろ韜晦するを止めないのかね。

Re: 中帰連は犯罪者集団だった

投稿者: anpon_tanjiro 投稿日時: 2009/05/23 17:17 投稿番号: [28484 / 41162]
>万引きと強姦を比べるのが間違っている。

さすが、thirteen_satan さんですね。
鋭いご指摘ありがとうございます。
例として、万引き、強姦は不適切でした。
では、貴方の提示した「小さな事件・ささいな事件を如何にも重大な事の様にあげつらうのは可能だが」ですが、
これはたとえば具体的にどのようなものが考えられますか?

間違えた

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/23 12:29 投稿番号: [28483 / 41162]
>紅卍会にしても埋葬隊の人数は基本的に40人だったのだがな。

40人だったのは崇善堂。
紅卍会は200人。

猛爆馬鹿の嘘に答えておくか

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/23 12:21 投稿番号: [28482 / 41162]
>極東軍事裁判での南京虐殺事件の証拠とされた、南京城外に放置されていた遺体の埋葬作業にあたった、(日本軍より要請を受け営利事業としておこなった)紅卍会と崇善堂の作業報告によると、1937年12月から1938年3月までに両者で15万5996体を埋葬した。とある。城内の戦死者実数等々を足せば、20万人以上となるだろな。


紅卍会の埋葬活動について疑問の余地はないが、
埋葬記録は東京裁判時に提出された戦後集計のもので一次資料ではない。
東京裁判での扱いがどうであれ無条件に真実であったとは言い難い。

崇善堂に関してもっと胡散臭い。
紅卍会に比べて大量の埋葬を行ったとされているが、
これに関しては南京事件調査研究会でも怪しいとされている。
埋葬活動自体が一次資料で見つけられないせいもあるが。
この団体を認めているのは共産支那ぐらいのものだ。

それにしても3ヶ月で最低15万の死体を処理するのにどれだけの人員が必要かね。
紅卍会にしても埋葬隊の人数は基本的に40人だったのだがな。

Re: 中帰連は犯罪者集団だった

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/05/22 22:52 投稿番号: [28481 / 41162]
阿呆かね。
万引きと強姦を比べるのが間違っている。
まあその程度の誤魔化ししか出来ないのは分かるがな(嘲笑)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)