南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 元日本軍兵士の証言PART 6

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/24 21:16 投稿番号: [18560 / 41162]
>南京陥落の日じゃった。城内に入る時、城壁の外側が死体の山じゃった。
>兵隊やなしに、女や子供もおった。爺さんも婆さんもおった。
>兵隊やないもんばっかりじゃ。
>どこの部隊がやったのか知らんが、


「どこの部隊がやったのか知らんが、」って、中国軍の部隊に決まっちょるやろ。
何で、そげん所に、兵隊でない者がおるとや?

城壁は何の為に、有るとや?
女・子供や爺さん・婆さんを護るためにあるとやろが。

敵(日本軍) が攻めて来ると、わかっちょるのに、女・子供や爺さん・婆さんを、
弾除けの爲に、城壁の外に出しちょるのか、中国軍は。


軽口は、このくらいにして、現実をよく見よう。
ラーベ達、国際委員会が安全区を設置し、そこに一般市民を収容しているんだよ。

しかも、城門は土嚢がつまれ閉鎖されている。   どうやって外に出られるの。
と言うか、そんな危い所に行くバカがいるとは思えんがね。

開いているのはユウ江門だけ、それも半分だけ。
ここは日本軍が来る前に、司令官の唐生智が手勢を連れて、大船を全部もって逃げたため、

それを知った中国兵が、狭い城門に殺到し、前の兵が、後の兵に踏み潰され、
かつ、外に出たら、船がなく、小舟の奪い合いで、殺し合いになり、死体の山が出来たところ。

なお、小舟に乗った者も積載オーバーで沈没、大量の中国兵が、溺れ揚子江に流された。

ここなら、脱走しようとした中国兵につられて、一緒に逃げ出し、死体の山になった市民がいたかも知れない。
が、それは、日本軍とは関係ない。

中国軍がやったこと。


その証言者は、自分が入城する前に起こった事を何も知らないから、
「どこの部隊がやったのか知らんが、」と言っているだけ。

まず、最初に殺した犯人は、宗希濂の部隊、彼の部隊は、中国兵の脱走を食い止める為に殺している。
宗希濂の部隊と唐生智が去った後は、中国兵同士の殺し合い、船がなくなり、
脱出を断念した中国兵は、市民を殺して服を奪い、市民に化けて、安全区に隠れた。

これが、事実、中国兵による虐殺を、この証言者は、日本軍のしわざと勘違いしているだけ。
それが、証言の本質だよ。

大概で、勘違いに気づきなさいね。

Re: 唐兵、

投稿者: warazzu 投稿日時: 2007/05/24 14:30 投稿番号: [18559 / 41162]
> >著作権の問題もあり、証言者の名前は伏せておりますのでご了承ください。

> 著作権?   これは作品なの?
> だったら、ここに貼り付けるのは、問題ではないの?

証言集はまあ著作物でしょうね。(もし捏造証言なら文句無しに創作物)

著作物を自由に複製できる場合として「引用」のための複製があります。ただし文化庁のぺージによると「引用」であるためには

[1]引用する資料等は既に公表されているものであること、
[2]「公正な慣行」に合致すること、
[3]報道、批評、研究などのための「正当な範囲内」であること、
[4]引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること、
[5]カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること、
[6]引用を行う必然性があること、
[7]出所の明示が必要なこと

とあります。件の投稿は特に[4],[6]の点で引用とするには苦しいものがあります。

もちろん投稿者が権利者に許可を得たうえで掲載するのは著作権法上は問題なないでしょうが、例えば本の宣伝のために掲示板を利用しているのであればまた別の問題があるかも知れません。

IR南京大虐殺はあったんじゃ。

投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/05/24 13:42 投稿番号: [18558 / 41162]
中国人による大虐殺だよ。

大虐殺は皆殺しに風習のある支那人がやったことなんだよ。
大虐殺の風習のない日本人には出来ない相談だよ。
シナ人は有史以来幾度も王朝が変わるたびに南京城を大虐殺の舞台にしたのを知らないの。
自分で勉強しなさい。
だから南京の何処を掘ってもシナ人の万人塚、万人抗が有るんだよ。

万人抗については世界遺産に登録申請し世界に残虐なシナ人であることを知らしめなさい。

今のシナ人は漢字が読めないから仕方がないか?

犠牲者の人数が多いほどシナ人の残虐性を暴露するだけだよwww♪

最近のシナ人による大虐殺揚げておくよ!

●   辛亥革命(1908年ころ)直後に張勲による大虐殺が起こった。
●   太平天国(1851~1864)曹国センの大虐殺当時、天京(南京)から財宝を搬出する車列は延々三ヶ月間も続いたと、趙烈文の『能静居士日記』に記録されている。
●1949年 中共軍、南京乱入、資本家の財産強奪、国民党員金持ちを大虐殺
支那共産党の残虐さ事件の罪まで日本になすりつけようとしている。

元日本軍兵士の証言PART 6

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/24 09:11 投稿番号: [18557 / 41162]
(社会評論社刊   南京戦   閉ざされた記憶を尋ねて)より抜粋:

南京陥落の日じゃった。城内に入る時、城壁の外側が死体の山じゃった。
兵隊やなしに、女や子供もおった。爺さんも婆さんもおった。
兵隊やないもんばっかりじゃ。
どこの部隊がやったのか知らんが、新聞でよう言う”南京の虐殺”って、全く本当のことじゃが、そんなこと言えんもんで、〔嘘}や言うとるんじゃ。

(強姦)はそこら中でやっとった。つきものじゃ。そこら中で女担いどるのや、
女を強姦するのを見たで。
婆さんも見境なしじゃ。強姦して殺すんじゃ。もう滅茶苦茶じゃ。

死体は何千人と見たな。
倉庫のような部屋に中国人を詰め込んで機関銃で殺しよった。
何百人も入れてやったんじゃ。小さいところで三百人くらいやった。
わしらが捕まえた奴をこうして殺したんじゃ。

南京大虐殺はあったんじゃ。無茶苦茶やったんや。
(軍恩新聞)なんかには”デマ”や言うてるけど、今やから言うといろいろあるけど、間違いなくあったんじゃ。

Re: 唐兵、

投稿者: nihonkai_2010 投稿日時: 2007/05/24 05:43 投稿番号: [18556 / 41162]
シンセンの唐兵も、化けの皮がはがれてきているようで何よりです。

Re: 唐兵、

投稿者: asia1867 投稿日時: 2007/05/24 03:02 投稿番号: [18555 / 41162]
たまきネツゾウの本。

愕き、驚き。

鵜呑みにする者が、未だに、生息している。


ゲッペルの「嘘も百回つけば真実になる」なる名言を実践している者を信用するなんて。

Re: 唐兵、

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/24 01:03 投稿番号: [18554 / 41162]
>著作権の問題もあり、証言者の名前は伏せておりますのでご了承ください。


著作権?   これは作品なの?
だったら、ここに貼り付けるのは、問題ではないの?

著作者と出版社に許可を取ったの?
もしかして個人情報の勘違いでは。


個人情報法っていいね。   でも、誰が狙うの・襲うの?
あんな三文証言。 何の価値もない、戦後生まれのガキのような感想文。

南京に行った人なら、当時20歳としても、あれから70年で90歳、「フザケルナ」と怒る同僚も殆ど死んでいる。
生きていても、殴りこみをかける体力もない。

保守は、バカバカしくて、相手にしない。


それでも、身を護りたいの?
昔、戦争から戻った人には、自分だけ生き残ったと、悔やみ、死に場所を求めていた人もいたけどね。

南京で大虐殺をやったと言いながら、なお、自分の命は惜しいわけだ。
しかし、90まで生きたら上等じゃないの。

これから先は、どう頑張っても神様が許してくれないと思うけど。
まー、せいぜい、個人情報に護られていなさい。 あと何年かだろうけど。

あちらに行ったら、その人が殺した人に、責められるか、
閻魔大王に責められるか、のどちらかです。

どちらかと言うと、こちらで叩かれていた方が、向こうでの罪が軽くなると思うけどね。
逃げまくって、あの世に行くと、後が怖いよ。

まー、ご自由に。

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/24 00:04 投稿番号: [18553 / 41162]
>誰もそんなこと否定してませんって。厚生省に提出されたときには「拘束」されてなかった、と言っているのです。


『岡村寧次大将回想録』は、岡村寧次が、戦後、支那において国民党軍によって拘束されているときに編集し、その間、岡村寧次は戦犯として処刑されることを免れていたことが確定したね。
岡村寧次にとって蒋介石は自分や部下たちの命の恩人であり、恩を仇で返す支那人みたいな真似ができるわけがないから、帰国後岡村は「白団」を組織して1949年から長年にわたり蒋介石の国民党政権に協力した。
これらの背景を考慮すれば、南京戦当時、南京に居なかった岡村が書いた南京戦に関する記述は資料価値なしと断定できるね。



>根拠がラルフ・タウンゼント、ってことだけ記憶しておきましょう(笑)


意味不明。
支那人が恩を仇で返す連中だという常識も知らなかったくせに。



>>日本軍が支那人捕虜を殺害した資料がないということ。


>これはまた、今時珍しい「正面突破」派ですね。偕行社の『南京戦史』以降、この手の主張は絶滅したと思っていたのですが。


意味不明だ。
1988年に発行した偕行社の『南京戦史』で、畝本正己は、資料、証言を整理し検討し、撃滅・処断推定約1万6千人、うち不法殺害の可能性があるのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみと結論している。
つまり、偕行社の『南京戦史』の結論は、市民虐殺ゼロ(0人)、捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人ということだ。
なかったかもしれなし、仮にあったとしても8百人だから、日本軍が支那人捕虜を殺害したことを明確に記した資料はないということだ。



>そらとぼけてるんじゃないとすれば、自分のブログに送られたトラックバックは無視する、ということなのかな?


そうだよ。
くだらない長文を全て読むのは無理。
長文をトラックバックされても、いちいち全部読まないから、ここで要点を述べれば済むじゃん。

Re: ウソと断定するのは、もう少し待ちまし

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/23 23:59 投稿番号: [18552 / 41162]
>>知らん。
>>その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
>>人数は何人?
>>つーか、南京軍事法廷って、百人斬りとか3百人斬りなどを断罪したインチキ裁判だろ。


>「知らん」のに×にしたんですか?


そうではなく、ちゃんと質問に答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?



>・第114師団   歩兵第127旅団   第66連隊   第1大隊戦闘詳報(12月13日)
>イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
>    其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何


「捕虜を捕縛する」ことなど有り得ないよね。

俺は、こういう話はあまり詳しくないから詳しい方の投稿を参照してくれ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h 3nbfaea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&action=m&mid=35876
(一部抜粋)
  但し、この戦闘詳報はそれ自体が偽造を疑われている代物なんですがね。(後年の偽造ではなく公文書偽造)
  板倉由明氏が指摘した戦闘記録との不整合以外にも、既に確保している捕虜に対して「十数名ヲ縛シ」ではなく「十数名ヲ捕縛シ」というのは不自然です。
  単に縛り上げるのではなく捕縛する必要があるなら、それは収容済みの捕虜ではなく、武装解除が終了していない投降兵でしょう。
  ちなみにこの部分、洞富雄は「十数名ヲ捕虜シ」と書いています。これは児島襄氏の『日中戦争』からそのままの引用ですが、既に収容している捕虜を「捕虜し」とは何なんでしょうね?
  児島襄氏は捕虜殺害命令ではなく投降兵殺害命令だと解釈してこう書いたのかもしれませんが、捕虜殺害命令を主張する根拠として取り上げているのに捕虜を「捕虜し」とは語るに落ちたか、という印象ですw
  それから「シテハ如何」なんておよそ命令書の表現ではありません。




>・第16師団歩兵第33連隊「南京附近戦闘詳報」第三号附表
>一、俘虜ハ処断ス


#10494より
―――――――
【3   太平門、下関、獅子山付近おける戦闘間、歩33の捕虜処断】において、まず12/10〜12/14の戦闘を通じ、歩33は捕虜累計3,096人を処断した、と纏められているが、下関突進間に処断した「捕虜」は、実態は「敗残兵・投降兵」の集団であり、軍事的必要上認められている処断であると判断している。
  太平門の投降兵は白旗を掲げながら反抗を続ける敵兵が多数混在していたので撃滅の手段をとらざるを得なかったと結論している。
  獅子山の投降兵2百については、投降時の状況が明らかでないとされている。尚「証言による『南京戦史』」にはこの投降兵が便衣兵とされている証言も収録されている。
―――――――

結局、捕虜の虐殺なんてなかった。

ところで、君も他の反日君たちと一緒で日本軍による支那人捕虜の殺害について言ってるけど、日本軍による市民虐殺がゼロ(0人)だったことと、支那軍が日本軍将兵を一人もマトモに捕虜として保護せず一人残らず全員(反戦兵士を除く)惨殺したことは認めてるんだね?

Re: 唐兵、

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/23 23:26 投稿番号: [18551 / 41162]
>幕府山捕虜1万5000人のうち4000人を移送中に対岸から撃ってきた中国軍との戦闘の混乱の中で「日本軍」に射殺された捕虜が3000人余り、「安全区」に逃げ込んだ後に「便衣兵」として摘発され処刑された者が6600人、残りがその他の原因で命を落とした者じゃろうのう。

なるほど、幕府山の蒋介石親衛隊だった沈博施参謀長は部下を皆殺しにされて、一人だけ汪兆銘南京国民政府に寝返った訳だ。そして、日本軍撤退後、一人で北京の中華民国臨時政府や中華民国維新政府を攻略したんだ。
でも何で日本は汪政権南京国民政府を独立政府と認めて植民地にしなかったんだろうね。

社会秩序が再建された南京
東京大学文学部人文社会系研究科博士論文
汪政権による「淪陥区」社会秩序の再建過程に関する研究
中国人留学生   曽支農
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/cgi-bin/thesis.cgi?mode=2&id=34

Re: 唐兵、

投稿者: tonkin13 投稿日時: 2007/05/23 23:02 投稿番号: [18550 / 41162]
松井大将が、「日露戦争」の時より「軍規」が緩んどるちゅうて嘆いとるけえ、ちいたあ不祥事があったんじゃろうけえど、少なくとも民間人の無差別大虐殺やこうらああり得まあのう。

「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねてー元兵士102人の証言」(松岡環編集)は、一昔前に久米宏や筑紫哲也がテレビで盛んに宣伝しょうたけえど、読んでみりゃあ直ぐ分かることじゃが、鬼頭久二の証言を初めとして辻褄の合わん証言が目立たあのう。

わしもあんまり頭のええ方じゃあねえけえ、きちんとした計算はできんし、偉そうなことを言うつもりゃあねえけえど、結局南京の死者は4〜5万人、その内訳は逃亡できず捕虜にもなれなんだ「南京衛戌軍」兵士のいわゆる戦死者が半分以上、幕府山捕虜1万5000人のうち4000人を移送中に対岸から撃ってきた中国軍との戦闘の混乱の中で「日本軍」に射殺された捕虜が3000人余り、「安全区」に逃げ込んだ後に「便衣兵」として摘発され処刑された者が6600人、残りがその他の原因で命を落とした者じゃろうのう。
「紅卍会」の「埋葬記録」にゃあ、城内区埋葬1795体(うち女性8体、子供26体、残りは成人男子)、城外区埋葬4万1328体(女性75体、子供20体、残りは成人男子)となっとる。こりょうを見ても埋葬された者の大部分は戦死したり処刑されたりした兵士じゃろうでえ。
「紅卍会」の「埋葬記録」にゃあ、ダブリがあることが指摘されとるけえど、一方揚子江に流れていった死体もだいぶんあろうけえ、死体の総数はやっぱり4万人以下ちゅうこたあなかろうでえ。
(因みに、「南京攻防戦」での日本兵の戦死者は約2300人、戦傷者は約6900人)

わしも見たわけじゃあねえけえ、よう知らんけえど、いろいろ手に入る資料を比較してみた限りじゃあ、「南京事件」ちゅうのんは、上にあげた以上でも以下でもねえような気がするんじゃがのう。
まあ、後は賢けえ人が調びょうでえ。わしらあみたいなあんごうにゃあ、そっから先のこたあよう分からん。

Re: 唐兵、

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/23 15:06 投稿番号: [18549 / 41162]
>「第16師団」の「歩兵第36旅団」の「歩兵第38連隊」(助川静二大佐=奈良)の配下の者かのう?

第16師団歩兵第30旅団配下「久居(三重第33連隊、奈良第38連隊)」
証言はこの三重と奈良の連隊に集中しているのになぜか三重や奈良の方言の証言がない。
また、南京事件で大半の責任を負わされ南京軍事法廷で多くの者が処刑されたのは熊本第6師団なのだが九州弁の証言がほとんどない。
そして、多くの殺害、強姦を自白している第30旅団は誰も処刑されていない。

Re: 唐兵、

投稿者: tonkin13 投稿日時: 2007/05/23 12:56 投稿番号: [18548 / 41162]
>これは私の体験談ではなく、社会評論社という出版社が出している(南京戦閉ざされた記憶を尋ねて)という本から抜粋して、ある元日本兵の証言を投稿しています。著作権の問題もあり、証言者の名前は伏せておりますのでご了承ください。

そうか、お主の体験談じゃあのうて、「南京戦、閉ざされた記憶を尋ねて」からの抜粋か。それなら分かった。それはそれとして、どうも言葉遣いからして、これを語っとる兵士は、難波あたりのおっさんのようじゃのう。難波の「師団」は、南京にゃあ行っとらんのじゃがのう。もしかしたら「第16師団」の「歩兵第36旅団」の「歩兵第38連隊」(助川静二大佐=奈良)の配下の者かのう?

>ちなみにカバチというのはどこの国の言葉でしょうか?   ご教授頂ければ幸甚です。

山陽地方、特に岡山県西部から広島県にかけての方言じゃ。「カバチを垂れる」ちゅうんは、要領を得ん理屈ばあ捏ね回すことじゃ。
まあ、あんまり上品な者は使わん言葉じゃあのう。

南京大虐殺はなし国民党政府の謀略だった

投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/05/23 12:38 投稿番号: [18547 / 41162]
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H13/1312/131215nankin.html

東京裁判で所謂南京大虐殺の証拠として提出された欧米人の
記録が実は中国国民党の宣伝工作によるものだったことが判明
したとして、
英マンチェスター・ガーディアン紙の中国特派員だった
    H・J・ティンパーリーの

   『戦争とは何か・・中国における日本軍の暴行』と

  南京市の金陵大学教授だったL・スマイス博士の

   『南京地区における戦争被害』(スマイス報告)。

  北村教授は

台湾で1996年に刊行された

『中国国民党新聞政策之研究(1928〜1945)』

の中で、

国際宣伝処が二人に上記の宣伝書を書いて貰ったとの記述があり、

南京戦当時の国際宣伝処長だった曾虚白の

『自伝』(1988年)にも、二人に

  「金を使って日本軍の南京大虐殺の目撃記録として2冊を書いて貰い
   ・・・二つの書物は売れ行きのよい書物となり宣伝の目的を達した」
と書かれていたという。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ここの写真は事件当時南京城にいた朝日毎日を初め多くの報道写真家の撮影した写真。
南京事件の勃発から翌年にかけての写真だよ。

最後のページの[映像史料]へ戻るを参照を!


1. マスコミによって撮影された南京の風景
2. 昭和13(1938)年公開、東宝文化映画部製作、記録映画「南京」
3. 朝日新聞が報道!「平和よみがえる南京」写真特集
4. 「バトル・オブ・チャイナ」と「中国の怒吼」
5. プロパガンダとして利用されていたニセ写真
6. 「南京事件」のニセ写真と証言
7. 100人斬り裁判の模様と処刑

http://www.history.gr.jp/~nanking/film.html

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
南京城はシナの有史以来シナ王朝が変わるたびに大虐殺が行われた。
シナ全土の野蛮なシナ人にによる虐殺の証「万人塚」「万人抗」が有るという。
南京城は何処を掘っても人骨が無数に出てくるという、南京城の万人塚も虐殺民族シナ人の証です。

http://ameblo.jp/maokapostamt/entry-10016725200.html

南京大虐殺史
【南京大虐殺は王朝交代や内訌、内乱のたびに発生し、多くの城民が殺されてきた。】

●   就中、南朝時代の宋のときは、皇族間の殺し合いだったため、皇族一族は断絶した。梁の時代の候景による南京大虐殺は史上最多の死者を出し、【日本軍の「百万虐殺」説は、これのコピーではないかとも思われる。】
●   南朝の中で、官軍王僧弁軍の南京への逆襲やら、隋の陳王朝攻滅の大虐殺も有名だ。隋以降、南京城は一事廃城にもなった。
  その後も「南京大虐殺」は続き、
●   辛亥革命(1908年ころ)直後に張勲による大虐殺が起こった。
●   太平天国(1851~1864)曹国センの大虐殺当時、天京(南京)から財宝を搬出する車列は延々三ヶ月間も続いたと、趙烈文の『能静居士日記』に記録されている。
●1949年 中共軍、南京乱入、資本家の財産強奪、国民党員金持ちを大虐殺
支那共産党の残虐さ事件の罪まで日本になすりつけようとしている。
(検索すれば出てくる)

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/23 11:02 投稿番号: [18546 / 41162]
>戦後、支那において国民党軍によって拘束されているときに編集しているのは事実。
>その間、岡村寧次は、戦犯として処刑されることを免れていることも事実。

誰もそんなこと否定してませんって。厚生省に提出されたときには「拘束」されてなかった、と言っているのです。

>事実を述べただけ。

根拠がラルフ・タウンゼント、ってことだけ記憶しておきましょう(笑)

>日本軍が支那人捕虜を殺害した資料がないということ。

これはまた、今時珍しい「正面突破」派ですね。偕行社の『南京戦史』以降、この手の主張は絶滅したと思っていたのですが。

>いつ、オマエが俺にそんな話をしたのか言えないじゃん。
Ψ(´_`)Ψ

そらとぼけてるんじゃないとすれば、自分のブログに送られたトラックバックは無視する、ということなのかな?

Re: ウソと断定するのは、もう少し待ちまし

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/23 10:55 投稿番号: [18545 / 41162]
>知らん。

「知らん」のに×にしたんですか?

>だったら具体的に示しなさいよ。

ではいくつか。
・第114師団   歩兵第127旅団   第66連隊   第1大隊戦闘詳報(12月13日)
八、午後二時零分連隊長より左の命令を受く
       左記
  イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
    其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
(…)

・第16師団歩兵第33連隊「南京附近戦闘詳報」第三号附表
一、俘虜ハ処断ス
二、兵器ハ集積セシモ運搬シ得ズ
三、敵ノ遺棄死体
(表省略)
  備考   十二月十三日ノ分ハ処刑セシ敗残兵ヲ含む

・陸支密一九八号   「交戦法規の適用に関する陸軍次官通牒」
・中方参第十九号   「軍紀に関する件通牒」
・陸支密受第六〇四一号 丁集参一第一四五号   「杭州占領に伴う秩序維持及配宿等に関する件」
などなど…。最後の3つは3.に対する答えにもなりますね。あなたが一生懸命否定しようとしている『岡村寧次大将陣中感想録』も、「戦史資料」として厚生省引揚援護局に提出されたものですから、公文書に準じるものだと言えましょう。

元日本軍兵士の証言PART 5

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/23 09:29 投稿番号: [18544 / 41162]
(社会評論社刊   南京戦   閉ざされた記憶を尋ねて)より抜粋:

戦争当時は仕方が無くて戦争に行って、だれだれ万歳とか言ったけど、実際はあんなこと誰もやりたがらなかったと思うな。やっぱり故郷の母親が一番やった。
今やっぱり戦争の事を思い出すと、心の中では涙が出るな。
向こうもこっちもいっぱい死んだ。
どっちも悪い時期に生まれたと思うし、そんなこと起きると分かっていたら、
この世に生まれてこなかったら良かったと思うな。
戦争というのはこっちも損、向こうも損や。思い出したくない気持ちやね。
思い出すと半分はやっぱり支那人に悪かったと思うな。
南京大虐殺は確かにあった。
戦後の中国にこの村でも行く人がいるけど、わしは行きたい気持ちが起きひんな。
なぜって、行ったら当時の戦争の悪いことばかり思い出すのでなかなか行く気にならんわ。

Re: 元共産党員藤岡某ペテン学者

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2007/05/23 00:53 投稿番号: [18543 / 41162]
そんな事しか思い浮かばないのかね〜

戦後世代の教育は殆ど日本が悪かったの教育、今でもそうだ。

でもな〜日本人の優れた所は、疑いを持ち始めた事だろうね。

戦前・戦中がオール悪いって価値観は、何となく一方的の判断にしか過ぎない。

それこそ、勝てば官軍で敗軍は如何でも受け入れなければ、自国民が滅ぶ。

そう言う事実を無視しての論法は、一面しか見て判断しているんだね。

シナ人と朝鮮人と同じ価値観で有りますね。

元共産党員藤岡某ペテン学者

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/22 22:42 投稿番号: [18542 / 41162]
>「2007年問題」闘争宣言
南京事件をめぐる国際情報戦参戦にあたって >


元共産党員の藤岡某先生なら、捏造、デマ、ウソには熟練しとるじゃろ。
こんなお偉い学者さんがその製作に参加する映画(南京の真実)とは、前代未聞のお笑いインチキ映画になるのは間違いないの。
どこまで、恥をさらせば気が済むのやら。わからんの。

Re: 元日本軍兵士の証言PART 4

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/22 22:35 投稿番号: [18541 / 41162]
〉捕虜を殺すとき、(早う殺してくれ) というのもいた。

すごいなー。   この人、中国語がわかるんだ。

〉(ハーグ条約について質問すると)そんな教育は、日本の軍隊はやらん。
〉(捕虜になったら死ね)というだけや。

戦陣訓はまだ、できてないんだけどね。

〉捕虜を捕まえたら、殺そうと何しようと仕方ないな。

この人は、知らないだろうけど、南京より、ほんの5ヶ月前、通州で日本人居留民約260人が虐殺され、
その犯人が、ノコノコ北京にやって来た。そこで連中を捕まえた。
しかし、日本軍は、彼らを殺すことなく、全員釈放したんだよ。

理由は   「暴に酬いるに、暴を以てしてはならない」
「拘留すると飯を喰わさにゃならん、飯がもったいない」 という事だったんだけどね。
これが、当時の日本軍だったんだよ。


〉南京がおちても、南京の周辺は敵だったでの。
〉みんな殺さないといけないんだ。そやないとこちらが殺される。

そんな理屈でいったら、中国全土を征服し、全員、殺さなきゃ安心できないだろう。
実際は、陥落させると、12月22日、ドイツ大使を通じて和平案を出しているんだけどね。
矛盾していることがわからないんだよね。 この手の人たちは。


〉天皇の命令だから、何ともならん。

天皇は、好き好んで戦争させたんじゃないと思うよ。
中国側がむりやり戦争を仕掛けたから、反対の口実がなかっただけだろう。

7月7日   盧溝橋で鉄帽もかぶらず、空砲で演習している所、夜10時半銃撃された。
7月11日   午後8時、停戦協定調印

7月13日   中国兵が大紅門で、移動中の日本軍トラックに手榴弾を投げ大破・爆死さす。
7月14日   天津騎兵隊の騎馬兵が中国兵に惨殺される。

7月24日   郎坊付近で日本軍の電話線が切られたので修理に行く
7月25日   また郎坊付近で日本軍の電話線が切られたので修理に行き、中国軍に攻撃された。

7月26日   北京の広安門に入城していた広部部隊が、途中から門を閉められ、兵を分断され攻撃された。
7月28日   最後通牒を出し、日本軍の反撃開始。
7月29日   通州の冀東保安隊が日本人居留民約260人を惨殺

8月1日   日本は、大幅に譲歩した和平案を作成
  (1)   塘沽協定の解消    (2)   梅津−何應欽協定の解消    (3)   土肥原−秦徳純協定の解消
  (4)   冀察政権の解消    (5)   冀東特殊貿易の廃止    (6)   非武装地帯海面の中国側密輸取締りの恢復
  (7)   華北における自由飛行の廃止    (8)   中国側が要求すれば上海停戦協定をも解消

8月6日   中国は、第一回国防会議を開き、長期戦略を策定
8月6日   同盟通信上海支局長の松本重治氏は、上海の外側から包囲網を狭めていた保安隊に遭遇   追い返された。

8月9日   海軍陸戦隊の大山中尉は保安隊に遭遇・虐殺される。
    この日、日本は大幅に譲歩した和平案でもって、上海に会談を設定していたが、ぶち壊された。
    第三艦隊司令長官は陸軍の応援を要請したが、米内海相が「目下和平交渉に期待しているから」と却下。
    仕方がないので海軍は、陸戦隊を1200名増派。

8月11日   追加の陸戦隊が上海に着いたこの日、日本人居留区は保安隊に包囲された。
    この夜、中国は上海付近の鉄道を抑え、上海に大軍を送り込み、
8月12日   通称日本租界を包囲し、保安隊と合流。
      第三艦隊は改めて陸軍の派遣を要請。
      中国は“黄浦江”と揚子江の江陰という所に船を沈めて川を封鎖

8月13日   中国軍の上海攻撃開始。
      日本、やっと陸軍派遣を決定。
8月14日   中国軍機、上海市街を爆撃
8月15日   日本   渡洋爆撃を敢行

8月23日   日本陸軍   呉淞上陸
11月2日、広田外相はドイツ大使を通じて和平案を提示、
     蒋介石はこれをける。
     参謀本部は戦場の範囲を蘇州までと決めていたが、中国が和平に応じないため、
    南京進撃を禁ずる口実がなくなった。
12月1日   南京攻撃を許可する。

この証言者の妄想は的外れなんだよね。 戦後60年の反日思想に洗脳されたんだろうね。

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

投稿者: hinekyuri 投稿日時: 2007/05/22 21:56 投稿番号: [18540 / 41162]
「2007年問題」闘争宣言
南京事件をめぐる国際情報戦参戦にあたって

藤岡信勝(自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授)


アイリス・チャンの偽書が映画に

《多くの日本兵は強姦だけにとどまらず、女性の腹を裂いて腸を抜き出し、乳房を切り刻み、生きたままクギで壁に打ち付けた。
父親は自分の娘を、息子は自分の母親を、他の家族が見ている目の前で強姦することを強要された。生き埋め、性器切断、内蔵摘出、火あぶりが日常的になっただけではない。
舌に鉄のカギをかけて吊したり、腰まで生き埋めにされた犠牲者が生きながら軍用犬に引き裂かれるのを見物するといった悪魔的な行為が行われた。その吐き気を催す光景には南京在住のナチ党員たちすら慄然とし、大虐殺は「機械仕掛けのけだもの」の所業であると断言したほどだった。》

右の一節は、アイリス・チャン『ザ・レイプ・オブ・南京』の原書6ページの一部を拙訳したものである。日本人なら誰もが「こんなことは日本人のすることではない」と、たちどころにわかる。むしろ、チャンの血統上の先祖や同類達こそ、歴史的に見てこの種の残虐行為の常習者であったことは明白である。右の文章は、自らの悪習を日本人に投影している文章と断定してよい。もちろん、この文章に何の史料的根拠があるわけでもない。チャンの本は、悪質極まりない反日プロパガンダの偽書である。しかも百七十箇所もの誤りが既に指摘されているデタラメ本でもあり、そのために結局、発売寸前までいった日本語版が著者の指示で差し止められたといういわくつきの本でもある。

しかし、この本はアメリカでベストセラーになり、今でもいくつかの空港で平積みで売られていると伝えられている。そればかりではない。今年、二○○七年は南京陥落七○周年の年にあたるのだが、この機会を利用して、チャンの本をもとにした南京事件に関する反日プロパガンダ映画が、アメリカ、カナダ、中国で何と合計十本もつくられ公開されることがわかっている。怒濤のような反日情報戦が展開されることになる。

http://www.jiyuu-shikan.org/rekishi139.html

Re: 父親たちの星条旗

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/22 15:13 投稿番号: [18539 / 41162]
>満映ね。
その写真トリミングされてない奴で映画スタッフが映ってるの見た事あるぞ。>

人殺しの甘粕某が率いる満映が国威掲揚のために作った映画が、戦後、中国のプロパガンダに利用れたというのは、面白い話ですな。
百人斬りの写真も戦時中は武勇伝、戦争に負けると(捏造だ、冤罪だ)とちょろまかす。
全く、いいかげんな連中が多いですな。

Re: 唐兵、

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/22 14:56 投稿番号: [18538 / 41162]
>唐兵、またこがんところでカバチを垂れとんのか。

それは広島弁だが。残念だが広島第11連隊は南京戦に参加していない。

Re: 元日本軍兵士の証言PART 3

投稿者: zadgejav 投稿日時: 2007/05/22 14:51 投稿番号: [18537 / 41162]
嘘   話は聞き飽きた。   なぁ〜にも無かった。
日本軍の入城で南京市民からは歓喜のの声が上がっていたのが

真実   真実   真実、   特亜の捏造がものを言わなかった日本から
ものを言う日本へ変わってゆく。   悪は滅びる定めです。

Re: 父親たちの星条旗

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/22 14:48 投稿番号: [18536 / 41162]
>この写真も中国がプロパガンダの為に作った捏造写真でしょうか。

わー真冬の南京戦で半袖、半ズボンだ。

>いわゆる中国の捏造写真と言われる写真は、ほとんど、日本人が撮った写真のようですね。

満映ね。
その写真トリミングされてない奴で映画スタッフが映ってるの見た事あるぞ。

Re: 唐兵、

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/22 14:41 投稿番号: [18535 / 41162]
>唐兵、またこがんところでカバチを垂れとんのか。
見たような嘘をつくんじゃあねえ。>

これは私の体験談ではなく、社会評論社という出版社が出している(南京戦
閉ざされた記憶を尋ねて)という本から抜粋して、ある元日本兵の証言を投稿しています。
著作権の問題もあり、証言者の名前は伏せておりますのでご了承ください。
ちなみにカバチというのはどこの国の言葉でしょうか?   ご教授頂ければ幸甚です。

唐兵、

投稿者: tonkin13 投稿日時: 2007/05/22 14:23 投稿番号: [18534 / 41162]
>南京大虐殺はあったんやから。
わしらが、揚子江河縁で、何万という支那人を撃ち殺したんやから。

唐兵、またこがんところでカバチを垂れとんのか。
見たような嘘をつくんじゃあねえ。
お主は1937年にゃあ、まだ20歳になっとらんじゃろうが。
自分でそういうとったじゃあねえか。
20歳になっとらんもんが、どうして兵隊になって南京に行けるんなあ?
チグ抜きにもほどがあるぞ。

父親たちの星条旗

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/22 13:55 投稿番号: [18533 / 41162]
クリント・イーストウッド監督の映画(父親たちの星条旗)に出てくる写真:

http://prion.bchs.uh.edu/~zzhang/1/Nanking_Massacre/image21.jpg

この写真も中国がプロパガンダの為に作った捏造写真でしょうか。
いわゆる中国の捏造写真と言われる写真は、ほとんど、日本人が撮った写真のようですね。写真の説明文に多少の間違いがあっても、写真そのものは捏造ではなく、実際の写真でしょう。
いくら、ペテン学者の中央線東中野某らが、ちょろまかしても、今更、写真の存在を消す事はできんでしょう。
お笑いインチキ映画(南京の真実)などという国辱映画を作るとはどこまで
マヌケな日本人がいるのでしょうか。これ以上世界に恥をさらすのはやめるべきでしょう。

Re: 元日本軍兵士の証言PART 4 ↓訂正

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/22 11:40 投稿番号: [18532 / 41162]
(虐殺された死体の群れを見て)を(虐殺された死体の群れの写真を見て)に
訂正します。

元日本軍兵士の証言PART 4

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/22 11:23 投稿番号: [18531 / 41162]
(社会評論社刊   南京戦   閉ざされた記憶を尋ねて)より抜粋:

(捕虜)も同じ人間で、かわいそうだわな。むこうの兵隊も命が惜しいに違いない。あっちも命令でやりおる。
捕虜を殺すとき、(早う殺してくれ)というのもいた。
(ハーグ条約について質問すると)そんな教育は、日本の軍隊はやらん。
(捕虜になったら死ね)というだけや。
捕虜を捕まえたら、殺そうと何しようと仕方ないな。
わしは、やってないけど、中国人の捕虜の首切りを見た。首を切る前に首を出す
中国人もおるし、命惜しくて拝む人もおる。
生き埋めもあったわね。日本軍が入るところは、どこでも首切りや突き殺しは
あったな。
(虐殺された死体の群れを見て)民間も女子の人もおる。いろいろやがな、
戦争だから仕方ない。
殺さなやられる。やはり何でもやるでな。南京がおちても、南京の周辺は敵だったでの。
みんな殺さないといけないんだ。そやないとこちらが殺される。
青春時代を戦争に取られたが、天皇の命令だから、何ともならん。
あの戦争は聖戦じゃない。中国の領土に入ったんだから、侵略戦争と思う。
若い人に伝えたい事など、無いな。この戦争のことは話しとうない。
侵略戦争やから二度とあってはいけないと思う。
人を殺した事を息子や孫に言いとうない。あの時代は、絶対天皇の命令だから、
仕方なかった。今は天皇は飾り物でえらいもんとは思わん。

ふしぎな方ですね…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/22 10:40 投稿番号: [18530 / 41162]
まともに読んでない、ということは暗に認めておられるようですね。
ということは、まともに読んでもいないのに読む価値があるかどうかを判断できる不思議な能力をお持ちのようで。しかしそれなら、「私の書いたものにどのような価値があるか」は別として「私がなにを書いたか」くらいはきちんと読みとっていただきたいものです。

Re: 元日本軍兵士の証言PART 3

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/21 22:03 投稿番号: [18529 / 41162]
〉南京大虐殺事件から六十年以上を経過した今も、


何だ、この証言集は最近作られたものなのか。
じゃー、信用のしようがないな。
というか、信用しようにも具体的内容が1つもないんだよね。 今までの所。


〉この事件にかかわった多くの元兵士たににとっては、見聞きしたことや直接手を下したことを語るのはタブーとなっている。


冗談はヨシにしましょう。
敗戦直後は、進駐軍によって、日本の戦争犯罪が宣伝されていたのだよ。
言おうと思えば、いつでも言えたんだよ。

ただ、処刑される恐れがあったけどね。   しかし、進駐軍がいなくなりゃ、関係ないだろう。
戦後50年間は、「日本軍が悪い事をした」 という内容なら、大手を振って言えたんだよ。
現に、小林よしのりの爺さんなんか、「チャンコロをぶった切ってやった」 と言ってただろう。

この証言者は、若者なのか? 戦後からここ10年前までを知らないのか?
むしろ、「あの戦争は侵略ではなかった」 とかの方が、口が裂けても言えなかったのだよ。


>(日本は侵略戦争をしなかった)(南京大虐殺なんて無かった。虐殺行為はあったにしても、戦争だからそれは一部の事である。)などの主張が、日本国内で現在も声高に叫ばれている。

「現在も」 じゃなくて、ここ10年になって、始めて、そのような事が言えるようになったのだよ。
10年以上前には、そんなことは言えなかったよ。


>日本の侵略戦争のもとでの残虐行為を明らかにしようとする者は、日本人でなく愛国心のない者と決め付け攻撃するのである。

10年以上前は、そう言う人は 「心の美しい善人」 として、称賛されていたよ。
そして、これに、異を唱える旧軍人は、「軍国主義者!」「鬼!」「極悪人」 と叩かれていたよ。
「日本人でなく愛国心のない者と決め付け攻撃」 はここ3〜4年の事。 殆どネットだけどね。


どうも、怪しいな。この証言者、本当は若者じゃないのか?
それとも、ボケて、過去を忘れ、最近のマスコミの論調が記憶に置き換わってしまったのか?


まー、仮に、本物だとしよう、
それでも、軍事裁判で処刑されるのを恐れ、逃げ隠れし、代わりに無実の者が処刑されても、知らん顔をし、

「証言すると正義の味方ともてはやされる」 ようになったら、喜んで証言し、
自分以外の軍人と日本国を悪者に仕立てる、あくどい奴ですわな。

悪い事をしたと思うんなら、何で軍事裁判に出頭し、処刑されなかった?
身代わりに処刑された無実の人への罪の意識は無いのかね?

所詮は他人事の証言だよね。
とても、当事者の発言ではないね。

yominokuni56 へ

投稿者: reigennajijitu 投稿日時: 2007/05/21 21:24 投稿番号: [18528 / 41162]
それで、お前の会社で働いているフィリピン人、ブラジル人、イラク人、中国人たちは、

日本の労働基準法も最低賃金法も適用を受けられず、
窃盗や万引きをして強制送還されるような状態で、
しかも母国の大使館や領事館に訴えを受けつけてももらえない、

そんな境遇にあるというのは事実なんだな?

Re: 元日本軍兵士の証言PART 3

投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2007/05/21 21:17 投稿番号: [18527 / 41162]
>(日本は侵略戦争をしなかった)

「侵略戦争」(ただし、単細胞な軍人がシナの挑発にのってやった「暴走的侵略戦争」)はしたと思うよ。極右と決め付けられているらしい岡崎久彦でさえそのようなことを言っている。岡崎久彦「重光・東郷とその時代」PHP文庫。この本は、ほとんどの漢字に振り仮名を振ってあるから読みやすい。

ただ、南京虐殺30〜40万というのは針小棒大だと思う。

それ(侵略)とこれ(30〜40万虐殺)は違うのだ。南京不祥事(岡崎は無辜の市民虐殺はせいぜい千人前後だっただろうと言っている)以前以後、日本軍は一般市民に不法な危害を加えたことはあまり(ほとんど?)なかったようだ。少なくとも南京不祥事のようなことはなかったようだ。

だから、

>中国大陸で皇軍の一員として、中国民衆を蹂躙してきた元兵士たちに、良心を持っていたとしても、事実を語る事が困難だった。

「中国大陸で皇軍の一員として、中国民衆を蹂躙してきた元兵士たち」
こういう一般論は危険だと思う。

Re: 元日本軍兵士の証言PART 3

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/21 11:21 投稿番号: [18526 / 41162]
>その本の証言者達って、所属部隊も正確じゃないし、匿名ばかりじゃない。>

この本の証言者の名前と所属部隊は本の中に記載されています。

(当本の19-20ページより抜粋:)

南京大虐殺事件から六十年以上を経過した今も、この事件にかかわった多くの元兵士たににとっては、見聞きしたことや直接手を下したことを語るのはタブーとなっている。
(日本は侵略戦争をしなかった)(南京大虐殺なんて無かった。虐殺行為はあったにしても、戦争だからそれは一部の事である。)などの主張が、日本国内で
現在も声高に叫ばれている。
日本の侵略戦争のもとでの残虐行為を明らかにしようとする者は、日本人でなく愛国心のない者と決め付け攻撃するのである。
中国大陸で皇軍の一員として、中国民衆を蹂躙してきた元兵士たちに、良心を持っていたとしても、事実を語る事が困難だった。
人生の終末を迎えた今でも、彼らが(南京の真実)について語る事が困難な状況は続いている。

Re: 元日本軍兵士の証言PART 3

投稿者: new_gene02 投稿日時: 2007/05/21 10:58 投稿番号: [18525 / 41162]
>(社会評論社刊   南京戦   閉ざされた記憶を尋ねて)

  その本の証言者達って、所属部隊も正確じゃないし、匿名ばかりじゃない。

  匿名で何でも言えるならウソでも何でもOKだよ。
  実際、南京事件では過去に、中山重夫っていう人や、曽根一夫って人や、「わが南京プラトーン」という書籍を出版して同じ部隊の人に訴えられて敗訴した、東四郎って人いたよね。
  きちんとした証言を集めたのは唯一、小学館刊『「南京事件」日本人48人の証言』阿羅健一著くらいか、偕行社刊『証言による南京戦史』程度だよ。

  http://www.history.gr.jp/~nanking/books_shougen_kaikosha.html

元日本軍兵士の証言PART 3

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/21 10:16 投稿番号: [18524 / 41162]
(社会評論社刊   南京戦   閉ざされた記憶を尋ねて)より抜粋:

南京大虐殺はあったで。ない言う人は後から入った人や。
今、中国や韓国から賠償という問題が出ているが、気の毒な人がいっぱいで、
日本がえらい目に合わしたんや。
文句言うのは当たり前やな。
南京大虐殺はあったんやから。
わしらが、揚子江河縁で、何万という支那人を撃ち殺したんやから。

Re: 所詮は プロパガンダ、、かな(笑)

投稿者: avex_galaxy 投稿日時: 2007/05/21 06:52 投稿番号: [18523 / 41162]
お前の出したソースのどこにもインドネシアとの比較がないんだけどw



馬鹿チョンくん♪

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【社説】国際競争力、飛躍する中国・インドと地をはう韓国、地域で韓国以下はタイ、フィリピン、インドネシアの3カ国のみ[05/10]

【社説】国際競争力、飛躍する中国・インドと地をはう韓国、地域で韓国以下はタイ、フィリピン、インドネシアの3カ国のみ[05/10]   スイスの国際経営開発研究所(IMD)が最新の国際競争力ランキングを発表した。この中で、韓国は昨年の32位から順位を3つ上げて29位...

2007/05/11 04:40:50

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中国じゃなくて、朝鮮(笑)だろう?

投稿者: avex_galaxy 投稿日時: 2007/05/21 06:37 投稿番号: [18522 / 41162]
人口が30倍のシナ人が一人当たりの生活費で上回ればほめてやるが、







しかも、3年前のソース出す辺りが、お前の人類失格民族、朝鮮らしいな


掲載日:2004年08月21日





「人間開発報告書(国連開発計画、日本は11位)」
「国民の豊かさの国際比較(社会経済生産性本部、日本は10位)」
「経済競争力報告(世界経済フォーラム=WEF、日本は12位)」


国民1人当たりの総所得は1万4000ドル、世界50位

韓国銀行(韓銀)が15日、世界銀行の「世界発展指数」を整理した資料によると、市場為替レートを基準に、韓国の04年の1人当たり国民総所得(GNI)は1万4000ドルで、比較対象208カ国のうち50位となった。

韓国の1人当たりのGNIはポルトガル(1万4220ドル、49位)、バーレーン(1万4370ドル、48位)と似た水準で、香港(2万6660ドル、27位)やシンガポール(2万4760ドル、29位)に比べるとはるかに低かった。

世界1位は1人当たり5万6380ドルのルクセンブルク。米国は4万1440ドルで5位、日本は3万7050ドルで9位だった。


2006.05.15 16:42:58

Re: 所詮は プロパガンダ、、かな(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/05/21 06:26 投稿番号: [18521 / 41162]
http://allabout.co.jp/study/homestay/closeup/CU20040821B/index.htm

豊かな国は、、どこ?

http://www.nakajima-msi.com/contents/t/037.html

中国の三年前    そして   今現在は?   日本の経済力は、、?
海外投資家調査によれば   日本はインドネシアの下だって?
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