Re: ウソと断定するのは、もう少し待ちまし
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/23 23:59 投稿番号: [18552 / 41162]
>>知らん。
>>その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
>>人数は何人?
>>つーか、南京軍事法廷って、百人斬りとか3百人斬りなどを断罪したインチキ裁判だろ。
>「知らん」のに×にしたんですか?
そうではなく、ちゃんと質問に答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?
>・第114師団 歩兵第127旅団 第66連隊 第1大隊戦闘詳報(12月13日)
>イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
> 其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
「捕虜を捕縛する」ことなど有り得ないよね。
俺は、こういう話はあまり詳しくないから詳しい方の投稿を参照してくれ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h 3nbfaea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&action=m&mid=35876
(一部抜粋)
但し、この戦闘詳報はそれ自体が偽造を疑われている代物なんですがね。(後年の偽造ではなく公文書偽造)
板倉由明氏が指摘した戦闘記録との不整合以外にも、既に確保している捕虜に対して「十数名ヲ縛シ」ではなく「十数名ヲ捕縛シ」というのは不自然です。
単に縛り上げるのではなく捕縛する必要があるなら、それは収容済みの捕虜ではなく、武装解除が終了していない投降兵でしょう。
ちなみにこの部分、洞富雄は「十数名ヲ捕虜シ」と書いています。これは児島襄氏の『日中戦争』からそのままの引用ですが、既に収容している捕虜を「捕虜し」とは何なんでしょうね?
児島襄氏は捕虜殺害命令ではなく投降兵殺害命令だと解釈してこう書いたのかもしれませんが、捕虜殺害命令を主張する根拠として取り上げているのに捕虜を「捕虜し」とは語るに落ちたか、という印象ですw
それから「シテハ如何」なんておよそ命令書の表現ではありません。
>・第16師団歩兵第33連隊「南京附近戦闘詳報」第三号附表
>一、俘虜ハ処断ス
#10494より
―――――――
【3 太平門、下関、獅子山付近おける戦闘間、歩33の捕虜処断】において、まず12/10〜12/14の戦闘を通じ、歩33は捕虜累計3,096人を処断した、と纏められているが、下関突進間に処断した「捕虜」は、実態は「敗残兵・投降兵」の集団であり、軍事的必要上認められている処断であると判断している。
太平門の投降兵は白旗を掲げながら反抗を続ける敵兵が多数混在していたので撃滅の手段をとらざるを得なかったと結論している。
獅子山の投降兵2百については、投降時の状況が明らかでないとされている。尚「証言による『南京戦史』」にはこの投降兵が便衣兵とされている証言も収録されている。
―――――――
結局、捕虜の虐殺なんてなかった。
ところで、君も他の反日君たちと一緒で日本軍による支那人捕虜の殺害について言ってるけど、日本軍による市民虐殺がゼロ(0人)だったことと、支那軍が日本軍将兵を一人もマトモに捕虜として保護せず一人残らず全員(反戦兵士を除く)惨殺したことは認めてるんだね?
>>その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
>>人数は何人?
>>つーか、南京軍事法廷って、百人斬りとか3百人斬りなどを断罪したインチキ裁判だろ。
>「知らん」のに×にしたんですか?
そうではなく、ちゃんと質問に答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?
>・第114師団 歩兵第127旅団 第66連隊 第1大隊戦闘詳報(12月13日)
>イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
> 其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
「捕虜を捕縛する」ことなど有り得ないよね。
俺は、こういう話はあまり詳しくないから詳しい方の投稿を参照してくれ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h 3nbfaea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&action=m&mid=35876
(一部抜粋)
但し、この戦闘詳報はそれ自体が偽造を疑われている代物なんですがね。(後年の偽造ではなく公文書偽造)
板倉由明氏が指摘した戦闘記録との不整合以外にも、既に確保している捕虜に対して「十数名ヲ縛シ」ではなく「十数名ヲ捕縛シ」というのは不自然です。
単に縛り上げるのではなく捕縛する必要があるなら、それは収容済みの捕虜ではなく、武装解除が終了していない投降兵でしょう。
ちなみにこの部分、洞富雄は「十数名ヲ捕虜シ」と書いています。これは児島襄氏の『日中戦争』からそのままの引用ですが、既に収容している捕虜を「捕虜し」とは何なんでしょうね?
児島襄氏は捕虜殺害命令ではなく投降兵殺害命令だと解釈してこう書いたのかもしれませんが、捕虜殺害命令を主張する根拠として取り上げているのに捕虜を「捕虜し」とは語るに落ちたか、という印象ですw
それから「シテハ如何」なんておよそ命令書の表現ではありません。
>・第16師団歩兵第33連隊「南京附近戦闘詳報」第三号附表
>一、俘虜ハ処断ス
#10494より
―――――――
【3 太平門、下関、獅子山付近おける戦闘間、歩33の捕虜処断】において、まず12/10〜12/14の戦闘を通じ、歩33は捕虜累計3,096人を処断した、と纏められているが、下関突進間に処断した「捕虜」は、実態は「敗残兵・投降兵」の集団であり、軍事的必要上認められている処断であると判断している。
太平門の投降兵は白旗を掲げながら反抗を続ける敵兵が多数混在していたので撃滅の手段をとらざるを得なかったと結論している。
獅子山の投降兵2百については、投降時の状況が明らかでないとされている。尚「証言による『南京戦史』」にはこの投降兵が便衣兵とされている証言も収録されている。
―――――――
結局、捕虜の虐殺なんてなかった。
ところで、君も他の反日君たちと一緒で日本軍による支那人捕虜の殺害について言ってるけど、日本軍による市民虐殺がゼロ(0人)だったことと、支那軍が日本軍将兵を一人もマトモに捕虜として保護せず一人残らず全員(反戦兵士を除く)惨殺したことは認めてるんだね?
これは メッセージ 18545 (cheap_thirll さん)への返信です.