★「竹島」は日本固有の領土です

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takesima

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/10/15 14:00 投稿番号: [8637 / 9207]
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/koreanfisheries-1909/

Re: ★「竹島」は日本固有の領土です

投稿者: kanguriguriguri 投稿日時: 2007/10/13 07:26 投稿番号: [8636 / 9207]
あげます

Re: 鬱陵島は日本領土だ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2007/10/08 16:36 投稿番号: [8635 / 9207]
朝鮮人も魚は捕ってましたよ。禁止されてましたけどね。
魚というより浜辺の産品のようですがね。

確かに日本領の根拠もありますが、あちらは調査して立ち入り禁止などもしてますんで、管轄意識も管理実態も明瞭にあちら側にありますな。
実際どれだけ調査したのか怪しいもんですが、定期的に調査することにしたのは間違いないわけで。

それと、これが問題になって結局ことをあらだてないように朝鮮領と正式にみとめちゃったので、これはしょうがないでしょう。

べつにね、中朝とは縁切っちゃって西欧とつきあっても良かったんですけどね。西欧のほうが侵略的でしたから、おとなりと仲良くするために譲歩したのは仕方ないですね。

島根県立軍創設・・

投稿者: choushu_aizu 投稿日時: 2007/10/04 19:32 投稿番号: [8634 / 9207]
  竹島奪還に国は動こうとしない。

  アメリカは州軍というのが有るらしい。

  なら、島根県立軍を造りましょう。

  島根県単独で行動をおこしましょう。

   いや、単独ではちと心ぼそい。

  九州や四国の気骨ある県が参加してくれれば

  こころ強い。

   しかし、国には迷惑をかけられない。

   ので、国には、彼らが勝手にやったことだ

   と言ってもらいましょう。

   北方四島では、ロシアに・・

   尖閣では、中国に・・

   竹島では、韓国に・・

     なめられっぱなし。

      こんなんでいいんですか・・

国際法上合法的な竹島奪還法

投稿者: hiroonomiya2006 投稿日時: 2007/10/03 22:39 投稿番号: [8633 / 9207]
日米射爆演習地指定による効果的竹島奪還法


①日本領土竹島を、安保条約に基づく日米両国による射爆演習場に指定。

②一ヶ月程度の期限付き退去を要求

③当然韓国は無視する

④3日程度の猶予付き「劣化ウラン弾使用」によるF15戦闘爆撃機の射爆訓練日程を再通告

⑤韓国守備隊あわてて退去

⑥万一残留が確認されても、かまわず射爆訓練開始

⑦自国領土内における演習は、国際法的にも何ら問題なし

⑧退去すれば、演習、射爆場指定共に即時中止。

⑨その後も韓国が竹島領有を主張するのなら、国際裁判所で審議を受ける(日本永年の主張)

これ以上、穏便、合法、効果的な早期竹島奪還策は他にありません。

⑩万一、浮かぶドラム缶「独島」、偽イージス「世宗大王艦」,API潜水艦などの虎の子艦隊を動員して攻撃して来るなら、日本領海内に入れば警告し、あくまで無視して領海侵犯を継続し、発砲攻撃などをすれば、北朝鮮の「不審船」並に即刻撃沈し、竹島水域の漁礁すれば良いのです。

コレは正真正銘の正当防衛行為であって、日本の巡視船の停船命令を無視し、機銃、ロケット攻撃を繰り返し、巡視船乗組員を負傷させた挙句、領海外ギリギリで 撃沈された「不審船」事件に対しても、「不審船」に給油までして支援したシナを含め、国際的非難は一切起こらなかった事は記憶に新しい。

鬱陵島は日本領土だ

投稿者: nash_8242002 投稿日時: 2007/10/02 00:29 投稿番号: [8632 / 9207]
江戸時代は竹島と呼ばれていた。

日本人の漁師が魚を採っていました。

韓国が竹島を領有する根拠よりも、日本が鬱陵島を領有する根拠の方が有効性があります。

Re: 竹島領有について

投稿者: kusaidesuyo 投稿日時: 2007/09/26 00:50 投稿番号: [8631 / 9207]
そう、歴史の時間にちゃんとしたことを教えるべき
在日が多くて反対されるから問題なのだろうけど
自国の歴史なのだから「内政干渉!」の一言で
はねのけるべき

  がんばってくれ!福田総理とその愉快な仲間たち!!

あげ

投稿者: kanguriguriguri 投稿日時: 2007/09/26 00:24 投稿番号: [8630 / 9207]
あげます

Re: ★「竹島」は日本固有の領土です

投稿者: japkorosuaid 投稿日時: 2007/09/18 15:55 投稿番号: [8629 / 9207]
http://nate.search.empas.com/search/img.html?q=%B3%B2%B0%E6%B4%EB%C7%D0%BB%EC&wi=57&wm=43&m=D&fv=V&n=32&cw=65

糞天皇やろうと野性猿がやったことだ

台風11号 右カーブ  韓国へ行きなさい!

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/13 17:54 投稿番号: [8628 / 9207]
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/typhoon/typha.html
台風11号
2007年9月13日16時30分発表   台風11号が発生しました。この台風11号は、13日15時には南大東島の南南東約390Kmにあって、北西へ毎時20kmで進んでいます。中心気圧は998hPa、中心付近の最大風速は18m/sです。この台風は、14日15時には那覇市の南東約190Km、15日15時には奄美大島の西約250Km、16日15時には九州の西へ達するでしょう。台風周辺海域および進路にあたる海域は、シケ〜大シケとなるため厳重な警戒が必要です。

1908年松島領有意識 では石島は?

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/10 18:08 投稿番号: [8627 / 9207]
1808年『萬機要覧』1908年『増補文献備考』に 輿地志が云うには欝陵、于山は皆于山国の地、于山はすなわち倭がいうところの松島と書かれているそうですが、

@   1908年時点で、引き続き   松島に対して朝鮮は領有意識が強くあるそうですが   それでは1900年の勅令41号の石島はどうゆう事なのだ、石島は松島ではなかったのか?

1770にずれるなら竹島一件松島は未解決

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/10 17:43 投稿番号: [8626 / 9207]
http://list.jca.apc.org/public/aml/2005-April/001028.html

しかし、その一方で朝鮮ではすくなくとも 1770年の官撰書『東国文献備考』で
は、引用の善し悪しは別にして、「于山国の一島である于山島は日本の松島である」
と強く確信していたという結論になります。
   このように、たとえ下條説の史書改ざん説を認めたとしても、朝鮮の于山島=松
島に対する領有意識はその時期が単に1770年にずれるのみで大勢に影響はありません。ー引用ー

@   1770年時点では松島に対して朝鮮は領有意識を強く確信していたというのですね、それなら竹島一件では 松島は未解決だったという事ですよ、くっくっくっ・・

よくわかる竹島問題  核心は「于山島」

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/10 10:57 投稿番号: [8625 / 9207]
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/takesima/kouen/04.html
講演

もう一つ于山島という名前が出てくるのは資料<1>と<2>です。『世宗実録地理志』は、一四五四年に完成しています。『東国輿地勝覧』は一四八一年に完成したものです。そうしますと、竹島が島根県に編入されたときよりも早いことになります。ですから韓国側からしてみれば、「絶対俺たちのものに違いない」という主張をすることになるのです。
  しかし、よく調べていきますとその文献解釈にはおかしな点があることにに気がつきます。ー引用ー

竹島一件 と 彊界考

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/09 19:10 投稿番号: [8624 / 9207]
>1756 申景濬の彊界考で『輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島』『而(しか)るに諸図志を考えるに二島なり。一つは則ち其の所謂松島にして、蓋(けだ)し二島ともに于山国なり』とあるが、

@   ここで申景濬はいろいろ考えると二島だと言っております、そして二島を含んで于山国だと断言しておりますね、ところで竹島一件では鬱陵島、磯竹島の名はでてきますが、于山国の名は出てきません、李朝鮮、江戸幕府が于山国から撤退すると表現したならば当然松島はその中にふくまれますが、鬱陵島、磯竹島から撤退すると表現に成っており、李朝鮮もそれで納得しておりますね、つまり   竹島一件時では松島は含まれず   依然として日本領だったのです、

「于山国は別名を鬱陵島という」 三国史記

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/09 11:11 投稿番号: [8622 / 9207]
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
三国史記
巻四   智證麻于十三年夏六月条
于山国征服、歳以土宜為貢、于山国、在溟州東海島、或名鬱陵島、地方一百里

翻訳 13年(512年)夏6月、于山国が服属してきて、年ごとにその地の産物を貢ぎ物として献上した。于山国は溟州(現在の江原道)の真東の海上にある島国で、別名を鬱陵島という。この島は、百里四方ほどで

韓国側は于山国には鬱陵島と于山島の両島が含まれると主張しているが、それは強引な解釈でしかない。

@   「于山国は別名を鬱陵島という」と三国史記1145年に明確に記されているから、もはや韓国は弁解できない、ところが韓国は于山国には于山島も含まれていると勝手に解釈しておる、三国史記には于山島なんてどこにも記されてはいないのです、于山国には「于山」と言う「みやこ」があったのです、

申景濬でなくても改竄の衝動にかられる

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/09 10:08 投稿番号: [8621 / 9207]
http://toron.pepper.jp/jp/take/tizu/maphachidow.html
八道総図

1481年 八道総図を申景濬は知っていただろうし、そして英雄と成った安の証言も加味するとなると当然于山島、鬱陵島の2島となる、そうだから   輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島に、申景濬は疑問を持ったのだろう、申景濬でなくても改竄したくなりますね、

流刑罪人安龍福はいつのまにか安将軍に

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/08 19:35 投稿番号: [8620 / 9207]
海士町の旧家・村上家で昨春見つかった古文書によると、安龍福は鬱陵島と、当時松島と呼んだ現在の竹島を朝鮮領とし、鳥取藩に認めてもらうよう訴訟するのが再来日の狙いと説明。同藩に追放され、帰国後に取り調べを受けた安龍福は、粛宗実録(1728年)によれば「松島は即ち于山島、此れ亦我が国の地」(松島は于山島で、朝鮮領だ)との訴えを、日本側も認めたと供述した。

@   安龍福の供述を記録した粛宗実録(1728年)から波紋は広がっていきますね   そして流刑罪人安龍福はいつのまにか安将軍に成ってしまう、

253年間日本による松島占有を朝鮮は黙認

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/08 17:30 投稿番号: [8619 / 9207]
1808年の『萬機要覧』も、1908年の『増補文献備考』も、現在の「竹島」の部分は、1770年の『東国文献備考』のを丸写ししただけで、『(1656年)輿地志が云うには欝陵、于山は皆于山国の地。于山はすなわち倭がいうところの松島』と書かれているそうです。
で、1770年から1908年までずっと、『于山』は、日本で言う『松島』(現:竹島)で、『于山国の地』、すなわち、朝鮮領だという“領有意識”があったのだそうです。ー引用ー

@   官撰史書の東国文献備考、輿地志、萬機要覧、増補文献備考、に丸写しに「于山はすなわち倭がいうところの松島」と書かれている   つまり1656〜1908年の253年間少なくとも日本による松島(于山)占有を朝鮮政府は知りえた立場は明白です、にもかかわらず   朝鮮政府はただの一度も日本政府に抗議していませんね   黙認は是認   朝鮮は松島(于山)を日本領と認めたのです

Re: 1756 申景濬の彊界考、韓国にはめざわ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2007/09/08 14:45 投稿番号: [8618 / 9207]
なんにしてもね、あの島はおらがものと言うだけで領地になるなら、
中華皇帝は宇宙の支配者なんで、月はおろか、火星もアンドロメダ
大星雲も中国領ですよ。

于山島=獨島は、安龍福から始まっただけで、ほかになんのソースもありません。
彼らが于山島=獨島だと思っていたとしても、それ以前の世宗実録などの
于山島の記述は獨島じゃないんだから、しょうがない。

原文を簡単に閲覧できるサイトが最近は閉じちゃいましたね。
そらそうだ。日本人はみんなそれをみて真実を知るから。

1756 申景濬の彊界考、韓国にはめざわり

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/08 13:41 投稿番号: [8617 / 9207]
輿地考の底本となった彊界考に問題があった。『輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島』『而(しか)るに諸図志を考えるに二島なり。一つは則ち其の所謂松島にして、蓋(けだ)し二島ともに于山国なり』とあるが、而るに以下は編者(申景濬)の私見だ。輿地志の原本は于山島と鬱陵島は同じ島とだけ記し、松島には言及していない。にもかかわらず、輿地考では、一段と脚色されているー引用ー

@   1756 申景濬の彊界考は私的な書であり公的な書ではない   そうだから1770   申景濬の東国文献備考を韓国は領有根拠にするのです、半月城氏に云わせると輿地志に松島は于山島なりと仮に書かれていなくとも、1770年時点に申景濬自身は松島は于山島なりと主張している事になると述べております、1770年時点から韓国は松島を自国領だと言うのです、そうなると俄然それより100年前の古い隠州視聴記が浮上して来るのですね、

竹島領有について

投稿者: tachstone 投稿日時: 2007/09/06 20:28 投稿番号: [8616 / 9207]
結局は韓国領になっていく。

その原因は日本側にある。

竹島領有を歴史で一言も?教えていない。

どこにあるかも知らない。

これでは時効で?韓国領になるだろう。

内で議論してばかりでは何の効果もない。

東海でもそうだ。

次第に当会に地図は書き換えられている。

日本の地図だけが日本海で、あとの世界地図はすべて東海だったということにもなりかねない。

竹島もそうだ。一度は行ってみることだ。

机上空論が一番愚策だ。

勅令41号に、大事な大事な于山が無い・・

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/05 12:29 投稿番号: [8615 / 9207]
http://salala214.blog82.fc2.com/blog-entry-239.html

で、1770年から1908年までずっと、『于山』は、日本で言う『松島』(現:竹島)で、『于山国の地』、すなわち、朝鮮領だという“領有意識”があったのだそうです。
ところが、1900年に出された、大韓帝国の勅令では・・・。

勅令第四十一号
欝陵島を欝島と改称し、島監を郡守に改正した件
第一条 欝陵島を欝島と改称し、江原道に所属させ、島監を郡守に改正し、官制に編入し、郡等級は五等にすること
第二条 郡庁は台霞洞に置き、区域は鬱陵全島と竹島、石島を管轄すること

『于山』がありません・・・。

『領有権問題において官撰史書の認識』と、国家の公文書と、どちらが『優先する』のか知りませんが、どちらにしても、同時代の『官撰史書』と国家の公文書に、共通の認識がない、というのは、致命的な欠陥だと思うのですが・・・。

半月城さんの主張通り、1908年までずっと、『于山』は、日本で言う『松島』(現:竹島)で、朝鮮領だと認識していたのなら、1900年の『勅令第四十一号』になぜ『于山』が入っていないのか?
1900年の『勅令第四十一号』の『石島』=『于山』という認識があったのなら、1908年の『増補文献備考』になぜ、そのことを書き加えなかったのか?

その答えは、1900年の時点で、『石島』と、『于山』は別の島で、『于山』は朝鮮領ではないと気づいたか、もしくは『于山』なんて島の存在を完全に忘れていたか、どちらかしかないと思うんですけどね・・・。

で、1906年に、唐突に「竹島」問題が浮上して、そういえば・・・、と思い出したから、1908年の『増補文献備考』にまた、1808年の『萬機要覧』と同じ文章を書いておいただけだと思うんですよね。   ー引用ー

@韓国は『于山』は朝鮮領ではないと気づいたか、

勅令41号にある石島、竹島

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/03 19:10 投稿番号: [8614 / 9207]
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/ishijima41.html
勅令41号にある石島、竹島

朝鮮の鬱陵島竹島と隠岐竹島であるが、朝鮮には昔から鬱陵島の東2キロ隣に竹島があるのです   つまり竹島が2ヶあるから、余計ややこしくなるのです、

Re: F15を沖縄に配備 尖閣など侵略に備

投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/08/29 10:20 投稿番号: [8613 / 9207]
朝鮮・韓国は中国の領土であった物を支那が戦争でまけ、日本が支那から割譲受けて、下関条約で日本は造った国、従って韓国に竹島は関係ない土地、昔から日本の領土です。

何か問題がありますか?
恩を仇で返す朝鮮人、世界の恥を凝縮する朝鮮韓国!

Re: F15を沖縄に配備 尖閣など侵略に備

投稿者: guripen01 投稿日時: 2007/08/28 07:44 投稿番号: [8612 / 9207]
=竹島の話なので韓国ですね。

中国との戦争はしないで崩壊を待つのが吉。

Re: F15を沖縄に配備 尖閣など侵略に備

投稿者: byeongheon21 投稿日時: 2007/08/28 03:23 投稿番号: [8611 / 9207]
中国と戦争ですか?日本は負けるだろ。戦力がない。

日本人(笑

投稿者: byeongheon21 投稿日時: 2007/08/28 03:19 投稿番号: [8610 / 9207]
名古屋市の契約社員磯谷利恵さん(31)が岐阜県内の山林で遺体で見つかった事件で、磯谷さんは鼻から口にかけて粘着テープを複数回巻かれた上に買い物用のビニール袋を頭からかぶせられ、さらに粘着テープを巻かれていたことが27日、千種署捜査本部の調べで分かった。
  頭頂部を中心に顔や後頭部にも多数の傷があったことも判明。既に押収されたハンマーでめった打ちにしたとみられている。
  さらに、司法解剖の結果、磯谷さんの死因は窒息死の疑いが強いことが分かった。粘着テープは鼻がつぶれるほど強く巻かれており、鼻と口をテープでふさがれたことが直接の死因となった可能性が高いという。

Re: F15を沖縄に配備 尖閣など侵略に備

投稿者: guripen01 投稿日時: 2007/08/28 01:25 投稿番号: [8609 / 9207]
いや、すでに侵略されてるし・・・強い日本を求む。

F15を沖縄に配備 尖閣など侵略に備え

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/27 12:04 投稿番号: [8608 / 9207]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070827-00000913-san-pol

20年度めどにF15を沖縄に配備   尖閣など侵略に備え
8月27日11時30分配信 産経新聞

防衛省 宇宙・海洋政策室を新設

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/27 11:23 投稿番号: [8607 / 9207]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070827-00000903-san-pol

防衛省、宇宙・海洋戦略に本腰   中国の「衛星破壊」に危機感
8月27日9時9分配信 産経新聞


  防衛省が宇宙・海洋戦略を立案する「宇宙・海洋政策室」(仮称)を新設することが26日、明らかになった。

@   竹島奪還、視野に入れているだろうか?

素足のくくれ姫

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/21 20:18 投稿番号: [8606 / 9207]
http://www.y-asakawa.com/message/ascension2-8.JPG
くくれ姫は素足ですねえ   はしたない! 姫が履物を履かないなんてとは言わないでほしい   異次元世界で共通している事は素足なんでしょう、
  靴や履物を履くのは3次元世界の我々だけなんでしょうね、ブフ ブハッ

偶然撮れた飛行機窓外のくくれ姫の写真

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/21 16:43 投稿番号: [8605 / 9207]
http://www.y-asakawa.com/message/ascension2-8.JPG
くくれ姫
くくれ姫は次元の切れ目からこちらの3次元世界にたまたま、出てしまったのかも知れませんね、いよいよアセンション(次元上昇)とか言われる移行年代に入ったのでしょうか   おもしろく成って来ましたねえ!

小野田寛郎の30年

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/21 12:21 投稿番号: [8604 / 9207]
http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/107072723.html?page=5
小野田寛郎の30年戦争
「おい」と背後から声をかけられ、炊事のために火を起こして
いた鈴木紀夫は立ち上がって、振り返った。声をかけた男は銃
を構え、夕日を背に近づいてきた。昭和49(1974)年2月20
日、フィリピン・ルバング島山中のことである。

@   小野田さんも生きていれば今82才前後でしょうか   30年と言えば永いですねえ   で   小野田さん健在なんですか?

樹を植える日本人、樹を伐る中国人 end

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 18:26 投稿番号: [8603 / 9207]
http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/108042793.html?page=3

国際派日本人養成講座 伊勢雅臣

9.樹を植える日本人、樹を伐る中国人■

  日本の台湾統治は明治28(1895)年に始まるが、明治39
(1906)年から造林事業を奨励し、毎年100万本余の苗木を無
償で配布し、補償金まで交付した。日本統治前の清朝時代に、
ほとんどの樹木が伐採されて、ちょっとした雨でも大水や山崩
れが起こっていたためである。計画的に整備された都市の道路
は、樹を植えられて美しい並木道となった。[b]

  しかし、戦後、蒋介石の軍隊が台湾に入った時、都市道路の
並木はすべて切られてしまった。木の陰に誰が隠れているか分
からないので危険だ、というのと、伐った並木は薪にできるか
ら一石二鳥という理由だった。

  樹木の生命は人間より長い。植林したところで、自分が
生きている間に利用できるとは限らない。それでも日本人
は百年後、千年後のために黙々と樹を植える。ところが、
中国人は樹齢何千年の巨木であろうと、美しい並木であろ
うと、自分が薪として使いたいとなれば平気で伐ってしま
うのである。

  われわれ台湾人は、そのような日本人と運良く50年間
を暮らし、そのような中国人と不幸にして60年間付き合
わされ、併呑の危機にもさらされているのである。[1,p90]

(文責:伊勢雅臣)

@@   台湾の将来は台湾人自身が決める事であり、これは誰がみても当然で、それで   台湾共和国の選択も良し、中国との合併もよし、日本との連邦制これも又良しで   三つの選択がある   理想としては日本との連邦制でしょうかなあ、

日本人と中国人の決定的な違いは死生観に

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 18:00 投稿番号: [8602 / 9207]
http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/108042793.html?page=3

国際派日本人養成講座 伊勢雅臣

8.日本人と中国人の決定的な違いは死生観にある■

  林医師は、日本人と中国人の違いを次のように捉える。

  日本人と中国人の決定的な違いはどこにあるのかといえ
ば、それは死生観にあるといってよい。死に対しての考え
方や死に直面したときの態度は明らかに違う。日本人はき
れいに死のうとし、中国人はいかにして死なないようにす
るか、という考え方に歴然と現れている。[1,p91]

  その昔、秦の始皇帝は3千人の男女を東の島「蓬莱」に派遣
して、不老不死の仙薬を求めたという伝説がある。その「蓬莱」
とは日本の事だという説があるが、逆に日本人からしてみれば、
それほどまでして不老不死に執着する気持ちは理解し難い。

  現世に執着する中国人は、自分の生命と金を最も大切なもの
と考える。自分の健康のためには他人の人体を薬にしたり、金
儲けのために平気で死体から臓器を取り出す。こうした姿勢か
らは、他の生命への畏敬は生じない。

  中国人とは対照的に、日本人は絶えず死を見つめ、このはか
ない命をいかに美しく生きるか、と考える。財産や権力など死
んでしまえば、何にもならない。それよりも世のため人のため
に多少なりとも尽くして満足して死に、葬式にはたくさんの人
に来て貰い、「ああ、いいお顔ですね」と言って貰うほうが、
はるかに意味のある人生だと考える。

  また生命のはかなさを感ずる所から、他の人や動植物の生命
への思いやりが生ずる。さらには人の生命を守るために、自ら
の生命を捧げる、という自己犠牲の精神もそこから生まれる。
特攻隊員たちの自己犠牲は、その最も純粋な形であった。

いかにしてきれいに死ぬのかを考えている

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 17:44 投稿番号: [8601 / 9207]
http://blog.mag2.com/m/log/0000000699/108042793.html?page=3

国際派日本人養成講座 伊勢雅臣

7.「いかにしてきれいに死ぬのか」を考えている日本人■

  林医師が栃木県の片田舎で開業してから、改めて感じたのは、
日本人の生活では死に直面する機会が多いということだった。
病院の職員が近隣の葬式の手伝いに行くので休みをとる。台湾
では、葬式で休むのは、家族が亡くなった時だけだ。

  地方の新聞では、有名人に限らず庶民に至るまで亡くなった
人が紹介されている。葬儀の日時、場所も書かれているので、
故人と多少なりとも縁のあった人は誰でも参列できる。台湾で
は、葬儀に参列できるのは、遺族から招待された人だけだ。

  林医師は、日本の葬式は質素で整っており、美しいと感じた。
そして、最後のお別れということで、すべての参列者に顔を見
せ、触らせもする。そして「ああ、いいお顔ですね」と言って
慰める。これも台湾にはない習慣である。

  苦悶せず、従容として死んでいった様を確かに拝見しました、
と遺族に伝え、それが遺族にとっては最高の慰めになる。この
事から、林医師は、日本人がきれいに死ぬことを大切にしてい
るのだと感じた。武士の切腹はその延長にあるものだ。

  こうした経験から、林医師はこう考える。

  日本人は死を意識しながら生きている民族であり、日常
的に経験する死の場面を文化にまで昇華させているように
思われる。そのせいか、世界第2位の経済力を持ちながら
も、日本人一人ひとりの現世に対する執着心はそれほど強
くないように見受けられる。日本人は常に無常観を抱えて
生きているようだ。・・・

  日本人は生きているうちに一生懸命に仕事をして世界最
高レベルの技術を創出しつつ、一方では、自然の摂理に融
け込みながら、死を生活の一部として淡々と取り入れ、自
分が人生の最終局面に向かい合うときにはいかにしてきれ
いに死ぬのかを考えているようである。[1,p97]

実験動物の慰霊祭を行う日本人 (F)

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 17:11 投稿番号: [8600 / 9207]
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6.実験動物の慰霊祭を行う日本人■

  林医師は台湾の学校で、日本人が残酷で残忍であると教えら
れてきた。国民党政権下での反日教育の一環であった。ビデオ
ショップで借りたヤクザ映画を見て、指を詰めるシーンや喧嘩
の場面が出てくると、日本人はやはり残忍なのだと自分なりに
納得していた。

  その後、東大に留学すると、実験材料としてしばしばマウス
やラットを使うことがあった。その最初の時に先生から教わっ
たのは、いかに実験動物を苦しませず処置するかということだっ
た。

  また日本では、年に1回、必ず実験動物の慰霊祭を営むが、
台湾の大学ではやらないことだった。林医師は、日本人の命に
対する畏敬の念がこのような実験動物までにも及んでいること
を知って感銘を受けた。

  胎児を「あんなもの」と言い切る中国人と、実験動物の慰霊
祭を行う日本人と、その生命観の違いは対照的である。

あんなものは、いくらでも手に入る

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 16:55 投稿番号: [8599 / 9207]
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5.「あんなものは、いくらでも手に入る」■

  林医師自身も、こんな体験をしている。20年ほど前、東大
で研究していた時、中国の蘭州大学で血液学を教えていた教授
が留学に来ていた。当時は、骨髄移植が始まって数年しか経っ
ていない時期で、最先端の医療技術だったが、彼は「こんなこ
とは、中国ではとっくにやっている」と言った。

  林医師がすぐには信じられずにいると、彼は「胎児の肝臓を
使うのだ。胎児の肝臓を取り出してすりつぶし、メッシュで濾
過したものを点滴すれば、骨髄移植と同じような効果がある」
と説明した。

「では、どこから胎児の肝臓を手に入れるのか?」と訊くと、
彼は笑いながら「あんなものは、いくらでも手に入る」と言い
放った。

  そのときに私は、さすが中国は世界一人口の多い国だか
ら、胎児を手に入れることはたやすいのかもしれないと思っ
たが、「あんなもの」として命を軽んじ、恐ろしいことを
平気でやるのが中国人だということを改めて認識した。

  その教授が「いくらでも手に入る」と言ったときの乾い
た笑い声は、いまだに耳から離れない。[1,p23]

@@    確かに人間のからだの組織に一番いいのは人間の組織ではある、しかし倫理の問題もあり、他の動物(類人猿など)の臓器を使うべきだろう、

臓器が取り出され、役人の収入源に (D)

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 16:22 投稿番号: [8598 / 9207]
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4.政府と軍のビッグ・ビジネス■

  国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの調査によ
れば、2004年の世界における死刑執行件数は約5500件で、その
うちの3400件、62パーセントが中国である。そのうちのかな
りの件数で、臓器が取り出され、役人の収入源になっていると
思われる。

  病院が処刑された死体に支払う値段は、300元(4500円)か
ら600元(9000円)。そこから取り出された臓器は、12万元
(180万円)から15万元(225万円)に跳ね上がる。外国人相手に
売られるときは、その倍になるという。仮に200万円で3千
件の臓器売買が行われたとすれば、総額60億円のビッグビジ
ネスということになる。

  林医師は、糖尿病の治療を専門としているが、患者の中には
腎不全から人工透析を余儀なくされている人も少なくない。そ
のうちの一人が「臓器移植を中国で受けたい。紹介してくれな
いか」と頼んできたことがあるという。なぜ中国なのかと訊く
と、「すぐに移植できるし、若くて健康な腎臓だと聞いている」
と答えた。このように、中国に渡って臓器移植手術を受ける日
本人患者も少なくない、という。

  臓器移植をする病院は、ほとんどが人民解放軍や政府機関の
病院である。中国司法部(法務省に相当)は、1981年6月13
日付で「死刑囚の臓器摘出に関する注意事項」という秘密文書
を出し、その中で「医者が車を使う場合は、医療機関のマーク
を隠すこと」「摘出した死体は速やかに処理するため火葬に付
すこと」などと指示している。臓器売買は、政府と軍が深く絡
んだビジネスになっているのである。

死刑執行前の彼女を生きたまま腎臓を(C)

投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/08/17 14:36 投稿番号: [8597 / 9207]
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3.『共産党の慈善事業』(Communist Charity)■

  人体を薬にするのが、内科的「医食同源」なら、外科的「医
食同源」が臓器移植だろう。金儲けの天才である中国人は、死
刑囚から臓器をとりだして売買するビジネスを発明した。

  アメリカに移住した中国人・呉宏達(ハリー・ウー)氏は、
自分の家族に臓器移植を希望しているとの触れ込みで、数度、
中国に潜入し、臓器売買の実態を調査して、レポートを出版し
た。その題名がふるっていて『共産党の慈善事業』(Communist
Charity)という。

  ウー氏は、1995年にアメリカのパスポートで中国に入国した
際に、スパイ容疑で逮捕されたが、アメリカ政府の圧力で釈放
された。この事件をきっかけに、中国における臓器売買はアメ
リカの国会でも注目され、数度にわたる公聴会が開かれた。国
会の提案により、江沢民主席が1997年に訪米した際に、クリン
トン大統領が問題提起している。同時期に、アメリカのABC
テレビが『血なまぐさい金』(Bloody Money)という題名で、ゴ
ールデン・アワーに全米に放送した。

  ウー氏の調査によると、臓器売買は次のようなシステムで行
われている。まず死刑は祝日の前日に予定される。中国では
80年代以前までは公開処刑が一般的で、国民がお祭り気分で
見る娯楽の一種であったからだ。

  次に刑務所では、肝炎やエイズなどの事前チェックを行い、
病院側が注文した臓器に合った死刑囚を選ぶ。さらに臓器は
新しいほどよいので、刑場には医者が待機していて、死刑執行
されるや臓器を取り出し、病院に運んで、移植手術を行う。

  死刑執行前に臓器を取り出してしまうケースもよくあるとい
う。ウー氏のレポートでは、ハンブルグに脱出した中国人医師
が実名と写真入りで、死刑執行の前日に何度も肝臓を取り出し
たと証言している。その犠牲者のひとりは、思想問題で死刑と
された19歳の女性で、死刑執行する前に、待機する車の中に
彼女を強引に押し込み、麻酔無しで腎臓を取り出したという。
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