勅令41号に、大事な大事な于山が無い・・
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/09/05 12:29 投稿番号: [8615 / 9207]
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で、1770年から1908年までずっと、『于山』は、日本で言う『松島』(現:竹島)で、『于山国の地』、すなわち、朝鮮領だという“領有意識”があったのだそうです。
ところが、1900年に出された、大韓帝国の勅令では・・・。
勅令第四十一号
欝陵島を欝島と改称し、島監を郡守に改正した件
第一条 欝陵島を欝島と改称し、江原道に所属させ、島監を郡守に改正し、官制に編入し、郡等級は五等にすること
第二条 郡庁は台霞洞に置き、区域は鬱陵全島と竹島、石島を管轄すること
『于山』がありません・・・。
『領有権問題において官撰史書の認識』と、国家の公文書と、どちらが『優先する』のか知りませんが、どちらにしても、同時代の『官撰史書』と国家の公文書に、共通の認識がない、というのは、致命的な欠陥だと思うのですが・・・。
半月城さんの主張通り、1908年までずっと、『于山』は、日本で言う『松島』(現:竹島)で、朝鮮領だと認識していたのなら、1900年の『勅令第四十一号』になぜ『于山』が入っていないのか?
1900年の『勅令第四十一号』の『石島』=『于山』という認識があったのなら、1908年の『増補文献備考』になぜ、そのことを書き加えなかったのか?
その答えは、1900年の時点で、『石島』と、『于山』は別の島で、『于山』は朝鮮領ではないと気づいたか、もしくは『于山』なんて島の存在を完全に忘れていたか、どちらかしかないと思うんですけどね・・・。
で、1906年に、唐突に「竹島」問題が浮上して、そういえば・・・、と思い出したから、1908年の『増補文献備考』にまた、1808年の『萬機要覧』と同じ文章を書いておいただけだと思うんですよね。
ー引用ー
@韓国は『于山』は朝鮮領ではないと気づいたか、
これは メッセージ 8614 (ninnikumanx さん)への返信です.
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