12月17日 南京入城式
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/10/06 18:36 投稿番号: [993 / 2250]
早瀬利之著
『将軍の真実
南京事件
松井石根人物伝』
137〜139p
《 方面軍司令官と幕僚たちは、午後十二時半に自動車が湯水鎮の臨時方面軍司令部を
発った。一時二十五分、つまり五分前には中山門の外に到着。
派遣軍、第十軍司令官及び幕僚たちに出迎えられる。
一時半きっかりに、用意されていた馬に乗馬した。
中山門は戦禍で崩れかかっている。その門をくぐると、中山東路の右側 (北) に
上海派遣軍、左側 (南) に第十軍の各師団の兵が整列している。
上海派遣の兵は背嚢 (はいのう) を負った完全重装備。
第十軍の兵たちは外套を左肩から右脇に斜めにかけ、背嚢に水筒という略式の軽武装。
この中山門から国民政府庁舎近くまで約三キロに及ぶ。
上空には海軍の荒鷲六十機が編隊を組み、紫金山の山頂をかすめて
式場の上空を旋回しながら警戒した。陸上ではラッパが鳴り渡る。
先頭に松井石根、その後方の右に上海派遣軍司令官朝香宮鳩彦王殿下、後方左に
第十軍司令官柳川平助中将。各司令官のあとにそれぞれの師団長、幕僚がつづいた。
同じ時刻、ユウ江門からは海軍の入城が始まる。
海軍は長谷川清支那方面艦隊司令長官を先頭に、大川内伝七上海海軍特別陸戦隊司令官、
近藤英次郎第十一戦隊司令官がつづいた。そして中央広場から国民政府にいたる
中山路に堵列した陸戦隊を閲兵のあと、国民政府内の陸軍と相会する。
元毎日新聞写真記者の佐藤振寿は上海戦から南京戦まで従軍し、
十二月十七日の入城式も写真にとり、文章で書き残した。
彼は陸・海両軍が国民政府内で合流したあとの模様を、つぎのように記している。
「やがて、君が代のラッパ吹奏のうちに、国民政府正門上に大きな日章旗が掲げられた。
(後略)」
・・・
松井が (東方) 遥拝のあと、万歳三唱を発声した。最初の万歳は声に出た。
しかし、二度目はこみ上げるものがあり、声に出なかった。やっと三度めが声になった。
第三十旅団長の佐々木到一少将は、会場の国民政府の中庭に集合した一人で、
松井司令官のすぐ前に立っていた。
彼は、万歳三唱のあとの松井の挨拶を、眼の前で聞いている。
「大元帥陛下の御稜威 (みいつ) によりまして、わが派遣軍は赫々 (かっかく) の
戦果を収めここに……」 と挨拶したとき、松井の声がつまったのを見た。
松井は、泣いていたのである。
佐々木はこう記している。
「このとき、軍司令官の痩せた頻に、一すじの糸を引いたのを見た。
予は正面列中にいたので、老大将の胸中の動きを、明らかにその顔面神経に
看取することができたのである。だれがこの無限の感慨に心を動かさぬ者があろう。
(中略) 冷酒乾盃。吾らの軍司令官殿下も、
この日とくに御機嫌麗 (うるわ) かにあらせらるるのを見上げた」
この遥拝式が終わると、師団長以上の撮影。
その後、各隊長以上を一室に集めて、角良晴が運ばせた冷酒で乾盃する。
最後は長谷川長官の 「大元帥陛下万歳」 の三唱で、入城式典を終わる。》
《 方面軍司令官と幕僚たちは、午後十二時半に自動車が湯水鎮の臨時方面軍司令部を
発った。一時二十五分、つまり五分前には中山門の外に到着。
派遣軍、第十軍司令官及び幕僚たちに出迎えられる。
一時半きっかりに、用意されていた馬に乗馬した。
中山門は戦禍で崩れかかっている。その門をくぐると、中山東路の右側 (北) に
上海派遣軍、左側 (南) に第十軍の各師団の兵が整列している。
上海派遣の兵は背嚢 (はいのう) を負った完全重装備。
第十軍の兵たちは外套を左肩から右脇に斜めにかけ、背嚢に水筒という略式の軽武装。
この中山門から国民政府庁舎近くまで約三キロに及ぶ。
上空には海軍の荒鷲六十機が編隊を組み、紫金山の山頂をかすめて
式場の上空を旋回しながら警戒した。陸上ではラッパが鳴り渡る。
先頭に松井石根、その後方の右に上海派遣軍司令官朝香宮鳩彦王殿下、後方左に
第十軍司令官柳川平助中将。各司令官のあとにそれぞれの師団長、幕僚がつづいた。
同じ時刻、ユウ江門からは海軍の入城が始まる。
海軍は長谷川清支那方面艦隊司令長官を先頭に、大川内伝七上海海軍特別陸戦隊司令官、
近藤英次郎第十一戦隊司令官がつづいた。そして中央広場から国民政府にいたる
中山路に堵列した陸戦隊を閲兵のあと、国民政府内の陸軍と相会する。
元毎日新聞写真記者の佐藤振寿は上海戦から南京戦まで従軍し、
十二月十七日の入城式も写真にとり、文章で書き残した。
彼は陸・海両軍が国民政府内で合流したあとの模様を、つぎのように記している。
「やがて、君が代のラッパ吹奏のうちに、国民政府正門上に大きな日章旗が掲げられた。
(後略)」
・・・
松井が (東方) 遥拝のあと、万歳三唱を発声した。最初の万歳は声に出た。
しかし、二度目はこみ上げるものがあり、声に出なかった。やっと三度めが声になった。
第三十旅団長の佐々木到一少将は、会場の国民政府の中庭に集合した一人で、
松井司令官のすぐ前に立っていた。
彼は、万歳三唱のあとの松井の挨拶を、眼の前で聞いている。
「大元帥陛下の御稜威 (みいつ) によりまして、わが派遣軍は赫々 (かっかく) の
戦果を収めここに……」 と挨拶したとき、松井の声がつまったのを見た。
松井は、泣いていたのである。
佐々木はこう記している。
「このとき、軍司令官の痩せた頻に、一すじの糸を引いたのを見た。
予は正面列中にいたので、老大将の胸中の動きを、明らかにその顔面神経に
看取することができたのである。だれがこの無限の感慨に心を動かさぬ者があろう。
(中略) 冷酒乾盃。吾らの軍司令官殿下も、
この日とくに御機嫌麗 (うるわ) かにあらせらるるのを見上げた」
この遥拝式が終わると、師団長以上の撮影。
その後、各隊長以上を一室に集めて、角良晴が運ばせた冷酒で乾盃する。
最後は長谷川長官の 「大元帥陛下万歳」 の三唱で、入城式典を終わる。》
これは メッセージ 991 (kireigotowadame さん)への返信です.