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1939年 高宗武・陶希聖の離反1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/02/18 18:38 投稿番号: [2250 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
148〜149p


《 汪派の陣営にありながら、高宗武と陶希聖は

「日華協力方策」   の検討から除外されて、いよいよ不満らしかった。

その両人の行動に不審の目をまず向けたのも李士群であった。

虹口に住んでいたこの二人は、毎夜租界に出かけて遅くまで何事かを画策していた。



彼らは租界の入り口で自動車を下りて、

そこからは日本の護衛憲兵の同行を断って徒歩で租界内に出入りした。

その怪しげな行動はやがて人の口の端にも上ってきたが、

さりとて汪派の領袖の自由は無下に束縛することもできなかった。

しかし、李士群はついにその実相を突きとめてしまった。



「高さんたちは香港に逃亡しようとしています。今のうちに何とかしないと大変です」

私も少し怪しいとは思っていたのだ。

だが李士群にこういわれても、それだけで確証もないのに逮捕するわけにいかない。

私は処置に窮した。しかし、李士群は自信ありげにいった。



「高さんは重慶に帰る準備をしています。

その上、汪派の秘密をその土産にしようとしているらしい。

少し痛めつければすぐ白状しますよ。

だれにもわからないように捕えてみましょう。

白状したらこっそりと処分してしまいます。

あなたは知らないふりをして下さい」



だが、こういわれても私は承認するわけにはいかなかった。

実は高宗武らの不審な挙動には、汪兆銘も心配していたが、彼は影佐少将に、

「高君は永年の同志です。へんな噂もありますが、

まさか裏切ることはないでしょうから、あんまり騒がないで欲しい」

といって高らを刺激したくない様子だったので、

影佐少将としてもどうすることもできないでいるのだ。



従って私も李士群の意見にそう簡単に同意し得なかったが、

李は高たちを逮捕して、調べようといよいよ決心を固めたようだった。》


つづく
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