盧溝橋事件47 補佐官 秦徳純と会う
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/15 15:48 投稿番号: [537 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
175〜176p
《 いらだたしい気持に駆られた私は、気を鎮めるため機関の裏庭に出て、
テニスコートのあたりをまるで熊のように行ったり来たり歩き回った。
・・・そのとき、機関のタイピストが
「ただいま秦徳純さんのところからお電話がございまして − 」
とメモを差し出した。私は事務室の窓洩る光で、そのメモを拾い読みした。
「補佐官殿へ 秦市長より (電話) 先程は電話を頂きましたが、
いそがしくて要件を達せず失礼。
遅くなりましたが、さきほどのお話をもう一度お聞きしたいから、ご来駕をこう。
場所は航空署街、秦市長公館。(午後九時四十分受 檜垣)
− そうか、秦徳純、今ごろ漸く西苑の会議から戻って来たのか! −。
私は直ちに秦徳純に電話をかけた。そしていった。
「秦市長ですか。私、補佐官の寺平です。 今電話をいただいたので
早速あなたのところへ出かけようと思って、交民巷の出口まで行ったんです。
ところが交民巷は二十九軍でもうスッカリ囲まれてしまって、
私の自動車なんか絶対通してくれません。実に厳重に警戒をしたものですねえ。
仕方がありませんから、あなたの方からどうぞこちらに出かけて来て下さい。
そうすれば松井機関長もおられる事だし、いろいろご相談するにはかえって好都合ですから」
「そうですか。それはどうも失礼しました。じゃあこうして頂きましょう。
実は私の方会議の最中でして、ちょっとも身体が外せないんです。
で私の方からお迎えの自動車を差上げますからそれに乗って、
お出かけ下さいますように」
間もなく北京市長秦徳純の乗用車、プレートナンバー北京第三号、
シボレーの新型が機関の玄関に横付けにされた。
卵色の背広を着た私と、鼠色の服を着た西田顧問とが乗り込む。
車が伊太利兵営の北、交民巷の出口まで差しかかったところ、案の定
「停まれッ!」「だれかッ!」 成る程、これでは蟻のはい出るすき間もない厳重さだ。
七、八名の兵がバラバラッと走って来て車の周囲をとり囲んだ。
運転手がとっさに 「秦市長乗用車!」 と叫んで、窓から外に葉書大の証明書を突き出した。
これを聞いただけで兵達はろくろく証明書を調べようともせず、
彼等はシャチコ張って、車中の我々に捧げ銃をした。
テッキリ私達を北京市長と思い込んだのだろう。
第一の関門を通過した車は、長安街の大通りを西へ西へと疾駆した。
要所要所には、一ケ分隊から一ケ小隊くらいの二十九軍が、
銃剣を閃めかして突っ立っていた。何度も何度も停められて調べられるのが、
うるさいと同時に薄気味悪くもあった。
とうとう一ケ分隊くらいの時には、運転手は車窓に証明書を靡 (なび) かせながら、
「公用車!」 とどなって車をスッ飛ばせた。
・・・
客庁には林耕宇と喩煕傑とが待ち構えていて、
今朝以来もうこれで何回目かの握手を交わした。
私と西田顧問とは入って左側、一番奥のソファーに並んで腰を下した。
そしてボーイの持って来た茉莉花の香り高いお茶に、先ず喉をうるおした。
その時、秦徳純が例の愛嬌タップリの顔付きで、私達のすぐ横の扉をあけて入って来た。
歩きっ振りまでいつもに以合わずいそがしそうでソワソワしている。》
つづく
175〜176p
《 いらだたしい気持に駆られた私は、気を鎮めるため機関の裏庭に出て、
テニスコートのあたりをまるで熊のように行ったり来たり歩き回った。
・・・そのとき、機関のタイピストが
「ただいま秦徳純さんのところからお電話がございまして − 」
とメモを差し出した。私は事務室の窓洩る光で、そのメモを拾い読みした。
「補佐官殿へ 秦市長より (電話) 先程は電話を頂きましたが、
いそがしくて要件を達せず失礼。
遅くなりましたが、さきほどのお話をもう一度お聞きしたいから、ご来駕をこう。
場所は航空署街、秦市長公館。(午後九時四十分受 檜垣)
− そうか、秦徳純、今ごろ漸く西苑の会議から戻って来たのか! −。
私は直ちに秦徳純に電話をかけた。そしていった。
「秦市長ですか。私、補佐官の寺平です。 今電話をいただいたので
早速あなたのところへ出かけようと思って、交民巷の出口まで行ったんです。
ところが交民巷は二十九軍でもうスッカリ囲まれてしまって、
私の自動車なんか絶対通してくれません。実に厳重に警戒をしたものですねえ。
仕方がありませんから、あなたの方からどうぞこちらに出かけて来て下さい。
そうすれば松井機関長もおられる事だし、いろいろご相談するにはかえって好都合ですから」
「そうですか。それはどうも失礼しました。じゃあこうして頂きましょう。
実は私の方会議の最中でして、ちょっとも身体が外せないんです。
で私の方からお迎えの自動車を差上げますからそれに乗って、
お出かけ下さいますように」
間もなく北京市長秦徳純の乗用車、プレートナンバー北京第三号、
シボレーの新型が機関の玄関に横付けにされた。
卵色の背広を着た私と、鼠色の服を着た西田顧問とが乗り込む。
車が伊太利兵営の北、交民巷の出口まで差しかかったところ、案の定
「停まれッ!」「だれかッ!」 成る程、これでは蟻のはい出るすき間もない厳重さだ。
七、八名の兵がバラバラッと走って来て車の周囲をとり囲んだ。
運転手がとっさに 「秦市長乗用車!」 と叫んで、窓から外に葉書大の証明書を突き出した。
これを聞いただけで兵達はろくろく証明書を調べようともせず、
彼等はシャチコ張って、車中の我々に捧げ銃をした。
テッキリ私達を北京市長と思い込んだのだろう。
第一の関門を通過した車は、長安街の大通りを西へ西へと疾駆した。
要所要所には、一ケ分隊から一ケ小隊くらいの二十九軍が、
銃剣を閃めかして突っ立っていた。何度も何度も停められて調べられるのが、
うるさいと同時に薄気味悪くもあった。
とうとう一ケ分隊くらいの時には、運転手は車窓に証明書を靡 (なび) かせながら、
「公用車!」 とどなって車をスッ飛ばせた。
・・・
客庁には林耕宇と喩煕傑とが待ち構えていて、
今朝以来もうこれで何回目かの握手を交わした。
私と西田顧問とは入って左側、一番奥のソファーに並んで腰を下した。
そしてボーイの持って来た茉莉花の香り高いお茶に、先ず喉をうるおした。
その時、秦徳純が例の愛嬌タップリの顔付きで、私達のすぐ横の扉をあけて入って来た。
歩きっ振りまでいつもに以合わずいそがしそうでソワソワしている。》
つづく
これは メッセージ 535 (kireigotowadame さん)への返信です.