盧溝橋事件48 秦徳純との会談1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/16 18:17 投稿番号: [539 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
179〜181p
《 私は 「今日の突発事件、市長もさぞかしご心痛のことでしょうなあ!」
と挨拶のいとぐちを切った。
「いやいや、補佐官こそ本当に、朝は早くから槍林弾雨の中を縦横に活躍され、
夜は夜で、またこんなに遅くまで、こうした重大な和平交渉に奔走して下さる。
あなたの献身的なご努力には、私達全く頭の下る思いがします」
社交にたけた彼の一言一句と、極めて洗練されたそのゼスチュアとは、
我々の到底太刀打ち出来る相手ではなかった。
しかし私は、こうした言葉の機微の中に、彼が今こちらの感情を
極力緩和しようとたくらんでいる事だけは観破出来た。
私はまず、中国側の情勢に対する認識程度如何が、
あらゆる交渉に先行する要素であると見てとって
「あなたの方には林さんが報告された情況以外、
その後何か耳新しい情報は入っていませんか?」 と打診してみた。
「イヤ、盧溝橋方面の情況については、電信も電話もみんな不通になって
しまったものですから、あれ以来何にも新しい情報は聞いていません」
私はおどろいた。 いやしくも二十九軍最高幹部ともあろう者が、
まるでツンボ桟敷に置かれたみたい。
朝の情報を聞いただけで、それで対策を練っているなんて、
これではとんでもない食い違いを生じてしまう。
「じゃあ軍事にかけては林さんよりも私の方が専門家ですから、
一番新しい現地の情況をお話しましょう」
私はポケットから、盧溝橋付近一万分の一の図を取り出して、
それに両軍午後四時の態勢を色鉛筆で書き込んだ。
秦徳純、林耕宇、喩煕傑、皆が一斉にこの図のまわりに額を集めた。
「ここが宛平城、これが中の島、そしてこれが西岸堤防、
ここに二十九軍が赤鉛筆の通り、陣地を占領しております……」
秦徳純、頭をさすって笑いながら 「ハハア!私の方が赤鉛筆ですか!」
戦術作業では通常、敵を赤、味方は青で現わすことになっている。
私は図上の隊標を指差しながら、現在の戦況についてルル説明を続けた。
そして最後に 「で、情況はおおむねこんなふうなんですが、日本側としては、
冀察との親善関係には絶対ヒビを入れたくない。そこでいま、
その対策について最大の関心をもって細心の考案をめぐらしているところです。
あなたの方も、もちろんご同様の事と思います。そこでこの問題解決のため、
取りあえずの措置として、先程私が外交委員会からあなたにお電話した現地案、
あれを即時実行に移す事が、絶対必要になってきているのです」
「先程電話でお話のありました二つの案ですね。
あの内容についてもう一度、詳細なご説明をお願い致しましょう」
「では申し上げます。
第一案は日華両軍を永定河の東西両岸に引き下げてしまって、
まず交戦態勢から離脱せしめる。
その上で両国折衝機関が徐ろに和解調停を進めていこうという行き方なんです。
永定河という川は、地形上から見れば大した障害じゃないかも知れません。
しかしそれでも、今日私が見てきたところでは、濁流は胸を没して流れています。
両軍お互い手を出させないという見地からは、
どうしてもこうしたハッキリした境界線が、絶対必要になってくるのです」
「お話途中ですが、私の方が皆宛平城内に入ってしまう。
即ち竜王廟やその他城外には、一切配兵しない。
そして日本軍は戦闘開始以前の態勢、即ちこの西五里店付近の部落に集結、
という事にして、それから今の和解交渉を進めるようにしたらどんなもんですか。
つまり衝突前の態勢に戻すんですね。そうすればやッぱり……」
つづく
179〜181p
《 私は 「今日の突発事件、市長もさぞかしご心痛のことでしょうなあ!」
と挨拶のいとぐちを切った。
「いやいや、補佐官こそ本当に、朝は早くから槍林弾雨の中を縦横に活躍され、
夜は夜で、またこんなに遅くまで、こうした重大な和平交渉に奔走して下さる。
あなたの献身的なご努力には、私達全く頭の下る思いがします」
社交にたけた彼の一言一句と、極めて洗練されたそのゼスチュアとは、
我々の到底太刀打ち出来る相手ではなかった。
しかし私は、こうした言葉の機微の中に、彼が今こちらの感情を
極力緩和しようとたくらんでいる事だけは観破出来た。
私はまず、中国側の情勢に対する認識程度如何が、
あらゆる交渉に先行する要素であると見てとって
「あなたの方には林さんが報告された情況以外、
その後何か耳新しい情報は入っていませんか?」 と打診してみた。
「イヤ、盧溝橋方面の情況については、電信も電話もみんな不通になって
しまったものですから、あれ以来何にも新しい情報は聞いていません」
私はおどろいた。 いやしくも二十九軍最高幹部ともあろう者が、
まるでツンボ桟敷に置かれたみたい。
朝の情報を聞いただけで、それで対策を練っているなんて、
これではとんでもない食い違いを生じてしまう。
「じゃあ軍事にかけては林さんよりも私の方が専門家ですから、
一番新しい現地の情況をお話しましょう」
私はポケットから、盧溝橋付近一万分の一の図を取り出して、
それに両軍午後四時の態勢を色鉛筆で書き込んだ。
秦徳純、林耕宇、喩煕傑、皆が一斉にこの図のまわりに額を集めた。
「ここが宛平城、これが中の島、そしてこれが西岸堤防、
ここに二十九軍が赤鉛筆の通り、陣地を占領しております……」
秦徳純、頭をさすって笑いながら 「ハハア!私の方が赤鉛筆ですか!」
戦術作業では通常、敵を赤、味方は青で現わすことになっている。
私は図上の隊標を指差しながら、現在の戦況についてルル説明を続けた。
そして最後に 「で、情況はおおむねこんなふうなんですが、日本側としては、
冀察との親善関係には絶対ヒビを入れたくない。そこでいま、
その対策について最大の関心をもって細心の考案をめぐらしているところです。
あなたの方も、もちろんご同様の事と思います。そこでこの問題解決のため、
取りあえずの措置として、先程私が外交委員会からあなたにお電話した現地案、
あれを即時実行に移す事が、絶対必要になってきているのです」
「先程電話でお話のありました二つの案ですね。
あの内容についてもう一度、詳細なご説明をお願い致しましょう」
「では申し上げます。
第一案は日華両軍を永定河の東西両岸に引き下げてしまって、
まず交戦態勢から離脱せしめる。
その上で両国折衝機関が徐ろに和解調停を進めていこうという行き方なんです。
永定河という川は、地形上から見れば大した障害じゃないかも知れません。
しかしそれでも、今日私が見てきたところでは、濁流は胸を没して流れています。
両軍お互い手を出させないという見地からは、
どうしてもこうしたハッキリした境界線が、絶対必要になってくるのです」
「お話途中ですが、私の方が皆宛平城内に入ってしまう。
即ち竜王廟やその他城外には、一切配兵しない。
そして日本軍は戦闘開始以前の態勢、即ちこの西五里店付近の部落に集結、
という事にして、それから今の和解交渉を進めるようにしたらどんなもんですか。
つまり衝突前の態勢に戻すんですね。そうすればやッぱり……」
つづく
これは メッセージ 537 (kireigotowadame さん)への返信です.