入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

陸軍到着までの上海居留民の苦悩

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/05/24 19:52 投稿番号: [27 / 2250]
陸軍が来るまでの上海居留民の苦悩は大変なものでした。
いつ皆殺しになるか判らないからです。

西岡香織著 『 報道戦線から見た 「 日中戦争 」』 芙蓉書房出版   80頁には

上海北部の共同租界と、虹口 (ホンキュウ) 方面で租界の北部に二キロほど突き出した形の
  「租界外拡張道路」両側に形成された日本人街で、数十倍の敵軍の攻撃を受けた海軍陸戦隊の苦戦は当然であった。

  「夜となく昼となく死物狂いに砲撃、爆撃して来る雲霞の大軍を引受けて、
寡兵よく虹口籠城の居留民二万を死守した」 が、「全く十七日、十八日は上海最後の日と目され、

……虹口クリーク東方楊樹浦地区一帯に殺到した敵軍によって、
第二の通州事件は何時、惹起されるかも判らぬという危機一髪の時」 を迎えていた」

(馬淵『報道戦線』)


とあります。また塚本誠氏はその著 『 ある情報将校の記録 』 208pで

当初敵機の跳梁には私も切歯扼腕したものである。
わが海軍が暴風を衝いて渡洋爆撃を行なったニュースを聞いた時は皆といっしょに躍り上って喜んだ。

とあり、苦悩のほどが偲ばれます。


馬淵氏は報道班として送られたので、上陸する陸軍より早く来たわけですが、
水兵服を着てきたら怒られたといいます。

その理由は

《 陸戦隊や居留民が陸軍部隊の上陸を待ちわびていることは知っていたが、
中国軍は日本陸軍上陸となれば、その前に租界地になだれ込み、

日本人居留区を全滅させようとするのではないかと心配し、
わざと海軍の水兵服を着て上陸したのであった。

それを見て末藤大佐は、絶望的な状況下の陸戦隊と居留民が、陸軍将校の姿を見ればどんなに喜び、
安心することか、余計な気を使うなと叱ったのである。

成るほどと、馬淵らは早速陸軍将校の軍服姿で陸戦隊の歩哨線を廻ると、
血と汗にまみれた海軍兵士たちが飛びついてきて、

「陸軍がやってきた」と歓声を挙げたので、しみじみと死闘の続く陸戦隊員の苦労が分かったという。》

( 西岡香織著 『 報道戦線から見た 「 日中戦争 」』 芙蓉書房出版   81頁 )

ということです。


  しかし、蘇州河を挟んだ対岸は別世界でした。

《   蘇州河北側では日中両軍が死闘をくり返しているのに、
南側は英・米・伊・仏軍が駐在し、戦争景気でかえって繁昌している。

虹口地区は燈火管制をしているが、対岸は不夜城でバー、ダンスホールが賑わっている。》
(『ある情報将校の記録』202〜203p )

と言っています。

  日本人のいる所は共同租界の一部なので、警察権の運用もイギリスの力が強い。
虹口、楊樹浦の警察署長は英人で、警察官は日本人よりも中国人、インド人の方が多い。

(『ある情報将校の記録』203p )

のですが、ここで問題が持ち上がりました。

《工部局警察が楊樹浦地区にいる警察官の一斉引揚げを命じた・・・
工部局警察員は中立の非戦闘員だから引き揚げると・・・

これは明らかにこの地区における工部局の行政権の放棄である。
放棄となれば中国軍が入っても不法ではなくなる。

これは重大なことだと考えたので、ブロードウェイ橋で・・・彼らの通過を拒否し
一行中の若干名の日本人警察官に話し・・旧部署へ戻ってもらった。

  大使館に話すと、曾弥益書記官が工部局に話をし、外国人警察隊は引き揚げていったが、
日本人警察隊だけは、その配置を守った。》

(『ある情報将校の記録』204〜205pより要約 )
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)