ソ連が中国に加担する
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/05/25 19:42 投稿番号: [28 / 2250]
毎日新聞社刊『大日本帝国の戦争2太平洋戦争』の22pに
「8/21 南京で中ソ不可侵条約、大量の武器供与」
とあります。
また、武器供与の具体的内容については田中正明著 『 東京裁判とは何か 』 267pにあります。
《 この時期ソ連は、「 日華戦争開始後は、この戦争をできるだけ長引かせることに全力をつくした 」
とダリン( David J. Dallin )はその著 『 ソ連と極東 』 の中で次のように述べている。
「 ソ連の対華援助は、西安事件後の秘密条項を含む不可侵条約によって、
直ちに飛行機四、五百機と同数の操縦士および教官を送り、ソ連士官が中国軍に配備された。
チェレバノフ将軍を長とする軍事使節団は、中国に滞在していた。
三八年から四〇年までの間に、ソ連は中国に三億ドルの借款を与えて、
戦車、飛行機その他の軍需品を中国に送った》
と、
そして陸軍戦史叢書『支那事変1』310〜311pには
《 中国は、米国、英国などに日本の侵略であると訴えるとともに、
八月二十一日、南京で、ソ連のボゴモロフ駐支大使との間で、「 中ソ不侵略条約 」 を締結調印した。
両国は、相互に攻撃しないこと、また締約国の一方が第三国から攻撃を受けた場合、
他の一方はその第三国を援助しないことなどが約束された。( 二十九日、南京で公表 )
外務省は、この条約の成立を重視し
「 日本は中国がコミンテルンの魔手に踊らされていることを警告してきたにかかわらず、
中国はついに悪夢から覚めず、容共抗日を国是となし、
殊に西安事件以来は完全に赤魔薬籠 ( やくろう ) 中のものとなり、
ついに今回のごとき条約の締結を見るに至ったことは支那のために真に採らざるところ 」
との見解を発表した。》
と書き、注二で具体的軍事援助として
《 本条約締結後、ソ連は中国に対しただちに軍事的、経済的援助を開始し、それは一九四二年まで続いた。
ソ連は三七年、三八年、三九年の三回にわたって総額二億五千万ドル( 約九億円 )のクレジットを中国に提供し、
これにより購入された兵器は、飛行機八〇〇機以上、弾薬、飛行機用兵器、無線通信機、給油装置などであった。
航空義勇兵約二〇〇人、軍事顧問は、最多時期において八一名が中国内で活躍した。
このほか中共軍に対する直接軍事援助も行われた。》
と書いています。
ソ連が国民党政府に軍事援助しパイロットまで送って日本機と交戦させていたのです。
この時点で、ソ連は事実上の交戦国と言えます。
これに関連することをラーベも日記に書いています。
1938年2月5日 十四時十五分
《 またもや中国機が上空を飛んでいる。
とにかく飛行機に中国の印がついていることだけはたしかだ。
パイロットがどこの国の人間かはわからない。ロシア人でないといいが。
ロシア人だとすると、ハーケンクロイツの旗を掲げてもあまり効きめはないだろうから。》
と。
盧溝橋事件は中国共産党がしかけ、その背後にソ連がいたと言われていますから、
まー、当然の行為でしょう。
しかし、上に書いた 陸軍戦史叢書 『 支那事変1 』 310pの
「 中国は、米国、英国などに日本の侵略であると訴え 」は何でしょうね。
自分の方から、攻撃しておきながら、「 侵略されてる 」 とはよく言えたものです。
まだ、日本陸軍は来てもいないのに。
日本人には「まね出来ません」が、
彼等は、自分で上海を爆撃しておいて、「日本がやった」と言う位ですから、
どうって事ないのでしょう。
しかし、これに外国人が騙され、戦後は日本人も騙されます。
「8/21 南京で中ソ不可侵条約、大量の武器供与」
とあります。
また、武器供与の具体的内容については田中正明著 『 東京裁判とは何か 』 267pにあります。
《 この時期ソ連は、「 日華戦争開始後は、この戦争をできるだけ長引かせることに全力をつくした 」
とダリン( David J. Dallin )はその著 『 ソ連と極東 』 の中で次のように述べている。
「 ソ連の対華援助は、西安事件後の秘密条項を含む不可侵条約によって、
直ちに飛行機四、五百機と同数の操縦士および教官を送り、ソ連士官が中国軍に配備された。
チェレバノフ将軍を長とする軍事使節団は、中国に滞在していた。
三八年から四〇年までの間に、ソ連は中国に三億ドルの借款を与えて、
戦車、飛行機その他の軍需品を中国に送った》
と、
そして陸軍戦史叢書『支那事変1』310〜311pには
《 中国は、米国、英国などに日本の侵略であると訴えるとともに、
八月二十一日、南京で、ソ連のボゴモロフ駐支大使との間で、「 中ソ不侵略条約 」 を締結調印した。
両国は、相互に攻撃しないこと、また締約国の一方が第三国から攻撃を受けた場合、
他の一方はその第三国を援助しないことなどが約束された。( 二十九日、南京で公表 )
外務省は、この条約の成立を重視し
「 日本は中国がコミンテルンの魔手に踊らされていることを警告してきたにかかわらず、
中国はついに悪夢から覚めず、容共抗日を国是となし、
殊に西安事件以来は完全に赤魔薬籠 ( やくろう ) 中のものとなり、
ついに今回のごとき条約の締結を見るに至ったことは支那のために真に採らざるところ 」
との見解を発表した。》
と書き、注二で具体的軍事援助として
《 本条約締結後、ソ連は中国に対しただちに軍事的、経済的援助を開始し、それは一九四二年まで続いた。
ソ連は三七年、三八年、三九年の三回にわたって総額二億五千万ドル( 約九億円 )のクレジットを中国に提供し、
これにより購入された兵器は、飛行機八〇〇機以上、弾薬、飛行機用兵器、無線通信機、給油装置などであった。
航空義勇兵約二〇〇人、軍事顧問は、最多時期において八一名が中国内で活躍した。
このほか中共軍に対する直接軍事援助も行われた。》
と書いています。
ソ連が国民党政府に軍事援助しパイロットまで送って日本機と交戦させていたのです。
この時点で、ソ連は事実上の交戦国と言えます。
これに関連することをラーベも日記に書いています。
1938年2月5日 十四時十五分
《 またもや中国機が上空を飛んでいる。
とにかく飛行機に中国の印がついていることだけはたしかだ。
パイロットがどこの国の人間かはわからない。ロシア人でないといいが。
ロシア人だとすると、ハーケンクロイツの旗を掲げてもあまり効きめはないだろうから。》
と。
盧溝橋事件は中国共産党がしかけ、その背後にソ連がいたと言われていますから、
まー、当然の行為でしょう。
しかし、上に書いた 陸軍戦史叢書 『 支那事変1 』 310pの
「 中国は、米国、英国などに日本の侵略であると訴え 」は何でしょうね。
自分の方から、攻撃しておきながら、「 侵略されてる 」 とはよく言えたものです。
まだ、日本陸軍は来てもいないのに。
日本人には「まね出来ません」が、
彼等は、自分で上海を爆撃しておいて、「日本がやった」と言う位ですから、
どうって事ないのでしょう。
しかし、これに外国人が騙され、戦後は日本人も騙されます。
これは メッセージ 27 (kireigotowadame さん)への返信です.