1938年1月12日 回答期限と中国の対応
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/01/17 18:42 投稿番号: [2186 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
264〜266p
《 外務次官堀内謙介は、十二日に駐日ドイツ大使館参事官G・シュミーデンに
「十五日期限」
をつたえ、中国側の回答は具体的なものが必要だ、
なお考慮中式のものはだめだ、と付言した。
報告を受けたドイツ外相ノイラートは、
前日にも駐支大使トラウトマンに中国側を督促するよう訓令していたが、
堀内次官の言明を伝達するとともに、かさねて中国側に早期回答を勧告させた。
大使トラウトマンは、蒋介石との会見を申しいれたが、
多忙との理由で会えず、かわりに外交部長王寵恵が応接した。
大使トラウトマンは、日本側はしびれをきらしている、
中国側に回答する気持があるなら早いほうがよい、と力説した。
「まだ遅すぎるとはいえないかもしれません。しかし、いまや十二時五分前です」
王外交部長は、至急に閣議をひらいて返事をすると述べたが、
王部長からことの次第を聞いた蒋介石は、閣議招集の指示もあたえなかった。
蒋介石は、前述したように、すでに和平拒否の方針を確立し、
前日は、陳誠を武漢衛戍総司令に任命するとともに開封に飛び、
第一、第五戦区の団長以上の指揮官をあつめて、
「抗戦検討
與
必勝要訣」
と題して訓示した。
こんごの抗戦の重心を武漢におき、そのためには津浦鉄道と、
新郷で平漢線を横断する道清鉄道の確保が最重要である旨を強調する内容であった。
また、同時に八項目の誓いをとなえ、一同に唱和させた。
「服従命令……厳守紀律……尽忠職守……実行主義……研究学術……
抗戦到底……貫徹始終……恢復
『智信仁勇』
的固有武徳……」
この
『八誓』
をうらがえせば、中国軍の内部には、命令にしたがわず、
軍紀を守らず、職務に不忠実であり、有言不実行、
勉強不足などの傾向があることがうかがわれる。
が、いずれにしても、蒋介石にとっては、戦う以外に
「生存」
の道はない。
王部長は、日本側の回答期限通告を報告するとともに、
日本政府と大本営が連日の会議をくりかえしているとの情報も、蒋介石に報告した。
「倭 今日 始知 対華戦争 非長期 不可乎!」
それじゃ、日本はやっと、中国との戦いが長期戦以外にはあり得ないことに気づいたのか。
蒋介石は、とっさにそう感想を述べ、
もしそうであれば中国はますます有利な地位にたてる、と指摘した。
国際情勢は、必ず反日親中国の味方をもたらす。
戦ってさえいれば、「日本 亦終 必帰 於失敗 也」
蒋介石は、かねての持論をくり返し、
適宜に
(日本側に)
対応せよ、と、外交部長王寵恵に指示した。》
*
蒋介石は
「日本はやっと、中国との戦いが長期戦以外にはあり得ないことに気づいたのか」
と言っている。
これでは、日本がいくら和平案を出しても、ムダだろう。
中国に和平の意思は無いのだから。
これは メッセージ 2182 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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